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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】
【第十四章】 廃墟探索
しおりを挟む宴の為の諸々が用意された大広間の人口密度は急激に減り、僕達だけが取り残された形になってしまった。
偽物の王が立っていた場所には春乃さんと高瀬さんの攻撃によって割れたり砕けたりした地面や壁の痕跡が、生物ですらなかった偽物の兵士達がいた場所には纏っていた防具や武器だけが残されている異様な空間で、当然ながらこのままこの場を去るわけにもいかず、僕達はこの場を預けることが出来る人物を探すことに。
とはいえセミリアさん以外はこの城に来るのは初めてなわけで、言うまでもなく顔見知りなどいるはずもなく、一方のセミリアさんも顔見知りといえるのは数名の兵士と使用人ぐらいということだったのだが、安易に兵士を呼びこの状況を伝えるのは事態を収拾しようにも何かと得策ではないというジャックの進言もあって結局僕が先ほど話を聞いた二人の侍女を呼びに行くこととなった。
その時にも役に立ったジャックの変な嗅覚ですぐに目的の人物を見つけることが出来た僕はひとまず事情を伏せて二人をこの部屋に連れてくると、当然の如く部屋の惨状に動揺する二人にセミリアさんが事の顛末を説明し始めて今に至る。
「変だとは思っていたけど……まさかそんなことになっていただなんて。でも最近の王様はどこかおかしいと思ってたのよ。今だって宴会が終わるまでは部屋に近付かないように、なんて」
一通りの説明が終わると僕が呼びに行った侍女の一人であるルルクさんは腕を組み合点がいったように何度も頷いた。
三十にも満たない若い二人の侍女のうち歳が上であろうこのルルクさんは見た目に分かるぐらいに気が強くハッキリとした物言いが特徴的な女性で、僕が王様について質問をしたときにも積極的に色々と教えてくれた良い人だ。
そんな性格ゆえか、偽物だとか魔族だとかといった響きにも特に動揺している様子はない。
「ですが……では本物の国王様はどこに? まさかもう……」
対照的に物静かな雰囲気を纏うもう一方の侍女スレイさんは少し表情を曇らせてセミリアさんをちらりと見遣るが、少しでも安心させようと考えたのか上書きされた言葉が続きを遮った。
「いや、死んではいないし捕らえられている場所も分かっている」
ルルクさんとスレイさんは顔を見合わせ安堵の表情を浮かべる。
が、突然ジャックが割って入った。
『だがそれも罠の可能性が高いぞクルイード』
「む? そうなのか?」
『あの偽物野郎があっさり引いたのも、ご親切に場所を教えやがったのもお前を誘い出そうと考えてのことだろうよ』
「ふむ、確かにジャックの言うことも一理ある。だが、だからといって放っておくわけにもいくまい」
『ま、そりゃそうだ』
「そこで二人に頼みがあるのだが……ルルク殿?」
そんな会話の中、ルルクさんが不意に腰を折って僕の胸元に顔を近づけてきたためセミリアさんは一瞬言葉を詰まらせた。
そのルルクさんはジーッと、何やら訝しげな表情で至近距離からジャックを凝視している。
「ど、どうしたんですか?」
不味いとは思いつつも、逃げると余計に怪しいので取り敢えずすっとぼけてみる僕。
当然ながらそんなので誤魔化せるはずもなく。
「今これが喋ってなかった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。僕ですよ喋っていたのは」
「でも声が全然……」
「腹話術です、得意なので」
掃討に無理矢理であったが、きっぱりと言ってみた。
そのおかげなのかは微妙なところだが予想外にも納得してくれたらしく、ルルクさんはおもむろに顔を離すと感心した様な声を上げる。
「へぇ~、大したものね。お兄さん旅芸人かなにか?」
「いえ……」
このままジャックの話を掘り下げると本題から逸れてしまうと思って咄嗟に言ってはみたけど……正直いい加減耳が痛いな。
「ルルク、勇者様が話しておられるでしょう。ちゃんとお聞きなさい」
それでも横に居るスレイさんによるごもっともな指摘によってどうにかルルクさんも話を聞く体勢に戻る。
恐らく、いやほぼ確実に誤魔化せていないであろうスレイさんが興味を持たなくて本当によかった。
「話の続きだが、二人には城のことを頼みたい。王が囚われたなどと知れ渡れば兵達にも町に住む者達にも動揺が走るだろう。どうにか私達が戻るまでこの件が外に漏れないようにしてほしいのだ」
「それは構いませんけど、勇者様達はどうなさるおつもりで?」
「決まっている。リュドヴィック王を助けに行くのだ」
「ちなみにですが……国王様が捕らえられている場所というのは?」
「廃牢ルブフラックだ」
「ルブフラック……あんな所に」
信じ難いとばかりにスレイさんが顎に手を当てた時。
珍しく静かだった賑やか担当の片割れが戻って来るなりすかさず思うがままに疑問を口にする。
「ねえねえ、そのルブフラックってなんなの? あの紫ジジイも言ってたけど」
背後の声に思わず振り返ると、話の途中からみのりと二人で料理を見て回っていた春乃さんがいつの間にか後ろに立っている。
ちなみに高瀬さんは今なお兵士の抜け殻を物色するのに忙しそうだ。
その姿を見ると、もう別にカンダタでいいのではなかろうかと思わずにはいられない。
「ルブフラックというのは今は使われていない古い監獄の名前だ。かつてこの国の罪人は例外なくそこに収容されていたという」
「へぇ~、今度はそこに行くってわけね。おーい、みのりん! おっさん、集合~!」
セミリアさん説明を聞くなり何故か春乃さんはその表情をワクワクしたものへと変え、遠くにいる残りの二人を呼び戻した。
すぐにみのりがすたすたと小走りで、高瀬さんはいつものように大股でこちらに向かってくる。
「話は終わったのか? これからどうすんだ?」
硬貨やら恐らく兵士の着ていた服に付いていた物であろう記章らしき物やらを手に溜めている高瀬さんが暢気な口調で僕達を見回した。
ドン引きしジト目を向けつつも、みのりを抱き止める春乃さんも面倒臭いやり取りが繰り広げられるだけなのが分かっているためツッコもうともしない。
「決まってるじゃない。王様を助けに行くのよ」
「ほほう、今度こそ王様に恩を売ってローラ姫をゲッツしちゃうぞ作戦ってわけだな?」
「全然違います」
僕が我慢出来なかった。
「何? じゃあどうやってローラ姫をゲッツする作戦なんだ?」
「何もゲッツしない作戦に決まってんでしょ。安物の嫁がいるんだからそれで我慢しなさいよ」
「誰が安物だあぁ! これでもこのルミたんは三万もするんだぞ!」
「高っ! 何その無駄な高価さ! やっぱ次またお金に困ったらそれ売ればいいじゃん」
「売らせるかアホー!」
怒号を響かせる高瀬さんは胸の人形を抱いて春乃さんから遠ざける。
そんな様子にげんなりしながらもセミリアさんに視線をやってみると、相変わらずこの二人が加わると話が進まないことに辟易するのは僕だけではないらしいことが分かった。
それにしても人形一つに三万円……僕の六十時間分の給料とは驚きだ。大事に持ち歩く理由も分からないでもないかといえば全くそんなことはないけど。
そんなことを考えている僕とは違い、同じく呆れ顔をしていたセミリアさんは二人を放置しルルクさんとスレイさんに向き直り話を続けることを選択しちゃった。
「では二人とも、城のことは任せたぞ」
「こちらのことはご心配なさらず。勇者様……どうか国王様をよろしくお願いします」
「……お願い致します」
二人の侍女は揃って頭を下げる。
その様子に一層表情を引き締めるセミリアさんはようやく皆を見渡し力強く告げた。
「ああ、任せておいてくれ。では皆、すぐにルブフラックに向かうとしよう」
「お~!」「よっしゃあ!」「はいっ」
相変わらず返事だけは立派な三人である。
なんて思っていると、
「あ、でもその前にご飯食べていこうよ。もうお腹空いちゃった」
春乃さんがお腹を押さえながら苦笑する。
確かに朝から結構な距離を歩いたし、客室で待っていた時間も長くお腹はペコペコだ。
「それもそうだな。朝から何も食べていないし、町で何か食べていくとしよう」
「それなら用意した料理を食べていってくださいな。これでも勇者様達のために丹精込めて作ったんだから」
セミリアさんの提案に対し、ルルクさんは『ここに料理があるのを忘れちゃいませんか?』とばかりにテーブルを平手で指した。
いち早く反応したのはみのりだ。それはもう嬉しそうな顔で。
「ほえ? いいんですか!?」
「でもこれって毒入りっていう噂が……」
対照的に春乃さんは恐る恐るな目を料理に向ける。
ルルクさんは心外だと言わんばかりのリアクションだ。
「毒入りですって!? 誰がそんなことを、この料理には私達しか触っていないんだから毒なんて入っているわけがないでしょう」
確かに、噂どころか毒云々を最初に言い出した春乃さんにそんなことを言われては堪ったものではないだろう。
とはいえ警戒していたのは僕も似た様なものだが……。
「これだけの料理を用意したのだから食べずに帰ったりしては国民に顔向け出来ませんわよ、まったく」
「しかしルルク、国王様が偽物だったとあれば疑心を抱くのも無理はないでしょう。皆様、私が毒味を致します。それならば安心して食べていただけるかと」
そう言って、止める間もなくスレイさんは近くにあった料理に手を伸ばし、指でつまんで口に入れてしまった。
当然ながら怪しい、危ないという先入観を抱く僕達の側は不用意ではないかと驚き、固まる。
「……え?」
「あ!」
「おい」
「ちょっと!」
「…………」
あまりに急なその行動に唖然とする僕達を他所に、スレイさんは無表情のまま淡々と口に入れた料理を咀嚼し続け、やがて喉に通した。
そしてその細い指先で口元を拭うと平然と顔色一つ変えずに無事を伝える。
「特に問題はないようです」
「お姉さん無茶するわね~。毒味なら別におっさんでよかったのに、おっさんならもし毒が入ってても中和出来るんだから」
「……何で何を中和するんだおい」
「ほら、毒を以て毒を制すって言うじゃない」
「誰が毒持ちだあぁ!」
「まあまあ、結果的に大丈夫だったんだからよかったじゃん。誰よ毒入りとか言ってたの」
「お前だよ!」
「そうだっけ? まあロッカー的概念から言えば気にしたら負けよ。てわけで遠慮なく……いただきまーす!」
「……こんの馬鹿ゴスめ」
高瀬さんの苛立ちもなんのその。
春乃さんは一人で両手を合わせて料理に手を伸ばし始めていた。
「ったく毎度毎度失礼な小娘だ。もぐもぐ……ゴクン、おっうめえなこれ」
「あっ、じゃあわたしもいただきますっ」
文句を言いながらも高瀬さんがそれに続くとみのりまでもが待ってましたとテンションを上げ始め、目を輝かせて遠くの方にあるテーブル目指して走っていってしまった。
……予め目を付けていたなあれは。
変なところでだけは考えなしというか、怖い物知らずなんだから。
思いつつ、セミリアさんにどうしましょうかという意味を込めた目を向けてみる。
「まあよいではないか。料理に問題が無いのなら私達もいただくとしよう」
仕方のない奴等だ、と呆れるやら微笑ましいやらという心情を言外に告げるが如くセミリアさんは微かに肩を竦めてテーブルの方へ移動していった。
とはいえ不安が無いわけでもないので、
「ジャック、大丈夫だよね?」
『ま、大丈夫だろ。ただ殺したいだけなら他にいくらでも方法があったしな』
そんなジャックの言葉を自分を納得させる言い訳に僕も恐る恐る、だがそれをルルクさんやスレイさんに悟られないように料理を口にしてみる。
結果だけを言えば、それはもうどの料理も舌鼓を打つほどに美味しいものだった。
○
食事を済ませ、改めてルルクさんとスレイさんに城を任せて町を後にした僕達はまた暫く草原から荒野へ、荒野から小さな林へと足を進めてほとんど砂漠の様な砂に囲まれた土地に出ると、やっとの思いで例の何とか監獄へと到着した……のだが、
「「うわぁ……」」
地平線まで見通せるほどの広い大地にただ一つ建っているそのおどろおどろしい雰囲気の目的地に僕と春乃さん、そしてその後ろで『ふぇ~……』とか言ってるみのりも合わせて一様に唾を飲んだ。
直方体で、ほとんど石で出来た箱の様ような形をしたその建物は経年による風化でひび割れ、黒っぽく変色し、所々に見られる鉄格子から覗く内部は薄暗くてほとんど見えないというホラーな雰囲気を存分に振り撒く最悪な外見をしている。
テレビで見る心霊スポットの様な、何とも不気味なこの建物に今から入っていくのかと思うとどう前向きに考えてみてもいい予感は微塵もしない。
「思った程でかいものでもないんだな、監獄ってのは」
一人だけ嫌がる様子も躊躇う様子もない高瀬さんは漠然とした感想を漏らしながら建物を見回している。
確かに思ったよりは広い建物でもなければ上に伸びているわけでもないし、エルシーナ町の宿屋とほとんど変わらないぐらいの建物だ。
これならば本物の王様を捜し出すのにそう苦労はしないのではなかろうか。なんて淡い期待を抱いたわけだけど、残念ながらそれはセミリアさんによってあっさりと否定されてしまった。
「この建物は地下へと広がっているのだ。正確な深さや広さは私も知らないが、囚人を収監していたのだからそこそこの規模はあるだろう」
「でも、これってどこから入るんですか?」
いつまでも外から眺めていても仕方がないので乗り気のしないまま頑張って話を進めてみる。
ここに立っている時間が長ければ長い程に中に入りたくなくなる気がした。
「こっちだ、付いてきてくれ」
外壁に沿って歩きだしたかと思うと、セミリアさんはほとんどただの石の壁みたいな外周を角の付近まで辿り、バコォーン! という轟音を立てて入り口を塞ぐために貼り付けられていたベニヤ板らしき物を蹴り倒してしまった。
抜け穴でもあるのかと思っていたのに完全な力業だったことに正直びっくりである。
「よっしゃあ、突撃じゃあー!」
「うるっさいわね、何テンション上げてんのよおっさん」
「ローラ姫は俺のもんじゃあー!」
「……うざっ」
「でもまあ、日が暮れたらますます不気味になりそうなので早く行くに越したことはないですよね」
「そりゃそうだけどさあ……っていうかみのりん大丈夫?」
高瀬さんへの悪態に飽きた春乃さんは一番後方にいたみのりの方へ歩み寄った。
ここに着いてからというもの、終始不安げな顔でおどおどしているみのりは全然大丈夫じゃなさそうだ。
「だ、だ、だ、大丈夫れすっ」
「……みのりは留守番してた方がいいんじゃないの?」
「やだっ、そっちの方が怖いもん」
みのりはやはり僕にだけ声を大きくして抗議する。
雰囲気や空気感に恐怖するという感覚を理解出来ないらしいジャックが呆れた声を漏らした。
『そもそも何に対して怖がってんだ、ちっこい嬢ちゃんは』
「みのりはお化け屋敷とか苦手なんだよ」
『お化け屋敷? なんでいそりゃ?』
「要するに怖い感じのするもの全般が嫌いってことかな。ジャックも含めて」
『失礼な話だなオイ』
「しかしコウヘイの言う通り、あまり精神的な負担が大きいようであればミノリは残ってもよいのだぞ? いい加減危険度も上がってくるのは目に見えているのだ、無理をしてその身に何かあっては元も子もない」
冗談めかして言うジャックとは違い真剣に心配しているセミリアさんだったが、みのりは強がった表情のまま胸の前で拳を握る。
こういう謎の頑固さを発揮する時はたぶん説得とか意味ないんだよなぁ。
「だ、大丈夫ですっ。セミリアさんと一緒に行くって決めた時から危なくても頑張るって決めたんですっ。皆が我慢してるのに一人だけ怖がっていられませんからっ」
「いやあ……やっぱ止めといた方がいいんじゃないの」
そもそも他の人達は別に入ることに対する恐怖を我慢してるってわけでもないし。
「大丈夫ったら大丈夫なのっ、康ちゃんしつこいよっ」
「……だからどうして僕にだけ強気なのさ」
「本人がこう言っているのだ、無理に置いていくこともないだろう。ミノリに限らず今まで通り身の安全を第一に行動していれば大事には至るまい。今回ばかりはあまり悠長にしている時間はない、他に問題がなければ中に入るぞ」
「よっしゃあ! 待ってろよ眠れる財宝の山たちよ!」
「……最初と目的変わってません?」
蹴り倒した板を踏み越えて中へ入っていくセミリアさんとそれに続く三人の後ろで呟いたそんな言葉は誰にも届いていない。
ともあれ、今は王様の救出を第一に考えねば。
「……はぁ」
そう切り替えて、僕は一つ溜め息を吐き毎度のことながらやろうとしていることの大きさや待ち受けているかもしれない危険とは別に色々な不安を抱えながら四つの背中を追うのだった。
○
こうして僕達はまだ会ったこともない王様を救うべく、かつて監獄として使われていたという荒れ果てた建物に進入した。
雑草だらけの敷地内を進み扉も無くなっている入り口から建物の中に入ると、そこは何が置いているわけでもない広めの空間が広がっている。
監獄という施設においてどういった意味合いがあるのかは分からないが、所謂ロビーのようなものだったのだろうか。
そしてそこを抜けると一本の通路があり、先に進む道らしきものが他に無かったこともあって迷うことなくその通路へと進んでいく。
中に入った時点で感じたことだが、その外観と同じく内部も薄気味の悪い雰囲気に変わりはなく、盗賊の洞窟と同じ様に低い天井にはいくつも発光石が並んでいるものの光を放っているのは三つか四つに一つぐらいの割合でこの通路に限らず薄暗く不気味な空間が前にも後ろにも広がっていた。
そして単に建物の構造上のことなのか、その雰囲気がそう感じさせるのかは分からないが、やけに空気が冷たくなったことを確かに感じながら僕は縦一列になって通路を進む最後尾を歩く。
みのりを除く他の三人が特にそんなことを感じてない様子なのを見ると、もしかして僕も心の奥では怖がっているのだろうかとか、ここに来てから何度も春乃さんに言われる様に考えすぎなのだろうかとか、そんなどちらにせよ僕にとってはあまり芳しくない心持ちにさせられている気がしてならない。
何故か先頭を歩いている高瀬さんはどこぞのオレンジ色のガキ大将よろしく無駄に堂々と……というかむしろどこか威張っているかの様に大股でずんずんと進んでいっているし、その後ろにいるセミリアさんは絶えず視線を泳がせ周囲を警戒しているばかりで怖さなど感じているはずもない。
さらにその後ろを歩く春乃さんもキョロキョロと辺りを見回しながら歩いているがこっちはただの興味本位だろう。
そんな春乃さんの後ろ、つまりは僕の前を歩くみのりに至っては前にいる二人とはまた違った意味で右を向いたり左を向いたり上を見上げたり不意に振り返ったりともはや恐怖と不安によって挙動不審状態だ。
頼もしいやら不憫だわな四人の姿にあらゆる意味で一層不安になりながらも一本道の通路を左右に一度ずつ曲がった末にようやく辿り着いたのは突き当たりから左右に分かれる分岐点。
「これはどっちに行くんだ勇者たん」
一度左右を見渡しながら高瀬さんが問い掛けるが、いつかと同じ様にセミリアさんは困った顔を浮かべる。
あれ? またデジャブ?
「ここが使われていたのは私が生まれる前のことだ、済まないが正確な道筋は分からない」
「つまりはまた俺の野生の勘の出番ってわけ……」
「じゃあまた手当たり次第に徘徊するしかないってわけね」
雑音を遮った春乃さんは若干億劫そうに腕を組み、同じく左右を見渡した。
まあ、そうするしかないよな。
なんて思っていた矢先に意外な所から反対意見が上がる。
「いや、ここに入る前にも言ったがリュドヴィック王の身が危険に晒されている以上時間を掛けて探索している余裕はない。お主等にとっては少々リスクが大きいかもしれんがここは二手に分かれようと思う」
僕達を見渡す真剣味と覚悟や決意の宿る眼差しに思わず言葉を失ってしまう。
代わりにというわけではないだろうが、我先にと春乃さんが反応した。
「じゃあおっさんとそれ以外チームに分かれるってことで」
「だからそれ編成おかしいだろ! やっぱ俺捨て駒扱い!?」
「違うわよ、すいもんのカギを盗んで牢屋に入れられる要員よ。監獄だけに」
「誰が脱獄しようとして壁にめり込んでんだ! 第一同じ盗賊なら別にカンダタでいいだろそこは!」
「心配しなくても壁に埋まったら抜き取って石版として再利用してあげるわよ」
「あげるわよ、じゃねえよ! どんな暴挙だよそれ! 腐った死体にザオリクをかけることぐらい理屈的に無茶苦茶だよそれ!」
春乃さんに指を突き付けて声を荒げる高瀬さんの魂の叫びが狭い通路に虚しく響き渡った。
一体何の話をしているんだこの人達は……。
「こら、今は言い争いをしている場合じゃないだろう。編成は私一人とそれ以外でよい」
「「「……え?」」」
二人の口論に割って入ると同時にとんでもないことを言い出したセミリアさんに驚き、目を見開いたのはほぼ同時だった。
すぐに春乃さんが待ったを掛ける。
「ちょっとセミリア、あんたが捨て駒になってどうすんのよ。そんなのおっさんにやらせとけばいいのよ」
「ハルノ、落ち着いてくれ。別に私は捨て駒になろうというわけではない、戦力値のバランスを考えるとこれがベストだと判断したまでだ。私と誰かがペアになれば戦闘経験の少ないもう一方の三人はどうしても危険度が増してしまう」
「でも、それじゃあセミリアさんが危険なのでは?」
「案ずるなコウヘイ。自慢ではないが私は魔王以外に負けたことはない、私の心配は不要だ。だからお主等は自分達の無事と安全を第一に考えてくれ。今まで言ってきた通り、危険だと感じれば逃げてでも安全を確保して欲しい。お主等が無事でいるのは私にとっては国や国王と同じぐらい大切なことだ。コウヘイ、ジャック、皆のことを頼んだぞ」
セミリアさんは皆に向けた言葉の最後に僕の肩に手を置き、微かに笑みを浮かべた。
その表情から僕を信頼してくれているのだということが感じられたし、その表情は不思議と僕を信頼に応えなければという気持ちにさせる。
素人目にみてあれだけ強いセミリアさんがこれだけ口酸っぱく言うのだ。それだけの危険がある、ということなのだろう。
やむを得ない状況とはいえそんな中でセミリアさんは僕に仲間の身を託した。
元より世界や国という規模の大きな事よりも皆が無事でいられるためにはどうするべきかばかりを考えてきた僕だけど、そんな大雑把な考えではなく皆の安全の為に何が出来るか、何をすべきかという段階から死に物狂いにならなければいけない。
今までみたく一歩引いて冷静に分析などしている時ではないのだと、そう強く心に決めセミリアさんの目を見たまま僕はその意志を口にした。
「大丈夫です、絶対に無事に帰ってこられるようにします」
『ま、俺が着いてるから大船に乗った気でいりゃいいぜ』
ジャックが僕に続くとセミリアさんは満足げな表情で肩に置いた手を離し、ゆっくりと背を向ける。
「では私はこちらに進むとしよう。ハルノ、カンタダ、ミノリ、あまり無茶をせんようにな。コウヘイを信頼していればきっと大丈夫だ、後で必ず無事に合流しよう」
そして最後にもう一度全員に微笑みかけ、向かって左側の道を進んで行った。
全員でその後ろ姿を見送ったのち、気を取り直すようにパチンと手を合わせたのは春乃さんだった。
「さ、あたし達も行きましょ。頼りにしてるからね、康平っち」
「何とか頑張ってみます。みのりも、大丈夫?」
「う、うん。頑張るっ」
「じゃあ行きましょうか。取り敢えず出来る限り危ないことは避ける方向で」
あんまり大丈夫じゃなさそうなみのりだったが、そこに言及しても仕方がないのでひとまずセミリアさんとは逆方向へと足を進めることに。
何故か高瀬さんが先頭のままで。
「ちょっと、なんでおっさんが先導するのよ。今は康平っちがリーダーでしょ」
僕は別に順番に拘りもないのでどうでもいいんだけど、案の定そうではないらしい春乃さんがすかさず指摘する。
対する高瀬さんは小馬鹿にした様に鼻で笑った。
「無知な奴め、仲間が増えてくりゃ守備力やHPが高い奴を先頭に置いて主人公が二番目、三番目になることなんざ常識なんだよ」
「あんたが守備力高いとでも言うわけ? どうみても守備力20ぐらいじゃない」
「うるせい、どちらにせよ武器を持っていない康平たんに先頭を歩かせるよりいくらか安全だろ。まったく、そんなことも分からんのか。相変わらずかしこさ3だなお前は」
「どういう意味よそれ!」
「ちょっと二人とも、喧嘩もやめてくださいってば」
『……おめえら状況分かってんのか?』
僕に続いて呆れた声を漏らすジャック。
どちらに反応したのか春乃さんはジト目で僕を見る。
「康平っちはどう思うのよ」
「まあ高瀬さんの言うことも一理ありますし、僕は順番は特に気にしないので何か問題が起きない限りはあまり気にしなくてもいいかと」
「むう……康平っちがそう言うならいいけどさ」
「とにかく今は軽はずみな行動とか喧嘩とかは極力しないのが最優先ということで」
「ほんっと協調性の塊みたいな性格よね、康平っちは。ま、それでいいならさくさく進みましょ。しっかり壁になりなさいよね、おっさん」
セミリアさんの言葉が効いているのか珍しくムキになることもなく春乃さんは高瀬さんの後ろを歩いていく。
ようやくこの場が収まり、探索を再開するべく僕とみのりもそれに続いた。
何があるわけでもない一本の通路をしばらく歩き、僕達が再び立ち止まったのは下へと降る階段を見つけるのと同時だった。
薄暗さのせいというのもあるだろうが、袋小路の隅にある幅の狭い石段が上から覗き込むだけでは下の階が見えない程度には伸びている。
「こりゃ降りていくしかなさそうだな」
「そうですね、他に道もなさそうですし。みのり、一応聞いておくけど今回は何か見つけたりしなかった?」
「うん、多分大丈夫」
「……多分って」
「よし、じゃあ行くとするか」
「だ~から何であんたが仕切んのよ」
「はぁ……」
いつまで経っても噛み合わず、チームワークが生まれる兆しのない一行にどうしても不安が付き纏う。
それでも僕がどうにかしなければと、人知れない決意を胸に先に降りていく高瀬さんや春乃さんの後にみのりを先に行かせ、最後尾で階段を降りていくのだった。
『相棒、こればっかりはおめえのせいじゃねえさ』
「……だから頭を痛めてるんじゃないか」
〇
階段を降りた先には降りる前とさほど変わりのない薄暗い通路が広がっていた。
唯一の違いは少し道幅が広がっていることぐらいだろうか。
地下に作られたどこに繋がっているのかも分からない道を右に曲がり、左に曲がり、時には引き返したりしながら歩くことしばらく。
「ねえねえ、こんだけ殺風景が続くと余計に疲れる気がしない? ていうかほんとにこんなところに王様いるわけ?」
最初は鼻歌を歌ったりしていた春乃さんがもの凄くだれた声を漏らしながら振り返った。
確かにこれだけただ歩くだけの時間を続けていれば気が滅入るのも無理はない。
「そればかりは分からないですよ。そもそもここに来たのだって偽物の王様が漏らした情報だけしか理由もありませんから。信憑性に関しては推して知るべしとしか言い様がないですし」
「それはそうだけどさ~、これだけなにもないと無駄足だったときのショックが計り知れないじゃん。ねえガイコツ、王様の匂いとか察知出来ないわけ?」
『人を犬っころみたいに言うな。ある程度近くにいりゃ分かるかもしれねえが、こんな閉鎖的な場所じゃそれもどうだかな』
「あ~あ、いっそ幽霊でも出てくればテンション上がるのに」
春乃さんは項垂れるようにがっくりと肩を落とす。相当この退屈が答えているらしい。
勿論口にしていることは冗談半分なのだろうが、漏れなくみのりが慌てて食い付いた。
「だ、駄目ですよ幽霊なんてっ! 幽霊は本当に怖いんですよ!?」
あたふたしながら力説するその姿に、春乃さんは『急にどうしたのこの娘』的な目を向ける。
これぞ死んでもホラー映画は見ないと豪語するみのりたる所以だ。
「……みのりん幽霊に会ったことあるの?」
「無いですけど怖いんですっ。ていうか春乃さんは平気なんですか? お化けとか」
「あたしはお化け屋敷とか割と好きだしねー。出てくるのが作り物かそうじゃないかの違いだもん、大して変わらないわよ」
「全然違いますよぉ~、もうむしろ真逆じゃないですかっ」
「そうかな~、みのりんが怯えすぎなだけだと思うけど」
「うぅ~」
あまりに怖い物知らずな春乃さんに一層弱気な表情になるみのりは自分だけが怖がっているのではないと思いたいのか、意味不明な仲間探しを開始した。
標的にされたのは高瀬さんである。
「じゃ、じゃあ高瀬さんは……高瀬さんはお化けとか怖くないですか?」
「ん? 俺か? 俺はお化け屋敷なんてリア充向けの施設になんか行ったことがないからよく分からんが、あいつら結局見た目が幽霊でもゾンビでも物理的攻撃で倒せるから大丈夫だろ」
「それゲームの話じゃないですかぁ~。康ちゃんは? 康ちゃんはお化けとか怖いでしょ?」
「なんで僕だけ同意を求める感じなのさ。そりゃ実際に目の当たりにすれば少しはびっくりするかもしれないけど、想像とか雰囲気だけで恐怖に駆られる程じゃないよ僕も。第一こっちに来てからもっと怖いものいっぱい見てきたわけだし」
「や、やっぱりわたしだけなんだ……」
「なんで残念そうなのさ。皆で怖がってるよりはいいじゃない」
「それはそうだけど、一人だけ怖がってるのも不安なんだもんっ。みんなで怖がれば怖くないんだもんっ」
「いや、それもう意味分かんないから」
こりゃ何を言っても駄目そうだと呆れていた時、
「おいっ、あれ見てみろ!」
先頭の高瀬さんが前方を指差して叫んだ。
何事かとその方向に目をやると、その警戒心は一瞬にしてただの嫌な予感に打って変わる。
その指の先には進行方向右側に並ぶ二つの宝箱があったのだ。
「また宝箱ー? もう放っていこうよ、また変なの出てきても嫌だし」
春乃さんも同じ感想だったらしく面倒そうにしている。
案の定また高瀬さんががっついて宝箱に飛び付いていくけど、現状の僕達にとってプラスになる要素があるとは一切思えないからだ。
『……誰が変な奴だって?』
そんなジャックの言葉は僕以外の誰に届くこともなく、
「なんで放っていくんだよ、この中にお宝や協力な武器が入っているかも知れないんだぞ?」
一人すでに宝箱の前に屈み込み、今にも手を掛ける勢いの高瀬さんは何を言い出すんだとばかりに振り返る。
言っていることは理解出来なくもないが、お金や宝石にそこまで関心も無い僕としてはいつ全力で逃げ出さなければならない事態に遭遇するかも分からないのに荷物を増やすのはいかがなものかと思うわけだ。
「使えもしない武器持ってても仕方ないじゃない、余計な荷物増やしたって無駄に時間掛かるだけじゃないのよ」
「そうですよ高瀬さん、こっちの世界のお金には興味ないって言ってたじゃないですか」
「分かってないな、使えるか否かと価値の有無は別の別の話なんだよ。それに幽霊に効きそうなアイテムでも出てくればみのりたんの不安も解消されるってもんだろう」
高瀬さんが言うとみのりはひょこひょこと高瀬さんの方へと寄ってき、
「是非開けてみましょう!」
と、手と手を合わせて力強く言った。
「「ええぇぇ!?」」
そのあまりの単純さに思わず、僕と春乃さんは声を揃えていた。
そんなだから怪しげな連中に簡単について行っちゃうんじゃないの……。
「みのりん、騙されちゃ駄目よ! おっさんの言うことなんて絶対ロクなことにならないんだから」
「大丈夫ですよ。使えないような物なら置いていけばいいんですから」
頭いいでしょ? とでも言いたげな口調でにこやかに答える残念な少女みのり。
その発言を聞いて横にいる高瀬さんもすっかりその気になっていた。
「よく言ったみぞみのりたん。よし、開けるぞ!」
高瀬さんはこちらの反応を待つことなく一つ目の宝箱に手を掛けてしまった。
もはや僕達は中身とかよりも横で目を輝かせている残念少女を心配する気持ちの方が上回っている始末である。
「ああ、みのりん……なんて純粋な娘なのかしら」
「もうそろそろ馬鹿と分類してもいい気がしてきましたよ僕は」
なんて言ってる間に宝箱も開いていく……のだが、
「空……ですね」
残念そうなみのりの感想という名の現実に、微妙な空気が蔓延していく。
ただ一人を除いて。
「諦めるなみのりたん! 一つ目が空の場合はもう片方に相場よりも良い物が入ってることが多いんだ」
「はいっ、頑張ります」
その男高瀬さんはただの大声でそんな空気を一掃し、二つ目の宝箱の前へと移動する。
少し後ろで早く済ませてくれないかと見ているだけの僕と春乃さんはどうしても二人のようなテンションにはならない。
「ま、空だっただけよかったわよね」
「ごもっともです」
とか言いながら二つ目が開くその瞬間を至って冷静に見守る。
のだが、
「おおおおおおおぉぉぉぉ!」
「おおおおおおおぉぉぉぉ?」
またまた大きな声を上げながら大袈裟に仰け反る高瀬さんと意味も分からずそれに乗っかって最終的には疑問符付きで首を傾げるみのり。
二人のリアクションからするに、本当に何か革命的な品物が入っていたりしたのだろうか。
「何よ、二人して大きな声出して」
「何か入ってたんですか?」
「これっ、これ見ろみんな!」
後ろから覗き込んでみると、高瀬さんは興奮しながら箱の中に入っていた物を持ち上げ、僕達の方へと差し出した。
その手には女性用の水着のようなものが持たれている。
「何ですかそれ……水着?」
どういう理由でそんな物が宝箱に入っていたのか。
考えても分かりそうにないので素直に横にいる春乃さんに聞いてみる。
「水着っていうか下着ね。何が悲しくてそんな物がこんなとこに置いてあるわけ?」
「……僕に聞かれましても」
僕が聞きたいぐらいだし。
「かの伝説の防具、エッチな下着だぜこれ。やっぱり開けてみて正解だっただろ?」
ふふん、と得意げに言う高瀬さんに、いい加減春乃さんも黙ってはいられなくなったらしくズカズカと歩み寄っていくともの凄い剣幕でまくし立て始めた。
そして当然のように口論に発展する。
「な・に・が・正解なのよっ。置いていきなさいよそんなの! あんたが持ってたらいよいよただの性犯罪者にしか見えないってのよ!」
「誰が性犯罪者だあぁ! これがどれだけ実用性に優れているアイテムか知ってから言えつーの!」
「何が実用性よ、そんなの使って強化されんのはあんたの妄想だけでしょうが!」
「違わい! こいつは売れば結構な値段になる上に装備しても中盤にしてはなかなかの守備力を誇る貴重なアイテムなんだぞ」
「じゃあ何? あんたがそれ身に付けるっての?」
「なんで俺が装備するんだよ、おかしいだろ」
「そうよ、おかしいのよ。あんたの頭が!」
「これは勿論女が装備してこそ意味がある。装備した本人に取っても、俺達男に取ってもな」
「……僕を入れないでください」
「というわけで……」
駄目だ全然聞いてない。
「どうだみのりたん、これを装備すれば怖い奴らからも身を守れるかもしれんぞ?」
何を思ってか、高瀬さんはみのりにその下着を差し出した。
若干引きながらも迷ってしまうあたりがみのりらしい。
「そ、そうなんですか? どうしようかな……」
「みのり……」
どこまで扱いやすい人間なんだ。
僕が止めなくても春乃さんが阻止してくれるだろうから敢えて口にはしないけど。
「みのりん、騙されちゃ駄目よ。そんなことしたらこの先こいつの視姦という生き地獄が待ってるんだからね」
案の定春乃さんはキッと鋭い目でみのりを制した。
「そ、そうですね。恥ずかしいのでやっぱり止めときます」
その忠告によって自分の愚かさに気が付いたのか、はたまた春乃さんの態度に怯んだのか。
みのりは頬を掻きながら苦笑し両手を振りながら高瀬さんとの距離を取る。
「む、そうか。じゃあやっぱり勇者たんに……グフフ」
一瞬残念そうにした高瀬さんだったがそれも束の間、今度は鳥肌が立つほどにに嫌な笑顔で宙を眺めた。
なんていうか、本気でゾクっとした僕はもう説得だとか口論の仲裁どころではない。
『おめえらよお、いい加減場をわきまえるってことを覚えられねえのかい。今は一刻を争う時で、いつ危険に鉢合わせるか分んねえってのによ』
僕の気持ちを代弁してくれるジャックの存在は心底ありがたい。
が、そこまでは共通の考えとはいかなかったらしい春乃さんは大きく溜め息を吐くとなぜかギターケースを肩から下ろした。
「そうね、ガイコツの言う通り。今は遊んでる場合じゃないわよね。じゃああたしおっさんの目を覚まさせてくるわ」
春乃さんはそれだけを言い残して、妄想に花を咲かせて気持ち悪い顔で虚空を見つめている高瀬さんの方へと歩いて行った。
これは直感でしかないけど、ロクなことではない気がしてならない。
『目を覚まさせるってのはどういう意味だ?』
「さあ……状況を理解してくれたのはありがたいけど、あまりいい予感がしないのは僕の気のせいかな?」
『そりゃきっと気のせいじゃねえだろう』
「……本当にこんな調子で王様を助けられるのかなあ」
『お前さん次第だろうさ。しっかり奴等を纏めていかねえと後で後悔することにもなりかねないぜ』
「はぁ……頑張るよ」
きっとそれはセミリアさん抜きではそう簡単なことではない。
なんてことを実感しながら僕はまた口論を再開されても困ると思い春乃さんを追って高瀬さんの方へと寄っていく。
しかし高瀬さんに話し掛ける春乃さんの声色は思いの外穏やかな感じだった。
「ねえ、それってそんなに身を守るのに適してんの?」
そこで虚ろな目をしてよだれを垂らしていた高瀬さんは我に返る。
こんな不気味な建物の地下で我を忘れられるメンタルは一周回って尊敬すらしそうだ。いや、しないけど。
「は!? 危ない危ない、俺としたことが別世界に逝ってしまうところだったぜ。ん? なんだゴスロリ、何か言ったか?」
「あんたの持ってるそれ、ほんとに身を守ってくれんのかって聞いてんの」
「だからそう言ってるだろうが。何といっても鉄の鎧と同等の守備力だからな、同じ系統の水着やビスチェ、男物で言うとステテコなんかとは天地の差があるんだぞ?」
「へぇ~、ちょっと見せてよ。試してみたいから」
春乃さんはどう考えても不自然な笑顔で右手を差し出した。
その違和感に気付いていない高瀬さんは疑う様子もなく下着を渡してしまう。
「お前が装備するのか? まあお前は性格は悪いがスタイルは良さそうだからそれも吝かではないが……って何してんだお前」
いつもの様に偉そうな口調で失礼なことを言う高瀬さんを完全に無視し、春乃さんは受け取った下着を地面に放った。
さすがの高瀬さんもどこかおかしいと感じた風ではあったが、それすらも気にせず春乃さんはおもむろにギターを取り出したかと思うとその先端を投げ捨てた下着に向け、無言のままに魔法のマシンガンを発動させた。
ドドドドドドドドドド!
狭い通路に大きな銃声が反射し、響き渡る。
直後に断末魔の叫びが反響した。
「ぎゃあああああ!」
高瀬さんの悲痛な声が同じく狭い空間にこだまする。
まあ……恐らくはこういう展開になるだろなと途中から予測してはいたけど、あまりの傍若無人ぶりに今度ばかりは高瀬さんが少し気の毒な気もする。
言って聞く相手ではないとはいえ、ああも強硬手段に出られる春乃さんも大概だけど……。
「康ちゃん、あれはちょとやりすぎなんじゃ……」
「そうだね……でもああでもしないと先に進めそうにもなかったし、僕達にはあんなことは出来ないから仕方なかったと思うしかないよ」
いつの間にか横にいたみのりもさすがに居たたまれない気持ちになったらしく、二人で哀れみの目を向けて事の顛末を見守ることにするしかない感じだった。
やがて銃声と悲鳴が収まり、シューッという音と共に地面から立ち上る煙が晴れたあとに残っているのは魔改造ギターによる魔法攻撃を受け、面影など残らず無惨にもボロボロになった焼け焦げた何か。
それを目にした高瀬さんはわなわなと震え、ゆっくりと春乃さんに向き直る。
「お前、馬鹿か? お前……馬鹿かあぁぁー!」
二回言った!?
「人類の宝が……男の夢がああぁぁ」
そのまま高瀬さんは膝を突き、四つん這いになって絶望のままに心の叫びを声にする。
それはもう悲哀に満ちた表情で。
「なーんだ、大した守備力でもないじゃない」
悪びれる様子もなく追い打ちを掛ける春乃さんの言葉は既に高瀬さんには届いていない。
代わりに一部始終をただ見ていただけの僕とみのりは遠い目でどこかを眺めながら心に誓った。
「みのり、これからは出来るだけ春乃さんの言うことは素直に聞くようにしよう」
「……うん」
鬼を見た。
それは人の価値観やものの考え方を変えるには十分な要素になりうるのだと僕達は知った。
それはきっと今後の人生に大きく影響するだろう……たぶん。
「何してんの康平っち、みのりん、遊んでる暇なんてないんだからさっさと行きましょ」
「「はいっ!」」
「……どうしたのよ二人とも、急に元気な返事して」
「いえ、なんでもありません」
「ありませんですっ!」
「まあいいけどさ、じゃあしゅっぱーつ」
「「お、お~」」
春乃さんの上機嫌な掛け声を合図に僕達は再び迷宮を進んでいく……勿論春乃さんを先頭に置いて。
○
それからまたしばらく徘徊を続けた僕達は薄暗い通路を進んだ先で再び下へと続く階段を見つけた。
目的地に近付いているのかどうかも定かではないままに階段を降りてはみたものの、視界に入ってくるのはやはりどこに続いているのかもわからない廃墟さながらの代わり映えもなく気が滅入るような風景だった。
これまで辿ってきた道筋との唯一にして最大の違いはただ真っ平らな石の壁の代わりに牢屋らしき小部屋が道の両脇にずらりと並んでいることぐらいだろうか。
畳み数枚ほどの狭い収容所が太く大きな鉄格子で区切られ、それが左右ともに通路の続く限り先まで連なっている。
その小部屋の内部は明かりが無く、ほとんど何も見えないのがまたなんともホラーな光景なのだが、元が監獄だと聞いていた以上はこういう物があることも想像の範疇だったし、そもそも日本ではない世界にワープしてきた時点で不気味さに恐怖するなどという次元の話でもない。
武器を持つ人々やバケモノとは違い、日本にも無くはないこの光景は逆に怖さを感じないのだから不思議なものだ。
そしてそんな心情は僕だけでは無いらしく前にいる春乃さんも、
「うわ~、なんか本格的ね」
と、物珍しさにテンションが上がり怖がるどころか楽しんでいる感じだし、高瀬さんに至っては先の下着の件をまだ全力で引き摺っているのが明らかでブツブツと何かを呟き、どんよりとした空気を惜しげもなく醸しだしながらゲームに出てくるゾンビのように頭を垂れ、腰を曲げ、両手をぶらぶらしながらとぼとぼと歩いている状態でそんな変化にすら気付いていないみたいだ。
そんな中、モロに精神的ダメージを受けている何故か少数派のまともな人間が一人。
せっかくここの雰囲気に慣れ始めていたというのに、みのりはこの雰囲気にまた不安と恐怖心が再燃したらしく少しでも物音がしようものなら『ひゃう!』とか『へう!』とか言いながら幾度となく一人で飛び退いていた。
その声がする度にこっちがびっくりするから止めて欲しいんだけど、それを言うとまた謎の理論に基づく叱責を受けるのは目に見えているので言うに言えないでいるのが正直なところだ。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よみのりん。別になんにも出てきやしないって。ね、康平っち、ガイコツ」
見かねた春乃さんがみのりの頭を撫でながら振り返り、すぐ後ろにいる僕達を見る。
まあ少しでもみのりを安心させようという気持ちは僕と同じだ。
「そうだよみのり。ここはとっくの昔に使われていないって言ってたし、もし出てきたって牢屋のカギが掛かってるみたいだからこっちに来たりしないよ」
『それ以前に牢屋ん中には何もいねえよ。そもそもこの辺りに人の気配はしねえぜ』
「人の、ってなによ。人じゃない気配はするみたいな言い方しないでよね」
『残念ながら少し先にそういう気配があるもんでね。魔物の類かちっこい嬢ちゃんが恐れているもんかは定かじゃねえが、そろそろ用心しとくんだな』
「な……何がいるんですか?」
ジャックの警告にみのりはうっすら青ざめている。
内容からして間違っても聞かなければよかったということにはならないんだろうけど、春乃さんにそんな理屈は通用しない。
「ちょっとガイコツ、みのりんを怖がらせるようなこと言わないでよね」
『おめえが聞いたんだろうが。第一知らねえままにしてる方がよっぽど怖い目に合うってもんだろうよ』
「まったく、うちの男共はほんっとデリカシーがないんだから。大丈夫よみのりん、幽霊なんていくら出てきたってあたしがギターソロ付きロックバージョンで経でも唱えて成仏させてやるからね」
ジャックの至極真っ当な正論も何のその。
親指を立てる春乃さんはみのりの手を引き、サッサと歩き始めてしまった。
『色々と失礼な奴だなあいつは』
「まあまあ、話は僕が聞くから。人間じゃない何かがいるってのは事実なんだよね?」
『ああ、この階じゃねえみてえだが確実にいるな。人間じゃねえってことは味方じゃねえってことだ。相棒、油断はするなよ』
「元々命が掛かってるのに油断出来るほど格好いい人間じゃないしね……はぁ」
一度肩を落として僕も二人の後を追う。
当初は意味不明過ぎて泣けてくる気分だったけど、今ではむしろ一番まともな話が出来る存在とさえ思えるジャックだった。
『えらく不安そうじゃねえか』
「さすがにここまで気持ちがバラバラだとね。ていうかジャックは不安にならないの?」
何せ一人は社会見学気分、一人はお化け屋敷気分でもう一人はゾンビなんだもの。
『ま、俺も似たような性格だったからな。やる時はやる、それ以外はテキトーでいいんだよ。じゃねえと頭が痛くならあな。幸い俺にも頭の良い仲間がいたからな、難しいことは全部そいつに任せっきりだったぜ。はっはっは』
「それはただ無責任なだけなんじゃ……」
『心配しねえでも奴等もやるときはやるさ、俺と出会った時みてえにな』
「そうだといいんだけど……ねえ」
『今の相棒はその頭の良い奴の立ち位置なんだ、クルイードに連中の命を託されたんだろう? なら何があってもてめえだけは冷静に、何が最善かを考えることだな』
「冷静に冷静に、ね」
繰り返し自分に言い聞かせる。
元来変に取り乱したり興奮するような性格ではないのだが、かといって何が最善だなんて判断が僕に出来るのだろうか。
そんなことを考えながら春乃さん達の少し後ろを歩いていると、
「ちょっとみんな集合~!」
牢屋が並ぶエリアを抜け、またただの石の壁に変わった通路をしばらく進んでいると不意に前方から声で呼び掛けられる。
ふと視線を前に戻すと春乃さんが僕達に向かって手を振っていた。
あの様子からしてなにかを見つけたみたいだ。
「どうしたんですか?」
「これこれ」
春乃さんが指差す方向を見て、なるほど納得。
その先にあったのはまたしても鉄格子で閉ざされた牢屋だ。
それもさっき通って来た所とは違い、小部屋が横並びになっているわけではなく石の壁の間に不自然に一つだけ設置されている上に中の広さが三倍ぐらいある。
「また牢屋? でもなんで一部屋だけこんなところに」
「康ちゃん、奥を見てみて」
みのりに言われ目を凝らしてその牢屋の中を覗き込んでみると、薄暗い空間の奥に小さな階段があるのが確かに見える。
断定する程はっきり分かるわけではないが、恐らくは下に降りる階段だ。
「あそこから下に行くんでしょうか」
「かもね。でもこの扉開かないのよ、鍵が掛かってる」
春乃さんは鉄格子の扉を掴んでガチャガチャと前後に動かそうとするが、確かに開く様子は全くない。
「でもこれ鍵穴もないですし、外からは開けられないようになってるのかもしれないですよ」
『鍵穴があったところで鍵を持ってなけりゃ意味ねえけどな』
「そりゃそうだね。でも、だったらどうしましょうか。道は続いているみたいですし、後回しにします?」
「えぇ~、せっかく見つけたんだしここが正しい道だったら無駄足になるじゃん」
当然春乃さんは不満顔だ。
とはいえ現状解決策は見当たらないのだけど。
『先に進みゃここを開ける手掛かりがあるかもしれねえぞ』
「そうだとしても結局戻ってくるかもってことでしょ? だったら力尽くで開けた方が手っ取り早いじゃない。てわけでここはあたしにまっかせなさい!」
到底説得するのは無理そうな春乃さんは得意気にギターを取り出し両手で持つと真上に大きく振りかぶった。
かと思うと『とりゃあああぁぁぁ!』とかいいながら鉄格子めがけて思い切り振り下ろし力一杯に殴り付ける。
が、扉はびくともせず、ガィーンという鈍い金属音を残しただけで何ら変化はない。
「かった~。こうなったらギターマシンガンで……」
「康ちゃん康ちゃんっ」
「「ん?」」
春乃さんが射撃体勢に入った瞬間、何か手掛かりはないかと鉄格子を眺めながらウロウロしていたみのりが少し先で慌てて手招きをしている。
一瞬春乃さんと顔を見合わせてみのりが呼ぶ方へと移動してみると、
「みのりん、何か見つけたの?」
「ここにボタンみたいなのがあるんですよ、ほら」
「あ、ほんとだ」
壁を指差すみのりの示す先には確かに鉄格子と壁の境目辺りに石が盛り上がって出来ている大きめの四角いボタンの様な物があった。
これまた位置的に不自然な上にボタンの表面には大きく×印が彫られている。
「でかしたわみのりん、さっそく押してみましょ」
「え……思いっきり×が書いてありますけど」
「んなこと言ったって他に方法もないじゃん。それに逆に○が書いてあるからって安心して押せるってわけでもないでしょ? 人間やらずに後悔するよりやって後悔しろって言うじゃない」
「それはそうですけど……」
かといってこれ以上思いつきで無茶な行動をされてもまずいとなんとか説得の言葉を考える……暇もなく、
ガコ
春乃さんは迷わずボタンを押していた。
「……ええぇ」
ほんとに押しちゃったよこの人。
もうちょっとほら、他にも同じ物がないか調べてからとか、ねえ?
「よし、開いたかどうか見に行くわよ」
春乃さんはなんの気兼ねも無く言うと再び扉の方へと戻ろうとする。
まさにその時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
突然もの凄い音が響き渡ると共に地面と視界が同時に揺れた。
何が起きているんだ? 地震か?
いや、タイミングからしてどう考えてもあのボタンのせいだ。
「ちょっとちょっと、なんなのよ急に! どうなってんの!?」
「ふえぇぇぇ」
二人も壁に手を当て、辺りを見回して混乱している。
そりゃそうだ。明らかに異変が起きようとしているのが分かるし、この状況で揺れなんて危険に備えたり安全を確保しようにも為す術がない。
『言わんこっちゃねえ、仲間の言うことを聞かねえからこうなるんだ』
「冷静に言ってる場合じゃないわよっ。どうすんのよこれ!」
『俺に言ったって仕方ねえだろう、次からは仲間の言葉はしっかりと頭に入れるこった。もっとも、このまま建物が崩壊して全員お陀仏なんてことになりゃ次もクソもねえがな』
「怖いこと言わないでよっ、ていうかいつまで揺れてんのよ!」
二人が言い争っているその時。
そんなことをしている場合かと思いつつもいつもなら我先に大袈裟なリアクションを取る高瀬さんの存在を思い出し、その安否を確認すべく揺れに耐えながら後ろ振り返る。
が、その目に飛び込んできたこの地響きの原因たる光景にそれどころではなくなり、慌ててジャックに八つ当たりしている春乃さんを呼びながら二の腕を数回叩いていた。
歩くペースが遅すぎて一人遅れてやっと追い着いてきた高瀬さんの十数メートル後ろから、僕達の身の丈の倍はあろうかという黒く大きなどう見ても鉄らしき球体がもの凄い勢いでこちらに向かって転がってきているのだ。
何でこんな漫画みたいな展開に……あんなのぶつかったら大怪我じゃ済まないぞ。
「いやいやいやいや……あれは洒落になってないわよ、マジで」
「ふえぇぇぇ!?」
鉄の玉を見てしまった春乃さんも絶句しているし、ワンパターンなみのりのリアクションも語尾が上がってしまっている。
駄目だ落ち着け、ここで僕までパニックになってしまってどうするんだ。
さっきジャックも言ってたじゃないか、こんな時こそ冷静に冷静に……ってなれるかあぁぁ!
「高瀬さん、後ろ!」
とにかく逃げなければと、未だゾンビ状態の高瀬さんに大声で呼び掛ける。
ていうかこの揺れで何も気付いて無かったっておかしいでしょ!
「ああ? 後ろ? ……ってなんじゃこりゃああぁぁ!」
ようやく我に返った高瀬さんはゆっくりと振り返りその光景に絶叫する。
かと思うと見た目に似合わぬ驚異的な速さであっという間に僕達の横を走り抜けていってしまった。
「ぬおおおおおお!」
「ちょ、ちょっとおっさん! なに一人で逃げてんのよ! あたしたちも逃げるわよっ!」
「はいっ!」
「はい~」
こうして僕達は何も考えずに全力で走り続けた。
立ち止まることすなわち死という未曾有の事態から脱却するために逃げて、逃げて、逃げ続けた。
角を曲がれど追い掛けてくる鉄球から逃れるべく、走って、走って、走り倒した。
鉄球はどこに消えて行ったのか、やがて地鳴りが収まった頃。奇しくも行き着いたのはあの鉄格子とボタンの前だった。
いい加減回り回って同じ場所に帰ってくるのが好きだな僕達も。
なんて感想はさておき、ひとまず危機的状況を回避したことに安堵しつつ全員が肩で息をしている中で横にいるみのりに声を掛けてみる。
「みのり、大丈夫?」
「うん、疲れはしたけどしんどいって程でもないよ」
みのりは正座の体勢で僕を心配させまいと少し微笑んでみせた。
まあ、みのりとてスポーツ経験がある。強がっている風でもないみたいだし大丈夫そうだ。
「康ちゃんは大丈夫?」
「僕は元々長距離だし、このぐらいなら全然平気だよ。二度とこんな走りはごめんだけど」
「はあ、はあ、お前等……どんな肺してんだよ。俺はもう一歩も走れないからな」
「同感~、あたしも今まで生きてきて一番早く走ったわ」
しばらく息も絶え絶えに仰向けに寝転がっていた二人が起き上がる。
ただでさえ背中に荷物を背負っている二人だ、無理もない。
「そもそもよ、何だってあんなもんが急に迫ってきたんだ?」
「卑劣な罠に掛けられたのよ」
あの時の状況を知らない高瀬さんの疑問に対し、春乃さんはまるで他に責任があり、それが全ての元凶であると言わんばかりに悔しそうな顔をした。
「……そうでしたっけ? 割と良心的な罠だった気がするんですけど」
「お黙り」
「よく分からんが……というかまた一周して戻ってきたってことはどこかで見落としがあったってことじゃねえの?」
「だーかーらー、この牢屋の鍵が開かないからこんな目に遭ってるんでしょ馬鹿」
「ん? 牢屋? こんなのぶっ壊した方が早くね?」
高瀬さんはおもむろに立ち上がり鉄格子の方に寄っていき中を覗き込んでいる。
ゾンビ状態から脱してくれたのなら走った甲斐もあった……のか?
「んなのとっくに試したわよっ。あと先に言っとくけどそこにあるボタンはなにがあっても……」
「お、ここにボタンみたいなのがあるぞ」
ガコ
「ちょ……」
「え……」
「あ……」
お……押したぁぁ!
「あ、あんた馬鹿じゃないの!? 人の話聞いてなかったわけ!? もう走れないって言ったのあんたでしょ!」
「何を急に興奮してんだゴスロリ。お前が押したかったのか?」
「違うわよアホ、死ね! あんたは死んでもいいから一人で鉄球なんとかしなさいよ!」
言いたいことは全部春乃さんが言ってくれているが……最悪だ。
なんで先に説明しておかなかったんだろうという後悔がハンパないが、そんなことを言ってる場合じゃないので僕は素早く立ち上がり、みのりの腕を引いて立ち上がらせる。
「みのり、逃げるよ」
「う、うん」
全員が立ち上がった所ですぐさま駆け出す準備をするのは僕達だけでは当然なく、文句を言いながらも春乃さんとてクラウチングスタートみたいな体勢で逃げる準備をしている。
その時、こんな音が聞こえてきた。
ガチャン
「「「……………………へ?」」」
応援ありがとうございます!
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