孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

105.孤独の魔女と入学試験

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ラティメリアで七日ほど過ごし 学園生活での最後の支度を終えるエリスと師匠、一応師匠からはお小遣いという形で銀貨の入った小袋と一枚の金貨を与えられた、これで更に不自由するようならその都度新しく送るが無駄遣いはするなよとのこと

この国の物価にもよるからまだこのお金でどのくらい持たせられるかわからないが、ひもじい思いはすることはないだろう

そのままエリスと師匠はラティメリアを離れる、このラティメリアからディオスクロア大学園…およびそれが存在する中央都市ヴィペルティリオは凡そ馬車で数日の距離にある

馬車で数日なら徒歩ならもっとかかる、がエリス達なら半日だ


「これがコルスコルピ…なんだか、魔女の加護が存在する以外は 他の国と対して変わらない感じですね」

旋風圏跳で風に乗り 鳥より早く 馬よりなお早く、雲を追い越しながらポツリと呟く、眼下に広がるコルスコルピの大地は これと言って特徴のない緑溢れる豊穣の地だ

川は清らかな水を流し その栄養を受け取った平原は鮮やかな緑を放ち 太陽の光を反射輝いている、山々は穏やかに木を揺らし 自然の恵みの中動物達は駆け回る、まさに風光明媚  まさに山紫水明 、あの野原でキャンプが出来たらさぞ気持ちいいだろうな…

アルクカースのように荒れているわけでもなく デルセクトのように発展しているわけでもない、かといってアジメク程緑が豊かかというとそうでもない、古き良き風習を好む以外は普通の国だ

「まぁな、この国はある意味最も平均的な国と言っても良いかもしれない、気候も安定し 地形もなだらか、悪い部分もないが際立って良い部分もない、魔獣もそこそこ出るし 冒険者もそれに応じてそこそこいる、マレウスとの違いを見つける方が難しいくらいだ」

同じく優雅に風に乗る師匠は眼下を見下ろしながらエリスの呟きに答える、魔女の加護がなければエリスもこの国に魔女がいるのか疑ってしまうほどに平均的だ、…いや もしかしたらこの平均こそがこの魔女国家のあり方なのかもしれないな

「師匠、ここを統べる探求の魔女アンタレス様ってどんな方なんですか?」

「ん?、アンタレスか?アンタレスはまぁ…よく言えば研究熱心 悪く言えば…あー、ちょっとアレな奴だ」

どれな奴ですか師匠、…レグルス師匠は同じ魔女相手には基本遠慮しない、口喧嘩はするし冗談も言い合う、その師匠がアンタレス様相手にはなんだか言葉を選んでいる印象を受ける

しかしアレでは分かりませんよ…

「アレってなんですか…」

「むぅ、…内向的とでも言おうか 陰険と言おうか陰湿と言おうか、自分の価値観にそぐわないことは絶対にやらない 気に入らなば我々でも動かすことができない」

「頑固な方なんですか?」

「そう言う言い方もできるが 正しい言い方をするなら偏屈だ、日に当たるより陰にいることを好むタイプの魔女でな 明るいやつではないよ」

ううーん、分かったような分からないような、少なくとも今までエリスが出会ってきた魔女達は皆自己主張が激しかった、なんだかんだ自負を大きく見せようとしていた…けど、アンタレス様はそれとは反対で目立つのを嫌う人ってことかな

「あと不潔だ、体の至る所からキノコ生やしてるし なんならそれを愛でている」

やっぱよく分からない人だな、会えるなら会いたいが 中央都市にいるのかな?、なんて思っているとその件の中央都市が見えてくる、

大きさ的にはアルクカースの中央都市ビスマルシア以上アジメクの皇都よりも少し大きいくらい…つまり街としては規格外にデカい、こうして空を飛んでいても果てが見えないほどにデカい

街並みはここからでも歴史を感じるほどの古さを醸し出している、物とは使い込めば込むほど『味』が出るとはよく言う、ただ古ぼけるだけではなく 人に使い込まれたと言う証明とも言うべき『味』、それが街全体を覆っているのだ

あそこにある家々のレンガ一つとってもエリスより何十倍も年上であることがわかる、落ち着く古さを漂わせる街はエリスの視線のはるか向こうまで広がっている

何より目を引くのはその中に三つドンと天を衝く三つの建造物…

一つは雨で色褪せながらもそれさえも化粧のように着飾る黒色の城

二つ目は蔦の衣を纏った巨大な館、前述の城よりもなおも大きくドーム状に広がるあの館ほど巨大な建物と言ったらエリスは翡翠の塔くらいしか知らない

そして三つ目、国の中央に存在する超巨大な城?か?アレは?よくわらない、いくつもの城や塔が寄り合わさったような巨大な建造物 と言うよりは建造物群、多分アレが魔女様の居城なのだろうな…、この城がこの街でこの国で一番大きいと言える

「師匠、大きな建物が見えてきましたね、なんなんでしょろうか、アレは」

「ん、見えてきたな…懐かしい、エリスよく見ておけ あの国の中央に位置する最も巨大な城が ディオスクロア大学園、アレが我ら魔女の母校だ」

「え…えぇっ!?、あの一番大きなのが学園!?」

デカすぎるだろ…、少なくともエリスが見てきた学園とは比べものにならない、まるで子供と大人 いや蟻と馬だ、というかあれ 一番大きいけど、この国の王城よりも大きいの!?…と思ってみたが 考えてみれば当然と言えば当然

ディオスクロア大学園はこの魔女文明ができるよりも前から存在する、つまりこのコルスコルピという国が出来る前からあるんだ、その中央都市は多分あの学園を中心として作られた物、なればこそ あの学園こそが国の中心と言っても過言ではないのだろう

「じゃああのドーム状の大きな館は?」

「あれはヴィスペルティリオ大図書館、お前のもう一つの目的地だ」

あれが…いや図書館にしては規格外の大きさだが、それでもあそこなら確かにこの世全ての本があると言われて信じられる、…よかった以外に学園から近くにあるぞ アレなら通えそうだ

「そして、もう一つのあの黒色の城、アレがこの国の王の城 コペルニクス城だ」

「王城が学園と図書館よりも小さいんですね…」

「まぁな、この国においては学園の理事長は国王よりも権力を持つと言われている、その理由がよくわかるだろう」

確かに、王の城よりも学園の方が大きいしね 、家の大きさで権力が決まるのかと言われれば、その通りとしか答えられない 住居のでかさは即ち権威の表れだ、見栄は大きく張れる方が偉いんだ

即ち この国は国王よりも理事長の方が力を持っているんだろう、恐ろしい …国を飲み込む学園か、確かあそこの理事長は代々アリスタルコスと言う家が務めていると言う

…アリスタルコス、マレウスで名前を聞いた あんまりいい人間ではなさそうと言う噂だ、あのバシレウスに並ぶ嫌な奴、あの人外級の狂人と同格…か ヤバそうだな

「アンタレス様はどこにいるんですか?王城ですか?学園ですか?」

「……分からん、学園にいるような気もするし 王城にいるような気もする、奴は私以上に隠匿生活を好む女だ、魔力を完全に消し去っているから居場所はわからん、だがアイツは誰かを率いると言う真似はあまり得意ではないからな…王城に居を構えているとは思えない」

他の魔女様の居場所はわかりやすかった、国王と同じ城か 或いはその城よりも巨大な建造物のどちらかだった、順当に行けばアンタレス様は学園か王城のどちらかなのだろうが…まぁ、街に入ればなんとなくわかるか、そんな無理して探さないと行けない相手でもない

せいぜい挨拶に向かった方がいい程度、エリスはこの国に三年もいるんだから その機会くらいはあるだろう

「ではそろそろ降りるか、街中で着地するわけにもいくまい」

「確かにそうですね、じゃあここら辺で…っと」

体の向きを変え地面へと向かう、着地場所は街の入り口の 少し脇に逸れたあたり もはや旋風圏跳での移動も慣れたもんだ

「よっとと…」

とはいえまだ完璧ではなく、平らな地面に着地する感覚に慣れず思わずバランスを崩しかける対する師匠は音も立てずに舞い降りるように着地するのだ、うーん まだまだだなエリスは

「さて、ではこのまま試験会場に向かうぞ、まだ時間に余裕はあるが 早いうちに会場入りしておいた方がいいだろう」

「そうですね、…はぁー いよいよこの時が来てしまった」

「まだ言ってるのか、何 案ずるよりも生むが易し、その時が来れば気にならなくなるさ」

そう言いながらエリスと師匠は街の入り口…この中央都市ヴィスペルティリオへの門をくぐり中央都市へと入り込む


…中央都市 ヴィスペルティリオ、ディオスクロア大学園を中心に建てられたこの国の中心部に位置する街、王城と図書館と学園…このコルスコルピを代表する建造物が集中するこの街のあり方は まさしく探求の魔女大国を表す様相と言えるだろう

「これがこの国の中央都市、…ここが学園都市ですか…」

門をくぐりヴィスペルティリオの有様を見て、少し 興奮したように声をあげる

目の前には大通りが広がる、右を見ても左を見ても 漂う色は古色蒼然、まるで歴史的観光名所へ訪れた時と同様の厳かな雰囲気を纏っている

理由はない意味もない、ただ漠然とワクワクする 歴史好きの人間が訪れれば興奮間違いなしの古びた街の在り方、古いものを良しとするこのコルスコルピでも随一の歴史を持つと言う街に今エリスは足を踏み入れた

「…昔のままだ」

「え?、この街ですか?」

「ああ、まぁ八千年前当時のままってことは流石にないが、それでもこの街の纏う空気は 我々が初めてここを訪れた時と同じだ、変わってない…というよりアンタレス、お前が変えなかったのか」

師匠の顔は険しい、懐かしむようでいて 悲しむような顔、探求の魔女アンタレス様はこの街を思い出の中のまま八千年間保存し続けたのだろう、それは嬉しくもあり 悲しくもあるのだ、師匠は…

「行くか…」

「はい!師匠!」

歩き始めるレグルス師匠に続き 大通りを歩く、こうして街を歩くとよく分かるが やはり本屋が多いな、ラティメリアと異なる点があるなら より専門的ということだ

魔術書を置くなら魔術書しか置いてない、小説を置くなら小説しか置いてない、その分野しか置いてない代わりにその分野ならなんでも置いてある、他の国じゃあ見かけなかったような本も山ほどある、確かにここならどんなことでも学べそうだ

それに…

「やはり時期だからか若い人が多いですね」

「お前も含めてな、多分ここにいる人間全員が学園への入学希望者だろう、毎期学園への入学希望者は五、六万人近く現れるらしいしな」

「そ そんなに…」

「エリス?お前もあまり油断して不合格なんて烙印を押されるじゃないぞ?」

「は…はい」

合格は絶対条件、気をつけねば そう大通りを歩くエリスと同年代の人間たちを見てゴクリと固唾を呑む、ますます緊張してきた…

「ああーー!!!」

「ッッ!?」

ふと エリス の耳をつんざく大声が背後から響く、悲鳴?いやこれは…

慌てて振り返ればエリスの後ろには見たことのあるクリーム色の髪が

「バーバラさん?」

「アンタなんでここにいるのよ!、アタシ最速でここ目指して移動してきたのに!」

バーバラさんだ、エリスをライバルと呼び対抗意識を燃やしているこの国に入ってから出来た初めての知り合いだ、その彼女がエリスの後ろ姿を見て指をさしながらズカズカと進んでくる

「い いえ、エリスも今来たところでして」

「アタシもそうさ!、くそーっ!先に待ち構えてようと思ってたのに、やっぱりアンタはアタシのライバルみたいね」

「い いやいや、どっちが早く来たかなんてどうでもいいじゃないですか」

「どうでもよくない!、はぁ…変わった奴だけどやっぱアタシの目に狂いはなさそうね、仕方ない こうなったら試験会場まで競争よ!」

「えぇ…」

なんか急に面倒くさい絡み方してきたぞ…今師匠と移動中なのに…、すると

「いいじゃないかエリス、競争相手とはいればいるだけいい 大切にしなさい」

「た 大切にって…」

「どのみちここより先は例の学園都市の領域に入る、そうなると私は入れん、丁度いい ここで別れよう」

ここでぇーっ!?、も もうちょっと一緒に居たかったけど、…でもこれ以上ワガママを言って師匠を困らせたくない、寂しいけど…寂しいけど…

「分かりました、ではエリス 師匠の言う通り学業に励んできます」

「ああ、ちゃんと見ているからな」

「はい」

「頑張れよ、信じているからな」

頭を下げて 別れを告げる、これから三年間師匠とはなかなか会えなくなる、こんななし崩しみたいなのじゃなくて もっと劇的に別れたかったが、時が来て場所に来たならば仕方あるまい

師匠とは一旦別れ エリスはこれから学園へと挑むのだ、師匠の名に恥じない弟子として

「師匠との別れは済んだかい?」

「まだです!」

「いや終わったよ、じゃあなエリス 会いに行けそうな時は会いに行くからな」

そういうと師匠は軽く手を振り来た道を引き返す、…そういえば師匠はこの三年間 どこで何をして過ごすんだろう、それを聴き損ねてしまった…まぁいいか 次会った時にでも聞こう、流石にここで呼び止めてそれを聞いたらしつこいと思われそうだし

「んじゃ、…行こうか?」

師匠の代わりにエリスの隣に立つのは エリスと師匠の別れを邪魔した憎き仇…ではなく、ライバルのバーバラさんだ、にししと歯を見せ彼女は笑うと

「じゃあ勝負だ、先にあの大学園に着いた方の勝ち、それでいいね」

「構いませんよ、道は分かるんですか?バーバラさん」

「バカにすんなっての、アタシを誰だと思ってんだよ」

するとバーバラさんは軽く屈伸をして準備運動をすると

「世界最強の魔拳士になる女だ!『付与魔術・神速属性付与』!」

刹那 彼女の手足が青色に強く輝くと共に、砂埃を立て弾かれるように前方へと吹き飛ぶバーバラ

付与魔術!ラグナの使ったものと同じ速度を付与するものか!、恐らく彼女の手足に付けられた防具に付与魔術を使って加速しているんだ、というか早い!アルクカース人元来の身体能力も合わさり まるで一陣の風のようになって大通りをすっ飛んでいく

…いや、別にこの勝負 相手が勝手に持ちかけてきたものだし、負けたからってエリスに何か損があるわけじゃないし、むしろ逆に変に絡まれなくなって清々するかな

「さてと…」

軽く息を吐いて屈む、まぁ?確かに負けても損はないし 勝手に持ちかけられた勝負だけど

だからって、負けていい理由なんざどこにもない!

「そっちが全霊でやるならエリスも全霊で行きますよ!颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

跳ぶ、風を纏い 全霊で飛び上がり 街を行く人々の間をすり抜けバーバラを追いかける、これは単純な対抗意識だ 勝って何があるわけじゃないが、それでも売られた勝負を前に怖気付くにはエリスは若すぎる!

「あ!やっと見つけた…おーいそこの君…って 早っ!?」

一瞬、背後からエリスを呼び止めるような声がしたような気がしたが今更止まれない、それに聞いたことない声だったし知り合いではないだろう…ん?いやどこかで聞いたことある気が、まぁいいか この国にはバーバラさん以外知り合いはいないし

「うぉっ!?なんだこれ!?」

「キャッ!?え?風?」

「今何か飛んでこなかったか!?」

乱雑に 散らばるように歩く通行人達の脇をくぐり抜けるように跳ぶ、周囲の人々には一陣の風が吹いたようにしか思えないだろう、極限集中の動体視力を用いれば旋風圏跳の速度の中でもキチンと移動することができる、とはいえ人ごみをくぐり抜けての移動だ 全身全霊の移動とは言い切れないが

「うぉっ!?付与魔術使ったアタシについてくるかよ!、くそっ!負けてたまるか!おいゴラァッッ!!退け邪魔だァッ!轢き殺すぞォッ!!」

「ヒィッ!?なんだあいつ!?」

「いやねぇ まさかあの子も入学試験受けたりしないわよね…」

「道開けろッ!邪魔だ邪魔だッッ!!」

対するバーバラさんは人混みを咆哮でこじ開け最速の道を最速で潜り抜け進んでいく、なんて傍迷惑な奴だ!、あいつと競争してるって絶対バレたくない!、どうしよう 空を飛んで行くか?でもそうすると下手に目立つし、この状況じゃバーバラさんと知り合いだと思われるかもしれない

いやまぁ知り合いなんだけどさ!

「フンッッ!」

体を捻りさらに加速する、通行人を押しのけるバーバラさん 通行人を避けながら進むエリスとではどしても速さに差が出る、だから 障害物を避けながらでも先を行けるよう さらに加速する!

「ぐぅぅっ!速ェ!流石アタシのライバルぅぅ!!負けるかぁぁぁ!アタシは最強になるんだぁぁぁぁ!!!」

「………………!!!」

走るバーバラさん 飛ぶエリス、真っ直ぐ真っ直ぐ 全霊で進むエリス達の前方に見えるのは巨大な門、あれがディオスクロア大学園の門!あそこを先に潜り抜ければエリスの勝ち!

しかし この街を歩く人間の大部分の目的地があの学園だ、当然ながら入口はすごい混雑具合、あれじゃあ避けられない どうする…!いや 道はある!上はダメだ 上がダメなら!

「下からぁぁっっっ!!」

身を屈める どころか倒れこむ勢いで地面すれすれを跳ぶ、体と体の隙間を通り抜けられずとも 足の間なら行ける と思う!

「退けぇぇぇぇえぇっっ!」

「なんだあれ!?猛牛!?」

対するバーバラさんは相変わらず叫び声で退かしながら無理矢理突っ込む、メチャクチャな奴が!あいつと競争してること自体恥ずかしくなってくるぞ!、だが今更勝負を投げ捨てられるか!、地面を滑るように出来る限り誰にも気付かれないように人混みの足元を吹き抜ける

「キャァ!?下から風が!?」

「うぉっ!!スカートが…やべ」

「見るな変態ぃぃっ!」


「あ!ごめんなさい!」

人にはぶつからない だがエリスの纏っている風が下から通行人を吹き上げ、そのスカートをめくりあげ 女子は悲鳴 男子は歓喜、ちょっとした混乱を生む、顔を覚えておいてまた今度しっかり謝りに行こう…ってやべ!?余所見したからバランスが!、はわわわ止まれない!?

「よっしゃァッ!アタシの勝ちィッ!…い?や やべ止まれね…」

「ぬわぁぁぁぁっ!?」

バランスを崩しぐるぐる回転し人混みを抜けるエリスと あまりのスピードを制御できず滑るように人混みを抜けるバーバラさん、二人揃って門を飛び越え… 二人揃って…

「ぎゃぶっ!?」

「ぐべっ!?」

転ぶ、頭から石畳に突っ込むようにすっ転び頭から倒れる…、頭を打ち付け倒れるエリス…何必死になってたんだエリスは

「何あの子達」

「まだ試験登録には時間があるのに…」

「ひそひそ…」

「こそこそ…」

二人揃い 門を越えた先で倒れるエリスとバーバラさんの周りで生徒達がコソコソと横目で話す声が聞こえる、恥ずかしい たまらなく恥ずかしい、何やってんだエリスは

「…っ!アタシの勝ちだよな!一瞬アタシの方が早かったよな!な!な!」

「もうそういうのどうでもよくないですか」

起き上がり周囲の人間に同意を求めるバーバラさんにうつ伏せで倒れたまま声をかける、起き上がれないのではない…起き上がりたくないのだ、起き上がって顔を見られたくない…このまま虫みたいにカサカサ動いて帰りたい

「おい起きてよエリス!」

「名前呼ばないでください!あなたと知り合いだと思われるじゃないですか!」

「知り合いでしょ!」

「お恥ずかしながらね!」

たまらず顔を上げて反論する、はうぁっ!?しまった顔を見られた!、周りの人達の変人を見る目に耳まで熱くなる…は 恥ずかしいぃ…

しかし次の瞬間には冷静になる、それは周りの景色…一心不乱だったから気がつかなかったが、エリス達もう …学園についていたんですね、まぁゴールしたからそりゃそうなんですけども

「っ…ふん!」

もはや顔を見られたならば恥ずかしがる必要はあるまい、むしろ逆に胸を張って立ち上がる、エリス達はもう学園に到着している それを裏付けるように周囲を歩く人間の服装が外の人間達とはまるで違う

青と白を基調とした落ち着いた服装、それを男も女も揃って着込んでいるんだ…多分制服だ、エリスを見ているのはここの学生、これから先輩になる人達だ

「…ここが、ディオスクロア大学園…」

生徒達から目を移し 見上げる、天を衝く巨大な城 この古くから存在する街々よりもなおも歴史ある城、古の学園 魔女の学んだ地 世界最古にして世界最高最大の学び舎 ディオスクロア大学園

それが 天の光を反射し輝きながらエリスを出迎えていた、エリスはこれから三年間ここで学ぶことになる…、ここで

「っ…」

そう思えば目つきが険しくなり心に芯が通る、…やるぞ エリスはやりますよ、見ていてくださいね 師匠!

「何あの子…こんな大騒ぎ起こしといてなんで誇らしげなの?」

「いやよ、あんなの子が学園の試験受けるなんて」

「どうせ落ちるさ 気にするなって」

「問題だけは起こして欲しくないなぁ」


「あ、…そのぉ」

周囲の視線にたまらず顔を隠す、やっぱり恥ずかしい…目の前で侮蔑の視線を向ける生徒たち 背後でジトーッと呆れた視線を向ける入学希望者たち、ザワザワと湧き上がる声に思わず恥ずかしさといたたまれなさが噴き出してくる

師匠…すみません、エリスいきなりやらかしましたぁ…




……………………………………………………

壁に掛けられた絵画はいくらの物か

今踏みつけている絨毯はどれほどの物か

今腰をかけるソファは…なんて、考えればキリがないほどに 豪奢な部屋、窓から差し込む陽光以外光源のないこの部屋に 静かに屯する五つの影…

「今日はやけに外が騒がしいわね、ねぇ?ミノスちゃん」

部屋の隅で 小さな女の子の人形をミノスと呼びながら髪を研ぎ可愛がる一人の女性が呟く、外がやけに騒がしいと この厳粛なディオスクロア大学園で騒ぎなど…と

「今日は!学園の入学試験の日だ!、夢を追い 志を目指して入学する者達の集う運命の日!、先輩として僕達も応援しよう!、そうだ!頑張れーッ!入学生ーッ!僕達がついてるぞーッ!」

「ついてない…」

そんな女性の言葉に答えるように暑苦しい影が声を響かせる、あっという間に外の喧騒が気にならなくなるレベルで喧しいその声に 人形をいじる手を止め 女性は囁く、黙れと言わんばかりに

「可愛い子はいるかしらぁ?、今のうちから物色しておこうかなぁ…可愛かったら 私の力で無理矢理合格にしてハーレムに加えてあげる、んふふふ」

グラスに注がれたジュースをストローで啜りながらにたりと笑う女が、下衆な笑みで微笑む、よく見ればその女の子座っているのは椅子ではない、同じ女だ…人間を四つん這いにしてそれの上に座っているのだ

誰もその凄惨な光景に文句を言わない、腰をかけられている女自身 恍惚の笑みで喜びを見せている

「入学生か、…今期は私の弟も入学することになっている、まぁ 立場上不合格はあり得まい、いくら次男とはいえ王家コペルニクス家の人間だしな」

そんな中 身なりのいい男が後ろに手を組みながら窓の外を眺めている、…窓から広がるのは青い空だ、何せここはディオスクロア大学園の最上階なのだ、眼下には流麗な街並みと 校門でザワザワと騒ぐ生徒達が見える…

一般の入学生達だ、このディオスクロア大学園の品位だけは落としてくれるなよと 男はその人間達を見下す

「我が弟は入学し次第 この『ノーブルズ』へ加入させる、…他にも良さそうな人間がいれば声をかける、それでいいな?アマルト」

男は振り返り、この部屋の奥で座る存在に声をかける、アマルト そう呼びかけながら

「………別に、興味ない 好きにしろ」

足を組み玉座のごとき壮麗な椅子に座る アマルトと呼ばれた男は顔に本を被せ寝たふりをしながら答える、興味がないと…それは目の前の男の話にではない、全てだ 誰が入学しようが どんな奴が入ってこようが誰が何をしようが、別に俺には関係ないと

顔に被せられた本は 全てが眼中にないという心の表れか

「全く、お前は次期理事長なんだ…少しは生徒に興味を持ったらどうだ?お前もアリスタルコス家の人間だろう」

「…………」

アリスタルコス それはこの国 いやこの学園における絶対者の称号、学園理事長を代々務める名家中の名家の姓、それこそが彼 …次期理事長になることが生まれながらに定められた男、この学園にいる限り如何なる王も彼にひれ伏す即ち この学園における将来の絶対王者

アマルト・アリスタルコス それが彼の名だ

「なぁイオ、俺とお前 付き合いは何年くらいだっけか」

「っ……!?」

アマルトは顔に本を被せたまま窓の前に立つ男…イオに声をかける、たったそれだけでこの部屋にいる人間の体が震える、無論 声をかけたイオ自身も

「…な…七年 くらいか?」

「ああ七年だ 、俺とお前結構長い付き合いだよな、だからさ…お前知ってるよな」

アマルトはゆっくりと顔の本を持ち上げ…

「アリスタルコス…理事長…その言葉を俺の前で出すんじゃねぇ」

火のように輝く茶髪と赤黒の目、それが鋭く光り 目の前のイオを睨みつけるのだ、そのあまりの威圧に芯の随から震え上がるイオ、恐ろしい あまりに恐ろしい…声も出せないほどに

「何がどうなろうが知ったことじゃないんだ、…俺は眠い 寝かせてくれ」

それだけ言うとアマルトは再び本を被せ眠りにつく、何も変わらない そうだ何も変わらなかった、今更どんな要素が加わろうが 八千年間何も変わらなかった退屈で汚いこの世の中は変わらない

もう、考えるのも面倒くさい… アマルトはただ、静かに惰眠に耽る


………………………………………………

ディオスクロア大学園 、それは世界で最も古く最も格式高く 最も多くの事を教え学ぶ事の出来る学園の名だ

世界中から毎年多くの入学希望者が遠路はるばる現れる、国を超え山を超え海を超え その総勢は毎年五万人を下らないという、この学園で学んだ ただそれだけで一目を置かれる存在になるからだ

その卒業生もまた錚々たる面々と言える

デルセクトでは五大王族達もその殆どがこの学園の卒業者だ、軍に指示を出す総司令官 稀代の天才グロリアーナ・オブシディアンもまたこの学園を首席卒業した経歴を持つ

マレウスにおいても、トラヴィス・グランシャリオを始めとする魔術御三家もこの学園の卒業者

ポルデューク大陸まで視野を広げれば エトワールの悲劇の騎士マリアニール 喜劇の騎士プルチネッラ、オライオンのゲオルグなどもこの学園の卒業者だ

他にもあのアガスティヤ帝国の魔術王ヴォルフガングもまたこの学園で学んだと言われている

…何よりも、幾千年前 世界を救った英雄にして神である八人の魔女さえもこの学園の卒業者というではないか、主要な卒業者をズラッと並べただけでもこれだ 

この学園の卒業者は世界を動かす人材の宝庫とも言われる、それほどまでに名が轟いているんだ、海を超え態々この学園に人が押し寄せる理由もわかるというものだ


(そう考えると本当にすごい学園だなぁ…)

エリスは学園の廊下を歩きながら一人思い耽る、バーバラの誘いに乗ったばっかりに校門では大恥をかいてしまったが、それでもやることに変わりはない

エリスはあの後すぐに隠れるように移動し学園内部で入学希望の受付を済ませ、今現在 試験会場へと移動している最中だ、どうやら試験は学園の中 教室をいくつか使って行うらしい

ちなみにバーバラさんは『あの決着じゃあ納得がいかない!、また勝負しよう!』と言ってきたので 試験に合格できたらいくらでもしますよと返しておいた、黙っていたが

「…………」

今廊下にはエリス同様私服の人間だけがゾロゾロと歩いている、ここにいるのは全員エリスと同じ入学希望者なのか…数字で聞くより実際見た方がその多さを実感できるな

…ふと、壁際にかけられた絵画に目がいく …、フォーマルハウト様のところに飾られたものよりは幾分かグレードが落ちるだろうが それでも綺麗な絵画だ、全部人物画だけど

(ってこれ、歴代理事長の絵画か)

よく見れば題名には第何代理事長って書いてあるわ、お髭のおじさんや偉そうなおばさんの顔がずらりと並ぶ廊下…頭が痛くなりそうだよ、ただ こうやってみると分かることだが

歴代の理事長 少なくとも百二十代前からこの学園の理事長は『アリスタルコス』の名前がつく人間が務めている、現理事長はフーシュ・アリスタルコスという方らしい、痩せこけた頬と蛇のような鋭い目 そして口元全てが隠れるふっくらしたお髭が特徴のザ・ムッシュって感じの人だ

(みんな偉そうだ…)

実際偉いんだけどさ、でも立場と態度は必ずしも比例しない、相応の立場に立ちながらも謙虚な姿勢を持った者をエリスは………見たことないな、みんな相応に偉そうだった 精々ラグナとデティくらいか?、でもあの二人は国王になってから日も浅かったしなぁ

「おい」

「はぇっ!?」

ふと、気がつくと目の前から低い声をかけられ思わず立ち止まる、大男だ ゴリラとライオンと人間掛け合わせたみたいな大男がエリスの前に仁王立ちしている、…というかよく見たら制服を着ている…

「会場はあっちだ」

「え?あ、すみません」

周りを見てみると大男以外誰もいない、どうやらエリスはぼうっとしている間に道を間違えてしまったらしい、目の前のこの人に教えられなければエリスはあらぬ方向まで歩いて行くところだった 感謝せねば

「ありがとうございます」

「ん、問題ない これも風紀委員の仕事」

「風紀委員…ああ、なるほど」

よくみるとこの人の胸には輝く銀のバッチがある なるほどなぁ、学園の治安を守る風紀委員の方だったか、学園で平穏な生活を送ろうと思うならこの人を頼ることになるだろう、出来るなら この人に睨まれる機会は来ないことを祈ろう

「ここから先はノーブルズの専用の聖域だ、一般生徒 ましてや入学希望者が立ち入るなど許されない」

「ノーブルズ?それって一体…、いや すみませんでした、それでは」

なんか気になる単語が出てきたけどそれについて質問している時間はない、どうせ学園入学すれば嫌でも分かることだろうしね、まずは学園入学を目指さないと

軽く礼を言ってきた道を引き返す、詳しい道は分からずともみんなが移動する方向に移動してれば着くだろう、ああほら 直ぐに大群で移動する集団が見えてきたアレについていこう

そして人の波に流されるがまま漂流すること十分とちょっと…、無事漂着したるそこは試験会場として使われる教室だった、エリスは今まで学校に通ったことがない 、必然 教室に入るというのも初経験だ

だからこそ、その良し悪しというものは分からない どういう教室がいいかなんて考えたこともない、だが…


(伊達じゃないな)

辿り着いた教室に圧倒され思わず呆然と立ち尽くしてしまう…、教室って勉強するところだよね?みんなで集まって、なのにここ

(天井高っ…)

天井が高い そんな高い必要ある?って思うくらい高い、その辺の城の部屋よりもずぅーっと高い

(奥行き凄っ…)

軽く二、三百人は収容出来そうな部屋幅、教室は階段状になっており 一番下に教壇があることから並んで座ってもみんな先生とその背後のボードが観れる仕組みになっているんだ、としても こんなに広くっちゃあ一番後ろの生徒は先生の顔もボードに書いてある文字も見えないんじゃ?

「コラそこ!立ち止まらない!、教室に入ったら割り振られた番号の通りの場所に座りなさい」

「ひゃ、す すみません」

田舎者感丸出しだったな、後ろも詰まってるんだ 急がないと、えーっと受付で渡された番号は…ああこっちか

指定された席へと座り事前に用意したペンを握る、…なんか…新鮮だな…

しばらく待てば部屋はすぐに満室になり先程までの喧騒が嘘のように消え去る、みな本番を目の前に感じ緊張しているのだ、静謐な緊張にエリスもまた自然と鼓動が高鳴る 

唾を飲む音さえ聞こえそうな静かな空間の中、答案用紙が配られる 凄いな、紙を全員分というと莫大な量になるだろうに、本当に紙を作る技術が発達しているんだな…配られた問題用紙をさわればツヤツヤだ、質もいい…流石はコルスコルピ、高品質な紙媒体を湯水のように…

おっといけないボヤボヤしてる場合じゃなかった、教壇に立つ教師らしき存在の合図と共に試験は開始される、内容は単純 この問題を解けばいいだけ

エリスが受けたのは魔術科の試験、つまり魔術学による問題が大多数を占める

魔力運用の理論や魔術系統の種類や、魔術を用いて生まれる現象の名前 魔術理論を提唱した人物の名前、とにかく魔術関連尽くめだ、エリスとて無理解に魔術を使っていない より高度な魔術を扱うには技術以上に知識が物を言う

5歳から今日この日まで永遠と毎日休むことなく魔術の鍛錬と勉強を続けてきたエリスには、特に詰まる部分はなかった、事前にデティからいくつかレクチャーを受けていたこともあり 答案用紙は全て埋めることが出来た

………時間が余ってしまった、しかしこうして考えると エリスのこの理解力の高さはやはり識確の才能を持つが故なのだろうか、師匠は識確の魔術は特別な才能と言っていた

ただ持つだけで絶大な記憶能力を手に入れることが出来る、それ以外にも あらゆることを認識出来るし知識として消化も出来る、全て埋まった答案用紙は識確の才のおかげなのかな…

分からない、そもそもそれがどういうものかさえ理解できていないのだから、エリスからすればこれは生まれた時から持っていたものだし…

いや、…ちょっと違うか この記憶能力は少しづつ変わっている、というよりエリスが年齢を重ねるごとにより一層強力になっているのだ

師匠と会ったばかりの時はせいぜい本の内容を暗記できる程度だったが、今は一瞬見た雲の形さえも鮮明に思い出せる

ちょっと怖くなってくる、こんなにたくさんのことを覚えてしまって エリスの頭の中はどうなってしまうんだろう、まるで常に世界のことを記録し続けているみたいだ 

このまま記憶能力が強くなっていったらどうなってしまうんだ?、過去の記憶と現在の状況が混同して分からなくなってしまうんじゃないのか?

いやもしかしたら今こうして思っている事感じている事も もしかしたらずっと先の未来のエリスが思い出しているだけで、これは現実ではなくエリスの記憶の中なんじゃ……

「そこまで!、答案用紙を出して次の試験会場に向かうように」

おっと、もう終わりか…変なこと考えるのはやめよう、背丈が伸びるのを止められないように自然と成長するものは止められない、ならそこに気を揉むのは無意味だろう

今度は言われた通り答案用紙を提出後 指示通り次の会場へと歩いて進む、次は確か魔術の実践試験だったか、何を見るんだろう 冒険者試験のように威力を見るのかな

なんて思っていると今度はだだっ広い空間へと入れられる、教室の五、六倍はデカイ空間…何もない ただただ何もない

(…何もない広い空間って、無性に不安になるな)

「次の試験は魔術の実践試験、魔術基本四属性を順繰りに繰り出し その精度を見ていく、試験官は我ら魔術科の教師陣が見定める」

すると十数人余りの教師陣がゾロゾロと並んでエリス達の前に立つ、魔術を実際に使っ精度を見るか、確かに実際使ってるところを見ないと分かる事も分からない

それに、いくら魔術的知識があっても使い方が分からないんじゃあどうしようもない、飛び方を知っている人間と飛べる鳥には歴然たる差がある、それと同じだ

「そして この試験には我ら魔術科の教師陣に加え…魔術科のトップ、筆頭教授もまた同席するので気を引き締めるように」

(筆頭教授?…魔術科のトップか、あの並んでる人達の中にいるのかな)

魔術科で一番偉い人なんだろう、一体どんな人なんだろう 並んでる人達の中の誰かか?、口ぶり的にあの喋ってる人ではなさそうだし、そう思っていると…突如 部屋の窓が叩き割られ外から何かが飛び込んでくる…

(ッ……!?何事!?)

「アッハッハ!、おはよう諸君!すまないねぇ教授とした事が遅刻してしまったよ!」

慌てて振り向くまでもなく響く声で何が飛び込んできたか理解できた、人だ 女の人だ

嫌味なメガネ 嫌味な黒の髪 嫌味な顔つき、入学希望者を値踏みするように見下しながら 空飛ぶ杖の上に立ちながら現れたのだ

「まず自己紹介からさせていただこう、私は ディオスクロア大学園魔術科筆頭教授にして七魔賢が一人、リリアーナ・チモカリスさ よろしく頼むよぉ?」

リリアーナ…筆頭教授にして七魔賢の一人と名乗る彼女は杖から降りて仰々しく礼をし自己紹介する、…七魔賢 確かデティから昔聞いた事がある、魔術界を代表する七人の智慧者の事だ、選ばれるには絶大な魔術の腕と知識が必要だという

メンバーの中にはあのグロリアーナさんもいる事からその格式高さはエリスにも理解出来る、まぁこの人がグロリアーナさんと同格の強さを持っているかは分からないが 少なくともグロリアーナさんレベルの魔術の腕を持つという事だ

凄い人が教師をやってるんだな、この学園は

「魔術科は言ってしまえば私の王国、私の気に入らない人間は入国出来ないのでそのつもりでいたまえ?、入学したいなら魔術師として相応の腕と力を示すんだ…そこで基本四属性の魔術の精度を見てその合否を決める……というのは例年のやり方なんだが、今年は別の試験を代わりに用意した!」

会場がどよめく、そんな話聞いてないぞ 新しい試験ってなんだと入学希望者達は狼狽え、教師陣もまた聞いたことのない話とその流れに驚きの声を上げている

リリアーナの完全な独断での試験内容変更、横暴だが抗議する者はいない…それだけの権利がリリアーナにある ということだろう

「だいたいさぁみんなもこの試験にどれだけの人数が毎年集まるか知ってるだろ?、五万だよ!五万人!、それをそれぞれの科目で割り振ってもまだ数千人は残るんだ、そんな人数の魔術を一人一人見ていくなんてのは非効率だ!、毎年時間がかかってしょうがない 私とて暇じゃないんだ、だから今日はシンプルかつ手っ取り早い方法…それで合否を決めていく」

するとリリアーナが指をパチンと一つ鳴らすと 地面がモコモコの膨れ上がり、人型を作り出す…いや 一体や二体なんて量じゃない それこそ数百体の石の人形が地面から湧いて出てくるんだ

「な なんだこれ…」

「指を鳴らしただけでこんな…」


(これは…ゴーレムでしょうか)

皆が狼狽える中エリスは分析する、多分ゴーレムだ …予めこの会場の地面にコアを撒いておき、指を鳴らすと共に魔力で起動したんだ、だが何をするつもりだ こんな量のゴーレムを用意して

「驚くことはないだろう、これはゴーレムさ 魔術の勉強をしていれば分析くらい出来て当たり前だよ、…では改めて試験の内容を話そう 今ここに四百体ぴったりのゴーレムを用意した、魔術科の定員と同じ数だ…このゴーレムは特殊なゴーレムでね、特定の破壊法でしか壊れることはない」

そういうとリリアーナは手を前に出し 指を一つ立てる

「一つ このゴーレム自身に魔力を流し込み 宝石から供給される魔力を切断すること、魔力制御に自信がある者はそれをするといい、複雑な回路で供給してるからね 生半可な精度では崩せないよ?」

続きで立てる2本目の指

「二つ それぞれのゴーレムには基本四属性のうちどれか一つを弱点として定めてある、それを使いコアを破壊する、ただし その弱点属性は一分ごとに変動する…高い分析能力を持ち基本四属性を全て満遍なく扱えれば 訳ない難易度だよ」

そして三つ…指を立て

「そして最後、これはまぁ推奨しないが 単純な破壊力で消し飛ばす、一番単純だからこそ一番難しい 、このゴーレムの体は石で構成されているが…勿論ながら魔力で強化されその硬度は石以上、鋼の剣だってへし折る物だ、興味があるなら一度試してみなさい 無駄だから」

リリアーナは言う コアから流れる魔力をこちらの魔力で阻害し崩すか、リリアーナが設定した弱点属性を探り当てコアを壊すか、そんなの関係なしにぶっ壊すか 、その方法でなければこのゴーレムは壊れないと言うのだ

「このゴーレムを壊すことが出来た人間には合格判定をあげよう、勿論筆記試験やこの後の試験も見て綜合の点数も兼ね合いで判定するが…、これを壊せない人間に学園に入る資格はない いくら筆記だけ良くてもね、そのつもりでかかりなさい」

つまるところ、あのゴーレムを壊しさえすればいいのだ、小細工を使ってもいい 正統にやってもいい、力づくでもいい ともあれ壊せばそれでいい、壊せなければ筆記の点数がたとえ満点でも意味はない…と

ごくりと 誰かが唾を飲み込む音がする、…いきなり突きつけられた難題だが、やることは変わらない 試験に合格する、それだけだ

「それじゃあいくよ…よーい…」

開始の合図が今始まる、皆覚悟が決まったのか 一斉に構えを取って…

「はじめ!」

今手が叩かれた、さぁ ゴーレムを壊すぞ!と皆意気込むよりも前にそれは起こる

「なっ!?あのゴーレム一斉に逃げたぞ!」

「しかもすごい早さで…あ あんなの魔術を当てられるわけないじゃない!」

まるで蜘蛛の子散らすように一斉にワラワラとゴーレム達が逃げ始めたのだ、それがまぁとんでもないない速さ それこそ脱兎のごとく逃げるもんだから皆呆気を取られて口を開ける

「何言ってるんだい、ただ壊されるためだけの存在を人型にするほど悪趣味じゃないよ私は、魔術師の真価は『思考』にある 逃げるにせよ抵抗するにせよ、考えろ やり方を」

まぁそうだな、ご尤もだ 魔術師は魔術を使って戦うにせよ研究するにせよ、色んなことを考える職だ、方法なんてものは言われずとも考えろ そう言うのだ

しかしどうしたものか、ここにいるのは戦士ではなく魔術師だけ、追いかけ回して捕まえるほどの脚力はない…

と思いきや、その唖然とする集団を割って一人 飛び出すものがいる

「ぶっ壊せってんなら話は速えや!おんどりゃぁぁあ!!!待ち腐れやぁぁぁぁ!!!」

バーバラだ、皆が様子見に徹する中 一人飛び出し逃げるゴーレム相手に掴みかかったのだ、その脚力はエリスと競争をした時同様 風の如き速さ、瞬く間に逃げるゴーレムに追いつき 、押し倒すような形でゴーレムに馬乗りになる そして

「考えるのなんざめんどくせぇ!『付与魔術・破砕属性付与』!」

ガンドレッドに付与魔術を乗せ、その光り輝く拳で殴りつけた

およそ人間が殴って出したとは思えぬ轟音、バーバラの拳はゴーレムの岩の体にめり込みヒビを入れる、がしかしそれでも割れない なんという硬度だ、無理矢理壊すのはやはり無理

そう 誰もが思ったが

「一発で終わるわけねぇだろう!壊れろ壊れろ壊れろ!」

まるで大地を打ち付ける豪雨の如く 何度も何度も叩き込まれる拳、一発殴ってダメなら五発殴る、それでもダメなら十発 それでもダメなら百発、壊れるならば千だろうが万だろうが打ち込んでやる、そんな気迫の元 馬乗りになりながら連打するバーバラ

いかに硬くとも そう何度も叩き込まれてはゴーレムとて耐えられない、遂に根をあげるようにその体が真っ二つにたたき割れる…そう 内部のコアごと

「よっしゃあ!ぶっ壊した!一番乗りィィ!!」

「これは驚いた、まさか最初の例が力づくとは、だがそれもいい 自分に出来ることを考えてその上で実践した、これこそこの試験のあるべき姿…、君!合格!、次の試験があるから 待合室で待ってなさい!」

「やりぃ!」

砕けたゴーレムの上で小躍りするバーバラ、力づくで壊しやがった…アルクカース人らしい豪快なやり方だ、そしてその方法は認められ 遂に彼女は合格を賜った、凄い話だ

「それで?、このままだと 君たちみんな時間切れで不合格になるけどいいのかい?、私嫌だよ?今年の生徒が彼女だけってのは、言っておくがゴーレムは定員分しかいない その意味が分かるかい?、早い者勝ちさ…モタモタしてると君達の分 居なくなっちゃうよ?」

「ッ…お 俺のだ!ゴーレムは!」

「ちょっと!押さないでよ!」

リリアーナの言葉に弾かれるように動く生徒達、そうだ ここに集まった入学希望者は大体五、六千人…対するゴーレムは僅か四百体 、十分の一以下の数しかいない いくらゴーレムを壊せる腕を持とうとも、機会を目の前にたたらを踏む者に学園で学ぶ資格はない という事だ

ゴーレムに群がるように走り始める参加者達、押し合い 退け合い、ひどい混雑具合だ…

「アハハハハハ!いいねいいね!これだよこれ!私はこれが見たかったんだ!、互いに互いを押しのけ合う!道を譲る者が渡れる道は無し!、誰よりも何よりも貪欲に結果を求める人間しかいらないんだよ!この学園にはねぇ!」

そんな様を見てげたげた笑うリリアーナ、嫌な趣味だ 効率化ってのも半分は建前で、さては本当なこれが見たかっただけなんだな、この人は

「くそ!こいつら本当に硬いぞ!、なんであいつ拳で砕けたんだ!」

「あ!逃げないでよ!」

「やめろよ!そいつは俺の獲物だぞ!」

「早い者勝ちだろ!」

されどどれだけ必死になっても壊せないものは壊せない、最初は何人かがバーバラの真似をして力づくで壊そうと魔術をぶつけるが、軽く傷つくだけですぐに回復してしまい、スルリと人混みを抜け逃げてしまう

そりゃそうだ、バーバラもそれを警戒したから馬乗りになったし 回復速度を上回る勢いで連打したんだ、普通に遠距離からチマチマ魔術撃ってても壊せやしない

すると

「『グレイヴウォール』!」

一人の生徒が ゴーレムを一体囲い込む…すると

「『フレイムタービュランス』!」

岩で囲い込んだゴーレムに炎の嵐をぶつけるのだ、囲まれた岩はまるで竃だ、ぐんぐん内部の熱が上がり続け 遂にはその体が融解し、コアごと溶け始めた…

「うむ!素晴らしい!、岩であることを利用し圧倒的高温で溶かしたか!、逃さないようにする岩壁をそのまま炉として利用するあたりも満点!、君!合格!君も待合室で次の試験を待つように」

「当然、このミリア…伊達にエリートと呼ばれていませんわ?」

ミリア と呼ばれた豪奢なドレスを身に纏った女性は優雅に髪を撫でるとかつかつと音を立てて会場を後にする、頭いいな あんなやり方があったなんて

「ぅぅぅぅおいぃっすぅぅ!『マウンテンアース』!」

すると今度は別の大柄の魔術師がゴーレムを岩と岩で挟み込み圧縮して叩き潰した、バーバラとは似て非なる力技、それでもゴーレムが砕ければ勝ちは勝ちだ

「おお!、いいねぇ 奥歯で胡桃を噛み砕く要領でゴーレムを潰したかい、ゴーレムそのものの硬度は高くともコアは脆い、そこをついたいい戦法だ!君!合格!、さ!待合室へ?次の試験が君を待ってるよ?」

「おいっす!、自分!嬉しいっす!」

大きな子だ、まるで戦士のように大柄で それでいて顔つきは愛嬌がある、目は点 口は棒、似顔絵を描く時楽そうな顔立ちだ

「ふん、他愛ない 供給回路を探り当ててしまえば 指で小突いただけでも簡単に壊せるね、これは」

今度は別の場所でゴーレムが崩れる、髪を七三で綺麗に分けた男がゴーレムを触ったただけで崩してしまった、多分あれはゴーレムを動かすコアの魔力を弄って阻害したのだ

ただの石塊であるゴーレムを動かしているのはコアだ、そこから伸びる血管とも言える回路を切ってしまえば まるで糸の切れた操り人形の如くゴーレムは形を失う、リリアーナの言っていた一つ目の方法を鮮やかに実践したのだ

「おお?、結構難解に作ったつもりだったんだが、素晴らしいねぇ 君も合格!、次の試験 期待しているよ?」

「分かっていたさ、最初からね?僕は未来の超新星なのだから」

また一人合格者が出た、やはり抜きん出た奴は直ぐに合格していくな…、彼ら以外にもそこそこゴーレムを破壊する人間が出てきている、…そろそろ急がないとエリスの分がなくなりそうだ


ここまで観察していて分かったことがいくつかある、まずゴーレムの行動パターン、逃げる際は人からではなく魔術から逃げる、そして抵抗や反撃などは行わない

硬度に関してだが 多分エリス火雷招を撃てば跡形も残らないくらいだろう、これは傲慢ではなく バーバラの例を見ての計算だ、硬いには硬いがそれでも学生レベルの付与魔術で壊せるくらい…、少なくともエリスはこの学園を首席で卒業したマティアスよりも上の威力の魔術を使えるようだし

回路を切るのも多分出来る、…なら…後は問題はどうやってクリアするかだ

(火雷招一発ぶち込めば楽に済むが、やめておいたほうがいいだろうな)

それはマレウスで冒険者試験を受けた時の経験だ、強い魔術を見せびらかして目立つと後々面倒になる、嫉妬の目で見られたり疎まれたりいい事はない

ましてやここは学園、エリスはここで三年過ごさないといけない…下手に目立つのは得策じゃない、とすると …目立たない回路切りの方向で行くか

「旋風圏跳は…使うまでもないか」

手頃なゴーレムを見つけて、それに向けて簡単な魔術を軽く牽制目的で飛ばす、ゴーレムは人でなく魔術を優先して避けるよう設定されているようだし、こうやって軽く ゴーレムの進行方向を操作するように撃てば

(…ほら、こっちに来た)

追いかける必要はないんだ、遠くから魔術撃ってこちらに引き寄せさえすればいい、魔術師なのに汗水垂らして追いかけっこするなんて非効率だ、きっとリリアーナもこれを想定してこんな設定にしたのだろう

…魔術に進行方向を塞がれ、ゴーレムは魔術を避けながら自然とこちらに向かって走ってくる、そして近づいてくれば後は簡単だ

「よっと!」

こちらに向かって走ってきたゴーレムに手を当てる、そして感じる このゴーレムを動かす回路を それを動かす魔力の流れを

(………まるで血管のように張り巡らされてるな、ぱっと見混乱しそうになるけれど、要はこことここを切って仕舞えばそれで…)

コアを中心に血管…或いは植物の根のようにゴーレムの体に張り巡らされる回路、これを魔力で操り 人型を保ち操るのがゴーレムという魔術だ、つまりこれを切断 ないし妨害することにより、ゴーレムという魔術を根底から潰すことができる

魔力を流し込み 回路をプツリプツリと切っていく、楽な作業では無い 例えるなら二本の長い棒を使ってハサミを持ち上げ それで無数に張り巡らされるピアノ線を切るくらいには難しい、だが 魔力制御がしっかりできているなら問題ない難易度、そして

(エリスはその魔力制御に関しては 師匠からお墨付きをもらっている)

要点だけを的確に切除し コアから送られる魔力が完全に寸断される、…人間で例えるなら 心臓から血液が送られなくなるようなもの、そうなるとどうなるか 説明するまでも無い

動くためのエネルギーを失いゴーレムは静かに音もなくただの石塊に戻る

「これでいいですか?リリアーナ教授」

ゴーレムを崩した これで合格になるだろう、周りの喧騒に紛れているし変に目立つこともあるまい

「む?、おお 君もゴーレムを崩したか……むむ?」

するとエリスの崩したゴーレムの残骸に寄ってくるリリアーナ、な…なんだよう

「…君、上手いね 魔力制御…、学生レベルとは思えない 王国で働いてる魔術師だってこんなうまく切除することはできないだろう」

「見ただけでわかるんですか?」

「無論さ、私は凄いからね…君興味深いね、…君は当たりかな、玉石混合の玉…今年は君か」

リリアーナはエリスとゴーレムを交互に見るとしたり顔で笑うと背を向け去っていく、え?それだけ?あの合格か否かは…

「あ あの、エリスは合格ですか?」

「おや?言うまでも無いと思ってたんだがね、勿論合格さ…それもこの課題をでは無く、入学試験そのものをね、この後の試験は君は受けなくていいよ、待合室にも行かなくていい 適当にその辺で待ってなさい」

「て 適当に?」

「そう、適当に せっかく見つけた玉なんだ、他の石と混ぜこぜにするわけには行かないよ」

それだけ言い残すとリリアーナは今度こそ去っていく、…え?合格なの?エリスこれからどうすればいいの?、いきなり突き放されるように突きつけられた試験合格通知…、みんなと同じ待合室に行くことも許されず エリスは取り敢えず他の人の邪魔にならぬよう、横にそれるのだった
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