ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

外堀

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帰宅してしばらく。
「えへへへへ。」
玉は、幸せそうな顔で、ぬいぐるみに囲まれて、ついでに寿司の味を反芻してる様だ。
折角買ったアイロンとアイロン台は封も開けないまま。
「えへへへへ。」
あーあ。だらしがない顔しちゃって。
お母さんが見たらどう思うだろう。

『えへへへへ、玉、可愛い。』

おい、巫女装束。風も無いのに、勝手に揺れないの。


チャイムが鳴る。
「えへへへへ。」
玉の意識は何処かに行ったまま帰ってこないので、玉を跨いで玄関に行く。
玉はぬいぐるみ抱いたまま寝転がっているので。邪魔です。
あと、さっき家に送った青木さん、来ないだろうな。
彼女ならば、やりかねない。

さすがにそんな事は無く、昼間の買い物を即配してくれた運送屋だった。
「まいどー。」
「とりあえず、玄関に置いて下さい。」
「えへへへへ。」

さてと。
「えへへへへ。」
箱を5箱ほど、居間の隅に運んで来ました。
一番大きな箱にはノートパソコン。
それから、タブレットに電子書籍リーダー。それとアクセサリー。
「えへへへへ。」
箱は、天袋が殆ど使って居なくてスペースがたっぷりと空いているから、纏めて放り込んちゃって、と。
「えへへへへ。」
使っていない折り畳みのテーブルを押し入れから引っ張り出して来て、玉用にカラーボックスを物入れにして。

はい、玉コーナーの出来上がり。

「嫌ですよ。殿。」
「あれ?えへへへへ以外に玉が喋れた?」
「玉が嬉しくて溶けてたら、殿は勝手に何してんですか?」
ぱんぱん、ぱんぱん。と、キノコの大きなぬいぐるみを叩いて玉が抗議してきました。
ぱんぱん。

「いや、玉にはスマホを買ってあげたけど、小さな画面だけじゃ大変でしょ。色々買って来たから、広いこっちで遊びなさい。」
「殿!玉がいつも居るところはここです。」
玉専用の座椅子をぱんぱんと叩く。
「玉は常に殿の足元にいます。そこじゃ、殿から離れてしまいます!」
同じ部屋(6畳間)の中だけどね。
「玉がちょっと目を離すとまた無駄遣いをして!」
あれ?玉が理解してる?
「と言っても、殿は玉の為に買って下さったのは、素直に嬉しいです。だから、玉に使い方を教えて下さい。玉は殿のそばに控えて、殿のご用を聞かないとならないんですよ。」
「玉って、僕の頼みを聞く事あったっけ?」
「えぇと。玉の仕事は糠味噌とお掃除とお洗濯と雨戸の開け閉め……。えぇと、えぇと。うんと。うんと?あれ?玉って何してんでしたっけ?」

玉が本格的に悩み始めちゃった。
けど、要するに同じ部屋に居ても、僕のそばに居たいって事なのかな。
まぁ、それはそれで。嬉しいね。

という事で、ガラステーブルの一角と、その下が玉の電脳空間になりました。まぁ、ガラステーブルは普段からお茶とお茶菓子を置くくらいにしか使ってないからいいか。
…コンセントが離れたから延長コードを買わないとな。

「えぇとえぇと。」
「玉。えぇとはいいから、お風呂に入ってらっしゃい。青木さんから色々教わって買ったんでしょ。」
「えぇと。はい。えぇと。」
箪笥からバスタオルと着替え、部屋の隅に置きっぱなしになっている袋を抱えて風呂場に消えて行った。
「えぇと。」
まだ言ってるよ。

★  ★  ★

聖域からボウリング場、寿司屋と1日引き回された玉は「お先に失礼致しますです。」と、ベッドに潜り込んでしまいました。
すやすや寝息を立てているけど、いびきは聞いた事無いなあ。

『それはもしかしたら、私のせいかもしれません。私が玉を1人にして、お社に置き去りにしてしまったから、そんな習性がついてしまったのかも。神様に失礼が無い様に。』

玉が言うところの衣紋掛け、僕の正面の壁にハンガーに掛かっている巫女装束が音もなくふわりと舞うと、そのまま僕の正面に正座した。
いや、何故玉といい、あなたといい、青木さんといい、ソファに座らないの?

え?えぇ?
「あの、お姿が見えてますが?」
玉の祝詞や舞に重なる様に、僕より少し歳上の女性が綺麗な三つ指立てて挨拶してますね。

『おかげ様で、玉の能力が上がったので、こうやって少しは実体に近づけるのです。』

玉の能力なんか、そう簡単に上がるものなんですかね。あまりにわちゃわちゃした生活だから忘れがちですが、玉と逢ってから、まだせいぜい1週間てとこですが。 

『あなた様は、我が祈り神の荼枳尼天様とのご縁を深く結ばれていらっしゃる方ですから、玉もその余禄に与らせていただきました。』

はぁ。

『玉はこのまま、あなた様にお任せします。先程みたいに、あんな無警戒な玉は、母親の私ですら見た事ないんですよ。』

まぁ、どんどん無警戒というか、年頃の女の子っぽさが薄れて来ている気もしますが。

『それはあなた様が大人だから、ですよ。いつも遊びに来る女性も、あなた様の隣を歩く為に背伸びしています。』

こっちゃ、変な力と貯金がある事をいい事に怠け惚けている無職なんだけどなぁ。

『その無職様に改めてお願いが御座います。』

無職様て。

『玉を遊びに連れ出していただけませんか?』

今日は、朝のお勤めの後は1日遊んでいましたが。

『まだまだ玉はあなた様や環境に遠慮があります。心底から笑わせて欲しいのですよ。それだけで、玉が抱える“とりがぁ“が外れます。それは、あなた様にとっても、私にとっても、良き未来を手に入れるきっかけになりますから。』

★  ★  ★

『って、玉のお母さんに言われたんだけど、どうしよう。』

『相変わらずというか、何というか』

いきなり玉と遊びに行け!と言われても。今日の様にボウリングとゲーセンじゃ駄目らしいし。
で、唯一頼れそうな青木さんにメールしてます。
電話だと、玉が起きちゃうし。
こういう事にお隣の菅原さんが役に立つとは思えないし。(多分もう晩酌モードだろうし)

『なぁに?菊地さんだって女の子とデートの一つもした事あるんでしょ?』

そりゃなくも無いけどさぁ。

『私は一回も無いけど。』

また返し辛い自虐ネタをぶち込んできやがった。

『そりゃこの歳だし、なくは無いけど、土地勘がないんだよ。上京して10年近くになるけど、基本的な行動範囲は山手線の中と西。上野や秋葉原より東に何があるかわかりません。』

玉と出かけるたびに、ググる先生か玉の地図を見ている始末だもん。

『だったら何処が良いかな。私だって東武線の女だから、こっちは浦安のあそこしか知らないし。』

あそこは僕も行った事無いし、玉が迷子になったら困るな。
僕もそうだけど、玉もアレは人酔いするタチだ。

『あと、遊園地とかは私も行きたいのです。』

欲望に素直なのは、場合によっては良い事です。

『あ、市川だったら、あそこがありますよ。』

という事で、菊地さんに紹介して貰ったのは市営動物園。そういえば、以前に玉と花火をした場所の近所にあったなぁ。

『あと、週末は私と玉ちゃんとトリプルデートが希望なのです。』

はいはい。
何故だかなし崩しに週末にまた遊ぶ約束をして(させられて)メールは終わり。
遊ぶ場所は、僕に一任されちゃった。
それも千葉方面限定・浦安抜きで。

…大阪冬の陣並みに外堀がガンガン埋めたてられている気もしますが。

『無職なんだから、調べる時間なんかいくらでもあるでしょ!玉ちゃんの笑顔が見たいでしょ!私は見たい!!』

と力説されたら敵わないので。

差し当たって、その市川市営動物園を調べてみますか。
…明日、行かされる羽目になるんだろうなぁ。

『当然です!』

玉のお母さん。玉の湯呑みでお茶飲んでんだけど…?
そこまで行って、まだ実体化してないと申すか?

『まだ、玉には私の姿も声もわかりませんよ。多分、巫女衣装が床に落ちてるとしか見えないでしょう。くれぐれも玉を宜しくお願いしますよ。婿殿?』

あぁ、この人も外堀埋立人夫ですか。

『玉を妊婦にするのは、もうちょっと待ってあげてね。あの子、まだ遊び足りないから。』

うるさいよ。
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