ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

何もする事がないので佐倉まで

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動物園を出て、さてどうしよう。
いや、一応ね。今日は玉と動物園に行く予定は立ててはいたんだけど、あくまで玉と2人のつもりだったから、その後の事はなぁ~んにも考えていなかったんだよ。

だって、玉は家族だから何も気にせず遠慮も要らず、適当にダラダラ買い物でもして、帰宅後もダラダラするか、でもいいやくらいだったし。


なんて事を近くのコンビニで青木さんに白状しました。
だってさぁ、土曜日まで青木さんがやって来るとは思わないじゃん。
青木さんとは、相当打ち解けた友達と言っていいけど、基本はあくまでもお客さんだからね。異性の独身女性なんだから、それなりに気も使うし。
じゃあ玉に気を使うかというと。あれれ?

「意外と身持ちが固いわね。私的には、玉ちゃん並みに気安くなっても全然構わないんだけどなぁ。ふむふむ。」
人差し指を唇にあて、うわの空を眺める青木さん(絶妙に失礼な言い草)。
「うん、そうしようかな。コホン。菊地さん、玉ちゃん。今日は私に任せなさい。」
「おお!」
玉が驚いてる。


「こないだくらいから、行きたいなぁって考えていた場所があるの。」
そう言って、彼女が指定した所は佐倉だった。…何故、佐倉?

「だって玉ちゃん、歴史の勉強してるんでしょ。玉ちゃんからのメールで色々聞いてるよ。今朝も玉ちゃんの本棚見たら、分厚い歴史の本が並んでいたし。」
「玉は別にお勉強とか、思っていませんよ?面白いお話しとして読んでるだけです。」

玉の歴史へのアプローチは正しい。年号だの些細な語句だのにこだわる必要があるとは思えないからだ。
おまけに新資料の発見などで、それまでの常識が否定される事も珍しくない。
それが歴史学の面白さなんだけど、玉は別に試験を受ける訳ではないので、物語として歴史を楽しめれば、当然周辺の事項も覚えてくる。

説教くさいから、こんな事絶対言わないけど。

「それでですね。私も浅葱の人間として生きていく覚悟も決めたし、玉ちゃんに知識の面で置いていかれるのは嫌だなって思ったの。」
「???。何で玉が佳奈さんを置いていくんですか?物事は玉の方が全然知りませんよ。」
「高校時代から日本史の知識がまるでアップデートされていない私からすると、郷土史はとっくに玉ちゃんに置いてかれてます。」
「はぁ。」
「それにほら、あの神様?荼枳尼天様だっけ。佐倉のお城から、えぇと、勧請?されたんでしょ。だから、佐倉のお城も見てみたいなあって思ったの。ほら、私の実家の方って、お城ないから。」

ふむ。彼女の実家は北春日部だっけ。
あの辺だと、岩槻と川越にあるけど、わかりやすい城址じゃないやね。
忍とか寄居とかに立派なのがあったかな。


★  ★  ★


「堀です!水堀!」
何故か玉のテンションが高い。
「いや、玉ちゃんの気持ちわかるよ。考えてみたら、お堀がある城とか初めてみたかも。」
「ん?皇居とか見たことない?旅行でお城行くとか?」
「うちの両親は、歴史とかにこれといって興味を持つ人じゃないから、家族旅行では行かなかったし、女子旅行でお城を選択する女子って、そうそう居ないわよ。」
そう言われると、まぁ確かにね。

佐倉城は平山城なので、入り口からは急坂を登ります。軽ワゴンに3人は割ときついらしく、ベタ踏みでヒイコラヒイコラ登っていきました。
すまん。我が愛車。
道の端には、歩いて登る年配の方を何人もお見かけしたよ。僕は無理だ。面倒くさい。

坂を登り切った先には、巨大な国立博物館がある。その駐車場に車を入れた。土曜日なのでなかなか止める場所に苦労した。

さて。

「玉?」
「畏まりィです。」
ここは勿論、受付で入場券販売場。玉がささっと青木さんの両手を押さえつける。
「わかったから。菊地さんに甘えるから。玉ちゃん許してぇ。」
聞きようによってはいやらしい事を平気で口にするね。この人は。

「私が来たくて2人を連れて来たんだから、別に私が出しても良かったし、私の分は私が出しても良かったんだけどなぁぶつぶつ。」
「まぁまぁ。大した額じゃないし、大人に頼りなさい。」
「なさい。」
「あの、私、大人。これでも大人。成人式も2年も前に終わってるよ。」
「僕から見たら、ただの女の子だよ。」 
「玉は?」
「姪っ子。」
「ぶー。そんな設定、今は忘れて下さいよう。」

さてここは歴史民俗博物館なので、展示はどちらかと言えば、庶民文化に力を入れている。その分、専門性が若干薄い。
でも、そうか。純粋な歴史博物館を巡るのも良いなぁ。
何故なら、玉は一つ一つの展示物の解説板を丁寧に読み込み、各コーナーに置いてある解説パンフレットを一枚一枚丁寧に集め出したから。

「玉ちゃんて、なんか凄く真面目で一生懸命よね。」 
そんな玉の姿に感心した青木さんは、僕の耳元で内緒話とばかりに囁いた。

そうだよ。
玉は一度始めたら、いつでもどこでも一生懸命。小さな身体で目一杯頑張る少女だよ。
だから、僕は玉を応援するし、玉を助けるし、玉を守りたい。
「…わかる。小さな女の子の一生懸命は大人が守らないと。」

ここ程大きくはないけど、市営の博物館なら近場にいくつかある。
この青木さんと出会った松戸市の自然公園にもあったし、玉がマネキンにされた流山市の博物館も、あの店の少し先だ。

今週はやる事なくて無駄に出歩いたけど、今後は博物館巡りも組み込んでみよう。

因みに、僕らは1時間くらいでギブアップして、また来るからと約束の上、博物館を離れました。

玉さん。一生懸命に真面目過ぎです。

★  ★  ★

博物館の南側は佐倉城の縄張りが綺麗に残っている。
この城は石垣の無い土の城として有名な城だ。
石垣が無いからと言って守りが弱いわけではない。鋭角に切られた空堀は、経年により多少は崩れたであろうけど、今でもよじ登る事は相当難しそうだ。

そして、建物こそ全て撤去されているが、その場所場所に明治初期に撮影された古写真が往年の城の姿を彷彿とさせてくれる。

のはいいんだけど、
「ふむふむ。」
「へーふーほー。」
うちの小さな歴史学者が古写真にハマってしまったよ。どうしよう。

時刻は13時を回ったなぁ。うちの食いしん坊姉妹はいつもなら騒ぎ出す時間だけど、玉の真剣さに釣られてか姉さんの方も大人しい。
さて、お父さんとしては、少し遅めのお昼を何処で食べようかなと、探しておこうかな。

歴史探偵の玉と助手の青木さんが、あれこれ色々堀の深さとか、廓の形とか話し合っている中、やがて空堀を越えた先には広い草原が広がっていた。城址の南西に広がる本丸だろう。一番西には土塁と思われる高みが広がり、その中に一箇所、明らかに違う花壇の様な場所がある。

「天守台だな。あそこに天守閣が建っていたんた。」
「天守閣?」
「??。」
あれま。2人ともわからんか。

スマホで検索して、わかりやすい天守閣の画像を見せてあげる。すなわち、姫路城と松本城。現在、12城の天守閣が現存しているけれど、国宝指定が5城。
その中でも2強と言える天守閣だね。

「あ、これ知ってる。お城って言ったらこれよね。」
「?」
「 玉にわかりやすく説明するとだね。戦争の時に城主が最後に籠る場所で、平和な時は権威の印になった建物。」
「でも佐倉城には無いのね。」
「現代と違って防火資材など使っていない木造建築。避雷針なし。消火器もスプリンクラーも無し。大体どこのお城も燃えちゃったよ。」
「ほえぇ。」
あ、玉が惚けモードになった。知識が追いつかず頭がオーバーフローし始めたらしい。
後でお城の本を買わないとね。フィールドワークしたら、書物で知識の確認をする事はいい事だ。
帰りに本屋に寄らないと。

そんな事を玉を見ながら考えていたら。
いきなり、アレが来た。
不味い、まるで無警戒だった。

「おい、玉!青木さん!僕に捕まりなさい!」
突然張り上げた僕の声に玉は驚いて身体を縮こまらせたが、周囲の空気を見回すと、さっと僕が持つショルダーバッグの肩紐に腕を絡ませた。何が何だかわからない青木さんは、わからないなりに玉にならい、僕の上着を袖を掴んだ。
何が起こるかって。
それはこれだ。

僕達は、別空間に吸い込まれて行く。


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