孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

136.孤独の魔女と復讐の妄念

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コルスコルピの中央都市 ヴィスペルティリオ…、その郊外に位置する巨大かつ堅牢な石の砦がある

名を『ギルダーヴ監獄』…、凡そ800年前から存在する歴史ある監獄だ

監獄とは何か?説明するまでもない、この国の犯罪者を閉じ込めておく場所だ 言うまでもない、一応 この国で一番大きな監獄らしいが、んなモン関係ない 監獄は監獄だ

しかし何故今監獄が出てくるかって?、そりゃ決まってる エリスが今ここにいるからだ、なんでいるからって?…それは

「え エリスは無実でずぅぅぅーーー!!、だじでぐだざいーー!!」

目の前の檻に掴みかかりながら叫ぶ、今 エリスはこのギルダーヴ監獄にいる、犯罪者として…檻の中に

なんでこんなことになったのか、分からない 授業が終わったらいきなりコルスコルピ騎士団が逮捕状片手に現れてエリスの身柄を拘束したのだ、お前は数多くの違法を成したと

違法薬物の取引 歴史的建造物の破壊 窃盗強盗暴行オマケに殺人を一つまみ、突きつけられた罪状全てに覚えがない、というかそもそもエリスは殺人だってやってない 師匠の名に誓える

そう叫んでも騎士達は聞く耳を持たなかった、ラグナも激怒しふざけるな 殺すぞと返したが…、ここでラグナ達が暴れればラグナ達まで罪を負うことになる、それもエリスと違い正当な罪を

そうメルクさんがラグナを論し、とりあえずエリスはここに連れて来られることになったのだが

「くっ…何故、何故こんなことに」

周囲に目を向ければ、まさしく監獄って感じだ…重厚な石の壁と石の床、頑丈そうな檻がズラリと並び その中には人相の悪そうな人間が何人も入っている

チラリとエリスの今いる独房を見れば 周りと同じだ、狭苦しく薄暗い部屋の中に 硬い布を引いただけのベッドと穴がある…あれはきっとおトイレだ、それしかない 人間が生活する上で必要となるものしかない過酷な独房

そこにいまエリスはいる…

「…………はぁ…」

とため息を吐けばエリスの腕と足にかけられた鎖が音を鳴らす、見てくれは完全に捕まった犯罪者、…だが エリスは何にもしてない 本当に何にもしてないはずなのだ、少なくともあんな強行な態度で取り押さえにかかられるほどのことは何も

でもだとするとなんでこんな事に……



「ふざけるんじゃねぇッ!言いがかりもいい所だろうが!」

「ッ…!」

監獄全体を揺らすような声が独房の外から響く、ラグナの咆哮 怒号だ…エリスには決して向けない怒りの言葉、それと共に独房の奥の廊下からいくつもの足音が聞こえる…

「だから何度も言っている、これは正当な逮捕だ 怒りをぶつけられる謂れはない」

「どう見ても不当だろうが!、いきなり現れて証拠の一つも示さず一方的に逮捕だと!?、正当だなんて寝言抜かすならエリスがやった証拠の一つでも見せろ!」

「君達はエリスの関係者だ、証拠の提示は出来ない」

「お前…!」

見慣れない男と歩いてくるのはラグナだ、二人は言い合いをしながらこちらに歩いてくる、顔を真っ赤にして激怒するラグナの後ろには今にも泣き出しそうなデティと訝しげに黙るメルクさん、みんなエリスを心配して抗議してくれているんだ…

申し訳ない…、そう思っているとエリスの独房の前に ラグナと言い合いをしている男がピタリと立ち止まりこちらを見る

「君がエリスだな」

立ち止まった男、黒い髪の上に帽子を乗せ、鋭い目と鋭いシワが特徴の厳かな男…緑色の軍服をピシリと着込んだその姿はまさしく、そう まさしく看守…

「初めまして…私はハンネマン、このギルダーヴ監獄の看守長ハンネマン・コントラクトゥス、以後お見知り置きを」

「看守長…、エリスは…エリスです」

看守長ハンネマンと名乗る男はエリスの目の前でゆっくり一礼する、その礼に礼儀はない あるのは形式だけ、罪人を前にしてすると決めているからやった それだけだ

事実頭をあげたハンネマンの視線は険しく、鋭い目はより一層鋭く尖っているように見える

「もう知っていると思うが君にはいくつもの罪状がかけられている、強盗 破壊 殺人…どれも許されざる罪だ、裁判を行いまでもなく 君の刑罰が決まりそうな程だ」

「なっ!?」

突きつけられる事実、裁判さえ省略して刑罰が決まる!?この国の司法はどうなってるんだ!?、というか弁明も弁護も無し!?そんなの無茶苦茶だろ!

そう、理不尽を感じているのはエリスだけではないようで ハンネマンの言葉を遮るように、爆音と共に大地全体が揺れる

「…ふざけんじゃねぇよ」

ラグナだ、ラグナが監獄の壁を殴り この監獄全体を揺らしたんだ

「エリスはそんな事する奴じゃない盗みも破壊も ましてや人殺しなんかしてない!」

「…だが、令状が出ている以上我々には彼女を拘束する義務がある、やったかどうかは関係ない」

「あるだろ!」

「ラグナ…」

ラグナは怒っている、滅多なことでは怒らない彼が 激烈に怒っている、今まで見たことないくらいの荒ぶりようだ、…彼は仲間思いだからな、仲間にあらぬ疑いをかけられて黙っていられるはずもない

だけど嬉しい反面、肝は冷える だって今にもラグナがハンネマンに殴りかかりそうで…

「エリス、ちょっと下がってろ…」

「え?…な 何するつもりですか?」

「こんな檻ぶち壊す、今すぐ外に出してやる」

「なっ!?や やめてくださいラグナ!そんなことしたらラグナまで…」

そういうとラグナは檻に手をかける…だが、やめてほしい やめてくれ、そんなことをすればラグナまで犯罪者になる、エリスの為にそんなことしないでくれ… そう願うようにラグナの手を掴むが…、彼の怒りが収まる様子はない

「やめておけ、檻を壊せば 君もエリス同様犯罪者だぞ?」

「上等だ、やってみろ…こんな監獄跡形もなくなるくらいぶっ壊してやる、なんなら順序が逆でも俺は良いんだぜ?」

「ラグナ!お願いですからやめてください!」

嘲笑するように煽るハンネマン、やめてくれと叫ぶエリス…ラグナがその気になればこんな監獄数分と経たず瓦礫の山になる

だけどそれだけはやってはいけない だってラグナの背には何百何千万の国民の名誉と尊厳が乗っているんだ、それを捨てるような真似 してはいけない

されど力を込めるラグナ、そんなラグナを止める手が 一つ、ハンネマンでもエリスでもない、その手は…

「落ち着けラグナ、ハンネマン看守長の言う通りだ」

メルクさんだ、彼女はこの場においても、ただ一人冷静に ラグナを嗜めるようにそう言うのだ、その言葉を前にラグナはゆっくりと檻から手を離し メルクさんの方を向くと

「メルクさん…、俺今冷静じゃないんだ、いくらメルクさんでも…あんたまでエリスを犯罪者呼ばわりするようなことは 許せる自信がない」

「分かっている、何もエリスが犯罪者だと言うつもりはないし君が冷静でないのは見れば分かる」

「なら…!」

「冷静じゃないから言ってるんだ、君は下がっていろ…状況をややこしくするだけだ、一旦落ち着け 頭を冷やせ」

「ッ……そう…だな」

メルクさんの言葉にラグナは引き下がる、彼女の言う事は最もだ 怒りに身を任せて解決する状況ではない、今 冷静さを欠くラグナが事の主導権を握れば相手の思うツボ

それを理解したのかラグナは頭をぐしゃぐしゃと搔きむしり、怒りを抑えるように後ろに下がる…、助かった

「さて、ハンネマン看守長…いくつか質問をしてもいいかな?」

「構わないが、先程も言ったが君達はエリスの関係者だ、君達に教えられることは殆どないぞ?」

「構わん、まずこの罪状 歴史的な建造物の破壊とあるが、その歴史的な建造物とはなんだ ここ最近破壊された建造物など見ていない、エリスがやったと言うのならこのヴィスペルティリオの街の何かなのだろう?彼女はここ数ヶ月この街を出ていない」

「答えられんな」

「殺人を犯したとは誰を殺した?、ここ最近そんな話は全く聞かん 本当に人が死んだんだな?」

「…答えられん」

「物を盗んだと言うのなら、それが何故エリスだと断定出来た、彼女に至るまでの道筋はなんだ?、いや 盗みだけではない…全ての罪がエリスだと決めつけられる証拠はあるのか?」

「……答えられん」

全くハンネマンは答えない、これは義務だと言わんばかりだ …メルクさん、何を考えているんだ?、ハンネマンが素直に答えないのは分かりきって…そう思った瞬間、メルクさんの視線が移る

それは隣に立つデティの姿で…ああ、なるほど 答えなくてもいい、質問するだけでいいんだ

「…どうだ、デティ」

「うん、この人 嘘ついてるよ、エリスちゃんがやったと思ってない」

「ッ……!?」

デティならわかる、言葉はなくとも魂を見れる彼女なら ハンネマンがいくら黙っていようと嘘偽りで煙に巻こうと、無駄なのだ 聞かれた時点で魂は誤魔化せない デティの目は騙せない

「な…何を根拠に私が嘘をついているなど、そんな証拠がどこにある」

「…答えられんな?」

「……………………」

メルクさんの小馬鹿にするような態度にギロリと眼光で返すハンネマン、ぶつかり合う両者の視線 無言の戦いは見ているだけで身震いする

ハンネマンはエリスが無罪と知っていてここにぶち込んだ…、つまりエリスは本当に何もやってないんだ

はぁー、よかったぁー 実は心配してたんだ、知らず知らずのうちにまたシリウスに体乗っ取られて 知らない間に罪を犯したんじゃないかって、…いや シリウスに体を乗っ取られてたらそんなもんじゃすまないか

しかしエリスが無罪なら、なんでこんなところに 嘘までついて…

「ハンネマン看守長…エリスはこのままいけばどうなる?」

「刑の手続きが確定するまで一週間ほどだ、そこで刑が確定する…死刑 と言うことはないだろうが、三十年ほど牢に入ってもらうことになる」

「さ 三十年ですか!?」

とエリスが声をあげた瞬間 廊下の奥から膨大な殺意が奔流の如く空間を満たしていく、ラグナだ ラグナが凄まじい眼光でハンネマンを睨んでいる

「お前勝手言うのもいい加減にしろよ…、エリスが罪を犯してないって分かっててよく言えるな!このドグサレが!バラバラにして犬の餌にしてやる!」

「だから落ち着けラグナ!」

今にもハンネマンに跳びかかりそうなラグナを抑えるメルクさん、彼女が止めなければラグナは有言を実行しただろう、ハンネマンの四肢を割いて この監獄をぶっ壊してエリスを助けただろう

でもそれをすれば全てが終わりだ ラグナがいくら大王だからって、キチンと令状を用意すると言う手続きを踏んで捕らえた罪人を解放すればアルクカースそのものの立場が危うくなる

だからメルクさんも止める…

「止めるな!」

「落ち着けラグナ…、分かった つまり一週間は猶予があるんだな?」

「そうだ」

「なら十分だ、それまでの間にこの一件 私がなんとかする、エリス すまないが少しそこで待っていてくれ、必ず私が外に出してやる」

ここで待っていろ…とは、この牢獄で少なくとも一週間は待て と言うことか、それだけ待てばメルクさんがエリスのこの無実の罪を取り払い救出してくれると言うのだ

「…ありがとうございます、メルクさん…すみません」

「構わんさ、心細いかもしれないが 直ぐに外に出れるよう我々も全力を尽くすから」

「大丈夫ですよ、エリス牢屋に入るのは慣れてますから」

何せこれで三度目だ、一度目はアジメクでレオナヒルドに捕まり 二度目はヘットに捕まり、そしてこれで三度目 よく捕まることだエリスも

まぁ、正式に鉄格子にぶち込まれるのは初めてだが、ここはメルクさん達を信じよう

「おい!、何言ってんだよメルクさん!エリスをここに置いていくのか!?こんなところに!」

「今ここで騒ぎ立てても何にもならん、裏で何者かが手を回してエリスを陥れたからこうなっているのだ、ならその陥れた張本人を叩かねばこれは解決しない…君だって分かってるだろう、冷静になれ」

「でも!…でも…俺は…」

ラグナの目がこちらを向く、潤んでいる 涙で濡れている…この目は この顔は見たことがある、そう あれは確か…アルクカースの継承戦

ベオセルクさんに打ちのめされて無力感に打ちひしがれている時の…あの時と同じ目をしている、仲間を助けられない 自分にはそれが出来ないと自覚した時と同じ目だ

きっとラグナは、たとえ無実の罪でもこの薄暗い牢屋にに仲間を…エリスを置いて行くと言うことに耐えられないのだ、なんとかしたいけど今は出来ない …ラグナの力はそこまで万能ではない

だけど大丈夫ですよ、メルクさんがなんとかすると言ったなら なんとかなります、エリスは信じてますから、メルクさんを ラグナを デティを…みんなを

「ラグナ、大丈夫ですよ…エリスはここに居ますから、待っていますから、みんなを信じて」

「エリス…」

鉄格子の隙間から手を伸ばしラグナの手を取る、安心させるように エリスは大丈夫だからと言い聞かせるように、そうだ エリスがこうして陥れられたと言うことは きっとその魔の手はラグナ達にも及ぶ可能性がある

ならこの一件の解決は急いだ方がいい、エリスなどに構わず…先を

「……………わかった」

ラグナはしばらく悩むとその手の力を緩める、うん 分かってくれたか

「エリス、俺は必ず君を助けに来る だから待っていてくれ、…寂しいだろうが」

「はい、待ってます…寂しいですけど」

「…うん、…行こうか メルクさん、この一件 すぐに解決するぞ」

そういうとラグナは踵を返し、メルクさんとデティを引き連れて廊下の闇へと消えて行く 確かな決意をその背に滾らせながら、…頼もしいな ラグナ…

「エリス、私達に任せておけ」

「エリスちゃん…待っててね!」

「はい、メルクさん デティ…信じていますから」

二人もまたラグナに続く、エリスを助ける為に動いてくれる そう思うと申し訳ないが、それでも信じる それでも待つ、エリスはみんなを助ける為ならなんでもする…それときっと同じなんだ

「………はぁ」

気がつくとハンネマンも消えていて、エリスは再びこの暗闇の牢獄に一人取り残される

はぁ、なんのかんの言っても やはり一人にされると心細いな…

「しかし、面倒事に巻き込まれましたね…、あの令状に書かれていた名前…ガリレイ家名前ってことはやっぱり」

ガリレイ家 即ちの国の法務を司る貴族の家であり、ノーブルズ中核メンバーのうちの一人 エウロパ・ガリレイの家だ

今日朝ちょうどその話をしたばかりだ、次仕掛けてくるならエウロパだろうと…つまりこれはエウロパの仕掛けてきた攻撃、なのだろうか

「…はぁ、とんでもないことしてくれますね」

無実の人間に罪を着せて逮捕し牢に入れる…まぁ、法務大臣の娘ならのくらい出来る のか?、分からないがやれるとしたらエウロパをおいてほかにいない

しかし、攻撃というには些か妙じゃないか?、なんでエリスだけ?やるなら普通全員牢にぶち込まないか?、それとも敵視されてるのエリスだけ?

また…カリストの時みたいに何か企んでるのかな、はぁ 敵の狙いが見えない戦いっていうのはもうやりたくないんだけどなぁ

「…………」

壁にもたれかかり、ゆっくりと座り込む しかし暗い 寒い、心細い…ラグナ達は三日以内にエリスを助けてくれると言っていたけれど…、いやいや信じろみんなを!

そう首を振り払い 寂しさを追い払うと、ふと また足音が聞こえてくるのが聞こえる

「ん?、ラグナ達が戻ってきた?…いや 足音は一つだしハンネマンか?」

いや違う、ハンネマンは皮の軍靴を履いているからもっと音が甲高い、この音はもっと柔らかで小さくて…誰だ?看守?にしては足音が弱々しい、こんなのまるで

少女の足音……

「…ここにいたのね、エリス…」

「え?、あ…貴方…!」

牢の向こうにヌッと顔を見せる小さな頭、人形を抱えた陰気臭そうな女、多分エリスより年上なんだろう彼女の名を 顔を 存在をエリスは知っている、いや今ちょうど彼女のことを考えていたんだ

「エウロパ…!?」

「もっと泣きじゃくっているかと思ったけれど、存外落ち着いているのね…」

「エリスは牢に入れられるのは慣れてるんで」

「自慢出来ることでもないでしょう…」

そういうと彼女は牢の前に立つ、牢屋の前でエリスを見下ろすように…

何をしにきた?牢に入れられ怯えるエリスを笑いにきたか?それとも…まさか牢に入れられ抵抗できないエリスを痛めつけようと?、…だとしたら エリスもただではやられない

流石に襲われて静観出来るほどエリスは優しくはない、襲ってくるなら…全力で抵抗する

そう身構えるエリスを前にエウロパは少し困ったように眉を下げて

「そんなに警戒しないで…」

「警戒しないで?…ときましたか、そりゃするに決まってるでしょう 貴方がエリスをここに入れたんですよね?」

「まぁ、そうね 私がお父様に内緒で権限を使って ハンネマン達を動かしたの、彼はただ真面目なだけ 責めないであげて」

「だとしたら…」

そう魔力を滾らせるとエウロパはエリスに向けて手を翳す…!、やはり何かするか!?

……いや違うな、これは待ってくれというサインか、なんだ 読めない 何をしに来た、エウロパの顔は心底困り果てたような顔をしている、その顔をしたいのはエリスの方なんだが

「…何の用ですか?」

「何も、別に貴方を襲おうとかそういうつもりはないの…」

「そう言って油断させてエリスを操ろうとか?」

「私はカリストじゃないわ…」

とはいうがな…、いや 警戒し過ぎか、エウロパは今とても話辛そうだ、何かエリスに用があって来たのだろう、笑いに来たとか痛めつけに来たとか そう言うんではない、そう今は信じて警戒を解こう

そう 構えた拳をおろすとエウロパはホッと一息つき

「何しに来たんですか、顔を見に来たってだけじゃないんでしょう?」

「ええ…、私は貴方と話をしに来た…、いえ 話を聞きに来たというべきかな…」

「話を?、なんの話ですか?」


「ただ…聞かせて欲しいだけ、貴方の冒険の話を…暇つぶしにね」

そう、口にするエウロパの顔はを見て、エリスはただ 首をかしげることしか出来なかった

何せ今の彼女からは、なんの敵意も悪意も感じなかったのだから……

本当に、何が目的なんだ?


……………………………………………………………………

三人揃って屋敷に帰ってくる頃には既に空に星が煌めく宵刻であり、民家のあちこちから灯りが漏れ 街を地上の星天へと変える

そんな暗い夜の中、我々はダイニングの卓を囲むように座る…いつもなら和気藹々とみんなで他愛もない話をする そんな一日で最も楽しい時間なのだが

「……………………」

「…うぇ…ぐずっ…」

「はぁ…」

ラグナは頭に真っ赤なマフラーを巻いて机に倒れ込み、デテはグスグスと泣いている

まるで地獄だ とメルクリウスは…私は一つため息をつく、理由は言うまでもない いきなりエリスが逮捕され懲役三十年なんて滅茶苦茶な刑罰を言い渡されたからだろう

いや それ以前に友達が不当な逮捕を受けたから…と言うのが正しいだろうな、あの場では大人しく引くのが正しい判断だったとは言え、だからといって気にしない なんてことは出来ない

ラグナはエリスを獄中に置いて来たことを悔いて 絶賛落ち込み中、デティはそんな状況を受け 耐えられず遂に泣き出した、予想以上に輪が乱されている

だが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない 今回はあまりに時間がない、話はとっとと纏めるに限る

「おいみんな、落ち込むのも分かるが エリス救出の為に話しをまとめよう」

「あ…ああ、そうだな…」

「うん…うんっ!、エリスちゃんが可哀想だもんね、今頃暗い牢屋の中で震えて…か かわい…可哀想だよぉぉぉぉお!!うわぁぁぁぁんん」

「デティ 泣くな、エリスはそんな弱い子じゃないだろう」

エリスは強い子だ、味方も無く 国全域から狙われようとも前に進み戦い抜いた前例がある、今回も牢屋の中でどっしり構え 我々を待ってくれている

ならば、待たせている我々が足踏みするわけにはいかないだろう

「ラグナ、何か案は浮かぶか?」

「お?…おう?、そうだな…」

無理矢理にでも話を進める為、我等の指揮官たるラグナに話を振る…いつもなら彼は静かに考え方針を決めてくれるが、今回はちょっと様子がおかしい

「…監獄に襲撃をかけよう、アイツらぶっ殺す…」

「はぁ…論外だ、表で水でも被って来いラグナ」

ダメだ、やはりラグナは使い物にならない…以前私とエリスが操られた際も強行軍で救出に向かったらしいしな、前回は上手く行ったからいいものの、今回も彼に任せていては危ないだろう

特に今回はエリスが無理矢理牢に入れられたと言うのがミソだ、ラグナにとってエリスは何よりも特別だ、それを助ける為なら彼は全力を尽くす だが彼の全力とは往々にして力が絡む

今回はそういうのは無しだ、先ずは順次立てしていく必要があるか


「…今回の一件はノーブルズによる我々への攻撃干渉であることは分かるな?二人とも」

「う うん、アイツらが出してきた令状に書いてあったもんね ガリレイって、ガリレイってあれだよね?カリストの言ってたエウロパって奴の家名」

「え?そうだったか?」

デティはよく見てたようだが ラグナ…、ラグナは最近人の名前とか重要なワードを忘れていることが多い、国王としてバリバリ仕事している時はもっとしっかりしていたのだが 気が抜けているのか

「ちゃんと見ておけラグナ」

「すまん、そういうのは最近エリスに任せ切りだから…、エリスに頼めば大体のことを記憶していてくれるから、確認を怠っていた」

「エリスに頼りすぎだ、彼女はお前のメモ帳じゃないんだぞ?」

「ご…ごめんなさい」

「まぁいい、ともあれ今回の一件がエウロパ・ガリレイによって引き起こされたものである事は間違いない、エリスが何の罪を犯していない以上 エウロパが罪をでっち上げたのだろう」

言うまでもない、エリスは盗みも破壊も殺人もしていない、だが令状にはそんなありもしない罪の数々が羅列されていた

令状は子供の画用紙じゃない あれに罪を正式な形で好きに書き込める人間というのは限られており、限られた人間の中で そんなことをする人間は一人しかいないからだ

「つまり エウロパがエリスを嵌めたのか?」

「待てラグナ、立ち上がろうとするな 話を聞け、エウロパの仕業であることに間違いはないが、やり方が妙だ …」

「妙?…」

「やり方が雑すぎる、直ぐに偽りだと分かる偽証の罪…そして我々全員では無くエリスだけというやり方、恐らく奴らの狙いはエリスを牢に閉じ込めることではない 、我々を分断する事だ」

牢屋に入れるのは方便だろう、本気でエリスを罪人にするならその辺で起こった事件をエリスのせいにすれば良いのだ 態々存在しない罪を作り出す必要性は全くない

狙いはエリスを牢屋に孤立させる事 或いは我等をエリス抜きの状態にする事、どちらが本命かは分からない だから悪いがエリスにはまだ牢屋に入っていてもらう

あの子もその気になればあんな牢獄簡単に抜け出せるはずだしな、我等にもしもの事があった時のために 一旦距離を置くのだ

「分断して…何をするんだ?」

「一番考えられるのは 人質だろうな」

「っ!」

飛び上がるように立ち上がるラグナの腕を掴む、待て 何処へ行く、いや言うまでもないか 

俺の愛する女を人質に取るとは許せんとかそんな感じか?、だが彼をこのまま行かせればギルダーヴ監獄は一夜にして瓦礫の山と化すだろう

立ち上る夜明けの陽光に照らされるギルダーヴ監獄だった瓦礫の上で静かにエリスを抱き上げる鬼神の如きラグナの姿が瞼の裏にありありと想像出来る、もしかしたらその勢いでこの国滅ぼすかもしれん

だから止める、ラグナは些かエリスのことになると冷静さを欠くところがあるな

「待てラグナ、落ち着け…エリスは人質だ、そう考えればいろいろしっくりくる、奴等はエリスを正当な理由で手元に置いておきたいんだ、だから罪をでっち上げたんだろう」

「何冷静に語ってんだよ!エリスが人質に取られてんだぞ!」

「だからだ!、人質である以上傷つけられはしない!落ち着け…いいから落ち着けラグナ!」

「しかし…」

すると、…我等の言い合いを遮るように 扉が鳴る、玄関の扉がノックされ…

我等の返事を待たず開けられた、誰だ?エリスが帰ってきた?いや、エリスなら帰ってきた瞬間声を上げる、だが我等の屋敷に入ってきた者は一声もあげずにゆっくりと廊下を歩き

…今、ダイニングの扉を開けた

「こんばんわ、私に会いたがっていたでしょうから…会いにあげた」

「……な!?」

扉を開けた者…、それは見覚えのある姿 人形を抱えた特徴的な見た目、今絶賛我等の頭を悩ませる存在…その名も

「エウロパ…!?貴様 何故ここに!」

「なんでもいいでしょう…、お話に来たの…」

咄嗟に今にも飛びかかりそうなラグナの体を取り押さえる、彼の力なら私を跳ね除けるくらいわけないだろうが、彼も私に遠慮しているのか全力で暴れない…

しかし、お話に来た?こいつ状況を分かってるのか?、…いや こう言う状況だから話をしに来たのか

エウロパは態々この屋敷 敵の寝ぐらに潜り込んできた、襲撃ではなくお話とやらをするために、敵意は感じられない ただ悠然と憮然と我が屋敷を闊歩している

あの余裕は、今エリスを手元に抑えてあると言うアドバンテージを知らしめるためのものだろう、法務大臣の娘たる彼女に何処まで権限があるか分からないが…少なくとも今この国で 『法律』を超える力を持っているのは確かだ

彼女の手の中にエリスはいると言っていい…、対応を誤るわけには行かない

しかし…、ラグナに任せることは出来ない 頭に血が上っている彼はあてにならない、デティも同じだ 彼女は逆にどうしていいか慌てている

今この場で冷静なのは私だけ…か、ならば

「ラグナ 下がっていろ」

「メルクさん…」

「今の君に任せるわけには行かない、深呼吸して落ち着いてこい」

「っ…」

彼だって子供じゃない、冷静ではないその状況を指摘されれば 下手に暴れたりせず 私の言う通り後ろに下がる、まぁ その顔には『忸怩』の二文字が刻まれている、がフォローは後だ

「さて、歓迎が遅れたな エウロパ・ガリレイ殿?」

「あら…、歓迎してくれるの?」
 
「戦闘ではなく話をしにきたんでしょう?、なら貴方は客人だ…どうぞ」

と私がテーブルにつく事を進めるとエウロパは軽く礼をして椅子に座る、…座ったのだ 交渉の席に、つまり彼女はここに本当に話をしに来たんだろう、内容は考えるまでなくエリスのことだ

「さて?、事前の言入れもなくいきなり我が屋敷に赴いてまでしたい話とはなんですかな?、余程急ぎの用向きに見えますが?」

「分かっているくせに…、今日逮捕されたエリスのことよ、まぁ分かってると思うから言うけど 私が令状を偽装してエリスに無実の罪を着せて逮捕させた、今エリスはギルダーヴ監獄にいる…知ってるわよね?」

「ええ、知っていますとも…我が友が冤罪を着せられ 薄暗い牢に閉じ込められているのは承知の上です、…貴方が関与していることも」

「その割には冷静ね、怒らないの?そこの彼みたいに」

そうエウロパが首で指すのはラグナだ、彼の顔は まぁ無表情だが プッツン一歩手前なのは言うまでもない 今彼の頭の上にポットを置けば一瞬で沸騰するくらいにはキレてるだろう

だからこの交渉の席に座らせていないのだ

「怒っていますとも、デルセクト国家同盟群首長として 明日にでも直々にコルスコルピ王家に訴えをしようと話を進めていたところです」

「怖いわね…、でも大丈夫 本当に罰したりしないわ、ただこうでもしないと貴方達 私の話を真剣に聞いてくれなさそうだったから」

なんだそれは、そんな事は…ないとは言えんな、今私が真剣な表情でこの席に座っているのはエリスを握られているからだ、真剣に聞く と言うより今はもう聞かざるを得ない状態にある

奴の狙いは私達に話を聞かせる、それだけが狙いだったと言うことか

「…で、話とは?」

「取引をしにきたの、他でもない メルクリウス・ヒュドラルギュルム…貴方とね」

「私と?」

ふと、エウロパの目がキラリと煌めく、決意の光 と呼ぶにはやや薄暗く 私でさえ気圧されるような凄まじい威圧の目、この子 こんな目が出来るのか…あまりナメないほうが良さそうだ

「して、取引とは」

「…メルクリウス、貴方には返してもらいたいものがある、私の なによりも大切な物、私が今日この日まで生きてきた理由、それを無慈悲にも奪った貴方に…返してもらいたいの物があるの」

「何…を、何を言っているんだ 私は貴方から何も奪っていない、そんな生きる意味のような 大切なものなど何も」

そう、何も奪っていないつもりだ ノーブルズのかつての勢力を返せと言うのならわかるが、だとするならそれは私だけではなく ラグナ達も含めて言うはずだ、私個人 となると何も覚えがないぞ…

そんな私の躊躇いや困惑も他所に、彼女は手元の人形をゆっくり撫でる…

「奪ったわ貴方は、私から生きる意味を…だから返して」

「だから私は何も…」

「…ソニア、ソニア・アレキサンドライト」

「なっ…」

何故 今その名が出る、何故 こいつがソニアの名を口にする、知っていること自体は無理はない 、彼女はこの国に留学していたこともあるし、五大王族の一角としてその名は世界中に知れ渡っている

だが、だが何故あんな外道が 彼女の大切な物として名前が出てくるんだ

「何故…その名が」

「返して、ソニアを返して…私の要求は一つ ソニア・アレキサンドライトを解放しここに連れてくること、それだけよ」

「ソニアが、貴方の大切なものと?」

「ええ、何よりも大切な生きる意味よ…、私知っているわ 貴方がソニアを逮捕し監禁している張本人だって」

「だから…解放しろだって?、そんな…事」

出来るわけがない、奴をまた自由の身になどできない 独房にこそ入ってはいないが、その自由は今完全に奪われている、私とエリスが戦い抜いてようやくその身柄を抑えたからだ

奴がまた自由になれば、何がどうなるか想像も出来ない だが少なくとも、世界は良い方向へは進まない、それだけは分かる

首を縦になど振れるわけがない

「…断る」

「そう、エリスと交換と言われても?」

「エリスは返してもらう、ガリレイ家が不正に罪を捏造して民を監禁したとして この国を糾弾する、デルセクトの代表としてな」

「構わないわ、ソニアが解放されない限りエリスも解放しないから」

「何をバカな、司法を司る家が不正を働いたとなれば瞬く間にその地位を追われるぞ」

「だから構わない、ソニアが解放され私の目の前に来てくれるなら ガリレイ家の名声も何も要らないから、例え罪に問われようとも 地位を奪われようとも構わない、地獄に落ちるなら貴方の友達も一緒に道連れに落ちるから…だから 返して」

頑なだ、脅しにさえ屈さない 何がどうなろうともソニアを返せ、その一点張りだ これは交渉ではなく一方的な取引だと言うように、エウロパの態度はひたすらに頑な

この世で最も相手しづらいのは捨て身の死兵とはよく言ったものだ、それは戦場だけでなくこの手の交渉の席でも恐ろしいのだから

ソニアを解放しなければエリスを殺す、それは自らが破滅しようとも変わらない いいから言うことを聞け…と言うことだ

「何故アイツにそこまで執着する…、そんな躍起になって助けなければいけない女ではないぞ、ソニアは」

「貴方には関係ない」

「お前の一存で長く続いた司法を司ると言う家の役目を捨てるのか?、お前が役目を放棄すれば この国の司法は死ぬぞ」

「私たちが死んでも法は死なない、どうせ別の奴が席に座るだけ」

「…ノーブルズの地位さえ捨てるのか?」

ふと、エウロパの顔色が変わる…いや 驚愕とでも言おうか、何言ってんだ?と言う驚き方だ、なんだその顔は…この一連の流れはノーブルズの為 我等を学園から排除するための行動じゃないのか?

だとしたら行き過ぎだと窘めるのは当然のことだろう

「…ああ、そう言うこと …最初に言うべきだったわね、これはノーブルズもイオもアマルトも関係ないし 誰も知らない、私の一存 …学園での対立になんて微塵も興味ないわ、まぁ 乗っかる形で動いてはいるけどね」

「信用出来んな」

「別に信じなくていいわ、それよりソニアを解放すると言う取引…飲んでくれるかしら?」

「………………」

飲めるわけがない、だが飲まなければエリスが奴等の手の中で握り潰される

ソニアを解放すれば デルセクトが被る被害は想像出来ないほどだ、だが 私がエリスを切り捨てる未来もまた想像出来ない

友を取るか 国を取るか…迫られている、私の瞼の裏に置かれた『同盟首長』と言う名の黄金の天秤は…危うくも両側に揺れている

「悩んでいるのね、でも悩んでくれているならいいわ…答えは一週間後まで待つ」

「一週間経ったら…どうなる?」

「この手段は適切ではないと考えエリスを始末し別の方法に舵を切るだけ…」

そういうとエウロパは立ち上がり、元来た場所に戻るように部屋を後にし我等に背中を見せる…、答えは待つ か…

「これは…私の復讐よ……、さぁ 行きましょうミノスちゃん」

ふと、人形を撫でながら去り際に彼女の呟いた言葉が ただ、耳に引っかかった…

復讐 その言葉だけが…



「帰っちゃったね、エウロパ」

「ああ…」

一人席に着き 考え込む私にデティが呟く、エウロパは帰ったようだ…私に宿題だけを突きつけて、期限は一週間後 いや今日はもう終わるから実質6日後か、さて 如何にしたものか

「なぁ、メルクさん どうすんだ?そのソニアとか言う奴 解放するのか?」

するとラグナは私の隣に座り聞いてくる、その顔は随分冴えており…フッ やっと冷静になったか、遅いぞ指揮官

しかし、ソニアを解放するか… 今無理矢理答えを出すなら『解放したくない』だ、解放しないではなくしたくない、つまり私個人の感想になる…気持ちだけを優先するならソニアは解放したくない

ソニアを解放すれば、きっとアイツはまた悪逆の限りを尽くす、例え王座が無くとも 奴は自由さえあればまた上手くやるだろう、なんでそんな奴をエウロパが解放したいのかはか分からん

だが一つ言える、エウロパは己の全てを捨てでもソニアを解放しようとしている、正気とは思えん

「…ラグナ、君はどう思う」

「俺か?、そりゃエリスを解放したいって気持ちはあるさ、だが メルクさんがエリスの解放と天秤にしても悩むくらいの奴なんだろ?ソニアってのは」

「そうだな、デルセクト内でアルクカースとの戦争を起こそうと暗躍していた存在だ、それ以外にも多くの悪事を成していた、解放は出来ん」

違法な麻薬の製造販売…、戦争の為暗躍、数多の人間を騙し借金地獄へ叩き落とし、そして何人もの人間を拷問で苦しめ殺した…、解放はない 絶対に

だがそれではエリスが…

「そっか、じゃあソニアを解放するって線は無しだな」

「ああ…、だがこのままではエリスが…」

「そうだ、エリスを見捨てるって線もなしだ、だがよメルクさん そのソニアって女はエウロパに信奉されるような人間には思えないんだが」

そりゃ私も同じ感想だが、ソニアはあれで好かれる人間には好かれる 彼女の専属メイドのヒルデブランドにはかたを忠誠を誓われていた、いや あれは好かれているとは違うのか…

「そうだな、だが だからなんだって言うんだ?」

「いや、単純に気になっただけだよ、なんでエウロパはソニアを解放したいのかってな」

「………………」

なんで…か、思えば私はここ最近 そんなことばかり考えている気がする、なんで どうして 奴らの狙いはなんだと

そしてそれを暴くのはいつだって思考熟考ではない、行動だ

「…よし」

「ん?、どうしたメルクさん」

「いや、ここで考えていても何も始まらないと思ってな、何をどうすればいいかはわからん だが、一つ引っかかることがあるんだ」

「ほう、なんだ?」

「内緒だ」

「あ、おい!どこ行くんだよ!」

ラグナにそれだけ言い残し、コートを羽織り 帽子を被る、やるなら行動あるのみ、エリスを助けると約束したのは私なのだ、ならば私がなんとかせねばなるまい…

「ラグナ、今日から一週間私は学園を休むとだけ伝えておいてくれ」

「いやいや、メルクさんが動くなら俺達も…」

「いやいい、君達は学園へ行け流石一週間も私たち全員が休むのはまずいだろ、何 私一人でもなんとかなる計算だ、頼んだぞラグナ」

「何言って…」

「安心しろラグナ、次会うときは必ず エリスをここに連れ戻して帰ってくる」

 ラグナの返答を待たずに私は廊下を抜け 扉をあけて外に出る、最早世界は暗く彩られており街に灯っていた民家の光も疎らに消え始め、ただでさえ寒い空気はより一層凍え 息は白く染まる

「…シオ、いるか?」

そう私が虚空に呟けば 影からぬるりと男が現れる、私の側近と一人 シオだ、シオは影から現れるなり私に跪き

「命令は…」

「今すぐデルセクトと連絡を取り確認してほしいことがある、出来れば五日の間に…出来るか?」

「貴方が望めば」

「ならば良し、時間がない 動くぞシオ」

「御意」

そう言うなり懐から取り出した紙にサラサラとその要件を書き込む、…それをシオに手渡せば彼は御意の二文字と共に影と消える、はっきり言って無理難題だ とんでもない無茶ぶりを言っていることは理解している、どうすれば実現出来るか私にも分からない

だがシオは私が望めばなんとでもすると言った、ならそれを信じる…信じる他ない、今は兎に角時間がないのだ

「さてと」

唇を舐め襟を立て風を凌ぐ、シオが動いている間私は遊んで過ごしているわけには行かない、エリスを助け ソニアは解放しない、その実現の為にはやらなくてはならない事が山とある

こうしていると 昔を思い出す、同盟首長になる前の軍人時代 口を蝕む悪を退治する為戦っていたあの頃を、これはあの時と同じだ 守るべきものを守る為の戦い

エリスを救う その為に私は進むのだ、荒ぶ空風の中を進む 囚われたエリスとソニアを望むエウロパ、この両名の問題を一挙に解決する方法に覚えがある

先ずは裏を取る、そこからだ…時間はない 急がなくては

…………………………………………………………

夜、善なる者は一日の仕事を終え眠りにつく時間であると同時に 悪しき者 なんらかの事情があって表通りを歩けぬ者達が目覚め 動き出す時間、まぁ それと同じくそんな悪しき者を排除しようとする者達の時間でもあるのだが 軍人を引退した今の私には関係ない事だ

「…噂通り、ここにあったな」

そこは裏通りにある、一見すると何もないように見える裏通り 建物と建物の間にあり、ゴミで汚れた汚い小道 、文字通り何もなく 進んでも行き止まりがあるだけでこの街に詳しい人間ならば立ち入らない そんな袋小路

だが それは昼間だけの話だ、夜になれば行き止まり…いや 壁と思われていた扉が開き、奥に続く道が現れる

道の先にあるのは酒場だ、秘密の酒場…真夜中だと言うのに中は煌々と明るく 薄汚い風貌の男、誘うよう下品な姿をした女が酒を酌み交わし盛大に笑う酒場だ

当然ながらただの酒場じゃない、昼間は入り口を隠してる酒場が真っ当な場所なわけがない

…しかし汚い場所だな と、コートと帽子で顔を隠すように酒場の入り口に立つメルクリウスは心の中でため息を吐く


「よう、お嬢さん ここらじゃ見ない顔だな、新入りかい?」

「ああ…」

「おっと、警戒しないでくれ?ただの挨拶だ…ここじゃあ互いに詮索しないのがルール、お前も分かってるよな」

入り口に立っていると、腰に剣を差した親父が声をかけてくる、一見すれば禿げ上がった酒臭い親父だが、…こんなにも顔を赤くし酔っ払ってるのに足取りに隙がない

こいつは殺し屋だ 或いはそれに準ずる職業の男だ、いやこの男だけじゃない 

あそこで乾杯をしている女も 酒を楽しむようでいて常に左手は懐のナイフに手が届くよう動いているし、向こうの老父は杖に剣を仕込んでいる 、あっちで酔い潰れている男は酒の匂いとともに血の匂いを漂わせている

ここにいる人間全員が 一般人ではないのだ、それもそのはず ここは酒場であると同時に裏社会の窓口なのだから

所謂犯罪の裏稼業のギルド 、殺しの依頼 盗みの依頼 表沙汰に冒険者協会に依頼出来ない仕事を取り扱う闇の組織、その支部の一つなのだ

表沙汰には出来ないから隠しているし、真っ当ではないから真っ当じゃない人間ばかりが集まる、所謂掃き溜めだよここは

「ふぅ…」

適当な椅子を見つけて座る、この手の裏社会なんてのは何処にでもあり そう言う連中を匿い仕事を与えるシステムというのはどの街にもある、当然 我が国にもあった

表で生きる人間と同程度の人口がこの裏の世界にもあるんだ…ここは、そんな表と裏の境界線と言えるだろう

「親父ー!酒もう一杯ー!」

「随分金払いがいいなぁ!、ちゃんと払えんのか!?やっぱ足りませんってんならバラして埋めるぞ!」

「大丈夫大丈夫…、この間割のいい仕事で儲けたんだ 、隣国でよ 首一つ取るごとに金貨4…割りがいいぜ、まぁ 危うく俺も始末しかかってこんなところまで逃げるハメになったんだがな!がははは!」

「間抜けな話だな!ほらよ!」

誰をどこで何人殺したか、ここに来るまでにどんな仕事をしたか どんな事をしたか、世で言う所の違法に当たる行為を平然と吐露し吹聴する酒場の人間達、あちこちから聞こえる嫌な会話

昔の私なら銃をぶっ放してお前ら全員ブタ箱行きだと暴れただろうが、同盟首長になった今なら言える、彼らも彼なりに生きているんだ 裏社会も社会の一つなのだ

我がデルセクトにもこの手の裏の酒場や組織はあるし 私は認知しているが、黙認している 国民に過度に損を与えない限り 国営に影響を与えない限り見逃している、こう言う奴らにも役割があるし

何よりここでこいつらを潰しても意味がない、ゴミ箱を退けてもゴミがなくなるわけじゃないからな

「よう、嬢さん…酒も頼まず聞き耳立ててるとは、楽しそうな遊びしてるじゃないか…俺も混ぜてくれよ」

「………………」

すると私の目の前に男が座る、シャツはシミとシワで汚れており 毛むくじゃらの髭は髪と一体化しており境目がない、悪漢のお手本みたいな男が椅子に座り私の睨む

襟を立て帽子を深く被り顔を隠す、顔を見られたら面倒だからな

「酒は好きじゃないんだ」

「そうかい、じゃあ噂話の方が好きかな」

「まぁな…お前は?」

「俺ぁガービン…、っていやぁわかるか?」

ガービンか、知っている 情報屋だ、私はこいつを目当てにここに来たのだ、こいつも…ガービン自身も私がそれを欲していると察して寄ってきたのだろう、こう言う男は仕事と金の匂いに聡いからな

…ここらで少し整理しておくか、私がここにいる理由と何故ここを知っているか

知っている理由、単純だ 私は街に来た時からこの街の内情を調べていた…何故かと言われると答えようがないな、私はそれが普通のことだと思っていたからだ

どこに何があるか、表裏を問わず この街の要人は何処にいて何をしているか、メモで書き留め分かる範囲で調査をしていた いつか何かの役に立つと思ってな、ラグナ達には内緒だが…

その調査はシオが来てから劇的に精度を増した、この酒場も彼のおかげで知ることが出来たと言っても過言ではない

そして、ここに来た理由だが 、まぁこちらは簡単だ この情報屋ガービンにいくつか聞きたいことがあるから来ただけだ、この男はシオが私を見つける時に情報を渡した男でもある、シオ曰く本人は兎も角情報は信用してもいいようだ

「ほぉん、俺はこれでも顔が広いんだが…お前みたいなやつは裏じゃ見たことない、怪しいな…」

「ここには怪しくない奴がいるのか?意外だな」

「ちげぇねぇ」

私の正体はバレるわけには行かない、私がデルセクトで麻薬組織を壊滅させたのは裏じゃあまりに有名だ、シオ曰く 裏での私の評判は頗る悪い、当然だ 裏組織にとっての大手の取引先を潰したわけだしな私は

ラグナ達を連れてこなかった理由もそこにある、私たち三人組はこの街じゃ超がいくつついても足りないくらい有名人だ、そんな奴らが三人固まって動いていたらすぐにバレるからだ

私一人なら軽い変装で凌げるからな…

「まぁいいや、俺は金さえ貰えりゃなんでもいい、で?何が聞きたい」

「ガリレイ家についてだ」

「ガリレイ家についてって言ってもなぁ、アイツら法務大臣だろ?俺達にとっては死神みたいなもんだ、そんな奴の事 知ろうとも思わねぇからなぁ」

「はぁ…そうか」

何も知らないと言うガービンの前に金貨を一枚転がす、どうやら気付けの鼻薬がいるようだ

「おお、金払いがいいねぇ…」

「ガリレイ家のエウロパの事が知りたい、お前なら知ってるはずだ」

「へへへ…まぁな」

ガービンはそそくさと金貨を受け取ると それが本物であることを確認し懐へ納める、私はここにエウロパの事を聞きに来た、彼女のことを知らない限り 何も出来ないからな

行動行動と言っても行き先が曖昧じゃその道行はただの散歩になる

「エウロパ・ガリレイ…ここらの界隈じゃ引きこもりのお人形姫って名前で有名だな」

「引きこもり?…」

「おう、昔は神童と謳われた天才だったんだが 神童は神『童』…大人になれば見る影もなくなるのは普通のことさ、幼い頃の才能も無く 今は日がな日な自室に閉じこもってお人形に囲まれる日を送ってるって話さ、辛うじて学園にゃ通ってるが 一般生徒の前には全然姿を見せてねぇ」

なるほど…と思うような情報は何もないな、寧ろ容易に想像がつく範囲だ、彼女は偶にアマルトにくっついているのは見るが、カリストやガニメデのように学園内を闊歩するところは見たことがない

そんな事は言われなくても分かってるぞともう一枚金貨をテーブルに無言で叩きつける

「…エウロパは元々友達を作るのが苦手とかそう言う話は聞くな、元来ガリレイ家は公平性を保つ為友人を作ることを禁じられている家柄でエウロパ自身その仕来りに従ってるとも言える」

「そうか、真面目な奴なんだな?」

「そう聞いてるが?、親の言う事なんでも聞く それこそ人形みたいにな そう言うあたりも揶揄してお人形姫ってあだ名なんだろ、そんな優秀な娘が引きこもってご両親は泣いてるって話だぜ?」

「なんで引きこもったんだ?」

「さぁな、何か…あったと聞くが…、いや悪い これはマジでしらねぇ」

「そうか」

ガービンの様子は私の金を取ろうとしている様子はない、これは本当に知らないんだろう、情報屋は信頼が命だ 知らない事でまで金は取らないのだろう、これは温情ではなく私からまだ金を取れると踏んでの潔さだ

私を顧客にしたいんだろう

「では質問を変えるが…エウロパとソニア・アレキサンドライトの繋がりは知っているか?」

「は?ソニア?、ソニアってあのメルクリウスに捕まったって怪物王女だろ?…なんでそんなこと聞くんだ?」

「情報屋は聞かれた事にだけ答えろ、知ってるか?」

「いやいやお前…、何わけわかんねぇこと…」

はぁ、そう言う駆け引きはもういいんだ 一枚一枚出すのがもう面倒だ、懐に手を突っ込み…取り出す 麻袋、拳よりも少し大きい程度の袋をテーブルに置けばドスンとことを立てる

その袋の中が何か、分からない人間はいない その音に思わず周囲の酔いどれ共の目が一斉にこちらを向く、当然ガービンも…いや 彼は顔を青くしているな

「言え、接点はあるのか?ないのか?」

「おま…なんだこの額 何者だお前…」

「いいから言え、さもなくば…」

ポッケに手を突っ込みもう一つ同じ大きさの麻袋をテーブルに叩きつける、さもないともっと金を積むぞ、良いのか?

「ま 待て待て待て、やめろやめろ」

情報屋は出された対価に値する分の情報を全て出すのがルールだ、このまま私が金を積み続ければ貴様 母親のケツの毛の本数まで吐くことになるぞ、それでもいいのなら…ともう一つのポッケに手を突っ込み

「分かった!答える!」

「…で?、あるのか?」

「…………俺の知る限りでは 無い、いや 断言できる絶対にない、ソニアはこの国に留学していた事はあるが エウロパとは時期が被ってないし 顔を合わせる機会もなかった、接点なんてないどころかカスリもしてない、事実だ 間違いない」

「そうか」

情報屋たるこいつが間違いないと言う言葉を口にした以上 ソニアとエウロパの接点はないんだろう、…諦めてポッケから手を引き抜く そう怯えるな、もう金は積まんよ

「なぁ、なんでそんなことを聞くか聞いてもいいか?」

「エウロパがソニアの釈放を望んでと聞いたんだ、だから彼女がソニアを釈放を望む理由が知りたかった」

「そんな話は初耳だな、へへへ 面白い話聞いたぜ」

しかし接点もないならなんでソニアの事を解放したいんだ?、噂でソニアの事を聞いて勝手に尊敬したザカライア的理由か?、いや…だとしても地位も何もかも投げ捨てるほどか?

ザカライア様もベオセルク殿を尊敬しているが、もしベオセルク殿が窮地に陥ったら玉座を捨てて助けに行くか?…ううむ、行きそうな気もするが それはザカライア様がバカで不真面目だからだ

親の言うことばかり聞く優秀な子がそんなことするか?…そこは考え難いな

「ほかになんの接点もないのか?」

「ないよ……いや、悪い さっきの話訂正させてくれ、ほんの一カスリもはしてたわ」

「何?本当か?」

「ああかするって言ってもほんの少しなんだがな?、…確かエウロパの侍女が一人 ガリレイ家の侍女をやめて転職してたはずだ、ソニア・アレキサンドライトの家に」

「ソニアの家に!?本当か!」

「ここで嘘言うわけねぇだろ、これを前にして」

そう言うガービンの目はテーブルの袋に向けられる、しかし そうか…エウロパの侍女がソニアのところに、はっきり言えば昇進もいいところだ

何せいくら法務を司るとは言えコルスコルピの一介の貴族でしかないガリレイ家よりもデルセクトの五大王族の一角であるアレキサンドライト家に仕えるんだ、レベルが違う…何が理由かは分からないが、エウロパは侍女をソニアに取られた形になるのか

「その侍女の名は?」

「えぇっと、ちょっと待て?確か…そう、確かぁ…ミノス、ミノス・アリヤダーバ…」

「ミノス?…ミノス…ミノス!」

聞いたことがあるぞその名前!、そうだ!カリストが昼間口にしていた名前!そしてエウロパが抱えていた人形の名前だ!、そうか ミノスとはエウロパの元侍女 現ソニアの従者だったのか!

いや、だが待て 確かソニアにはヒルデブランドしか侍女がいなかったはずだぞ?、護衛や衛兵は数多く抱えていたが 侍女はヒルデブランドだけだ 

なら、ソニアのところに行ったならミノスはどこへ行ったんだ?

「ミノスはその後どうなった!、今はどこにいるんだ!?」

「しらねぇよ!ソニアん所にはガチで手を出しちゃいけねぇんだよ!、手ェ出したらどうなるかわかりきってるだろ!?、あいつの情報探ろうとしたやつが何人消えたか分からないんだよ!」

確かに…奴は自分の悪事の露呈を何よりも嫌っていた、いくら情報屋と言えどそこまでは知らないか、でもそれじゃあミノスはどこへ

……そういえば、私はカリストから最初その名前を聞いた時 どこかで引っかかりを覚えたな、あれはなんでなんだ?私はもしかして どこかでミノスの名前を聞いている?

くそ!、思い出せメルクリウス!、このミノスの情報はソニアとエウロパを繋ぐ唯一の情報だ!、もし二人の間の何かが知ることができれば 何か妙案が思い浮かぶかもしれない、糸口になるかもしれないんだ

思い出せ思い出せ思い出せ!、頭を抱え脳みそを絞るように考える こう言う時エリスの記憶力が羨ましいよ、だがエリスはミノスを知らなかった つまり…

「ッ!…そうか…そう言うことだったのか」

一つ 思い出した、ただそれだけで全てのピースがパチパチと揃って一つの絵を完成させていく

そうか…そうだったのか…、エウロパは ソニアは ミノスは…、だから私なのか だからエウロパはそこまでの執着をソニアに、ミノスは…そうだったんだ、だから復讐なのか

私は ミノスの名を知っている、本人に会ったことはないが 知っているんだ

「ご苦労、知りたいことは知れた」

こうしてはいられない 道が見えた、全てを解決する糸口…否 出口が、ならば後は動くだけだ 目的達成に向けて、もうここには用がない とっとと次に向かおう

そう、立ち上がると

「待てよ、あんた」

「なんだ、まだ何かあるか?」

呼び止めたのはガービンだ、彼は私が置いた麻袋の中を見て仰天している、確認せずとも全部金貨だ、数えてないが 軽く2~300枚はあるはずだが、まさか足りないのか?

「な…なぁ、こんな額ポンと出せるなんて…アンタ何者だ?」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって、…アンタまさか」

「ガービン…、私の情報は高くつくぞ?」

「っ…わ 分かったよ、何も聞かないし 俺は何も知らない、それでいいか?」

ああいいとも、利口な男だ その仕事熱心さに免じてまた今度頼ってやろう、背中に刺さる視線を無視して裏の酒場を後にする、ここにいる連中の大多数は犯罪者だろう だがそ その裁定を行うのはコルスコルピ国家でありその司法を任されたガリレイ家だ、私が下手なことをするのは逆にこの国の国益に打撃を与える可能性があるからな

「ミノスの行方か、エウロパはこの事を知ってるのか?…いや知るまい、ならば」

エウロパの狙いが分かった、ソニアの解放を望むのはきっとそう言う事だ、ならば飛べばいい 一足跳びに答えに

目的は分かった、後は時間との勝負だ …眠い目をこすりながら先に進む、とにかく先へ…

…………………………………………………………

「………………」

暗く薄暗い獄内、灯りも最低限しかないから 外が今昼なのか夜なのか 確認する術はないし、なんなら囚人にはそんな事関係ないから気にする必要もない

エリスも無実の罪とは言え今は囚人、やることもないしこの際魔力制御や魔術の訓練をして過ごそうと思っていた、エリスに今できる事はみんなを信じて待つことだけ…そう 思っていたのだが

「あの…」

今エリスは睡眠すら取れず 目の前の状況に困惑するしか出来ていない…、何故か?拷問を受けてるとか?、これが拷問だとするなら まぁ…ある意味では正解だろうが、違う 拷問ではない

「もうエリス寝ていいですか?」

「…もう寝てしまうの?」

エリスの檻の前に座りジッとこちらを見るエリスを見るのはエウロパだ、彼女はエリスと話を終えるとしばらく何処かに消え、たかと思うとまた戻ってきてエリスの目の前に座って エリスの旅の話を聞かせろと強請ってきた

「もう話のネタがないの?」

「そんなことはありませんが…、あの エリスとエウロパさんは敵同士…なのですよね?」

「アマルトとイオが敵対してるだけよ、私には関係ない…まぁ 貴方達と接触する時 貴方達を潰すって約束しちゃったから いつか潰すけどね、今すぐとは明言してないから」

そんな詐欺みたいな…、でもそっか エウロパ的には敵対とかそう言うのはどうでもいいのか、思えばカリストもガニメデも『アマルトと敵対してるから』と言うより己の思惑や願望の方を優先して挑んできた

アマルトに行けって命令されてるわけじゃないんだな、彼等も…だからエウロパはそこまでエリス達の攻撃に積極的ではない、…のだと思う

「で?、デルセクトでの冒険はどうなったの?」

「…なんでそんなにエリスの話を聞きたがるんですか?」

「別に、意味なんてないわ…暇つぶしよ」

暇つぶしか、そっか こんな真夜中まで暇なのか、エリスなら寝るけどな と言うか寝たいんだが、エウロパはエリスの冒険の話を聞きたがる ずっと、それでまぁ楽しそうにするなら別にいいんだが 何を話しても眉一つ動かさない

『ふーん』『へー』『そうなんだ』、この三つが彼女の相槌のレパートリーだ

彼女はあんまり話を聞くのが上手くない、エリスの話が上手いかと言われると視線を逸らしたくなるが、それでもこう 話していてあんまり…

「もしかして楽しくない?」

「へ?」

「楽しくないならそう言って」

楽しくないって…エリスが?、エウロパが楽しむ為に聞いているのではなく エリスが楽しいかどうか…なの?え?どう言うこと?

返答とエウロパの心が分からず危うく首を傾げそうになると

「待ってて」

そう言うと立ち上がりテケテケと何処かに立ち去るエウロパ、そして数分文字通り待つと 再び同じようにテケテケ戻ってくる、その両手にいくつか人形を抱えて…それで

「はい、これ…貸してあげる」

その言葉と共にエウロパは牢の隙間から差し出してくる、今しがた持ってきたぬいぐるみをヌッと差し出すのだ、え?これ貸してくれるの?…いや貸すってなんで

「あ ありがとう…ございます」

拒否する理由もないし受け取る、渡されたのは熊のぬいぐるみだ、もしかしてエウロパは人形が好きなのかな、いつも女の子の人形を抱えてるし 

むっ、このぬいぐるみ高いやつだ、生地がいい フカフカだ…

「………………」

「………………?」

ただに気なるのは、ぬいぐるみを渡したエウロパの視線

見てくる、超見てくる…真顔でジッとエリスを観察するように、差し詰め餌を与えた動物の様子を観察する子供のように、なんだこれ…

「もしかして熊嫌い?」

「い いえ別に、ただ…なんでぬいぐるみを貸してくれたんですか?エリス囚人ですよね」

「なんでも何もないわ、暇つぶしよ」

暇つぶし またそれか…でもこれじゃあエウロパの暇なんか潰せ…

あ、もしかして

「あの、その暇つぶしって もしかしてエウロパさんの暇ではなくエリスの暇つぶしですか?」

「……最初からそのつもりだったのだけれど」

なるほど、通りで訳が分からないはずだ お互いの認識に違いがあったのだから

エウロパさんはエリスが獄中では退屈だろうと暇つぶしをしてくれようとしていたんだ、話し相手として話を聞いたり ぬいぐるみを差し入れしてエリスが少しでも退屈したりしないように気を使ってくれていたんだ

「…伝わらなかった?、ごめんなさい…私人と話すの得意じゃないから」

「いえ、でもなんでそんなエリスに気を使ってくれるんですか?、エリスは敵…なんですよね」

「だから、そう言うのに私は関係ないの…ただ、私の都合で貴方を無理矢理牢に入れてしまったから、…その 申し訳なくて」

申し訳ない…今申し訳ないと言ったのか?この人は、まぁそりゃいきなり無実の罪着せて投獄すりゃ申し訳なんてある訳がないが、…しかし悪いと思ってるのか

つまり 敵意もないし悪意もないが、それでもエリスを捕まえてやりたいことがある…ってことか

「…エウロパさん、貴方はエリスを捕まえて何をしようとしているんですか?」

「………………貴方には関係ないわ」

「関係ないですか?」

「ええ、全部終わったらちゃんと外に出してあげるから…ちゃんと終わったならね」

ちゃんと終わったら…か、やはりエリスに出来ることはないと言うことか、何が起こっているか判然としないが、そうだな ならやはりみんなを信じるしかないのだろう

「じゃあ私は帰るわね、…私との話は面白くないみたいだし、それじゃ…」

「ええ、また明日…良ければエリスの話の話の続き 聞いてもらえますか?」

「……わかったわ」

とだけ言い残すと やはり彼女は闇の中へと消えてしまう、熊のぬいぐるみだけを置いて

じゃあ、エリスも寝ようかな…みんなならなんとかしてくれる、きっと…
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