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26話 ホテルに行こうね

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 足はつま先までピシッと揃えられ、腰から90度に曲がった非常に綺麗な野村さんパパのお辞儀。

 それを見た母さんは少し考え込むような顔をした後、はっ!  と顔を上げた。

「あぁ!   野村の爺さんのとこの!  おひさー!」
「お久しぶりッス!  姫子さんも変わらずお綺麗なまま、ご健勝なようで何よりです!」
「え?  え?  ちょっと父様!?   え?」

 野村さんは自分の父親の豹変ぶりに戸惑うあまり、ツインテールがブンブンと荒ぶっている。
 そして普段は父様って呼んでるんだね。

「あ、ちなみにコイツは娘の美来《みく》って言います。親子共々よろしくお願いしゃっす!  おうコラ美来、頭下げんかい!」
「え、あ、はい。美来といいます。よろしくお願い致します」

 野村さん言葉遣い丁寧だ。こっちが素なのかな?  いつものキャラよりそっちの方がいいのに。彩音さんの次に好きになっちゃいそうだよ。

「アタシは姫子。よろ~。姫ちゃんって呼んでな?」
「そんな滅相もない!  では、自分たちはここいらで失礼しゃす!  ではまた。行くぞ美来」
「は、はい!  では、失礼します」

 肩で風を切るように歩く野村パパさん。そしてその後ろをしずしずと歩く野村さん。う~ん、任侠。

 それを見届けたあと、母さんは首をグリンと回して渡瀬母に振り向きながら微笑み、口を開いた。

「……それでさっきの【自分が産んだ子じゃない】って話ですけど…………確かに拓真はアタシが産んだ子じゃない。だけど拓真は確かにアタシの息子なんでね。他人にとやかく言われる筋合いは無いよ。子供達はなんて思ってるかなんて知らないけど、アタシはアタシなりの母親をやってる。それでも【母さん】って呼んでくれてるんだ。ならそれに応えるのが母親ってもんだろ?  まぁ、アンタがどんな母親かは知らないけどさ?」

 母さんカッコイイよ母さん。素が出てるよ母さん。でも、僕は知ってるよ。夜にこっそり父さんに電話して僕達の事を色々聞いてた事を。そして聞いた好きな食べ物とかどんな服を好んで着てるとか、死んだ母さんとの思い出まで全部をノートにボロボロになるまでびっしり書いてる事を。
 だから僕達は母さんの事を【母さん】って呼ぶんだ。
 だからそんな母さんの事を馬鹿にしたような目で見るのはちょっと許せないね。それに──

「それは凄いと思いますけど、自分の産んだ子ならそんな心配もいらないんですよ?  自分たちの背中を見せて信じてるだけで応えてくれるんですから。だから私はなんの心配もしていないんです。だって私達の子供ですから」

 これだ。これが三者面談って聞いてから渡瀬さんの様子がおかしかった原因だね。
 過剰な信頼。だけどそれは他から見たらただの放任主義にしか見えない。なにもしない、なにも言わない、そして子供がしたことは全て自分のおかげ。良いことをしても悪いことをしても、否定も肯定もしないんだろうね。
 きっとこの人は子供の事なんて見てないんだろう。子供の目に映る自分しか見えてない。信じてるのは子供達じゃなくて自分だけって感じなんだ。

 やれやれ。渡瀬さんも大変だね。ま、頼まれた訳じゃないから人の家の事に口出しはしないけどさ。

「はい、次は赤坂くん入ってきてね」

 あ、僕達の番だ。

「母さん、行こう」
「えぇそうね。いきましょ」
「どうせすぐボロでるんだから猫被るのやめたら?」
「その時はその時よん♪」

 そして僕は進路指導室に入る──前に渡瀬さんの前に行く。そして一言。

「美織ちゃん、三者面談終わったら今日もホテル行こうね」
「た、拓真!?   何を言って……!  」
「…………み、みーちゃん?  え、なに?   どういうことなの?   え?」
「っ!?」

 ほらほらさっき自分で子供を信じてるって言ったんだもん。ちゃんと信じてあげてね。
 さて、僕は面談面談っと。

「拓真」

 進路指導室のドアに手をかけた時、母さんが耳元に近付いてきてボソッと呼びかけてくる。

「何?   母さん」
「アンタ、試してるんでしょ?」
「……さぁね」
「まったく。そういう狡い事するなんて誰に似たんだか」
「間違いなく母さんだね」
「はいはい。でもいいの?   拓真の好きな子はその隣の子だろ?   目線ですぐわかったけど」
「………………」
「アンタまさか……」

 僕はすぐに後ろを振り向いて彩音さんを見る。
 するとそこには今まで見たことがない表情をした彩音さんが僕を見ていた。いつもみたいに貫くような鋭い視線ではなく、それ以上は開かないんじゃない?  って程に大きく開かれた瞳で。

 ど、どうしよう……。
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