ご飯を食べて異世界に行こう

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第一章 開店

新しい村

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「おっきな鯉ですねぇ。」
わりかしシビアな事件がまだ終わっていないと思うけど、玉が漏らした感想は、僕らの雰囲気を一気に弛緩させた。

まぁ、さっきまで妹と馬鹿な会話をしていたんだけどな。さすがは玉さん、その呑気な破壊力に勝てなかった。
「おいで、おいで。」
玉が池に手を入れると、鯉はそっと寄って来て、玉の手に乗った。
魚は人に慣れるし、人の手にも乗るとは聞いたことあるけどさぁ……。
こんな得体の知れない空間の、得体の知れない池に棲む、得体の知れない鯉。しかも人慣れしてるって……。

「兄さん?」
「ああ。わかっているよ。」
妹に促されたので、僕も玉の後に続く。
多分、この鯉に逢う事も、今回の任務の一つだあろう。仕方がないなぁ。
僕も池に手を入れてみる事にした。

清水に近い水だけど、思ったよりも冷たくない。
聖域の川よりも暖かいかなぁ。
体長50センチはある鯉に水面をちゃぷちゃぷさせて、合図をしてみた。
鯉は玉の手を離れて、僕の方に近づいてくる。
よく見る鯉でも、大きい方だろう。
さて、この鯉が何をしてくれるかと言うと、………言うと。だね。

かぽん

その大きな口から、累計4つ目の水晶玉を僕は掌に吐き出した。
それだけの行為を終わらせると、鯉はどこかに泳ぎ去って行った。
どこへ?
行き止まりの小さな池だよ?
でも鯉はそのまま、泳ぎ消えて行った。

★  ★  ★

「水晶ですね。また何か始まるんですか。殿?」
「フクロウ君がくれた水晶玉だって、まだ何も始まってないんだけどねぇ。」
「なるほど。兄さんたちはこうやって訳の分からない事に巻き込まれていくのか。」
「僕がふらふらしているだけで、話のわからない事が進行していくって、理解出来たか?」
「理解は出来なくとも、納得しないと駄目でしょ。」
妹は呆れて両の腕を腰に当てた。
「だって。」
そのまま背後をチラリと見る。
「どうすんの。これ。」

僕らの背後には、絣や紬の粗末な着物を着た若い男女が数人。
それはそれは、見事な土下座を極めていた。
ええと、君ら誰?

…………

「助けて頂きまして、ありがとうございます。」
「見知らぬお姿でございますが、貴方様はお殿様なのですね。」
「殿の叱責、殿の励まし。この非才な身の芯まで滲みましてございます。」


言葉は普通に通じるね。
どうやら、彼ら彼女らは祠に捉えられていた情念の持ち主達らしい。
異様な迫力に、怯えた玉が僕の腰にしがみついて来た。

御座候とか、変に文語体とか、方言とか使い出さなくて良かった。
何しろ、僕と妹の故郷・熊本の隣は、通訳が必要と言われる薩摩弁の国だ。
戊辰戦争の時は、東北地方の藩とは言葉が通じなくて、恭順する藩を減らしたとも言われた国だ。
そんな馬鹿な事にならなくて良かった。

さて、少し考察をしよう。
玉が僕らに触れるって事は、玉が生きていた時代、もしくは浅葱の屋敷の様な「特定」の空間だろう。

そして、今そこで手をつけていた池が消えている。
そのかわり、ただ、山肌から清水が湧き出ているだけ。
勿論、鯉が泳げるような池や水たまりはない。
流れ出た湧水が、地面を穿ち、小川となり、未開拓の谷を潤している。

さっきまでいた棒坂とは、地形こそ似ているけれど、木々や植栽、そして道の有無が違う。

鳥が鳴き、虫が鳴き、風が吹く。
緑はまだ薄く、鳴いている虫は蝉か?
クマゼミか。
ならば季節は初夏というところか。

うん。わかった。
ここは現世だ。水晶の中ではない。「異世界」ではない。
と言う事は、だ。
ここは昔だ。昔。
それこそ、平安末期の「棒坂」だ。しかし、「坂」も「道」もない。
棒坂と大多喜街道が作られる前の、山里か、人すらまだ住んでいないただの谷間なのだろう。

以上、考証終わり。
さて、玉が生きていた平安末期の房総の山の中で、僕らに土下座している「当時」の人々をどうしよう。

★  ★  ★

とりあえず、彼ら彼女らの事情を聞いてみた。

生国は常陸から相模まて、安房を除いて旧東海道に沿う国ばかりだった。

つまり、祠は移動していると言う事だろうか。それとも、各地の祠がどこかで繋がっているのだろうか。
うむ。考えないとならない事が増えた。

さて、では正確な今はいつだろう。
正直、みんな農民を生業としているとの事で、捉えられた大雑把な季節はわかっても、年がわからない。和暦を知らないのだ。困った。

「むむむ。」
「むむむ?」
「兄さんて、玉ちゃんによく言うけど、自分でも夢中になると、変な擬音を口にするよね。」
「殿は考えないとならない事が多いですから。殿のお世話と、殿に頼まれた事をしていれば良い玉が、何か思いついたら口に出すのとは、訳が違いますよ。」
「玉ちゃん、楽しそうだもんね。」
「はい!玉はやっぱり、殿の御役に立てる事が一番幸せですから。」
「いいな。この子いいなぁ。ねぇ兄さん。玉ちゃん、私にくれない?」
「あげない。」
玉を欲しがる人、3人目。

…………

「殿と言えば、私の殿様はサタケさまって言うと聞いたことあります。」
一番歳上の、それでも見た目30代の月代から解れ毛の目立つ男性が、面を上げて話かけてきた。

「あのね。僕ら、そんなご大層な身分じゃないから。足を崩していいですよ。」
「は、然らば。」
しからばって言葉、もうあるんだ。
「物語か何かで読んだことありますよ。だから、ここが玉の時代なら使ってもおかしくありません。」

玉個人の事を誰かに説明する事が大好きな玉さんなので、無い胸を張って踏ん反りかえる。
ついでにバランス崩してヨタヨタして、妹に支えられて、小声で謝ってたりもする。玉は体幹の鍛錬が足りないな。
見ていて楽しい女の子だ。  

「物語?」
「玉の言う物語は、源氏だよ。玉の家は神職と言う事もあってか、知識階級だったんだ。」
「はい。お母さんの読み終わった御本を玉が引き継いで読みました。日記もありましたよ。」
「日記?日記とは?」
「おそらく紫日記。紫式部の残した紫式部日記だろう。」
「更科日記もありましたよ。だって玉の家が出てきますから。」
「なんと!」

たしかに今の市原市を出発した作者の藤原孝季娘は、千葉市から市川を抜けて、松戸市あたりで今の江戸川を渡っている。稲毛の辺りで一泊しているのは覚えていたけど。

「ふむ。学生時代に抄訳本を読んだだけだったけど、読み返してみるか。」
「多分、玉の家に仕舞ってあるはずですから、帰ってから探しましょう。」
「兄さんと玉ちゃんの話がアカデミック過ぎて、ただの主婦には着いていけないのだ。」
「のだって。」
「で、みなさんをどうするの?」
あ、忘れてた。

★  ★  ★

三助。(三介?)
男性は自分の名をそう名乗った。

「私は百姓と漁師で餌を得ている男でした。妻と息子がいた筈ですが、今はどうなっているのやら。」
「貴方はどちらに住まれていたのですか?」
「龍崎にてございます。」

龍崎。
おそらくは現在の茨城県龍ヶ崎市だろう。
殿様がサタケさま、と言うのは、後の戦国大名であり、外様大名であり、今なお続く源氏の名門、「佐竹氏」の事だろう。
しかし、佐竹氏と言えば水戸の方の県北ってイメージがあるな。
あの時代、将門の乱から源平合戦まで激動の時代だし、姻戚によって土豪が佐竹を名乗ったのかしら。

「うちの殿様はソウマ様です。」
北の細い山に住み、お米を作っていたと言う、みすずさんて名前のまだ若い女性が手を挙げた。
北の細い山。
台地の痩せ尾根って考えると、我孫子市あたりだろうか。我孫子の北は利根川を挟んで永遠に広がる関東平野で、筑波山まで真っ平らなイメージかある。そこを治めていたのは相馬氏だ。千葉氏から分家して現在まで続く平氏の名門だ。

その他に、千葉・平・藤原だの、みんなの口からまぁ出てくる出てくる。
日本史・東国史上の名門・名家の名前ばかりゴロゴロと。
ああもう。帰ったら吾妻鏡も読み込まないと。

…………

結局、何もわからなかった。
佐竹・相馬・平・千葉・藤原・三浦・梶原。
みんなが並べた「殿様」は同じ時代から出てくるんだから。
やはり、平安末期から鎌倉初期。
玉が本来生きていた時代としかわからない。


さて、本題だ。
彼らをどうしよう。

まさか彼らを、たぬきち達の様に水晶の中に連れて行くわけにもいくまい。
彼らは彼らで、この世界で、この時代で生きて行かねばならないだろう。

『水晶を』
どこからか、声がする。
僕の手を握り締めている玉がキョロキョロし出しだ。
玉には聞こえている様だ。
『水晶を』
どこから声がするのかわかった。
山の上、後の棒坂の峠部分だ。
だって、そこから光が差している。
『水晶を』
同じ事しか言わないのかよ。
もう面倒くさいから、光に向かって投げつけたろうかな。

「多分、止めた方がいいわよ。」
「です。」

だから何で僕の考えが丸わかりなんだよ。もう。

仕方ない。
峠に輝く光を、水晶玉に通してみる。
つまり、掲げてみる。
ウルト◯マンだと変身の一つもしかねないけど、そんな感じ。
水晶に集まった光は、直ぐ爆発でもしたように閃光となって周囲に溢れた。

その場にいた全員の目を眩ませて、やがて少しずつ少しずつ、光は収まって行った。
視力が、視界が戻ってくる。

そこには。

毎日見慣れている茶店と、社があった。

柿の木、蜜柑の木。
岩壁から流れ出る水。
川の中にはヤマメやウグイの姿もある。
僕が今朝も収穫したさつまいも。
そして、浅葱の屋敷から植え替えた梅。

だけど、少し違う。
川ペリに置かれた動物ケージの姿はなく、たぬきちやフクロウくんやテンの親子の姿がない。

そして、社は神社ではなく御堂だった。
当然、荼吉尼天の姿も、その強烈な神威もなく、御神体の鏡もなく。
中に置かれているのは、馬頭観音像だった。

つまり、これは聖域によく似た、別物という事か。
あ、よく見たら、茶店に瓦が乗っていない。それから、壁が真壁造りが剥き出しでサイディングが張ってない。

まさかのまさかね。
中に入ってみると、奥半間のかつて青木さんが閉じ込められていた隠しスペースは、は、は。は…。
やっぱりお金が詰まってた。

「淳煕元宝」

前に玉の時代に行った時、一応、市で買い物でもしようと、浅葱の力で出してみた当時の貨幣。
浅葱の力が暴走してしまい、バイバインをかけた栗饅頭みたいに増え止まらなくなった(何故僕の行動を正直に文章にすると、奇怪な日本語が出来上がるんだろう)お金。
なので、開かずの間に封印したんだけど、まさかこっちまで来てるとは。

じゃらじゃら。



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