孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

68.孤独の魔女と翠龍王ザカライア

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デルセクト鉄道、デルセクト国家同盟群を繋ぐ筋であり 人を往来させる血管でもある線路は、デルセクト国家同盟群の端から端まで余すことなく網羅しており、駅があり金があるならデルセクト国内でいるならばどこへでも瞬く間に移動できる 便利極まりない代物だ

もしこれがなければエリス達はえんやこらえんやこらと必死こいて歩き回り国中を移動しなければならないところだっただろう

「……………」

ガタガタと音を立てる車輪を感じながら、エリスは今 汽車に乗って移動している、もうこれに乗るのにも慣れたから今更はしゃいだりはしない、今思うのは別のこと…

「静かだな、エリス…前乗った時ははしゃいでたのに」

「あら、エリスちゃんにもそんな可愛いところあるのね」

「え?ああ、すみません メルクさん ニコラスさん、少し考え事をしていました」

エリスの前に向かい合うように座るのはメルクさん、隣にはニコラスさんが座っており、我々は三人揃って汽車に乗り、今はスマラグドス王国…五大王族が一人 翠龍王ザカライアが統べるスマラグドス王国へ向かっている

遊びに行くわけではない、例の黒服達の足取りとこの国を蝕むカエルム そしてそれを裏から牛耳っているであろう黒幕を見つけるための捜査に赴くのだ、メルクさんとニコラスさんの所属する軍部には内密の独断行動 一応捜査に出るとは伝えているらしいがどこに行くかは伝えてないらしい

…軍部は黒幕に糸を引かれている、軍に内密に動かなければまた以前の突入作戦のように敵に寸前で逃げられるようなことになりかねないからだ

しかし…

「あの、メルクさん…一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?トランプならしないぞ」

「べ!別にいいですよ!…そうじゃなくて、何故最初がスマラグドス王国なんですか?」

エリス達が捜査すべき五大王族の領地とはその名の通り五つある…その中からいきなりなんの迷いもなくスマラグドス王国を選んだのにはきっと理由があるはずだ

むしろあってもらわねば困る、当てずっぽうで何と無く…じゃあ見つけられる物も見つけられない

「理由か、そういえば話してなかったな…いやな、例の私の元に充てがわれた敵の刺客がいると言ったろう?」

この一件の黒幕がよこしたと思われるメルクさんの部下の事だ、部下とは言え どうやらその素性は真っ当な軍人ではないらしきので そもそも信用できない奴らだ

「はい、彼らがどうかしたんですか?」

「奴ら、私に向けて報告書を寄越してきたんだ…曰くカエルムの被害報告らしい、それぞれの国で確認されているカエルム被害者の数から流通数を割り出したものらしい」

「えっ!?めちゃくちゃ有用な情報じゃないですか!」

「こんなもの軍の記録を漁れば幾らでも手に入る、それはその記録の流用だ …真新しい情報は何もなかった」

なんだ、…まぁ軍は前からカエルムを追っていたし そんな記録くらい幾らでもあるか、でも真新しい情報がないなら、その記録がなんだというのだ

「しかしな、この纏められた記録を見て一つ気がついたことがある…」

「なんですか?」

「…スマラグドス王国だけ 軍に記録されている被害件数と実際の被害件数に差があった、カエルムの被害がある都度 私の方でも独自に記録を残していたんだがな…何故かスマラグドス王国周辺の記録だけ 少し少なめに記録されていた…実際は他のどの領地よりも被害件数がダントツで多いのに」

真面目だなこの人、自分でも別個で記録を取っていたとは…だがお陰で軍の記録とメルクさんの記録に差があることがわかったと、…確かに不自然だな スマラグドス王国の記録だけ少なくされているなんて…

「何故、そんなことになっているのかは分からん…だが 私の…カエルムに向けられる疑いの目を逸らしたい何かがあるんだろう、もしこの黒幕がザカライアだとするなら 自分の領地だけでカエルムの被害件数が多いと疑われると思うだろうしな」

なるほど、…それにザカライアだって国王だ 、自分の領地でカエルムによる被害が多いことに関してノーコメントなのも怪しいな、…何かある そう思ってもおかしくない状況だ

「それにねぇ、ザカライアちゃん 裏で色々やってるって噂もあるわよ?、なんでも闇の取引がどうたらとか」

そういうとニコラスさんのが注釈を入れる、まぁ 裏の取引くらい五大王族なら誰でもやってるけど とも付け足すが

まぁ、怪しいことに変わらない 、その情報が何を意味するにしても今は藁にも縋る思いだ、とりあえず怪しいところから突くわけか

「分かりました、ならスマラグドス王国でカエルムの被害が多い理由を探すわけですね」

「ああ、と言っても直ぐには見つからんだろうから…時間はかかるだろうがな」

「なるほど、結構滞在することになるんですね…宿代って足りますかね」

「そこは安心してくれ、後で軍に領収書は切るつもりだ」

まぁ、それもこの一件が終わってからになるがな と付け足してくれる、そっか これも捜査の一環だから領収書つけてもいいのか、…その辺の仕組みをエリスはよく知らないから口を出すのはやめておこう…

しかしだからと言ってお金のことが何も心配いらないわけじゃない、この国の物価は高い あちこちで捜査をすればいずれエリスの手元にあるお金は尽きてしまうだろう…くそう、せめて一回馬車に戻れればなぁ 

馬車の中にはアルクカースやアジメクから預かった活動資金がたんまり積んである、全部持ち歩いたらすごい数になってしまうから持ち運ばないだけで馬車の中にはまだお金があるんだ…馬車、確かグロリアーナさんが預かると言っていたけど、どこにあるんだろう…まさか壊されたり燃やされたりしてないよな…

「あら?、見えてきたわよ スマラグドス王国よ?」

ふと、ニコラスさんの声に反応して意識が戻る、もう着いたのか 本当に早いな汽車というのは、そう思いながら窓を開け 身を乗り出して外の様子を…そのスマラグドス王国の様子を見る

凄まじい風が顔を打つがいつも魔術でこのくらいの風は操っているから、別になんてことはない

「あ 危ないぞ!エリス!」

「ウフフ、大胆な子ねぇエリスちゃんは」

激しく打ち付ける風の中目を開け それを見る、ひたすら続く草原の真ん中に並ぶは緑の屋根屋根 そして中心に聳え立つのは翠色の巨城、あれが…あの緑一色の国が 翠龍王ザカライアの統べる五大王族の統べる領地の一つ

緑の世界 スマラグドス王国……、まずはあそこが エリス達の第一の戦いの場だ

…………………………………………………


デルセクト同盟国家群 その一角を占める膨大な領地を持つスマラグドス王国、代々スマラグドス王家が統治を行う由緒正しき王国である

その国について特筆すべきなのはやはりなんと言っても その牧歌的な空気だろう、鋼と水蒸気がそこかしこで溢れるこのデルセクトという場において、逆に珍しささえ覚える程に この国は緑で溢れている

風に揺れる草原と穏やかな木々が並ぶ森 牧歌的とさえ言える空気は、金のやり取りに疲れた商人達の憩いの場になっているらしい

この静かで穏やかな空気は どこかアジメクを思い出させ、エリスも思わず気を抜いてしまうほどだ、ここしばらく地下で暮らすことが多かったし こう緑の中にいるととても癒される…

「ここがスマラグドス王国か、来るのは初めてだな」

「あら?メルクちゃん初めて?、ここはいい国よ?王様はあれだけど空気も綺麗だしのんびりとした雰囲気が疲れを癒してくれる、アタシもよく男を漁りに来るわ」

「男漁りはどこでもやってるじゃないですか」

そんなスマラグドス王国のど真ん中に存在する中央都市『エスメラルダ』にある駅に降り立つエリス達一行、みんな一応仕事できていることを一瞬忘れてしまいそうになる程にこの国の雰囲気は良いものだ

駅から歩いて外に出ても、なんかこう…慌ただしさを感じない、国の人達も皆のびのびと商売をしている、ミールニアの商人達はどこか切羽詰まった顔で商売してたからな…

「んー、太陽の光が気持ちいい…さて まずどこから手をつけたもんか」

長閑な街に到着したエリス達だが、ゆっくりする時間はあまりない 一日でも早く黒服達の尻尾を掴めることに越したことはないし、何よりエリス達がここで捜査してることを先に敵に勘付かれたら終わりだ

…とはいえ、ヒントはゼロ メルクさんの言う通りどこから手をつけたらいいか…、こういう時 知恵を出してくれるのはニコラスさんだけど…そう思いエリスもメルクさんもニコラスさんに目を向ける

「んー、そうね まず何をするにしてもこの街のことを知ってないと探すも何もないんじゃない?」

そんなエリスとメルクさんの視線を感じてか ニコラスさんは困ったように微笑む、そりゃそうだ エリス達はこのエスメラルダという街のことを何も知らない、知らなければ怪しいも何も分からんか…、ならまずは足場を固めるところからだな

「では、まずはこのエスメラルダを歩き回って足で情報を探して回りますか」

「じゃあ手分けして街をぐるりと回りましょう、あ くれぐれも目立つことしちゃダメよ?どこに目があるか分からないからね?」

「かしこまりました、では私が先に宿をとって荷物を預けておきますね」

そう言って名乗り出る、これから街中を歩き回るなら手荷物は少ない方がいいだろう 、そしてその荷物持ちの仕事はエリスの 執事ディスコルディアの仕事だ、メルクさんのトランクやニコラスさんのバッグを預かり 重さを確認する、…二人とも何入れてるんだってくらい重たいな

「わかった、大丈夫か? 重くないか?」

「はい、大丈夫ですよ ではまた日が暮れる頃にこの駅で待ち合わせましょう、私も宿を取り次第この街を回りますので」

「ん、わかった…では 私とニコラスさんは先に行っている、後は任せた」

「かしこまりした」

優雅に一礼し手ぶらになったメルクさんとニコラスさんを見送る、……行ったかな? うん行ったな、よしっ!じゃあまずは宿の方を探すか、そう意気込み よいしょと荷物を抱える…よしっ!仕事だ!



なんて意気込むまでもなく、宿はすぐに見つかった どうやらこのエスメラルダという街は牧歌的な雰囲気を売り物にしているらしく、デルセクト同盟国家群の中でも有数の観光地としても有名らしい

観光地故に 宿もまぁそこそこにある、貴族が泊まるようなお高い宿から他国から来た人間でも安心して泊まれるボロ宿、ピンからキリまで選り取り見取りだ

なのでエリス達が泊まる宿もすぐに見つかった、一応軍人としての行動故に宿代は必要経費として後で軍部に請求できるのでお金のことは心配せずとも大丈夫だが…だからと言って調子に乗って高い宿に泊まる必要はない

エリス達が泊まるのは下の上くらいのランクの所だ、足を踏み入れれば木の板がギシギシ音を鳴らすし部屋の角には蜘蛛の巣が張っているし 店の外では閑古鳥が鳴いてる、一応部屋に鍵は付いている というかこの宿の利点といえば部屋に鍵がついてるくらいだ

ちなみにこれでも下の上…というのも、下の下はもう酷いもんだ 鍵は付いてないし床に穴は開いてるし 何より臭い、なんか分からないが臭いのだ、…そんなところに無理して泊まっても体は休まらないしな

ちなみにお値段は一部屋一泊銀貨20~30枚 クソ高い、同じ値段でもっといい宿はアジメクやアルクカースには山ほどあるが、文句を言っていても始まらない

「では、お部屋お借りしますね」

「あいよ…」

そう言いながら小さな小宿の店主に一声かけて部屋に荷物を置きに行く、…部屋は一応一部屋取ったけど…んー、ニコラスさんとは部屋を分けたほうがいいかな 一応彼も男の人だし、…いや襲われることとかはないだろうけど 女性二人と同部屋というのは彼も嫌がるかもしれないな

まぁ嫌がったらもう一部屋取ればいいか、どうせこの宿 泊まってる人間なんか誰もいないんだし

そう一人納得して荷物を部屋に置き、渡された鍵を使い 部屋の鍵を締める… 、ふと 視線を感じてそちらの方を見ると 店主が忌々しげにこちらを見ていた

「なんですか?」

「別に…」

なんてとぼけるが分かってる、多分だが彼 エリス達の手荷物を盗む気で居たんだろう、執事服を着たエリスが大荷物持って店に入ってきた時はやたら嬉しそうに応対してくれたが、エリスが軍関係者と明かした途端これだ

軍人から物を取るバカはいないからな…、オマケに金はその場で手に入らないし この店の店主にとっては嫌な客だろう、まぁその辺まで慮る必要はないから気にしないが

じゃあエリスも街を歩き回ってみるか、ポッケに鍵を突っ込み外へ出れば まだ太陽は頭の上にあり煌々と照っている、思えばミールニアには鈍重な雲や蒸気機関による霧のせいであまり太陽が照っていた印象はない…

それに比べるどこの国は蒸気機関が少ないな、雰囲気的には本当にアジメクにそっくりだ 、…こんなほんわかした空気の街の裏に黒服や犯罪が横行し カエルムなんて危険なものが流通していると思うと 些遣る瀬無いな

「さてと、どこに行きましょうかね」

軽く街の大通りを歩く、やはりデルセクトの観光地ということもあってか、人通りは多い …貴族みたいな豪奢な奴はいないが、ちょっぴり身嗜みのいい 所謂小金持ちは多くいる、多分この街の人間じゃない エリス達と同じく汽車でよその街から来た奴らだろう

……そうか、観光客が多くいるなら ここはカエルムを売りつける絶好の土地とも言えるのか、態々あちこちに出向かず ここに観光に来た人間を騙してカエルムを売りつければいいんだから…

観光客は些か警戒心に欠けるところがある、口八丁手八丁で上手い具合に騙せば大体の人間は丸め込める…汚い商売をするもんだ

「だけど都合がいいですね、こうやって歩いてれば逆に向こうから接触してくるかもしれないんですから」

執事を騙して貴族の方にカエルムを売れれば小金持ちを騙すより儲けはいいだろう、…少なくとも鋭い目で街を見回すメルクさんやイヤラシイ目で男を見回すニコラスさんよりは 無警戒な執事の方が奴らが接触してくる確率は大きい

なら無警戒なふりして 適当にぶらついてみるか…

「ああ!執事だ!」

「え?…」

するとふと周りを見る、周りの視線 通行人の目は全てエリス…執事ディスコルディアに向いている、なんだ…執事だって そりゃ執事ですけど、別に執事なんかこの国では珍しくもなんとも…

…しまった!、ここって…

「デルセクトじゃあ執事やメイドが出歩いてるって聞いてたけど本当なんだ」

「小さな執事さんね、でも顔がびっくりするくらい いいわ、こんな子を囲んでるなんてこの国の貴族はいいなぁ」

「あ あの、私は…」

観光客とは、何もこの国の人間だけではない そうだ…あの列車は国外にも繋がっていた、つまり周辺諸国の人間も気軽にこの国へ立ち入ることが出来 自由に街々を移動できるのだ

つまり 今ここでエリスを物珍しげに見ている人たちは執事が平然と外を出歩いている絵面が珍しいのだ、ふと周りを見ればこの街は観光客が占める割合が多く 執事やメイドはほとんど出歩いていない、ああそうだとどのつまりエリスは浮いている 目立っている

「ねぇねぇ執事のお兄さん!なんか芸やって見せてよ」

「芸ですか!?」

曲芸師じゃなくて執事です!、しかしまるでエリスも観光物であるかのように周りに物珍しそうな客が集まってくる、そんなに見たいなら自分で雇ってくれ執事を!そのくらいできるだろう!

いやこの人たちが見たいのは天下のお金持ち国家デルセクトの執事なんだ、この人たちは何やらデルセクトに変な幻想を抱いている節があるな…その幻想を正す暇はエリスにはない

何より目立つのは不味い、なんとか抜け出さないと…そう思っていると 人混みの奥にエリスとは別の執事が歩いているのが見える、あれだ!

「ああ!み 見てください、向こうにも執事がいますよ あちらの方がきっと凄い人ですから、私みたいな若輩者よりも向こうの方が…」

「え?向こうにも?」

「って向こうの執事は仕事中じゃないか、邪魔するのは悪いよ」

エリスも仕事中だよ! と言い返す前に人混みの向こうで歩く執事が仕事中…そう、ゆっくりと歩く馬車に追従するように歩いているのが見える、どうやらご主人様の馬車の散歩に付き合っているのだろう

エリスからしてみれば向こうの方が珍しいのにな、だって この国で馬車を使うのは珍しい、この国にはもっといい移動法があるし しかも態々街中を移動するのに馬車を使うなんてとても珍し……めず…ら……え?

「ああ…、あああ!」

「ど どうしたの執事さん!?急に声あげて!?」

周りの目など気にせず声を上げ驚く、いやだって驚きもする だってあそこで馬に引かれてる馬車に見覚えがあったから

いや見覚えもくそもあれ!エリス達の馬車じゃないか!、なんでこんなところに!あれは国境付近で降りてそこでグロリアーナさんに預けたものなのに!、なんで…いやというか!誰が乗ってんだあれ!あれにはエリスと師匠の荷物がたくさん乗ってる というかそれ以前に!あれは!エリス達の!物だ!

「す すみません!私も仕事の途中なので!」

「ああ、そうなの?…というかそんなに急ぎのようだったのね」

「あれま、もう行っちゃった…引き止めて悪いことしたね」

居ても立っても居られなくなり人混みをかき分け馬車を追う、あの馬車は間違いなくエリス達の物だ!、いや確かに似た馬車である可能性は否めない…だが 車輪についた傷 細部の装飾、何よりあれはアガスティヤ帝国が特別に作った代物だ 同じ馬車がそうおいそれとあるとは思えない!

追う、走って追いかける 追ってどうするとか、なんで追うとか そう言う思考は一先ず置いておく、中身の荷物以上にあれはエリス達にとって大切な物の一つだ、あれが無くなったらいくら師匠を助けてもエリス達は旅を続けられない

ガラガラと走る馬車を追いかけていると、…馬車はゆっくりと 巨大な門を潜っていく…門、ていうか 城門だこれ、もっと言うとスマラグドス王国の中央都市 エスメラルダの更にど真ん中に存在する巨大な城 『エメルラルド城』の中へと入っていく…

「いやいや…、いやいやいや…この城の中に入って行ったってことは…、いやもしかしたらこの城に招かれた客人が乗ってる可能性があるし、よし…このくらいの高さなら」

そのまま正面門から入るわけには行かない、あの馬車の行方を確かめるためにエリスは少し脇にそれ、目立たないところで旋風圏跳を使い一気に高い城壁を駆け上がり 城の中に忍び込む



「よっと…、ここは庭園ですか?」

城壁を飛び越えた先は 緑生い茂る流麗な庭園だった、人目がないことを確認しつつ 庭木を影にしこそこそと動き回る、あの馬車はどこへ…なんて探す間も無く 馬車は庭園で近くに停まる…

「あの馬車、やっぱりエリス達の奴ですね」

茂みに隠れたまま頭だけをひょっこり出して庭園に停まった馬車を観察する、うん 近くで見れば明らかだ、あれは間違いなくエリス達の乗っていた馬車…誰かがアレを奪って乗り回してるんだ、一体誰が…なんて思っていると馬車の中から人影が乱雑に飛び出してくる

「辛気臭せぇ馬車だな、グロリアーナの奴から買い付けたはいいが、やっぱ大したもんじゃなかったなぁ」

中から出てくるのは葉の緑よりもなお緑 翠玉の如き輝きを持つ髪を揺らし、心底だるそうに顔を歪め牙見せる猛獣のような風格をまとった男、頭の上に王冠が乗っていなければ街のチンピラに間違われてもおかしくない風体だ…

そう、王冠 伊達や酔狂で身につけていいかものではない、ましてやこの王城において、それを被ることが許されるのはこの国に一人しかないない

「…あれは、翠龍王ザカライア…やっぱり」

エリス達の馬車から首を捻りながら降りてくる男をエリスは見たことがある、翠龍王ザカライア、…この国を支える五本の柱の一人にしてこのスマラグドス王国の若き国王…ザカライア・スマラグドスその人だ

「お帰りなさいませ、陛下…こちらの馬車の乗り心地は如何でしたか?」

「如何もクソもあるかよ、こんなクソみてぇな乗り物は初めてだぜ、気分も同じくサイアクだ!」

「しかしこの馬車はかの孤独の魔女レグルスが乗っていた馬車と伺っていたのですが、まさか偽物を掴まされたのでしょうか」

「レグルスぅ?…ああ あの石像の…、偽物はねぇだろ あのグロリアーナから直接買い取ったんだな、あの真面目女がそんなセコイ真似するかよ、その魔女様の乗り物の趣味が悪かっただけだぜ」

「なるほど」

グロリアーナさん!エリス達の馬車を預かるって言っていた癖に売り払ったのか!、…いや 持ち主のレグルス師匠は石に変えられ その弟子のエリスも死んだ…なら、もう持ち主のいなくなった馬車をいつまでも保管しておく義理はない 、買いたいと言う奴がいるならこれ幸いと押し付けもするか…

そしてそこを買い取ったのが、よりにもよってこの下品かつ横暴な男だったとは、頑丈な馬車だから壊されてはないと思うが…

「こんな乗ってるだけで尻が割れそうな馬車に好き好んで乗るんだ、どうせ尻でも叩かれるのが趣味だったんだろ」

「さて、今になってはなんとも言えませんが…それよりも陛下、この後のご予定ですが 仕事の方が山と溜まっておりまして…」

「やらねぇよ仕事なんて!、こんなサイアクの気分のまま執政したら何しでかすかワカンねぇぜ?俺はよ!、それよか従者呼べ!アレやるぞ!」

そう言うとザカライアはお付きの執事に対し乱暴に怒鳴ると、ヒョイと馬車から飛び降り ズカズカと地面を蹴るようにガニ股で歩く、肩で風を切りなんとも偉そうだ…

ってやば、庭園の方に向かってくる 彼の言う『アレ』とやらが何かは分からないが、取り敢えず馬車から離れてくれた…、いやしかし離れてたからと言ってどうする?勝手に持ち出すのは流石にまずい 元がエリス達の物とは言え今は五大王族ザカライアの持ち物だ それを持ち出せばどうなるかわかったもんじゃない

かと言って説明して返してもらう?…、どう説明すればいい そもそもあいつ説明とか聞いてくれるのか?

なんて悩んでいるとダカダカと軍靴が鳴り響く、なんだろう 見つかったか?いやそんなことは…

「ザカライア陛下!、総員!武装準備完了であります!」

「おーう、ごくろーう」

すると庭園でくつろぐザカライアの元に十数人ばかりの軍人が現れる、…いや メルクさんの着ている軍服と少しデザインが違うな、多分アレはザカライアの スマラグドス王国お抱えの軍人か何かか?

全員が剣を持ち武装しており、皆踵をくっつけ整列している…これからどっかに攻め入ろうって空気だな、しかし攻め入るにしては数が少ない…茂みの中で様子を伺っているとザカライアはその兵士たちに向けて剣を抜き

「よっし、じゃあ今日もアレ…始めるか?」

「ハッ!かしこまりました!」

ニシシとザカライアが凶暴に笑うと共に軍人達もまた剣を抜く、その鋒はどれもザカライアの方を向いており ザカライアもまた剣を兵士たちに向ける、…アレってもしかして…

「そらぁっ!かかってきやがれ!」

「ハッ!では…参ります!」

刹那 、軍人達が剣を構え 静かに大上段に斬りかかる、主君であるザカライアに向けてだ、謀反やら反逆などではない 少なくともザカライアは迫り来る軍人達を見ても慌てるそぶりを見せない それどころか同じく剣を構え

「オラァッ!」

切り結ぶ、衝突し火花を散らすザカライアの剣と軍人の剣 、金属音を鳴り響かせ剣と剣が激突したのだ 、いや ただぶつかっただけではない ザカライアは上段から振り下ろされる剣に対し下から切り上げ 上手く軍人の剣を弾き返したのだ 

まるで岩にでも斬りかかったかのように剣を弾かれ体勢を崩した軍人に対し ザカライアの動きは素早い、切り上げた剣を即座に持ち替え態勢を整え既に二撃目を放つ姿勢に入っている、まるで筋書きがあるかのように攻撃への転身が速い…!

体勢を大きく崩され胴がガラ空きになった軍人には避ける術も防ぐ術もない、阻むものが何もないザカライアの剣は吸い込まれるように胴へ飛ぶ

「っ…ぐへぁっ!?」

「ハッハッー!!、オラ次来い!」

剣は軍人の胴を引き裂くことなく、剣を受けた軍人は吐瀉物を撒けながら後方へとゴロゴロ転がっていく、どうやらあの剣 刃が潰しているようだ 

相対する相手を一人吹き飛ばし上機嫌になったザカライアは他の軍人達を指で挑発する

「っ!参ります!」

「おう!参れ参れ!全員叩き潰してやる!」

次々迫り来る軍人と放たれる斬撃をザカライアは弾き 避け 受け止め、時には斬撃が放たれるよりも速く斬りかかり、迫る敵を蹴散らしていく…まさしくその戦いぶりは一騎当千、叩き飛ばされ悶絶する軍人が増える一方なのに対し ザカライアは未だ一撃ももらっていない

…『アレ』というのはつまり『コレ』だ、多分だが模擬戦のことを指しているのだろう、剣を振るい 実戦形式で行われる模擬戦を王族であるザカライアは嬉々として楽しんでいる

「ヒャハハーー!こんなもんかよぉ!、おい!」

また一人 軍人を叩きのめしザカライアは狂気的に笑う、あの獰猛な笑い方には覚えがある…アルクカースの戦士達と同じ、戦いを心底楽しむ人間の顔だ、彼は娯楽として軍人達を模擬戦に付き合わせて叩きのめしているんだ

…態度だけでなく 趣向までベオセルクさんそっくりとは、ああいうのには関わらないに限るな…

「でも、戦いに夢中みたいですし 今のうちに馬車の中の荷物を改めましょうか」

せっかくエリス達の馬車を見つけたんだ、せめて中に荷物が残ってるなら いくつか拝借して取り戻そう、そうだ 中には金貨とかもあるし…ここらで活動資金を補充しておきたい

幸い馬車に見張りはいない、肝心のザカライアも戦いに夢中だ…今ならいける、そう思い 茂みから一歩踏み出る、見つめるはエリス達の馬車 ただ一点…一気に駆け抜ければ、目を盗んで…行ける!

「…………あ」

そう意気込んだ瞬間、踏み込んだ一歩が 足元にあった枝をペキリと踏み折ってしまい、木の折れる音が 静寂の中の 木霊する…まずった、バレたか…!、そう思いチラリとザカライアの方を見れば


「…………なんだあれ?」

見てた、ザカライアと相手の軍人達が 戦いの手を止め、エリスの方をがっつり見てるその目とそれはもうしっかりと目が合う…、対するエリスは完全に茂みから半身を出しており 隠れたり誤魔化したり出来る雰囲気ではない…と というか

ヤバい…顔を見られ…

「執事ィ?…なんでそんなとこに…」

「あ あの…」

完全にバレてる、いや エリスがエリスだとバレた訳ではないが、侵入してることが完全にバレてる、ザカライアはこちらを訝しむようにか見つめながら肩に剣を乗せ 周りの軍人達も静かにエリスに切っ先を向けている…

やっちゃった、どうする どうやって切り抜ける…なんかいい手はあるか?逃げるか?、いや五大王族の城に忍び込んだんだ、おまけに顔をも見られた 今更逃げても遅い、このまま逃げればメルクさん達にも飛び火する…!

ここは上手く 言い訳をして誤魔化すしかない

「おい、アレうちの執事か?」

「いえ、あのような者我が城にはいません」

「ほーん…つまり、侵入者か…俺の城に忍び込むたぁいい度胸だ、誰の手のモンだ?セレドナか?それともレナードか?、何にしたってもいいか、これで俺が斬って捨ててやるぜ」

ダメだ、もう完全に敵対した…言い訳とかする暇もないわコレ、ザカライアは剣をダラリと構え こちらに歩いてくる、戦闘になる…やるしかないか?

いやだとしても、五大王族云々抜きにしても 彼の戦闘能力は先ほど見て理解している、アレだけの数の軍人の剣撃を防ぎ逆に返り討ちにする腕前、かなりの強敵であることに変わりはない…

それほどの強敵を相手に、…無事で切り抜けられるか?…

「おい侵入者、今からテメェを斬り殺すが…何か言い残すことはあるか?」

「私は…、敵ではありません 戦う意志も害意もありません、話を聞いてください」

「話を?敵じゃない?、ざぁんねん 俺ん中じゃあテメェはもう敵だし どんな話されようと、斬り殺す事に…変わりはねぇんだよッ!!」

ッ…!斬りかかってきた!、対話の意思は皆無か…迂闊に忍び込むとは失敗だった!

咄嗟にその場を転がり剣撃を避ける、いくら刃がない剣とは言え 鉄の塊で頭を打たれれば昏倒は免れない、下手すれば死ぬ!

「ッ…!」

「ほう!避けるか!、俺の剣避けた奴はテメェが初めてだぜ!、こりゃ楽しめそうだ!」

「陛下!今助太刀を…」

「邪魔すんな!こいつは俺の獲物だ!横槍入れたらテメェら全員死刑だからな!」

なんて横暴な奴だ、しかしお陰で相手はこいつ一人になった…しかしどうする?ぶっ飛ばすか?でも王族だし…でもいい解決案浮かばないしぶっ飛ばして気絶させるしか、いやいやでも…

「オラ!もっと俺を楽しませろや!」

「うぉっと!、危ないですね!」

次々振るわれる剣撃と剥き出しの闘争本能、何よりその口調 鮮明に思い起こさせる、ベオセルクさんとの戦いをだ

あの絶望的なまでの強さ あの圧倒的なまでの戦闘センス、エリスはあれから強くなったが 未だに一人でベオセルクさんに勝てる気がしない、あの時はラグナがいたからなんとかなったが 今はエリスは一人だ…

ザカライアさんがベオセルクさんと同じ強さとは思えない 思いたくないが、…自然と警戒してしまう

「ぐっ!、ちょこまかちょこまかと!」

剣撃を全て身を逸らし避ける、そんなエリスの回避に苛立ったのか 彼は青筋を立て、その魔力が隆起する…こいつ 魔術も使えるのか…!

「死ねや!『Alchemicアルケミックbombボム』」

「錬金術…!」

錬金術だ、メルクさんが使うのと同じ錬金術…それを剣で使って…ッ!跳ぶ、咄嗟の勘でその場から全霊で飛んで逃げれば ザカライアの剣が触れた場所が爆発四散し 地面が抉れ跳ぶ

「剣が爆発した!?」

「チッ、当たってりゃ木っ端微塵だったのに」

爆発した…、使う魔術までベオセルクさんそっくりだ、想起するトラウマ 鞭のようにしなる拳と無限に爆裂する鎖による連撃、思い出すだけで背筋が凍る…ダメだ、やっぱり 応戦するしかない

「だがいつまで避けられるかなぁ!、擦ればテメェの顔面が吹き飛ぶぜ!」

「ッ……」

振るわれる連撃、斬撃は錬金術による効果か触れた空気や土ぼこりが爆薬に変えられ次々と爆発を起こす、吹き上げる砂利や砕けた枝葉はただそれだけで凶器になる、剣と爆撃から逃げるように必死に飛び回る

幸いと言うか 未だエリスが無傷で潜り抜けることができているのはザカライアの狙いが甘いのがある、踏み込みも浅いし 何より大振りだ 視線と体の動きで大体どこを狙っているか分かる

エリスが以前いたアルクカースの戦士達は脳筋なようでいて戦いには頭を使っていた、フェイントや攻撃と見せかけ足をひっかけてきたり、それを当たり前のようにやってくるからただ攻撃を避けるだけでも至難を極める ベオセルクさんレベルの使い手になるともはや避けられない

それに比べると少々 と言うかかなりザカライアの動きは粗さが目立つ、…なんだ さっき軍人達と戦ってる時はもっと動きが鋭敏だったのに、油断しているのか?

「っえぇーい!、逃げんじゃねぇ!」

するとさらに爆撃をひょいひょいと避け回るエリス家の動きに苛立ちを隠せず動きが大振りになる、なんだろう 大技でもくるか?流石にこれ以上激烈に攻められたらエリスも無傷では済まなくなる、ここは一発牽制の一撃で距離を取るべきか!

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  」

「は?…なんだそれ」

大振りになり 剣が高く掲げられた瞬間詠唱を謳う、いきなり聞きなれぬ詠唱に面食らうザカライアの伸びきった胴に狙いを定め…

「『旋風圏跳』!」

跳躍 一陣の風を纏い 一吹きの風となり、前方へと吹き飛ぶように跳躍する、弓に引かれた矢の如く足を突き出し、真っ直ぐ風を切り向かう先はザカライアの土手っ腹、名を付け呼ぶなら 旋風圏跳蹴り、高速で射出される飛び蹴りはたとえ防がれても迅速に次の行動に移れる、ザカライアの手を見てから 戦うかそれとも別の手を取るかを考えることが出来る

唯一不安な点があるとするならザカライアの底が未だ見えてこないところだ、もし本当に身体能力までベオセルクさん級なら 返す刀で撃ち落とされ……

「げぶぁっ!?」

悲鳴があがる…エリスのではない、ザカライアのだ 彼はエリスの蹴りを防ぐでも避けるでもなくそのまま腹で受け止めたのだ、まさか防ぐまでもないと判断したのか…?、子供の飛び蹴りと油断した者を幾人も吹き飛ばしてきた旋風圏跳蹴りをまさかこうも容易く受け止め……

……て、ない!、受け止めてない!普通に蹴りを食らってゴロゴロ転がり土まみれになって動かなくなった、…なんだ?どう言うこと?、いや軍人達相手に見せてた身のこなしはどうした?演技か?え?…何?

「…う…ぐぉ、いてぇ…強え…死ぬ…」

「え?それまじのやつですか?演技とかではなく?」

「ぐへぇ…、演技に決まってんだろ…ぐぇ」

お腹を押さえたままプルプル震えるザカライアを見て、なんとなく去来する思考…

…こいつ弱いぞ、エリスが変に警戒しすぎただけでこいつ…弱いぞ!、いや弱い!普通に弱い!演技とか実力を隠してるとかではなく普通に弱い!、チラリと軍人達の方を見れば『やっぱり…』みたいな顔してるし

もしかしてだけど、さっきの模擬戦…コイツ 軍人達にめちゃくちゃ手加減してもらってたんじゃ…、筋書きがあるように流麗な動きではなく本当に筋書きがあったのでは、それをコイツが自分の実力と勘違いしてたんじゃ…

「え、弱…恥ずかしくないんですか」

「うるせぇ、テメェ 俺がこの程度で負けたと思ってんじゃねぇだろうな」

そう言いながら腹を抱え ヨロヨロと起き上がるザカライア、…なんとなく合点がいった コイツ戦いが好きなんじゃなくて戦いの真似事が好きなんだ、それで自分の部下を庭園に並べておもちゃの剣で打ちのめす…、悪いとは言えないがそれじゃあ強くなれないだろ

「ていっ!」

「あぶふっ!?」

起き上がったそばから彼の脛を蹴りつければ容易く悶絶しその場に倒れこむ…やっぱり弱い、その目の端には涙がうっすら滲んでおりなんとも情けない、…はぁ アルクカースでの癖が抜けてませんね、会う人間会う人間全員がエリスの格上だと警戒し過ぎてしまう

「くそう、卑怯だぞ…テメェ」

「な 何も卑怯なことなんかしてないじゃないですか!、全く…口調や戦い方がベオセルクさんそっくりなので警戒してしまったじゃないですか」

「…何?、ベオセルクだと!」

ベオセルクさんの名を出した瞬間脛を抱えて悶絶するザカライアがくわっと目の色を変える、なんだ ベオセルクさんのこと知ってるのかこの人、というか迂闊に名前を出したのは失敗だったか…

「あ …その、いえ…」

「おい!、テメェベオセルクを知ってるのか!、俺は…俺はベオセルクに…ええい!答えろ!テメェベオセルクの関係者か!」

痛みを忘れるほどに興奮したザカライアは牙をむき出しにしながら立ち上がりエリスの胸ぐらを掴む、その目から感じられるのは恨み…ベオセルクさんは傍若無人な性格だ 相手が誰であれ叩きのめした上で歯牙にもかけない…

もし、この人がベオセルクさんと出会っていたらどうだ?きっとエリスのように真正面から叩きのめして ザカライアのプライドをへし折ったに違いない


どうする、しかしもう誤魔化しが効く雰囲気じゃない…ワナワナと体を震わせエリスの胸ぐらを掴みあげるザカライアの風格は鬼気迫るもの、ここで嘘をついたら 何をされるかわからない、この人は弱くとも五大王族の一人なんだ…

「わ 私は昔、ベオセルクさんと戦ったことがあるんです…!」

「そりゃマジか?フカしだったらゆるさねぇぞ」

「嘘じゃありません!…あ あの、貴方はベオセルクさんに一体何を…」

「ああ!?そんなもん決まってだろ!俺ぁベオセルクに…ベオセルクに…」

エリスの言葉を受け一層怒りに打ち震える、過去の出来事を追走するように目を閉じると…彼はニタリと笑い……

「俺ぁベオセルクに…マジで憧れてんだ」

「は?、…憧れてる?昔ボコボコにされて恨んでるとかではなく?」

ガッと見開かれた目はそりゃあもう少年のように輝いていた、憧れてる…それは恨みや怒りとは真逆の感情で…面を食らう

「ああ、昔俺ぁアルクカースに出向いた時ベオセルクに出会ったんだ、まだ恐れ知らずだった俺はベオセルクに挑んで、もう信じられないくらいボコボコにされたんだ」

「じゃ じゃあなんで憧れて…」

「だってかっこよくねぇか!あの強さ!、男ならあの無敵の強さに誰だって憧れんだろぉが普通!、しかも勝ちを誇りもせず 興味なさげに立ち去るあのクールな後ろ姿、忘れらんねぇ~!」

「まぁ確かにベオセルクさんは勝つことよりも戦うことの方が好きな人ですもんね、そのくせ物の勝敗はなによりも重視するんですよ」

「そうなんだよ!お前分かってんな!、戦ったことがあるってのはマジみてぇだな、よーし!今からかそんときの話聞かせろ!国王命令だ!、おいテメェら!来賓室開けろ!コイツを招く!」

「えぇっ!?」

なんかよく分からない方向へ話が進み始めたぞ!?、ベオセルクに憧れていると宣う彼はエリスの話を聞いて何やら興味を持ったようで そのまま来賓室に招くというのだ、無茶苦茶だ こんな流れは想像してなかった…

「し、しかし陛下 其奴は侵入者で」

「うるせぇ!、構うことはねぇよ 刺客だったらとっくに俺のこと殺してるだろ、それをしねぇってことは…まぁ よくわかんねぇけど警戒するほどのモンじゃねぇだろ、多分」

いい加減だなこの人、でも…でもなんとか切り抜けられそうだな、少なくとも王城に忍び込んだ不届き者として断頭台へと登らされることはなさそうだぞ、しかしベオセルクさんに憧れてるか…まさかこの国でベオセルクさんの名前に助けられるとは…

「おう執事、来賓室開けて客として招いてやっからベオセルクの話…なんでもいいから聞かせろよな」

「わ 分かりました、分かりましたから…」

「よーし、へへへ」

そしてエリスはそのまま上機嫌なザカライアに胸ぐら掴まれたまま 城の方へ持っていかれることになる、…予想外の展開にはなったが これなら話を聞いてくれそうだ、上手くやれば馬車も返してくれるかもしれない…そう思うながらこの何もかもが読めない若国王によって エリスは来賓室へと通された

……………………………………………………

「俺はベオセルクをマジでリスペクトしてんだ、あの人みたいになるためなら何をしてもいいと思ってる、だからあの人のことを知る人間からの話はなんでもいいから聞くようにしてんだ、少しでもベオセルクに近づくためにな」

エリスは今、ベオセルクに憧れているというスマラグドス王国国王 ザカライアによってエメルラルド城の来賓室に通されフカフカのソファに座らされてる、周りの兵士や執事はエリスを訝しげな目で見ていたが、当のザカライアは能天気にエリスを抱えて来賓室で二人っきりで話すというのだ

些か無警戒が過ぎるとは思うが、そのまま侵入者として処断されるところだったエリスからしてみれば僥倖の極みと言える状況だ

「なるほど、だから口調も戦い方も似せてるんですね」

「おうよ!、似てるか?」

ザカライアの荒々しい口調や錬金術を用いて爆発を起こす戦い方、そのどれもがベオセルクさんを思わせるものだ、なるほど 意図して寄せていたのか…しかし似ているかと言われれば

「全然似てません…」

「なっ、…いやそうだよな 形ばっか真似ても何にもならねぇよな…、この城にゃ俺に逆らえる奴はいねぇ、周りの人間に聞いても『瓜二つですぅ』っておべっか使いやがるんだ、お前みたいに忌憚無くホントのこと言ってもらえるのは逆にありがたいぜ」

ベオセルクさんのあの傍若分っぷりには一応筋があるが、彼のはそれこそ形だけ ただ口調が汚いだけだ、それに爆発を起こす戦い方もベオセルクさんは飽くまで戦闘の補助程度にしか使ってない、その二つを真似たってベオセルクさんになんかなれっこない

どうやらその辺はザカライアも理解しているようで、似てないと言われても怒るどころか 寧ろ納得する、…ベオセルクさんのことに関してはえらく聞き分けがいい

「まぁいいや、お前 ベオセルクと戦ったんだろ?その時の話聞かせてくれや」

「私の知ってる限りのことでいいのでしたら」

「おお、いいさいいさ」

話してくれ と楽しげにエリスの向かい側に座るザカライアを見て、うん 知ってる限りのことを話して満足するなら話すとしよう、しかし別にエリスもそんなにあの人のことを知ってるわけではない

なので話すのは継承戦での一幕、ラクレス軍を一夜で壊滅させた手腕とエリス達を襲った猛威 そして直接対決での絶望的なまでの実力、エリスは確かに記憶力がいい…だが多分この記憶量がなくてもあの人の恐ろしさは二度と忘れることは出来ないと思う、本当にトラウマなんだ

それから身振り手振りを交えて話すこと 一時間と少しか?、ザカライアは驚くほど大人しく、時折子供のような反応を見せながらベオセルクさんの武勇伝を聞いていた…そして

「ほぉー、テントと松明で偽の拠点を作り敵を牽制して 闇夜に紛れて奇襲…か、いや、ベオセルクの戦法をここまで鮮明に聞けるのは本当に貴重だぜ…マジサンキューな!」

「いえ、こんな話でよければ」

「こんなも何もすげぇ貴重だぜ!ベオセルクは自分の戦士団の全容さえ周囲に明かさない 当然その戦法もな!、だからいくら調べても全然分からなかったんだ…そっかそっか、あの人らしいや…かっけぇ~!」

ザカライアは興奮し足をバタバタさせる、この感じは見たことある…クレアさんだ、魔女オタクのクレアさんが師匠と話している時と似ている、本当にベオセルクさんに憧れてるんだな…

「しかもそのベオセルクさんに勝っちまうなんて、お前強いんだな」

「い いえ!、勘弁してください!一人じゃとても敵いませんでしよ、一緒に戦ってくれた仲間がいたからなんとか勝てたんです」

ベオセルクさんはラクレス軍を撃破してからの連戦だった上にサイラスさんやテオドーラさん リバダビアさんと言った面々が先にダメージを与えてくれていた、エリスとラグナが戦った時点でベオセルクさんはかなり消耗していたんだ…だというのにあの強さだ 、全快の状態で戦ったら勝ち目なんかまるでないだろう

「だとしてもだ、きっとベオセルクはそれを言い訳にしなかったろう?」

「ええ、まぁ…勝っても負け惜しみなんか一言も言わず、ラグナにいい王様になれよって言って立ち去りましたし、勝敗の結果をなによりも真摯に受け止めてましたよ…彼は」

「だろ!、やっぱりな!俺の惚れ込んだだけのことは……ラグナ?」

「あっ!?」

やっべっ!?流れで思わずラグナの名前出しちゃった!、ザカライアの顔が今までの楽しそうな顔から一気に怪訝な顔になり、すっげーぇー疑われてる まま…ま…まずいぃ 油断したぁ…

「ラグナって…アルクカースのラグナ大王だよな、いい王様になれよって…お前の言った戦いってアルクカースの継承戦か?、……そーいや ラグナ大王と一緒に戦ってベオセルクに打ち勝ったって天才魔術師が居たって話を聞いたことがあるな」

「そ そそ、そうなんですか?そんな人もいるんですね!」

「…おいお前、もしかして」

そういうとザカライアはエリスの髪を、いや違う 髪の上に乗った偽物の黒毛を引っ張り引き剥がそうとして、だ ダメダメ!それ取られたら変装が…!正体が!

「や やめてください!大声出しますよ!」

「うっせぇっ!、お前この毛偽物だろ!いいから外せ!」

「あぁあぁあ…」

必死に抵抗するも時すでに遅く エリスの頭から黒毛が引き剥がされ 中から久し振りに陽の光を浴びる金の毛がキラキラと輝いて…

「金の髪を持つ聞いたことのない魔術を使うガキ…やっぱり、お前あれだな 魔女レグルスの弟子のエリスだな、色々噂は聞いてるぜ?ベオセルクと直接対決でぶっ飛ばしたってな…、だがお前 グロリアーナに殺されたって話じゃなかったか?」

「はわ…はわわ…」

バレた バレてしまった、終わりだ 終わった、メルクさんがせっかく用意してくれた全てをエリスの油断で台無しにしてしまった、しかもよりにもよって五大王族の一人 ザカライアに、彼にバレたということは瞬く間にグロリアーナさんに話が行く そうなればエリスは終わりだ、しかもエリスをかくまっていた罪としてメルクさんも殺される…

そうなったら師匠を助けられない…すみませぇん師匠、エリスはダメな弟子ですぅ…

「おい、…おい そんな怯えんなって」

「エリスをどうするつもりですか…殺すんですか?」

「やっぱりお前 グロリアーナに狙われてんだな、まぁあいつは完璧主義者だからな 死んだはずのお前が生きてたとなれば、後顧の憂いを断つため 後始末に来てもおかしくねぇ」

「あうぅ…」

「だけど安心しろよ、別にグロリアーナが狙ってるからって 別に俺があいつにちくったりすることはねぇ、寧ろあのいけすかねぇ女に協力してなんざ死んでもしてやんねー」

「え…エリスを突き出したりは…」

「しないしない、お前からは面白い話を聞いたからな、褒美だ 内緒にしておいてやるよ」

がはははは と楽しそうに笑うと再びエリスの頭に黒毛を戻してくれる、…内緒に…してくれるのか?、本当に読めない人だなこの人…でもグロリアーナさんには話がいかないみたいだ、その上内緒にしてくれるという

そうか、別にレグルス師匠の誘拐はこの国の総意ではない、グロリアーナさんが狙っているからと言ってこの国の全てが敵になったわけではないのか、事実メルクさんやニコラスさんもエリスの正体を知っても手助けでしてくれてるし

「しっかし、グロリアーナに狙われてるから執事に変装してんのか?、もっとメイドとかに変装すりゃいいのによ、男装はテメェの趣味か?」

「別にエリスの趣味じゃありません、ただグロリアーナさんの目を欺くには性別から変えた方がいいかなって」

「別にそこまでしなくてもいいと思うけどなぁ、あいつの魔眼は確かに範囲は広いが精度はお粗末だ、他人の顔の形までは上手く判別できねぇだろ」

「そうなんですか?というか詳しいですね」

「ああ、あいつに一泡吹かせようと思って 日夜グロリアーナのこと研究してんだ俺、あいつにはいつも恥かかされてるからな、逆にアイツの性癖とか弱みでも握って 国中にばらまいてやろうと思ってんだ、ヒャハハハ!」

弱みって…、この人は単純にグロリアーナさんのことが嫌いなんだろうなぁ、真面目なグロリアーナさんとこの人じゃあ水と油だ…、でも別に人の好き嫌いは個々人の自由だ、そこをどうこういうつもりはない、けど…

「あの、…そういう 人の弱みにつけこむようなやり方は、あんまりベオセルクさんっぽくないですよ」

「…は?」

「いえ、ベオセルクさんに憧れてるんですよね?ザカライアさんは、だったら口調とか戦い方以前にそういうところを真似たほうがいいんじゃないですか?」

ザカライアさんはベオセルクさんに憧れ、態々口調を真似したり戦い方を真似したりと熱心に彼を目指している様子だ、だがいくら口調を真似ても小汚いやり方をしているうちはただのチンピラ口調でしかない、ベオセルクさんはあれで一本筋通ってる 奇襲や夜襲を多用するが、決して弱みを握ったり ましてや恥をかかせてやろうなんて真似はしない

「…た 確かに、いくら嫌いだからってベオセルクなら そんなことしないよな」

「はい、あの人なら気にくわない相手がいるなら真っ向勝負で叩きのめしに行きます」

「…うん、そうだ …こういう陰湿なのはベオセルクっぽくないよな、…うん」

反省した…、本当にベオセルクさんの名前を出したら素直になるなこの人、やり方は汚いがベオセルクさんに憧れる気持ちは真摯なものなんだ 

「よければエリスがベオセルクさんに近づけるように、色々指導しましょうか?」

「え!?マジ!マジで!」

「はい、ベオセルクさんっぽさはなんとなく理解してますし、ベオセルクさんっぽくなけれなその都度エリスが指摘しますよ」

「お前が俺をコーチングするってことか…、フフフ 考えもしなかったぜ、確かにベオセルクを知る別の人間から指導を受けるなんてよ」

「はい、少しでも近づければと思いまして」

と言ってもエリスにできることなんか限られている、ベオセルクさんっぽい信条と行動基準を軽く教えるつもりだ、ただそれだけでも少しはマシになるだろうしな

「それでその、交換条件と言ってはなんなのですが」

「あん?、なんだよ 国王の俺に交換で条件求めるたぁ不敬だがまぁ許してやる、言ってみろ」

「ザカライアさん…さっき乗り回してた馬車あるじゃないですか、あれ 元はエリス達の物なんです、あれがないとエリス達物凄く困って…返してもらえないですか?」

交換条件 エリスがベオセルクさんのなんたるかを教える代わりにザカライアさんは馬車を返す、対等な取引かは分からない ザカライアさんはあの馬車を手に切れる為に少なからず金銭を支払ったらしい、しかしそれを買い戻せるだけの貯蓄はエリスにはない…

故にこう言った交換条件になってしまうが…

「別にいいぜ、あれ多分もう乗らねえし」

「い いいんですか!」

「ああ、焼いて捨てるのも手間だ 欲しいってんならやる」

「ありがとうございます!、あ あの…中身は…」

「ん?、ああ積荷がいろいろ乗ってたが手はつけてねぇよ、…あれ?そういえばなんかあの馬車見かけよりも中広かったような…気のせいか」

よしっ!、馬車も無事!積荷も無事!最高の状態だ!、これで師匠を助けた後も旅を続けられるし馬車の中身をいつでも回収できるようになった!、差し当たって必要なものをいくつか持っていくか、お金と…食料と…後何かあったかな

「ああ、と言っても今すぐ持ち去ることはできないので…しばらく置いておいてもいいですか?」

「しばらく?ってどのくらいだ?」

「それは…レグルス師匠を助けるまで…、なので正確にいつかは分かりません…」

「ほーん、レグルスをねぇ…あの石像 元は人間なんだっけ?」

「はい!師匠は石に変えられあんな姿になってるだけで本当はもっとこう…立派な人です」

「元がどんな人間だったかはこの際どうでもいいがよぉ、あの石像のせいで今 国内が大変なことになってんだよ」

「大変なこと?」

そう言いながらザカライアは背後を親指でくっと指を指す、そこには 異様な存在感を放つ彫像が置かれており、…なんだこれ 女の人の像のように見えるけど…

「なんですかあれ?」

「魔女アルクトゥルスを石化させ作った石像だ」

「うぇぇぇぇえええええ!?!?!?」

「と、言い張って商人が売りつけてきたやつだけどよ、…お前アルクカースにいたんだろ?どうだ?本物か?」

本物かって…似てないよ全然、後ろで鎮座する石像 確かに見てみれば勇ましさを感じるが どう考えても石から削って作った普通の石像だ、髪型とかは似せてるけどさ…そもそも身長が全然足りてない、アルクトゥルス様はもっと高身長だ…

「偽物です…」

「だよな…なんとなーくそんな気がしたんだ、アルクカースを統べる魔女様の像ならご利益があるかと思って買ったんだが…」

あの人にそんなご利益はないと思うが…

「魔女フォーマルハウトが 魔女レグルスを石に変え石像としてコレクションしたって報は瞬く間にデルセクト中に広がってな、商人達がこぞってそれっぽい石像を魔女を石にしてぇ…なんて言いながら売り払うようになったんだよ、あわよくば魔女様に買ってもらおうって魂胆なのさ」

「そんなの上手くいくわけないじゃないですか、魔女を石に変えるなんて同じ魔女でもない限り…」

「んなこと分かってるよ、けど買い手ってのはデルセクト中に山といる、中には本物だと信じて買っちまうバカもいる…うちの国の貴族達も何人か騙されて買っててな、バカを露呈するからマジ勘弁して欲しいぜ」

ったくよーと言いながら頬杖をつくが、ザカライアさん あなたも買ってるじゃないですか、しかしそうか 今デルセクト中には魔女を模した石像が氾濫しているのか、まぁしかしだからと言って エリスに何があるってわけじゃないが…

「…それもこれも全部グロリアーナの所為だ、アイツが魔女誘拐なんてしでかした所為で…………グロリアーナの所為か…」

するとザカライアさんは腕を組み上を見上げ、何かを考え始める その顔はとても優しげなことを考えている顔ではない、ニィーと目や口を鋭く尖らせ悪巧みをしているかのような顔つきで

「なぁおい、エリス お前師匠を助けたいんだよな?」

「え?、あ…はい」

「どういうプランで助けるつもりなのか教えてみろ」

「な…なんでですか」

「いいからいいから、ほれ言ってみろ」

…作戦内容を下手に伝えていいものかと思ったが、ここで変に誤魔化して彼を敵に回すのはマズい、一応ベオセルクさんのことを教えるいう関係でエリスとザカライアさんの関係は成り立っているが 今だそれは薄氷の上の安寧に過ぎない

ここでザカライアさんに疑念を持たれたら 彼は本当に何をするかわからない…

「あ…あの、言いますけど 周りには内緒にしてくださいね」

「分かってるよ」

そう言いながらエリスは説明する、メルクさんという協力者を出世させ 師匠を石化から救出するためのアイテムを軍部から調達出来るまでに偉くさせるために、エリス達は今 独自に黒服を着込んだ犯罪組織を追っている ある程度かい摘みながらその事を説明していくと…

「…変に回りくどくないか?…」

「そうですか?」

「ああ…、まぁ別に方法なんてのはどうでもいいんだ、結局のところは 魔女レグルスが石化から解放されれば、一番泡食うのはグロリアーナって事だな」

…結局そこか、まぁ確かに そうだな、グロリアーナさんは真面目だ 自分が担当した作戦の結果 弟子のエリスを取り逃がしレグルス師匠を取り返されれば責任を取ろうとするだろう

「だからよ、手ぇ貸してやろうか?俺が、その黒服とかいうの探すのをよ!」

「ザカライアさんがですか?」

「おう…不服か?」

グロリアーナに泡吹かせる為に手伝ってやるよザカライアさん、なんとも不純極まりない動機だが…うーん

不服…というわけじゃないが、この人がカエルムを使って黒服を裏から操っている黒幕じゃないという保証がまだない、つまりこの人も容疑者の一人という事を忘れてはいけない、そりゃあ協力してくれる人が増えるのはありがたいけど

「あの、メルクさんは五大王族の中に黒服達を裏から操る黒幕がいるのではと睨んでいるんですが…」

「おう、だからその黒幕を探すのを俺が…って俺疑われてんのかよ!?馬鹿にすんじゃねぇ!犯罪者なんざと手を組むほどスマラグドス家は落ちぶれてねぇ!!」

「で ですが…」

「いいや、絶対にしない…少なともベオセルクはそんなコスい真似しねぇ!、ベオセルクに顔向け出来ねぇやり方を俺がするわけねぇだろ!」

「下品な言葉使ったり 部下の軍人付き合わせて模擬戦ごっこしたりするのにですか?」

「そ…それは、その…これからはそういうのも控えるつもりだ、だけど犯罪に関しちゃホントにやらねぇ、そーいうのはセレドナやソニアの領分だ、アイツらプライドねぇからな 俺にはある」

謎の自信と理論を繰り広げるが…うん、分かる この人は多分本当にやってない、確かに薄暗い噂は広がってるし 王様として立派な男ではないが、ベオセルクさんがやらないなら この人は黒服と手を組んだりはしないだろう

善い人間ではないが、この人はこの人なりの筋がある その筋に反するなら犯罪はしないだろう

「…確かに、ベオセルクさんなら そう言うのはしないですね」

「だろだろ!」

「じゃあ、手伝ってもらえますか?…エリス達の作戦を」

「おうよ、お前の手伝いをすりゃベオセルクに近づけんだろ?オマケにグロリアーナに一泡吹かせられる…いい事ずくめじゃねぇか!ハッハー!」

エリスの肩をバンバン叩きながら上機嫌に笑うザカライアさん、色々言いたいことはあるがプラスに考えればとんでもない収穫だ、馬車も取り戻せたし 何より五大王族の一角が協力者になってくれたのだから

彼からの協力を得れば スマラグドス王国内の捜査はもう殆ど終わったようなものだ…うん、そう思うと凄いいい仕事した気になってきたぞ!

「ありがとうございます!ザカライアさん!」

「なっははは、褒めろい褒めろい なんだったら俺の権限使ってメルクってやつを軍上層部に食い込ませてもいいぜ」

「それは…いやいいです、どの道 黒服の件やカエルムの件 解決しないといけないので」

「ほーん、律儀だねぇ まぁいいが、しかしそのカエルムってなんだ?」

「え!?し 知らないんですか!」

「お…おう、しらねぇ てっきりその黒服とやらの組織名かなんかかと思ったけど、その分じゃ違うんだろ?」

「カエルムってのはさっき言った違法な薬のことですよ、服用すると一時的に快楽を得られますが、その副作用として激烈な苦しみを与え それ無しじゃ生きていけなくするって恐ろしい薬です」

「麻薬みたいなもんか…初耳だなぁ」

「この国で蔓延ってるって話ですけど…」

そうエリスが伝えた瞬間 ザカライアさんは椅子をひっくり返し後ろへド派手にぶっ倒れる…

「どぇぇぇぇぇえええええ!?お おれ 俺の国で!?いやデルセクトでヤバい薬が出回ってるのはどっかで聞いたことあるけど、お 俺の国で…蔓延ってる!?」

「それも他の五大王族のどの国よりも多くです」

「うぎやぁぁぁっっ!?知らんかった!?知らんかったぞおい!、やっべぇ…仕事サボってる間にそんなことに…」

ああなるほど、この国で薬が異様に出回っていたのは この国が観光地であることと同時に、国王がこんな感じだからか、ろくすっぽ仕事もせず毎日部下達と模擬戦ごっこに興じているんだ、そんな隙だらけの国を奴らが見逃すはずはない…

いやしかし、だとすると何故軍の記録が改竄されてたんだ?、ただザカライアさんが隙だらけだっただけなら態々この国の記録を改竄する意味は…

「た 頼むぅ!なんとかしてくれエリス!、流石にまずいだろ そんな薬が俺の国で一番出回ってるって、下手したら俺が黒幕だって疑われちまう…!」

「疑ったからエリス達来たんですよ」

「ぎゃぁああああ!これが他の五大王族に知られたらえらいことになる…というか、俺の国でそんな好き勝手しやがって…許さねぇ!、おい!さっき協力つったけどあれは撤回だ!、…超協力だ!全面協力だ!その俺のことなめやがった黒服連中全員しょっぴいて晒し首にしてションベンひっかけてやる!」

「ありがたいですけどベオセルクさんはそんなこと言いませんよ」

「……、『何処の誰に喧嘩売ったのか…、この手で分からせてやらねぇといけねぇな』…どうだ?」

「ぽいです、ベオセルクポイント1あげますね」

「ッしゃあっ!」

この人の扱い方なんとなくわかってきたぞ、グロリアーナさんへの報復 ベオセルクさんへの憧憬 そして自分の国で好き勝手した黒服への逆襲、様々な思惑を秘めつつも 『カエルムを根絶する』その一点を見ていることに変わりはない

この人なら協力者にできるかもしれない… ザカライアさんを疑う気持ちは遠に失せ果てた、…取り敢えず 信じてみようと思う、エリスは この人のことを

…………………………………………

ザカライアさんの協力を取り付けたエリスはその後エメルラルド城を後にし、そのまま駅で待ち合わせていたメルクさんとニコラスさんを回収、二人の話を聞くに二人とも収穫はゼロだったらしい

そして二人をエリスが取った安宿に案内して…エリスがこの一日で経験したことを、共有しよう…かと思っていたんだが…

「おい…おい、エリス…何故こいつがここにいる、お前宿取った後何してたんだ」

「そ それがそのぉ…」

今エリスは、安宿の一室にてメルクさんに耳打ちされ ニコラスさんからは困った視線を向けられている、所謂問い詰められている状態にある…何故か?

いや何故も何もメルクさんのいう『こいつ』が『ここにいる』からだ

「薄汚ねぇ宿だなおい!、俺の国にこんなドブ溜めみてぇな宿があるなんて恥だぜおい」

ぶつくさ文句をタレながらエリス達と同じ宿 同じ部屋に居座るこの国の王 ザカライアを見てメルクさんは眉間を抑える、いや まさかここまでついてくるとはエリスも思ってなかったんですよ

「エリス、血迷ったか? コイツは容疑者の一人 もしかしたら黒幕かもしれないんだぞ?我々を陥れようとした張本人かもしれないんだ、それをわざわざここに連れてくるとは 何を考えているんだ?」

「い いえそれが色々ありまして、彼と縁が出来ちゃいましてね…それで話して エリスは彼が犯人でないと判断しましてぇ…」

「だとしても…!」

「分かってますよう、でも協力してくれるっていうし なんか勝手についてきちゃうし、もう…この人も巻き込んじゃいません?」

この人は信用できると判断した以上エリスはザカライアさんを責任持って信頼するつもりだが、それはそれとして ここまでついてくるとは思わなかったのだ、というのもあの後城で別れて メルクさんを迎えに行っている間に いつのまにかエリスに一人でついてきてたみたいで…

それで今に至るのだ、まさか全面協力って本人がそのまま付いてくることを意味するとは思わないじゃないか

「しかし大丈夫か?、コイツが他の五大王族に情報を漏らしたら そのまま黒幕に情報が行く可能性が…」

「その辺は大丈夫だと思いますよ、…だって…」


「おい店主!この国の王様がわざわざこのドブ宿に来てやってんだぞ!茶の一つでも出せねぇのかよ!ブッ潰すぞこの宿!」

「ザカライアさん!ベオセルクさんはそんなことしませんよ!」

「あ…ぅ、あの…えっと、店主ぅー?今のなしー!忘れてー!」

こんな風にエリスが完全にザカライアさんの手綱を握っているからだ、この人の価値観は一つ『憧れのベオセルクさんがするか・しないか』それに尽きる、ベオセルクさんは一度協力したら決して裏切らなかった、そのことを伝えてある以上 彼はエリス達を変に裏切る真似はしないだろう

「…はぁ、この調子なら 警戒する必要はないか…?」

「それにいい方に考えれば もしかしたらデルセクトで得られる最上級の協力者を得たことになりません?」

「…確かにな」

ザカライアさんはこんなだが 、こんなでもこのデルセクトにおいてはトップクラスの権力を持つ男の一人だ、それがエリス達について協力すること言うことは、これ以上なく頼りになるとは思わないか?

それにこの人はエリスの正体を知っている、なら野放しにするより近くにいてもらったほうが安心だ

「おほん、ではザカライア陛下 ご協力感謝致します」

どうやらメルクさんも納得してくれたようで、ザカライアさんを前にお辞儀をし挨拶する、それを見たザカライアさんは踏ん反り返って…

「お前がエリスの言ってたメルクだな、ああいいってそういう風に畏まらなくて、俺達ぁ憎き黒服達をぶっ潰す同志だ、上も下もねぇよ…なぁ?」

そう言いながらザカライアは寛大にも一軍人であるメルクさんに立場は気にするなと言ってくれる、が…その後すぐにエリスの方をチラチラ見て…

「はい、ベオセルクポイント1です」

「ッしゃあー!」

ほんと扱いやすいなこの人…、でも変に裏がないからやりやすいとも言える

「しかしあのザカライア君が協力を申し出てくれるなんて意外だわぁ、あ!アタシニコラス よろしくネ!」

「に ニコラスぅ!?噂にゃあ聞いてるぜ…なんでも 男を喰っちまうとか、お 俺は美味くないぞ!」

「あらぁ!そういうこと言う子に限って美味しかったりするのよね!」

「ひぃいい!??」

なんか…食うの意味を間違えているような気もするけど、訂正するのも嫌だし そのままにしておこう、多分 意味合い的にはあんまり変わらないし

「おほんっ!、ところで!…早速ですがザカライア様 いくつか聞きたいことがあるのですがいいですか?」

「あん?、…なんだよ」

エリスの体を盾にしながらニコラスさんから逃れるザカライアさんは、その尋問のような口調に一瞬目を鋭くするも 一応喧嘩腰にはならず応えてくれる

「カエルム…と言う薬について、どこまでご存知ですか?」

「名前はさっき知った、けど なんかヤベー薬がデルセクト中で行き交ってるってのは前々から聞いてたぜ、俺の国にも入り込んでるのは知らなかったけどな」

「国王なのに?」

「う…うるせぇな、俺は別のことで忙しかったんだよ…ちゃんとケツ拭く為にこうやってここに来てんだからいいだろ…」

別のこと…?、とメルクさんは訝しむが 大丈夫、ただ遊んでただけだからこの人、しかしその隙を突かれてか、他の国よりもカエルムが蔓延ってしまっている、もはや温床と言っても過言ではない程に

「もう一つは協力体制についてです、ザカライア様を初めとして スマラグドス王国全域で捜査の協力をしてくれる…と言うことでよろしいですか?」

「あ…あー、その…なんだ、国全体では 支援は出来ない、というか俺んところのスマラグドス国軍も言っちまえばデルセクト連合軍の一部だ、軍部が信用出来ないなら うちの軍だって信用出来ない筈だぜ?」

そりゃあそうだが、エリスは睨む ザカライアさんの左頬に垂れる冷や汗を、あれは嘘をついてる汗だ、というかそんなところ見なくとも嘘だと分かるが…

彼の心は一つ、『大ごとにしたくない』だ、彼の号令で軍を動かせば間違いなく他の五大王族にまで話が行く、彼はそれを避けたいのだ…言ってしまえば自分の保身の為、国民の未来がかかっているというのに嫌な王様ではあるが、その為に身を削ってここまで来てるんだから まぁ心底腐り果てた男ではないのだろう

そしてそれはエリス達にとってもありがたい、エリス達は言ってみれば軍に隠れて行動している身、大ごとにしたくないのはこちらも同じだ

「なるほど、ということはザカライア様自ら協力してくれると?」

「おう、知ってることならなんでも話すぜ、なんにも知らないがな」

「カエルムが流通してそうなルートや 黒服がアジトにしてそうな場所にも心当たりは?」

「ねぇな!、薬の流通ルートなんざ知るわけねぇし、犯罪者がいそうな場所があんなら叩き潰してる!」

本当に何も知らないんだな、よく王様やってこれてるなこの人…、多分部下が全部代わりにやってるんだろうけど、だったらこの人よりその部下が来てくれた方が余程助かりそうだ…

「何かないですか?、普段人通りが少ない場所とか 最近怪しい人物がいるとか…」

「………、怪しいとか 悪そうとか そういうのは聞かねぇが、最近気に食わねぇやつならいる」

「気に食わない?…ああいや、それでもいいので教えてもらえますか?」

「おう、なんか最近 やたらめったら儲けてる商会があってな、オマケに他の街やら商店なんかに資金を貸し与えてたりでやたらと評判がいい、そのくせ俺のところには挨拶にこねぇ …すげぇ腹立つ商会があんだよ」

なんだそれは、ただの愚痴じゃないか、そりゃあろくすっぽ執政をしない国王よりも羽振りのいい商会にみんな靡くのは当たり前のことだろう

「その商会とやら 何を売ってる商会なんですか?、もしかしてなんかの薬とか…」

「いやいや、普通に酒だよフツーの葡萄酒だ、確か俺の直下の貴族もよくそれを買い付けてたぜ?、俺もそいつの酒ぶんどってどんなもんかと飲ませてもらったが ありゃいいもんじゃねぇな…普通の葡萄酒だったぜ、なんであんなもんみんなこぞって買うのかねぇ」

「…酒ですか?」

メルクさんの表情が変わる、酒?酒が何か引っかかるとのか?、いやもしかしたらその酒の中身が水に溶かしたカエルムとか…いやいや、その酒をザカライアさんも飲んだらしいが 彼が薬物の中毒になってる様子はない 、故に酒の中身は普通の酒…怪しいところなんて

「その酒、木箱に入っていませんでしたか?」

「は?そりゃあ入ってるだろ 普通、このくらいのでっかい木箱によ、緩衝材の木屑をびっしり詰めて中に酒瓶を入れるんだ、普通だろ そんなもん」

ああ、普通だ…輸送中酒瓶が割れるのを防ぐために緩衝材を入れた木箱を入れ物にするのは至極普通……

そこまで思考し、その箱を思い浮かべた瞬間 脳裏に閃雷がバチバチと迸る、ああ…そうか

「それだ、恐らくその木箱に入ってる酒は飽くまでカムフラージュ…恐らく 中に入っている緩衝材の奥に、一緒にカエルムも入っていたんだ」

「え!?、…ああ そういや 俺…藁掻き分けて木箱の中身は改めなかったな、てっきり酒しか入ってないもんだとばかり…、ってあの野郎!カエルムに手ぇ出してやがったのか!」

木箱に入った葡萄酒は飽くまで偽装、本命は葡萄酒より更に下 木屑の奥に隠されたカエルムの方なのだ、割れ物の瓶と一緒に入れておけば カエルムを隠すための藁が入ってても疑問にも思わない、上手く隠して 取引していたんだ

「くっそ!、そうか…道理であんな普通の酒をみんなこぞって買うわけだ!、…待てよ?あの酒 スマラグドス中に行き渡ってないか?、ってことは何か?俺の国全域で薬が…あ あわあわ…」

「ザカライア様、その商会の場所は分かりますか?」

「お おう!、分かる分かる!、畜生 もっと早く気がついてりゃ…」

顔を青くさせながら勢いよく立ち上がるザカライア、どうやら 行き先は決まったようだ…そう思いニコラスさんに目を送れば 何故かウインクを返される、いやエリスの視線に特に意味はないのだが…

「さてと、じゃあ行き先決まったみたいだけど?今から行く?それとも様子見る」

「……今から行きましょう、下手に時間をかけて奴らに先手を打たれると面倒です」

「おうおう!、俺の国に手ぇ出しやがった不届き者共を一秒でも早くこの世から消し去りたいんだ!今すぐ行くぞ!」

「なら決まりね…ザカライア君?、その商会の名前と場所 教えてもらえる?」

「ああ、場所はエスメラルダの西端 通りから外れた雑居な場所にあった筈だ、ええと 商会の名前は 確か…チャリオット商会 そんな名前だった筈だ、案内してやる!」

チャリオット商会…聞いたことのない名前だが、恐らくはそこがこのスマラグドス王国でのカエルム蔓延の本拠地、上手くやれば黒服達の尻尾を握り 黒幕まで辿り着けるかもしれない、そう皆意気込み武器を手に取る…四人だけの突入 うち一人は戦力外、それでも事足りるだろう、

今はとにかく 奴らに逃げられる前にその場を押さえなければ…!
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