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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第二十九章】 急襲

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 ~another point of view~

 時を少し遡る。
 水晶が隠されている洞窟の入り口ではサミュエル・セリムス、高瀬寛太、夏目飛鳥、ミランダ・アーネット、そしてユノ王国の戦士であるスカットレイラ・キャミィが待機していた。
 既にに六人が洞窟に入ってしばらくが経つ。
 敵の襲撃がある可能性が高いと事前に知っていたこともあり当初こそ警戒心や緊張感を、恐れる気持ちや不安をそれぞれ抱いてピリピリとした空気を維持していた面々だったが、過ぎた時間が徐々にそれらを薄れさせていた。
 言うまでもなく幾多の戦いの経験を持つサミュエルとキャミィを除いて、という話である。
「どうやったって人気の作品の名前借りて知名度を上げていくしかねぇんだよ。そりゃ金のためだけにやってる奴等でもなけりゃ誰だってオリジナルで勝負したいに決まってんだ。でも中身やオリジナリティーで勝負するなんてのは土俵に上がってからじゃなきゃ意味ねえからな」
「理屈は分かるけどやな、結局人気タイトルの二次創作なんか飽和状態なわけやろ? その中で勝負したって結局名前の売れてる連中に持っていかれるばっかりで簡単に実績に繋がるとは思われへんねん」
「どうやったっていきなり対等な勝負なんざ出来るわけねえだろ。表紙に全力注いで目を引くとかコレクターや違法アップの同人誌サイトとかからの口コミで徐々に名前を売っていくのが段階ってもんだろうが。公募でも同人でも一発ヒットなんてどれだけ薄い確率か考えろってんだ」
「んー、そうやねんけどなぁ。なんか、それで自分のやりたい道に近付いていけるんか正直不安もあるし、難しいもんやでホンマ」
 とりわけ緊張感を失った寛太と飛鳥の声以外に会話の無い時間がしばらく続いている。
 その中にあって、ふとミランダが思い至った様に二人の会話に割って入った。
「あ、あの、お二人は明日には帰られてしまうのですか?」
 声を掛ける際、ミランダは二人を名前で呼ぼうとしたがぎりぎりのところで言い換えている。
 主であり尊敬する康平以外の人間を『~様』と呼ぶのはなんとなく嫌だった。
「そういえば、その辺どうなってんのやろうなぁ。全然気にしてなかったわ」
「今日はあの変な島に帰るんだろ? その後また城に戻って次の日に帰るってとこか?」
「そもそも今日この変な国から帰るかどうかも定かじゃないからな。どうせやったら帰ったあと一日ぐらいゆっくり観光したいところやなぁ」
「せっかくお越し下さったのです。ゆっくり……していただきたいです」
 果たしてそれは誰に向けられた言葉だったのか。
 二人にそれを知る由もなく。
「ほんま、ミランダちゃんはええ子やなぁ。よしよし」
 気を良くした飛鳥は慈愛に満ちた表情で照れるミランダの頭を繰り返し撫でている。
 まさにその時。
 人知れず、キャミィが利き足を一歩踏み出した。
 唯一その行動にも、その行動の意味にも気付いているサミュエルはそれ以上の動きを手で制する。そして何故か寛太に呼び掛けた。
「ちょっとアンタ」
「あん? どうしたサミュたん」
「アンタ、強くなりたんでしょ?」
「愚問だな。今よりもっと、という意味で聞いているなら当然だ。昨今のネトゲと同じくレベル上げに終わりはないぜ」
「相変わらず意味は全く分からないけど、その志に免じて良い物をあげるわ」
 やや面倒臭そうな顔を浮かべつつも、サミュエルは小さな粒状の物を取り出したかと思うと寛太へと差し出した。
 受け取った本人はそれが何かを知らず首を傾げている。
「何だこれ?」
「パワーアップ出来る木の実よ。これを飲めば少なくとも死ぬことはなくなるって代物」
「おおぉ! 命の木の実的なあれか!」
「当たらずしも遠からずってとこね」
「やっとサミュたんも俺様を頼る気になったってわけだな。そこまで言われちゃ仕方がねえ。ありがたく最大HPをアップさせてもらうぜ、+1が出たらリセットするから安心しれ」
 例によってサミュエルにとって理解不能な言動を繰り返しながらも寛太はその小さな赤い果実を口に入れた。
 若干の心配と興味本位でそれを眺めていた飛鳥が気付く術はない。
 しかし、同じくその様子を見ていたミランダはその赤い実の正体に気付き、ハッと口に手を当てた。
「んー、飲み込んだはいいが特に身体に変化はないぞ? まさか本当に+1だったんじゃねえだろう…………な?」
 虚ろな目に変わっていくと共に寛太の言葉が途切れる。
 そしてふらふらと身体を揺らしたかと思うと、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「ちょ、おいTK! どないしたんや! サミュやん、何食わせたんや!?」
「喚くなうるさい、耳障りよ。心配しなくても別に死んじゃいないわ」
「心配いらんゆーても、これアカンやつやろ。意識無くなってもーてるやん」
 飛鳥はピクリとも動かない寛太の頬をペチペチと叩きながらサミュエルを見上げる。
 その原因が分かっているミランダは、恐る恐るといった様子で寛太が飲み込んだ果実の名を口にした。
 出来るだけ態度に表さない様に心掛けてはいるがこのミランダ、昔からサミュエルの事が苦手だった。理由は主に怖いから、である。
「ゆ、勇者様……今のは微睡みの実、ではないのですか?」
「へぇ、よく知ってるわね」
「ミランダちゃん、なんやそのまどろみの実て」
「耐性の無い奴が食ったら眠りに落ちる、ただそれだけの物よ。つまりそいつは寝てるだけ」
「寝てるだけて……そもそも何でそんなモン食わして眠らせるんや?」
「もうすぐ敵の群れがここを襲ってくる。アンタ達は死にたくなかったらそこでジッとしてればいいけど、コイツはそうしないでしょ。チョロチョロされても邪魔なの、だから眠らせておいたってこと」
「襲ってくるて……マジかいな。なんでそんな事が分かるんかも疑問やけど、その前に無茶な方法過ぎるでサミュやん」
「寝てるうちに戦いは終わってるんだから死ぬことはないってのは事実でしょ。私は嘘は言ってない」
 ほら、邪魔だからさっさと後ろに下がってなさい。
 そう付け加えてサミュエルは背中から二本の刀を抜く。
 ここに居る者の中ではサミュエルしか知らない事実であるが、前回の戦いにおいても肝心なところで眠らされている寛太であった。
 そして戦闘態勢に入ったサミュエルの姿を見て、改めてキャミィも前に出る。
「……どうしますか?」
 キャミィはサミュエルの横に並び、視線を向けることもなく小さな声で問い掛けた。
 こちらも名前を呼ぼうとしたが、やはり言葉になる前にそれを止める。
 もっとも、ミランダと違いこちらは単純に興味の無さゆえに名前を覚えていなかっただけの話だ。
「なんだか結構な数が居るっぽいし、まずは敵さんの姿を見てからってことろね。アンタも留守を任されてる以上見てるだけってわけにもいかないでしょうし、雑魚の相手ぐらいさせてあげるわよ。この一番大きい気配の奴は私がもらうけど」
「では、そのように」
 戻ったのは納得したのか否かも分からない淡泊な返答一つ。
 サミュエルはおろか後ろの連中の安否にも、こんな場所で敵と戦うことにも一切の関心が無いキャミィにとっては心底どちらでもいいことだった。
 頭にあるのはマリアーニ王の言い付け通り、横にいる女が負けそうになった場合には援護しなければならないのだろうか、ということだけだ。
 やがて上空から姿を現し、五人の前に降り立った敵は異形な生物であった。
 二人の倍はあろうかという巨大な全身が骨だけのドラゴンが一体。
 そしてそのドラゴンが地面に降り立つと同時にどこからともなく現れた大量の紫色の蛇は所々皮膚がただれている。
 どちらもこの国はおろか周辺の国にも現れることのない魔物だ。
「……スカルドラゴンとポイズンデッドスネーク、ですね」
 唯一この場にあってその存在を知っていたキャミィがボソリとその名を口にする。
 初めて耳にし初めて目にする魔物であったが、そんなことは一切関係無く巨大なドラゴンの姿にサミュエルはただニヤリと笑った。
 飛鳥、ミランダの二人が後ろで悲鳴を上げていることも一切気にしていない。
 サミットに同行するべく国を出て今この場に至るまでを含めたこの度の任で初めてテンションが上がった瞬間だった。
「へぇ、そういう名前なの。久々に退屈しなくて済みそうな敵じゃない、私はあの骨をヤるから」
「分かりました……では、私は蛇の方を片付けます」
「後片付けは後でするから後片付けっていうのよ。まずは私が楽しませてもらうわ、邪魔するんじゃないわよ」
 最後の一言と同時にギロリとキャミィを睨み付け、サミュエルは二歩三歩と前に出る。
 ジャランと、戦闘前の癖である二本の大きなククリ刀の刃を擦り合わせる音が響いた。
「ほら、デカブツ。ちょっとは戦えるんでしょ? 掛かってきなさいよ」
 挑発的な言葉を理解しているのかいないのか、近付いて来るサミュエルに対してスカルドラゴンが点を見上げ一帯に響き渡る大きな声で吼える。
 そしてカタカタと音を鳴らして大きな頭部を大きく左右に振ったかと思うと、目の前にいる二人に向かって突進した。

断罪の十字架ブラッディー・クロス

 すぐに構えを取ったサミュエルは二本の刀を身体の前で交差するように持つと、自身の必殺技の名前を口にしながら十字に重ねた刀を振り抜いた。
 スカルドラゴンとの距離は武器の性質からするとまだ射程圏の外であったが、十字の形を保った斬撃波は刀身を離れ勢いよく飛んでいく。
 対するスカルドラゴンも迎撃すべくすかさず口から炎を吐き出すと、瞬く間に豪炎が斬撃を飲み込んでいった。
 しかし、威力の差は歴然だった。
 サミュエルの斬撃波は容易く灼熱炎を打ち破り、その巨体に直撃すると胴体の骨を粉砕する。
 スカルドラゴンは断末魔の叫びを上げて倒れ込むと、やがてその姿を消滅させた。
 上級モンスターを一撃で倒す。
 それは誰にでも出来ることではない。
 それでもサミュエルはつまらなそうに溜息を吐いて、刀を仕舞うだけだった。
「はぁ……ちょっとは骨がある奴かと思ったけど、見た目通り骨しかない奴だったわけね。もういいわ、後はアンタが片付けて」
 分かりました。
 と短く答え、下がっていくサミュエルと入れ違いでキャミィが前に出る。
 左腕に装着したクロウ型の武器、その手の甲を覆う爪の部分がシャキンと音を立てて開いた。
 他に武器を取り出す様子がないことを不審に思ったのかサミュエルが訝しげに問い掛ける。
「アンタ……素手で戦うつもり?」
「ええ、何の憂いもありません」
 それだけ言ってキャミィは一歩前に出ると、まるで目の前にある何かを薙ぎ払う様な動きで左腕を真横に振り抜いた。
 サミュエルの攻撃みたく斬撃や衝撃波が発生するわけでもなく、敵を倒した攻撃の正体は傍目には一切分からない。
 それでいてその攻撃は触れてもいないはずの二十匹のポイズンデッドスネークを次々と叩き潰し、それどころか周囲の木々までをへし折ってしまっていた。
 そんな光景を見て再び恐怖の悲鳴を上げる飛鳥とミランダはやはりお構いなしに開いていた爪を閉じ、キャミィは一人静かに臨戦態勢を解いている。
 そんな姿を見て、サミュエルは挑発的な笑みを浮かべた。
「おっかしな武器持ってんのねぇ。道理で素手でやろうとするわけだ」
「……私のゲートは【神の見えざる腕インヴィジブル・アーム】。どんな敵だろうと、どれだけの数であろうと負ける道理はありません」
ゲート……ねぇ。なるほど、アンタ天界の出身ってわけ」
 キャミィの視線が慌ただしくサミュエルの方へと向きを変えた。
 サミュエルに限らず、他国の誰かを直視したのはこの二日間で初めてのことだった。
 その表情には少ない変化の中にも驚きがはっきりと表れている。
「はっ、何焦ってんだか。安易に口にしたって意味を知っている人間なんて居ないとでも思った? 残念、昔そっち方面の知り合いがいた私みたいなのも中には居るってことを覚えておくのね」
「…………」
「ま、安心しなさい。私はアンタの正体が誰かなんて興味無いし吹聴して回ったりもしない。その代わり、そのうち私と遊んでもらおうかしら。魔王軍なんかよりよっぽど楽しそうだし」
 どこか茶化す様な口調を残し、サミュエルは背を向け元居た場所へ戻っていく。
 キャミィはただ立ち尽くし、ただその背中を見つめることしか出来ない。
 サミュエルを信用したわけではなく、ただ迷っていたのだ。
 迂闊だったとはいえ本来何があっても知られてはならないはずの事実。
 それを知られてしまった以上口を封じておくべきだと思ってはいても、サミュエルを含め今この場に居る四人を殺すことがどれだけの問題を生み出すかを理解出来ないわけではなかった。
 その表情に変化こそ無いながらも深く己の失態を恥じるキャミィだったが、葛藤の末にこの場での口封じを断念することを決断する。
 次に国際的な場ではないどこかで出会うことがあればその時は……そんな意志を密かに抱いて。
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