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第6章 悲運の姫 編

第59話 いざ、播磨へ

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家光が徳川家、第三代征夷大将軍となって、四年後。播磨国姫路城にて、千姫は思い悩んだ末、床に伏してしまった。
それは、悪夢のような出来事が立て続けに彼女を襲ったがためである。

ことの始まりは、長男・幸千代ゆきちよのあまりにも早い死からだった。
齢三つで早逝すると、その五年後、悲しみもようやく癒えたかという頃に姑・熊姫ゆうひめ、更に一月後には最愛の夫・本多忠刻が、続けて亡くなってしまったのだ。

忠刻は結核と診断され、闘病の末、床の上で息をひきとる。
剣に強い志を持っていた男としては、無念の最後だった。

そして、極めつけは、その五カ月後に母親、お江も江戸城西の丸で、五十四歳の生涯を閉じるのである。
千姫の周りで次々と起こるこの不幸に、世間の人々はやれ豊臣秀頼の祟りだと、ささやき合った。

しかし、秀頼が亡くなって、既に十年以上が経過している。迷信などが強く信じられるこの時代にあっても、千姫はそんな訳がないと気丈に振舞った。
とはいえ、それと親愛する人の死を悼む気持ちは、別のもの。

年明け直後、千姫はついに心労から倒れてしまうのだった。
千姫を襲う負の連鎖。その報せは、遠く鎌倉の東慶寺にまで届く。

天秀は、義母・千姫の心痛をおもんばかって、いたたまれない気持ちで一杯となる。
正直、修行も仕事も手につかないのだった。

両師匠の甲斐姫、瓊山尼も、ここまで、災難が連続して起こることは、今まで聞いたことがなく、天秀にかける言葉を見出せずにいる。
そんな時だった、播磨国から天秀宛に文が届いた。

差出人は、今年で十歳となる義理の妹、勝姫かつひめである。
その文をじっくりと読み込む天秀は、読み終えると瓊山尼に深々と頭を下げ、三つ指をついた。

「お義母さまが心労で倒れてしまったようです。どうか、姫路までお見舞いに行くことをお許しください」
「差し支えなければ、その手紙、見せてもらえる?」
天秀は手に持つ文を瓊山尼に渡す。彼女も天秀同様、食い入るようにその文に目を通した。

「分かりました。許します。ただ、あなた一人で、行かせる訳にはいきません」
「うむ。妾の出番じゃな」
甲斐姫の同行で千姫に会いに行く許可が下りる。これは、道中、天秀の身を案じてのことだった。

「お主も心配性よのう」
「よく言いますね。あなたもでしょ。それに千姫さまのことも気になっているのでは?」
「まぁ、そうじゃな」

甲斐姫は、照れながら認める。恐らく、瓊山尼に言われなくても天秀とともに旅立っていたことは間違いない。
こうして、天秀と甲斐姫は千姫の見舞いに、姫路へ向かうことになった。

長旅は、宇都宮での事件以来で、五年ぶりとなる。
更に千姫と直接会うのは、実に十二年ぶりのことだった。

その間、天秀も成長し、今年で年齢は十九を数える。
背丈は甲斐姫と、肩を並べるほどになり、見かけも立派な女性へと変貌していた。

元来、目鼻立ちがはっきりしていたため、祖母、淀君を彷彿させるほどの美人と言っても差し障りない。
何故か、見かけの歳を取らない甲斐姫と並んで歩けば、道行く男性が立ち止まるほどだ。
密かに東慶寺の裏名物と囁かれているらしい・・・

ただ、天秀には、その自覚がない。仏門に生きる女性としては、それで構わないのだが、少しは警戒をしてほしいところ。
それだけに瓊山尼は心配をしていたのだが、甲斐姫も同行するので、一先ずは安心だ。

「それでは、行って参ります」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「天秀さま、お土産、期待しています」

お多江や佐与ら、柏屋の連中にも挨拶を済ませて、天秀は御用宿を出る。
旅をするには、うってつけの日本晴れだった。

旅路は、東海道を上って京都に入り、そこから播磨国を目指すというもの。
以前、宇都宮にまで出かけた時と比較すると、単純に五倍以上の距離となる。

ただ、その時から五年も経過し成長した天秀の健脚けんきゃくは、東海道の三大難所と言われる箱根峠、小夜さよ中山なかやま、鈴鹿峠も難なく踏破した。
これには、同行する甲斐姫も舌を巻き、小声で「年は取りたくないのう」と呟く。

天秀は、師匠のためにも聞かなかったことにして、旅を続けた。
と言っても、甲斐姫が遅れるということはなく、常に先導する形で旅をしていたので、何を基準に嘆いたのかは、天秀にも分からない。

そうしている内に、京都も過ぎると、ようやく目的の姫路城が見えてきた。
この城を見た天秀の第一声が、「すごく綺麗」である。

青い空に映える白い城郭は、播磨国姫路藩の初代藩主・池田輝政いけだてるまさが火縄銃で攻められても延焼しないよう、城壁などに漆喰しっくいを塗ったためだった。

姫路城の別名を白鷺城しらさぎじょうと呼ぶと甲斐姫が教えてくれたついでに、ことさら、白い理由を解説してくれたのである。

天秀は、防衛のための措置で、このように美しくなるのであれば、全てのお城で漆喰塗りをすればいいのにと、勝手なことを考えた。

そのまま歩き続け、天秀と甲斐姫は姫路城の門の前に立つ。

『お義母さまの体調は、良くなったのかしら?』

心配する気持ちと久しぶり会うことができる嬉しさが同居する心情の中、天秀は城門の衛士に来訪の旨を告げるのだった。
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