瑞稀の季節

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御成街道

お姉ちゃん

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今日は3月15日。
という事は、今日で卒業!
卒業式!

友達はだぁれも泣いてない。
だってこのまま持ち上がりだから。
うちのクラス、今年は4年制に進学居なくて全員短大進学だし。
短大は高等部と同じ敷地にあるから、4月から通う場所も一緒だし。

一応、特進クラスだったんだから、旧帝だとか、慶應とか学習院とか居てもよかったのに、何故か今年は全員持ち上がり。(東大と筑波を受けた人がいたけど、全員落ちよった)

って、卒業式を終えて、そのまんま事務所にやって来たわけだ。
だってせっかくの振袖姿、社長に見せたいじゃん。自慢したいじゃん。
なかなかイケるだろ?私!って。
早くこの振袖を留袖にも仕立て直させろって言いたいじゃん。

そうそう。
卒業式の後の事だけど、別に打ち上げとかあるわけでなし(高校生だし)、春休みのお別れだけして私はさっさと下校する。

「なんだ理沙。男か?」
「おう。一度脱いだら1人じゃ着れんからな。その前に見せてやらんと。」
「な、なにぃ!」
「待てぃゴルァ!」
「いや、ヨーコ。あんた大学生の彼氏おるやん。」
「あ、こら。バラすなぁ。」

まぁ、女しか居ない空間の女なんか大体こうだ。
男がいるいない。
経験しているいない。
それが全てだったりする。
というか、欲望が剥き出しになってるだけだ。

中学から6年培った友情を何の気無しにあっさり捨て去って、いつもの私鉄に乗り換える。
高校の卒業式なんて、そりゃ親も来ないし。そのまんまだ。そのまんま。

郊外の私鉄駅と言っても、それなりには栄えているのと、近くの女子大の学生寮があるので、謝恩会があるこの時期、こんな住宅街が側にある繁華街に振袖姿でも、悪目立ちしたりはしてない。

本当に悪目立ちしてるなら、紬を着てコンビニに買い物に出て行くうちの社長はなんなんだって話にもなる。
本人はたまたま着ただけで、ジーンズにTシャツ姿と何ら区別をつけてない。
困ったもんだ。(あ、別にも困ってなかった)
マンションの信号2つ先のスーパーでは、パートのおばちゃん''達''に「師匠」って呼ばれてるけど。
マンションの同じ階の人に「先生」って呼ばれてるけど。

「師匠」で「先生」で「社長」なうちの婚約者は、打ち合わせのに為にスーツにネクタイを締めて外に出ると、玄関先で隣のお母さんに

「理沙ちゃん大丈夫?何か心配事ない?」

と、私ごと心配される社長でもある。

そんな環境なので、マンションのロビーではご近所さんと普通に世間話をしながらすれ違ったりする。

私の着物姿は、業務用だと思われているのだろうか。

★  ★  ★

「お邪魔します。」

別に呼び鈴なんか今更鳴らさない。
下手をすると、声も掛けずにズカズカ上がって行ったりする、勝手知ったる私だけど、今日は違う。
見覚えのないピンヒールが脱いであったからだ。

つまり女が来ている。
浮気をするような甲斐性をうちの社長は持っていないし、そもそもここは社長の仕事部屋であり事務所なので、出版社の方が良くくる。
なので、秘書の私としては失礼な態度は取らないのだ。

しかし、そこに待っていたのは、私の予想を覆す人物だった。
ジャジャン!

「馬鹿な事言ってないで、早く来なさい。」
「何で姉ちゃんがいるの?」

仕事部屋に繋がる廊下で仁王立ちしているのは、我が実姉だった。
仁王立ちってどんな姿?
なんか、片手を前に出して顰め面してるイメージが浮かんだんだけど?

「それは歌舞伎の見得ね。」
「…何で私の考えている事がわかるの?姉ちゃんエスパーなの?」
「…エスパーって死語じゃない?」
「魔美ちゃんがいるじゃん。」
「あぁ、そうか。」
「じゃなくて。」

姉とは歳が離れている分、ちょっと他人行儀でかえって仲が良い。
6つも離れているのに、こうやって下らない事を言いあえる。

「何言ってるの、理沙がそのまんまのポーズを見せていたからじゃない。」
「え''」
「貴女は思った事をそのまま口や動作に表れるから気をつけた方がいいわよ。」
「そうなの?」

自覚無いなあ。

「ええ、貴女が心を許している人の前ではね。」
「……それじゃ私、厄介な女じゃん。」
「そうだよ。」
「そうなの。」
「いいから早くいらっしゃい。先生がさっきから貴女をお待ちですよ。」
「ちょっと待って。だからどうして姉ちゃんがここにいるのよ。」

スリッパを上品に履きこなす姉と違って、足袋を脱ぐのも面倒くさい私は、慌ててノタノタ姉を追って仕事部屋に飛び込んだ。

そこには。
来客用のソファに浅く腰掛けて、幾つかの書類袋やレターパックを揃えている姉と、コーヒーメーカーからコーヒーを注いでいる社長がいる。

「ええと?」
「理沙くんは、その姿で座っても大丈夫かな?」
「先生。皺になっても着物専門のクリーニングに出せば大丈夫ですよ。それよりも着替え有りませんか?コーヒーを溢されたりする方が厄介です。」
「ちょ、ちょっと?お姉ちゃん?」
「今更何を言っているのよ。どうせ下着も着替えもここにあるんでしょう。」
「いや、あるけど。ブラもパンツも着替えも歯ブラシも、ついでに生理用品も置いてあるけど。」
「だったら5分あげます。別の部屋で先生に貴女の振袖姿を鑑賞して頂きなさい。着替え終わったら、改めて説明します。」
「はぁ。」

「ここまで、この部屋の主である僕の意思は蔑ろにされたまんまなんだけど?」
「今の時間は、将来の義理の弟と将来の小姑の語り合いの時間です。私の妹をきちんと愛でて頂いてから、仕事に戻る事が私たってのお願いです。」
「何だかなぁ。まぁいいや。理沙くん、行こう。」
「はぁ。」
「5分有るからって、エッチな事は控えて下さいよ。」

「うるさいよ!」
あ、社長と被った。

………


チビとヒロと社長相手に僅かながらのファッションショー(社長にデジカメで360度ぐるりと写真撮られた)をした後、寝室のタンスから下着と着替え一式を取り出して着替える。
パンツ一丁で、乳首丸出しの痴女スタンスだ。

「社長、見てってもええんやで。」
あかん。学校から関西弁が止まらない。
「何故に関西弁?君は江戸っ子だろう。」
「御一新までは播磨国に住んでましたきに。」

とは言ってもこの人、着付けも出来るんだよね。
私が振袖と和装ブラを脱ぎ終わると、私が脱いだ物を折り目通りに綺麗に畳んで(サービスでブラの匂いを嗅がせて)、さっさとヒロを連れて戻って行った。
チビは残ってくれてる。
ありがとうチビ。
なんか騒いだ分、1人になると恥ずかしさが襲ってきたの。

「わん」

………


「私は4月より異動で、ネットコンテンツ事業部に移ります。そこで新しい企画を立てるにあたって、先生にご相談に参りました。」

姉の最初の言葉はこれだった。
そうなんだよね。
お姉ちゃんは、とある大手出版社に就職して2年目が終わろうとしている、新人扱いなんかとっくに終わっているバリバリの社会人だ。
でも、私が把握している出版社の編集さんや営業さんの中に姉は居なかった筈だから、どこかの伝手を辿ったのだろうか。

「何言ってるのよ。確かにS社の高元さんの紹介だけど、一番の伝手は貴女じゃない。」
「わたし?」
「先生とお仕事を開始するにあたって、まずはHPをチェックしました。そしたらどうでしょう。私の妹にそっくりな人が、写真に時々見切れているじゃないですか。そこで知り合いの編集さんに聞いて見ました。なんでもアルバイトの子が秘書をしていて、名前を葛城理沙というそうじゃないですか。」
「げ。」

しまった。
ちょっとした目立ちたい精神で、顔が少し見切れた写真をアップしたのが失敗だったか。

「それ以前に貴女、いつもウチで着ている服と靴が写っているわよ。」
「しまったァァァァァ!!」

迂闊なところでバレたぁ。
「しかもやたらと先生に迫っているとか。業界内ではすっかりバレてるわよ。」
「げげげ。」
「しかも小姑とか着替えとかの単語に普通に反応してたから、もうそう言う事なんでしょ?全く。私にさっぱり男っ気がないのに。けしからん。」
「げげげげげ。っておいコラ。社長。貴方の秘書で将来の嫁が問い詰められているのに、何故平然とコーヒーを飲みながら書類に目を通しているんだ。」
「別に君の家族とは初対面では無かろう。」
「そうだけど!」
「遅くなった時は家に送っているし。」
「そうだけど、そうだけど!」
「だいたい、時には22時を超える事もあるのに、雇い主がご家族に連絡しないなんで事あり得ないでしょ。LINE登録されてるよ。」
「くそう。ウチの社長は変なところで生真面目な事をすっかり忘れてた。」
「大丈夫よ、理沙。」
「何が大丈夫なのよ、お姉ちゃん。」
「お父さんは知らないから。」

あ、それは助かる。
って言うか、お母さんは知っているんかい!

「突然料理を教わり始めて、男の影を見抜けないと思う?お母さん、貴女より28年長く女性やってるんだよ。」
「具体的な年齢は個人情報に当たるよ。」
「去年、生理が上がったって言ってたし。」
「わぁわぁ!って、うちの社長聞いてないし。

「私達がやってそうな悪事や隠し事は全部経験済みだから、きちんと責任とってくれるなら、貴女は貴女の人生を探りなさいってスタンスだよ。」
「ねぇお姉ちゃん。その私の男はちっとも私達の話を聞いてないんだけど。」

そう。
姉妹で騒いでいる馬鹿話は無視して、社長はお姉ちゃんが持って来た企画書と思しき書類を真剣な眼差しで読み耽っている。

空っぽのコーヒーカップを何度も口に運びながら。
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