孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

45.孤独の魔女とカロケリの戦士

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リバダビアさんの誘い、カロケリさんへ来い…とはつまりアタシたちカロケリ族を継承戦に誘えということだ
 
今エリス達が必要としている主力級の戦力と有力な武器の数々、喉から手が出るほど欲して尚手にいられなかったそれらは、確かにカロケリ山に行けば全て手に入る

もしカロケリ族を仲間に出来たなら、これ以上ない戦力だ 下手をすれば第一戦士隊を上回る実力を持つ戦闘部族達だ、頼りになることこの上ない

それに武器、大工房の方はミーニャが説得してくれている、相応の鉱石さえ手に入れば武器に加工してくれるだろう、そしてその鉱石もカロケリ山なら手に入る それも特上の物が
 
…今まで一度もカロケリ族を仲間に…と考えなかったわけではない、何度かカロケリ族への接触は選択肢に上がったが、その都度真っ先に消えた、何故か?

カロケリ族への無闇な接触はたとえ王族であっても許されない、そしてその逆…カロケリ族が国王に無闇に接触するのもまたあまり良いことではないとされている、カロケリ族とアルクカースは互いに不干渉を貫いている、そこに継承戦という事情を持ち込むわけにはいかない

何よりカロケリ族が継承戦に参加するメリットも義理もない、彼らはアルクカースにいながらアルクカースの一部ではないのだ、国王がどうなろうが知ったこっちゃない筈

だが今、そのカロケリ族であるリバダビアさんから誘いが来た、山に来いと…少なくともリバダビアさんが側にいる以上 山に近づいた瞬間攻撃されることはないだろうし、何より王族と族長の話し合いの上でなら カロケリ族の継承戦参戦も夢ではないのではないだろうか


「本当に、力を貸してくれるんですか?リバダビアさん」

エリスは馬車に揺られながらリバダビアさんにもう何度目か分からない問いを繰り返す

今エリスは師匠とラグナ そしてリバダビアさんと共に馬車に揺られながらカロケリ山を目指している、リバダビアさんが顔を出した時はもう遅いからということで日を改めてこうやって出発しているわけだが…

一応カロケリ山に出発することはみんなには伝えてある、だが今回はエリスとラグナだけ行く、サイラスさんは物資調達の任があるし、バードランドさんとハロルドさんは一応また合同訓練をしてもらっている、緩衝材としてテオドーラさんも間に挟んだが やはり空気はピリピリしていた…

もしこれでカロケリ山でカロケリ族を仲間にできれば万事解決だ、だが仲間に出来なかったらエリス達は多大な時間を無駄にした上に 完全に八方塞がりになる…

「ン?、力を貸すかどうかは分かラン、アタシとしては友達の助けをしたいが カロケリ族そのものを仲間にしたいナラ、やっぱり族長を説得しないトナ…何!族長の説得はアタシも手伝ウ」

そこはやはり、エリスとラグナの手腕にかかっているということか…一応あの後エリスは継承戦の歴史を調べたりもしたが、カロケリ族が継承戦に参加したという話は一度としてなかった

仲間に誘おうと接触したものもいたが、全て徒労に終わっている…正直不安しかないが

「しかし、リバダビア…これはお前の独断だろう?、随分無茶をするな、そこまでする義理もないだろうに」

そういうのは師匠だ、確かにリバダビアさんには得がない …友だ友だと言ってくれるが、エリスとリバダビアさんは あの道中の一週間しか共にいなかった、無二の親友というわけでもない…なのに何故

「義理はナイ、だが友情はアル、エリスとアタシは友情の証を交わした仲ダ、その友が困っているのなら 助けるのがカロケリ族だかラナ」

だがそんなものは関係ないとリバダビアさんは笑う…

なんだか、エリスは恥ずかしくなる…リバダビアさんの純粋な好意を前にやれ理由だやれ理屈だと賢ぶって、そうだ エリスの手に輝くこの宝石はリバダビアさんとの友愛の証ではないか、友が助けに来てくれたのだ それを訝しんだり疑うのはやめよう

意を決して馬車の中を歩き リバダビアさんの隣まで行き、寄りかかるように体を預け座る

「ありがとうございます!リバダビアさん!」

「ヌハハ!もっと礼を言エ!、お前に褒められるのは気分がイイ!」

なんて礼を言うとリバダビアさんも気を良くしたのかエリスの肩を抱いてくれる、…スンスン リバダビアさんいい匂いするな、さては服と一緒に香水も買ったな?

「…………」

愉快そうに笑うリバダビアさんとは対照的にラグナは難しい顔をしている、…多分またラクレスさんのことを考えているんだ

ラクレスさん…彼の印象はエリスも非常に良い、だが善人かどうか聞かれれば怪しいところがある、彼は平然と人を殺せる類の人間だ 事実彼が王になった暁にはと語った理想は エリスからしてみれば地獄そのものだ

それでもラグナは分かっていた、ラクレスさんのその願いは国を思っての物だと、…いや 思い込んでいた、しかしラクレスさんがやっていることはどう考えてもやり過ぎだ、国民さえ蔑ろにするような手を ラグナに内緒でやっていた、その事実を前に…ラグナは…

「ラグナ…?」

「ん?、ああいや ごめん、変にボーッとしちゃったね、気にしないでくれ…」

どうあれ、今すぐラクレスさんを問いただすことは出来ない、今エリス達の目の前に塞がる問題全てを解決しない限りは…

その問題を解決するため、エリス達は再びカロケリ山へ向かう…





それから数日かけてカロケリ山へ向かい そして中腹あたりまで登ったあたりで、リバダビアさんがふと…

「ヨシ、ここまでくれば十分ダ、後は足で登ルゾ?」

と言い出したのだ…いや、足でって…なんで?まだまだかなり距離があるが、すると師匠が合点がいったかのように目を向けると

「確かカロケリ族は山の頂上付近に集落を作るのだったな、馬車でちまちま移動していては何週間と時間がかかってしまうな」

「アア、だからここからは馬車じゃなくて…ここを登ル」

そう言ってリバダビアさんが指差すのは馬車じゃ登れない急斜面、いや急斜面というか…これ岩壁というのでは、直角に伸びる岩の壁は ズドーンと天まで伸びている、確かにこれを登れば一気に頂上まで行けるけど…行けるけどさ

「いや無理だろ、途中で落ちて死ぬのが目に見える…ここは普通に馬車で登りませんか?」

ラグナが珍しく冷や汗を流しながらリバダビアさんと師匠を交互に見る、しかし残念 ラグナ…師匠もリバダビアさんもやる気満々、既に馬車を降り 準備運動をしている

師匠にはこの程度の高さなど物の数には入らないのだ、だって エリス達が元々住んでいたアニクス山はもっと高かった、それを師匠は毎日飛び越え村まで飛んでいたのだから

「私がリバダビアとラグナを抱えて頂上まで飛ぶ…エリス?お前は自分でついてこい」

自分でついこい…?、それはつまり、旋風圏跳で飛ぶ師匠に お前は自力で追いつけと言うのだ、いけるか?いや行けるはずだ

エリスは魔術というものを使い始めて、おそらく最も使ったのは旋風圏跳だ 、高速で攻撃飛び交う戦いの場で一瞬で最高速を叩き出せるこの魔術の使い勝手の良さは頭一つ飛び抜けている

最も使ったということは最も練度が高いという事、これはテストだ エリスがどこまでやれるかの…

「いや抱えてって、何よりこんな絶壁を登れってのは流石のエリスでも」

「やれます!、ついていきます!」

馬車から飛び降り、屈伸する やってやる…!、エリスがあの森にいた時からどれだけ成長できたか、その成果を今師匠に見せるんだ!

「それじゃあエリス、お前からいきなさい ほらお前ら暴れるな」

「えっ抱えるって小脇に抱えるだけなんですか!?これでこの壁登るんですか!?あ あの危ないのでは!?、流石の俺もこれはちょっと怖いかも…」

「アタシは別に抱えられなくても平気ダガ?、でも運んでくれるなら楽でいイナ」

「うるさい、落とすぞ」

そういうと師匠は右にラグナ 左にリバダビアさんを脇に挟むように抱え込みエリスに視線を送る、エリスから行けと…

「すぅー…」

息を吸い 息を吐く、吸った空気と同時に 身体中に魔力を浸透させる、師匠から教わった手順を何度もなぞり 魔力を高めその全てを隆起させ流動させる

使うのは旋風圏跳、風を纏い対象を高速移動させる古式魔術…師匠はよくこれを使いあの雲をつくようなアニスク山を瞬く間に駆け上がっていた、この魔術にはそれだけの力があるのだ…十全に力を引き出せば 岩壁であろうとも関係なく駆け上がれるはず

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

もう慣れきった詠唱を口遊めば、体を浮かす風の衣がフワリとエリスを包み持ち上げる、いつものように惰性で使うのではない その真価を発揮するように集中する、…うん いつもよりも風が力強い これなら行ける…いや

「行きますッッ!!」

踏み込む、全身をバネように縮め足元に風を溜め込み…その力を集約 収束 凝縮し、その纏まらぬ力をただ一点 頭上目掛けて爆発させるッ!

「ッッーーー!?!?」

一点に集められた力は そのままエリスの体を持ち上げる…いや叩き上げる、今までにかかったことがないような負荷と見たこともないほどの勢いで景色が流れていくのが見える、あまりのスピードに一瞬何が起こったか分からなかったが…飛んだのだ

エリスは今風に乗り 枯れ葉のように宙へと舞い上げられたのだ、ただそのスピードが尋常ではなかっただけで…

ふと下を見れば既に師匠達は豆粒のように小さく見えており、そこからさらにグングンと離れていく 全身全霊で旋風圏跳を使ったのは初めてだが、まさかこれほどのスピードが出るとは

っとと!?よそ見をしたせいでバランスが崩れ 危うく目の前の岩壁に叩きつけられそうになる、速いには速いが制御が抜群に難しい、速すぎる もしこれを市街地で使っていたらエリスは一瞬で制御を失い民家に突っ込んで大怪我をしていただろう

師匠はこの速度を出しながら平然と木が乱雑に生えまくる森の中を突っ切っていたのかと軽い戦慄を覚えつつ、岩壁に足を突き刺し もう一度加速する

目まぐるしく変わる景色と瞬く間に近づく空 横を通り過ぎる鳥達は一瞬で視界の彼方へ消えていく、そんな速度の中がむしゃらに足を出し加速する

普通ならこんなスピードの中足を出せばエリスの足など一瞬で砕けてしまうだろうが 風の与える加護のおかげでエリスに殆ど負荷はかからない、だから何も考えずひたすら垂直な壁を走り続ける

「バランス崩し過ぎだ、言っただろうエリス お前自身が風になるのだ…風は体勢など崩さん」

「ッッ…ッッー!」

いきなり聞こえた声に驚きそちらを見やれば師匠が涼しい顔でエリスの隣を並走していた、しかも人二人を抱えているというのに 全く姿勢がぶれず速度もまだまだ余裕といった様子だ

エリスは一瞬師匠の方を見ただけで危うく風に体を持っていかれそうになったのに、…いやこれはエリスの旋風圏跳が不完全だからだ

風になれ…そういえば師匠は己の中に世界を作り その世界とこの世界を同化させ昇華させろとも言っていた、己の中に世界を?今の世界と同化?自分自身が風に?どういうことだ

「難しく考えるな、理屈で捉えるのは後でいい 今はただ自分の体を風にしろ」

「ッ…ーーっ」

返事はできない、あまりの速度の中に返事はできないが 答えるように意識する、自分を風に?…風に…

落ち着き 集中する、風を意識する エリスの周りを纏う風とその周囲を流れる風…、そう考えると体の内側から流れる魔力とエリスの放つ風が細い糸のようなものでつながっていることがわかる、そうか 魔術とは魔力を用い扱う そして魔力とは即ち魂 つまりはエリス自身なんだ

そう、このエリスの周りを纏う風も エリスの魂を切り崩し作られたエリス自身の一部、纏う魔力も何もかもエリスの手足と変わらない、この風はエリスなのだ 

自分を風にするとはつまり…その名の通り 魂でのつながりを意識しエリス自身が魂ごと風となっていることを理解し 手繰ることにある、そう言うことか


今更理解一つで何をと思うかもしれない、だが エリスは今 この理解一つで…魔術の深淵を一つ掴んだと思う

己の魂から伸びる無数の糸を手繰り、魔術の手綱をしっかり握る 魔術に身をまかせるんじゃない これはエリスの一部なんだ、ならその細部までエリスが支配できる筈だ!

「ッッーーー!」

「ほう、大分動きが良くなったな、理屈は掴んだか…あとは反復練習あるのみだ」

風で飛ぶのではない 風となり飛ぶ、岩壁を沿うように舞い上がる風は上へ上へ昇っていき…そして

「ッッーーープハッ!、や やりました!師匠!」

岩壁が消え、眼下に平らな地面が見える、登りきってやったぞいう達成感から緊張と集中の糸が切れて魔術が霧散し ふわりふわりと綿毛のように地面へと着地する

やれた、師匠のように山一つ飛び越えられた…障害物の多い地上でやるとなると勝手が違うだろうがそれでもこの達成感はたまらない、なんだか初めてエリス自身が強く慣れたのだと実感できた気がする…くぅー…たまらん

「ああ、よくやった 、失敗したら助けるつもりだったが その必要もなかったな」

すると師匠も山を登りきったようで…って、師匠の方はエリスのように勢い余って飛び上がることなく、一瞬で急停止し 姿勢一つ崩す事なく髪を整えている…あの超高速のスピードを完全に御している証拠だ、流石は師匠だ

「し…死ぬかと思った…」

手櫛で髪をとぐ師匠の足元には師匠と一緒に登ってきたラグナが倒れている、ぐったりとしながらピクピクと痙攣している…軟弱な、とは言わない だって小脇に抱えられていたということは 彼の視界にはさぞ見下ろしの良い景色が広がっていた事だろうしな、泣き出していないだけすごいと思う

「凄いスピードダナ、流石は魔女とアタシの友達ダナ、エリス!」

対するリバダビアさんは余裕の表情でエリスに向けて親指を立てている、流石に高いところには慣れてるな、なんか自前でも登れるてきなこと言ってたし…、とりあえずリバダビアさん答えてエリスも親指を立てておく もう超ドヤ顔で

「それにしても寒いですね…」

「アア、山の上だかラナ、もう少し上まで行くと雪も降ってルゾ?雪遊びに行クカ?エリス」

「うう、それはもう少し温かい格好をしてる時でお願いします」

アルクカースにはアジメクのように四季がない、基本的にはずっと暑いのでエリスもそれに準じた薄手の格好をしている…というかリバダビアさんは寒くないのか?、いや慣れてるのか…

「しかしなんでこんな高いところに集落なんてあるんですか?」

「アル、カロケリ族はカロケリ山の至る所に集落を作ってテナ、上に住める奴は強い奴ダケ…つマリ」

つまり頂上付近に住んでるのはカロケリ族でも有数の実力者達、それが族長…か ん?族長って、アルミランテさんだよな?あの山の麓で会った

あの人もしかして山の頂上からエリス達の到来を察知し、そのまま頂上から麓まで飛び降りてきたということか?…魔術も使わず?それは流石に強すぎでは

「オラッ!行くぞラグナ!エリス!、アタシが案内してやるからついてコイ!」

そう言いながらズンズン歩いていくリバダビアさん、ラグナも落ち着きを取り戻したのか立ち上がりこほんと咳払いするとリバダビアさんについていく

……………………………………


カロケリ山 標高は幾らかは分からないが相当高いことが分かる、あまりの高さに動植物は殆ど自生しておらず、食べ物を得るにはある程度下山しなければならない上に 酸素も薄い、気温も低い 人間が住むために作られた場所ではないことがこうしてここに立っているだけでありありと伝わってくる

リバダビアさんは強き者は山の上方に住まうことが出来ると言っていたが、多分強いから上に住めるのではなく 強くなければ上に住めないという事、逆を言えばここに住めるだけ強く そしてこの厳しい自然が鍛えた戦士はまさしくカロケリ最強と言える

そしてその最強を カロケリ族では族長と呼ぶ、つまりエリス達が一番最初に出会ったカロケリ族の大男 偉大なりしアルミランテ、彼こそがこのカロケリ山の頂上に住まう長なのだ


「こコダ!」

「ここが…意外と立派な家なんですね」

そう言って案内されたのは木造のそこそこ大きな家だった、ログハウスって感じじゃない、そこまで綿密に木を削って組み立てた様子はないが、想像していたより幾分かは文明的だ

ここが族長の家…と言えばまぁなんとなく合点はいく、だって族長だもん 一番偉いんだもん、そりゃあ立派な家に住むよ

「ここに偉大なりしアルミランテは住マウ、もしカロケリ族を仲間として率いたいのであれば まずは族長に話を通セ」

「…取次ありがとうございます、あとは 俺が話をしてきます」

口を一文字に結び、ラグナは難しい顔でアルミランテの住まいを見る、カロケリ族は王族とは言え干渉することができない、つまりラクレスさんの手の及ばない存在だ…、一応リバダビアさんの取次があるからきっと門前払されることはないだろう

だがこちら側に引き入れられるかは別問題…いやラグナの問題だ、アルミランテさんが味方をするに値するだけの何かを見せるか 或いは何かを差し出すか、その酌量はラグナにかかっている

エリス達にあとはない、ここで嫌な流れを断ち切れるかどうか その瀬戸際にエリス達はあるんだ

「行くか…って勝手に入ってもいいのかな、なんか菓子折りとか持ってきた方が良かったんじゃ、というか俺着の身着のまま来ちゃったけど相手は族長だしもう少しまともな礼服とか…」

「いいからイケ!」

ここにきて緊張し始めたラグナのケツに一蹴り、リバダビアの喝が飛ぶ というか飛びすぎだ、ぶっ飛んで転がって滑って…そのまま族長の アルミランテの住まいの扉を打ち開けてしまう

「ら ラグナ!大丈夫ですか!」

「だ…大丈夫、体の方はな…」

イテテと頭をさするラグナに慌てて駆け寄れば既に扉は開け放たれており、奥には 武器を突き立て こちらを向きながら座っているアルミランテの姿がある、背後にある暖炉の光がまるで後光のように輝き 筋骨隆々のその筋肉を輝かせる、ただ座っているだけだというのにその威容と威圧はまるで修羅のようだ

「来タカ…幼き王子」

低い声が響く、武器を突き立てこちらを向いている…ということはエリス達の到来を予感していた、彼は山の麓に現れたエリス達の気配に気がつき いち早くこうして待ち構えていたのだ

「………」

その言葉に呼応するようにラグナも立ち上がり、勇ましく歩むと アルミランテの前にどかりと座る、…その瞬間無礼者めと斬りかかる事もなく アルミランテは静かにその様を見据えている…

待ち構えていたということは、少なくとも話を聞く意思があるということか

「以前 会った時よりも幾分良い顔をするようになっタナ、カロケリの岩壁に食らいつき 天を目指さんとする若き戦士の目ダ」

言い回しはよく分からんが、少なくとも嫌われてはなさそうで安心する…エリスはそのままラグナの背後に控えていると、その背後には師匠 そして何故かドヤ顔のリバダビアさんも並ぶ

「…果敢なりしリバダビア、お前が此奴らをカロケリ山に招いたのダナ」

「ああそウダ!、コイツらはなんか大きな戦いに挑む為に武器と仲間がいるとイウ!、だから連れてキタ!、至上の武器も最高の戦士も 探すならカロケリを置いて他にナイ!」

なんか大きな戦いって、そのレベルの理解度だったのか…そう言えば彼女には継承戦云々は説明してなかったな、それでも手伝うと言ってくれた彼女の胆力と友達想いの優しい心には感謝しかないが…

しかし、その説明でアルミランテも合点がいったのか 少し表情を硬ばらせる

「継承戦カ…」

「はい、…俺は リバダビアさんの招きにより この山に戦士と、そして武器を作る為の金属を貸してもらいに来ました」

変に誤魔化したりせず、単刀直入に言う つまりラグナはこう言うのだ 、無関係のカロケリ族の戦士を戦いに連れ出し 彼のらの信仰する山の一部を切り出し武器とすると…

ゾッとする、彼らが排他的な部族であると知っているから、彼らが山をどれだけ大切にしているか知っているから、今この場で彼が逆上して斬りかかる予想さえ幻視してしまうほどにエリスは心底震える

だがそれでもラグナは微動だにしない、その場に座り込んだままアルミランテを見つめている、そんな彼に答えるようにまたアルミランテも落ち着いて少しだけ考える

「…我らの力を借りたイト?」

「はい、俺はどうしても継承戦に勝ち この国の滅びを回避したいんです、この先に起こるアルクカースの大戦を…どうやってでも回避したいんです」

「それはアルクカースの問題ダ、我々は関係ナイ」

その通り、そう言われるとぐうの音も出ない…アルクカースとカロケリはあくまで別物、アルクカースが滅んでも彼ら的には山が無事ならなんでもいいのだ

「それは重々承知しています、それでも俺が継承戦を勝つには カロケリ族の皆さんの助けがいるのです、返礼なら俺の出来得る範囲の…」

「いやイイ、褒美や褒賞などに興味はナイ 、我らにはこの山さえあれば生きていケル…、だがな王子ヨ、私とてお前の気持ちは理解できるつもリダ、貴様にとっての王国とは我らにとってのこの山も同義なのだロウ、故にその気概を無碍にしようとは思ワン」

思ったよりも話せるぞ? そうエリスが軽い安堵を抱いた瞬間

「しカシ、いやだからコソ」

そう 立ち上がるのだ、アルミランテが…岩から削り出しただけのような荒い作りの剣を地面に突き刺し 杖代わりにしゆっくりと、ただそれだけの動作を前にぞわりと身の毛がよだつ、皮膚の内側が沸騰し泡立つようにプツプツと鳥肌が立ち始める

この空気はこの国に入ってから何度も感じた、ラグナも同じくそれを感じ若干腰を浮かす…そうこれは、闘争の空気

「勇を示すノダ、幼き王子ヨ」

剣をゆっくりと構えると共に 圧倒的に闘志が部屋の中に満ちる、エリスは戦士ではない 戦場に立ったことはない、だから細かいことは分からないがこの重圧はあの討滅戦士団と同格…!

「恩賞も要ラヌ、褒賞も要ラヌ…だが我らは誇り高き種族、勇を示した者の話は無碍にはしナイ、だが同時に誇り高き我らを率いるのが弱者であってはなラヌ、我らを背後に侍らせたいのなら 勇と共に心も示セ…我らを率いるに足る者である証拠とシテ」

この話のスムーズさにエリスはなんとなく察してしまう、多分これは恒例なのだ、カロケリ族に力を借りたいと訪ねてきた者達皆に与えられる試練

族長に勇気を示し その後彼と戦い…そして打ち勝つ、それが唯一にして絶対の共闘の条件 
かつてここを訪れた者達は皆歴代の族長に挑んで行ったのだろう…そして思い出すのは、未だ嘗て彼らの協力を取り付けた者は一人としていないこと、つまり 誰一人として族長に勝ったことがないのだ


「戦うのですか?」

「そウダ」

「それで納得して、全てを俺に委ねてくれるのですか?」

「お前次第ダ」

「そうですか」

問答は 意外なほど早く終わった、ラグナもこの流れをなんとなく予感していたのだろう、かく言うエリスも実は予感していた、きっと荒事になるだろうと、しかしそれで彼らが納得するのなら やるしかないんだ

「エリスも…一緒に戦っても良いですか?」

「え エリス!?」

きっとこのままやればラグナはアルミランテと戦うだろう、そしてきっと負ける アルミランでは強い…エリスと束になっても敵うかは分からない
だが、それでもエリスにこの流れを変える力があると言うのなら 一歩踏み出さずにはいられない

「構ワン、臣下の力もまた王の力ダ…王としての力を示すのならその配下もまた共に戦うべきでアル」

「ありがとうございます」

エリスは部下じゃないけど、今はそれでいい…今はラグナの剣として戦う、彼の未来を切り開く剣として、ここで構えを取る

「…では、俺とエリスで 貴方に示します、俺が貴方達を率いるに足る男であるかを!その力があるかを!ここで!」

「ああコイ!、偉大なりしアルミランテが相手をしよう」

ラグナは闘志を エリスは魔力を爆発させ、アルミランテを前に身を屈める…ここが踏ん張り所だ、継承戦の 前哨戦たる戦力集め その総決算だ!


「ッッーー!!」

暫しの沈黙の後、先に仕掛けたのはラグナだ 背中の剣を抜き放ちアルミランテに打ち込む、エリスから見ても隙のない一撃 、唐突とも言える神速の一撃を前にアルミランテは…

「フッ…!」

一笑と共に容易くラグナの黄金の刃を身を少し動かすだけで避ける、、いや避けただけではない ラグナの打ち込みをいとも簡単に見切り がら空きと胴に一撃の蹴りを見舞う、あまりにも早い攻防 打ち込んだと思ったら打ち込まれていた

「ごぶぅっ!?」

肺の空気を全て噴き出しながらラグナは床に叩きつけられながら視界の外へ転がっていく、助けに行きたいが…今アルミランテから目を離すことが出来ない、慌てて口を滑らせるように詠唱を繋ぎ…

「ーーッッ『旋風圏跳』ッ!!」

咄嗟に 風を纏い飛び上がればエリスが先程までいた空間を燦めくような斬撃が掠める、気がつけば既にアルミランテが武器を振り終えているのだ、信じられない 構える姿も振りかぶるモーションも見えなかったぞ…旋風圏跳でなければ避けられなか…っ!?

違っ!?ま まだ終わってない!

「ホウ、こちらは反応がいイナ」

岩の塊のような太く長く頑強な大剣を手首のスナップだけで容易く振るい風を纏い飛び回るエリス目掛け振るわれる、信じられないことに 高速で飛び回る旋風圏跳を目で追いながら的確に斬撃を振るってくるのだ

こう思考する間に5度も剣を振るわれた 右から 下から 上から 左から かと思えば右時折蹴り、それを身を逸らし 時折全身を回転させたり アルミランテの放つ神速の連撃を、まるで彼の周りをハエのように飛び回るながら避け続ける

「ッッーー!?」

回避行動 それ以外何も出来ない、こうやって壁や天井を蹴り飛び回るも彼はそれを見切り エリスの進路上に剣を配置するように攻撃してくる、強いとわかってはいた だがここまでとは思いもしなかった、少しは通用するだろうと さっきの成功体験がエリスの判断を曇らせた………

「ぐぶぅっ!?」

……そんな回避行動にも限界がきた、一目で見切られたのだ それを何度も続けていれば完全に把握されるのは時間の問題だった、より一層鋭くなったアルミランテの攻撃の前にエリスは何が何だか分からないままに容易く叩きのめされ 屋外まで吹き飛ばされ硬い山の岩肌の上をゴロゴロ転がっていく

ダメだ、手も足も出ない…

「ぐぅっ…」

「エリス 大丈夫か…」

はたと気がつくと、ラグナが側にいた…ああ 彼も外まで叩き出されていたのか、彼が駆け寄り 手を貸し引き起こしてくれる、バルトフリートさんにも旋風圏跳は見切られたことはあるが あれはレオナヒルドとの二人がかりでの話だった

たった一人の攻撃でここまで圧倒されるのは初めてだ

「大層なことを口にしてこの程度カ?幼き王子とその臣下ヨ」

声が響く、アルミランテだ…ズカズカと足音を立て 扉を潜り外に出てくる、その顔は頭蓋の兜で覆われており殆ど見えないが…分かる あれは余裕の笑みだ、まるでエリスとラグナの戦いなど 児戯であると言わんばかりの薄ら笑い、事実エリスとラグナはたった今 手も足も出ず叩きのめされたのだ…笑われて当然

「まだまだ、この程度じゃない!」

そう言いながら叫び答えるラグナ、彼はエリスと違い未だ闘志の炎を燻らせていない…いや逆だ燃えすぎだ、彼の目には今アルミランテしか映ってないない、このまま捨て置けばまたさっきみたいに突っ込んで一蹴されるのが目に見えている

「待ってくださいラグナ!落ち着いて!」

「エリス!、何を待つ必要があるんだ!ここで気落ちしたって勝ち目なんか見えないぞ!」

「え…いや」

怒鳴られた、あのラグナに怒鳴られた 一瞬ショックを受け彼を制止しきれなかった、怒鳴られた勢いで体が硬直し 続く言葉が出でこなくなる、沈黙に対して論ずる言葉などないと言わんばかりにラグナはエリスに目を向けず再び アルミランテに向かっていってしまう

「ここで力を見せつけないと 、認めてもらわないと後がないんだ、『三重付与魔術・破砕属性三連付与』ッ!!」

「蛮勇と猛勇は違ウゾ、幼き王子ヨ」

ラグナの剣が輝く、力強く三重に輝く黄金の剣を構え刹那横に薙ぎ払う…大理石の柱でさえ叩き斬る程の威力を秘めたそれを前にアルミランテはなおも余裕の顔を崩さず一言述べると…

「…『付与魔術三式・黒鉄錬磨』」

「ッ!?」

アルミランテの岩剣が、黒く染まる いや正しく黒鉄の如く鈍く輝く、ラグナの剣とは対照的な力を纏うそれが、ラグナの剣を 宝剣と呼ばれたそれを 三重にも付与魔術が乗った一撃を、髪の一つさえ揺らさず受け止めてしまう

いや受け止めただけではない、まるで挑むに値しないと言わんばかりにその衝撃を全てラグナに弾き返し彼の体が錐揉み飛んでいく、ラグナの付与魔術は三重だ 謂わば通常の三倍の出力を持つ、だがアルミランテの使ったそれは通常の三倍どころの騒ぎではない程に強力だったのだ

「大きな理想を語るのは良イガ、力がなければそれは空論に成り下ガル、この国でハナ」

「ぐぼぁっ…」

錐揉み吹き飛ぶ彼に追いつき その頭を引っ掴むと同時に硬い岩の大地に叩きつける、…頑強極まりないカロケリの大地がヒビ割れるほどの剛力にて ラグナの体は地面にめり込み鮮血を散らす

死んではない筈だ、いきなり殺しはしないと願いたい…だが今助けに行かなければラグナは継承戦にまで影響を及ぼす重傷を負うかもしれない、それだけは避けねば

「そシテ、お前は雑な思考が多い見エル、王がやられて黙っている臣下などいないも同然ダゾ」

「え…?」

一瞬だった、ラグナがやられたと思った瞬間エリスの視点が反転する ぐるぐると目まぐるしく景色が変わり、そこでようやくエリスがアルミランテの手によって吹き飛ばされたことを理解し 次いで走る激痛に、顎先に一発 蹴りか拳を食らったことを理解する

まただ、近づいた瞬間さえ見えなかった、見えないから 感じることが出来ないから、極限集中に入る暇も詠唱で迎え撃つ余裕もない

「ぐぅっ…ぁ…ああ…」

ろくに受け身を取ることさえできず地面に叩きつけられる、顎に一撃貰ったせいか 景色がグラグラ揺れる、立ち上がろうと手足を動かすも上手く動かず陸に打ち上げられた魚のようにジタバタもがくことしかできない

「フム、幼き王子と幼き配下ヨ…もう少し手加減した方がよかっタカ?」

まるで子供扱いだ、いや事実子供だが…戦士として扱ってくさえしない、これがカロケリ最強の戦士…勝つ勝たない云々以前の話だ、勝負にさえならない

ふと揺れる景色の中目を動かせば、師匠がリバダビアさんと共に少し離れたところからエリス達の無様な戦いを眺めている

「…………」

「ガンバレーエリス!ガンバレーラグナ!、まだ二、三発貰っただケダ、立てるダロー?」

師匠の顔は無だ、無表情だ…弟子の戦いを黙って見ている その勝敗には一切関与しないというスタンスのようだ、厳しくもあるが当然のこと 弟子の戦いに師匠がしゃしゃれば弟子は成長出来ないから…

しかし、エリスはこの戦いで負けるわけには行かない…甘ったれでもいいから、何か逆転の秘策か何か授けてはくれまいかと縋るように目つきを送るも、師匠は眉一つ動かさない

師匠は頼れない、頼ってはいけない

「っ…ぐっ…」

未だグラグラと動く視界の中、ゆっくりと立ち上がる…しかし立ち上がって向かっていてどうする、このまま一気に最大火力の火雷招を打ち込み防御ごと突き抜けるか…いやダメだ、簡単に捌かれ手痛いカウンターをもらうのが目に見えている

いくら考えても何も浮かばない、絶対的な実力差の前では エリスの浅知恵など小賢しく通用しない、エリスはレオナヒルドと戦った時より強くなった だが…またもこの力は通用しない

「ぐっ!…あぁっ!まだまだ!」

苛立ちを声にして吐き出すように叫びながら立ち上がるラグナ、流石ラグナだ あれで気絶していないとは…だが確実にその目から冷静さが失われている、これは勝てないな 頭のどこかで冷静なエリスが囁く

ここまで通用しないとは完全に想定外だ、ここは一度出直し次に賭けよう…次、次なんてあるのか?もしここでエリス達が尻尾を巻いて逃げれば今度はこの戦いの場さえ設けてくれず 門前払いを食らうのではないか?

しかし、しかしだとするならどうすればいい エリスの手元にある手札を何度見ても勝利までの方程式を作り上げることができない、ああダメだ こうやって悶々と考えている間にもラグナはまたアルミランテに向かっていく

「まだ向かウカ?幼き王子ヨ」

「何度だって!『三重付与魔術・神速属性三連付与』」

「ーーーッッ『旋風圏跳』ッー!」

咄嗟、思考よりも先に体が動き 突風の如くラグナに突っ込み、斬りかかる彼を抱きしめ押し飛ばす

「ぐっ!?エリス!何をするんだ!」

「落ち着いてください!」

「俺は落ち着いて…」

「ません!落ち着いてません!、完全に頭に血が上ってます!一箇所しか見えてません!、このままやっても負けます!」

「ならこのまま諦めろというのか!、ここで引いたらもう後がないんだぞ!」

「諦めろなんて言ってません!」

興奮し暴れるラグナを押さえつけながら落ち着かせようと声をかけるもより一層激しく暴れ始める、このまま行かせれば彼は完膚なきまでに叩きのめされるまで何度も挑むだろう

諦めなければいつか勝てるとは言うが 、そのいつかが五体満足のうちにやってくる保証はない、彼の本当の戦いはここではない ここで全てを出し尽くしては意味がない…だが負けるわけにも行かない、必死に頭を捻る

ここで感情をぶつけもラグナに勝てない、ラグナを納得させる理屈と作戦がいる…確実な勝機を

そうだ、うん …確かこんなことが前にもあった、負けてはならぬ戦いで格上とぶつかったこと、アジメクのレオナヒルド戦…その戦いでエリスが勝てたのはエリスが強かったからか?違う、勝てたのは…

「ラグナ…なら一緒に戦いましょう」

「一緒に?…もう一緒に戦ってるじゃないか」

「違います、二人掛かりじゃありません 二人一緒にです」

あれはデティと一緒に戦ったから 攻めをエリスが 防御をデティが担当したから勝てたんだ、あの時エリスとデティが二人バラバラに攻め立てていたら きっと勝つことはできなかった

「……二人一緒…、すまんエリス…騒いで悪かった、話を聞かせてもらえないか?」

「はい、…エリスに一つ妙案があります」

急造で組み立てたあばら家のような計画を妙案と宣い、ラグナに耳打ちで説明する細かいところを突っ込めばきりがないほどに穴だらけだが、今はこれしか手がないんだ

「……わかった」

エリスが全てを説明し終えると、ラグナは疑いの言葉一つなくそう呟く 、今更やれるのか?とかそんな作戦で大丈夫か?など聞いても意味がないことを彼も理解しているのだ

「話合いは終わっタカ?」

ラグナと共に立ち上がれば 既に剣を肩に置き、エリス達の話し合いを待ってくれているアルミランテさんの姿がある、それくらいの意思の疎通ならば許そうと寛大な…或いは傲慢な姿勢だ

「はい、お待たせしました…ここからが勝負です」

「今度こそ…俺たち二人で挑みます」

ラグナと肩を並べて立つ、ここから二人一緒だ…二人で二つの攻撃をするのではない 二人で一つの障害を打ち破るのだ

「…よろシイ、では今度は私から行クゾ!」

大地を揺らす踏み込み、あれだけの巨体と大剣を携えながらなんと言う速度 エリスとアルミランテの間にあった距離はあっと言う間も無く縮まり、その巨体がエリス達影を落とす

「ッーエリス!『三重付与魔術・頑健属性三連付与』…っ!」

その速度にいち早く順応し反応するラグナは、先程までと同じように剣に魔術を宿し アルミランテの一撃を防ごうとする、だが…そう 先程までと同じだ、このままいけばラグナはアルミランテの攻撃を防ぐことさえ必ず押し潰される、だから…

「はい、此れ為るは大地の意志、峻厳なる世界を踏み固める我らが礎よ今、剛毅剛健を轟かせ屹立し眼前の全てを破砕せよ『岩界隆鳴動』」

アルテミランが動き始めるよりも前に 予め反撃用に繋いでいた詠唱を言い放ち、大地に手を突き立てる…と共に エリスの魔力が大地に根を張ると、縄で引っ張り上げられた網のように大地から太い幹程の岩棘が突き出てラグナの剣と共にアルミランテの一撃を受け止める

「ムゥ…!?」

顔色が変わる、初めてアルミランテの余裕綽々な笑みが剥がれ落ち 表情が曇る、防がれると思わなかった一撃がラグナの…子供の剣と突如として突き出た岩の檻により阻まれたのだから

そうだ、ラグナ一人では防げない エリス一人でも防げない だからラグナとエリスが共に防ぐ、デティの共闘の時と違い 二人が攻防一つ一つの行動を同時に行う 一人では対処できない其れも二人なら…

「止めれた!行けるぞエリス!」

「ただの一撃を防いだだけで調子を良くしない事ダ!」

振るわれるはアルミランテの高速の連撃、方角を問わず 縦横無尽に襲いくる一撃一撃はどれも速く重い、其れを一つ一つラグナは防ぐ エリスも手伝う二人揃ってアルミランテの攻撃を捌いていく、即興にして急造のコンビネーションだが思う他 上手くいく

エリスとラグナの心持ちが同じだからか 或いはラグナがエリスに合わせるのが上手いのか、或いは逆か…何にしても手も足も出なかった状況から拮抗に持ち込めた

防御が上手くいったならもちろん攻撃に転じる事もできる

「ーーッッ『風刻槍・円陣展開』」

「チッ、小賢シイ…!」

攻撃の合間を縫って風の防壁を展開する、所詮は風だ アルミランテの剣撃を防げるだけの防御力はないが、風は砂利と小石を跳ね上げアルミランテへ襲いかかり 一瞬その動きを止める、ほんの一瞬 顔の周りを集る虫を払うような そんな少しだけの隙だが…準備には十分だ

「ラグナ!」

「応ッ!!、『三重付与魔術・撃 砕 斬多重付与』!」

その一瞬の間にエリスとラグナは陣形を整える、剣を構えるラグナを前へ エリスは後ろへ、縦に並ぶ攻撃特化の陣形、エリスとラグナが打ち合わせもなくその場で決めた…それでいてこれしかないと思える陣形

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を…」

アルミランテが体勢を整える、ラグナは剣を構える…このまま打ち込めば先ほどの二の舞、だからこそ エリスがその決まった流れをかえるんだ

「  『旋風圏跳』ッ!」

…エリスは風だ、風は大海を進み 時に鳥を時に種子を運ぶ、未来へ繋ぐ道を示しその背中を押し前へと進める

全身の魔力が渦巻き、吹き上げるように吹き荒ぶように風となる…先ほど掴んだ感覚の通り、自ら事象として捉えると共に…手を前へ突き出し、ラグナの背を押す

「ヌッ!?こレハ…!?」

アルミランテは驚いたことだろう、ラグナが踏み込むと共に 風を纏い想定を超える速度を叩き出したのだから、…旋風圏跳をラグナに纏わせ 速度を上げ打ち出す、説明すればこれだけだ

いつもやっている旋風圏跳の応用 旋風圏跳カウンター…其れのまたさらに応用、旋風圏跳で仲間を飛ばしその速度を加速させる攻撃法、まさしく今のラグナは砲弾すら置き去りにするスピードの中にある

「……ーーっ!!」

アルミランテの守りは強靭だ、例えエリスとラグナが力を合わせても抜けない…だが、だとするならば防御されるよりも速く 彼の懐に入り一撃入れればいいのだ、乱気流の如く暴れ狂う風の奔流をラグナは見事乗りこなし真っ直ぐ真っ直ぐ、アルミランテの腹を睨み抜き…そして

「ぐぶぉっ!?…なント…私が一撃入れられるトハ」

一閃、ラグナの強力な一撃がアルミランテの咄嗟の防御を潜り抜けその腹部に叩き込まれる、斬ったわけではない 剣の腹で撃ち抜いたのだ…ただそれだけでも魔術が三重にも乗った彼の一発はアルミランテの鍛え上げられた肉体をさえ打ち砕く

さしものアルミランテもこの攻撃には答えたようで、思わず膝をつき動きを止める…倒したわけではない、彼ほどの使い手だ こんな攻撃わけなく耐えるだろう、だが…行ける ラグナの言った通り行ける、一人一人ではまるで敵わない相手も二人なら…

「っぐーっ!?思ったよりも凄い勢いだなエリス、いつもこんなものを乗り回しているのかお前は!」

アルミランテを通り過ぎ、勢い余って後方まで飛んでいき ザリザリと大地を削るように停止するラグナ、しまった…張り切って飛ばし過ぎたか、という
旋風圏跳の中力づくで停止するなんて彼も無茶をする…放っておけば解けるのに

「さてアルミランテ、君が納得するま俺とエリスは何度でも付き合うが」

「…いやイイ、これは決着をつける戦いに非ズ、お前達…いや貴殿達の決意は良く伝わッタ」

ムクリとまるで先ほどのダメージなど感じさせない余裕の立ち振る舞いで立ち上がるアルミランテを見て、些かながら仰天する…いや かなりイイのが入ったと思ったんだが、効いてない…というかこの程度じゃ倒れてくれないんだろうな

しかし既に彼の体からは先程までのような闘志が感じられない、…つまりエリス達のことを認めてくれたってことか?それとも二人掛かりなんて卑怯だからやっぱこの話無し!とか言うんだろうか…

「それじゃあ、協力してくれる…んですか?」

「…遥か昔 強靭なりしアキダバンと争乱の魔女アルクトゥルスの二人ハ、お互いの理念をかけて戦イ…その果てに友になったと伝ワル、…戦いの中で分かり合いお互いを尊重して友とナル、その意味が今なら私にも分かる気がスル」

なんか語り始めた、…もう戦う気は無いと見ていいのだろうか、なんて言いつつエリスは既に気を抜いている、…ああ 打たれた顎痛い

「お前達の互いを思いやる気持ちと絶対に負けたく無いと言う心持ちは伝わってキタ、この意思の強さと清廉さならカロケリ族の戦士達も文句は言うマイ、…お前達を魔女に続く史上二人目のカロケリの友であると認め 争乱の魔女と同格に扱うことを誓オウ」

「認めてくれるんですね…俺達を、正直 勝ったとは思えない勝負の内容でしたが」

「別に勝負をしたつもりはナイ、こちらも勝つつもりなら刃を使い一瞬で真っ二つにしてイル、私は勇気 を示せといったノダ…そしてお前達は勇を私に示シタ、ならもう十分ダ」

フッ と相変わらず余裕の口元を緩めるアルテミラン、ラグナの力…つまりエリスと 仲間と協力し発揮する力を彼は見たのだ、そしてそれを認めてくれた…エリス達はアルミランテの試練を乗り越えたんだ

「若き王子ヨ、お前達はもう我らが友ダ…カロケリは友に協力は惜しまナイ、この山の加護もまた貸し与えヨウ、それで十分か?」

「は…はい!、はい!ありがとうございます!」

フッと緊張の糸が切れる、彼は確約してくれたんだ…戦力と山の鉱石をエリス達に貸してくれると、彼のこの約束一つでエリス達の抱える問題がいくつ解決することか、ラグナも一心不乱に礼を述べている、今までで一番嬉しそうだ

「但し一つカロケリが力を貸すに当たって条件がアル」

「な…なんでしょうか、条件…?」

「勝テヨ…王族なラナ」

とだけ伝える、族長として 人を引きる者の責任がなんなのかを、短い…そして簡潔な言葉 だがどんな理論や理屈よりも深く、ラグナの胸に突き刺さり 彼はその言葉を反芻するように、黙ってその場に立ち尽くす…勝つ その言葉の重さに改めて向き合っているんだ

「よぉぉぉーっくやったお前ラァーッ!、流石はアタシの友ダ!あの偉大なりしアルミランテに強さを認められるとハナ!、正直無理だと思ってタゾ!」

「り リバダビアさん!?」

なんて黄昏ているといきなりリバダビアさんに抱きかかえられブンブンと体ごと振り回される、全身にかかる遠心力により内臓がお尻の穴から出てしまいそうなくらい激しく振り回され…えずく 死ぬぅ…

「ありがとうございますリバダビアさん、貴方が俺達を連れてきてくれたおかげです」

「んまァナ?、流石に見知ったお前が困っているのを放っておケン、何よりエリスも困ってタシ、エリスは優しいイイやつだかラナ」

「そうですか、ありがとうございます」

「何回も礼を言ウナ、それしか言えんノカ」

「オイ、若き王子ヨ、話があるから早くこちらにコイ、共闘の契りを交ワス、果敢なりしリバダビア、お前もコイ」

リバダビアのジャイアントスイング抱擁により目を回すエリスを他所に話はどんどん進んでいく…、ここからはラグナとアルミランテだけの話 所謂トップ同士の会談だ、エリスの出る幕はないからここで少し休ませてもらうとしよう

「エリス、気分はどうだ?」

なんてぐったりしていると師匠が声をかけてくる、気分?目が回って吐きそうです なんて答えが聞きたいのではない、先ほどの戦いの感触を聞いているんだ

「…さっきの戦いは、正直言って負けも同然です…あのまま続けていればエリスとラグナは負けていました」

「だろうな、それどころか奴が本気を出していれば それこそ瞬殺だったろう」

不甲斐ない、魔女の弟子ともあろう者がしていい戦いではなかった、何より…エリスには新たな問題がのしかかった

純然たる実力不足、アルミランテは強い…けど一番強いわけではない、継承戦に彼より強い戦士が出てこないとも限らない、その都度ラグナとさっきみたいに命をすり減らして連携を取るのか?…それでは限界がくる、いくらカロケリが仲間になってくれても彼らだけに戦わせるわけにはいかない

「師匠、エリスはもっと強くなりたいです」

「分かっている、…継承戦まであと11ヶ月…と言ったところか?」

「はい…そのくらいだと思います」

潤沢に時間があるとは言えないな、それまで修行を積んで 果たしてエリスは……、そう押し黙る、今のままでいいのかと

…………………………………………………………

それからラグナとアルミランテは色々と話し合い カロケリの精鋭凡そ五十人程の援軍を取り付けることに成功し、カロケリの鉱石を独自にラグナにいくつか貸し与えてくれることとなった、これで主力戦士と武器の素材は手に入った

鉱石類はこれから用意し カロケリ族の精鋭達も集めるのに時間がかかる為、本格的な合流は今から1ヶ月後になるらしい、それでも確実に味方をしてくれると言う約束をすることが出来ただけで万々歳だ

…そしてエリス達は使命を終えて馬車に戻り 我らが宿…第四王子の拠点へと戻ることとなる、当然手振らではない、友好の条約を結んだラグナを手ぶらで帰したとあってはカロケリの威信に関わるとアルミランテは申し立て、一人の戦士をお供としてつけてくれることとなった…

その戦士とは誰か?、言うまでもない…既にエリス達とある程度知り合いでありかつ実力のある精鋭の戦士…その名も

「果敢なりしリバダビア!、カロケリの戦士ダ!よろしクナ!」


宿の庭先にハロルドさん達老兵部隊とバードランドさん達戦士隊を集め、みんなの前でリバダビアさんを紹介する、…当然と言えば当然か いきなり集められそんな紹介を受けたラグナ軍は騒然 というより唖然としている

「とりあえずカロケリ族と話をつけて 彼らから五十人の戦士を貸し与えてもらえれることになった、彼女はそのうちの一人でまずは先行して俺達の仲間に加わってくれることになった、これからは彼女と協力して…」

「ちょちょちょい、待ってくれや大将!カロケリ族?そこと話つけてきたって…マジかよ、あんたがどっか言ってるってのは聞いてたけど…まさかカロケリ山に行ってたってのかよ」

唖然としながらもバードランドさんが前へ出る、その目は信じられない その一言に満ちている、こんな可愛い女の子がカロケリ族?というかカロケリ族と話をつけてきた?それで仲間にできた?その疑問どれもが信じ難い事実なのだ

「…カロケリ族の戦士、ワシ長いこと生きてきたけど見るの初めて…確か恐ろしく強いと聞いてはおるが…」

ハロルドさんも呆然とする、カロケリ族は排他的な部族であることはアルクカース中に知れ渡っている、故にあの山に立ち入る者はいないし会いに行く者もいない 、いたとしても魔獣に食われて山の肥料になるのが関の山

だというのに、そんな幻の存在のような奴が味方をしてくれると聞き 彼らもまたワナワナと震える

そんな目を白黒させるラグナ軍を見て リバダビアさんは舌打ちを一つかますとズカズカと前へ出て

「お前ラカ、くだらない事で喧嘩をして自分たちの長を困らせている不出来な部下トハ!」

「んなっ!?」

いや不出来な部下とは一言も言ってないが…それでもリバダビアさんは一切の遠慮なく、ハロルドさんとバードランドさん…いや対立する老いた戦士達と年若い戦士達に文句をつける

「いや喧嘩っていうか、このジジイ達がやかましく俺たちに指図するから…」

「なんじゃとう?、お前達若もんに年長者としてアドバイスしとるんじゃろうに」

「あんなもんアドバイスとはよばねぇよ!」

まただ、また喧嘩が始まった…二人とも悪い人じゃないんだけど各々の価値観とプライドが微妙に噛み合ってないんだ、いきなり出会った人間全員と仲良くできる人間などいない…多少の軋轢はしょうがないが、軍団が真っ二つに割れるのは非常に困るのだ

するとその喧嘩を見てリバダビアさんは目を鋭く釣り上げ…

「雑魚が争ウナーッ!!煩わしい上に見苦シィーーーイッ!!」

「なっ!?ぎゃぁぁあああっっ!?!?」

「ぃぎょわぁぁぁぁっっ!?!?」

目の前で喧嘩するハロルドさんとバードランドさんの胸元を掴み上げ二人を投げ飛ばした…

え!?いや、投げ飛ばした!?何してんだリバダビアさん!止める間も無くリバダビアさんは暴君のように暴れ回る、二人を投げ飛ばすに飽き足らず何故か周囲の人間全員に襲いかかり投げ飛ばし始めたのだ

「な なんだよ!?なんで怒ってんだよアンタ!」

「ウルセェーッ!雑魚が口答えすルナーッ!、あれこれと理屈をつけて喧嘩するなど無駄も無駄ーッ!、気にくわない事があるなら口じゃなくて拳で競え雑魚共ガーッッ!」

「ひぃぃぃ!?だからなんでキレてるんだよ!」

「ら ラグナ様助けてくれ!継承戦に出る前にコイツに殺される!!!」

目の前でいきなり喧嘩を始められたのが気に食わなかったのか、食い散らかすようにラグナ軍を投げ飛ばして回る、唐突な襲撃に戦士隊達は悲鳴をあげながら宙を舞い ご老人達は一目散に逃げていく

ラグナも助けを求められるが軽く苦笑いし

「いい機会だ、みんなで協力してなんとかしてくれ」

「そ そんなぁ…!」

親指を立て白い歯を煌めかせ笑う…、そんな彼の突き放すような言葉に情けない声を上げる戦士隊達だがエリスは少し嬉しくなる、ああやってラグナが笑うのを見るのは久しぶりな気がするから

きっと戦力集めが一段落して、大分肩の荷がおりたんだろう カロケリ族のおかげでエリス達の抱える問題は殆ど解決したしね


「彼らはリバダビアに任せれば上手くやってくれるだろう、アルクカースの戦士にはああいう荒療治が一番だ」

なんて言いながら戦士隊達を置いてエリスの所まで戻ってくる、まぁ彼らとてアルクカース人だ、話し合いの場を設けて語り合いわかり合う…なんて事するよりもああやって戦いの中で手を組ませた方が早いのだろう

事実対立していた二部隊は今協力して大怪獣リバダビアに向かって行ってる…案外リバダビアさんにも考えがあってああしたのかもしれないな

「…はぁ、取り敢えず直近の問題は全て解決して一先ず安心だ…」

「お疲れ様ですラグナ」

「いや、君にも色々と苦労をかけたよ」

カロケリ族が仲間に加わりラグナ達の軍団は計三百人の軍勢となった、まだラクレスさんの三分の一以下だがやり方次第では戦いになる人数になった、それにこれから少しづつ仲間も増やしていくし…一先ずこの件は安心だ

武器も戦力も揃った、大慌てで国中を駆けずり回る段階は終わり、これからはゆっくりと10ヶ月後の継承戦に備える段階に入った…彼も安心したのか芝生の上に腰を下ろし、疲れたよと笑っている

「時間は多いようで少ない、俺はこれからも戦力を揃え 武器を研ぎ継承戦に備える、エリス…これからも付き合ってくれるか?」

ラグナの視線がこちらに向く、信頼を感じる視線だ …エリスとラグナはもう既に親友と言える程にまで互いを信じている、だからこそこの問いもただの確認なのだろう、はいと答えるのが分かりきった問い…

なのだが、悪いがエリスの答えは違う

「その件でラグナに一つお話があります」

「え?…」

ラグナの顔色が変わる、血の気が引くような…ああ勘違いしないで、別に今からやっぱりエリスは降りますとか言い出だすわけではない

「…ラグナ、継承戦にアルミランテさん以上の使い手は現れると思いますか?」

「アルミランテ以上の?…出てくるだろうな、俺もアルミランテの本気を見たわけではないが 少なくともラクレス兄様とホリン姉様はアレに近しい段階にいるはずだ、それに…ベオセルク兄様に至ってはアルミランテよりも確実に強い」

ああ、あの青銅の牛を素手で叩き割った狂犬みたいな王子様か、エリスとはあまり話さなかったが目つきを見れば分かる…確かにあれは強そうだ、しかも加減とかしてくれるタイプでもないだろう

そうだ、継承戦に挑むに当たってもうひとつ解決しなければいけない問題がある…それがエリス自身の実力の問題だ、いくら戦争の支度を万全に整えても実力不足で戦力になりませんでした…はあまりにも無惨だろう、それを先の戦いで痛感した

「そうですか、皆さん強いんですね」

「それがアルクカースの王族だ、…討滅戦士団の面々ももしかしたら二、三人は参戦するかもしれないし…、うん アルミランテ以上の実力者は出てくると思う、で?それがお話ってやつか?」

「いいえ、違います」

もしエリスが今のままラグナと共に活動しながら片手間に修行していてはエリスの成長は間に合わないだろう、一応アルクカースに入ってから修行は一段と厳しくなってる、お陰で魔術の威力も確実に上がってる…でも足りない、今のままでは絶対に足りない

だから

「お話というのは、継承戦の日まで…エリスは師匠と二人きりで修行に専念したいんです」

「修行に…つまり、この後の活動は手伝えないと…、そういうことか」

エリスの一日を100%修行に注ぎ込む、それもこの街中ではできないような過酷な修行をする為に 人里離れた場所に行くつもりだ、一応師匠には確認を取ってある…師匠はお前が望むなら付き合おうと言ってくれた

だがこれをすると継承戦当日までエリスは継承戦の支度を手伝えない、ひと段落したとは言え まだまだすることもある、そんな中で途中で離脱するということは…ラグナには迷惑をかけるかもしれない

「…そうか……」

そんなラグナは暫し、顎に指を当て熟考する…そして


「いや分かった 、後はこちらでなんとかしておくよ」

「ありがとうございます、後々のことを全て放り出してしまうことになってしまってすみません」

「何を言うんだよ、君は今まで多くの事に貢献してくれたし 事実ここまで来れたのも君のおかげ、その上継承戦に備えて修行をすると言うんだ…お礼を言い倒すのはこっちの方だ」

ありがとう と言いながらエリスの修行を容認してくれる、ラグナの為にとは言うが…結局のところエリスが強いなりたい動機はアジメクの頃から変わらない、守りたい誰かを守れるくらいの力が欲しいからだ

「ふふふ、ラグナはお礼を言うのは好きですね…それじゃあ、行ってきますね」

「え?もう行くのか?さっきカロケリ山から帰ってきたばかりじゃないか、1日くらい休んだり…みんなにも声をかけた方が」

「修行に打ち込む時間は1秒でも多い方が良い、何 十数か月すれば会えるのだ 挨拶など不要だろう」

「師匠!」

1日くらい休めと引き止めるラグナとエリスの間に割り込むように入ってくるのはレグルス師匠だ、エリスが修行に専念したいと言ったら妙に喜ばれた、どうやら師匠も最近エリスがラグナと多忙を極めている所為で修行があまり進んでいない事に危機感を抱いていたようなのだ

「確かに…そうですけど、あのレグルス様?修行ってどこで行うのですか?」

「さぁな、少なくとも人気の少ないところ…アルクカースのどこぞの山にでも篭るつもりだ、必要最低限のものだけ持って馬車は置いていく …継承戦までには帰るからそのつもりでお前も準備していろ、ラグナ」

「はい、そのつもりです…エリスがいなくなるのは少し痛いですが、活動自体は出来ますからね 、エリスがいない間にもう少し人員を増やしたり強化しておきますよ」

「随分信頼しているんだな、エリスを」

「…エリスはいつも、俺のために懸命に働いてくれますからね、彼女が俺を信頼してくれている以上、俺もまた彼女を信頼し続けます」

…何を分かりきったことを口に出しているんだか、ラグナは全く…そう面を向かって言われると照れてしまう、別に大したことなんかほんとにしてないのに…まったくまったく

「そうか、…ならお前の信頼に応えられるようエリスを鍛えるとする、いくぞエリス」

「は はい!」

そういうと、ナイフや少量の食料だけが入った袋を背負い歩き始める、それを見てエリスもまた事前に用意してあった袋を担いで師匠に続く、エリスの袋には師匠と同じく食料とナイフ…そしてインクと紙と例のデティと連絡を取るための魔術筒だ

別に出先でデティとお話する為ではない、少しエリスに考えがあり デティにとある物を用意してもらう事にした、デティに迷惑がかからない範囲で かつエリスの戦闘能力向上につながるとあるもの、言ってしまえば秘密兵器の依頼だ その為に向こうでデティの連絡を取り合うのだ

「エリス!」

「はい?」

さぁ勇んで出発だと歩き始めたところでラグナに呼び止められる、なんだろう とそちらに首を向けると、ラグナは静かに親指を立てていた

「頑張ってこい?」

「はい、ちゃんと強くなって戻ってきますね」

軽く そう一言だけ交わすとラグナもまたエリスに背を向けどこかへ向かっていく、…彼も旅で疲れただろうに、エリスに発破をかけられたのかもう一仕事だと勇んで行く

彼に負けないようエリスも頑張らなくては、この国でも通用するくらい 強くなるんだ、先に進む師匠の背中を追いかけて…いざ 向かい目指すは王位継承戦だ


…………………………………………

そして、エリスとラグナは一旦別れて行動することとなる

ラグナは軍団を率いて練度の向上や物資の確保、出来ることは全てやる…エリスはいなくなったがその分頼りになる仲間も増えた、迫る継承戦目掛け彼は進む

エリスはラグナと別れ 、武者修行に出る…魔術の修行ではない 、正真正銘強くなるための修行へ、

一旦別れ お互い別の物に取り組む、だが見る方向は同じ継承戦…いやその向こうにある平和の世を見据える、それを掴む為に強くなる それをなす為に強く有る、若き王と若き魔術師達の前哨戦は終わりを迎え、遂に 全てを決する継承戦へと戦いの場は移るのであった



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