ご飯を食べて異世界に行こう

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第二章 戦

うちの婿殿

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今日は、大祝詞を捧げる日です。
榊を変えて、御神酒を変えて、橙…は蜜柑が山になってて食べきれないので、蜜柑で誤魔化しちゃいましよ。

私が今支えている神様は、一言主様。
元々は娘婿の家の氏神ですし、私は稲荷神の巫女なのですが、縁があってこちらの神様の巫女を務めています。

お稲荷様の巫女は、本来なら私の義母から継いだ御役目でした。
ふとした事で私はこの身体を失い、娘の玉が本人の意思とは別に御役目が引き継がれました。

一言主様は婿殿の御神刀の一閃と玉の祝詞で、そのお身体を蝕んだ穢れが祓われました。
その玉は婿殿に嫁入りする気ですから、玉が一言主様の巫女になるべきかもしれませんでした。

でも身体があやふやになっていた玉の存在が、婿殿とお稲荷様との縁(えにし)で定められた事。
ここには、私達が暮らした家がある事。
その2点で、私は一言主の巫女になりました。

いやね。
私と玉がその身体を十全に取り戻した時に、婿殿に問われたんですよ。
元の時代に帰るかどうか。
それはそうでしょう。
私達親娘の生活基盤は、私達が生きていた時代にあります。
この時代において、私達は居ない人間です。居てはいけない人間です。
 
でも玉の返事は簡潔でした。

「玉は死ぬまで殿に尽くします。」

つまり、元の時代に帰るつもりは無い。
この時代で、婿殿と一緒に生きて行く。

そう言われるとね。
私だって可愛い子供と離れたくないですよ。
婿殿は時を超える力があるそうですが、いつ来るかわからない娘夫婦を待つよりも、なるべく近くで娘の来訪を待ちたい。それだけの事です。

そうなると、今度問題になる事は私の住む場所です。
婿殿の家にお世話になる訳にもいきません。
娘の新婚生活の邪魔をする訳にも行かないじゃないですか。
それに戸籍とか租税とか、聞くところによると色々有るそうなのです。

幸い、ここには私達が暮らした小さな家があります。
小さな山があって、綺麗な川があって、婿殿達が耕している畑があります。
元と同じくらいの生活は送れるでしょう。

私は稲荷神と一言主様の許可を得て、一言主様の巫女となり、毎朝祝詞を捧げます。
私が一言主様の巫女となる条件は1つだけ。
1週間1度、ただの祝詞ではなく、大祝詞を誦える事だけです。
あ、あと、美味しい供物を捧げなさいと言われましたね。

「のう、しずや。」
「もう、祝詞を誦え終わってないのに、ひょいひょい出て来ないで下さいな。」 

玉が立派なお婿さんを見つけた事は、母としてとても嬉しいのですけど。婿殿のご縁で、当たり前のように神様が私達の前に現れて、何かを催促されるのは、のほほんと生きてる私でもね、困惑しますよ。
祭壇に捧げた蜜柑を食べながら一言主様が顕現されました。

「困ったものですねぇ。」

外を掃き掃除している玉が、私の祝詞が止まったのを不思議に思ったのでしょう。
お社の中をちょっと覗いて、呆れたようです。
一言漏らすと、すぐ掃除に戻っちゃいました。

「お主が時々飲んでいる蜜柑汁が飲みたいのう。」
「この御神酒は、婿殿から頂いた凄く高くて希少なお酒だそうですよ。」

獺祭って言うそうです。
貰い物らしいのですが、調理酒にするには甘口過ぎるそうです。
なので御神酒に回したとか。

「儂、下戸だもん。」
なのに神様が下戸とか。
「神様が下戸でどうするんですか!」
塩とお酒は、潔めの儀式に必要なものじゃないですか。
「浅葱と玉が居れば、余計なアイテムなんぞ要らんぞ。」
御神酒をアイテムと仰りやがりましたでございますか、この神様野郎。

とは言いましても、私は一言主の巫女です。神様に逆らう訳にもいきません。
中断した祝詞を誦え終えると、家に入ってジューサーで蜜柑ジュースを作りました。
乾燥させた蜜柑の皮は、薄く切って砂糖漬けにしてあります。

改めて祭壇に捧げると、神様が御神託を下されたわけです。

曰く、婿殿を呼んで来いと。

玉が居てくれて助かりました。
私じゃ、ここから出られませんからね。
佳奈お姉ちゃんも、ここには来れますけど出れません。
この世界を自由に出入り出来る人は、婿殿と玉だけです。

私は玉に婿殿を連れて来る様に頼みました。
婿殿は今、何をしているのでしょう。
迷惑じゃ無ければ良いのですが。

★  ★  ★

婿殿は来る早々、神馬様に乗って(乗らされて)門の方に歩き出しました。
外で乗馬の訓練でもするのでしょう。

慌てて玉が婿殿の後を追い、今まで私の足元で寝そべっていたぽん子とちびが玉の後を追って走って行きました。

あらでも婿殿。
きちんと背筋も伸びていましたし、太腿で馬の背をしっかり挟んでました。
あれなら馬具を付ければ、乗馬に問題は無さそうですね。

さて、せっかくの蜜柑ジュースです。
お菓子でも摘みながら、一休みしましょうか。
玉のコレクションの中から、市川市の郷土史本でも読みましょうか。
少し頁をめくっただけですが、口絵の写真だけで引き込まれてましたよ。

ん?
今度は足元を天竺鼠と兎が走って行きます。
あっちで何してんでしょ?
あらあら、玉が柿の木の下からやって来ました。

この屋敷の敷地は樫と果樹木が二重で防風の役目を果たしていて、柿の木の下からは畑に出る事が出来ます。
後は山が防風の役目を果たす西側が空いていて、そちらからは小さな梅林に出ます。
元々名主だったそうで、婿殿の前は立派な設えになっているわけです。

玉は両手に緑と赤を沢山抱えています。
サラダ菜と野苺ですね。
玉の足元で、天竺鼠と兎がぴょんぴょん跳ねてますね。
小さな動物達に懐かれて、嬉しそうに世話をする娘。  
親の贔屓目を抜きにしても、玉は可愛いなぁ。
何故婿殿はさっさと嫁にしないのかしら。

その後、玉は自分のコップを台所から持って来てドライフルーツについて質問を始めたの。
あのね、これは前に貴女が読み終わって置いていった本に書いてありましたよ。
この間、バナナでデザートを作る催しがあった時に読み返したのよ。

果実を薄く刻んで、陰干しにしてるだけ。
ここは雨が降らないから、乾物を作るには便利ね。
特にこの蔵の前は、日が差す時間もお昼くらいなので、とってもドライフルーツ作りにちょうどいいの。

そう言えば、お稲荷様の方に婿殿がマンゴーって言う南国の果物を作ったそうね。
冷蔵庫に入っているらしいけど、私じゃどれがどれだかわからないから手出しをしてなかったな。
後で玉に教えてもらいましょ。
ついでに、てんいちちゃん達に逢いにいきましょ。

うふふ。
婿殿は私がここにひとりぼっちになっている事を気にしているけど、私は寂しくないんですよ。

仔牛も神馬も私が庭に出て来ると挨拶に来てくれるし、小さな動物達も私の周りで寛いでます。
ぽん子は土間に、ちびは私の布団まで潜り込んで来ます。
最近では山鳥の雛がよちよち飛ぶ訓練を見せてくれます。
ハクセキレイの仔は、昼間は山に行ってますけど、夜は帰って来て芝生の中で転がっています。
ルリビタキも同じです。
ペアリングというものを始めたので、藁縄を使って巣壺を作る毎日です。

時々街に出ては暇つぶしの材料を婿殿が買ってくれますし、佳奈お姉ちゃんもしょっちゅうお土産付きで玉と来てくれます。

大体、私は寡婦ですよ。
一人暮らしも長いです。
それに、一人で居る事が楽で楽で。
誰か新しい男性紹介するとか言われたら、もう即座にお断りです。

早いこと、玉でも佳奈お姉ちゃんでも孫の顔を見せてくれないかしらね。
うふふ。

その玉から相談を受けました。
おみおつけ、お味噌汁が婿殿好みに出来ないんですって。
なんで男の人って、母の味噌汁にこだわるのかしらね。

玉は普通に美味しいお味噌汁を作ってますよ。作れてますよ。

何しろ、婿殿がここ畑で採れた大豆を使って味噌と豆腐を作っているのですから。
お出汁だって、市販のものから婿殿があちこちで自作したものを使ってますし。

だってほら、婿殿が暮らす部屋の大家さんが時々分けて貰っているじゃないの。
玉が作るジャムも、玉が焼くパンも。
私だけでなく、玉の周りの人に好評じゃない。

あのね。
佳奈お姉ちゃんは、婿殿のお嫁さんになりたくて、ずっとずっとお料理の勉強して来たのよ。
大学って言う、家事を勉強する手習所に行ったの。
料理を始めて直ぐの貴女とは、婿殿の心の奥底で信頼度に差があるのね。

だから私は言いました。
私は貴女に伝えた味がありますよって。

わかってくれたかな。
私は私の旦那さんに恥ずかしくない料理をしたつもりだし、玉、貴女にも恥ずかしくないご飯を作って来たつもりですよ。

でも。
こんな風に、玉が甘ったれてグチグチ言う姿は、私にしか見せてくれませんね。
貴女の母として、それはちょっと嬉しいですよ。
うふふ。

そうこうしていたら、婿殿が帰って来ました。
ええと。
白いヤギを2匹従えて。
まったく、うちの婿殿は何処で何してんだか。

玉。
旦那様を操縦するのも、女房の大切な仕事ですよ。
佳奈お姉ちゃんとは違う、貴女だけが出来る役割ですよ。
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