ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

油揚げとマイペット

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「お願いいたします。」
巫女さんに深々と頭を下げられましたよ。
って言われてもなぁ。確かに僕は、浅葱家の能力を引き継いでいる。初代ご先祖様(うちみたいな庶民でも開祖って言えるのかなぁ)には、何やら超能力系SFだと、パスが通ったとか表現をするんだろうけど。

時間旅行が出来る辺りで、既に物理的整合性が取れているのかどうかも怪しい僕だけど、国麻呂さんが仰るには、いずれ解決を迫られる何やら得体の知れない問題に突き当たるらしい。 
その為に得た能力は、いつでも食べたい食材が手に入るという、バトル展開になった時には一切役に立たない食いしん坊さん能力だけれども、僕の部屋以外で試した事は無いんだよね。

何故こんな事を言い出したのかというと、別に戦う力も、陰陽師的な祓う力も無いのに、荼枳尼天などという神力が矢鱈高い神様を相手にする僕にとっては、唯一の武器だと気がついたから。

起きない神様への供物にするのだから、目を覚ましたらいきなり襲いかかってくるという事も考え難いけど。


「大丈夫だと思いますよ。ここは聖域ですから。殿の居室が聖域となっているのと同じ状態です。殿のお力もちゃんと使えます。性格的なものとするならば、殿のお部屋とここは一緒の筈です。殿のお力が、どれだけ聖域外部で有効なのかは測りかねますが、この境内に於いては殿のお力は十全の筈です。」
いつのまにか,玉串から竹箒に持ち替えて、しゃっしゃっと境内を掃き始めた巫女さんがニッコリと笑う。
八重歯が可愛い。
彼女は幽霊なのか魑魅魍魎なのか普通な女の子なのか今の存在が、どんなものなのかはさっぱり不明だけど、10代前半くらいの少女だ。
…残念ながら、見た目は僕よりも一回り歳下なので、僕の倫理観から言うと内角低めのボールだ。
外角ではないのは、僕の性癖的に好みな外的魅力が散見出来るから。でも、それは内緒。

では一つ。試してみようか。
荼枳尼天というのは、日本に於いてはお稲荷さんの仲間とされている。御狐様が狛犬の代わりだったり、巫女さんに確認したりしても、そこら辺に変化は無さそうだ。

お稲荷さんと言えば油揚げ。なので油揚げを出してみる。出た。
あっさり手中に、茶色い油揚げが出てきた。
では、油揚げを供物に捧げて、あとは御神酒かな。
まさか森伊蔵を出すのもな。御神酒といえば、普通ならば清酒だし。

で、お葬式ではよくある1合瓶をイメージしてみた。わぁ白い箱に御霊前って書いてある。お葬式からの連想だからかな。白い紙箱は当たり前の様に開けて、中身の瓶だけを出しておこう。御霊前は破棄破棄。。油揚げは白いお皿に乗せて、傾いた扉を開けてお供えする事にする。

本殿の内部を覗くと、さすがに経年の埃が積もって床が白くなっているけれど、榊や天照皇大神のお札、鏡などは綺麗に祀られている。
榊が瑞々しく青々としているのが不思議だなぁ。 

「ここはそう言うところなんです。本殿の屋根が落ちても、神鏡周りはいつまでも変わらないままなんです。」
一緒に中を覗いていた巫女さんがそう答えてくれた。
なるほど。この空間は、場所場所によって時間経過が違う、或いは停止しているのだろう。
神鏡周りという事は、分祀されたまま眠り続けている荼枳尼天の影響だろうか。

……………………。

それにしても、何も起こらない。
「何も起きませんねぇ。」 
竹箒を肩に担いだ男前の巫女さんも不思議そうに呟く。

「これはアレだな。」
「どれがアレですか?」
「生の油揚げと、安物の御神酒が気に食わないのかなぁ。」
森伊蔵を呑んでいたのに、手元の1合瓶は白鶴だ。白鶴が悪い訳ではないけれど、希少性という部分ではどうしても差がある。
「ならば、珍しいお酒をお供えして、油揚げを美味しく料理すれば良いんですよ!」
竹箒を担いだまま、両手をポンと合わせた巫女さんの表情が生き生きピカピカしてきた。
「美味しくね!!」
ただ、ご相伴に預かりたいだけじゃねぇか。

★  ★  ★

「わかりました。油揚げメインの料理を考えてみましょう。」
「やったぁ♪」 
「その間、君は掃除してなさい。」
「えー。つまみ食いさせてよぉ。」
一気に巫女さんが距離を詰めてきたぞう。
「荼枳尼天は祟り神です。せっかく君が時を超えて、この聖域を護ってくれてきたのに、いざ本社の祭神が起きた時に、この埃塗れの本殿にお迎えするんですか?ほら。」
僕は壁に掛かる馬と月が描かれた絵馬を指差す。
「あの絵にどんな想いを込めて行秀さんだっけ?その人が奉納したのかわからないけれど、僕には何となくだけど、戦への高揚感、将門さんを守ろうという決意 しかし武運拙く敗残の途中で見上げた月。なんだか色々な想像がつくんですが、でもね。この神社の大切なパーツであり、物語だと思うんです。」  
「………。」
でも、今はあの通り。荼枳尼天の力が及ばなかったせいか、埃に塗れて色も少し剥げかけています。」
「………お掃除します…。」
はいはい。割と真面目な巫女さんでした。

ならば。
いつものお掃除セットを、…食材じゃないけど出せるのかなぁ。出でよ!お掃除道具一覧!

えーと。
これは、百均で買ったモップの取り替え式モップの毛部分とモップの柄。計220円税込
このマイペットにはマツキヨの特価品の値札シールが付いてるし、青いプラ製バケツはペラペラで明らかに百均のもの。クレンザーとか雑巾セットとかも百均だなぁこれ。水に至ってはこれ、お酒の4リットルボトルに入っているし。 
…多分、全部無料で引き寄せてみたいなんだから(鯨のベーコンの請求が来てないし)、もう少し良いものをだね僕さんよ。

「うわぁ、これみんな使って良いんですか?使っちゃいますよ。遠慮なくガシガシ使っちゃいますよ。後から使った分返せって言われても返せませんよ。」
…なんかご本人がワクワクテカテカし出したから良いか。あと、なんだか貧乏くさい。

バケツに大五郎4リットルボトルから水を注ぎ込み、モップをじゃぶじゃぶさせながら、はたきをパタパタかけて回る器用な巫女さん。
…巫女さんがほっかむりして、巫女服を襷掛けにしている姿なんか初めて見た。
ああこら、何も考えないで本殿に上がるから白足袋が汚れてるよ。 
「だってだって。」
「だってもさってもありません。」
「後で洗濯するから良いもん。」
…洗濯するんだ。

★  ★  ★    

巫女さんのお玉ちゃんがご機嫌に鼻歌を歌いながら本殿の掃除を始めたので、埃から逃げて少し離れたところで料理の準備を始める事にしよう。  
さっき掃除道具を出してみてわかった事がある。
食材以外は、過去に自分が“触れた“記憶のあるものしか出せないという事だ。
食べた事も触った事もない鯨のベーコンは引き寄せられた。
一方で、クレンザーは一人暮らしを始めてからは一度も買っていない。多分、小学校から触っていないと思う。でも掃除用具の一式の内の一つとしてイメージされていたのだろう。
つまり、自分の記憶にあるものならば、ここからは何でも出せるという理屈だ。

それで調理器具だけれども、寮や今の部屋のシステムキッチンは、ガスや水道が無いから無意味。
大五郎の馬鹿でかいペットボトルがあそこに転がっている事や、水を見た巫女さんが変にハイテンションになったのは、その証左だろう。

だとすると。
食材召喚!おお、字面はともかく、お約束みたいで良いな。…良いかぁ?
材料:油揚げ、厚揚げ、搾菜、挽肉、チーズ、納豆、生姜、山葵
こんなものかなぁ。


境内に特設したキッチンは、要はキャンプ用品だよ。大した経験が有るわけじゃないけど、当時遊んでいた友人に連れられて、渓流釣り・BBQ・キャンプで何度か遊んだ事がある。その経験と記憶を利用しよう。

折り畳みチェアにテーブル。
グリル台、コンロ、焚き火台。
鉄板に鉄網。あと、飯盒。
こんなとこかな。

では料理開始。

大五郎水ではなく、きちんと未開封のミネラルウォーターを飯盒に入れて、お米と昆布を入れて、焚き火台にぶら下げておく。

油揚げは数枚、ボールに空けた麺つゆの中に投入しておく。
麺つゆとソースは出汁の塊(液体だけど)なので、何気に何処へでも出掛けて来てくれる。

挽肉を強火にした鉄板の上で塩胡椒で炒め、香り付けに胡麻油を垂らして掻き混ぜる。
搾菜は細かく、でも歯応えと味が残る程度の大きさに切り分ける。
油揚げを麺つゆにしばらく漬けて、少し味が付いたところを今度は網焼きに。
表面がカリッとしてきたら網から下ろして、炒めた挽肉と搾菜を中に詰めて一品あがり。

今度は麺つゆに漬けっぱなしにしておいた油揚げを取り出し、中に納豆とチーズを入れる。
チーズが溶けるくらいのトロ火を焚き火台からの距離で調整する。チーズの溶ける香りがして来れば二品目の出来上がり。

空いた鉄板のスペースでは、厚揚げの上にこんもりすり下ろし生姜を乗せて、豪快にそのまんまステーキにしちゃう。側面に焦げ目がついたら、醤油をドバドバかけて裏返し。そっちには刻み葱と鰹節をたっぷりと。頃合いを見て、再び醤油を掛け回したら完成。

さて、飯盒炊爨の方は、と。
うん、いい具合に少し固めに炊き上がっているな。
この飯盒を丸ごと氷水に入れて、少しだけ冷ます。本来ならは、寿司桶に入れて団扇で扇ぎたいとこだけど、スペースも道具も限られた屋外だし。
別にちらし寿司を作ってんじゃないので、触れる程度にご飯の温度が下がると、飯盒の蓋を開けて掻き混ぜる。うん。お焦げが少し色濃いね。狙い通り。
この飯盒に茹でた山葵菜と少量の酢を加えて更に混ぜる。混ぜ混ぜ。
麺つゆに漬けっぱなしにしていた油揚げの残りにこの混ぜご飯を入れて完成!

あ、大豆尽くしという事で油揚げのお味噌汁も追加で。

山葵菜の稲荷寿司とお味噌汁。
肉詰め搾菜炙り稲荷。
納豆チーズ稲荷。
厚揚げステーキ。
以上、一汁三菜メニューの出来上がり。
うん。即席で作ったキャンプ飯だけど、上手く出来た。

お掃除の方はどうなったのかな? 
と、後ろに振り向くと、わぁ直ぐ後に誰かいる。

白狐に乗り、稲穂と刀を両手に持った女性がずっとこっちを見てる。
いや、ご飯とこっちを交互に見てる。

本殿の方から気配がするので、半ばジト目して眺めると、ただのおさんどさんになってる巫女さんが、雑巾片手に盛大に汗を垂らしながら拝んでいた。
あぁ。祭神様が具現化しちゃったのね。

「どうぞ。」
テーブルに作ったものを並べ直して、後飲み物だよな。
椅子を譲ろうとしたら、荼枳尼天様は狐が居るから大丈夫。と御狐様を指差して、席に着いた。
というか、御狐様がテーブルの下で寝転んだ。
…御神酒を出し直そうとしたら、御霊前の白鶴をごくごく一気飲み始めちゃったぞ。
希少性とか、考えた僕が気を回し過ぎたらしい。
ならば、今さっき調べた御神酒の作法として、改めて清酒と濁酒を差し出した。最初から徳利に入っていたので、名前も等級もわからないんだけど。
お猪口を差し出して来たので、お酌をしてあげたら満足そうだから良いか。

色々な事が絶えない人生だけど、まさか神様にお酌をする日が来るとはねぇ。

油揚げメニュー全てと、お酒計3合を綺麗に片付けると、改めて僕に合掌した荼枳尼天様(女神だったんだ。おっぱい出しっぱなしだったけど)は、満足そうにニッコリと、それはそれは神々しくも魅力的な笑顔を僕だけに見せて、そして。
光の粒となって、消えていった。

★  ★  ★

やれやれ。この祠は何とかなりそうだ。 

★  ★  ★

「うわぁああ。」

巫女さんの間抜けな声が聖域に響き渡っちゃったよ。一応、一件落着の場面じゃないの?

「社が、社が。本殿がぁ!」
「なんなの騒がしい。」
「あのう。ぼろぼろだった建物がですね…。」
あれま。綺麗に修繕されているじゃない。
さすがは神様に使える巫女。何という事でしょう。掃除しただけで新築同様になりました。匠の技ですねぇ。
とかの遊びは心の中だけに仕舞っておいて。
「口に出てましたよ。殿。」
「この空間が、荼枳尼天を祀るだけの空間なんだから。荼枳尼天が力を使えばこうなるでしょう。自分ちなんだから。」 
「でも、荼枳尼天様、昇天されてしまいましたよ。」
「だから、この空間の存在意義も失われるわけだよ。ほら、君の身体も輝き出した。君も長年勤め上げてきた御役目から解放されて、別の世界に行く事になるだろう。ほら、社も輝き出した。行秀さんの想いは本来なら澱みとなるはずだった。でも、ここが聖域になっていたのは、君と君のお母さんが、大切に慈しみ続けたおかけだ。その姿を恐らく荼枳尼天はずっと見ていただろう。そう、悪くない事が次に続くと思うよ。」
「殿!私が欲しいのはそんな綺麗事ではありません。殿が作られた美味しそうな御料理がああああ。」

神職とは思えない、とんでもなく食い意地の張った絶叫を残して、社ごと、そして時の祠ごと、光の粒となって消えて行った。
…さっき巫女さんは、荼枳尼天が昇天したと言ってたね。だったら、巫女さんも社も昇天したんだろう。
悪くはない結果だったかな?

僕はまた、あのT字路に立っていた。
時計を見ると、さっき昼飯をどうしようか考えていた時間から殆ど変わっていない。
まったく。鯨ベーコンの口になっていたのに、今は大豆の口になってるじゃん。
切って焼けば良いベーコンと違って、色々料理が大変そうじゃないか。
大体さっきのは、その場で適当に考えた創作料理で
味見をする前にみんな食われたからなぁ。
美味かったんだかどうかもわからない。

まぁ、あれ以上ケッタイな祠はこの辺にはもう無いでしょ。平将門に荼枳尼天って、中身濃すぎだよ。
あれこれ、ウダウダ考えながら、やれやれ僕は帰宅した。
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