孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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五章 魔女亡き国マレウス

91.孤独の魔女と優しい人、優しくあろうとする人

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ソレイユ村冒険者ギルド 、もう随分前に老齢になった酒場の店主から譲り受けそのまま改装して作られたこのギルドは、一応酒場としての体裁も担っており、普段は酒も提供しているソレイユ村唯一の大人の社交場だ

そんな酒場の一角のカウンターに突っぷすように倒れる一つの影、どんよりとした空気をまとったまま そいつは微動だにせず、ただただこう呟くのだ

「…最近……エリスが冷たい…」

レグルスだ、孤独の魔女レグルス この世界最強の存在の一角が今 田舎村の酒場で落ち込み倒れているんだ

理由は単純…弟子が、エリスが この村に来てからなんか冷たいんだ…

いや、エリスとてもう12、思春期だ 聞けばそろそろ親に反抗を始める頃合い、弟子である彼女が師匠に反抗し始めてもおかしくない頃かもしれない

今までエリスは私に付き従い、師匠師匠と慕ってくれた…そんなエリスを私も可愛がっていたつもりだが、それもそろそろ鬱陶しく思われ始めているのかもしれない 

そう思えば思うほど、ため息しか出ない…

「何故だ、エリス…なぜあまり口を聞いてくれない…」

このソレイユ村に来てから、なんか急に冷たくなった…宿に泊まってもあんまり口を聞いてくれないし、なんか隠し事をしているのはわかるが 何かは見当もつかない

どうしよう、弟子をやめたいとか言われたら…私悲しくて泣いちゃう

「店主…酒をくれ」

魔女は酔えない、酔えないが今この寂しさを紛らわすのは酒しかない、酒を飲みたい そう思い店主の女に声をかけるが

「すみません、冒険者の一人が飲み干してしまいまして」

なんと…、いやここはあまり商人も立ち寄りない村だ、酒もあまり多くはないか、なら仕方ない…しかしこのままでは口が寂しい、もう水でもいいからくれ

「何か…他にないのか?」

「一応、ミルクでしたら出せますが」

「それでもいい…」

というと女は手際よく木のコップにミルクを注いで私の前に出す

ははは、なんて事だ 魔女たる私が寂れた村で弟子に嫌われミルクを飲む…なんて惨めなんだ私は……

目の前に置かれた白い海を見て静かに考える、気になるのはやはりエリスの件 あの子が私に対してああいう反応を取るのは初めてだ、修行にも身が入っていないし 悩み事でもあるのか?そう聞いてもなんでもありません…

力になってやりたいと思えどエリスは私の手助けを必要としていない、彼女も大人になったと静観すべきか?、だが一人で解決できる範疇ならそれでいい そうでないとしたら…

もはやあの子は私の娘も同然だ、本当の母親はいるかもしれないが…それでもここまで育ててきた者として一端の母親づらはしてもいいはずだろう…

「はぁ…」

突っぷす、だめだ…どうすべきかまったくわからん、静観すべきか無理に聞くべきか 物事はこの二択だというのに、…いや本当にその二択か?それもわからない

「おーい、カリーダ~酒くれよ酒~、あるだろう~?」

酒場の扉を乱暴に開けて男が入ってくる、こいつもまた私と同じで酒を求めて来た人間か、だが残念だったな

「すみません、今お酒切らしてて」

「うぇっ!?マジかよ、久々に飲もうかと思ってたのによぉ…間が悪かったか」

店主の女…カリーダというらしい彼女の言葉を受けてひどく落胆する男の声を腕越しに聞けば、なんだか面白くて 突っ伏していた体を起こしミルクを持つ

「残念だったな、酒はないらしいがミルクはあるらしいぞ、お前も飲んでいったらどうだ?」

そう言いながらミルクをこれ見よがしに差し出しからかってみる、するとその男は

「マジか…まぁそれでいいわ、カリーダ 俺にもミル…ク…を……」

そして目が合う、店に入って来た男と…、そいつは黒い髪と豪奢な剣を腰に差した、見覚えのある顔で…

「あ…」

「あ…」

二人とも目が合い硬直する、そうだ私にも見覚えがあったが 奴にも覚えがあったのだ、私の姿と私の名に、そうだ それは…

「ヴェルト!?貴様 アジメクのヴェルトか!?」

「て て テメェっ!?なな 何でここにいるんだよ!?」

ヴェルトだ、ヴェルト・エンキアンサス…元友愛騎士団の団長にしてかつてスピカを殺しに来た男、我々に敗れ行方不明になっていたはずの男がひょっこり私の前に姿を現したのだ

私は当然 ヴェルトもまた剣を取り構えを取る

「ヴェルトさん!?剣なんか構えていきなりどうしたんですか!」

「どうしたもこうしたもねぇ!カリーダ!危ないから外に逃げてろ!」

「危ないのは貴様だ!酒場でいきなり剣を抜くな!」

「全身凶器が何言ってやがる!、なんだ スピカに頼まれて俺を殺しに来たか!突き出しに来やがったか!」

何を言ってるんだ、…ああいや ヴェルトは未だにスピカに追われていると思ってるんだ、スピカとしても己の過ちを認めてヴェルトを許している…が、それは国外逃亡しているヴェルトは知る故もない

あの時スピカを守るために戦って来た私が、今度は叛逆者を捕まえに来たと勘違いしているのか

「ま 待てヴェルト!私は…」

「待て!」

私とヴェルトの制止の言葉が重なる、なんだ?待つって…いや違うヴェルトの言葉は私に向けられたものじゃなく…

「トリンキュロー!」

「フッ!」

その言葉と共に私は腕を後ろに伸ばし虚空を掴めばそのまま地面へ叩きつけ…

「ぅぐぅっ!?」

「影に紛れ 相手の背後を取る戦術、何度も効くかそんなもの!」

私の手によって地面に叩きつけられたそれは 床にヒビを入れ苦悶の声を上げている、見覚えのあるメイド服 目元を隠す長い髪、確かこいつもスピカを狙って現れた暗殺者、名前は確か トリンキュローだったか

一瞬で相手の背後に回り首を搔き切る空魔一式・絶影閃空、それはかつて見たことがある、初見では面を食らったが 何度も効く程私は甘くない

暗殺者トリンキュロー…まぁいるだろうな、こいつがヴェルトを連れて行ったんだ、行動を共にしていても疑問はない

「く…くそ!」

「一瞬で首を取りに来るか、なんだ貴様ら…私を殺すのを諦めていないのか?、かかってくるなら容赦せんぞ」

「チッ…」

「ちょ ちょっと!ヴェルトさん!トリンキュローさん!賢人さんも!、喧嘩はやめてください!」

カリーダの言葉で冷静になる、そうだ こいつら勘違いしてるんだ、…ここで私とヴェルトが戦えば負けはしないだろうが、少なくともこの村は村としての機能を失う程に傷を負うことになる、それはヴェルトも本意ではないはずだ

「待て、ヴェルト」

「ああ?」

手を上げ、制止する 落ち着けと…その言葉に反応するように、私の敵意のなさを感じたのかヴェルトもまた剣を下ろす

「座れ、ミルクを飲もう」

「はあ?…………いや、分かった カリーダ、すまん 俺とトリンキュローにもミルクを頼む」

ヴェルトは数秒考え込むと剣をしまい、どかりと私の隣に座る、カリーダもまた疑問まみれの顔をしながらもちゃんと彼にミルクを差し出してくれる

「すまんな、店主…一旦席を外してくれ」

「あの…喧嘩はやめてくださいよ?」

「分かってる、仲直りするんだ…帰ってくる頃には肩組んで歌ってるよ」

はあ… とカリーダは気の抜けた返事を返しながらもそそくさと酒場を出て行く、これで酒場は私達だけだ、トリンキュローも苦悶の声を上げながらもヴェルトの隣に座る…がこいつは敵意むき出しだ 私に見えないようにナイフを構えている、まぁ 今更どんな不意打ちを受けようが効かんがな

「で?…なんだよ」

「いや、お前達の誤解を解こうと思ってな、別に私はスピカの頼みでお前達を連れ戻しに来たわけじゃない」

「信じられませんね、そう言って私達を油断させる気では?」

誤解を解こうと本当のことを言うが、トリンキュローは認めない、前髪に隠れて見えないが その目は懐疑に彩られていることだろう、しかしそんな言葉をヴェルトは手で制すと

「いや、多分マジだろうな、こいつが本気になれば不意なんかつかなくても俺たち2人程度容易く叩きのめして連れて帰れるんだ、嘘なんかつく理由がねぇ」

「ああ、その通りだな…信じられないなら実践してやってもいいが、…私はただ弟子との修行の旅でここに立ち寄っただけだ」

「…………ヴェルトが言うなら、信じましょう」

とりあえず信じてくれたようだ、ヴェルトは安堵のため息を吐くと目の前のミルクを一口飲む

「弟子との…ねぇ、まぁいいさ 俺たちを捕まえに来たんじゃなけりゃなんでもな、俺も今は捕まるわけにはいかねぇんだ」

「ほう?、そこのメイドと温かな家庭でも築いているか?」

「……ッッ!?!?」

「そんなんじゃねぇよ」

そんなんじゃないか、だがなんかトリンキュローが慌てふためいて席を立っているが、実際はなんかあったんじゃないのか?、まぁトリンキュローは何も言わないから分からないが

「この村で 弟子を取ったんだ、こんくらいの小せえガキだが熱心でな…今そいつの修行を放り出す気にはなれねぇ」

「ほう、アジメク最強の男が弟子を、余程見込みがあるんだろうな」

「囃すなよ、昔程の情熱もねぇんだ もう弱くなってるよ俺は、…ただステュクスの あの目は…昔の俺を思い起こさせた、誰かの為に剣を振るおうとするがむしゃらな目、そいつが気に入ったから弟子にしたのさ」

「ステュクスというのか?その弟子は」

「おう、ステュクス・ディスパテル…、なんでも母親がアジメクの貴族に昔奴隷に囚われてたらしくてよ、貴族に孕まされて産んじまった子供…姉がアジメクにいるらしい…、その姉を助ける為にステュクスは剣を振るってるらしいんだ、元とは言えアジメクの騎士だった訳だしな 他人事ってわけにもいかねぇだろ」

「…は?」

ちょ ちょっと待て、なんか急に色々情報が出たぞ?ステュクス…ディスパテル?、ディスパテルだと?その姓はかつて聞いたことがある、もう五~六年も前に一度聞いたきりだからイマイチ確証は持てないが

その名はエリスの母 ハーメア・ディスパテルと同じ姓だ、そして奴隷…アジメク…まさか

「おい、そのステュクスの母 まさかハーメア・ディスパテルと言うんじゃないよな」

「……なんで知ってんだ?」

パチパチと色んなものが頭の中で符合し一つの情景が浮かび上がり ようやく全体像が見えてきた、いや 見えてきてしまった

ハーメアはエリスの言葉からてっきり死んだものと思っていたが、どう言う手品かトリックか、実は生きていたのだ…それがハルジオンの元を抜け出してこのマレウスまで逃げてきていた

…確かに、エリスの様子がおかしくなったのはこのマレウスに入ってからだ、マレウスに入ってからエリスは急に私に内緒で何かをしていることが多くなった、このソレイユ村に来たいと言い出したのだって唐突だった

今思えばエリスは全て知っていたのかもしれない、母が生きていることとこのマレウスにいることを、きっとこそこそ動いていたのはハーメアの所在を私に隠れて探していたんだ

たった一人で、実の母を探して…だからあんな風に様子がおかしかったのか

「くそっ、…もう少し 話を聞いていれば…」

「おい、どうしたんだよ なんでハーメアの名前を知ってんだよ」

ヴェルトの言葉も耳に入らないくらいは、私は考え込む

エリスはハーメアに会いたいのだろうか、慕っていた母だ 一目会いたいのは分かる、だが…もし ハーメアをエリスが恨んでいる場合はどうだ?

エリスからしてみれば自分を裏切り地獄へ置き去りにした母が、全く別の国で別の家族を作り自分ではない子供を可愛がり幸せに暮らしていたとしたら、あの子はいったいどう思う

母のことを思い涙したあの子の心は、地獄で孤独に過ごしたあの子の時間は、いったいどうなるというんだ…

恨んでいる可能性もある、そして恨んでいた場合 エリスはどんなことをするか分からない、だから私に何も言わなかったんだ…私に言えば 止められるから

「ッッ!!」

「おい!どこに行くんだよ!急に立ち上がって!」

「ハーメアに会いに行く!」

「やめとけ、無駄だ…もうハーメアは死んでるよ、二年前 病で倒れたらしい」

「なっ!?」

倒れた?ハーメアが?ここに来るよりもずっと前に…、そんな…じゃあ一体…エリスは、それを知ったらエリスは…一体……

「おい、何を急に慌てているんだよ、事情聴かせろ」

「…もしかしたら、そのステュクスの探している姉というのが…私の弟子かもしれないんだ」

「なんだと!?マジかよ!、いやでも悪徳貴族に捕まってるって話じゃ」

「その悪徳貴族の名はハルジオン、タクス クスピディータ家の三男坊だ アジメクの騎士のお前なら奴がどんな人間か知ってるだろう」

「ハルジオン…確か、奴隷買い漁ってコレクションしてたってあの病気の豚みたいな面のゲス野郎か、知ってるぜ …顔も見たことある、けど…いやそうだな 十分あり得る、というか寧ろそんなことするのはハルジオン以外考えられねぇ」

ハルジオンは奴隷を買い漁る虐げることを趣味としていた、それはアジメクにいる人間なら誰でも知ってるくらいには有名だ、騎士団長の彼ならなおのことだろう

「それで…なんでお前がそのハーメアの娘の面倒見てんだよ」

「色々あったんだよ、面倒臭いから説明は省くが ハルジオンが死んだ時私がその子供を拾ったんだ、それ以来弟子として育てている」

「めちゃくちゃ省いたな…、まぁいいや しかしごちゃごちゃしてきたぞ、まさかここに来てこんなことになるなんてな…」

「ああ、ともあれ私は弟子のところに向かう、もしかしたら自分を置いていったハーメアを憎んでいる可能性がある、下手をすればそのステュクスにも手をだしかねない!」

エリスは利口な子だ、はっきり言って激昂しているところを見たことがない、だからこそ怖い 一度切れたら何をするか分からない、もしステュクスに手を出そうとしているなら止めないと

「おい待てよ!せめてその弟子の名前 ステュクスの姉の名前くらい聞かせろ」

「…エリスだ」

「エリスねぇ、…わかった…ってか、ん?アジメクでエリス?どっかで聞いたような聞いてないような」

首をかしげるヴィェルトを置いて酒場の出入り口を叩き開けエリスを探す、今はのとにかくエリスと話して…くそっ、あの子の苦悩に気がつけなかった不甲斐ない師を許せ…エリス!




…………………………………………

「はぁーい、いらっしゃーい!」

「お お邪魔します、ウルキさん」

足を踏み入ればギジリと木の床が音を鳴らす、部屋の中は見た目通り質素で簡易的なベッドと木の机と椅子 その上に散乱した書類の数々が窓から差し込む光を反射して白く淡く輝いている

浮かび上がった埃がキラキラと光の粒子になるほどに、静かで何もない部屋に エリスは今招かれた

「何もないところだけど、まぁ外よりはゆっくりできるでしょ?」

「ありがとうございます、ウルキさん」

まぁまぁ と手をヒラヒラ振りながら椅子に座る女性…ウルキさんに頭を下げる

エリスはあれから…ステュクスと別れてから、そのあまりの情けなさと後悔の念 師匠への申し訳なさから涙を流しているところをこのウルキさんに拾われ、私の借りてる家があるからそこでお話をしましょう?と言う言葉に誘われてエリスはほいほいついてきたわけだ

…というか、今のエリスに何かを詳しく考えたり 変に意地を張れるほどの元気もない…

エリスは、ハーメアを憎んでいる それは変わらない、けれどあの墓とステュクスの顔を見たら、無性に虚しくなったんだ

愛されもしない 親もいない自分を見て、親に愛される彼があんまりにも羨ましかった、なんでエリスはそこにいないんだろう なんでエリスはハーメアに連れて行ってもらえなかったんだろう、なんで地獄から救い出してくれなかったんだろう

そうぐるぐる考えれば考えるほどに、辛くなって 悲しくなって…

「はぁ…」

ため息をつきながらエリスも椅子に座る…、ウルキさんはエリスの話を聞いてくれると 相談に乗ってくれると言ってくれた、見も知らぬ女性だ 面識すらない…けれど彼女の優しさは今のエリスに突き刺さった

誰でもいいから慰めて欲しい…

「重いため息ですね、名前聞いてもいいですか?」

「え?…はい エリスはエリスです」

「ふぅーん、エリスちゃんって言うんだ」

ウルキさんは頬杖をつきながらエリスの顔を相変わらずジッと見ている、観察するようでいて 慈しむように優しい顔でジッと…

「すみません、せっかく家に上げてもらったのに…ため息ばかりで」

「辛そうに泣いてから連れてきたわけだしね、いいのいいの…私で力になれることがあるならなんでもするわ」

「…なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」

ウルキさんとエリスは初対面だ、かつて面識があったとか 何か恩があるわけでもない、優しくされる理由が思いつかない

「人間の感情や行動全てに理由があるわけじゃない、人は無意味に残酷になれるし無意味に優しくなれる…、そんな感情の紛れで起こる事象の理由を一つ一つ紐解いてたらキリないよ」

「そうですけれど、エリスとウルキさんは初対面ですよね 道端ですれ違うだけの相手をなんとなくで助ける人は少ないと思います」

「随分スレたこと言うんだねエリスちゃん、世の中そんな捨てたもんじゃないよ、現にエリスちゃんは泣いてるところにこんな優しいお姉さんに出会えた、ね?捨てたもんじゃないない」

ニィと笑うウルキさん、まぁそうか…というか 慰めよう励まそうとしている人間捕まえて目的はなんだって問い詰めるのも失礼だな、ウルキさんは少なくとも悪い人のように見えない、心底エリスを心配してくれているのが伝わってくるから

「…最初に比べて幾分口が聞けるようになってきたね、よければこの優しいウルキお姉さんに何があったか聞かせてくれる?、力になれるかはわからないけれど できることはやるつもりだからさ」

話せば楽になるかもだしね?、そう言いながらウルキさんはエリスの話を聞いてくれるという、…普通なら こんなこと見も知らぬ人に言うべきじゃないのはわかる、これはエリスの問題だ

だが、エリスの中だけで解決できない問題であることも理解している、話して何か変わるか分からない だが話さなければ何も変わらないのは分かっている、ならここは…相談すべきなのだろうか

「…じゃあ、話…聞いてもらっていいですか?」

「いいですよ?」

「…実は、エリスにはお母さんがいるんです…それで…」

一度、話してしまおう そう思い口を開けば、驚いたことにエリスの口からはスラスラと言葉が続くように飛び出てきた

全部話した、師匠に話していないことも全部 母のこと父のこと ステュクスのこと、そして奴隷だったことや捨てられたこと、そして先ほどあったこと

堰を切ったように続く言葉はエリスの意思を無視して次々ウルキさんへぶつけられた、ウルキさんもそれを黙って聞いている 、頬杖をつきたまま微笑み 都度都度頷きながら

…本当に不思議だ、こうやって話すだけでこんなに楽になるんだ、聞いてもらうだけでこんなに胸って軽くなるんだ、ウルキさんと言う通りだった

「お母さんがエリスちゃんを捨てて 知らぬところで子供作っていた…ね」

話終わる頃には エリスの中に渦巻いていた悲しみも虚無感もなにもかもなくなっていた、もうこのままお礼言って外に出て行ってもいいくらいだ

「思ったよりヘビーな話だったね」

「ごめんなさい…でも、…やっぱり悲しいです 母親に二回も裏切られた気分です」

「そうだね、母親がエリスちゃんに申し訳ないと思っていたかどうか、それはこの際関係ないね、エリスちゃんが傷ついたことは事実なわけだしね」

肯定してくれる、その怒りは正しいと その悲しみは正当だと、エリスの全てを肯定してくれる、そうだ みんなハーメアの気持ちはどうこう言うが エリス自身の気持ちはそれじゃあどうなるんだ、師匠が助けてくれたからこうやってこの場にいることはできるが、もし何事もなければエリスはきっとまだハルジオンの屋敷で酷い扱いを受けていた

いくら謝られても、そこは変わらないわけだし…

「その上子供を作ってそっちの方を可愛がってたんだもん、いくら恨んでるって言っても そりゃあ怒るよ、辛かったねエリスちゃん そしてよく話してくれたね」

よしよし と言いながらウルキさんはエリスの頭を撫でてくれる、あったかい手…まるで師匠みたいだ、心が落ち着く 

「親に裏切られていたから悲しい…ね、なんかその気持ちわかるなぁ 私も似たような経験あったからさぁ」

「そうなんですか?」

「うんうん、辛いよね 悲しいよね親から捨てられるのは、憎くて憎くて仕方ないし 顔を思い浮かべるだけでもうどうしようもなくなるよね、エリスちゃんが泣いちゃう理由分かるなぁ」

ウルキさんは理解を示してくれる、というよりこの人自身似たような経験があったらしい、簡単にわかった気になるな!と言いたくなるが…ウルキさんの目は口からでまかせを言っているようには見えなかった

その目は その悲しい目はまるで古傷だ、エリスように今現在傷ついた心は場合によって治癒できるだろうが、ウルキさんはもう治せないところまで来てしまっているんだろう、その古傷は永遠に残り続ける、そしてウルキさんはこうなるなと言わんばかりにエリスに理解を示してくれている

するとウルキさんは首を傾げ唸り始める

「でも一個わからないところがあるなぁ」

「分からない?えっと、どこでしょうか…説明が下手ですみません」

「ううん、話の内容じゃなくて…」

ウルキさんはエリスの胸をトントンと指で突き

「なんで、憎んでるステュクス君を傷つけずに帰ったの?」

「え?」

傷つけずに?…って、そりゃ…傷つける気も失せたから…

「傷つける気も失せたから…エリスちゃんはそういうけれどさ、ぶっちゃけ超憎いでしょ、恵まれて育った癖にお情け与えるみたいに助けたいって、泥と血の味も知らない人間が抜かす甘ったれ程腹の立つものはないでしょ?」

……その通りだ、エリスはステュクスの姿を思い返すと無性に腹が立ってしょうがない 、拳で打ち据えて黙らせてやりたくなる

その感情はハーメアの子だからだとなんとなく決めつけていたが、そうだよ あいつは全部を最初から持っていた、捨てられ失ったエリスの気持ちなんかわかりもしないのに助けたい 仲良くしたい…バカにしているとしか思えない

「ふふふふふ、いい顔だねエリスちゃん 、エリスちゃんは自分のことを勘違いしてるせいで間違えたんだよ」

「自分のことを?」

「そう、きっとエリスちゃんは優しい子じゃない」

きっぱり言い切られた優しくないと、でも不思議と反論は湧いてこない

優しくあろうとはする 常々そう考えて行動している、出来る限り優しく…だから人を助けるし見捨てたくない

でも同時にずっと思っていた

『優しくあろう』と心掛けなければエリスは優しくなれないんじゃないか?、優しくあろうとする姿はエリスの表面上に貼り付けられた仮面に過ぎないのではないかと

いや、人に優しくしなくてもいいというわけじゃない、だけど…うん 理解できた

エリスはきっとステュクスにだけは優しく出来ない、気に入らないんだあの子が 受け入られないんだステュクスが、他の誰にも優しく出来ても ステュクスとだけは分かり合えない

弟だからか、或いは彼の助けたいという言葉が気に入らないのか…ともあれ、変に優しくしようとするから辛いのだ 、分かり合えないなら無理に分かろうとするのは苦痛だ、苦痛を伴うなら考えなければいいんだ

「耳障りのいいことばかりじゃ世の中回らない、善と悪があるから人足り得る、完全に善良な人間などいやしない、優しくしたい人間にだけ優しくしてればいいのよ」

「そうだったんですね、…、ありがとうございます、ウルキさん おかげでまとまりました」

「もうまとまったんですか?、大人ですねぇ…」

「ウルキさんのおかげです、…優しさって無条件に与えるものじゃないんですね

そう言いながら椅子を立つ、いやいい人に会えた この国に来てからロクな人間に会えていないからその分この人の心象もエリスの中ではすこぶるいい

助けてもらえたからいい人判定か とは言われそうだが、結局はそうだ どんな清廉潔白な聖人でもエリスに害を成せば嫌な人 どんな極悪非道の外道でもエリスを助ければいい人だ、極端な話だが

もうステュクスに対してあれこれ考えるのはやめよう、変に取り繕うのもやめだ、エリスはあいつが嫌いだ、子供でも実の弟でも…


「相談に乗ってくれてありがとうございます、それじゃあエリスは…」

「待ちなさい」

そう声がエリスを止める、待てと ウルキさんの声だ、彼女はエリスを声で押し止めるとともに、その肩を掴む…

強い 強い力で、肩を握る…振りほどけない程に強い!?何者なんだこの人!

「確かに相談に乗るとは言いましたが…誰が 無償で…なんて、いぃ~ましたかぁ~?」

「ウルキさん?…何を…」

視界の端でヌルリとウルキさんが蠢き エリスの背後に立つ、冷たい心地がエリスの首筋を撫でる、この感覚は…死の感覚

「私があなたの正体を知らないと思いましたか?、エリス…三ツ字冒険者 瞬颶風のエリス、流浪の暁風エリス…」

「な 何故それを」

「有名ですからねぇ~え、貴方」

知っている 知っていたんだウルキさんは最初からエリスの正体を、だから近づいてきたのか それとも名前を聞いて初めて知ったのかは知らないが関係ない、この人はエリスの正体を知り だからこそ対価を求めているんだ

やってしまった 迂闊だった、この国に来てからと言うもの エリスは程度の低い人間にしか出会ってこなかった、心のどこかで『所詮非魔女国家だ』という油断があった、その気になればこの国の人間程度どうにでもなると無意識下で思っていたんだ

だからこそ、今エリスはウルキさんに足元をすくわれそうになっている

「何を求めるつもりですか?…」

「何も金銭や肉体を要求するわけじゃありません、貴方にはやってほしいことがあるんですよ」

「やってほしいこと」

浮かぶのは 殺し 不正 悪事 並ぶ言葉はどれも良からぬものばかり、そりゃそうだ態々『対価』として要求する事柄なのだから、生半で容易いことでは無いはずだ

身構える、最悪の事態に備えて…もしこの人がエリスに嫌な要求をするなら、悪いがエリスは逃げるつもりだ、…なんてエリスの警戒をよそにウルキさんは後ろを向くと

「貴方にやってほしいこと、それは…」

その手には 長く鋭く 黒光りする鞭が握られている、なんだ…なんなんだ!?エリスをそれで引っぱたこうというのか!?言うことを聞かないと鞭で打つぞと!?



「私の授業を受けてもらいたいんです」

…………は?、は?え?…ん?は?…授業?授業って…え?授業?

「何言ってるんですか?」

思わず思考が停止する、エリスの警戒していた言葉のどれにも該当しない言葉の登場に思わずエリスは面食らう、何?授業を受けてほしい?…そういうウルキさんの顔はとてもにこやかで

「はい、授業…というか 今度は私の話も聞いてほしいんですよ」

「すみません、状況も何もかも飲み込ません…一から説明お願いできますか?」

額に指を当ててため息をつく、いや こういうのはあれだな 変に考えても答えはでない、ならここはおとなしく聞くしかない、というか 何がどうなったら対価で授業の受講を要求されるんだ…

「いやね?、私考古学者やってるって言ったじゃないですか、実はその縁というかなんと言うか…今度王都で子供達に歴史を教える機会に恵まれたんですが…私あがり症で、エリスちゃんを子供に見立てて授業の練習ができたらなぁ…と」

「子供に授業を教える練習をしたいってことですね、…じゃあその鞭は…」

「だって教鞭をとるっていうじゃないですか、私格好から入るタイプなんです」

「本物の鞭チラつかせて授業する人見たことないですよ」

一番怖いのは手の鞭ではなくその無知…なをて洒落を言う余裕がないほどにエリスはあきれ返る、なんだそう言うことか…この人の異様な雰囲気に飲まれてエリスが下手に警戒しすぎただけか、いやそうだよ 別にこの人そんな怖い人じゃないじゃないか

エリスは何を警戒していたんだ

「まぁ、エリスでお役に立てるなら…ウルキさんの役にも立ちたいですしね」

「ほんと!、いやぁよかったぁ 私がこうやってお願いするとみんな悲鳴あげて逃げちゃって…」

「その鞭が悪いのでは」

ビシィ!と音を立てて手の中で鞭を鳴らすウルキさん、あと鞭だけじゃなくてその異様な雰囲気、不思議な雰囲気とも言えるが ウルキさんはなんだかこう…変に並外れた何かを感じる、さっきエリスの肩を掴んだ時の力といい この人実はめちゃくちゃ強いのでは

「では、授業を始めます…席につけ!」

「鞭で床を叩かないでください!エリスはサーカスの動物じゃありません!」

と言いつつ席に着く、この調子じゃほんとに鞭で叩かれそうだし…しかし歴史の授業か、師匠以外の人間にこうやって何かを教えてもらうのは初めてだな、特に歴史に関しては師匠はあんまり教えてくれない…と言うより全く教えてくれないと言ってもいいかもしれない

普通の人間が歴史と呼ぶ数百年前の出来事も八千年を生きる師匠にとってはつい最近の出来事だ、歴史と言うものを弟子のエリスに教えることに あんまり重要性を感じてないのかもしれない

自分で調べれるのにも限度があるし、ちょうどいいじゃないか この人は考古学者、歴史のプロだ…些か不思議な人ではあるが 考古学者を名乗る以上エリスより歴史に詳しいのは確かだ

「それでは…えぇーっと…何から教えたらいいんでしょうか、エリスちゃん 何か質問はありますか?」

始まってもないのに質問もクソもあるか…、ウルキさんは席に座るエリスを前にしどろもどろだ、あがり症と言うより誰かに何かを教えることに慣れてないみたいだ…

ここはエリスが何か質問して 話を軌道に乗せるのが一番だろう

「では先生質問です!」

「お、なんかそれらしくなりましたね…ではなく、はい エリスさん」

「ウルキ先生が一番得意な時代ってどこらへんですか?」

人には得意不得意がある、それは考古学 歴史においても変わらない、何せ歴史とはこの世界が生まれてより今この時まで時を重ねた分だけ存在する、その全てを克明に知る者などいない、故に最も得意な部分を聞いてみようと言うのだ

「ふぅーむ、得意な…ですか、得意かはわかりませんが 好きなのはやはり十三大国時代ですね」

聞いたことない時代が来た、…いや十三の大国?どこかで聞いたな どこだ…、ああ 思い出した フォーマルハウト様が確かそんなことを言っていた、確か八千年前 大いなる厄災が起こる前に十三の大国があったと

「もしかしてそれって八千年前の?」

「よく知ってますね、この時代は文献も少なく知っている人が少ないんですよぉ~」

そりゃそうだ、それは魔女が意図的に当時の情報を削除し 記録を抹消しているからだ、むしろよく知ってるはこちらのセリフだ、エリスは魔女本人から聞けたが この人は一体どうやって消されているはずの歴史を知ったんだ

「魔女が生まれ落ちた時代、…十三の大国がそれぞれの栄華を極め そして大いなる厄災により全ての栄光が潰えた栄衰の時代 それが十三大国時代です、丁度いい では私はこの十三大国時代について 軽く講義をしてあげましょう」

そう言うとウルキさんはポイと鞭を捨ててエリスの前に座る

「エリスちゃんは十三大国時代についてどこまで知っていますか?」

「魔女が生まれ 世界が滅びかけたところまで…」

「つまり何にも知らないんですね、そもそも歴史は大きく二つに分けられます、魔女の治世が誕生する前の…『前魔女時代 』そして魔女が絶対の支配圏を確立した…『魔女時代』、今は魔女時代ですね」

「ならその十三大国時代は…」

「前魔女時代ですね、一応魔女は存在はしていますが まだ魔女の治世ではありませんでしたから」

なんだかこの人思ってるより詳しいぞ、…魔女達は歴史を語らない そして教えない、故に魔女時代以前の話は必然的にどこに言っても聞くことができない、筈なのに …考古学者ってすごいなぁ

「十三大国時代はその名の通り 大陸に十三の大国が存在し大陸を支配していた時代です、今の魔女大国達とあまり変わりませんね、唯一違う点があったとすれば当時はまだ魔術など存在せず それに代わる術があったくらいでしょうか」

古式魔術よりもさらに古い魔術?、聞いたこともない なんなんだそれは…

「なんですか?その術って」

「さぁ、そこまでは…ただ魔術のような術抜きでは説明がつかない箇所が多くあるので 私が勝手に推察してるだけです」

そっか、でもならなんで当時は魔術はなかったって断言できるんだろう、まぁその辺は突っ込まないほうがいいか、今から説明されるのはあくまでこの人の推察と仮定で生まれた諸説の一つだ、それが真実とは限らないしね

「……十三大国時代の文献は殆ど残ってないので詳しいことはあまり分かりません、例の厄災があったせいで それ以前の記録さえ完全に潰えてしまったんです、…大いなる厄災 それが世界を包んでしまった」

大いなる厄災、これについては知っている…大いなる厄災とは即ち原初の魔女シリウスの暴走、彼女が十人の配下を引き連れ 十三大国のうち十二国を制圧支配し、八人の魔女と残る一国を相手に戦った これが大いなる厄災の中身だ

戦いは壮絶を極めたらしい、シリウスはもちろん 師匠達魔女が『強力な』とさえ形容するほどの十人の配下 そして十二の大国、それらのぶつかり合いは今までの全てを打ち壊してしまったのだ

もしかしたら師匠達はそれに責任を感じているのかもしれない、元を正せば弟子と師匠の戦いでしかないそれに 世界を巻き込み破壊しつくしてしまったのだから

「そして、大いなる厄災により十三国のうち 十二国は完全に消えました、文化も文明も人間も残すことなく消えました、なのでその国達は名前が残るだけで 後の全てはそこで失われたんですよ」

十二国それぞれが培ったものは後世に流れることはなかった、おそらく今この世界を彩る全ては師匠達が守った唯一の国のものなのだろう

「その十三大国ってこのディオスクロア文明圏にあったんですか?」

「ええもちろん、この大陸の歴史ですからね と言っても昔と今では大陸の形も違うみたいですがね」

「なら、その残った唯一の国ってなんて名前なんですか?」

残った唯一の国、それは師匠達が命を賭して守った国でもある、もしエリスも旅の最中近くを通ることがあるなら見物してみたいし、名前くらい分かるのなら聞いておきたい

「その残った国ですか?…、その国は八人の魔女が揃って守護した唯一の生き残り、名は簡単ですよ 双宮国ディオスクロアです」

「ディオスクロア…!?この文明圏と同じ名前…!、いや違う もしかして」

「ええ、ディオスクロアは空っぽになった世界に唯一残った国にして文明です、八千年かけてディオスクロア人とその文明は大陸中に広がり この文化形態は誕生し、その文化をディオスクロア文明圏と呼ぶのです」

意外な事実だ、まさかエリス達の住むディオスクロア文明圏の語源が師匠達の守った国の名前だったとは、そういえば八千年前からあったと言うコルスコルピのディオスクロア大学園も 同じ『ディオスクロア』だ、恐らく国の名前から取っていたんだろう

「ん?、ディオスクロアという名前の学園があるということは そのディオスクロア国は今のコルスコルピの辺りにあったんですか?」

「ちょっと違いますね、ディオスクロアがあったのは …ここです、コルスコルピの方はディオスクロアの田舎の方ですね」

「ここって……え!?ディオスクロアってマレウスにあったんですか!?」

もっと意外な事実だ、まさか師匠達が死守した国が…このマレウスの地にあったなんて、いやコルスコルピの方にまで土地が広がっていたということは今のマレウスよりかなり広大であったことが分かるが

…そうか、この国 いやこの土地はそんな特別な地だったのか…師匠そんなことかけらも口にしてなかったのに

「だいたいここら辺ですね、このマレウスという土地は ディオスクロア文明の始まりの地であり、今現存する全ての文明はここから伝わったのです、他の文明は潰えてしまったのでね」

「ふーん、ってことは 魔女達は全員ディオスクロア人なんですか?」

「…え?、なんでそうなるんですか?」

「いやだって自分で言ったじゃないですか、他の文明は残ってないって、もし魔女のうち誰かが別文明の人間なら その魔女大国に伝わる文明はディオスクロアのものではないことになりますよね」

ディオスクロアの文明以外残っていないなら、アジメクもアルクカースもデルセクトも、元を正せばディオスクロアの文明の派生ということになる、となればそこを統べる魔女もまたディオスクロア人ということになるだろう

「…意外に鋭いですね、ええその通り 他の文明の人間はみんな死にましたからね、文明も血も 今残っているとはディオスクロア人のものだけです、なので魔女もみんなディオスクロア生まれということになりますね」

…となると師匠達が意地でも死守した理由がわかる、何せ故郷だからな…しかし同時に思う、そんなに重要かつ大事な土地なら なんで魔女は誰もマレウスを統べようとしないんだろう、何故ここは未だに非魔女国家なのだろうか…

「マレウスという国が出来たのは最近ですけれど、この地に根付く文化は他のどこよりも歴史深いのです、何せ十三大国時代から今の今までずっと文明が残り続けているんですから、探せばまだ八千年前の遺跡もあるという噂もあるんですよ」

「え!?八千年前の!?い…行ってみたい…」

「残念、遺跡の痕跡は残ってるけれど 建造物としての遺跡は未だに発見されてないの、もし見つかれば 八千年前のことがより良く知ることができるでしょうね、それこそ 魔女の真実とか」

「魔女の真実?…」

…知ってみたい気もするが、それは詳らかにしちゃいけない気がする…なんとなくだけれど

「さて、どうでしょうか…と言っても十三大国時代について知られていることはほとんどないので教えられることにも限りはありますが」

「いえ、先生みたいで立派でしたよ、ウルキさん教えるの上手いですね」

「私が?教えるの?、いやぁーあははは 教え子なんて持ったことないからわからないけれど、私に教鞭をとる才能があったなんてねぇ」

「徐に鞭を拾わないでください」

しかし実際凄かった、どこでそんなこと調べたんだってレベルでこの人は八千年前…いや十三大国時代か、それについて詳しかった

ディオスクロア文明圏の成り立ちと師匠達の守った国の所在、知ったからなんだという話だが それでも貴重な知識であることに変わりはない、今度師匠に聞いてあってるかどうか確かめてみよう

「……ああそうだ、エリスちゃん」

「はい?なんです?」

「私とここで話した事は内緒にしておいてくださいね?」

…急になんだ?、内緒?秘密にして欲しいのか?…

「えっと、…なんで?」

「私がここにいるのは内緒なんです、色々事情がありましてね…エリスちゃんだけならともかく 他の人にも無闇に知られるのはよろしくないので、だから内緒で…お願いしますね」

事情がある だから秘密にしろ…か、理由は分からないし 内緒にしたいなら何故エリスに話しかけたとか 思うところは色々あるが、言うなと言われて言うほどエリスは嫌な人間じゃない

彼女はそう言った事情がありながらもエリスに声をかけてくれたんだ、ならそんな心意気をエリスが踏みにじる訳にはいくまいよ

「分かりました、絶対誰にも話しません」

「ええ、お願いしますね」

そうウルキさんは微笑む、優しげな笑みだ…イマイチ何者か掴めないところがあるが、その実単に気のいい考古学者のお姉さんであった、事実彼女のおかげでエリスは立ち直れて次に向かって歩き出せるわけだし 感謝しないといけない

「それでは、そろそろいいですか?」

「うんうん、それじゃあエリスちゃん またねぇ~」

「はい、また会えれば…」

軽く挨拶をし踵を返し ウルキさんの部屋を立ち去るため扉を潜り外へ出て……

「あ…あれ?」

ウルキさんの借家を出て外に出た瞬間、くらりと視界が歪み思わずバランスを崩し尻餅をつく…、クラリクラリと目が回る…なんだこれ

おかしいな、眩暈かな?そう思う頃には視界の歪みも治まっており 先程までの不快感も嘘のように消えている、なんだったんだろう 

「まぁいいや、それよりも今はすることがあるんだ…先ずは、うん 師匠に事情を話しに行こう」

やる事はある ステュクスと決着をつける事 謝る事 話す事、だけどそれより前にやっぱり師匠だ、何日も隠し事をして 師匠の与り知らぬところで全ての決着をつけるのは、少し気がひけるから

決着をつけるなら先ずは師匠に話してから、そう決意しながら走り出す…自分の体に起きた異変のことなど、この時すでに決意によって掻き消され もう機に求める事はなかったのだ

異変…そう、この時すでにエリスの体の中に…ある変化が起きていることに、エリスは気がつけなかった


………………………………………………

「元気だなぁ…エリスちゃん」

窓の外を見れば 先程まで話していた少女 エリスがどこかに走っていくのが見える、それをみて ウルキはただ呆然と呟く

道端でポロポロと涙を流している彼女を抱きしめ慰め 家に上げて話をした、たったそれだけで彼女は家族との因縁を見つめ直し ああして旅立っていったのだ

大して悩まず 大して嫌わず、ただ『ああそうか、そうすれば良いのだ』と気付いて行動に移した、よく見れば前向きな子 悪く言えばドライな子、優しくない癖に優しくあろうとする、善性を持たない癖に善性を説く、変わった子だ

大して悩まないと言う事は即ちさしたる程興味もないと言うこと 、大して嫌わないと言う事は即ちさしたる程関心を持っていないということ、普通だったらもっと嫌うしもっと忌避する筈なのに

まるで優しそうな良い人っぽい何かだ、自分のイメージで勝手に作り出した虚像を演じているだけ

「歪んでますねぇ彼女、性根が歪んでます」

歪み曲がり 畝りくねり、人としてあまりにもエリスは歪んでいる、面白いほどに…

彼女の体 いや心は今分岐路に立たされている、どちらに転ぶか どちらにも転ばないか、面白い…本当に面白い…

「ウルキ…」

ふと、室内に男の声が響く 聞いているだけで頭がクラクラするような甘い声だ、彼はこの声を使って多くの人間を誑かしてきた、多くの人間を不幸に追いやってきた、しかもタチが悪いのがこの男 悪意で他人を陥れてないのだ

「アホですかあなた、この村にはレグルスがいるんですよ、 なんで来たんですか?」

ウルキは目を向けず男に返す、目に写さずともわかる、今男は困ったように肩をすくめているんだろう

「問題ないさ、彼女の目は時の砂と狂気の幕によって曇っている、目の前にある真理は見えやしない」

「でも物理的に見られりゃアウトじゃあないですか、私だってこうやって細心の注意を払って行動してるのに」

「その細心の注意を払ってまで、あの子に接触する価値はあったのかな」

こいつの声は聞いているとやたら腹がたつ…、価値があったのか …エリスに接触したのを見ていたんだ

「価値云々ではありません、…ただ 種は撒いておこうかと」

「種か、…確かに彼女は素晴らしい素質を持っている、何にでもなれる 何でもできる、流石は魔蝕の子だ」

「……どこまで知ってるんですかあなた」

「何も、私は何も知らないさ いつも言っているだろう、この世界に普遍に存在する真実と知の前では、私はあまりにも蒙昧、唯一知っていることといえば 私自身が無知であることを知っている程度さ」

「アホらしい」

阿呆らしい 本当に阿呆らしい、こいつ話している自分がバカだと心底思う、こいつは言語が通じるだけで話は通じないのだから

「それで、彼女は王になるのかい?神になるのかい?」

「さぁ、どちらでも どのようにでも…、少なくとも私の撒いた種はエリスの中ですぐにでも成長するでしょう、彼女にはその土壌がある」

「土壌…?」

「ええ、エリスは内側に狂気を孕んでいる…万人への歪な恨みを抱いている、彼女の絶対記憶能力は凡ゆる恨み 痛み 嫉みを記憶し貯蓄し続けている…そこをコロリと利用してやれば 彼女は容易に狂気に身を落とす」

「なるほど、君はいつも悪辣だね」

言ってろクズ、天地が開闢したその瞬間から今に至るまで誕生した存在すべてと比べても、こいつ以上に悪辣な存在は居ないだろう、このゴミやろーに悪どいといわれるとかマジないわ

「ともかく、エリスちゃんを最初に見つけたのは私なんですから、余計な真似しないでくださいよ」

「私も彼女とお話ししておきたいんだがね、彼女の中でどれだけ世界が構築されているか 一度拝見したいんだ、彼女の目にはこの世界がどのように写っているのか…興味がある」

「アンタ鏡見たことないんですか?、そんな異様な姿じゃあ一発で警戒されますよ」
 
「異様かな?、特に服には頓着しないんだが…君が言うならおしゃれをしよう、オススメの服があるなら教えてくれたまえ」

「服の問題じゃ……はぁ、ともあれ 余計なことはしない そう言う約束でしたよね」

「ああ、私は約束は守る この一件は君に任せる、周到な君のことだ しくじることはないだろうしね、それじゃあ私は帰るよ…愛しの弟子が悲しんでいるかもしれないからね」

あれに悲しむなんて感情があるかは不明だし、あれはそもそもお前の弟子じゃないだろうに 

なんて頬杖をついて考えている間に後ろから奴の異様な気配が消える、本当に神出鬼没な男だ、オマケに油断ならない…何をしでかすか分からないし、本当に嫌な男だ

ともあれ必要な種は出揃った、うち一つくらいは芽吹くだろう、今のところは最有力候補のエリスちゃんの監視を続けるとしよう

いずれ彼女は我々の計画の最終段階できっと役に立つ、そうさ 彼女はきっと…


現世のシリウスとして羽化出来る筈だから
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