ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

わかった

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いつものソファに座って調べもの。

一応、寝室を仕切る襖は閉まっているけど、寝ている彼女達の邪魔にならないように、暗闇の中PCを立ち上げる。
壁にかかっている電光掲示板を模した、面白系デジタル時計は、まだ4時を表示している。
向こうの部屋からは、誰か1人、可愛らしいいびきをかいているね。

浅葱の屋敷に泊まったのは2回目なのだけど、なんだろう。本当に深く良く眠れる。
腕時計は現実世界の時刻を指し続けていた筈なので、その表示を見た限り、22時前には寝て、3時に目を覚ました。
正直、短いかなと思ったのだけれど、心身共快適に回復していた。

庭に出ると、やはり水晶の世界は日が暮れない。午前3時なのに、普通に日は優しく照っている。
動物達はというと。

…みんな熟睡していた。
丸くなって、種族も身体の大きさも関係なく、皆で身体を寄せている。

聖域もそうだけど、夜行性とか、体内時計とか、大丈夫なのだろうか。
大丈夫なのだろうなぁ。
あっちもこっちも、神様が直接関与している空間だから。
3つ目の水晶玉は、潜った事もない手付かずだけど、あっちにも神様の一柱くらいいるんだろうか。

そうっと出て行こうとしたのだけど、それでも気配を察したぽん子が見送りに来てくれた。
あぁもう。目も開いて無いし、顔が裏返しになりそうな大欠伸してるし。
君ね、女の子なんだから。

苦笑いしながら、ぽん子を優しく撫でてあげる。
「くう」
半分寝ながらも、気持ち良さそうな声を上げてくれたよ。 

じゃあね。



で、今です。
さすがにこの時間では玉もまだ寝ている。
もうすぐ12月、夜明けまで、まだ2時間くらいあるだろう。
こんな時間に戻って来たのは、一つ思いついたことがあったから。

しずさんが言った「棒坂」についてだ。

しずさんは、現代の大多喜街道とは違う大多喜街道とだけ言った。
あれから、ネットで古地図や地形図をダウンロードして、目を皿のようにして探したけれど、見当もつかない。

ア◯ゾンで周辺自治体の郷土史本を買い漁ってもみた。しかし手掛かりは見つからなかった。  
買った本は部屋の隅っこで肥やしと化したけど、玉が嬉しそうに読んでいるから良いか。無駄にはならなかったかな。

廃道・廃線・旧道跡をフィールドワークとして辿る事がブームとなり、そして定着して久しい。
元は、とある有名な鉄道旅行家(故人)を監修者に迎えた鉄道廃線跡紀行本を、とある出版社が企画してベストセラーになった事がきっかけと聞く。
以来、類似の書籍・ムックが雨後の筍の如く出版された。
それらにも、手に入る物は片っ端から目を通してみたけど、時間の無駄だった。
数十円の古本を集めたから、お金は大して無駄にはなってない、と思う。
こちらも玉が大喜びしてる。
「写真が沢山あって面白いですね。」
確かに、道路だったもの、トンネルだったものの写真は単純に面白い。

しずさんに質問しようにも、何故かあれからしずさんは顕現しない。

どうしたもんかなぁと頭を抱えていたら、とある経験を思い出したんだね。

「山さ行かねが」って本がある。

元々は、個人の旅行記をネットで上げていたものを書籍化したものだ。
いわゆる、廃道・廃線跡を実際に辿ってみた紀行記なのだけど、この作者が一味違うところは、そこら辺の甘っちょろい同系列本と違って、放棄されて長い年月が経過して、既に自然に戻って久しい道を、崩落の危険性が高いトンネルを、崖崩れで既に崩落した道を歩いて、或いは自転車で辿り、僅かに残された道(文明)の痕跡を一つ一つ再発見していく事だ。

それはもう、普通に冒険だ。

でも、僕は「皆に利用されていた、安全だった頃の道」を普通に歩く事が出来る。

相変わらず「浅葱の力」を盛大に無駄遣いしている僕だけれど、そのルポなどを元に、今はない日光駅からいろは坂の手前まで走っていた東武線の電車に乗ったり(箱根に匹敵する山岳鉄道だった)、華厳の滝の直ぐ下にある、今では廃橋になっている橋から滝を眺めたりしていたものだ。

だから、この人ならば、と考えたわけだ。
江戸時代の旧道ならば、参勤交代の為に整備はされていた筈だし、モータリゼーションが発達する前、すなわち明治から大正時代には、まだ道として機能していた可能性が高い。
そんな道ならば、現代でも古地図が存在してもおかしくない。
房総の山中で、わざわざ名前が付いている「坂」という事は、なんらかの理由がある筈だ。 
例えば、難所だったり、峠だったり。

そして、それは正解だった。 
彼はやはり踏破していた。
…不思議な事に、あれだけ検索しても影も形もなかった大多喜街道・棒坂のデータが、ルポが次々に出て来る出てくる。
何とかの法則って奴か、単純に僕も検索の仕方が下手くそだったのか。

直ぐに場所も把握出来た。 
大多喜の盆地の北の端から谷筋を辿って行った先、現代の大多喜街道からはかなり離れた場所だった。
考えてみれば、現代の大多喜街道(国道287号線)も大多喜の盆地に下る時は、結構な葛折だった。
僕は車の運転を楽しんでいた区間だったけど、徒歩の旅人ならば当然、平地を歩きたいのが普通だ。
だから、盆地の端っこまで、江戸までの距離ではなく、勾配の緩やかさを優先して街道を通したのだろう。

「棒坂」の場所を玉の地図に付箋で印をつけて、取り敢えず終わり。
さて、しずさんは何で、こんなところで店を開かせたがるんだろう。

★  ★  ★

「おはようございます。殿。もう帰って来てましたか。」
静かに襖が開いて、ピンクのパジャマ姿の玉が、小声でそっと話しかけてきた。
そしてまた静かに、でも素早く襖を閉めた。
「中は見ないであげてください。佳奈さんが大変な事になってます。ポロリってます。」
トレーナーとジーンズで寝るのは寝苦しそうだから、僕の物ならなんでも好きな服を着て良いよ、と妹と青木さんには言い残しておいたけど、何やってんだ。彼女は。

さて、玉はこの部屋で着替えるので、僕は退散して、ゴミ捨てにでも行ってこよう。 
今日は金曜日で、燃えないゴミの日だったな。

…………

雨だなぁ。玉と一緒に住むようになってから、たまに僕がゴミ捨てに行くと何故か雨になる。

「それは君の普段の行いのせいじゃないか?」
夕べ誰かさんを同じ言葉で揶揄したような気がします。

「おはようございます、菅原さん。…私服も真っ黒なんですね。」
まだ夜が開け切らない中で、黒のスエットに、後ろで結んでいる普段と違い長い黒髪を下ろしている姿はちょっと怖い。
しかもこの人。割と顔立ちは整っているのに無表情なんだよ。
「また新しい女を連れ込んだようだな。」
「あれは妹ですよ。」
「何?君は妹にも手を出しているのか?」
「あのね。」
「冗談だ。」

あれ?この人が冗談を言うのは初めてかも。

「役所内で少し、君らしい人物が話題になっているんだ。なんでも菊地さんと言う、凄く優秀な人材を見つけて、動物園が総力を上げてスカウトに走っていると。」
それは多分僕の事だけど、総力を上げてって何?怖い。
「中学生くらいの女の子を連れて時々来るらしいけど、その子もまとめて欲しいってさ。」
「……身に覚えはありますけど。玉までスカウトする気か、一木さん。」
「何より驚いたのは、君は優秀だって話だな。動物園に私の同期が居て、よく一緒に呑むんだが、君を狙っているらしいぞ。」
やけにディティールが具体的だと思ったら、情報漏洩元はあいつか。

…………

部屋に戻ると、妹も青木さんも起きていた。
青木さんは僕があまり着なくなって箪笥の肥やしにしていた赤のタータンチェックシャツを着ているけど、かなりのオーバーサイズだし、ノーブラだったら、そりゃポロリもあるわなぁ。

「兄さん?随分と仲の良さそうな方ですねぇ。」
「菅原さんがあんな楽しそうに話してるの、玉初めて見ました。」
「ふぅん。ふぅん。ふぅん。」

………あの野郎。わかってて愛想よくしてやがったな。全員瞳孔が開いてて怖いよう。

★  ★  ★


雨なので、庭いじり出来ない大家さんは来ません。
雨だけど、平日なので青木さんは出勤です。
他人の家から。
男の家から。
だから、服は昨日と一緒。
あら、いやらしい?

「いってらっさい。こっちに帰って来るんだよね。」

大学芋を咥えた妹が青木さんを送り出している。
僕は1人で食器を洗っているんだけど。

「ええと、さすがに2晩お泊りというのは迷惑かかるかと。それに、家主の方も…。
「ええ?私佳奈ちゃんと、もっともっと話したいなぁ。」
佳奈ちゃんに呼び名が変わってる。
「佳奈さん。どうせ週末は玉たちとずっと一緒じゃないですか。」    
「あのね、玉ちゃん。家では掃除と洗濯が溜まってるの。」
「大丈夫です。なんなら洗濯物を全部持って来てくれれば玉が洗います。」
「いや、そう言う事じゃなくてね。大体、菊地さん…
「家主の事なんか考える必要なんかないよ。」
「こら。」
「ないよ。」 
「こらこら。」

朝から賑やかな青木さんを、駅まで車で送ろうとしたのだけど。
「どうせ年明けには隣に越して来る羽目になるのだから、自分の足で歩いて行きます。シミュレーションです。」
って、僕の家の使っていないビニール傘差して出社して行きました。

本当に引越して来るらしい。
あと、羽目って。
ここに住む事は罰ゲームか?

青木さんを追い出すと、僕は玉に話しかける事にする。
(芋食ってる妹はほったらかしで)
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