孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

文字の大きさ
上 下
144 / 308
六章 探求の魔女アンタレス

129.対決 魅惑の妖女カリスト・ケプラー

しおりを挟む

あれから…俺はノーブルズの領域全部に突っ込んで探してみたが、エリス達の姿はどこにもなかった

授業にも出てないし …本当に霧のように消えてしまった…

しかも、道中イオが接触して来たが…アイツもカリストの所在を知らないらしい、まぁ 敵の俺たちに教える義理はないと嘘をついてる可能性もあるから鵜呑みには出来ないがな

放課後も日が落ちるまで学園内を駆けずり回ったが、カリストどころかあんなにいたカリストの信奉者の一人も見つけることができなかった

…奴は完全に隠れている、収穫祭まで姿を見せる気は無いらしい、俺とデティは敗北感にまみれながら屋敷に戻る

「エリスちゃん達、いないね」

「ああ」

屋敷に戻りダイニングの椅子に座り 二人で静かに呟く、もしかしたら前みたいに部屋にいるかもと思ったが、まぁ いる訳ないよな…

二人がいないだけで、この屋敷は酷くガランとして見える、…エリスもメルクさんもいない屋敷…なんとも物寂しい

「ねぇ…ラグナ?」

「ん?、なんだデティ?」

「ううん、呼んでみただけ」

「そっか…」

デティも心細いだろうに、…いや 何を言っても始まらない、今俺達に出来ることは思考すること 熟考すること、そしてそれを行動に移すこと、まだ何もかも終わった訳じゃ無い、諦めるのも振り返るのも反省するのも 全部終わった後からでも間に合う

「…エリス達は一体 どこに行っちまったんだろうな」

「カリストやカリストのハーレムも今日はあのまま授業に出てなかったみたいだね」

そのようだ、お陰で今学園にいる女子生徒はデティ一人と言ってもいい、女子が丸々連れていかれたんだ 学園が男臭くて仕方ない…、何処かにあったな こんな童話が、連れていかれるのは子供だったが

「学園内はあらかた探した、まだ探してない部屋もあるだろうが…女子生徒全員匿える部屋と言われると怪しいな」

人数というのは嫌でも目立つ、学園の女子生徒の総数を正確に把握してるわけじゃ無いが、少ないわけがない、部屋一つに押し込めるわけもな

それとも学園外に出たのか?でもそれなら目撃情報があるはずだ、何せ女の一団が束になって移動してんだ 嫌でも目立つ、だがそんな話はなかった…なら 学園の何処かにいる筈なんだが

「何か…ヒントのようなものがあればいいんだが」

「………」

そこでふと、デティが何かをずっと抱きしめているのが目に入る、鞄だ しかもデティの鞄かと思ったら、これ…

「エリスの鞄か?それ」

「え?うん、最後に押し渡されて…エリスちゃんの匂いがするから、ずっと抱きしめてたの」

エリスの私物か、…だがそんな言い方するな エリスが死んだみたいじゃないか、…だが エリスが残した最後のものであることに変わりはないか、そうだ

「なぁ、中身見てみないか?、もしかしたらエリスの集めた情報に何かヒントがあるかもしれない」

「どうだろう…エリスちゃん基本的に全部記憶できるから、メモとか残さないし」

たしかに、エリスは見たことは事細かに それも何年経っても覚えている、メモとは忘れないようにするため取るもの…エリスには最も必要のない行動だ

「でも一応さ、俺がエリスの鞄漁るわけにはいかないし デティが見てくれよ」

「うん、わかった…エリスちゃんごめんね」

と言いながらデティはエリスの鞄を開ける、中から飛び出てくるのは教科書…金貨の入った小袋、そして針金 縄 ナイフ 非常食 とサバイバル用品ばかり、教室からいきなりジャングルのど真ん中に飛ばされても生きて帰れるような用意周到ぶり 

アルクカースの継承戦を思い出すな、あの時エリスが持ち込んだもののおかげで俺は勝てたわけだしな、懐かしい…あの頃とエリスはあまり変わってないんだな

「何も入ってないね、目欲しい物は」

「だよなぁ…」

そりゃそうだ、都合良くこの中に入ってるわけないし エリスも何か知っていたら俺達に共有している、今更新しいものなんて…うん?

「なぁ、デティ…これなんだろう」

そう言って取り出すのは、荷物に紛れていた紙、小さく折りたたまれたそれを開けてみると…、地図が入っていた、見取り図か 学園の

「学園の地図?、なんでこんなものが…」

「なんで地図?、それに…なんか赤丸がしてあるけど、宝の地図かな」

「あの学園なら宝も眠ってそうだけど……」

エリスはなんでこんなもの持ってたんだ?、持ってるにしても俺たちに一言もなしってのは…まぁあの子も俺達に言いたくないものの一つくらいはあるだろうけどさ、そうあれこれ考えながら地図を見てるいると…

ふと、その地図の違和感に引っかかりを覚え気がつく、この地図 生徒手帳に書かれてる地図と同じ、だが…おかしいぞ

「なぁ、この赤丸の書かれてる部屋…こんな部屋 学園にはないぞ」

「え?、ないの?」

「ああ、ちょっと待て」

自分の生徒手帳をめくり、同じ場所を見比べるが、俺の方の手帳には赤丸の書かれている部屋が存在しない 記載されていない、事実ここには俺も行ったが そんな部屋らしき物は存在していなかった、ここには廊下しかなく 部屋の入り口も何もなかった

妙だぞ、この地図…、俺達の持つ方には書かれずこちらに記載されている、地図が偽物?

「ほら、ここに書かれていない…実際ここに行った時 もこんな部屋はなかった筈だ」

「ん?、どれどれぇ?たしかに……ねぇラグナ?、この部屋があるのってさ 一階?」

「ん?ああ、魔術棟の一階だが…どうしてだ?」

デティの意図は分からないが、エリスの意図はなんとなくわかった これを俺達に共有しなかったのは、俺達を混乱させないためだ 存在しない部屋の事なんてあの場で言っても混乱するだけだし

だが…どうやら、デティが気がついたのはエリスの意図ではなく この赤丸の意図、即ち…

「もしかしたらさ、この部屋 本当にあるのかもよ?」

あるというのだ、この意味不明な部屋が、だが

「だからなかったって、そこに実際行った時はそんな部屋どこにも」

「無かったのは、入り口だけかもよ?」

「入り口だけが…無かった?、まさか」

思い出すのはデルフィーノ村の別荘、あそこにあったとある部屋も 入り口がなかった、そう それとまさしく同じ…

「隠し部屋か!?」

「うん、というと少し語弊があるけどさ、魔術棟は学園の中でも随一の歴史があるの、何回も建て直しが繰り返されていて その都度間取りが変わってるんだって、もしかしたらこの部屋…その時入り口が潰されただけで、この空間そのものは学園に存在しているのかも」

「それならこの地図に…最近の地図には書かれていないのは説明がつくな」

「うん、特に魔術棟は古くからあるしね、噂じゃ地下室があったなんて話もあるし、もしかしたらそれかも」

ならなんでこちらの地図には書かれてるんだとか エリスはこれをどこで手に入れたのかとか、疑問は尽きないが…この赤丸で記載された部屋 かなり広い、こんなスペースがどこにあるんだよと言いたくなるくらい広い、ここなら 確かに軍団を匿える

というか広すぎじゃないか?、女子生徒だけと言わず全校生徒入れられるぞ…一体なんの部屋なんだこれ

「ともあれ、カリストがいるならこの部屋で間違いないよ、明日学園に登校したら真っ先に…」

「いや、行くなら今いく どうせこの中には敵がウヨウヨいんだ、ならご丁寧に昼間から攻めてやる必要はない、夜襲をかける」

アルクカースの戦争三箇条だ、『目立たないように叩く』『寝てる時に叩く』『後ろから叩く』、戦争の鉄則だ 昼間から目立つように真正面から挑むのは他所じゃ勇者と呼ぶかもしれないがアルクカースでは愚者と呼ぶ

夜はどんな人間も疲労と眠気から嫌でも油断が湧く、そこをぶっ叩くだけでアドバンテージが出てくるんだ、攻めない理由がない

今なら 生徒が帰って日も沈んだ今が最後とチャンスだ、よし と膝を叩き立ち上がり…

「行くぞデティ、俺だけじゃエリス達を解放出来ない、手を貸してくれ」

「いまからー!?お腹空いたよう…」

「帰ってきたらエリスに作ってもらおう、…今日の食事当番はエリスだからな」

嫌がるデティを引きずって表に出る 場所はわかった、後は攻めるだけだ

…………………………………………

学園に来れば、当然ながら人はいない もう夜だしな、たまに警備の人間がうろついているが 惰性で警邏をする人間の目を盗むなんて造作もない、俺はデティを抱えて夜の学園に音を殺して侵入して…

地図に書かれた地点までやってくる

「…入り口ないね」

「見えないだけさ、きっとここにある」

目の前には廊下の壁、石で作られた重厚な壁がある、見慣れた魔術棟の壁だ 

確認するように地図を見るとここに間違いないように思えるが、やはり 無いな、隠し部屋と違う点はもう開ける必要がないからか 扉そのものがないんだ

じゃあどうやって入ったのか、俺達も知らない秘密の入り口があるのかもしれないが、んなもん今更探す時間もやる気もない

「扉ないけど…どうやって開けるの?」

「逆に聞くがどうやって開けると思うよ」

拳を握る、師範の教えが役に立つ、師範!貴方の言った通りです!この拳はどんな扉も開けるマスターキーだ!

「まさか…」

「そのまさかだ、ちょっと離れてろよ…」

息を吸い 吐き、落ち着き 落ち着かせ、一息に体に力を漲らせる 眼前には石の壁、だがこの程度なら魔術どころか技一つ使う必要はない、踏み込みと共に握った拳を 目の前の壁に叩きつける

この感触、やっぱりこの壁 向こう側に空洞がある!なら迷うことはない!というか今更引き下がれるか!、拳をそのまま振り抜けば…轟音と共に崩れ去り目の前の壁に大穴が開く、入り口だ

「よし、開いた」

「開けたの間違いでしょ!」

「行くぞ、直ぐに向こうにも侵入がバレる、やるなら速攻 決めるなら瞬殺、行くぞデティ!」

「エリスちゃんこんなテンションの国で戦ってんだ、尊敬するなぁ~」

穴に踏み込めば、そこには地下に続く階段があった、なるほど地下か ならあのスペースも頷けるが、だとしたら本当に何のための空間なんだここ

まぁいい、今はエリスとメルクさん、そしてカリストだ!ここで決める!

…………………………………………………………

穴の中に続く階段を下に下に進めば、音を聞きつけてか 或いは元々警備を担当していたのか、女子生徒…カリスト親衛隊がいた ということはここで間違いあるまい

腰には剣が差してあり 物腰も戦闘に慣れたものであることを見るに剣術科のようだな、彼女達もカリストに洗脳されてこのアジトの見張りをやらされているのだろう

階段を下る俺とデティの姿を見た親衛隊の女子生徒は顔を青くして叫び仲間を呼ぼう…とした瞬間、一瞬で距離を詰め当身で気絶させる、怪我はさせないが 悪いな、今は仲間以外に構ってる暇はないんだ

俺が女子生徒を気絶させるとデティから『女子供に容赦なしとかサイテー』とかそんな感じの非難の視線が飛んでくるが今は無視する

警備を気絶させそのままの勢いで階段を下り尽くせば…、そこにはありえないほど広大な地下空間が広がっている、この空間…石の材質が極度に古い、歴史ある校舎よりもなお ということはこの空間 百年二百年じゃ効かないくらい昔からあるな

そして当然ながら広い空間にはそれ相応の人間がいる、数にして数百かあるいはもう一桁上か、全員女子生徒 そして皆武装してひしめくように待機していた、軽い軍隊だなこりゃ

そして、カリストの兵卒達は物音に反応し、こちら向き 俺とデティの姿を確認するなり、無表情のまま ポカリ口を開き

「敵襲だぁーっ!」

だとさ、今度は阻止しない だってもう隠す必要はないから、奴らは俺達の敵襲を予見していなかったのか、ただ現れただけでパニックだ 、このパニックを弾き起こせればもう隠密に用はないからな

「デティ 下がってろ」

「殺すの?」

「殺さねぇよ!俺のことなんだと思ってるの!?」

「女に手を上げる卑劣漢」

今そんなこと言ってる場合かよ、今はこいつら突破してカリストの所に行かなきゃならんのだから!、ともあれとりあえず危険なのでデティを下がらせる

ここに来る道中デティにはこの戦いの立ち回りを伝えてある、デティにはデティの仕事があるから 俺は俺の仕事をするために、ここで見張り兼護衛の親衛隊と戦うのだ

「狼狽えるな!直ぐに陣形を整えて…」

む、慌てる女子生徒の中には冷静なのもいるな、剣術科か?にしてはやけに大人に見えるが…いや或いは別の戦闘を経験するような科目の教師か、どうでもいい もう戦闘は始まった、今更よーいドンはいらねぇだろ

「行くぞ!男に容赦するな!」

すぐさま冷静になった一部の女子生徒は剣を抜き裂帛の踏み込みと共に大上段から切りかかってくる、鋭い踏み込み 素早い太刀筋、流石は天下のディオスクロア大学園生徒 いい教え方をしている、だが

「やぁっ!」

「ふっ!」

斬りかかるその斬撃を避け、鳩尾に一撃 なるべく手加減して入れる、力入れず人間一人合理的に気絶させられる最低値を擦り切り一杯を目指した一撃

それは切り掛かってきた女子生徒の意識を刈り取り、目はくるりと白とな力なくもつれ 自分の踏み込みの勢いで地面に倒れこむ

「ラグナ!操られてるだけなんだからもうちょっと手加減を…」

「これが限度だ!それになデティ!男だろうが女だろうが老人だろうが子供だろうが!剣を持って切り掛かって来る奴は全員敵なんだよ!、倒す以上の気遣いはできねぇ!」

女に手を上げる男は最低だ、というかそもそも意味もなく誰かに手を上げる奴は男女関係なく最低だ、だがな 剣持って覚悟決めて突っ込んで来る奴相手に無反応ってのは最低通り越して無礼だ

決意には決意で覚悟には覚悟で刃には刃で答えるのがアルクカースの…いや

(戦う力を持つ者の流儀だ!)

迫る剣群、煌めく白刃はまるで陽光を反射する麦畑の如く隙間なくテラテラと輝いている、軍勢を相手に 単独奮戦、いいねぇ!唆る上に燃えて来る!やっぱこうじゃねぇと!

滾る胸を押さえずに素早くステップを踏み次々振るわれる剣の嵐 斬撃の豪雨を避けると共に拳を振り 鳩尾 首元に次々と当身をぶつけ気絶させていく

「かはっ!」

「うぐぅ…む ねん…」

「はははっ!いいねぇ!こりゃいい!毎日お願いしたいくらいだ!」

「円陣を組め!逃げ回るなら一手一手逃げ場を潰せ!数の上で勝る以上我らの方が圧倒的に優位だ!カリスト様の名を胸に!恐れるな勇士達よ!」

迫る軍勢の背後で誰かが吼えている、指示の仕方も鼓舞の仕方も素人じゃねぇな もしかして女子生徒以外にも戦闘のプロも籠絡してんのか?

飛ぶ指示に剣士達はすぐさま応え 俺の周りを囲み、ステップを遮るように足を出して来る、動き辛い その場に釘付けにして切り刻もうってか?ナメんなよ こちらとら普段から分身した師範に四方八方から殴り倒されてんだ このくらい包囲のうちにも入らねぇ!

「コォー…、あったまって来た!」

深く深く身に刻むように呼吸をし、もう一段階深くギアの入った体で更に動く 体を丸めるように構え相手の狙いを絞り円を描くように体を揺らし…、爆発するように拳を放つ

剣が一度振るわれ間に、俺の拳は三度風切り音を鳴らす 
剣が二度振るわれる間に、敵が六人地に沈む
剣が三度振るわれる間に、爆裂音が九度響く

的確にして無比、一切の無駄はなく 迫る軍勢を相手に立ち回る、人と人の間を駆け抜け 鎧袖一触の如く 通り過ぎた相手を打ち倒す、打ち込んだ拳は相手の体を一切揺らすことなく 意識だけを刈り取る

猛牛のような突破力 鷹のような隙のなさ、そして獅子の如き勇猛さ…残像と軌道だけを残す拳はまるで風だ、対する剣士達は野花の草だ 風が迫れば 草は皆倒れる

「ラグナ…化け物みたい」

囲まれながらも一切不利な様子を見せないラグナにデティは口を割る、剣刃飛び交う戦場をまるで踊るように飛び 拳を振るう、阿修羅の如き戦振り


そんなラグナの戦いを見守り 驚愕に顔を彩る者が居る、次々と親衛隊が倒されるその絶望的な戦況を見て 頬に冷や汗を伝せる者がいる

「な なんだこいつは…!、本当に子供か!?」

戦いの指揮を担当する親衛隊指揮官を任された女は口を割る、彼女はこの学園の生徒ではない 対紛争専門の冒険者として又は傭兵として 数多の戦場を駆け抜けた戦いのプロだ

仕事の依頼を受け カリストに接触したところを魅了され、その戦力の一部として取り込まれてしまった哀れな虜だ

だが、その戦闘技術と経験は確たるもの、故に彼女はカリストからこのアジトの防衛指揮権を預かる地位を与えられた

生徒とは違う熟練の戦士 戦場の経験者だからこそ分かる、今目の前で繰り広げられるラグナの戦いは 戦場で誰もが恐れる『英雄の戦い』だ、ただ一人で万軍を打ち倒し ただ一人で戦争に勝つ、人はアレらを英雄と呼び彼女達傭兵はアレを死神と呼ぶ

いや、ラグナのアレは死神と呼ぶことさえ生温い、まるで戦神 戦争に赴く国王達が祈りを捧げる戦の神そのものだ

これは勝てない、如何にカリスト様の為と思えど 愛し敬服しようとも、無理なものは無理だ 逃げてしまおうか、そう思ってしまうほど ラグナの強さは圧倒的だ

「そらよっ!、ほら!まだ食い足りねぇ!おかわりじゃんじゃん持ってこい!」

数百はいたであろうカリストの兵は瞬く間に殲滅された、しかも倒れた誰一人として体にダメージを負っていない、その気になれば一瞬で全員消し飛ばせたであろうに 手加減しているのだ、この状況にありながらもなお余裕な姿に恐怖する

しかし

「カリスト様は我らの全てだ!臆するならば前に出ろ!怯えるならば剣を奮え!逃げるならば戦え!」

呪いの強制力は絶対である、彼女達に『怖いから逃げる』という発想は出ない、カリストの期待を裏切る内容の思考は許可されていない、故に戦うしかない

「チッ、普通に面倒だな」

ラグナは歯噛みする、面倒だ 戦争において最も怖い物は何か?強力な兵器?一騎当千の将軍?神算鬼謀の軍師?、違う 恐れと命を捨てて突っ込んで来る死兵だ 奴等は怯えない

死兵は戦法の第一条件に平気で自分の命を乗算してくる、斬られた上で斬る 殺された上で殺す、上手い戦争とはこう言う死兵を作らない戦争のことを言うのだが、カリストの魔術にかかればこう言う命知らずを作り放題だ

群がって来る剣士達を拳で打ち倒し薙ぎ払う、ブチのめし叩きのめし、吹き飛ばしぶっ飛ばす、それでもなお向かって来る 別に疲れやしないが あまり時間をかけたくない

チラリと背後に目を向ければデティが気絶した子達を治療し呪いの解除を行なっている、呪いの解除は相手に触れていないとできない、つまりやるなら一人づつ そして無力化が条件…つまりここでエリス達が現れても、即座に解呪は出来な…

「ヒッ!?」

「ッ…!?」

刹那、拳を止める 余所見をして戦っていた所為で反応が遅れた、今俺が拳を振るおうとしている相手の姿に

「あ…あわ…ああ」

剣を鞘に納めた状態で抱きしめる小柄な女子生徒、それが顔の目の前で止まる俺の拳を見てガタガタ震えている、いくらカリストに操られているとはいえ人間誰しも急に強くなれるわけじゃない、戦えない生徒は戦えない 争い苦手な者は苦手なままだ

危なかった、剣を抜いて攻撃して来る奴は別にいいが 剣を抜かずただ震えるだけの女の子を殴るところだった、流石にそれはまずい 俺の価値観が許さない、アルクカースの価値観が許さない

「か…かか…カリスト様の敵ぃ~!!」

されど、だからと言って女子生徒も止まる訳ではない、目を瞑りジタバタもがきながら鞘に入ったままの剣を俺に振るい…ダメだ、戦意がない 戦意がない奴は殴れない

「フンッ!」

故に叩く、女子生徒の目の前で思い切り手を 所謂猫騙し、ただの拍手…しかし、全霊で叩かれる手は 爆裂な音と衝撃を放つ、それを目の前で気の弱い者が受ければ…

「ひゅい…はひゃ…」

倒れる、悪いな脅かして だが俺もタダで斬られるわけにゃいかんのだ、しかしカリストめ 戦えない奴も表に出してくるか、本当に女を手駒としか思ってな…

「『風刻槍』!」

「おっと…やっと来たか」

群がる女子生徒達がいきなり道を開けたかと思いきや向こう側から風の槍が飛んでくる、本命が来てくれた…、風の槍を両腕を回し受けて流しながらそちらを向く

見れば、アレだけ群がっていた女子生徒達が一斉に退いていく、もう自分たちの役目は終わったと、そう 時間稼ぎの役目は

「カリスト様の計画の邪魔はさせません」

「他の者は下がっていろ、私達が相手をする」

「はぁ、分かっちゃいたけど いざ目の前にすると気が重いなぁ」

人を割って現れるのは二つの影、…その姿は他の親衛隊と同じ法被と鉢巻をした

「カリスト様の親衛隊 隊長…メルクリウス」

「親衛隊の副隊長…エリスです」

「はぁ…」

なんか言い知れない気持ちになって顔を叩く、凄いことになってんなぁ 色んな意味で可哀想だ、二人とも正気に戻った時の反動が凄そうだし 寧ろ目覚めさせないこと自体が救いな気もしてきた

だが二人をいつまでもこのままにはしておけんよな

「カリスト様の邪魔をする敵は エリス達が排除します」

「安心しろよエリス、俺ぁ簡単には排除されない…お前達にも傷一つつけないし 傷一つつけられない、直ぐに元に戻してやる」

「戯言を…」

構えを取る二人を前に俺もまた型を解かず相対する、前は面食らって押されたが もう覚悟は決まった、二人と争う覚悟がな…

しかして、俺とてこの戦いを楽観できる程戦闘狂でもない…、デティにはデティの仕事があると言ったな、そらデティ?俺は仕事をしたぜ?後はお前の番だ

そう視線を送ればデティは頷き…そそくさとその場を離れる、さて 後は俺の気合次第だ

「今度は殺害許可も出ています、前回のように手加減してもらえると思わないでください!」

「ああ!だが俺は手加減するがな!」

刹那、ぶつかり合うラグナの神剛の拳とエリスの神速の蹴り、それはこの地下空間を大きく揺らす…

………………………………………………………………

『エリス達を気絶させるのは無理だ』

カリストのアジトに乗り込む前にラグナが語った言葉だ、私がカリストの呪いを解呪するには 体に触れて集中しなければならない、必然 相手からの抵抗がないのが前提となる、故に気絶させなければならないが…

エリスちゃんはそこらの生徒とは比べ物にならないほど強く そしてタフだ、幾多の修羅場をくぐり抜け勝利してきたエリスちゃんはここ大一番での踏ん張りが尋常じゃない

メルクさんも同じだ、伊達に軍人じゃない 本気で気絶させようとするなれば怪我をさせる恐れがある、手加減したまま勝つなんてのは無理だ

故にラグナは二人と戦っても精々足止めでいっぱいいっぱいだと語った、だから俺が足止めしてる間に 私が決めてこいと…そう言ってきた

つまり、私がカリストとケリをつけるんだ、ラグナはアジトに乗り込むなり大暴れし 戦闘能力を持つ親衛隊を軒並み倒し、その上でエリスちゃんとメルクさんを誘き出し戦いに持ち込んだ

それ見計らい離れる、向かうのは奥…カリストを探し出し、呪いを解除させ屈服させる、それが私の仕事だ

「…………」

ふと後ろを振り向けばラグナとエリスちゃんが戦っている、操られ親衛隊にされたエリスちゃんとメルクさんは本気でラグナを殺しにかかる、強力な古式魔術をバンバン撃ちラグナを殺しにかかる

だがラグナは巧みにそれを受け流し 二人をその場に釘付けにする、本気の魔女の弟子二人を相手にして本気を出さず立ち回っているんだ

攻めに転じず守りに徹しているというのもあるだろうが、ラグナの強さは確実に魔女の弟子の中でも頭一つ飛び抜けている、エリスちゃんとメルクさんの二人掛かりでも仕留められないどころか傷一つつけられないんだから…

「…………っ」

頼もしいと思いつつ歯噛みする、ラグナは私よりも後に魔女様に弟子入りした、エリスちゃんよりも後にだ、だがラグナはそれを軽く追い越し 今現在四人の中で最強の座に立っている、いや もしかしたら将来 魔女の弟子が八人揃ってもラグナは最強のままかもしれない

悔しい、同じ魔女の弟子として悔しく思う、…ラグナ自身の性質とアルクトゥルス様の性質がなによりも合致していること、そしてラグナ自身一から十を学べる勤勉な性格であることも合わさり 凄まじい速度で強くなっているんだ…いや?それだけじゃないのかもしれないが

「今はいいか そんな事」

劣等感なんか感じてる場合じゃない、ラグナはエリスちゃんのルブルを助けるために命を賭けている、なら私もその心意気に答えるのだ ラグナという仲間の覚悟に応えるために!私は進む!

「うぉぉぉぉぉ!!!カリストぉぉぉ!!どこじゃあぁぁぁ!!!」

両手を上げて地下空間を進む、この謎の空間はひたすらに広く 私が叫べばボワンボワンと反響する、偶に私の存在に気がついて捕らえようと襲いかかってくるが

「待て!お前の抹殺はカリスト様の計画の…」

「うるせぇぇぇぇ!!『スモークバースト』!」

私の目の前に現れた親衛隊達に向けて魔術を放つ、彼女達は操られているだけ…無用に傷つけるわけにはいかない、魔術は良くも悪くも強力過ぎる ラグナみたいに傷一つつけず気絶させるなんて無理だ

だからこそ放つのは煙、体がまるで燻した藁のように煙を放ち 瞬く間に辺りは白の世界となる

「げほっげほっ!、なんだこの魔術…!?」

「み 見えない、目にしみる…!」

「これ!焚き火の煙と同じ…げほっ!、くそ!前が!」

「ぬははははは!ざまぁみゔぇほっゔぇほ!」

咳き込みたたらを踏む親衛隊の横を走り抜ける、視界はないも同然だが 魔力探知を使えば敵がどこにいるかは丸わかりだ、それを避けて通るだけでいい

そして、この魔力探知は この地下施設の最奥にいるカリストの魔力を捉えている、地表では感じ取れないほど奥深くに隠れるようにいる 甘ったるい気配

「見逃すもんか!私の仲間に手ぇだしたことと生まれてきたこと!後悔させてやるうぅあ!」


突っ走る、あの砂浜の地獄のトレーニングを乗り越えた私のマッシヴバデェにはこの程度の全力疾走屁でもない、広大な地下空間を進み 階段を降り、遺跡のようなそれを奥へ奥へ進む

にしても本当にここ何のためにある空間なんだろう、まるでシェルターだ 何か強大なものから逃げるための…、昔 有事の時使っていた避難施設か何かか?

なんて思っている間に…辿り着く、地下の最奥に

「ふぅ…ふぅ」

そこには、巨大な壁画を背四つん這いになった女の上で足を組み座る魔性の女の姿があった

「やはり、私の最後の艱難として立つのは …貴方なのねデティフローア」

カリスト…この一件の黒幕にして渦中の悪魔、多くの生徒を惑わし エリスちゃん達さえ攫ったノーブルズの一人、それが私の顔を見て笑っている、笑うな 走って疲れてるだけだから、変な顔してるわけじゃないから

「エリスちゃん達を元に戻して」

「嫌よ」

「戻したら見逃すよ」

「嫌よ」

「戻せ」

「嫌」

……カリストの態度は頑なだ、話し合いに応じる気は全くないという様子、まぁここまできて ハイわかりました元に戻します…は通らないけどね

「カリスト、貴方の目的はなんなの?私達に勝つだけならもっと簡単な手はあったでしょ、他の生徒を巻き込まない方法はあったでしょ!、こんな学園しっちゃかめっちゃかにする必要なんかなかったでしょ!」

カリストの魔術は強力だ、エリスちゃん達でさえ抗えない…だからこそ 勝つだけなら簡単だったはず、なのにややこしい手段を踏み 多くの生徒を巻き込んで尊厳を踏み躙り、関係ないところで多くのものを虐げた

流石に許せん、この行い

「目的?別に勝つことだけが目的じゃないわ、貴方達は飽くまでおまけ 私の手駒を増やす過程でしかないのよ!、私の真の狙いはこのコルスコルピを女の楽園にすること!、私の望む花園へ変えること!、アマルトもイオも追い出して 世界中の美人美女を掻き集めて私を毎日のように讃えさせる楽園を作ること!」

……なんか思ってたよりもくだらない答えが返ってきたな、なんだぁ たったそれだけのことか

「…一人にとって都合のいい世界は楽園でもなんでもないよ、女の楽園?浅ましい」

「はぁ?、浅ましい?バカね私は…」

「強い力を得てやることがその程度なら浅ましいと言わざるを得ないでしょ」

まるで絵に描いたような願望をそのまま実現しようとするなんて、せっかく古式魔術という力と機会を与えられておきながらやることが、謂わば権力を手にいることなどと…魔術が泣く!そんなことでは!

「私の目的を笑う気?」

「アンタを笑ってんのよ、女を踏みつけにして男を虐げて 強い魔術をひけらかして上に立ったつもりで一人で踊る裸の女王様、これが劇ならいい喜劇だわ」

「あんまり私を怒らせない方がいいわよ…私はいずれこの世界を掴む存在になるのだから」

「阿ッ呆らしい…、余程見えてる世界が狭いのね、精々貴方の手の中に収まる極小の世界を見て支配者気取りで笑うといいわ、ままごとにも劣る女王様ごっこでね」

私の言葉にカリストの青筋が増えていく、私もね 頭に来てんのよ色々と、私の友達に手を出したことはもちろんながら、神聖な魔術を使って私利私欲に使いまくり 剰えその魔術を使ってすることが低レベルな国家征服

魔術導皇としても私自身としてもコイツの存在そのもに腹がたつ

「貴方も…貴方も私を見下し笑うの!?、アマルト達のように!奴らのように!」

「さぁ、笑ってるのは私やアマルト達だけじゃないかもよ」

「こいつ…!、やはり気に食わないわ!もう頭に来たわ!、私を見下ろす奴は全員階段から突き落として地面に叩きつけるって決めてんのよ!!!」

「やってみればいい、私はあんたのミソッカスみたいな野望叩き潰しに来たんだから」

どうせ言ったってエリスちゃん達の呪いは解くわけない、なら直接カリストを叩いて解除する、この手の魔術は意識の消失により効力を失う場合が多い 魂から出ずる糸が途切れればエリスちゃん達を操る物もなくなる

そうなればカリストはまた一から手駒を集め直しだ、二日後の収穫祭には間に合わなくなる、その計画とやらは失敗に終わるだろう

つまり!

「私を倒すつもり?」

「そのつもり!」

倒す!、ここでこいつを!私の手で!

「くっ…くふ…あはははははは!このチビが!?私を倒す?エリスならまだしも!メルクリウスならまだしも!ラグナならまだしも!、いつもいつも三人の影に隠れてるミジンコが私を!?…ナメんな!」

「チビ言うなっ!ボケナメクジ!」

「いいわ、相手してあげる 貴方は私の奴隷にはしない、痛みと苦しみ 絶望と慚愧…私に逆らったことを後悔させてあげるわ」

するとカリストは手を叩く、すると背後に立つ一人の女が何かを手渡す、杖だ 魔術杖…それも巨大な、ともすれば槍とすら見えるほど巨大な杖 それを肩にかけて

「この杖がなんなのか 魔術導皇の貴方なら分かるわよね」

分かる…か、分かるな 魔術杖とは魔術を安定させ威力を高める効果を持った武具の事、エリスちゃんの持つ黄金の籠手も同様の効果を持つ、謂わば魔術師にとっての剣

だが

「その杖、違法物だよね」

魔術杖にも法がある、それは『規格』だ

魔術杖とは中に様々な魔力鉱石や魔草 魔樹と言った、いわゆる魔力を通し易い物資や魔力を反復させる効果を持つ素材がふんだんに使われており、その素材の使用数や使用する素材の分量は細かく法律で定められている

強い素材を使えば使うほど杖は強力になり、使う魔術は強くなる ならなんでそれを法律で定めるか、答えは一つ 危ないからだ、術者が

杖は大きければ大きいほど暴走暴発の確率が増す、強力な杖は使うだけでも技量がいる、だから中には使わない者もいるし 使ったとしても小さな杖を使う者も多い

だと言うのに

「その杖、見たところ魔杖規格法で定められた規格を二倍程上回っている、作るだけでも法に抵触するし、それで魔術なんてぶっ放そうなんてことしたら」

「私が法よ、どうせ私を罰する魔術導皇はここで死ぬんだもの、もう守らなくてもいいでしょ」

哀れな、…暴走しても知らないかんね

「さぁ、極大魔杖ガンダールブルよ、今こそ真価を発揮なさい!『アイスフィールド』!』

『アイスフィールド』、その名の通り地面に薄い氷の膜を張り足場を悪くする補助魔術、剣士相手の牽制に用いられることの多い魔術、しかしこの攻撃能力は皆無と言っていい 言っちゃえば地面ツルツルにするだけの魔術だしね

しかし、極大魔杖を手にしたカリストのアイスフィールドは違う、過剰に引き出された魔力と反芻した魔術がやや暴走気味に発動し、周囲を凍て付かせていく 

地面を覆う氷は天へ向けてツララを作り出し鋭い槍となって全方位に飛び交うのだ、補助魔術であの威力…、違法な杖に手を出しただけじゃない カリスト自身の魔術の才覚も相当な物なのだ

凄まじい威力、とんでもない魔力 一介の魔術師が振るっていい力のレベルじゃあない、カリストは魅了なんかせずとも その腕だけでこの学園のトップに立てるくらいには強いんだろう

だが

「『ランドクエイク』」

デティフローアはその場から微動だにせず 迫る氷に向けて手を振るう、ただそれだけで大地は揺れ隆起し、凍てつく氷の世界を下から突き崩し砕き散らす、いくら強力な氷とはいえ地面から突いて仕舞えばいとも容易く崩すことが出来る

「こんなもん?」

「あら…今の一撃は様子見よ!ここから本気!『フロストコロッサス』!」

まぁ何 今の牽制だから、様子見だからとカリストは続け様に放つ、『フロストコロッサス』、巨大な氷の両腕を作り出し 敵へ与える氷結の打撃、先ほどとは違い明確な攻撃魔術、極大魔杖で強化されたそれは巨木の如き太さと堅牢さを持ちカリストの背後に現れる

もはや城門さえ吹き飛ばし氷拳が力を込めて振るわれる、この腕にかかればデティフローアの小さな体など踏み潰されたカエルのように臓物撒き散らし死ぬことになる

とカリストは思うかもしれない、だが カリストは見落としているのかもしれない、私が誰なのかを

「『アースタイタン』」

指を一つデティフローアが鳴らせば 地面がモコモコ盛り上がり 巨大腕が一つ生まれるのだ、カリストが極大魔杖を使い生み出した氷の腕と同格それ以上のものを

いや違う、同格ではない…事実 ぶつかり合った両者の魔術は カリストの側の敗北という形で呆気なく終わる、氷の腕が岩の巨腕により叩き壊されたのだ

「なっ…私の魔術が…」

「こんなもん?」

ガラガラと崩れる氷の瓦礫の中 デティフローアは再度聞く、この程度かと 

その程度 この程度 これしき たったこれしき、カリストの頭の中でデティフローアの言葉が木霊する、あんなチビに見下され見下ろされ 、頭の中の血管が切れる 繫ぎ止める何かが

「そ…そんなわけないでしょうが!、私の本気は!まだまだこんなもんじゃないのよ!!、凍てつき殺す!私の究極魔術で…『グレイシャルアルカディア』!」

キレた、カリストが 尊大な彼女が、魔杖にありったけの魔力を込め 魔術を暴走させ、暴走させた上でそれを上から押さえ込み無理矢理使役する

使うのはグレイシャルアルカディア…、氷結魔術の中でも最大級と呼ばれる大魔術だ、かつてこの魔術の一発で戦争が終わったこともあると言われる程強力な魔術、それをカリストは凡ゆるツテを使い取得し 今現在カリストの持つ魔術の中で最強の魔術

カリストの頭上で白の竜巻が渦巻き、冷えていく 冷気の頂点 温度の最底辺を目指し、絶対なる冷気を作り出す、そしてこの魔術を…

「『ヒートファランクス』」

「……へ?」

カリストは 頭上を見上げ唖然とする、今 私の魔力を吸い上げ作り出された冷気の権化が、魔の極致が…掻き消された、黒板にチョークで書かれた文字を 拭い去るように、霧散させられ 消えた

呆気なく、消えた

デティフローアが撃ったのはヒートファランクス、熱の衝撃を放つ魔術、強力だがグレイシャルアルカディアとは比べものにもならないくらい低ランクの魔術、なのに その程度の熱を受けただけで、私の冷気が…溶けて消えちゃった そうカリストは呆然とする

そして、また口を開くのだ

「こんなもん?、貴方の本気って」

「お…お前…お前…」

…違うんだ、カリスト そうじゃない、現代魔術の撃ち合いじゃ私には勝てないんだよ、それは私が魔術導皇だからではない、魔術導皇だから現代魔術では誰にも負けられないんだ

カリストの魔術の才能ははっきり言って凄い、それを極大魔杖で強化して撃つ…凄まじい威力だ、だがそれでも私は負けられない だから負けない

それだけなんだ

「私の…本気は…ま まだまだこんなもんじゃないのよ、私が本気を出したらもっと凄いんだから…もっと」

嘘だ、カリストは嘘をついている それは魔力を見ればわかる、カリストは嘘をついている 最初から、カリストは最初から本気を出していない 出す気がない、最初アイスフィールドの時から今までずっと

本気を出しても思うよう成果を上げられないという恐怖から逃げるため、自分への言い訳と逃げ道に『本気を出す』という言葉に縋っている

だからいつしか 本気を出すという行動自体、出来なくっている…勿体無い、あんなに才能があるのに

「そっか、じゃあ 私の方から先に本気出すね、だから貴方も出してよね…本気を」

「えうあっ!?、な 何言ってんのよ…さっきのがアンタの本気でしょ 私以外の人間はみんな本気出してその程度なんでしょ!」

「さて、それはこちらをご覧になってからお考えくださいませ?」

魔術導皇として礼をする、本気を出す デティフローアとしてではなく魔術導皇として、蔑ろにされた魔術の代弁を行うために…

「それじゃ 行くよ?……『アブソリュートミゼラブル』」

そして今、現代の魔術の頂点 魔術導皇デティフローアの、本気の 最強最大の魔術が解放される






……………………………………………………

…かつて、熱力魔術理論の父ガルガーノ・グラジオラスは往年の病床の上でこう語ったのはあまりに有名だ

『この世にもし 史上最強の魔術があるとするなら、それは真四角の球体を作る魔術だろう』

ガルガーノの名言として知られる最強魔術の理論、何も本当に四角い丸を作る魔術が最強と言っているわけではない

この言葉の真意は 四角にして丸というあり得ない両者の側面を一つの事象が兼ね備えれば 人智を超越した力にもなるという言葉にして、そんなものはないという意味の言葉でもある

四角い丸 限りなく両者の特性を近づけたものはなんとか作れる、だがそれは別物だ 二つの特性を損なった紛い物だ、完全に二つを融和させなくてはならないが そんなものあるわけがない

そんな定説はとある人物により覆される、今は若き そして後世に大魔術師として名を残す最後の魔術導皇 デティフローア・クリサンセマムの編み出した極技によって

その魔術の名を『アブソリュートミゼラブル』

この世の魔術は全て属性を持つ、地水火風の四大元素属性 光と闇の光学特殊属性 雷や雲といった副属性 力を操る力学属性 精神に作用する心学魔術 肉体に作用するの人体魔術 変異魔術…挙げ連ねればキリがないほどに属性は存在する

だが、一つとして 複数の属性を持つ魔術な存在しない、火と風を掛け合わせた魔術はあるだが火と風両者の特性を持ち合わせた属性はない

だってこの世にはそんな物がないからだ、それこそ四角い丸と同じだ 風であり火であるものなど存在しないし作れない、似たようなもの作れるが似てるだけ 

だがこのアブソリュートミゼラブルは違う、魔術導皇の権限により 彼女だけが使用と取得を許された極大魔術、その内容は至って単純

全ての属性を兼ね備えた未知の属性を操る魔術だ、火でありながら水であり 水でありながら風でありつつ土でもある、固体にして気体にして液体、物質であり精神である、理解不能な魔術…だがこれこそ

四角い丸を作る魔術、即ち…史上最強の現代魔術だ

「あ…ああ…ああ…」

カリストはそれを前に恐怖した、たった今デティフローアが生み出した魔術 それにより湧き出たそれを見て 恐怖した

なんだあれはと…、デティフローアの周りで踊るアレはなんだ

炎のよう熱を放ち揺らめき 水のように冷やし広がり 風のように広がり土のように固まる、理解出来ない 何一つとして理解出来ない アレはなんだ、自問すれど答えは出ない

視界に入れているだけで気が狂いそうだ

仕方ないことだ、何せ答えは出ない 少なくともこの星には存在しない

カリストはまだ知らない、デティフローアの編み出した唯一にして最大のこの魔術が のちに伝説で語られる 万能属性の魔術であることを

「な 何よ!それは!」

「…さぁ?、よくわかんない けど出来たからやってる」

人は 分からない物を見た時正体を探ろうとする生き物だ、だがそれでもなお理解出来ない者を見た時 今度はそれを逆に嫌悪する、拒絶する 恐怖する…見ただけで精神が摩滅するほどに

「ヒィッ!?」

虹のように輝きながら闇のように黒いそれを見てカリストは叫ぶ、カリストは気がついたからだ いや思い出した、あの正体不明の存在が 私を攻撃するために生み出されたことを

アレをぶつけられたらどうなるんだ?焼けるのか?溺れるのか?斬られるのか?潰されるのか?、それとも全部か?もしかしたら私の想像もしないような痛みが襲うのではないか?

以前 魔術実戦学の模擬戦の際も同じような魔術を使った、が結果は件の通り 敵は恐れ怯え発狂した、未知に敵意を向けられる恐怖とは我ら人類の未だ知らぬ程の物、己を見失うのも無理からぬもの

「何さ、まだ攻撃もしてないんだよ…それこそ 本気も出してない」

「ぐぅ…ッッざっけんなァッ!、私の本気は…本気はぁっ!」

だが、カリストは立つ 怯え発狂した他の生徒とは違いその傲慢な態度に裏付けされる実力と才能、今まで勝ち続けていたという事実が彼女を立たせる、勝てるかどうかではない負けるかどうかなのだ

「『ストームアバランチ』!」

立ち 吼える、身の丈程の杖を振り回し 体から穴の空いたバケツのように魔力が抜けていくのを感じながらも作り出すのは吹雪、身さえ凍らせ叩き砕く冷気の猛威を手繰りデティフローア目掛け放つ

がしかし

「ほいっと」

軽く指を振るえば硬い水のような 実体のある火のようなそれが固まりながら蠢き、デティフローアの周りで踊る するとどうだろうか、吹雪はどうなったか

端的に言うなれば分からない 、分かるのはソレに触れた途端吹雪が淡い輝きを放ちながら消えるということ

「『アイシクルグングニル』!」

続けざまに氷結巨槍を撃ち放つ、空気を切り裂く透明な刃 それがデティフローアに襲いかかるが、無論 意味がない 語るべくもないほどに容易く氷は水となり空気となり無となる

まるで次元が違う、属性として この万能属性は凡ゆる属性の弱点となり天敵となる、火ならば搔き消え水ならば蒸発し 風は防がれ地は砕ける、全ての天敵 世界の脅敵 それがこの魔術 それがデティフローアという人間

「っ…ぐっ…うぐぅ」

カリストは理解する、あの魔術は越えられない 防げない、そも勝負にもならない、弟子たちの中で最も貧弱とタカをくくっていたチビ助が こんな恐ろしい魔術を隠し持っていたとは

勝てない 、アレは火にも水に風にも土にも光にも闇にも力にも心にもなる、一つの属性で突けば反対の属性に色を変えて対応してくる、アレに対抗するには同じく一つでありながら複数という意味の分からないことをしなくてはならない、が

そんな魔術この世にはない…

「どう?凄いでしょ?私」

ムフフン とデティフローアは胸を張る…が実際その胸中は

(本当になんなんだろ、この魔術)

疑問に満ちていた、分からないのだ デティフローア自身もこの魔術がなんなのか、なんで出来るのか

これを思いついた時 取得した時のことを語るなら、そう…なんというか…こう、浮かんできた 朧げになんとなーく『行けるんじゃね?』という発想の元やってみたら出来た

出来ちゃった、作った覚えもないのに出来ちゃった 最初見た時は余りの気味悪さに飛び上がったものだ

慌てて先生に見せたらドン引きされた

『こんな魔術は見たことがない、魔女達にさえ 成し得ない万能の属性を生み出したと言っても良い』…と

先生曰く先生達魔女の師匠…魔術開祖ならば或いは使えるかもしれないが、少なくとも先生は見たことがないらしい

魔女が知らない魔術、そう思った途端極端に怖くなってきたが…理解してみればこれは凡ゆる元素の代替え品なのだ

炙れば火となり 満たせば水となり 吹けば風となり 覆えば地となる、照らせば光 閉じれば闇…そこは普通の属性と変わらない、そう思えば使用は簡単だ 恐ろしいから世には出さないけれどね

人に当てたら間違いなく死ぬ 最悪ボッ!と消滅する、だから基本防御専用 今の所攻撃に転用するつもりはない 出来るがね?、こうやって出しているのも脅しだ、事実これを見たカリストは怯えて腰を抜かしている

「わ…私は…私は!」

「やめときなよ、勝負になんないよ? いくら強い魔術使っても 私には勝てないよ」

古式魔術相手じゃ分からない 禁忌魔術相手じゃ分からない、けど現代魔術だけじゃあこれは越えられない、だってこの魔術は 今現在現存する現代魔術において最強の魔術なんだから、それは私が保証する

「ぅ…ぐっ、目の前まで来といて 諦められるか、…私はまだ本気を出してないんだから」

「じゃあ出せばいいじゃん、この期に及んで本気になれない奴が 私を越えられますか」

「ッー!ナメるな…ナメるなナメるなナメるな!私をナメるなっ!」

なんか、こうしていると重なるな、カリストとレオナヒルドが 、あの人も自尊心と才能への驕りを捨てられなかったから狂ってしまった、真面目に研鑽していれば今頃アジメクを支える巨柱となれただろうに

このままこの子も腐らせれば 同じように破滅する、確かな魔術の才能を持っているのに それは勿体無い、魔術界の損失だ…

怒りとは別に湧いてくる損得勘定、…なんとか改心させらんねぇーかなー

すると

「バカに…しないでよ!、射干玉の酔い 黄昏の斜光、微睡みは意識を惑わせ 心を奪う、律し 操り 我が意のままに成せ『魅須羅儀之承香典』!」

溢れてくる魅惑の霧 ピンク色の甘い香り、それは心を乱し カリストの下僕に変える、…私以外はね

「効かないって言ってんじゃん」

霧が私の中に染み込んでくる、私を 私の頭を書き換えようと手を伸ばしてくるそれをペシリと叩く、あ…カリストちゃん思えばかわいいかも

なんて思考も湧くが、すぐに切り捨てる 偽りの感情程度で私は乱されない、私に呪術は効かない

これがカリストの本気か、自分で苦労して会得した魔術ではなく 最後は与えられた力を頼るか、別にいいけどさ…別に ただ現代魔術を司る者として寂しいなぁ、もっと自分の努力に自信持って欲しいなあ

なんて思っているとピンクの霧は晴れていき…カリストの姿が露わに…

「ひ…ひひひ…私の本気はこんなもんじゃない…こんなもんじゃ」

そこには、杖を突き立て 笑うカリスト、…何をしてるんだ?まだ諦めて…なあな、杖に魔力が集まってる 、いや集まりすぎじゃない?カリストの魔力が全部吸い出される勢い…ってまさか

「まさか…」

「私の全力全開の本気でみんな消しとばしてやる、私が本気になればそのくらいできる!」

ダメだ、ダメだあれじゃあ カリストは忘れている、今から特大の魔術でもぶっ放そうとしているんだろうが、その手に持った杖がなんなのか我と共に忘れている

極大魔杖は使用者の意図を超えて魔術を発動させる、身を滅ぼすのだ あれじゃあ暴発する!

「やめなさい!カリスト!、そのままでは貴方まで吹き飛びますよ!」

「やっと顔色が変わったわねぇチビ助ェ…、私の本気に慄きなさい!」

くそっ、聞く耳もたねぇ、私の見立てでは魔術発動前に溜まりすぎた魔力が炸裂してカリストごとこの遺跡を吹き飛ばす、そうなればカリストはもちろん 地下にいる女子生徒はみんな死ぬ、そして地下を失った学園は崩落し…被害が計り知れない

だが、魔術が成立する前に暴発するんじゃあ 掻き消しようがない、もう使用者しか止められない…

「うふ…あはは、魔力が高まる 今ならなんだって出来る!…、あ あれ 魔力が言うことを聞かない…、わ 私の魔力なんだから 私の杖なんだから私のいうこと聞きなさいよ!」

「今すぐ杖から手を離しなさい!早く!そのままでは魂まで杖に吸われてしまう!」

「は 離れない、手が杖から離れない!なんで!なんでよ!なんで私の言うこと聞かないのよ!魔力も杖も…私の体も!なんで私の言うことを…誰も聞いてくれないの!」

ボロボロ涙を流しながら魔力を吸われ 力なくへたれ込むカリスト、泣いとる場合か!何人の命がかかっとると思っとんじゃい!、ええい!仕方ない!

「っ…覆え!光よ!」

アブソリュートミゼラブルを壁のようにし、カリストを覆う これでもし暴発しても、遺跡に被害は及ばない 死ぬのはカリストだけだ

「壁…わ 私は!?私はどうなるの!?見捨てるの!?」

壁の中カリストは叫ぶ、完全に切り捨てられた まるで腫物を切除するように、切り捨てられた、私はここで杖に魔力を吸い尽くされて 死ぬ…死体さえ残らず消し飛ぶ、それで私の起こした問題は万事解決だろう

私が操っていた女子生徒は皆解放され、エリス達は勝利し アマルトは笑うだろう『愚か女だったと』、ケプラー家は妹が継ぎ そして私のいない明日はなんの抜かりもなく進んでいく

哀れなカリストは皆からその顔も忘れられ 誰からも鑑みられる事もなく、『ああ、そんな嫌な奴いたね』と…素っ気なく誰かが呟き終わる

当たり前のことだ、皆を踏み付け笑った私は誰からも助けられないし 皆を捨て駒として使った私が捨てられるのは当たり前のことだ

「ゔっ…ぐぅっ!」

涙を流しながら杖を見る、なんでこんなしてるんだ私は、人を好きに操れるようになって神になったつもりで、デティフローアの言ったように 私のやっていたのはままごとにも劣る王様ごっこだった、私自身は何も変わってないんだ

…昔聞いた 父の囁き 『跡取りが男だったなら』と言う言葉を払拭する為 男なんかよりも凄い存在になろうと努力した

…昔聞いた 女の囁き 『家柄ばかりでなんの努力もしないやな女』と言う言葉を払拭する為、誰よりも凄い人になろうと努力した

…昔聞いた イオの囁き 『今のままではケプラー家に財務大臣を任せ続けるのは無理だ、精進しろ』と言う言葉を払拭する為 、家の恥じない女になろうと努力した

…昔聞いたアマルトの囁き 『何をやっても無駄だよ無駄、お前なんか誰も見ることはない、今のままじゃあな』と言う言葉に…私は折れて、アマルトから呪いを受け取ってしまった、人を好きに出来る力を手に入れて 私はもう頑張らなくていいんだと笑ってしまった

もう誰も私に囁かない もう誰にも私は縛られず もう苦しい思いをして努力しなくていいんだと、私を奮い立たせた自尊心はいつしか他人を傷つける刃に変わり 

多くの女を無理矢理従わせ凄くなったつもりになり、多くの男を迫害し男よりも強くなったつもりになり、ケプラー家に相応しく 私こそが最高の跡取りだと思い込み

頑張る事も本気になる事もやめて、このザマだ…昔の私が今の私を見たら責めるだろう。

『そんなことしてないで もっと本気で頑張れ』と…、昔は好きだったな 本気や努力って言葉が、結果が出なくて苦しかったけど…悪い気はしなかった

…それももう終わりだ、ああ 今更気付いて馬鹿みたいだ、今の私に出来るのは…この自業自得を受け入れる事だろう、私が始めて私が起こしたこの暴走を受け入れる事だろう

デティフローアに対抗して 無理に出来ないことやろうして…馬鹿だな私は、いつもアマルトが言ってたじゃないか、届かない領域は除 望むなと

私には…デティフローアやアマルトのような領域には行けなかったんだ…

覚悟を決めて受け入れる これはきっと私への罰だ、傲慢な私への自業自得の末路という 最高の罰、最期に気がつけただけでも良しとしようじゃないか

受け入れるように…私は、目を閉じて

「目を開けなさい!」

「え?…」

「集中を切らせば すぐさま暴発してしまう!」

声がする、それもすぐ近くから…目を開き 杖に持たれかかり倒れそうな体を起こしそれを見る、そこには…

「デティフローア…?」

「何さ!、まだ動けるでしょ!気張りなさい!死にたくなければね!」

デティフローアがいた、上着を脱ぎ捨て決死の顔をしながら私の杖を片手で掴み暴走を始めた杖の魔力を必死に抑えていた、…助けに来た?

「なんで、あんたが助けに来て…あのまま外にいればあんたは無事だったでしょ…」

「私は魔術導皇…、全ての魔術師の味方となる存在 目の前で死にそうな魔術師が一人がいるならば、命一つ 賭けるのは当然!」

「あんたも…死ぬよ?」

「かもね、失敗すりゃ流石に吹っ飛ぶわ!でもあんたを助けるにはこうするしかないの、防壁を作ったから最悪失敗しても死ぬのは私たち二人で済むしね」

あの防壁は自負がしくじった時周りを巻き込まないためのもの、こいつ…私を最初から助けるつもりで…

「ば バカね!本当にバカ!、ここで私が助けられて感謝でもすると思った!?するわけないでしょ!むしろ好都合だわ!このままあんたごと消し飛んで自爆して…」

「いいから…」

「え?…」

デティフローアの目が 鋭く煌めく、あんなにも小さな体 大きく はるかに巨大に見え…

「いいから魔力を収めなさい」

命令だった、私が何よりも嫌う 上からの命令、だというのになんだこの感じは、有無を言わさず 全てを委ねろと言わんばかりの姿は、この荒れ狂う魔力の暴威の中 凛々しく立つこの姿は

さ…逆らえない、この人には…

「は…はい」

「よし、なら行くよ?カリスト 貴方が魔力を抑えたら 私が全部なんとかするから、任せて」

「はい…」

言われた通り必死に杖に引っ張られる魔力を抑え込む、私の全てを渡すものかと死にものぐるいで魔力を抑える、一瞬 何私敵の言うこと聞いてるんだろうと言う思考が挟まる

別にいいじゃないか、今こいつは私の魔力をのに集中している、今ならなんでも出来る、胸の内に秘めたナイフで一突きすれば良い、そうすれば私の勝ちだ 私も死ぬが私を見下ろしたやつも殺せる

いつもの私ならそうするだろう、私は私を見下ろす奴を許さない、例えイオでもアマルトでも許さない…なのに

(さ…逆らえないぃぃ…)

言うことを聞いてしまう、体が魔術導皇の命令に従ってしまう…まさかこいつも私と同じ心を操る魔術を?いやそんなわけない あれは魔女アンタレスに連なる者にしか使えない、如何に魔術導皇でも古式呪術は使えないはずなのに…なのにぃぃ…

「よしよし、やれば出来るね」

そう言ってデティフローアは私の頭をポンと撫でる、落ち着かせるように 労うように…全力で 涙流しながら杖にしがみつく私の頭を撫でてくれる、ただそれだけなのに 強張る体から力が抜けていく

「後は私がなんとかするから、安心して」

安心しろと言われた、だから安心する 安堵し脱力し、その勇姿を目に焼き付ける

「ふぅ…、行くよっ!」

その瞬間 荒れ狂い今にも炸裂しそうな魔力が揺らぐ、複雑に絡み合い最早手がつけられないと思われた魔力が整えられ、整理され 解され蕩けて…凝り固まった魔力の塊が瞬く間に霧散していく

(わ 私がどれだけやっても微動だにさせられなかった杖の魔力を…いとも容易く)

いや分かりきっていた、私とデティフローアの魔力に差があることは、技量があることは…

この差はなんだ?才能の差?師匠の差?…きっとどちらも違う、だって才能あるエリスも良い師匠を持つメルクリウスも私の呪術には逆らえなかった

この人はきっと、…きっと 魔術を誰よりも理解し魔術師を誰よりも思うからこそ、誰よりも魔術を操り 誰よりも何よりも魔術なんだ、この人こそが…

「…むむ、ここをこうして あそこをああして、ここはこうで それで…あ やべ…いやいいのか、よかった…えっとその後は…」

「デティフローア…」

「今集中してるから後にして!」

「……………」

怒られたら何も言えない、そうこうして間に今にも爆発しそうだった魔力は 空気の抜けた袋のようにキラキラと輝く光の粒子を放ちながら萎んで行き…やがて

「よしっ!終わり!」

パンッ!と音を鳴らしたのはデティフローアの手か 或いは弾けて消えた魔力球か…、私の生み出した暴走した魔力はデティフローアの手で瞬く間に散らされて消え失せる

助かった…助けられた…、デティフローアが居なければ私は今息絶え惨めに一人で消し飛んでいた

…反省することもできずに

「さてと、事なきを得たわけだけども…」

デティフローアはゆっくりと手を離し、こちらを向く…キラキラと魔力の粒子を纏うその姿は、あまりに美しく大きく偉大で…

多くの人間を虐げ 友達さえを操り 敵意を剥き出しにする私さえ救い、圧倒的力を見せつけて 格の違いを見せつけた彼女

初めて見上げることが苦にならぬ存在、階段の上 否 階段そのものさえも凌駕したところに存在する人物、私の劣等感も敗北感も包み込む瞳を見ていると私自身の小ささが嫌でも浮き彫りになる

チビは私だ、なんて私は小さい女なんだ…、この人は なんて大きな人なんだ

「…貴方がどうして魅了の呪術を使ってるのかは分からない、アマルトから授けられたって言っても、魔術を使用するのはいつもその人自身の意思だからね」

デティフローアは語る、責めるような口調で…私を見下ろす

「でも、…その魔術 苦労して鍛えたんだよね、いくら才能があっても いい武器を持っても、半端な努力じゃ届かない領域に貴方はいる、きっと努力したんだよね」

…努力した、でも誰にも認めてもらえかった どれだけ苦労しても私の欲する物は手に入らなかった、だから 私は本気も努力も手放した…、それを まるで見透かしたかのような口調

「その努力を続けていけば きっと貴方の望む物は遠からぬうち手に入っただろうに、勿体無いことしたね」

「…私は…」

「言わなくてもいよ、正直貴方のしたことは許せない …許せないけどさ、私 貴方の努力は認めるつもりだよ」

っ…私の努力を…?、この人が…?

「頑張ったね、カリスト」

…私が求めていた言葉は 呪いに手を出して得ようとしたのは、きっと この言葉だったのかもしれない、もし 父上からこの言葉が貰えていたら 誰かからこの言葉を貰えていれば…私は…私は…

「偽りの感情なんか埋め込まなくても、努力をして立ち続ける人間の下には 自ずと人は集まる、人の気持ちを考え 人を理解する努力を怠らない人間のところにはね、…貴方はどっちになりたい?、人を無理矢理従わせる人間と 人に好かれる人」

「人に…好かれる…?」

「うん、無論後者の方が難しいし苦しいけれどさ、それによって得た人は きっと貴方の至上の理解者になってくれる筈だよ」

理解者…そうか、私は奴隷やただ唯々諾々と従う人形よりも、一人でもいい 私を認めてくれる人が 私を見てくれる人が欲しかったんだ…なんで、そんなことも忘れて…

「まぁそれもカリストの努力次第だけどね、そこんとこは応援するよ」

ねっと笑いかけるデティフローア、…この人は敵でありながら 友を傷つけた女である私を、認めてくれる 見てくれる…、ああ 何千人を従えるよりも なんて心地いいんだ

 「さてと…それで?まだ、続ける?」

小さく首を傾げて微笑む彼女、背後に光を背負うデティフローア…否 デティフローア様を前に私は…

「…参りました……」

負けを認めた 初めから負けていたそれを受け入れた、この人には絶対に敵わない 超絶したこの人のあり方こそ 姿こそ、私が本当は求めるべきものだったんだ

アマルトのように人を踏みつけるのではなく掬い上げ、甘言に負けて哀れにも人を傷つける私のように力を振るうのではなく 友を傷つけられた義憤の中にありながらそれでも私を助けるように

デティフローア様こそが、私の目標とすべき姿だったんだ、その敬意と感謝を込めて私はゆっくりと手を地面に合わせ…平伏する、魔術導皇様を崇めるように

「よしっ!、私の勝ち!」

こうして私の カリストの目論見は潰え、劣等感と嫉妬から起こされたこの事件は幕を閉じた…、私は もうこの人には逆らわない、逆らえない…だって心からこの人のことを…

「愛しています、デティフローア様…どうか私をお許しください」

「は?、なんで…?」

愛してしまったのだから、デティフローア様を
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,794pt お気に入り:105

【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:7,695

街角のパン屋さん

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,384pt お気に入り:624

婚約者から愛妾になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:930

私達は結婚したのでもう手遅れです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,344

憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,851

偽りの恋人達

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:38

処理中です...