孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

77.対決 双貌令嬢ソニア&鉄腕従鬼ヒルデブランド

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ソニア・アレキサンドライト、デルセクト同盟射撃大会優勝8回 鹿撃ち大会 優勝16回、長距離 近距離 早撃ち…あらゆる分野において功績を残し、銃の申し子の異名を持つ若き天才

あらゆる銃を使いこなす その腕は軍人さえも遥かに上回る圧倒的腕前を持つ、令嬢にあるまじき銃の腕と揶揄されることもあれど その銃撃センスは確かにデルセクト同盟国家群随一だ

「パララッパッパ、パ~ラララ~パッ、パ~ラララ~」

その反面 裏の顔は極悪極まりない、異常なまでの加虐性を隠す為に猫をかぶっているものの 溢れ出る異常性は隠せない

血を啜るのが好きだ 悲鳴を聞くのが好きだ、苦痛に歪んだ顔と許しを乞う顔が好きだ、痛めつけるのが好きだ 殺すのが好きだ、より大勢の人間を 多ければ多いほどいい

ただ、ただそれだけのために戦争を起こし デルセクトという同盟を粉々にぶっ壊してもいいほどに、彼女の加虐性は止まることを知らない

カエルムを売り捌いたのだって 債務者を増やし大義名分のもとオモチャを増やす為だ

アルクカースと戦争をしてやろうとしたのも、デルセクトを潰し 我が国の領土を増やし、オモチャを増やす為だ

自分の加虐欲を抑えられない、それが ソニアという女の…外道の真意だ

「パララッパララッ」

「………」

メルクリウスの前で歌いながらスキップをし 手近な木箱に近寄るソニア、すると

「ぅオラァァァッッ!!」

粉砕した、蹴りで 頑丈に封鎖された木箱を叩き壊し その中に強引に腕を突っ込む

「言ったよね!、ウチで最新の武器作ってるってさ!、見たくない?見たくない?私の作った最新の武器!アルクカースに打っ込むつもりで作った最高の武器!、これが…」

がさりと中から取り出したるは …二つの銃口がついた銃だ、見たことのない銃 それをメルクリウスに向け

「ッ!…!」

「バーン!!ヒャハハ!どーよ!、一発で無数の弾が飛ぶショットガン!、こいつ顔面にぶち込んだら 面白いことになるんだよぉ~…」  

飛ぶ、ソニアの銃撃に合わせ横に飛べば 背後にあった木箱が粉々に粉砕される、銃撃一発の威力じゃない、一斉掃射に近しい量の弾丸が一度に飛んできた その事実にメルクリウスは青褪める

今のは手加減して放たれたものだ、天才的銃の腕を持つソニアがその気になれば メルクなど一撃で蜂の巣だ

だとしても負けるわけにはいかない、彼女はメルクの正反対に位置する存在 、同盟を愛し正義を為すメルクリウスは同盟を貶め悪を為すソニアを決して許すことはできない、故に 勝って…こいつに一矢報いなければならない

飛んだ勢いのまま地面を転がりそのまま走る、距離を取る 幸いこの場は大量の木箱の山により迷宮と化している、遮蔽物ならたくさんある…銃の腕で上回るソニアを相手に銃撃戦で勝つにはこれを利用しなくてはならない

「はははっ!鬼ごっこ?いいよ…私鬼得意なんだ、みんなからよく言われるもんっ!お前は鬼だってねぇ~!!」

木箱の中にもう一度手を突っ込み 両手にショットガンを二丁持ちながらゆったり歩きながら霧に消えたメルクを追いかける、この戦いもこの修羅場も彼女にとっては加虐の場 遊びの場でしかないのだ






それと同時に もう一つの戦いが繰り広げられる

「むぅんっ!!」

「っ!はぁっ!」

振るわれる豪腕 それを避ける身のこなしは風、ぶつかり合うは執事とメイド 否 謎多き麗人執事ディスコルディアと鉄腕従鬼ヒルデブランドの二人だ

「…偖、やるもの…」

「凄まじい剛拳ですね、アルクカースの中でもトップクラスですよ」

「…然、お嬢様のメイドが故」

鉄腕従鬼ヒルデブランド、元アルクカースの傭兵という経歴を持ち 常にソニアの側に立つ用心棒でもある彼女の剛拳は壁を砕き 床を砕く、重い ただひたすら重い…その威力をこの身で受けたエリスはよく理解している

だからこそ思う、重いには重いが ベオセルクさんほどじゃない、あの人はあれ以上に重く あれ以上に速く なによりも理不尽だった、それに比べれば確かにヒルデブランドさんは強いが どうにもならないほどじゃない!

「殴…!、叩き潰す!」

「…極限集中…!」

振りかぶる拳を前に目を見開く、もはや慣れ 一切の滞りなく移行することの出来る極限集中を用いて、その動きを見切る 来る!右の振り下ろし!

「っと!」

振り下ろされる鉄拳を宙返りで避ける、誰もいない地面をヒルデブランドの拳が叩き 粉々に吹っ飛ぶ、読み通り!アルベドは既に脇へ退けてある 両手がフリーならさっきみたいにボコボコにやられない!

「疾ッ!!」

続いて飛んでくる左の回し蹴り、無論避ける 旋風圏跳で虚空で加速し地面へすっ飛び伏せれば 頭の上を丸太のような足が通り過ぎる、避けられる これなら!

「…焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 『火雷招』!!」

両手を突き出し 攻撃の隙間を縫って撃ち放つ火雷招、火を伴う雷はエリスとヒルデブランドの間で光り輝き膨れ上がり、その熱を解放するように 爆裂する

「ッッッーーー!!??」

エリスの魔術を見るのは初めてだろう、両手を前に出し体を守る姿勢を取るヒルデブランドは避けることなどできず光と熱に吸い込まれ 消え去る…

「っ!!、その程度じゃエリスの魔術は防げませんよ!」

天に駆け上る閃光…周囲の木箱を焼き尽くし一気に周辺が焦土と化す、…霧と共に爆煙が晴れていく

これだけの威力を解き放ったというのに 当たる瞬間を目にしていたというのに、エリスの直感が告げる、まだ終わっていないと緊張の糸をビンビン鳴り響かせる

その緊張に答えるように 煙の中から人影がうっすらと見えて…立っている

「否…魔術師の貴方では私を倒すのは不可能です」

「まじか…」

雷に飲み込まれた時と同様 両手で防いだ姿勢でヒルデブランドは立っていた、ダメージを受けている様子もない、いや異常だ あれを真っ向から受け止めてノーダメージはあり得ない

「ふんっ!…私の肉体には その程度の攻撃では傷をつけられません」

そう言ってボロボロになったメイド服を脱ぎ去ると そこには

「な 何ですかそれ!?」

歯車だ、いや機構だ ヒルデブランドの肉体は鉄に覆われ その大部分が機械になっていた その姿はまさしく鉄人 いや機械人間だ

あのメイド服の下にこんなものを隠して…、あれが あの異常な防御力の正体?

「嗤…、我が肉体はソニア様の有するデルセクトの技術により改造され 幾多のガジェットを搭載しています、私こそが このクリソベリア…否 デルセクトにおける最強兵器、鉄人メイドヒルデブランドなのです、我が肉体は魔力による攻撃を大幅にカットします、貴方では私を倒せません」

なんじゃそりゃ、だが…エリスの魔術を防いだのも 恐らくあの体を作っているのは恐らく耐魔合金、それで体の大部分 特に腕の辺りを覆っている為に 魔術を殆ど弾き返してしまうのだろう

…参ったぞ、これ まさか体に耐魔合金を仕込んでいるとは想定外だ、つまり彼女は魔術に対する非常に高い耐性を持っている事になり、魔術を主体として戦うエリスに取っては天敵とすら呼べる物で…

「突…」

瞬間 ヒルデブランドがグンとしゃがむと同時に彼女の足のガジェットがギリギリと音を立てて力を蓄え…

「撃…!」

突撃してきた、足場が爆裂する勢い 風を切り裂く速度でその巨体がエリスに向けて飛んでくる、あの巨体からは考えられない速さだ、なるほど 彼女のアルクカース随一の身体能力の正体はこれか!、彼女の本来の高い身体能力の上にデルセクトの技術力を合算しているが故に 準討滅戦士団級の戦闘能力を実現しているんだ!

「くっ…『風刻槍』!!」

向かってくるヒルデブランドを弾き返そうと片手を突き出し放つのは風の槍、しかし ヒルデブランドは怯むことなく腕を突き出したまま更に虚空を蹴り上げ加速し

突き破った エリスの風刻槍を、いや そもそも効いていない…やはり耐魔合金だ それがある限りエリスの魔術じゃダメージを与えられ

「潰…!」

「がぐっ!?」

風刻槍を突き抜けたその拳を今度は振り上げ、横薙ぎに振るう 腕にも足同様ガジェットが仕組んであるのか、ガチガチと歯車とバネが音を立てると、射出されるかのように高速で剛拳…いや本当に文字通りの鉄拳がエリスの体を横に殴り飛ばす

咄嗟にディスコルディアで防いだというのに、勢いを防ぎ切れない エリスの足は容易く地面を離れ横に積まれた木箱の壁を突き破り 尚も体は止まることなく飛び続ける、とんでもない威力だ…!



「エリス!大丈夫か!」

「はっ!他人の心配してる場合かよ!」

「くっ!」

木箱を盾にエリスに声をかけるが、メルクリウスもとても助けに行ける状況ではない、メルクリウスの声に反応したソニアは迷うことなくショットガンをぶっ放し、彼女の隠れている木箱の壁を粉砕する

ショットガン とんでもない威力 信じられない攻撃範囲、声して真っ向勝負するには最悪の武器だが、こうして逃げ回っているうちに色々把握してきた…

あれ一丁につき 装弾数は二発 両手に持っているから計四発しかない、事実四発撃ち終わると必ずソニアは霧の中に姿を消し 少しの間現れない、恐らくリロードに些かの時間を要するのだ

ソニアは錬金術を使えない 錬金機構を搭載した銃を持つメルクリウスなら弾数で圧倒出来る、…今撃ったので三発目 もう一発誘えばソニアは隙を見せる

ならばとメルクリウスは物陰でそっと頭の帽子を外し…ソニアのいる方に向け斬るように投げる

「っ!そこかぁっっ!」

ソニアの反射神経はとてつもないものだが 対して判断能力は低い、言ってみれば目の前で動くものを撃つのは速いが 何を撃ったか判断するのは撃ち終わった後だ

加えてこの霧だ、何かが飛んでくれば反射的に奴は撃つ、その狙い通りソニアは考えなしにショットガンをぶっ放し ソニアの帽子を木っ端み試練に吹き飛ばす

「チッ、デコイか…」

今だ、ソニアの動きが鈍った 霧に紛れるように静かに後退していく、リロードの最中に仕掛ければ奴は対処できない!

「…!『Alchemic…』」

ソニアを追うように物陰から姿を現し 消えていくソニア目掛け銃を向ける…が、既にソニアの方も動いていた 手に持った二丁のショットガンを捨て…

「はははは!乗ってきた!死ぬのはテメェだよ!」

懐から既にそれを引き抜いていた、拳に収まるくらいの大きさの銃…確かあれは…

「拳銃…!、ぐっ!」

私が撃つよりも速くソニアの引き金が引かれる、鉛玉は寸分のズレなく私の左肩を打ち抜き その体が衝撃で吹き飛ばされる、ぐっ…左腕が動かない…骨ごとやられたか…あんな小さな銃でも銃は銃、一撃貰えば それだけで体は悲鳴をあげる

まさかリロードを装って拳銃を抜いてくるとは、いやショットガンで無駄撃ちを繰り返したのは私を誘う為か!

「オラオラ!死ねよ!死ね!」

「チッ…!」

倒れる瞬間咄嗟に体を転がし再び木箱の壁に隠れる、私を追うように鉛玉飛んでくるが 当たらないことを祈りながら遮蔽物に隠れた瞬間上着を脱ぎ捨て引きちぎり、簡易的な包帯にし左肩の傷を止血する、気休め程度だが ここ一番で失血で気絶 なんて事態は避けなくては

「隠れたなぁ…私のリロードの隙を狙うなんて…生意気な、そう言う馬鹿者には お仕置きしなくちゃあな!、オラァッッ!」

すると再びソニアは木箱を蹴り破り中からいそいそと何かを取り出す、…デカい 今まで見たことないくらいのサイズの銃…なのか?、なんだあれは

ソニアが両手で抱えるようにして持ち出したのは…沢山の銃口が円形に配置された巨大な兵器だった

「ウチの兵器の中でもとびきりのじゃじゃ馬!、ガトリング砲!…たった1秒の間に何十発もぶちかませる最高の品よぉ、こいつを喰らって 人の形のまま死ねると思うんじゃねぇぞぉ~?」

その瞬間 直感に従い、走る 逃げるように走る 何処へではないただ兎に角あれから離れる為に全霊で駆け抜ける

その直感に従ったことを私は生涯感謝するだろう、先程まで私が立っていた場所 隠れていた木箱の壁をそれが次々と音を立て粉砕されていく、もはや遮蔽物などないかのように猛烈な弾丸の雨霰が木箱を一瞬にして粉砕し それが薙ぎ払われるようにこちらに向かってくるのだ

デタラメな破壊力だ 銃もショットガンも目じゃない、あんなものがこの地上に存在すること自体が恐ろしくてかなわない

「ヒャヒヒヒヒ!、今度は弾切れなんてしない、バラバラになるまで追いかけてやる…」

本来は地面に立てて使うであろうそれをソニアは驚異的な膂力で持ち上げ取り扱っているのだ、おまけにバルカン砲から伸びる帯…あれは全て弾丸だ…どれだけ連射しても弾が尽きることはなさそうだ

「くそっ!、どうする…あんなものに銃一丁で敵うのか!?」

「ヒャハーーーー!!逃げろ逃げろ!さもなきゃジャムだぜ!ミンチだぜ!」

「チッ、『Alchemicアルケミックbombボム』!」

逃げ回りながら半身をソニアに向け放つのは榴弾、逃げ続けては埒が明かない このままでなあれが弾切れを起こす前に私が息切れを起こす、少しでも戦況を傾けるために錬金術を用いてソニアに向けて触れれば爆裂する銃弾を放つが

「今更魔術なんて時代遅れなんだよぉぉぉっっっ!!!」

ダメだ あの弾幕により私の放つ錬金弾は撃ち落とされ虚空で爆発を起こし不発に終わる、私のこんな小さな銃一丁ではどうやってもソニアに弾丸を届けることができない

腕の差 実力の差以上に如実に現れる武器の差、ガトリング砲 あれを持ったソニアは無敵だ、どうにか攻略したいが 一体どうすれば……

「ぐぉぁっ!?」

「おっと、爆薬の入った箱を吹っ飛ばしちまったみたいだなぁ~、もう少し甚振りたかったのにぃ、萎えるわぁ」

いきなり私の手前で撃ち抜かれた木箱が爆炎を伴い炸裂し その衝撃波に吹き飛ばされる、ぐっ…吹き飛んだ木の破片が身体中に刺さって…、ダメだ 骨もいくらかイカれた…

「がはっ…かひゅ…」

「おら、もっと起きろよ 逃げ回れよメルクリウス、やっとお前を痛めつけられる瞬間が来たんだ、もっともっともっと私をイカれかせてよぉぉぉ~~!!」

「っ…血を…流す私を見て、満足か…外道が」

それでも立ち上がる、何処がどう傷ついたかなど関係ない…立たねば あいつを倒せない、銃を杖に震える足で懸命に立ち上がる、回る視界と石でも背負ったかのような倦怠感…さっきまでのような機敏な動きは出来そうもないな

「満足?これで満足はないよ…ずっとずっと我慢してきたんだから、これで終わっちゃったら私不完全燃焼でおかしくなっちゃう!」

「何故…私にそこまで執着する…、何故私に対して そんな敵意を向ける…」

お前ば、こいつは私を見る都度怒りを露わにし痛めつけてきた、あの地下室の惨状を見せる仕打ちだって 私に対してだけだ…異常だ 私に対するこいつの敵意は

「執着…そりゃ、お前が気に入らないからよ」

「気に入らない?私はお前に何もしていないじゃないか!」

「それ!それそれそれそれそれそれ!!!、その目!…正義感が滲み出る目 善を成そうとする態度、気に入らない 私の行いを諌めるような 責めるようなお前の正義が!私は気に入らないんだよ!、当てつけのように正義を振りかざして 見せつけるように真面目に生きて!、馬鹿にしてんの?馬鹿にしてんのねぇ!…最初会った時から お前からはそれが滲み出ていた 歳を重ねるほど如実になっていった!、それを!踏み躙りたくて踏み躙りたくてしょうがなくて…!!!!」

「なるほど…」

思わず笑いが溢れる、発狂するように私の全てが気に入らないと宣う彼女を見て おかしくって笑ってしまう、何がおかしいって こんなものに怯えていた自分にだ

そうだ、ソニアは幼いながらに父を罠に嵌めて殺してしまうような女だ、妹も母も 友でさえも殺してしまう天性の 生まれながらにしての極悪だ…だからこそ

「ソニア…お前は、お前という悪は 生まれながらにして常に正義に怯えていたんだな」 

「は?…はぁぁぁ??そんなわけないんですけど何いってんのか全然わからないんですけどかっこつけないでもらえますか?!!」

「いや、分かるはずだ、悪を滅するために善はある 罪を諌める為に罰はある 悪人に終わりを与えるのは正義だ、その事を 生粋の悪であるお前は、常に感じ 己に終焉を与える善を正義を恐怖と暴力で遠ざけていたんだ」

「…つまり何?、お前が私に終わりを与える 私の悪行に終止符を与える存在だっての?」

「ああ、お前の悪行もここまでだ」

「……ぷふっ、あははははははは!、ハヒッハヒッ…いひひひひ!あー!おかしい!おかしい!、何言っての?何言っちゃっての?、…私の悪行もここまで?…情けない正義がよく言うぜおい!じゃあやってみろよ!ボケェッ!」

向けられるガトリング砲、頬に一発入れ気合いを入れ直す 私と言う正義はこの悪を終わらせる為にある、ここで為せなければ何も意味がない!

終わらせるんだ デルセクトの無辜の民の為に!、終わらせるんだ!彼女によって殺された者達の為に!終わらせてやるんだ!ソニアの為にも!




「輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の喉元へ駆ける『鳴神天穿』!!」

「煩!、何をやっても無駄!」

迸る雷閃を腕の合金で弾き返し、返す刀と拳が飛ぶ 腕と肩に仕込まれたガジェットはただでさえ速い彼女の拳を 弾丸レベルにまで押し上げる

「ぐぁっ!、ま…まだまだ!」

その拳を籠手で受け流し飛び掛かるエリス、先程から幾多の魔術をヒルデブランドにぶつけているのだが、何処かに隙がないか探っているのだが まるで効果がない、反撃で飛んでくる拳は防げるが その重い一撃はエリスの体を容易に吹き飛ばす

砕けた石の破片や木の破片が体を傷つけ、エリスの体は痛い痛しい程にボロボロだ…加えて魔力もぐんぐん減っていってる、正直劣勢だ…だが

だが、同時に思う 何処かにきっと弱点があるはず、無敵の存在などいるわけがない!

「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ!!」

「何…、まだ手があるか」

ヒルデブランドの反撃を掻い潜り、その懐に潜り込みながら詠唱を唱え拳を握る 行ける、当たる エリスの出せる最大火力を その土手っ腹にぶち込む!

「『煌王火雷掌』!!」

「ッ…!?これは」

エリスの拳が火炎と雷電を纏い 畝り交わり一つの熱となり、拳撃と共に零距離で解放される、エリスの持つ最大にして最強の魔術 煌王火雷掌、当たればホリンさんさえ打ち倒す威力を持つそれが容赦無く無防備なヒルデブランドの腹部を捉える

赫い閃光と耳を劈く爆音がエリス達の間で激しく打ち震える…

「はぁっ…どうでしょうか、これは」

見れば流石のヒルデブランドも耐えられず吹き飛んだのか、エリスの視界の遥か向こう…木箱の壁が打ち崩された瓦礫の山の中に、ヒルデブランドの足が突き出ている

聞いたかな、…エリスの予想じゃ耐魔合金で無力化出来る回数には限度があると思う、強い魔術を連続して受ければ さしもの耐魔合金と言えど金属の疲労で崩れるはずだ

それを信じて何度も同じように魔術を当て トドメと言わんばかりに大技をぶつけたんだが、どうか…

「…驚、今の一撃は中々の物でした、この身が鋼でなければ耐えられませんでした」

ガラガラと音を立てて起き上がるヒルデブランド、その腹は大きく凹み傷を作っているが、…ダメだな 倒すに至ってない、もう一度同じ箇所に同じ魔術をぶつければいけるか?

いや今のは不意打ちだったから行けた 、接近戦の技量で上回るヒルデブランドを相手にもう一度煌王火雷掌をぶつけるのは至難の技だ

エリスの頬を冷や汗が撫でる、さていかに倒したものか…ヒルデブランドの攻撃は着々とエリスの体力を奪っている 長期戦になればなるほどエリスは不利、純粋なフィジカル勝負じゃ話にならない

「次…、こちらの番!」

「来る…!がぶふっ!?」

跳ねた、両足から火花が出るほどの勢いでガジェッカを酷使し正しくバネの如く飛びその距離を詰めれば、体重と勢いの乗った拳がエリスを穿つ、あの巨体をすっ飛ばす勢いがそのままに乗ってるんだ 防御もクソもない、ただ衝撃波だけでエリスは先程のヒルデブランドの倍以上の距離を吹き飛ぶことになる

…強い、もう何度目かの呟きが口を割る…また負けるのか、師匠がいない それだけでエリスはこのデルセクトで負け続きだ、いやだ ダメだ これ以上負けることは師匠の名前に傷をつける

立てなくとも立て 勝てなくとも勝て、師の名を傷つけるなど死する以上恥辱でしかない、吹き飛ばされ仰向けに倒れる体が動く 体力の有無ではない 理屈云々ではない、立つ 立ち上がる

師匠を思えば無限に闘志が湧いてくる、共に闘うメルクさんを思えば無限に立ち上がれる…

「ぺっ、…エリスはまだまだやれますよ」

「呆…、タフを通り越して笑いがこみ上げてくるぞ、先程の一撃がお前の最高の一撃だろう?、あれなら何度でも耐えられる、いくらやっても無駄だ」

これはどうやらハッタリでもなんでもない事実のようだ、耐魔合金は魔力により巻き起こった事象に対して異常なまでの耐久性と吸収性を持つ、いくら撃っても吸い込まれるように防がれる

あと煌王火雷掌を5~6発撃てれば有効打にはなるだろうが、ちょっと現実的じゃないな

…慌てるな、落ち着け エリスは今までこういう時どうしてきた?こういう時こそ落ち着いて相手を観察するのだ、…

「問…、それとも何か考えがあるか?」

「さぁて、どうでしょうか」

ヒルデブランド、全身に仕込まれたガジェットとそれをコーティングする耐魔合金により驚異的な攻撃力と防御力を実現している、特筆すべきはその対魔術防御 …魔術に対しては無敵に近い防御力を持つ

体についた傷は煌王火雷掌に寄り付いた僅かな凹みくらいで、他に撃った魔術は全て弾き返され傷という傷は見受けられない、それに凹みだって ダメージと言えるようなものではない

僅かについた凹みは爆発で無理矢理凹んだだけ、ダメージは吸収され 痛手は負わせることは出来ていない………いや待てよ?

凹んだのか?魔術を無効化してるのに?……いや よく見れない凹んだのではなく若干融解して凹んでいる…これはエリスが強力な一撃を与えて凹んだんじゃなくて…、分かった!そういうことか!

魔術は無効化出来ても それによって起こった事象までは無効化出来ないんだ!、つまり煌王火雷掌によって起こった周囲の急激な熱上昇により装甲が若干凹んで…

理解した!分かった!攻略法が!

「ふふふ、分かりましたよ あなたの弱点…」

「何?、…我が無敵の肉体に弱点など無い、あらゆる銃 兵器 魔術を弾き返した実績がある」

「ええ、そうでしょうとも!ですが…一つ試してないことがあるんじゃ無いですか?、とやっ!」

そう叫びながら 走る、ヒルデブランドの方…とは真逆 背中を向けて颯爽と走る、逃げるわけじゃ無い これは勝利に向かって走ってるだけだ!

「……吐、ハッタリですか…逃がしません」

狙い通り追いかけてきた!旋風圏跳で加速しさら逃げ…じゃない勝利に向かって前進する、向かうは一箇所!あそこへ行く!




「それでぇ?、ほらほら 逃げないとぶっ殺しちゃうぞ!」

「っ…はぁ はぁ」

ガトリング砲の猛威の前に苛まれるメルクリウス、全身から脂汗を流しながら転がり鉛の雨から逃れる、ソニアのガトリング砲は如何なる遮蔽物をも破壊するが 遮蔽物に隠れなければ即座に蜂の巣だ…

しかし、周りのものは殆ど破壊されてしまった…この木箱が全て壊れた時が私の最後の時か、ふふふ 幼い頃を思い出すな

あの頃は迫り来る終わりを前に無力感と諦念に塗れ恐怖しか覚えなかったが、今我が心は炎のように燃え上がっている、故にこそ分かる

「ぜぇ…ぜぇ、そろそろ終わらせっかなぁ…」

ソニアの狙いがさっきから格段に落ちている、当然だ ガトリング砲 あの規格の兵器は恐らく地面に設置し使うもの、それを私を追いかけるために抱えてぶっ放しているんだ、体力だって尽きてくる

体力が尽きれば精度は落ちる、追い詰められてるのは私だけじゃないんだ 奴は遊び過ぎた、そこが 戦いを主とする軍人である私と、殺しを快楽として得る奴の違いだ

「うらぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

「『Alchemicアルケミックbombボム』!」

乱射される弾幕に対し 地面に向け榴弾を放ち 爆風で弾丸を散らし、その隙にまた逃れる…こうなんども見せられてはいい加減対処法も分かる

こうして観察していて、あの武器の性質も分かった…あの武器 銃口はたくさんついているが発射する銃口はいつも一つだけ、高速回転しながら銃口を冷却してあの高速発射を実現しているんだ

そのことに気がついてから、一つ 思いついた手がある…私一人では実現できない、実現するには

「メルクさぁぁぁぁん!!!」

「エリスか!」

エリスの手が必要だ、ズタボロになったエリスがこちらにすっ飛んでくる 彼女の方も苦戦しているようだが、まぁいい 逆転の一手はエリスにしか実現出来ない、その一手さえ作れば ソニアを倒せる!

「メルクさん!実はやって下もらいたいことが…!」

「ああ、私も君にお願いしたいことがある!」


「ヒルデ!?何手こずってんだ!」

「謝…ですが、奴にもう逃げ場はありません、ここで押しつぶします」

「クヒヒヒヒヒ!、確かに! おいヒルデ!そいつら逃すな!私が諸共蜂の巣にしてやる!」

前門のソニア 後門のヒルデブランド、最初のように二人は私達を挟むように立つ、挟み撃ち…だが 最初と違うのは、私達には必勝の手があるという事!

「…メルクさん、エリスはいつでも」

「ああ、…私もいける 信じてるぞ、エリス」

エリスはヒルデブランドの方を睨み 私はソニアを睨み、私達は背中合わせの状態で立つ、作戦会議は一瞬で終わった、後は…エリスを信じるだけだ

「皆殺しじゃあぁぁぁぁぁああああ!!!!」

「鏖…!、お嬢様の敵は皆ここで死ね!」

ヒルデブランドが両手を広げ 両腕のガジェットをキリキリ鳴らし突撃すると同時に、ソニアがガトリング砲を抱え爆発するように連射をする、ここだ ここしかない!

「今だ!エリス!」

「はい!」

瞬時、その瞬間を狙って私とエリスはお互いの立場を入れ替え…


「此れ為るは大地の意志、峻厳なる世界を踏み固める我らが礎よ今、剛毅剛健を轟かせ屹立し眼前の全てを破砕せよ『岩鬼鳴動界轟壊』!」

「なっ!?」

反転しソニアの方を向いたエリスは岩の壁を作り出し ガトリング砲の銃撃を防ぐ

「遅い!」

「くっ!?」

対する私は銃撃を行い ヒルデブランドの鋼の体を撃つ、弾丸は弾かれるが それでも奴の動きは止まった!、行くぞ エリス…!

「起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り…体現せよ『眩耀灼炎火法』!!」

「『Alchemicアルケミックcoolingクーリング』!!」 

放たれるエリスの炎と私の錬金術、それはそれぞれソニアとヒルデブランドに向かい…

「な な なんだ!?私の周りに炎が…っまさか!?」

エリスの炎はソニアの周りを漂いその周辺温度を急激に高める、それではソニアにダメージは与えられられない、しかしガトリング砲の方はどうだ?急激に上げられた周囲の温度により、冷却が出来なくなった 連射によって生まれた内部の熱と衝撃が合わさり瞬く間にガトリング砲は赤熱し…  爆裂する 咄嗟にソニアはガトリング砲を捨てたが、今彼女は無敵の武器を失った

「ッッ…!?告…周囲の温度が急激に下がっています、これでは 関節が…!」

対するヒルデブランドは私の作り出した冷却弾により 周囲の温度ごとぐんぐん冷却されていく、彼女は魔術に対しては無敵だ だが魔術によって変化した周辺の環境に対しては別

特に錬金術は『変える』までが魔術だ、それによって変化した温度は魔術じゃない 自然の摂理だ、それに対する防御はまた別の話、これよってヒルデブランドの体はその速度を失う

「よくやったエリス!後は任せたぞ!」

「はい!メルクさんこそ!」

そして再び反転する、自分の本来の敵を倒すため 主人と従者はそれぞれの敵に向かう

「ヒルデブランド!貴方の弱点は周辺環境の急激なか変化です!、魔女大国は比較的温度が安定しています!、圧倒的高温や低温に対応する為の局地的な処置はしてないみたいですね!」

「惜!…この程度の温度など…!」

「いいえ、これで終わりです、水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』!」

放つのは水だ、魔術によって生み出された水では耐魔合金にダメージを与えられない、しかし 水は水だ 鉄は鉄だ、冷却弾によって急激に冷やされた鉄の体に触れた水は彼女の機械の体に入り込み 内部で 外部で凍りついていく

「あ…がぁ…か 体が…凍っ…て……」

いくら防御力が高くとも いくら魔術に耐性を持とうとも、如何ともしがたい温度は水を凍らせ、あっという間にヒルデブランドを氷の彫像へと変える、これで普通の肉体だったならこうはいかなかったろう、体の中で水が凍ればガジェットは起動しない…

鋼で体を覆い 機械で体を強化していたが故の末路だ

「鋼の体がアダになりましたね」


「ヒルデ!、テメェッ!」

「観念しろ!ソニア!」

メルクは走る、ガトリング砲を失ったソニアに向けて銃を捨て駆け抜ける、こちらに向かってくるメルクにソニアは青筋を浮かべ歯をむき出し激怒する

完全に手綱を握ったと思っていた 完全に足に敷いたと思っていた、私の暴力と恐怖に屈したと確信していた正義の化身が、今 傷だらけになりながらもこちらに向かってくる

気に食わない気に食わない気に食わない、正しい事はそんなに偉いのか?善行とはそんなにも尊ぶべきものか?正義とはそんなにも強いものなのか?

ソニアの父は言った 正しくあれと

ソニアの母は言った いい子になりなさいと

ソニアの妹は言った 姉さんそんなことしたらいけないよと

ソニアが幼い頃からみんなそんな風に口を揃えていた、ソニアは生まれながらにして他人を傷つけることに快楽を覚える癖を持っていた、…がそれを皆否定したのだ私の個性を殺そうとしたのだ!

だから全員地獄へ落とした、正義ってなんだよ 正しいってなんだよ いい事ってなんだよ!、みんな口揃えて善性を説きやがって!悪いもんはしょうがないだろ!間違ってる物はそのままでいいだろ!悪は存在さえ許さないのか!

父も母も妹も 最後には善を呪い 正義に絶望して死んでいった、そのことが堪らなくおかしく 堪らなく快感だった

だがその快感も長く続かなかった…メルクリウスだ、幼い頃から父よりも母よりも妹よりも その瞳は雄弁に私の悪事を責めていた、だから誰よりも苦しめた 誰よりも地獄に落とした 誰よりも苦痛を与え絶望させてやろうとした、借金を理由に追い詰めた 脅した 時に肉体的に 時に精神的に 時に社会的に追い詰めた!

なのに!こいつは!折れない!屈しない!絶望しない!悔やまない恐れない止まらない消えない死なない殺されない!

「なんだよ!正義って!正しいって!、お前なんなんだよ!」

「私は!私こそが正義であると名乗る資格などない!!正しくあろうと思えど正しくあり続けられた事など一度もない!」

懐に隠した拳銃を放つ、間違いなく 頭を狙った 一撃で殺してやろうとソニアは全力でメルクリウスを殺しにかかった

だが、  だがソニアの余りにも優れた射撃技術がアダとなった 読まれていたのだ、最初から殺しに来ると 頭を狙ってくると、だからこそメルクリウスは懐に手を伸ばした瞬間 身を屈め銃弾を避け、その懐に入り込む

「それでもこの国を愛するこの心こそが!正しいと!正義であると信じ続けているだけだ!」

「なぁっ!?」

銃を放ち 伸びきった手をメルクリウスに取られる、瞬間 ソニアの視点が反転する 宙をくるりと回り…手を取られたまま背負い投げられ地面へと叩きつけられる

「がぐぅっ!?」

「己の悪さえも、信じられなかった お前とは違う」

そのまま腕を捻られたまま、ソニアはメルクリウスによって組み伏せられた、動けない 当然だただの令嬢であるソニアと軍人であるメルクリウス、銃を無くせばそこにあるのは歴然たる実力の差だけだ

「悪には…居場所がないってか」

ソニアは メルクリウスの下で呻く

「善や悪で 立場や居場所が変わることなどない、ただ…貴様には 牢屋がお似合いだ」

されど、メルクリウスの目つきは変わらない…、悪だから 捕らえたのではない、メルクリウスはただ ソニアを許せないからだ、己の信じる正義に則って、幾多の命を弄んだ外道を 許すわけにはいかないから捕らえたのだ

その行いに報いを受けさせる為に

「貴方を軍部に連行します、もう…遊びは終わりです」

「…メルクリウス…テメェは、…遊ばずとっとと殺しておくんだった…」

「無理でしょう、私を殺しても きっと私とは別の人間が、貴方に報いを与えていたでしょうから」


その言葉を最後に、ソニアは力なく項垂れる…負けを認めたか 諦めたか、分からない ただ…なんだか腑に落ちたように、静かに項垂れていた……



こうして、カエルムを売り 裏で戦争を画策していた王族 ソニア・アレキサンドライトは一介の軍人、メルクリウスにより捕らえ その悪行に報いと言う終止符が打たれた

彼女によって苦しめたられた人間は数知れず 彼女によって破滅させられた人間は数知れず、悪行の限りを尽くしたソニアの濃霧に隠れされた行いは 今、白日に晒されることとなる

その視線は ソニアを見据え、その正義は悪を貫き その誇りは闇をも穿つ、メルクリウスの心は 何をも跳ね除け…信じる正義を為したのだ


……………………………………

「以上が、この一件と報告になります」

「ああ、確かに聞き届けた」

ソニアさんを倒し捕縛したエリス達は、メルクさんをポーションで治した後 街の外に出て グロリアーナさんに見えるように特大の魔術を打ち上げ彼女にこの一件の解決を知らせた

それから三日ほどだ、グロリアーナさんに命じられた直属の軍人達が大挙してクリソベリアに現れたのは

最初は敵襲かとも思ったが彼らはエリス達に一礼するとソニアさんの居城に向かい 次々と証拠品を押収し、エリス達と共に縄で縛られたソニアを専用の汽車でミールニアまで護送してくれた、途中 マレフィカルムに襲われることもなく ソニアが暴れることもなく

護送は、恙無く行われた 縄にかけられたソニアさんはまるで憑き物が落ちたかように静かにエリス達に連れていかれた、ヒルデブランドも連れているが 飽くまで罪人はソニアだけらしい

そして、エリスとメルクさんはミールニアの翡翠の塔までソニアを連れ…今 、翡翠の塔の上層に存在する総司令室にてグロリアーナさんに全てを説明しているところだ

カエルム…あれはやはり ザカライアさんの予想通り債務者を増やし 大手を振ってオモチャを増やす為らしい
マレフィカルムより製造法を買い取り、自国で大量生産していたようだ、その工場は当然停止 もうカエルムが作られることはないだろう


そしてあの銃は軍部にも内緒で作られた物らしい、一応アルクカースが戦争の準備を始めた頃、グロリアーナさんも兵器の製造数をあげるように命じたらしいが、あの数は完全にグロリアーナさんの想像を超えるものであり 何より報告にない武器も大量にあったとのこと

そして、ニグレドの奪取についてだが…あれは、ソニアとヘット 二人とも魔女を殺すと言う目的で一致したため、二人で奪取を画策していたらしい

…ソニアが何故魔女を、と思ったが 思えば彼女は同盟の瓦解が目的だった、ならば魔女は目の上のたんこぶとも言えるだろう、殺せるなら万々歳と言える

「まさか あの濃霧の中でそこまでの悪事を…、我が目も絶対ではないとはいえ、とんでもない物を見落としたものです」

「あの、グロリアーナ総司令 ソニア様はどうなるのですか?」

「死刑…と言いたいですが、あれでも王族です…易々と殺せば クリソベリアという国が崩れ国民が路頭に迷いかねない、とは言え 解放もできませんからね、彼女の処遇については もう少し考える必要がありそうです」

そもそもデルセクトは国家同盟群だ、同盟だ同盟…本来そこに上も下もない 如何にグロリアーナさんや魔女が同盟内で大きな発言権を持とうとも 一国の王たるソニアに罰を与える権限はない、一応今は同盟の規約に則って拘束しているものの クリソべリアが全面的に抗議の姿勢を取れば それさえ難しくなるだろう


「そうですか…」

「浮かない顔ですね、殺して欲しかったのですか?…まぁ 今まで受けてきた仕打ちを考えれば、それほどの憎しみを持っていてもおかしくはありませんが」

浮かない顔 メルクさんの顔は確かにあまり誇らしそうじゃないい、エリス達はこの国の一大事を解決した カエルムはもう出回ることはない、アルクカースとの戦争の火種になり得る物も排除した …なのに

「いえ、そうではありません……ただ、彼女は未だかつてやり直す機会というものを一度たりとも与えられていません、心を入れ替えてくれれば、そう思っただけです」

心を入れ替えて…か、そりゃ美徳だが 多分無理だろう、綺麗事と笑うわけじゃないが 生き方とはそう簡単に変えられない、あの人は心底他人を痛めつけることに快楽を感じる人間だ、改心してもそれは一時的なものだろう …性分とは変えられないから性分なんだ

どうしよもうないことはどうしようもない

「ふむ、まぁ 貴方の言葉は頭の片隅に入れておくとしましょう…、しかしメルクリウス 貴方が列車事故で死んだと報告を受けた時は心臓が止まる思いでしたが…死を偽装して潜入とは、全く無茶をしてくれたものです」

「すみません、あの場で打てる最善手と思い 悩む暇などなかったもので」

「もう少し周りを慮ってくれ、…流石に私と言えど 君に死なれたら悲しい」

「…いえ、ただ私は」

メルクリウスさんは無茶をするが、別に死にたがりというわけじゃない ただ、結果として最終的な勘定に自分の命が入ってないことが多いのだ、きっとグロリアーナさんがこうやって気を揉んだのは 初めてではないのだろう

「あの渓谷に調査部隊を送って、もし貴方の死体が上がってきたら…私はソニアもマレフィカルムも皆殺しにしていたでしょうね」

調査部隊が入っていたか、まぁあれから結構時間経ってるし 当たり前か、確かさっき小耳に挟んだ話では メルカバも逮捕されたらしい、置いていった結果野垂れ死に とかだと流石に後味悪いので、無事捕まってくれてよかった

「それは…怖いですね」

「でしょ、そうならなくてよかった…メルクリウス、貴方に二つ 話しておきたいことがあります」

「話ですか?」

そういうとグロリアーナは指を二本 前へ出す、話 なんだろう 悪い話じゃなければ良いのだが、グロリアーナの顔的に 多分いい知らせだろう

「まず一つ、貴方の父がアレキサンドライト家にしていた借金についてですが、アレキサンドライト家にある資料を集め確認してみたところ、ソニアは貴方の債務を何度も改竄し不当な理由で借金を増額していたようです、そのようなものに返済義務は発生しません…、そしてそれを差し引いた結果 貴方にはもう借金が残っていないことがわかりました」

「え…、ほ 本当ですか!」

「ええ、大方貴方の首輪を握り続けたかったソニアの悪巧みでしょう、ソニアがどう文句を言おうとも 貴方はもう自由の身です」

「そ うか、そうなんだ……」

拳を掲げて喜ぶでも 飛び跳ねて狂喜するでもない、ただメルクさんはそっと…肩を下ろした、ホッと一息つき 頬に一筋の光が通る、それが涙か汗かは分からない ただ一つ言えることは、彼女の心にのしかかっていた重圧が今ひとつ消えたことになる

「そしてもう一つ、…実は軍上層部が銃製造を担うアレキサンドライト家を切り崩した君を 処罰する声が上がっている」

「え?…」

突拍子もない言葉、ソニアは王族だ 五大王族だ 軍の武器製造を担う超要人だ、アレキサンドライト家が痛手を負うということはそれは軍の軍事力にも影響が大きく出るという事

軍に痛手を負わせた裏切り者とも取れるメルクリウスを処罰しろ、そんな声も出ている…意外ではない、むしろ容易く想定できた範囲の話だ、王族を切り崩すその代償は大きい…

「まぁ、私としても今回の一件でデルセクト連合軍の軍事力の低下は免れないと思っています…、それだけソニアが軍に寄与した影響は大きい」

当初は出世の為に 事件解決に乗り出したが、エリス達が想定していた以上にことが大きかったのだ、大き過ぎるあまり 事件を解決した結果デルセクトに影響が出てしまうほどに

処罰…どのようなものになるのか、降格か 軍を追い出されるのもあり得る、処刑…は考えたくないな、正義を為して死ぬのがこちらとはあまりに惨めだ

「と 言うこともあったが、つい先程 その話もなくなった」

「なくなったんですか?」

「ああ、君の功績に罰なんぞで答えようなど愚行の極みと 軍上層部に抗議の声が上がったのだ」

抗議って 一体どこから、というか軍の上層部を黙らせられる抗議の声など…あ、そうか なるほど、分かった つまり

「紅炎婦人セレドナ様が 今回の一件 今回の功績、メルクリウス・ヒュドラルギュルムを手厚く讃えるようにと…連絡があった」

セレドナさんだ!、セレドナさんがエリス達の味方をしてくれたおかげで誰も何も言えなくなったんだ、五大王族の軍部への影響は計り知れない ソニアさんの一件で痛感したそれが、今度はエリス達の身を助けてくれたんだ

有難い、本当に あの人には今度会ってお礼を言わないと

「そうですか、セレドナ様が…」

「そして話というのがこの先です、私としてもセレドナ様としても 今回の一件は君の評価を大きくあげたと言ってもいい、なので 君には昇格してもらいます」

「昇格…昇格ですか!」

思わずガッツポーズをとるメルクさん、忘れかけてたが元々この為に戦ってたんだ 出世の為にカエルム解決に乗り出したんだ、その結果出世できなければ骨折り損のくたびれもうけ…ってわけじゃないが 流石に気が抜けてしまうところだった

「いえ、本当はもっと早く 君を引き上げる予定だったんですよ?、それをソニアが借金やら何やらと文句をつけてきたせいで君を今日まで一介の軍人として扱ってきましたが、君の実力は既にその歳で軍でも上位に入るものです」

「そ そんな、私なんかまだまだで…」

「事実を言ったまでですよ、とりあえず今回の功績と君が今までしてきた仕事 本来受けるはずだった賞与も合わせて評価した結果、君には一介のヒラ軍人から 総司令補佐に昇格してもらいます」

「そ 総司令補佐!?補佐って…補佐!?」

そういえば以前もそんなこと言っていたな、メルクさんは非常に真面目かつ実力ある軍人だ、エリスが知る限り毎日殆ど休みなく働いている、それは借金返済という目的もあるだろうが それ以上に彼女は軍人としてあまりに真面目なんだ

その真面目一徹の働きと今回の功績を合わせた結果、下っ端軍人から一気に総司令補佐 つまりこの軍の頂点の右腕にまで上り詰めたのだ、いや多分グロリアーナさんの個人的な思いも強いのだろうが…まぁいい 決めるのはグロリアーナさんだ、そこに文句をつけられる人間は今はいない

「取り敢えず 明日から君には私の補佐官として働いてもらいます、忙しくなりますのでそのつもりで、というか明日から私も忙しいので 期待してますよ、何せこの同盟の大王族の一角を崩してしまったんですから」

「りょ…了解!、このメルクリウス!全霊で職務を全うします!」

エリスも合わせて敬礼する、…これで目的である出世は果たせた 、後は何とかニグレドを確保して師匠を救出し魔女フォーマルハウト様を正気に戻すだけだ

いや…、いやこれは大元の目的にはないことなのだが、エリスにはまだ気掛かりがある、今回の一件 犯人はソニアだが、ソニアだけじゃない…彼女に協力し力を貸していた存在がまだ捕まっていない

マレフィカルム 大いなるアルカナの一人、戦車のヘット…大勢の部下と右腕 そして協力者を失った奴に今更何が出来ると思わないでもないが、逆に行って仕舞えばあいつがいる限り何の解決にもならないんじゃ…

「ではもう一つ、褒美として我が玉肌をご覧に入れましょう」

「それはまたの機会に…」


「失礼します!グロリアーナ総司令!緊急の連絡が!」

そんな嫌な予感が 形と音を伴って、扉を大慌てで開け報告に来る軍人 という形で具現化する

「何ですか?、緊急…?」

「それが、ソニア・アレキサンドライト護送の隙を突かれ 黒服の男に金剛王ジョザイア様の身柄と 『第一工程・ニグレド』が奪われてしまいました!」

……動いてきた、魔女殺しの思惑が本格的に このデルセクトで決めの一手に掛かってきた
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