孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

109.孤独の魔女と平穏な休日

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ディオスクロア大学園の一週間の過ごし方は大まかに六日間授業 一日休み、一年の間に二度長期の休暇があるだけで 基本的に一週間に休みは一度

最近では一週間に休みを二度作ろうという声も上がったそうだが、今のところそれを積極的に取り入れようという動きはないようだ


休み つまり一日フリーだ、この日は授業がないため生徒達は皆それぞれの過ごし方をする、学園を出て街で遊んだり 自習したり 寝て過ごしたり、色々だ

当然この休みもエリス達に適用される、がしかし 今まで休みを謳歌できていたかといえばそうではない、休みであるということはピエール達も自由に学園内を動けるということ 教師の目も生徒の目も薄くなる学園内を ピエールに狙われているバーバラさんが一人で歩くのは危険だから エリスはいつもバーバラさんについて行っているためエリス自身の自由は少ない

別に自由がないのはいいが 図書館で調べ物があまりできないのは少々辛い…


まぁいい、ともあれ今日はその休日だ 休日にやることはいつも決まっている、組手だ

魔術拳闘士を目指すバーバラさんにとって魔術と同じくらい体も鍛えなければならない、だが授業のある日はそれも難しい ということでいつも休日を利用して一日組手で体を鍛えているのだそうだ

エリスも一日それに付き合う形で休日を過ごすことになる…の だが

「こめん、エリス…今日はちょっといいや」

ベッドに横になったまま起きてこないバーバラさんはそれだけいうと 枕に頭を埋めてしまった、落ち込んでいる

彼女がここまで参っている理由は二つ思い当たる、一つはピエールの嫌がらせ いくら気にするなと言っても剥き出しの悪意に晒されて続けて平気な顔をしていられる人間は少ない

そしてもう一つは昨日 バーバラさんが思わずエリスに向けてしまった罵倒の言葉だろう、ピエールならともかく 味方であるエリスに向けて声を荒げてしまった事を今も気にしているようだ

「大丈夫ですか?バーバラさん」

「うん、…ただ…ちょっと今は一人にさせて」

「バーバラさん…」

気の強く 快活だった彼女がこうも弱っている姿を見るのは、エリスもかなりショックだ …だが今エリスが気を使えばバーバラさんは余計辛い思いをすることなるだろう、…ここは 一人にする方が良いか

「わかり…ました、ではエリス 外に出てますね」
 
「うん、気をつけてね…」

「では」

それだけ言い残し寮を出る、…学園に来てからずっとバーバラさんと一緒だったが 初めて一人の自由の時間が出来てしまった、あまり喜ばしい事ではないが…

ともあれ、今日は一日部屋に戻らないほうがいいだろう 

…………………………………………

一人で学園をうろつく時間が出来てしまった、思えばこうやって自由に学園内を歩ける時間を得るのは初めてだ、いつも寮から教室へ教室から食堂へのトライアングルな移動しかしてなかったから 入学してから初めてこうやって自由に歩くかもしれない、新鮮だ

「とは言え…何をしましょうか、やっぱり大図書館に行きましょうかね…んんー」

エリスは今 ディオスクロア大学園の中庭にてボケっとしながらベンチに座り空を眺めている、人は自由を求める物なれど いざ自由を手にしてみると持て余すものだ…なんてね

詩的なことを言ってみても体は動かない、…なんだろうな 何もする気が起きない、エリスもショックを受けてるんだろうな…

「おーい、エリスさーん!」

「はい?」

すると知らない声がエリスを呼ぶ、なんだろう なんて思い気の抜けた返事をしながら視線をそちらにやると

「すみません遅れちゃいました」

「いいよいいよ、私達も今集まったばかりだから」

「エリスさん優しいー!、流石魔女の弟子ですねぇ」

エリスじゃなかった、エリスの近くで待ち合わせしていた一団の中にいる 一際大きな背丈の女の人にかけた声だったらしい、なるほど 彼女も魔女の弟子でエリスなのか 奇遇にもエリスと同じだ

なんてことあるか、アレクセイさんの言っていた偽物というやつだろう、エリスと同時に入学した972期生の中には少なくともエリスの名を名乗り入学してきた人間が二十人近くいるらしい

ただ同姓同名なら構う事はないのだが、どうやら彼女達は孤独の魔女の弟子という肩書きと今までエリスが行ってきた逸話を欲して名前を偽っているらしい、その効果も覿面か あそこのエリスはみんなに好かれて5~6人の男女グループの中心にいるようだ

羨ましい事だ、彼女はさぞ上手く学園生活を送っているのだろうな

「あのエリスさんと同じ学年になれるなんて私達幸運だわ」

「本当です、魔女の弟子といえばあの魔術導皇やラグナ大王やメルクリウス首長に並ぶ存在、大陸の外に目を向ければあのオライオン最強の闘神将ネレイド様も当てはまるまさに時代を象徴するお方 それと共に学べるなんて貴重も貴重だ」

「褒めすぎよ、みんな 私はそんな大した人間じゃないわ」

ファッサッと金の髪を手で凪ぐ女性、エリスよりも頭一つ分高く年齢もかなり上そうに見えるし、なんなら見た目も髪色以外類似点はない…がしかし エリスは『金髪をした少女』としか伝わってないから、金の髪をしていれば大体の人間が当てはまるのだ

だから こうやって名前も偽りやすいのだろう

「エリスさん!魔女の修行って厳しいの?」

「まぁね、レグルス様はとても厳しいお方だから 時には奈落の谷に突き落とされるような厳しい修行もあるわ」

ないよ、落とされた事ないよ いや落ちた事はあるけどさ、あれは事故だし 師匠関係ないし

師匠の修行は必要以上に痛めつける物は皆無だ、ただ必要なものを必要なだけさせる 合理に伴った修行ばかりだ、谷に突き落とされて魔術が上手くなるならエリスは進んで谷に身を投げているしね

「いいなぁ、私もレグルス様に会ってみたいなぁ」

「俺はレグルス様に会ったことあるぞ、大勢の部下を引き連れていて それはもう偉大な方だった」

多分それも偽物だよ、師匠大勢の人間に囲まれるの苦手だもん、本物の魔女レグルスが現れてから偽物の数は減ったらしいけど、…まだいたのか 魔女偽証罪が怖くないのかな

「ふふふ、今度師匠に会ったら みんなにも教えを授けてもらえるよう頼んでみるわね」

「やったー!、魔女に教えを授かれるなんて!」

やめてよ師匠に迷惑かけるの!?、いやまぁ…実際に魔女レグルスを見ても彼女達には分からないだろうな、師匠は常に魔力を極限まで抑えている、パッと見ただけでは魔女と判別はできないだろうし、何より…

…ん?

「何あの子…ずっとこっち見てるわ」

するとグループの視線はエリスの方に向けられ…、しまった じっと見過ぎたか

「ああ、あの子よ…エリスさんの名前を偽ってる偽物の」

え?、エリス偽物だったの?というかみんなの視線は冷ややかなものだ、まるで腫れものでも見るかのような 嫌そうな目…

「偽物か、本物のエリスさんならここにいるのに名前を騙るなんて盗人猛々しい奴だな」

「バーバラとかいう問題児と組んで裏で色々悪どいことやってるらしいじゃないか」

「違法スレスレのポーション作って小遣い稼ぎしてる悪辣なやつとも聞くぜ」

「やだ怖い、エリスさんの名前に泥だけは塗らないで欲しいわ」

…どうやら、エリスの評判はあまり良くないみたいだ というか、多分ピエール達がエリスとバーバラさんの悪い噂をあちこちで吹聴して評判を落としているんだろう、エリス達が孤立すれば それだけ彼等もやりやすいだろうからね

「いいわ別に、関わらなければね…どれだけ名前を偽っても 本物の歩んだ道程までは真似する事はできない、紛い物は見てくれだけ真似るのが精々だから」

「流石エリスさん、魔術科の試験を免除されただけはありますね」

「ええ、じゃ みんな揃ったことだし街に出ましょうか」

あ それも偽物の功績になってんだ、いやまぁ『エリスという人物が試験免除になった』という情報しか出回ってないから どのエリスかは分からないのか

しかし良かった、あのエリスが変に絡んでこなくて…、彼女達も街に出るのか かち合うの面倒そうだな…、彼女達も大図書館に向かわないことを祈ろう

パンパンッと両頬を叩いて立ち上がる、休日一日何もしないで無為に過ごすなんて馬鹿らしいしね 

誰もいなくなった中庭、ここからヴィスペルティリオ大図書館に向かい調べ物をしてちょいと買い物してから帰る、結構なスケジュールだな、夕方までには戻ってこれなさそうだ

久しぶりに学園の外に出る、羽を伸ばす暇はなさそうだ、急ぐとしよう

座ってシワになった服を手で伸ばし中庭を抜けようとすると…、この日当たりの良い場に 新たなる客が現れる、単体の客ではない 団体様だ

「げっ…」

思わず声が出てしまう、エリスがこんな反応する相手はまぁ少ない、多分バシレウスとかくらいにしかこんな声は出ないんじゃないかな…

「あ、…腰抜けの友達の臆病者じゃないか」

ピエールだ、そんなに連れる必要あるかってくらい これ見よがしに取り巻きを連れて、エリスに気がつくなり そいつらを使ってエリスを取り囲む

「…奇遇ですね、貴方も日向ぼっこですか?のんびりするには良い日取りですしね」

「そんなわけないだろ、…ふぅん 君確かエリスって言うんだろ?、いや 本当にエリスって名前かも怪しいなあ?他人の名前を使って入学したのかい?」

ええ? と言いながらピエールはエリスの前に立つとニタニタ笑いながら舐め回すようにエリスの体を見る、…汚らわしい目つき…エリスの彼に対する評価も加味して 今の気分は最悪だ

「孤独の魔女の弟子エリス…だっけ?、それと同じくらいの年代で同じ金髪だから その名前を使って学園で名声を手に入れてノーブルズに取り入ろうって?、居るんだよなぁそう言う浅ましい奴、有名人の名前を使って自分を売り込む卑怯者が」
 
「エリスの名前は本当にエリスですよ、嘘偽りも広めた事はありません」
 
「馬鹿だね、孤独の魔女に教えを賜る人間が 態々学園に入学してくるわけないじゃないか、そんなこともわからないのかい?」

色々あるんですよこっちにも!、だが 彼はエリスを完全に偽物だと思っているようだ、いや 今この学園にいるエリスは全て偽物だと思っているのだろう、まぁ半ば間違いではないのだが

「魔女の弟子って言えばラグナ大王や魔術導皇に並ぶ人間だろ?それがこんな…こんな臆病者で卑怯者な愚か者なわけないだろ、あのバーバラとか言うクソ女を助けて…頭が悪いなぁ君は」

「……バーバラさんは良い人ですよ」

少なくともお前よりは、なんて棘のある事は言わない、言えば彼は嬉々としてエリスを責め立てるだろうから…、目を伏せ ただ必要なことしか言わない

「君も馬鹿だね…だが、馬鹿だが顔はいい 体つきも僕好みだ」

「は?…」

するとピエールはエリスの体を掴み引き寄せる、こいつ…!バシレウスと同じタイプか!無理矢理他人を自分のものにしようとするタイプか!、なんでエリスはこう言う変な王族にばかり好かれるんだ!

「君…僕の女にしてやろうか?、ノーブルズの領域に立ち入ることも許してやるし この学園で好き勝手する権利もやるよ、ああ 顔もタイプだからもしかしたら将来僕の妾くらいにはしてあげるかもね?、…悪くないだろう? コルスコルピ王家第二王子の妾」

「何を…言ってるんですか」

「強情だね、素直になれよ 僕が言ってるんだよ?僕のものになれって、並み居る女達が望んでも手に入らない地位をやるって言ってるんだ」

……バシレウスもバシレウスで嫌な奴だった、いきなり現れ頬っぺた舐めて嫁にすると宣ったイカレ野郎だ、だが 上から目線で貰ってやると言わんばかりに強引に抱き寄せる奴は それと同じくらい イかれてる、嫌な奴だ

「口説き文句としては三流以下ですね」

「はぁ?」

「その口説き文句は、それで靡く女性だけに言ってあげてください、きっとそういう女性の方が 貴方にはお似合いなので」

「お前…」

抱き寄せるピエールの手を引き剥がし優しく そう…なるべく穏便に優しげに微笑む、悪いがエリスが彼のものになることはない、決して…

「分かってないな、君が僕に傅けば あのクソ女の件にだって目を瞑ってやるって言ってるのに」

「…彼女の為に 彼女を裏切れません」

「つくづくバカだ、…まぁいい 今はね、そのうち本当に後悔して僕の前に裸で土下座することになるんだ、『ピエール様 お許しを』ってね!、その時優しく抱いてもらえると思うなよ!」

「こんな小さい男に抱かれるつもりはありません」

「ち 小さくない!何を決めつけてるんだ君は!下品な女め!」

「は?、何をそんなに怒ってるんですか…?」

「もういい!、…今から楽しみだよ 君が泣いて謝る姿がね、おい 行くよ」

何やら急に怒り散らして帰って行ってしまった、なんだったんだろう …しかしこれでエリスも標的か?一応彼を振った形になるわけだからね、いや或いは奴の怒りをエリスが一身に買えばバーバラさんは助かるんじゃないか?

…いや、そんなことすればバーバラさんは何が何でもエリスを助けようとする、そうなれば今度こそ何をするか分からない、しかし…どうすれば

「方法の一つとして…考えておきますか」

踏ん切りのつかないまま、ピエールとバーバラさんの件はエリスを悩ませ続けるのであった

…………………………………………

ヴィスペルティリオ大図書館 、学術国家コルスコルピ いや世界一の大図書館にして世界最古の建造物の一つ、エリスが空を飛んでる時に見たあのドーム状の巨大施設だ

大きい エリスが今まで見た施設の中でも五本の指に入る、このレベルの建造物といえば アジメクの白亜の城 アルクカースのフリーディア要塞レベルだ、こんなに大きな図書館がこの世にあるなんて…というか この中に全部本が詰まってるって 一体どのくらいの量の本が…?


そう、思っていた…この巨大な図書館を訪れるまでは…



「うわぁ…逆に引きますねこれは」

エリスは己の中に隠された才覚である 識確魔術に関する文献がこのヴィスペルティリオ大図書館に存在しているかもしれない とウルキさんの言葉から推察し、このコルスコルピでの目標の一つとして設定しており、そして今日 ようやくこの大図書館を訪れたわけだ

師匠はいった この図書館から一冊の本を見つけるのは難しいと

師匠のこの言葉は誤りであると言いたい、見つけるのは『難しい』ではない 『無理』だ

「マジですかこれ」

図書館に入り込んだエリスの前に飛び込んできたのは…迷宮だ、差し詰め本の迷宮とでも言おうか、高く積まれた本棚が並んでおりそれが迷宮のように複雑に入り組んむ形で配置されている

あの巨大なドーム全てに本が詰め込まれているんだ、目の前に置かれた本棚ひとつ見ても百冊や二百冊じゃ効かない量が置かれている、その本棚が万近く配置されているんだ、オマケにこのドームの壁面グルーっと一周回る壁も本棚となっており…まぁ簡単に言えば 目眩がするほど本があるんだ

「城の数倍の大きさの施設全てに本が置かれているなんて…、この中から本一冊探すなんて、砂漠の中から一粒の砂を見つけるようなものですね」  

この図書館を全て細かく探すとなると、エリスの寿命では足りないな エリスの孫の代まで一生本探しに明け暮れてようやくこの図書館を隈なく探索できるかどうかってくらいだ、そこから更に目当ての本を探すとなると…

「……はぁ、やるぞ!」

ウダウダ言っても仕方ない!、ウルキさんの言うことを信用するわけではないが 彼女が意味有りげなことを言った以上 ここには確かに何かある、それが良いものか悪いものかは分からないが、それを判別しておかないと!

「そこ、図書館では静かに」

「あ、すみません」

気合いの雄叫びと共に勇んで図書館に入ろうとすると 司書の人に止められる、そうだ ここ図書館だ、静かにしないと…ってうん?今 聞いたことのある声に止められたぞ?

この声って

「メアリー先生?」

「…ん?、君その制服 学園の生徒か」

メアリー先生だ、魔獣専門の授業を受け持つ魔術科の教師、気怠げな瞳と耳元にバチバチに付けられたピアスが特徴の先生、それが司書として図書館に居座っているのだ

「先生こんなところで何してるんですか?」

「教師は副業 本業はこっち、この図書館の司書をやる傍教師をやってるの」

掛け持ちで教師やってるのか…、なんというか 多忙な人だな 

「…大変じゃありません?」

「大変ちゃ大変だけど、まぁ…この図書館 手入れいらないから暇だし」

「手入れいらないんですか?」

「この図書館は魔女アンタレスの加護により本が朽ちないし 本も一定時間経つと元の位置に戻るから、持ち出しも盗みも出来ない 図書館が自分で自分を手入れするから、司書なんてお飾りなの」  

なるほど、ここを管理しているのはアンタレス様なのか、魔女の魔術により本は本棚から取り出されても一定時間で元あった場所に戻る、盗み出そうとしても直ぐに本棚に戻ってしまうから無理…、だから司書が教師に出ることが出来るのか

なら司書なんていらない気がするが、形式的に必要なのかな

「それで、君は何を探しにここに来たの?、散歩で来る場所じゃないでしょ」

「えぇーっと…古い魔術文献にまつわるものを…」

「そんなものごまんと存在するよ、もっと絞りなよ」

とはいえ、今は失われた識確魔術にまつわる本 と言っても通じるのかな、…ううーん …そうだ、確か

「遥か昔 万世六大元素構成説が唱えられていた頃の文献ってありますか?」

「六大元素…、無いよそんなもの」

なかった 、識属性という単語その『万世六代元素構成説』という太古の時代に唱えられた論説の中に登場するらしい、もしその文献が残ってればと思ったが 無いのか…

「だが、ここは八千年前からある図書館 もしかしたらそれと同じくらいの時代の本にそれに代わる情報があるかもしれない、一番古いエリアを紹介しよう そこで本を探してみるといい」

そう言いながらメアリー先生はエリスに古い地図のような物を手渡す、地図がないと歩けないのかこの図書館は、いや どこに何があるか分かるだけでも奇跡か

「ありがとうございます、メアリー先生」

「ん…」

メアリー先生はエリスの礼を煩わしそうに手で払い、そこら辺の本を手に取り読書に耽る、案内とかはしてくれないみたいだ、まぁ 地図があるからいらないけれどさ

地図を頼りにある、ここの本棚を右に 次は左、真っ直ぐ進んでこの本棚の隙間を通って そこを潜って奥へ奥へ、灯の届かない薄暗く埃とカビのが濃くなり始め 本棚に置かれている本もどんどん古くなっている

あそこにおいてある本は千五百年前のもの あちらは四千八百年、本来なら博物館に置かれているレベルのものに目もくれず、更に奥へ進み…、エリスは 図書館の最奥へ辿り着く

複雑に入り組んだ道を進み切った先には 埃にまみれた本棚があった、一体いつからここにあったのか、およそ人間には理解できない程昔からあったであろう本…、それが本棚にずらりと並べられていた

ここがこの図書館で最も古いエリア、この広い図書館の最も古い そして最も奥ばった場所にあるせいかエリス以外に人間はいないようだ

「ここに…エリスの探す本が、あるんでしょうか」

図書館の一角とはいえ この大山のような図書館の一角だ、一部分とはいえ凄まじい量 

ヒントはなし、手当たり次第に本を読んで探していくしかあるまい、どれくらい時間がかかるか分からないが それしか手がない

「ふぅー、行きますか」

そう言って、一歩踏み出した瞬間…床が 動いた

「え!?」

古ぼけて灯で照らされない暗い図書館の床がモゾモゾと蠢いたのだ、何かいる …目を凝らしてみると何かがいる…!

「な 何ですか…!」

「ん?…お前は」

床のそれはくるりとこちらに頭を向け エリスの顔を確認する、それと同時にエリスもそれの顔を目に入れる、そいつの いや 見覚えのある彼の顔…

「アマルトさん?」 

アマルトだ、ノーブルズの中心メンバーの一人にして次期理事長の座が約束されている男、入学式の場で凄まじい威圧を放っていた男が、床に寝そべって本棚と床の間を覗き込んでいた

「…お前、何してるんだこんなところで」

「それはエリスのセリフですよ、貴方何してるんですか」

「別に…お前には関係ないだろ、チッ 埃で汚れちまった」

エリスの顔を見るなり立ち上がり、埃で汚れた服を手で払い綺麗にする、何してたんだろう 床に何かあるのかな?それとも本棚の下に何か落としてしまったとか?

「本棚の下に何かあるんですか?」

「何もない、ってか関係ないって言ったろ …しかしお前、なるほどな そういうことか」

アマルトは立ち上がり、エリスの姿を見下ろし 眉をしかめると…

「お前エリスだろう、孤独の魔女エリス …その本物、あの有象無象の偽物の中にまさか本物がいるとはな」

「わ 分かるんですか!?、エリスが本物って」

「バカにすんなよ、そもそも…」

というとアマルトは一歩エリスの方に踏み出す、それを受けエリスもまた一歩身を引いて…

「ほらな、反応と足捌きが素人じゃねぇ そこそこに修羅場潜って人間の足取りだ、偽物もそこまでは真似出来ない、それくらい見れば分かる」

この人、エリスが一歩動くのを見ただけで実力を見抜いたのか、…バーバラさんの拳を受け止めた時といい 、この人もまた相当な実力者なのだろう

「…本物の魔女の弟子がなぜこんなところに、といいたいがこの際どうでもいい…それよりお前は何故この図書館に現れた、魔女の指示か?魔女の指示でこの図書館を捜索しに来たのか?」

「え?…い いいえ、ここにはエリスが個人的に気になる事があったので それを調べに…」

「なんだ、魔女の指示じゃないのか じゃあどうでもいいや」

そういうと彼は興味を無くしたようにエリスから視線を外し 怠そうにため息をつく、魔女の指示で…ってどういう意味だろうか、魔女の指示だとしたらなんなんだ、この人はやはりここで何かを探している?本以外の何かを

「…お前、ピエールに結構やられてるみたいだな」

「はい、ほんと 参ってしまいますよ」

「分かんないなぁ、お前くらいの力があれば あんな小物軽く捻って黙らせられるだろうに」

「それをすれば 事態は余計悪化するだけです、道理とは力をもって捻じ曲げれば 同じ量の力で返ってくる物なんです、道理を変えられるのは同じ道理だけです」

「力を振るう気は無いってか、まあ お前がノーブルズに手を出せば俺達だって黙ってるわけにはいかないからな、お前叩きのめして 学園追い出さなきゃならん」

エリスが孤独の魔女と分かってなお彼はそういうのだ、…エリスを倒し追い出すと、彼にはそれが出来るような口ぶりだ、…いや 出来るんだろうな、でなければ彼はきっとこんなことは言わない

「…貴方がピエールに一言言って 事を収めてくれると助かるんですが」

「なんで俺が、嫌なこった テメェらの問題はテメェらで解決しろ、何よりな」

すると、アマルトは指を立てトンのエリスの胸を叩くと

「俺はお前みたいな人間が一番嫌いなんだ」

「はぁ?、なんで会って早々嫌いだって言われなきゃならないんですか」

「お前みたいな奴って言ったろ 時間は関係ない、ピエールがやらなきゃ俺がお前を追い出そうとするくらいだよ」

どうやらエリスは理由も分からず彼に嫌われているようだ、なんでかは分からないが それを語ってくれる雰囲気では無いな、エリスだって現金な人間だ 好きと言われれば好きになるし、嫌いと言われれば嫌いにもなる

「じゃ そういうことだ、ピエールや俺の目に留まらないよう細々とした学園生活送れよ、魔女の弟子とは言え お前は一般市民なんだ、俺たち貴族と市民じゃ 領分が違うんだ」

そういうとアマルトはパンとエリスの肩を叩いて隣を通り過ぎ立ち去って…って

「あれ?、探し物はいいんですか?手伝いますよ」

「もういい、ちょっと気になっただけだ 血眼になって探すものでも無い」

「床がですか?」

「お前には関係ないって言ってるだろ、というか 今日お前がここで見たこと他人に絶対言うなよ、言ったら 許さねぇからな」

見たことって 床に這い蹲って本棚の下を覗いていたことか?、まぁ言いはしないが気になるじゃ無いか、何を探していたかくらい言ってくれてもいい気がするが、彼の言う通りエリスには関係ないことなんだろう

「言うだけ言って帰りましたか」

立ち去る彼の背中を見送り、エリスもまた本題に目を移す、今エリスには関係ないことに構う暇はない…この巨大な本棚群の中から目当ての情報を見つけないといけないんだ、識に関することを…!!

さ!やるぞ!

………………………………………………………………

ディオスクロア大学園の一週間の過ごし方は大まかに言うなれば 六日間授業 一日休み、一年の間に二度長期の休暇があるだけで 基本的に一週間に休みは一度

最近では一週間に休みを二度作ろうという声も上がったそうだが、今のところそれを積極的に取り入れようという動きはないようだ


休み つまり一日フリーだ、この日は授業がないため生徒達は皆それぞれの過ごし方をする、学園を出て街で遊んだり 自習したり 寝て過ごしたり、色々だ

だからか、この休日は街も生徒達で溢れかえる 

「暇だ…」

対する私は一年中暇だ、八人の魔女の中で唯一定職についていない 一年が休日、それを八千年続けている無職の達人だ、などと…浅く笑ってみるも 今私は八千年で最も孤独を感じているかもしれない

この孤独の魔女が 孤独に喘ぐとはな、レグルスは一人 街中を歩きながら無表情で空を仰ぐ

…エリスが側にいないだけで、やる事がない…寂しい

レグルスはエリスを学園に行かせている間、完全に暇を持て余していた 、一応一瞬間に一度はアンタレスの元に赴いているが、最初の一回以外は部屋に入れてもらえず対話も出来ていない

一応アンタレスに暴走の兆しがあればと思ったが、その様子もないし こうなるとやる事が全くない、最近は毎日のように酒場に入り浸っている 酒を飲んでも良いはしないが、ただぼーっと突っ立っているよりはマシな時間が過ごせるからな

とはいえ、毎日酒浸りの生活というのもちょっとアレだしな…

「やはり、三年の在学は長すぎたか…、一年くらいでよかったかも知れん、うん」

いやいや何を言ってるんだ私は、たった一年の在学で何が変わる、エリスには集団の中で生きる術と世の世知辛さを学んで欲しいのだ、そう言ったことは今の時期彼処でしか学べない、学園生活は大切なものだ 人の組織の中で生きる術を知らずに大人になることは恐ろしいことなんだ

そもそも私一人が寂しいからという理由で弟子の人生に影など落とせない

「はぁ、今日も酒を飲むか…」

「あ、あれ見て!エリスさん!」

「ッ…!?エリス!?」

背後から聞こえる声、エリスと言った 今確かにエリスと言ったぞ、そうか今日は休日だ 休日ならばエリスも街を出歩いている可能性がある、かち合う可能性は十分にあった

私の体は私の意思の返答を待たず動いていた、慌てて振り返るように探す 我が愛弟子の姿を、だが…いないぞ そう遠くから聞こえた声じゃないというのに

「エリスさん、また魔女様の旅での武勇伝聞かせてくださいよ」

「孤独の魔女との旅だもんなぁ、さぞ凄いものなんだろうなぁ」

「ふふふ、みんなはしゃぎすぎよ…まぁ、いいわよ」

…あれ?あれか?あれなのか?、エリスと呼ばれ 孤独の魔女の弟子と呼ばれるエリスはこの世に一人しかいないはずなんだが、『孤独の魔女の弟子エリスさん』と呼ばれる女はどう見てもエリスには見えない

それともあれか?成長したのか?、そうだよな 男子三日会わざれば刮目して見ろって言うんだ、女子一ヶ月も会わなければ驚愕して見ることになる、あれまぁ あんな背が高くなっちゃって

「そうね、あれは私がレグルス様に谷に突き落とされる修行を受けた時…」

そんな修行をした覚えはないんだが?、谷に突き落として魔術が上手くなるならエリスは私が突き落とす必要もなく自分から身を投げるだろうしな

谷に突き落とされて手に入るのは強靭な肉体だけだ、経験談だから分かるぞ、何せ私もよくシリウスに突き落とされていたからな 、『修行といやぁこれじゃろぉ~』とか言いながらな
日に5回は突き落とされたし なんならシリウスが自分で地面を叩き割って作った谷にも落とされた事がある

だから私はエリスに無意味に過酷な修行はしないようにしている、特に命に関わるような奴は絶対にしない、これもあのボケから学んだことだ

「凄いなぁ、流石はエリスさんです!、一生ついていきます」

「やだぁ、一生はいいすぎよぉ~」

エリスはどうやら学園生活を謳歌しているようだ、みんなに好かれて輪の中心にいて なんとも楽しそうじゃないか、結構結構…

…ってあれ偽物だろ!どう見ても!

そうか…エリスも偽物が湧くくらい有名になったか、感慨深いものだ 私の偽物は最近めっきり見なくなったが、そうか 代わりにエリスの偽物が湧き始めたかぁ

「おっと」

「あら、失礼?」

私が考え混んでいる間にどうやら偽エリスとぶつかってしまったようで、私の肩と彼女の肩がごっつんこする、いやいや 魔女とはいえ考え事をしていると周りは見えなくなるもの、いくら相手が弟子の偽物とはいえぼうっとしていたのは己の方 しっかり謝罪せねば

「いや、ぼうっとしていてすまな…」

「ちょっと貴方!なんて恐ろしいことをしたわかってるの!?」

すると偽エリスの取り巻きの一人が私に摑みかかる勢いで詰め寄ってくる、お 恐ろしいこと?肩と肩がぶつかっただけだろうが

「この人はね!、孤独の魔女の弟子エリス様よ!エリス様!、分かってるの!あの数多くの伝説を持つ稀代の魔術師の!」

「お おう、だからすまないと言っているだろう、私もぼうっとしていたのが悪かった…」

「この人はエリス様なのよ!、もし今ので怒りを買えばどうなるか分かってるの!?」

謝罪してなお取り巻きの怒りは収まらないようだ、エリスの怒りを買えばって エリスは肩がぶつかった程度でプッツンする子ではないと思う、どちらかというと私に対して罵声を浴びせる人間に対してキレるタイプだ

そしてもしエリスが怒れば…まぁ大変だろうな、あの子は良識という枷で己を縛ってはいるものの また力の制御が甘いところがある、本気出した結果街が吹き飛びましたなんてことにもなるだろうな

本物の話だが?

「それにね、エリス様だけじゃないわ エリス様の師匠レグルス様に知られれば貴方なんて消し炭よ」

そりゃ恐ろしい、弟子の為にすぐさま駆けつけられるとはなんていい師匠なんだ、見習わねばな、しかし取り巻きちゃんよ 君の大声で寄ってきたのは奇異の視線で見つめる野次馬達だぞ、いやもしかしたらこれはパフォーマンスか?パフォーマンスに利用されてるのか?、この人こそエリスだぞって周りにアピールするための、こんなことしても周りの評判が悪くなるだけだと思うが

「すまなかった これでいいか?」

「頭を下げただけじゃダメよ!、もっと誠意を見せて」

「ミレイユ…いいわ、人が集まってきたし というか、ね ねぇ貴方」

すると偽エリスは私の顔を見ておずおずと指を指す

「黒い髪…紅い眼…、ま ま…まさかとは思うけれど…その…」

ああ、こいつ私の正体に気がつき始めているな、流石はエリスの偽物を名乗るだけあってよく勉強している、もし と思うならば判断は委ねよう

「…君の想像が如何なるものかは察するが、だとするなら君のすべき事は何か 分かるね、弟子のエリスちゃん」

「ッッ…!、た 立ち去りましょう!ミレイユもういいわ、人に迷惑かけちゃダメよ!」

「え でもエリス様」

「もういいから!あとエリス様って呼ばないで!」

偽エリス君はどうやら私の正体に気がついたようだ、私の前で私の弟子を名乗るなど片腹痛いわ、大慌てで取り巻きを連れ立って逃げ去る、何 暴き立てるような真似はせんよ、彼女にも彼女の学園生活がある、あそこで偽物とバレれば彼女は今後悲惨な学園生活を送ることになる、それは可哀想じゃあないか

ただ、あんまり弟子の名を汚すような真似はやめてくれよな

「さて……、酒場に行くか」

最近手持ちの金も無くなってきたから、どっかで仕事しないとなぁ 、そう彼女達から目を外し酒場へ歩く、エリス元気かなぁ…


……………………………………………………………………

「もうすっかり暗くなってしまいましたね」

月が登り始め 赤らんでいた空も黒に染まる時間、足の速い星はすっかり光り輝き始め 学園の方にもチラホラ灯りが灯り出している

エリスはあの後図書館でしばらく というかほぼ一日かけて図書館の本を調べまくったのだが収穫はゼロ、意味もない知識ばかり増えてしまった、まぁ 初日から収穫が望めるとは思ってなかったし、これからチラホラ赴いて継続的に調べていこうと思う

それはそれとして、もう夜も遅いな…みんな夜ご飯食べ終わって寮に戻っている頃だろう、エリスもこそっと移動して寮に帰ろう、とはいえ寮は学園の領地内にあるから 一回学園に入らないといけないのが不便なところだ

商店で買い物した荷物を両手で抱えながら 真っ暗な校舎の中を歩く、昼間はあんなに明るくて人がたくさんいるのに 夜になるとこんなに不気味になるのか…

「なんだか、…意味もなく怖いですね 何も出ないのは分かってるんですけど、理屈抜きでなんか…」

怖い、静謐な闇が無意味で不可避な恐怖を誘う、道筋は記憶にあるから迷う事はなくとも 既に人間が歩くことを想定されていない闇の廊下は その大部分が暗闇のカーテンにより締め切られ 何も見えない

…その闇の中に何かいるんじゃ?

…もしかしたら誰かついてきているんじゃ?

…足音が二重に聞こえないか?

…誰かいるのか?

…何かいるのか?

……いや本当に足音が二重に聞こえるぞ!?だだだだ誰ですか!?一体何が!?

「わっ!!」

「ひゃぁぁぁぁっっっ!?!?」

後ろからかけられた大声に思わず飛び跳ねつつ、足を捻り腰を捻り バネのように拳を背後のそれめがけ撃ち放ち…

「うわぁっ!?僕僕!エリス君!僕!」

「……アレクセイさん?」

声に反応し 寸でのところで拳を止める、その声は我が友アレクセイさん?、エリスの後ろで尻餅をついてあわあわと声を上げているアレクセイさんを見て悟る…、今の声アレクセイさんだったのか

「…まさかエリスを脅かそうと後ろから黙ってついてきていたのですか?」

「う…うん、校舎に入っていくのが見えたから…ちょっと脅かしてあげようと」

やっぱり殴っておくべきだったか…、しかしついてきていたとは、全く気がつかなかった…いやそれだけエリスもビビっていたということか

「まさか悲鳴より先に拳が出るとは…、ごめんよ脅かして」

「いえ、エリスこそ 怖い思いをさせてすみませんでした、立てますか?」

「あ…ああ、ありがとう」

尻餅をついたアレクセイさんに手を貸し立ち上がらせる、いきなり殴りかかって脅かしてしまったが まぁその辺はお互い様ということで

「ははは、…ん?紙袋?何か買い物してきたのかい?」

「え?ああはい、食材を少々」

するとアレクセイさんはエリスの小脇に抱えられている紙袋を見て不思議そうな顔をする、ああこれか…これは図書館の帰りに買った食材だ、本を読み終わった後大慌てで商店に駆け込み 一週間分くらいの食材をなんとか買い集めたのだ

「何に使うの?…」

「食べる以外ないでしょう?」

「いやそうじゃなくて、学園食堂があるのに なんで食材を買ったのかなぁって」

「…前日 エリス達はピエール達に学園食堂の道を塞がれましたよね、あれが悪化すれば今度は食堂そのものを使わせてもらえない可能性があるので、次からはエリスがお弁当を作ろうかと思いまして」

「エリス君料理出来るんだね」

「コルスコルピの方々の料理に比べたらカスみたいなもんですがね、…バーバラさんにはひもじい思いはさせたくないので」

バーバラさんは正しいことをしたと今も思っている、それで割りを食うのはおかしいし 何より周りから冷たい目で見られる謂れもない、彼女は些か強引なところもあるがそれも彼女のいいところだ

本当は見ず知らずのエリスともすぐに打ち解けられる良い子なのに、その明るさをピエールの悪辣な思いで潰されるなど 我慢ならない、エリスだけでも あの子の味方でいてあげないと

「…優しいんだね、エリス君は」

「え?、そうでしょうか…優しければもっと バーバラさんに辛い思いはさせないと思います」

「ううん、君は十分優しいよ バーバラ君の為にそこまでやれるなら、君は誰がなんと言おうと優しいと僕は思うよ」

優しいか…、優しいのだろうか …エリスは…、ウルキさんは言った 無理に優しくする必要はないと、あの時はエリスもそれに賛同していたが、分からない 優しいとはなんなのか、エリスはそれを識らない

「エリス君、バーバラ君のこと 大切かい?」

「え?、あ…はい こと学園で今の所一番大切です」

「そっか、なら 僕達で彼女を守らないとね」

彼はそう言って優しく微笑む、エリスから言わせれば 巻き込まれる形で割りを食いながらもこうやって付き合ってくれる彼も十分優しいと思う

「ところで僕の分は…」

「すみません、そこまで頭が回りませんでした…」

「えぇ、じゃあ僕だけ食堂!?そんなぁ そりゃないよぉ」

「食堂で少し食材を分けてもらいますから、そんな顔しないでくださいよ」

「ほんと?、やった 早速明日が楽しみだね」

なんて他愛ない会話をしながらエリスとアレクセイさんは平穏な休日を締めくくる、何やら色々あったが 最終的にこうやって笑えれば一日とはいいものと思えるのだ

「それじゃアレクセイさん、また明日」

「うん、また明日~」

そして女子寮と男子寮の道で手を振り別れアレクセイさんもまた夜の闇の中へと消えていく、さて エリスもとっとと帰ろう、とそこで…ふと 思う

…そう言えばアレクセイさんって寮住みじゃないよな、こんな夜遅くに学園で何やってたんだ?、忘れ物でもしていたのかな まぁいいや また明日聞こう、どうせ明日も授業で会うしね

紙袋を抱えたまま、音を立てないよう廊下を歩きエリス達の部屋の前まで来る…さて、バーバラさんはどうしているだろうか 自分の中で消化できただろうか、こうやって一人にしておいてなんだやっぱり一人にしたのは良くなかったんじゃないか

ドアノブを握ったまま、踏ん切りがつかず静止する…朝より落ち込んでたらどうしよう、悪化してたらどうしよう…

「…エリス!」

「バーバラさん!?」

なんで悩んでいると内側からドアノブが回され開けられる、中から出てくるの当然エリスのルームメイト バーバラさんだ、うん 顔色も良さそうだし、何より朝よりも元気そうで…

「ごめん!」

「へ?」

するとバーバラさんは頭をバッ!と空気が揺れる勢いで下げるとエリスに謝罪の言葉を向ける、ごめんってなんのごめんだろう

「あの、バーバラさん?」

「ごめん、昨日はあんなこと言って…その上自分の言ったことでウジウジいじけて、本当にごめん!」

「そんな 、そのことについては昨日も謝ってくださったじゃないですか、それに 落ち込むのは仕方ないことですよ」

「それでも!、…一日悩んでたんだ、エリスは私の味方でいてくれようとする、その気持ちに私も答えることが エリスに対する誠意だと思ったの」

「バーバラさん…」

「だから、私 エリスの友達でいる、態々いうまでもないかもしれないけれどさ …エリス、私とエリスは友達よ」

そういうと彼女は拳をエリスの前に出す、友達か…ふふ 確かに態々今更いうことでもないな、何せエリスは

「エリスはもう友達のつもりでしたよ」

「フッ、ならちょうどいいわね エリスみたいな友達がいてくれるなら、私まだまだ頑張れそう、アイツなんかに絶対に負けないから」

ねっ!と快活に笑うバーバラさん、うん この顔だ、エリスと初めて会った時の夢を語る顔、この顔こそバーバラさんの一番良い顔だ、やはり彼女はこうでないと

「じゃ、部屋に戻りましょう ほら、夜中ですし みんな見てます」

「え?、あわわ…やっべ…し 失礼しました~」

周りの扉の隙間から迷惑そうにこちらを見る目に思わずバーバラさんも苦笑いしながらエリスを部屋に引きずり込む、まぁい彼女が元気になったならそれでいいんだ、うん…それで……

こうして、エリスの学園生活の一ヶ月目が終わる、散々なスタートだったがきっとここから良くなる、そうだきっと…きっと……



思えば、これがエリスにとって学園での最後の平穏な一時だったのかもしれない、そうだ…この時から歯車が噛み合い始め、あの事件へと物事は加速していたのだ
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