孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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七章 閃光の魔女プロキオン

181.孤独の魔女と人魚の夢

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ミハイル大劇場にて エフェリーネさん相手に演劇を披露し、これまたコテンパンにのされたクリストキント旅劇団一行、中にはあまりにも落ち込み 終始床と睨めっこをしている劇団員もいるくらい クリストキントにとっては衝撃的な出来事であった、がしかし

だからと言って何かが大きく変わるわけじゃない、エフェリーネさんから公演の仕事代を貰ったクリストキントは 再び拠点を移すのだ、普通はこんな短期間で街を移動したりはしないが…

今は目的地もある、何よりこれ以上エフェリーネさんのお膝元に長居したくない という意見も出たこともあり、クリストキント達はそそくさと逃げるようにルクレティアの街を後にする事になった

故にエリス達は再び馬橇での雪原の旅に出る事になった…

「…………」

ぼんやりと、ズリズリと動く橇の中で風を凌ぎながらエリスは考える、今ある情報の整理と状況の確認だ

というのも、実はエリス達がルクレティアの街を旅立つ前に クンラートさんから言われたのだ

『ルクレティアの街では仕事は見つけられなかったが、ルナアールの情報は手に入れることが出来た』…と

有難い事にクンラートさん達は仕事探しと並行してルナアールの情報を集めてくれたようなのだ、と言っても 真新しい物は特にない、強いて言うなら奴の行動の法則と条件が分かった事くらいか

怪盗ルナアールは五つの条件を元に動いている

一つ『盗みに入る場所に必ず予告のカードを送る、カードに書かれた物は必ず盗み、カードに書かれていないなら絶対に盗まない』

二つ『奴が狙うのは必ず悲恋の嘆き姫エリスに関する物品のみ』

三つ『一度盗みに入ると奴は必ず3ヶ月の間を開ける』

四つ『活動範囲はエトワールのみ』

五つ『卓越した力を持つが絶対に人は殺さない』

恐らく奴自身が己に課したルールと盗む上で必要な条件が合わさった結果だろう、何故予告カードを送るのか 何故嘆き姫関連のものだけなのかは分からないが もうそういうものとして定着しているらしい

まぁ何にせよ、一週間ほど前に奴がレンブラント伯爵の所に盗み入った以上 次に現れるのは3ヶ月後になるのだ…、上手くその場に居合わせることが出来たなら幸いだが…

「面倒な事になりましたね…」

嫌な奴を敵に回してしまった、行動パターンが読めず 行動範囲はこの大国全域、正体も分からないから思考回路も読めない、オマケに例え見つけたとしてもアイツは師匠やモースに並ぶくらいの実力者

どうすればいいんだろうなぁ…、まるで正解が見えてこない…、切羽詰まってはいないが 地味にエリスの旅の中で一番の危機に直面していたりするのか?これ


「どうした?エリス、考え事か?」

「ええ、師匠…実は」

と纏まらない 意味のない思考を一旦途切り、師匠の呼びかけに応えると…

「…師匠?なんですか?その格好」

ふと、目を向ければ何やら師匠が珍妙な格好をしていた、ピンクのリボン ピンクのフリフリのワンピースを着込み、なんかこう…とても普段の師匠が着るような服ではない

「言うな そして見るな…」

「ごめんねエリスさん、レグルスちゃん いつもダボダボのコート着てから可哀想で、うちの劇団員のお下がりになるけど サイズが合う服を見繕ったんだ」

とはナリアさんの談、なるほど 確かに師匠は普段のイカした黒コートを縮んだ今も着込んでいたが、正直ダボダボで 本人も着辛そうにはしていた

それに、エリス達は小さい子供の服なんてのは持ってない、エリスが昔着てきた服なんかは学園のいじめの所為でズタズタにされて無いしね、ナリアさんも親切心でやってくれたんだろう だが

「ナリアさん…あんまりうちの師匠を着せ替え人形みたいにするのは…」

「いやいいんだ、サトゥルナリアも親切心でやってくれているのは分かるし、何よりもう子ども扱いも慣れた」

「慣れる必要はありませんよ、師匠はかっこいいんですから…そうだ」

と 己の着込んでいるコートを脱ぎ、師匠の肩に羽織らせる、うん エリスのコートは師匠のそれより些かサイズも小さいし、これならまぁ悪くはないだろう

「い いいのか?エリス」

「構いませんよ、でも元に戻ったら返してください?、それ宝物なので」

「え エリスぅ…」

「えへへ…ぃえっくしょい!」

なんて格好をつけるも大きくくしゃみをした上鼻水がでろーんと垂れる、いやまあ馬橇の中とはいえ 外は雪原…極寒地獄だ、そんな中コートも無しじゃ流石に冷える

「す すみませんナリアさん、師匠の服はお返しするので、出来ればエリスに防寒具か何かを…」

「あ!うん!分かった!…けど、あんまり可愛いのはないよ?」

「大丈夫ですよ」

別におめかししようってガラじゃないしね、エリスの頼みを受けナリアさんは馬橇の積荷の中からベージュの如何にもって感じの毛皮のジャンパーを取り出す

ほう、暖かそうだ…毛皮の中に綿が入ってるのか、ややモコモコで動き辛いが、師匠が元に戻るまでは こっちがエリスの衣装になりそうだな

「はい、どーぞ」

「ありがとうございます…、ん?お? あれ?暖かい」

ジャンパーを身に纏うとその異様な暖かさにやや面食らう、この極寒の中放置されていたにも関わらず ジャンパーはまるでさっきまで誰かが着ていたような暖かさを秘めているのだ、なんだこれ

「えへへ、寒いかな と思って、簡単だけど暖房陣を書いておいたんだ、ほら 胸のところ」

「え?…あ 本当だ」

見てみれば胸には簡単ながら小さく何か模様のようなものが刻まれている、これは魔術陣だ…物凄く簡素だけど 確かに魔力の秘められた魔術陣だ、これ ナリアさんが描いたのか

「って、ナリアさん 魔術陣使えるんですか?」

「うん、見てて?」

というとナリアさんは懐からペンを取り出し 積荷から紙の束を取り出すなり、サラサラとその上に慣れた手つきで魔術陣を書き込んでいくのだ、なんて思う間に ナリアさんは紙にひとつの陣を書き上げる

「それは…」

「これは『衝破陣』、陣を中心に衝撃波を放つって魔術陣なんだ、これをね?…裏返して、裏側にナイフで切れ込みを入れて…折りたたんで…」

魔術陣の書かれていない裏側にナイフを軽く走らせ切れない程度の切れ込みを桝目状に切れ込みを手早く入れ、それを二つ折り 四つ折り 八つ折りに小さく畳み込むと共に…

「それっ!」

折りたたまれた紙はくるりと宙を舞ったかと思えば、次の瞬間にはポンと小さな音を立てて破裂、切れ込みを入れられた事もあってか 紙は破裂と共に綺麗な桝目に分裂しハラリと舞い落ちる、まるで細雪のように いやこれは

「紙吹雪?」

「うん、魔術陣を用いた紙吹雪だよ、魔術陣は演出として使えると便利だからね、小さい頃必死になって覚えたんだ」

へぇ、こりゃたしかにいいなぁ、さっきみたいな魔術陣を書き込んだ紙をたくさん用意すれば そりゃ圧巻の演出になる

思い返してみれば劇場には光を放つ魔術陣を光源とした演出も使われていたし 演劇と魔術陣は結構密接な関係にあるのかもしれない

もう一枚の紙に同じ陣を書き 、またも同じ手順で紙吹雪を量産していくナリアさん、いやしかし その手際は本当に素早い、いくら書いている陣が小さいとはいえ あんな精密な陣形をサッサッと書くなんて

「ほう、随分手早く書くな…、プロの魔陣師でもその速度で書き込める奴は少なかろう」

「え?、いやだな僕なんて…、プロの方に比べたら全然ですよ」

「習慣とは上達の最たる母だ、サトゥルナリア…お前 小さい頃からこれを続けているのだろう?」

どうやら師匠の目から見てもナリアさんの手早さは眼を見張る物があるらしく、ほうほうとナリアさんの手を見て顎を撫でている、やっぱり早いんだ…、でも多分これは才能云々のものじゃない

ナリアさんのいうように小さい頃から続けている習慣ゆえだろう

「あはは…まぁ、そうですね、僕がこの劇団に預けられたばかりの頃は まだ舞台にも立てないくらい小さかったですからね、何か役に立てることはないかと探している時に 王国の魔陣師の方と知り合って…その時教えてもらいまして、それからずっと 劇に使う小道具として作り続けているんです」

5歳の頃からか、エリスもそのくらいの頃から続けている魔力操作はもはや曲芸の域に達している、デティ曰く見せるだけでお金取れるレベルらしい

長く継続してやっていることとは どうやったって抜きん出るものだ、ナリアさんの場合 この魔術陣がそれなのだろうな

「……ふーむ」

しかし、魔術陣か …これ 覚えられたらかなり便利なんじゃないか?、陣形を書くだけならエリスにでも出来そうだ、ナリアさんの手の動きを覚え 模様を覚えるのならエリスの得意分野だし

…試してみるか

「ナリアさん、それエリスもやってみていいですか?」

「え?うん、いいよ」

「フッ、…まぁ やってみろエリス、魔術陣がどういうものかは 己で試せば分かろうよ」

なんて師匠に笑われながらナリアさんから紙とペンを受け取る、…さて 試すのはさっきの衝破陣だ、形は覚えた 手際も手順も完璧に記憶した、なら後はそれを再現するだけ…

「おお、エリスさん 流石、見ただけでさっきの魔術陣を書けるなんて、凄い記憶力だなぁ」

「まぁ、このくらいの大きさなら」

ナリアさんの書いたものを写したかのように魔術陣をコピーする、エリスからすれば頭の中の映像をなぞるだけでいいからね、手際の速さもまたナリアさん級だ

うん、このスピードで完成するなら もしかしたら実戦でも使えるかもしれないな

「完成したこれに切れ込みを入れて、折りたたんで…出来ました…よっと!」

そうして完成したそれをくるりと空中に投げる、書き込まれた魔術陣は己で勝手に魔力を集め 収束させ、書き込まれた命令通りに紙を内側から爆ぜさせ 紙吹雪として宙を舞う


「あれ?」

事なく、折りたたまれた紙はそのまま静かにエリスの手の中にポスリと落ちてくる、あれ?爆ぜない それどころか魔力も感じない、…何処か間違えたか?確認する為紙を広げてみても、うん 何も間違ってない筈だが…

「あれぇ…おかしいなぁ…」

「ごめんね エリスさん、ちょっと見せて?」

「え?あ、はい…どうぞ」

ナリアさんに詰められ魔術陣の書かれた紙を渡せば…

「…うん、エリスさん ここの線がズレてるよ」

「え?、…あ 本当だ」

よくよく見てみれば内側で複雑に絡み合う線の一本が やや右側に寄ってしまっているのが分かる、って ほんのちょっとの差じゃないですか!、よく見比べないと分からないレベルの…

「後、こことここと、そこと…ああ この部分もズレてるね」

「えぇ…」

そんなにズレてました?…おかしいなぁ…、なんて首を傾げるエリスを見て師匠がフッと笑うと

「いいか?エリス、魔術陣とは線が爪の先一つ分ズレても発動しないくらいデリケートなものなのだ、故に 魔術陣を引くにはそもそも筆を操る技術が必要となる…、師匠の私がこういうの方なんだが お前には画才がなさそうだ」

うぐっ…、そういえば学園にいる時にもあったな、エリスの手書きの地図はとても分かりづらいとガニメデさんに言われたことがあった、…どうやらエリスには何かを綺麗に書く才能はないようだ

…いやそれだけじゃないな、多分 綺麗に書こうと思えばエリスにも書ける、けど それは多大な時間がいるのだ、それこそ半日とかそれくらいの、スピードを求め それを実現させる…そこに必要なのは画才ではなく 恐らくは慣れだ

ナリアさんは特段絵が上手いわけではないが、それでも慣れているからこそ あんなスピードで書けるのだ、一朝一夕の思いつきでエリスが真似出来るものじゃないんだろう

「はぁ…、すみません ナメてました、エリスナメてました魔術陣…、見るよりもやる方が難しいんですね…」

「そうだぞエリス、魔術陣も変わり種ではあるが一つの魔術体系、楽に取得できる魔術などこの世にないんだ、それを理解したら 楽に手札を増やそうとするなよ?、付け焼き刃程怖いものはないからな」

「はい、師匠」

そうだな、やってみて分かったこの魔術陣、取得難易度はエリスが今まで見てきた現代魔術の中ではトップクラスに高いと言える、必要とする技能の数があまりにも多いんだ、おまけに一つ作るのに時間もかかるし …

とてもじゃないが戦闘には使えない、…演劇でよく使うエトワール以外で使われていない理由がなんとなく分かった気がする

「まぁ、僕からしたらエリスさんの魔術も凄いと思うなぁ、だって空飛ぶ魔術でしょ?」

「ええまぁそうですけど、空飛ぶだけじゃありませんよ?…ってそういえばナリアさんにエリスの魔術 見せたことありませんでしたね」

「え?、他にも出来るの?」

「色々と出来ますよ、その気になればあそこの山くらいなら吹き飛ばせるかもしれません」

「えぇ…、流石に冗談だよね…」

「やるなよ?エリス」

「勿論やりませんよ、師匠」

実際 山一つ吹き飛ばした事はないが、今 エリスが持つ最高最大の魔術を使えば 多分行ける、けど こいつはまだ完全に御することが出来てないんだ、故にアインとの戦いでも使わなかった

というかだな、ある一定以上の強者を相手にすると分かるが、あるラインを超えた相手には弱点以外の攻撃はほぼ無意味と言っていい、いくら火力があっても 相手次第では水を掴むように避けられるだろう

そう言う相手固有の防御をゴリ押しでぶち抜いてストレートに叩きのめせるのは、それこそ師匠クラスの実力者だけだ

「そっか、やっぱり強いんだねエリスさんって」

「あんまり強いとは公言できませんがね、負けも多いですし」

「でも凄かったじゃん!、エフェリーネさんの前でやったあの殺陣…あ」

む、殺陣ってのはあれだよね 剣でのチャンバラの事、確かにあれは相手がマジだったからこっちも不慣れなりにマジで応戦した結果、いつもの劇では味わえない臨場感が醸し出されていたと思う

けどそれを褒めるって事は…

「……………………」

「ああ、えっと…その」

エリスがちらりと視線を横に向ける、相変わら壁に凭れ掛かり俯いて微動だにしないのはヴェンデルさん、先日の劇でエリス憎さに暴走してやらかし その上で悪いが叩きのめしてしまった相手だ

私的感情で大事な劇をそもそも不成立にするところだった、やっていい事じゃないと気がついたのは冷静になった後だろう、あの後クンラートさんからも流石にお叱りを受けていたみたいだしね

…けど、エリスとは話せていない 、なんと声をかけて良いやら分からないのだ

とはいえだ、ヴェンデルさんの暴走は分からないでもない、エリスも同じ歳の頃に怒りで暴走して盛大にやらかした事がある、その年齢特有の向こう見ずさが招いた結果だろう

だから 気持ちは分かる…、その怒りも その後悔も、故にこそ なんて声をかけたらいいんだか分からないんだなこれが

ただただ、重苦しい空気だけが 場に立ち込める、エリスとヴェンデルさんが原因だろうその険悪なムードは…それはふと、とある声にて引き裂かれる事となる

『おーいみんな!直ぐそこに川辺がある!、そこで一旦馬達を休ませよう!』

クンラートさんの声だ、そろそろ馬達にも休憩が必要なのだろう、エリス達の馬車は疲れ知らずの魔術馬だからそんな事はなかったが、普通の馬はそうはいかない

折を見てお休みさせてあげるのも大切だ

「川辺ですか、…もし釣りが出来そうなら、お魚を取ってお昼に出来ますね」

「おお、いいね!なら料理は僕がしようか?」

「へぇ、ナリアさんお料理もできるんですね」

「えへへ、ちょっとだけどね」

演技も出来て魔術陣も書けて おまけに料理もか、器用な人だな…、まぁ エリスもそうだったが旅の中で生きていると出来る事は必然的に増えていく、結果として器用にならざるを得ないとでも言おう

ナリアさんもまたそう言う口なのだろう

なんて話も程々に、群れを成して進む馬橇達は清流の辺で徐々に足を止める、 …んん エリスが想像してる川とはちょっと違うな、ただ水がチョロチョロ流れてるくらいだ ズボンの裾を捲り上げれば向こう岸まで行けそうなくらいの小川だなこれは

釣りとかは出来ないか…、いや?そこそこ大きな魚影も見えるな、やってみる価値はありそうだ

「しっかし、冷たそうな川ですね…」

「冷たいも何も、これ氷河の氷が溶け出した水だからね」

「氷河?」

「うん、ここからずーっと南に進んで行くとあるラスコー大霊峰とそこに存在するラスコー大氷河が陽の光を受けてちょっとづつ溶けたものがこの川の源流になるんだ」

へぇ、…南の方に…と停止する馬橇から降りながら南の方に目を向けると 、確かに見える、雲の上に山の頭が、ありゃあデカイ 高さだけならカロケリ山 つまりカストリア三大山岳に匹敵する大きさだ

あそこから出た雪解け水が、この川の源流か…ってどんだけ溶け出てるんだよ、あんな遠くから水が流れてきてるなんて、その大氷河とやらも大きそうだ

氷山に氷河か…見てみたいが、今のところ立ち寄る理由もないし、安易に立ち寄ったら凍え死にそうだ

「よし!、じゃあエリスさん!釣りしよっか!」

「そうですね!、じゃあエリス 釣具持ってきますね」

「うん、多分旅劇用の積荷と一緒に積んであると思います、僕先に川に行って用意してますね」

「ではわたしも先に川辺に行っていよう」

お願いします とナリアさんと師匠を送り出す、と言っても釣具を取って合流するだけだしな…

ええと、旅劇用の積荷と一緒にですね、重く スペースを取る旅劇用の積荷は専用の馬橇で引いているから、態々そこまで取りに行かねばならない、と言っても こんなの労働のうちにも入らないのだが

(…クンラートさん達は会議ですか…)

ふと、馬橇の群れの間を潜り抜けていると 劇団員で集まって何やら話し込んでいるのが見える、多分 エフェリーネさんに言われた事を受けての今後の方針を定めているんだろう

今のままじゃ、クリストキントはいつまで経っても三流劇団のまま、せっかくこの国一番の役者から助言をもらったのだから それを活かさないのは損だ

だからこそ、少しでも良い劇をするため 何が足りないのかを探しているんだろうな

(…あの会議にエリス達も参加すべきでしょうか…、いえ 参加する必要があるならそもそも呼ばれてますよね、それがないってことは態々顔を出す必要はないか)

それより魚を大量に釣って昼に出してやる方が余程有意義だろうな、なんて やや言い訳がましく内心思いながらも エリスは劇用の道具の積まれた馬橇の中へとよじ登り入り込む

さてさて、釣具はどこに置いてありますかね……

「ん?…」

そんな中、ふと 馬橇の中から物音が聞こえた気がする、いや どうやら先客が居たようだ、だってほら 馬橇の中に人影が見える

けど、なんだ この違和感、人影を一つ見つけただけで、なんでこんなに胸が掻き乱される…なにがおかしい、なにか…

そう、匂いだ 異臭ともいってもいい

臭いは2つ、アンモニア臭と焦げ臭さ、アンモニアの方は分からないが焦げの正体は分かる、エリスの足元に転がる紙の筒だ、小指よりなお細いその紙の筒は中頃まで焼けて煙を燻らせて…


「あ……」

ああ、分かった 馬橇の中の人影の違和感、そうだよ 足が地面についてないんだ、プラプラ浮いてるんだ、おまけに馬橇の天井から垂れ下がる縄が首に括り付けられていて、それで浮いているように見えるから違和感を感じてたんだ

なんだぁビックリした、エリスてっきり首吊りじ…さ……

「ぎゃぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」

首を吊って 人が 死んでるぅぅぅぅっっ!?!!!?

「うっ…」

あ!いやまだ生きてる!まだ息がある!、見れば首吊りに使ったの思わしき丸椅子が転がって…

「そうじゃない!今助けます!」

即刻首を吊っているその人の縄を断ち切り首の縄を解く、死んでないよな まだ助かるよね!お願い死なないでくださいよ!、こ こういう時どうすれば良いんだ?何をすればいいんだ!?

わか わわ 分からない分からない…!

「う…ぅー、邪魔をしないでください…わだじ…もうじにだいんでず…」

うぅぇーと助けたその人は死なせてくれと目や鼻や口 ありとあらゆる所からダラダラ水を流しながら言うのだ、ふざけるな 死にたくなる何かがあったのかもしれないが、少なくともエリスは目の前で死なれるのは嫌だ

「気を確かに持ってください!、エリスで良ければ話聞きますから!だから死ぬなんて言わないで!」

「……エリス?」

「え?…」

すると助けた彼女…丸眼鏡をかけた野暮ったい彼女はシパシパと目を見開き、そして…

「ぅ…ぅわぁぁあーーーーんんん!!!」

大号泣し始めたのだ、…なんなんだ 泣きたいのはこっちだよ

…………………………………………………………

「あの、落ち着きました…?」

「う…うん」

首を吊っていた彼女を助けたかと思えば、いきなり泣き出され、そこから少し その背中を撫でながら慰めの言葉をかけること数分、ようやく気持ちも落ち着きたのか 赤い鼻をすんすん鳴らしながら彼女はエリスの言葉に返事を返す

「ごめんね、酒と煙草ガンガン決めてたらドンドン気が落ち込んで…取り乱しててさ」

「いえ、大丈夫ですよ?、でも首吊りなんて…穏やかじゃありませんね、その…理由とかって話してもらえますか?」

「ぅ…うぅ」

やべ、聞くべきではなかったか?、こう言う時 どういう風にどんな風に声をかけたらいいのか、そう言う心得はない …もっと時間をかけて聞くべきだったか?それともそもそも触れるべきでは

「頭いた…」

二日酔いかよ…、心配して損したわ、なんてエリスが肩を落とすと

「へへへ、わたしの脚本家空虚だってさ…、頑張って書いたのに、結局はこのザマよ…」

ああ、エフェリーネさんのあれか、確かに愛ある指導とは言え あの厳しい言葉を受け止めて平気な顔なんて

「ん?脚本?…つまり、もしかしてあの劇…シェンバルとフェリスって」

「あ…はい、私が書きました」

「じゃあ この劇団唯一の作家のリーシャさんって」

「あ私です、リーシャ・ドビュッシーって言います…よろしく…」

「よろしく…お願いします、はい」

リーシャと名乗る彼女は小さな眼鏡を鼻の上でくいと動かし、ウマの尻尾のように束ねた髪を揺らす、なんか…口の間から覗く犬牙といい、野犬みたいな人だな

こしかしの人が件の作家か、ナリアさん曰く 当たりもないされど外れもない脚本を書く劇団唯一の作家、そしてエフェリーネさん曰く 空虚で魂が感じられないダメ脚本の作者か

「うう、はぁー…所詮私は文字に魂一つ込められないダメ作家ですよう…」

ああ、なるほど 話が読めてきたぞ、あの劇場でのエフェリーネさんの批判を真に受けて思い詰めて、酒やらなんやらに溺れての行動か、危なかった 

これで死なせたらエフェリーネさんの方もショックだろう、一応エリス達のことを思って心を鬼にしてくれたわけだし

それに、劇団唯一の作家が死ぬのもまずい、それに そんな思い詰めるほどダメな脚本かと聞かれれば 決してそんな出来ではなかった

「そんなことありませんよ、エリスは面白いと思いますよ?」

「慰めはいいんです、自分でも分かってますから…、劇団のみんなを食べさせていくために流行りに乗って 型に嵌めたようなお話書いて…、そんなことしてりゃ 魂なんかこもるわけないって…書いてる私自身理解していましたから」

自分でも分かってか、確かリーシャさんは劇団に所属する前はそこそこ売れてる小説家として名を馳せていたんだったか、そこをスカウトされて…だったな、つま昔は今と違い受ける作品を書いていた と言うことだ

じゃあ何故今は違うか、言うまでもない 劇団のためだ、今彼女の作品は彼女だけのものではない、好き勝手書いて大外れは許されない、冒険出来ない身の上にあるからこその作風の変化だっだのだろう

「でも私が失敗したらみんなご飯食べられなくなる、劇団には小さい子もいるし、私のミスでみんなが飢える…それはちょっと…ねぇ?、酒が不味くなるしさ…」

……これは、リーシャさんが悪いというより クリストキントが悪いな、作家が一人しかいないから その重責が全部彼女に乗ってる状態なんだ

エフェリーネさん云々以前に、ストレスで限界だったのかもしれないな

「でも私が劇団の質を下げてる…なんて言われちゃあ…ね」

「それで、首を括ろうと?」

「うん、…そんなことしてもなんの意味もないのは分かってるんだけども」

分かってるけど…か、一番タチが悪いかもしれない、この人放っておいたらまた自殺しようとするんじゃないか?、そりゃ限界かもしれないが 劇団唯一のリーシャさんが居なくなったらそれこそクリストキントも共倒れだ、それは耐えらないんじゃなかったのか?

ううーん、放っておけないな この人…

「あ、ごめんね 何か探しにここに来たんだね、邪魔してごめん…これ使う?」

はたと膝を抱えながらもこちらに突き出してくるのは…さっきまで首に巻かれていた縄だ、いらない…釣りでは縄は使わないし、そもそも気分的に使いたくもない

「え 遠慮します」

「あ そうだよね、ごめんねそりゃそうだよね ごめんね 消えるね」

「だぁーー!!徐に首に縄を巻かないで!」

シクシク泣きながら死のうとしないで!、ダメだ!やっぱり捨て置けない!、このまま一人にしたらフラッと消えてしまいそうだ、クリストキントの為という打算以外に せっかく助けた人間に死なれるのは嫌だ!

「リーシャさん!」

「あ…え?はい?」

「今から気分転換に釣りに出かけるので!一緒に来てください!」

「え?い…いいの?、邪魔じゃない?」

「いいです!、こういう時は のんびり水でも眺めましょう」

「う うん」

積荷の中から釣り道具をいくつか取り出し、片手でリーシャさんの体をグイッと引く、ってこの人小説家の癖して意外に力強いな、ええい!抵抗しない!付いてくる!と無理矢理リーシャさんを川辺へと連れ出す

見ればすでに釣りのポイントを見つけて釣りの用意をしているナリアさんと、一人で暇そうに頭の大きな雪だるまを作っている師匠の姿が見える

「あ、エリスさん…と リーシャさん?」

「えっと…な ナリアちゃん、私も釣り お邪魔してもいいかな」

「いいですけど、なんでリーシャさんが?、珍しいですね 馬橇の外に出てくるの」

さては常に馬橇の中に貝のように引きこもり仕事していたな、それが悪いこととは言わないが 息抜きをしなければそりゃ気も狂う、小説家だって人だ 心は大切にしなきと

「すみません、そこで偶然会って エリスが無理矢理連れてきたんです」

「ああそうだったんだ」

当然 自殺未遂の件は黙っておく、ナリアさんに言ったら過剰に心配しそうだし 気を使われている人間というのは使われた気以上に気を使うもの、それはリーシャ自身の負担に他ならない

「作家さんの気分転換になればと思いまして、さあ のんびり釣りと行きましょう」

「僕椅子持ってきましたよ、どうぞ リーシャさん」

「うん…ありがと」

釣り針に餌をつけひょいと川の中に放り込み、その間にリーシャさんとナリアさんは用意された二つの椅子に腰をかける、元々二人で釣りをする予定だったそこにリーシャさんが入ってしまったのでエリスの分の椅子はない

けど大丈夫、何故かって?鍛えてますから 立ちっぱでもノープログレムです

「………………」

さて、釣りとはそこまで大はしゃぎして楽しむものでもない、静かに水を流し清流の歌声に耳を澄ませ、自然を感じる 静なる遊びだ、故に広がる静寂、何か話した方がいいのかな…、でもエリスはそこまでトークが上手いわけじゃないし

「ふむ」

と 悩むエリスを放って師匠が目の前の川に指をさし 付いた水をペロリと舐めるのだ、な 何してるんですかね…あれ

「ほう、綺麗な水だ 雪解け水というのは嘘ではなさそうだ」

「え?、ここの水綺麗なんですか?」

というか水に綺麗も汚いもあるのか?、いやあるか…村や町の生活の過程で出る汚水は大体川に流される、結果として川は汚くなる それはどこも変わらないが、ここは違うのか?

「いえ?、汚いですよ、汚水とかみんな流してるし」

汚いじゃん…

「でも 他の国に比べたら綺麗かもしれません、ラスコー大霊峰から流れる雪解け水は不純物が少ないですからね、あの山の麓辺りの村で出される水の一杯やそれを使った料理は格別と聞きます」

「確かに水がいいと料理も何もかも 質が上がりますからね」

「そういう意味ではラスコー大霊峰は恵みの大山なんて呼ばれてるんですよ?」

恵みの大山か、大きな山とはそれだけで人々の生活を豊かにする、湧き出る水 それを含んで育った果実 それを食べて育った獣、そしてそれを授かる人間…、山は全てを与えてくれる

故にエリスの住んでいたアニクス山の付近にあるムルク村は他の村に比べたら豊かだし、カロケリ山と共存するカロケリ族が居たりするくらい、山は人にとってありがたい存在なのだ、そこは ここも変わらないようだな

「んー、ラスコー大霊峰は恵みの山と呼ばれてるけどさ…他の呼び方もあるんだよ、聞きたい?」

ふと、その話を受け リーシャさんが口を開く、話に入ってくるのだ

「なんですか?リーシャさん」

「…『大間抜けの片出っ歯』」

「そ それが名前ですか?、ふふ…間抜けに出っ歯って 酷い名前ですね」

「一部の地域で呼ばれてる名前なんだ…、エトワールのラスコー大霊峰と丁度対になるように大陸の向こう側のオライオンにも同じような巨大山脈 ネブタ大山があるの、大陸の両端にある大山を人間の歯に例えると 、ほら 間抜け面でしょ?」

確かに、大陸を人の口に例えると 右端にラスコー大霊峰 左端にネブタ大山、間には何もなく 両端にズドンと突き出た大きな歯、端だけ歯が出た歯抜けの様はまさに間抜け面だな

「…ぷふっ…」

そんな顔の人間を想像して思わず吹き出てしまう、本当にそんな人間がいたとしたら笑っちゃいけないんだろうが、飽くまで想像だし それに、…なんか無性におかしい

「ふふふ エリスさん、笑っちゃこの大陸に失礼だよ」

「ナリアさんも笑ってるじゃないですか!」

「ぬへへ…、笑ってくれて良かったな、まぁ作り話なんだけどさ」

「作り話なんですか!?」

「うん」

あれリーシャさんのデマだったんだ、てっきりエリスは…いや 確かにありがたい山を間抜け呼ばわりはないか、いや だとしたら面白い冗談だ

「本当かと思っちゃいましたよ、流石作家さんですね 話作らせたらプロですね」

「あはは、私は文字に魂を乗せられないダメ作家だけどさ、こういうくそくだらない冗談なら…」

「リーシャさんはダメ作家じゃありませんよ!」

「な ナリアちゃん?」

ふと、リーシャさんの言葉を受けて立ちがるのはナリアさんだ、エリスも否定したかったが、ここは彼に任せよう

「僕知ってますよ!リーシャさんが昔書いてた小説がどんなもので 今書いている台本は僕達のためを思って無理に書いていてくれているものだって!、だからリーシャさんが落ち込むことないよ!」

「でも…私にもっと腕があったら 同じ内容の話でもエフェリーネさんから怒られることもなかったんじゃないかな…」

「だ だとしても、僕…リーシャさんの書くお話が好きで…」

「私は…私が嫌いかなぁ、うん」

ううむ、強情だな…いや そんな他人に一言二言言われた程度でコロッと気分を変えられるくらいなら縄なんか用意しないよな、…ふむ

師匠?何かいい慰めかたはありますかね?と目を向けるが、どうやら特に何も無いようで首をプルプル振っている、…エリスが言うしかないか

「リーシャさん」

「ん…?何?」

「リーシャさんが得意とする…そうですね、昔書いていた小説のジャンルって何ですか?」

「な 何でそんな事聞くの?」

「いえ、もう悩むくらいなら 今の台本全部焼いちゃって、リーシャさんの書きたい 得意とするお話を書いたらいいんじゃないんですか?」

「はぁっ!?、論外だよ!そんなの!」

リーシャさんの顔は真っ赤だ、怒りか それ以外の感情かは分からないが、確かに素人のエリスが何言ったって素人意見の域を出ないだろうが、だが素人から言わせてみれば 書きたいものを書けばいいと思う

だって

「だってエフェリーネさんも言っていたじゃないですが、中身がないって それは内容云々ではなく、リーシャさん自身が乗り気じゃないからでは?」

「乗り…気?」

「はい、エフェリーネさんは内容自体が面白くないとは言っていませんでしたし、腕云々を気にするなら 得意分野から伸ばしていけばいいと思いますよ、そもそも… 書き手が面白いと思えない物を 受け手が面白いとは思わないですよ」

「…………」

そう言うものでも面白く書き上げられるのは きっと一流だけだ、一流でないなら 無い物ねだりしたって仕方ない、ならいま手元にあるものから使って行くしかあるまい

「リーシャさん、だから聞かせてください 、貴方が昔書いてた得意分野はなんですか?」

「…あー、えっと…ごにょごにょ…」

「ん?、ごめんなさい もう一回言ってください」

「き 騎士ぃ…物語ぃ」

騎士物語、つまり騎士がメインのお話か…うん?、別にいいじゃないか、騎士をメインにしたお話はポピュラーだ、何せ騎士ってのは民衆のヒーローですからね、別にいいと思いますが…

「じゃあ騎士物語書きましょう、そしてそれを次の公演でやります」

「だ ダメだって!、私の騎士物語は…それにそんな直ぐには…」

「いいですよ、僕は…どんな台本でも直ぐに覚えて 次の街に着くまでには必ずものにしてみせます、渡された台本を完璧に演じるのが役者ですから」

「な ナリアちゃんまで…」

「クンラートさん達も今後の方針について話し合ってましたし、再出発にはいいと思いますよ?…ね!」

「で でも…」

まだ何か問題があるか?、もうこの際ちょこまか逃げまわらず飛んでみろ、と言外に語るようにリーシャさんの肩をグッ!!と掴む、逃がさない…逃げれば何をするか分からないしね

「あ あの…私の騎士物語は、こう 恋愛要素とか友情とか…そんなの一切ナシ、バチバチゴリゴリのバトルアクション、今 恋愛ものが流行ってるエトワールじゃ受けないよ」

「いいじゃないですか、やってみなくちゃ分かりませんよ」

「分かるさ…、この国に来て間もないエリスちゃんには分からないだろうけどさ、…芸術にだって流行り廃りがある、アクションや騎士物語は今でもあるけど その流行は三十年ほど前に終わってるんだよ…、終わった流行には古臭さが漂う その古臭さを人は嫌うんだ…」

確かに 『一昔前に流行った』は言い換えれば『古い』だ、新しいものより古いものを好むのはコルスコルピ人くらいだ

そりゃイオフィエル大劇団くらいネームバリューがある劇団なら 演劇のジャンルではなく劇団の名前で人を呼べる、だがクリストキントみたいに小さな劇団じゃあやる劇のジャンルで勝負するしかないんだ

「私が好きなの物をみんなが好きとは限らない、私一人で活動してる頃とは…違う、私達みたいな小さな劇団には 好き勝手に劇をやる自由はないんだよ」

言いたいことはわかるとも、けど…けれどもさ

「小さい劇団じゃ好き勝手出来ないなら、大きくなればいいんです」

「だから…!」

「今のままがいいなら エリスとしてはそれでいいです、所詮外様 この劇団のあり方に口出しできる人間じゃありませんから、でももし 目指す場所があるとして それを実力不足だからという理由で諦めようとしているなら、それはやめておいた方がいいという話です」

「…………」

やりたいことがあるならやればいい、とは聞こえはいいし無責任にも聞こえるが、結局人が頑張るのはやりたいことがあるからだ、今もこうしてみんなで貧乏ながらも劇団を続けているのはやりたいことがあるからじゃなかろうか

手段が目的だなんて言い訳はやめて 手段を踏み台にして目的に手を伸ばすべき…とは、エリスの意見です 正解かと聞かれるとちょっと自信ないですが、エリスに言わせたらこういう言葉しか出てこない

それとも、押し付けがましいですかね……

「…目指す物…やりたいことか…」

というとリーシャさんは懐から古びたメモを一つ取り出す、表紙はありとあらゆるシミで汚れ 間には夥しい量の付箋が貼られ タイトルにはネタ帳と書かれた 小さなメモ帳だ

「それは…?」

「…ん?、これ?騎士物語の台本」

「あるんですか!?」

「あると言うより、頭が勝手に考えて 手が勝手に書き留めてた、私の趣味バリバリのお話、世に出すつもりはない…けど、もしこれが 形になったら…とは考えたことはある」

好きは誤魔化せないよね と力なく笑う彼女は観念したようにパラパラとメモ帳を開くと

「エリスちゃん、やるって言うのは簡単だけどさ、出来るの?アクションはシェンバルとフェリスみたいに動きのないものと違ってアクションも覚えないといけないんだよ?」

「その辺に関しては任せてください、エリスに妙案がありますので」

「妙案?アイデアがあるの?」

「ありますとも、まぁ任せてください」

流石に何の策もなしにとりあえずやろうと言うほどエリスも無責任じゃない、アクションならば やりようがある、それも 結構都合のいいやつが

「…形に出来る?」

「します、しますとも エリス達が責任を持って、ね?ナリアさん」

「うん、僕達は役者だよ?渡された台本を完璧にこなすのが仕事 作られた物語を現実に招来させるのが使命なんだ、役者の末席に名を連ねる人間として 意地でもその物語に喝采を届けさせるよ」

「…そうも、かっこいーこと言われたら…ねぇ」

すると徐にリーシャさんは立ち上がる、すわ入水自殺か!?と慌てて水辺に立つが どうやら行き先は水底ではないようだ、踵を返して馬橇の方へと足先を向けている

「あの、何処へ?』

「クンラートさんに話をしてくるよ、流石に私個人の無断じゃあ出来ないからね、次の劇の内容を決めさせてほしい…なんてさ」

なんて口元に煙草を加えながらヒョイと掲げるのは 例のメモ帳で…ってことは

「リーシャさん!」

「ただし!、…なんとかするのはそっちだからね…、頼んだよ?」

「はい!」

引き受けてしまった、リーシャさんを焚きつけて無理言って劇の内容無理矢理変えて、責任を負ってしまった、これで失敗したら全部エリスの所為だ

そうだとも、エリスの所為だとも、もし次の劇がまた失敗に終わったら、エリスは責任とってなんでもしよう 金だろうがなんだろうが差し出して責任を取ろう

このくらいの覚悟がなきゃ、エリスの頭の中にある策は成功しない

「あとさ、エリスちゃん」

「はい!、なんですか?」

「竿引いてるよ?」

「え?あ!」

見れば引っ掛けておいた竿が引かれて危うく水に沈みそうになる様が目に入る、間一髪竿を掴むことはできたが、…まさか釣れるとは この川浅いけどやっぱり魚いるんだ…

「…エリスさん」

「はい?」

立ち去るリーシャさんの足音を聞きながら片手で竿を軽く引いて魚を引き上げると、ふと ナリアさんがエリスの名を呼ぶのだ、その顔を見なくとも 神妙な表情が感じ取れる

「頑張ろうね」

「…そうですね」

頑張ろうねか、そうですね…この一件にかかるエリスの責任を嫌でも感じる、もしかしたら責任なんか取れないくらいのことになるかもしれない、だって失敗したら今度こそリーシャさんは折れる、折れたら…次は止める資格はエリスにはないのだから

ビチビチ暴れるやや大振りの魚の尾を掴み上げながら、一人…覚悟を決める、よし

「捌きます?これ」

「そうだね、もっと釣ってみんなのお昼ご飯にしようか」

次だ、次… 次が勝負だ、次が…勝負だ

魚の首元と尾の付け根に切れ込みを入れながら静かに覚悟を決める、やはり エリスには後に引けないギリギリの状態がお似合いだ

そうしてエリス達は エフェリーネさんの期待に応えるように、クリストキントそのものの変革を行いながら 次の街 勝負の街、遊楽街ギャレットへ向かうのだった

けど…、そうだな これは所詮始まりに過ぎなかったのだ、エリス達は演劇でいうところの起承転結の 起へと ようやく差し掛かったに過ぎない、劇団の勝負という意味でも 他の意味でも…
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