瑞稀の季節

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御成街道

雪桜花

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「南さんの新雑誌に連載を持つとお聞きしました。」

馬鹿姉妹が馬鹿話をしている馬鹿姿を放置して、社長は数枚のレジュメを読み込んでいた。
その間、私は空っぽの社長のカップを取り上げると、コーヒーを継ぎ足した。
もう社長の好みはわかっている。

スジャータ(コーヒーフレッシュって言い方は関西臭くてなんか嫌)はテーブルのガラスポットに入っているけれど、それはあくまでも来客用。
事務室に置いてある小さな45リットル1ドア冷蔵庫に、成分無調整牛乳がいつでも冷えているのだ。
猫舌のくせに、熱いコーヒーが好きな社長はキンキンに冷やした牛乳とガムシロップを一つ入れるのが好き。

カフェ・オ・レに出来ない時は、顔を顰めながらブラックで飲む。 
マンションの斜向かいにローソンがあるんだから、そんな顔してまでブラックを飲まないで、牛乳でもコンビニコーヒーでも買いに行けばいいのに。

それで私が、時々冷蔵庫をチェックして買い足しているわけ。
私はこの人の行動基準がわからない。
だからといって、我儘を言う事も駄々を捏ねる事もないで黙っているから、結局私が面倒を見てあげるしかない。

私は貴方のお母さんか?
「ありがとうね。助かる。」
「はぁと。」
まぁ別に負担ではないから、構わないけどね。
こんな事で社長の好感度が上がるなら、いくらでも買出しに出かけるよ。
(ただし徒歩に限る)

コーヒーメーカーのコーヒーが切れたので、北海道の嬉野珈琲店で通販したコスタリカ産の豆をミルで引く。
因みに社長は、コーヒーコーディネーターなる謎の資格を持っている。

変な資格を取ろうって変な企画を立てて、変な連載を取ろうとして、適当な資格を幾つか取ったあたりで辞めた時に取得したもの。

「いや、この企画で僕が取った資格って、その資格を管理している団体にとっては失礼な話しだと気がついちゃった。」
「だったら、企画の名前を変えれば良いのではありませんか?」
「変な資格だから取りたいのであって、変じゃない資格は要らないから。」
そもそも頭の中が少し失礼な人の様だ。

「その企画は、先生的にはミニ企画だとされていて、新雑誌のコラム的な性格だとお考えになっていると聞いています。」
「社長、それって?」
「あぁ、脇街道を歩く、だよ。」

私は社長が読み終えたレジュメを整えつつ目を通す。
それは南さんが役員会に提出した企画書の大概略(そりゃ企画に関わる者であっても社外秘扱いの詳細な書類を漏らすわけにもいかない)で、うちの社長が提出した企画書と擦り合わせた上で、更に普段の打ち合わせを把握していないと、中身は謎文書で終わる。
その程度には、ウチみたいな零細事務所でもセキュリティは掛けている。

「先程、御社からご提供頂きました社内会議の議事録も大変興味深く拝見いたしました。改めましていちコラムで終わらせるには勿体ない企画と判断いたします。」

なお、議事録を取っているのは秘書たる私。
社長と2人で(或いは編集者さんを混ぜて3人で)打ち合わせをしている我が社はフットワークが軽い分、話(企画)がどこに転んで飛ぶかわからない。
秘書として、ほとほと困り果てた私は、打ち合わせ内容を録音して文字起こしにした物をPC上で保存している訳だ。

更にお姉ちゃんは、南さんの会社・K社の系列会社に勤めていて、親会社格のK社とは合同企画を行う事がある。
ただし、お姉ちゃんの会社はお堅い学術書出版がメインなので、娯楽系の書誌の多いK社と合同企画を行えるライターは当然限られている。

うちの社長は結構出鱈目な事をしているけれど、未来の婚約者の贔屓目で見て(差別)割と教養を持っている人なので、そっち方面も(相当柔らかくなるけど)対応出来る人だ。

企画に沿った調べ物の書籍は、アマゾンの品揃えやネットで検索するよりも揃っている会社なので、南さんからお姉ちゃんの会社に資料借り出しの依頼が行き、その企画内容にお姉ちゃんの会社が興味を持った。
という流れの様だ。

「新雑誌の立ち上げ企画として面白そうですし、想定している読者層にも合致していると思います。ページ割り当ても実績の無い新雑誌ですので、引きの企画としても、適当に力が入って、抜けていると思います。」
「どうも。」
お姉ちゃん、それは褒めているの?

褒められたと思しき社長が明後日の方を向きながら、頭をぽりぽり掻いている。
まさか徹夜明けで寝落ち寸前の社長が、苦し紛れに吐いた「歩く」がスタートだとは、家族でも多分初めて見る社会人仕様のお姉ちゃんもわかるわけがない。

「逆に言いますと、6ページで終わらせるには勿体ないと私共は判断しました。」
「別に目新しい企画でもありませんし、それほど拡げる価値が有るとも思えませんが?」

社長は自分の企画に否定的だ。
たしかに、発展性が無さそうだから、道端の石碑や寺院など、歴史に紐付けている訳だから。
それも雑誌の性格上、許されるだろう、というのが、私達の判断だし。

「紙媒体だとそうですね。発表する場に限りがありますから。」
「ネットでも制限はありますよ。」
「別に更新が月1回しか出来ない訳ではありませんよ。原稿がまとまったら好きにアップすれば良いのです。特に我が社は、出版物が文字中心のPDFが多いですから、GIF動画を10,000時間とかアップしなければ、サーバーに余裕があります。」
「そうなったら、それはもう映像作品にした方がいい。」
「主演は先生と理沙ですね。」
「お断りします。」

私もそれは嫌だ。
そんなDVDが発売されようものなら、学校で、学校から何言われるかわかったもんじゃ無い。

「という事で、紙媒体では吸収し切れない写真や資料を豊富に使って、南さんの連載の補完として、いやむしろ、こちらを本文として展開してみませんか?というのが、我が社の提案となります。」
「それは南さんに失礼に当たりませんか?」
「いいえ。むしろ南からの提案でもあります。南から私へのプレゼントでもありますから。」

プレゼント、という言葉に少し力を入れて、お姉ちゃんは姿勢を正した。

★  ★  ★

「南は私の大学の先輩でありまして、私か就職活動を始めた時に、相談に乗ってくれた人なんです。」

あ、こら社長。
姉の歳から、南さんの歳をこっそり指折り数えて勘定してるな?

「私が異動するに当たりまして、全く経験の無い部署なので不安に思っていたら、貴女の妹さんが関わっている話で、こんな話があるよと教えてくれたのか、これなんです。」

あぁなんかやばい。
何故か私がキーパーソンになってる。

「それにですね。妹を抜きにしても先生と一度仕事をしてみたいなという欲求もあります。」

おやおや。話しが妙な方向に反れ始めたよ。
いくら男日照りでも、社長はあげないよ?

「昨年末の事を覚えていらっしゃいますか?」
「はて?」

己の貞操の危機を全く把握していない私の馬鹿婚約者は、呑気に足を組んで、右手にカップを持ち、左手の人差し指を唇に当てて首を傾げている。
くそっ、可愛いじゃねぇか。
私も後で真似しよっと。

で、チビが前脚を口に当てて首を傾げてるのは何故だ?

「茨城の山の中での事ですよ。」
「?」
社長、それ以上首を傾げると、頸椎が捻挫するよ。


「社長は雪と桜の両吹雪を、茨城で降らせましたよね。」

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