孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

222.孤独の魔女と裏切り者

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「ひゃははははは!おらおら!逃げろ逃げろ!潰せ潰せー!!」

「きゃー!何あいつ!」

「逃げろ!武器を持ってるぞ!」

アルカナ達魔女排斥連合によるマルミドワズ襲撃事件も終盤に近づく頃、既にほぼ全てのエリアにて魔女排斥組織達の撃滅は終了しており、残すは一際多くの人間が攻め入った居住エリアのみを残すところになっていた

最初にここに攻め入った魔女排斥連合達はさぞ気持ちよかっただろう、武器を片手に軽く脅せば、あの憎かった帝国の人間達が逃げていくんだから

この世に最早敵は無し!…そんな一瞬のハイ状態になった奴も結構いた、しかし この戦いが終盤に近づき 住民の避難が完了して、師団長達が現れると、悲鳴を上げて逃げる側は容易にこちらに傾いた

『ヒャハハハハハハ!、おらおら!逃げろ逃げろ!ブッッ潰すぞオラァッ!』

「ひぃー!?、なんだアイツ!」

「逃げろ!敵わねぇっ!」

逃げる、魔女排斥連合達は蜘蛛の子を散らしたように逃げる、相手は何か?分からない、自分たちは何を相手に戦っているんだ?

鈍い音を上げ 大地を鳴動させながら街中を行進するのは船だ、それも超大型の艦船、名前は帝国海軍主力艦隊 カノープス級四番艦のイータ・カリーナ…、帝国の海域を守護する蒼き軍神が 何故街中を進んでいるんだ

「なんで軍艦が街中を進んでんだよぉっ!?」

『ウルセェー!、艦砲に消しとばされたくなきゃ逃げろってんだよ!くそどもが!』

何故か陸上を走行する軍艦の衝角の上に立ち魔女排斥組織達を威嚇するトルデリーゼの声に、半ば従う形で皆逃げる、イータ・カリーナの艦砲は一撃で海賊船を沈める馬鹿みたいな威力を持つというじゃないか、そんなのに狙われて生きていられる人間はいない

慌てて逃げる魔女排斥組織達…、すると 逃げた先に辿りついたのは 街の中央広場で

「はいそこまで、『ブレイキングロック』」

「は?え?ぐぎゃっ!?」

中央広場に魔女排斥組織達が迷い込んだ瞬間、地面から生えて腕が…いや違う、瓦礫達がまるで意思を持ったように構成員達に組みつき その行動を阻害しているのだ

そこで構成員達は理解する、自分達は嵌められたのだと…、最初からこの広場に誘き出し 一網打尽にする為にあの戦艦に脅されたのだと

「他愛もない…」

そう 口にしながら動けなくなった構成員達に手縄をかけていくのは第十師団団長補佐官 神羅のジルビアだ、彼女こそこの現象の犯人…

『ブレイキングロック』 それこそが彼女に与えられた特記魔術の名だ、内容は拳大のサイズの物なら如何様にも操り空間を制圧することが出来る 特記魔術特有の空間制圧系魔術の一つ

操れるものの大きさに制限はあるが、あるのは大きさの制限だけ 数に限りはない、故にそれ用の物を予めばら撒いておけばどうとでも出来るというものだ

『おーい!ジルビアー!、上手くいったかー?』

「トルデリーゼ団長…、はい 万事上手くいきました」

そして、そんなジルビアを補佐したトルデリーゼは鼻高々といった様子でスルリと戦艦を自分の体の内側に存在する無限空間に収納し、軽い音を立てて地面に着地…

「ぶわっぷっ!?」

出来なかった、何故か?それは彼女の足元…いや、先程までそこに戦艦があった場所全てに 人一人が埋もれてしまうほどの水が溢れていたからだ

不思議なことに水は決められたテリトリーからは出ず、見えない水槽に入れられたかのように 決められた空間から外に出ることはない、水の特性上ありえない光景が広がるそんな水の中に トルデリーゼは落ちてしまったのだ

「あ!ごめーんトルデ、いきなり船仕舞うもんだから…」

「ぶはぁっ!、リーシャ!いいから水しまえ!溺れる!」

そんなトルデリーゼに遅れて大地に着地するのは トルデリーゼ ジルビアと同期で、あの伝説の特記組最強世代の一人と言われる女軍人リーシャ・セイレーン…

彼女こそが、イータ・カリーナが陸上で走行したマジックのタネだ、彼女の扱う浸水魔術 『タイダルメリジューヌ』を使い、戦艦の下に水を作り その上に戦艦を浮かべていたのだ

最早用済みになった水をサラリと消して、中からずぶ濡れになったトルデリーゼが現れ…

「危うく溺れ死ぬところだったぞ!」

「帝国海軍の総大将なんだから泳げないと…」

「あたしは泳げないんだよ!」

「それよりリーシャ、大丈夫?戦艦を浮かべるだけの水をずっと出してたなんて…魔力の消費が心配だわ」

「あたしの心配しろよジルビア!」

危うく溺れかけたトルデリーゼを置いてリーシャの心配にかかるジルビアを見て、トルデリーゼは『ああー仲直り出来たん良かったじゃん』という感情と『いやいや私も友達なんだから心配してくれよ』という感情に挟まれなんとも言えない顔をする…

「私は大丈夫だよ、それよりトルデが可哀想だよ」

「おほん、トルデリーゼ団長は普段から泳げるようになれ とマグダレーナ団長に言われていたのに、それを無視したからこうなっているんです、これはいい薬です なんならこの後もう一回水に沈めて泳げるようになるための特訓をしましょう」

「い いいんだよあたしは、不沈艦に乗ってるんだ、泳げなくても…」

「そういう問題じゃありません!、栄えある帝国海軍の総元が カナヅチなんて恥ずかしくて他所に言えませんよ!」

「じゃあ言わなきゃいいだろ!」

「懐かしーなぁこの感じ、トルデとジルビアの言い争いがまた見れるなんて、もっとやれやれ二人とも」

「お前なぁ…」

和気藹々、そんな様子を見せる三人娘 これはかつて彼女達が学生であった頃は毎日見れていたんだ、色々あって しばらく見る機会は無くなっていたけれど、あの時代のあの時間…それがこうしてまた目の前に戻って来てくれた

そんな懐かしさに、リーシャは嘘偽りなく ジーンとする

すると

「よっと、あら お三方お揃いで」

「ああ?、テメェ メグ…何しに来やがった」

ふと、空間を割いて現れたのはメイドだ、メイドのメグ トルデリーゼをこの間酷い目に合わせた張本人があっけらかんと現れて、思わずトルデの顔が嫌に歪む

しかし、対するリーシャは別だ、メグが背負って現れたその少女の顔を見て、パッと表情を明るくして

「エリスちゃん?、どったのその怪我!」

「あ…はは、リーシャさん すみません、色々戦ってるうちに怪我しちゃいまして」

背中に背負われぐったりするエリスちゃんは怪我をしたと語るが、そりゃ立派に重傷だ、口元から血が流れ あちこちに打ち身と切り傷…、あのレーシュと戦った時だってもう少し元気だったのに

余程の奴と戦ったのだろうな…

「なんだよエリスぅ!お前情けねぇな!メイドに負んぶされてよ!、ああ?何と戦ったんだよおい!」

「アルカナの大幹部 月のヘエとですよトルデリーゼ様」

「は?、え?アルカナの大幹部?」

チラリとメグの隣に目を向ければ、いつのまにか縄で拘束された男が引きずられているのが見える、まさか本当に…

「そいつが?」

「ええ、先程街の中心地で大暴れしていた男です、そして恐らく この襲撃計画の要かと」

「マジか…、いや よくやったエリス、大手柄だ 勲章もんだぜ」

「いえ…エリスはただ、その場に居合わせただけなので」

「居合わせ解決したから褒めてるんだ、…しかしそうか…、なら 後は他の師団員に任せてあたしらは帰還しよう、どうせ後は雑魚しか残ってねぇんだ…そいつ尋問して聞きたいこともあるしな」

なぁ?狸寝入りヤロウとトルデリーゼが倒れるヘエを睨むと肩が僅かに揺れる、こいつ…起きてるのか、まぁ魔封じの縄で拘束されているから、どうせ抵抗は出来ないだろうが

「はい、トルデリーゼ様達以外の師団長ももう帰還しておりますし、合流しましょう」

「っておぉいっ!あたしらだけかよここに残ってんの!、一言ぐらい言ってけよ!」

まぁ、あんだけ大暴れしてたら 声もかけらんないわなのリーシャはため息をつく

しかし、エリスちゃん また国を救ったね…、この子は本当に 何かを変えられる子なのかもしれない、エトワールから彼女と共にいるけれど 何かそんな運命のようなものを感じる、それを間近で見れるなんて…、小説のいいネタになりそうだな なんてリーシャは内心ほくそ笑むのであった

……………………………………

「ん?、ようやく帰ったか トルデリーゼ」

メグさんの時界門を用いて リーシャさん達三人と合流してからエリス達は大帝宮殿内部の帝国軍作戦本部へと帰還する、まぁエリスは力を出し尽くしてヘトヘトなわけで、メグさんにおんぶされてるわけですが…

まぁいい!ヘエを捕らえてからの話をしましょう といっても、ヘエを魔封じの縄でがんじがらめにした後水から引き上げると メグさんから提案されたんです

『もう居住エリアの脅威レベルは ここに踏み込んだ帝国兵達だけで対処可能なレベルへと低下しました、我々は状況整理と精査のため 作戦本部へと戻りましょう』と

嫌だ!エリスは最後まで戦う!なんて駄々こねる理由もないし、何よりエリスもう疲れちゃったので引き上げていいんならそうしたい、ってなわけで近場にトルデリーゼさん達が見えたので 彼女達と一緒に作戦本部へ転移することになったのだ

そして、時界門を通ると既にそこには巨大な軍議机が置かれておりそこを囲むように師団長や その補佐官、情報官などがあれこれ話し合って戦況の確認をしている

ザ・有事 って感じだが慌ただしさは感じないあたり、もう戦況は火を見るより明らかなのだろう

そんな光景の中 真っ先にエリス達に声をかけてきたのは今この場に於いての最高司令官 第一師団の団長ラインハルトさんだ

「おいラインハルト、帰るんならあたしにも声かけてくれよ…」

「夢中だったのでな、邪魔しては悪いと察しただけだ、それより…メグ エリス」

ラインハルトさんはトルデリーゼさんとの挨拶を軽く済ませ、本題に移るためエリス達の方を向き、何かを言おうとした後…

「星のヘエは…もう既に確保したか」

どうやらヘエについて何か言おうとしたらしい、大方エリス達にヘエ討伐の手伝いを頼もうとしていたようだ、だけど残念 もう終わらせましたよ、なんて言おうかと思ったが そんなエリスの声を遮るように矢継ぎ早に別の人間がこちらに駆けてきて

「エリスさん!、酷いじゃないですか!僕置いていくなんて!、僕ドラゴンなのに!」

「ふぃ…フィリップさん、あの すみませんでした」

フィリップさんだ、あの時は色々と切羽詰まってたから後先考えず置いていってしまったんだ、今思えば普通に連れて行けばよかったと思うが あの岩の波を超えて先に進めるのはエリスだけだったし、仕方ないといえば仕方ないんだが

それはそれとして悪いのはこちら、純粋な好意を無碍にしたのだから謝らなければなるまい

「まぁ無事ならいいけどさ」

いいんだ、じゃあなんで怒ったの…?

「それよりそいつ、ヘエだよね 倒したんだ…」

「ええ、なんとか」

「ふーん…、じゃあ終わりだね アルカナも、その幹部の大多数がエリスちゃんに敗れたわけだしさ、君今から降伏して仲間突き出せば減刑したげるよ」

そう語りながら倒れるヘエに言葉を投げかけるフィリップさんの顔は、凄味というか恐ろしいというか、立派に師団長の顔をしていた…
だがフィリップさんの言うことは正しい、今回アルカナ側が被った被害は甚大だ、これはもう誤魔化しが効かない…、これ以上の戦いは無理だ

降伏するなら そんな交換条件が出てるうちに頭を下げるのが利口だと思うが、そんな利口なら 最初からこんなことしてはいまい、事実その条件を提示されたヘエはムクリと顔を上げ

「…バーカ、誰がそんな条件飲むか、こっちは譲れないからテメェらに喧嘩吹っかけてんだ…」

「むっ、じゃあ…」

「待てフィリップ、お前に尋問を任せた覚えはない 退け」

グィッ!とフィリップさんの肩を引いて退かせるのはラインハルトさんだ、これ以上の会話は尋問となる、そしてその尋問をフィリップさんは任されているわけではない

ラインハルトさんに言われては仕方ないと フィリップさんもスゴスゴと後ろに引く

「おい、椅子持ってこい」

「なんだよ、今度はお前が僕と話すんの?、あー…降伏とか そういうのはしないから、拷問されても情報とか吐かないからさ、とっとと処刑なり好きにすればいい」

「甘い奴だな お前は」

部下の持ってきた椅子に腰をかけ横たわるヘエを見下ろし、甘い そう嘲笑するのだ…

「何がだよ…」

「お前の拷問に終わりはない、知っていること全て話して その身を帝国に捧げるまで、お前のありとあらゆる物を苦痛と快楽で刺激する、これから真っ当に生きられると思うなよ…」

「やっぱり…お前ら人でなしだよ」
 
「人を相手にしているつもりだったのか?、残念だったな 我らは国家だ、人ではない」

怖い ただ純然な恐怖がエリスを襲う、今エリスを囲んでいる帝国の軍人のみんなは、信頼関係を結んで ある種の友人になれたとエリスは今錯覚しているが、…この人達 こんな怖い人たちだったの?

帝国のためならたとえ人道に半しようとも相手を利用する、それはある種の覚悟とも言えるが、ただの流浪の旅人たるエリスには 恐怖でしかない

もしエリスが帝国の敵になったら、同じことをされるんじゃないか…と、そう思わざるを得ない

「彼を部屋に連れて行け」

「っ…くそ」

ラインハルトさんの言葉に従った部下達が 彼を引き立て、縄で拘束されたヘエを連れて行く、…彼は今後 地獄のような日々を味わうことになる、エリスの所為で…

いや、いやいや 考えるな、彼はこのマルミドワズを崩壊させようとした人間だ、もしエリスが倒さなければ 数えられないくらいの人間が死んでいた…、だから 倒したことは、間違いではないんだ

「…………ん?」

すると、ふと 連れて行かれるヘエが 部屋の外に向かう扉の方に目を向けたことに気がつく、どうやら扉が向こうから開かれ 、言うまでもなく誰かが入ってきたんだ、ただ ヘエは入ってきた人間を見て さらにガックリと項垂れる

「君、カフか…」

「…………」

入ってきたのは黒髪黒目の女性だ、カフ…というと、アルカナの幹部 No.18 月のカフだろう、つまり 彼女もまたアリエの一人…しかもヘエ以上の大幹部だ

それがフリードリヒさんと共に部屋に入ってくるのだ、彼女もまた この作戦に参加し、そしてフリードリヒさんに敗れたのだろう、まさか1日にアリエをふたりも失うとは…、アルカナも大誤算 という奴だな

「君も負けたか、…まさか君が捕まるとは思ってなかったよ」

「…………」

ヘエが声をかける、君も捕まったのか と…、哀れむような 悲しむような声で、しかしそんなヘエの声さえカフは無視して目すら合わそうとしない、いや 仲間なんだから少しくらい…

「カフ?…」

「…………」

訝しむヘエ、おかしい 何かおかしいと顔色が変わる、エリスも感じる 何かおかしい

ふと、脳裏に過る疑問はカフの態度とはまるで関係のない情報、それはヘエの作戦が失敗に終わった経緯だ、ヘエの作戦が失敗に終わったのはレグルス師匠とフリードリヒさんがヘエの狙いに気がついて独自に動いたからだ

しかし

フィリップさんは言った、レグルス様は『自力で気がついて』と…つまり、フリードリヒさんは自力ではない ということになる、誰かに教えてもらって 動いたと

誰だ、フリードリヒさんにその情報を与えたのは…、と そこまで考えて、今の状況が繋がる、いや まさか…

「カフ…お前どうしたんだよ…」

「…コートを」

ヘエの声を無視してカフはコートを要求する、コートだ 上着だ、コートならエリスも着ているし カフだって黒色のいいやつを着ている、なのにわざわざ彼女はそれを脱いでコートを要求するのだ

すると、何処からともなく現れた帝国兵が カフが要求した通りコートを持ってくる、真っ白のコート…、そう それは

師団長にだけが着ることを許された、純白のコート、それをカフは無遠慮に着込むと


「ああ、諜報任務ご苦労だったザスキア」

「は?」

そう口を開いたのはエリスか ヘエか、目を丸くしている二人を他所に まるであたかもそれが当然のように話が進んでいく

「しかし君がアルカナに潜り込んでいながら…、隠れ家の特定や今回の一件の事前の報告はできなかったのか?」

「無茶を言わないでください、私が潜入していたのはあくまでマレフィカルム本部の特定の為、それ以外を欲張って正体が露見することは避けたかった」

「ちょちょっ!、待って!待ってくれよカフ!、君何帝国の師団長と話してるんだよ!、君…アルカナの人間だろ!」

ヘエの顔が青い、平気な顔をしてラインハルトと会話をする彼女を見て、真っ青な顔をしながら自分を拘束する人間を振り払いカフに…いや、ザスキアと呼ばれた黒髪の女性に縋り付く、エリスも混乱して何が何だか分からない…

けど、多分…『No.18 月のカフ』という人物は、最初から…

「何って、師団長が師団長と話をするのが おかしいですか?」

「まさか…裏切ったのか…」

「裏切ってませんよ、私は最初から帝国の人間、帝国第四師団…国防諜報機関の団長、ザスキア・ドッペルゲンガーです、すみませんね 私最初から貴方達に探りを入れる為潜り込んでたスパイなんですよ」

「は?…え?…あ?」

「貴方達がスパイだと見破った彼女…、ノーラも私の部下ですし 彼処で正体を露見させたのも、フェイクです、残念でしたね ヘエ」

「ぁ……貴様…貴様ァッ!」

ザスキアに噛み付こうとした瞬間 他の団員達に取り押さえられ、引き摺られるように部屋の外へと出されて行くヘエは牙を剥いてザスキアを…、月のカフへと吠える

「この…っ!、仲間だと思ってたのに!同志だと信じてたのに!お前…あれもこれも全部演技だったのかよ!!!」

「ええ、仲間だと思ってくれていたのなら 私も良い仕事が出来た証拠です、ありがとうございます ヘエ」

「許さない…許さないからな!カフ!絶対に!絶対にぃぃぃ!!!!!」

「………………」

引き摺られ 扉の向こうに連れて行かれて尚、聞こえてくる地獄の怨嗟を涼しげに躱してコートのシワを伸ばし鼻で一つ息を吐くザスキアさんは表情一つ変えない、少なくとも十年近く一緒に居たんじゃないのか?…何も感じないの?

「さて、煩いのは消えたので 報告をしましょう、私の魔女排斥派潜入の成果を…、是非 陛下に聞いていただきたいのですが、…先ずは皆さんに」

「あ…あのー、エリス 何が何だか」

「ん?エリス…?」

すみません部外者のエリスに少し説明をと、とおずおず手を挙げると ザスキアさんが初めて表情を動かし、こちらを見るなり軽く微笑む…え?、なんで?

「君がエリスが、話は聞いている…シンがよく君の名を出していたよ」

「えっと、ザスキアさん…ですよね?、アルカナに所属してたってどういう」

「簡単な話だ…けど、私は私の口から自分のことを話すのが好きじゃない、ラインハルト 頼めるかな」

「分かった、エリス殿 貴方に分かるように説明するなら、彼女はこの国の敵対者達の元に乗り込み 諜報活動を行う組織のトップ、つまりスパイさ」

「スパイ…」

「そうだ、彼女は今までとある任務に就き アルカナに潜り込んでいたのさ、それが 『マレウス・マレフィカルム内部の調査』…だ」

ラインハルトさんはエリスの前に立ち、ザスキアさんに代わりその全てを詳らかにしてくれる

彼女の名はザスキア・ドッペルゲンガー、諜報機関のトップであり 帝国一のスパイだそうだ

曰く、ザスキアさん…第四師団長ザスキア・ドッペルゲンガーは 今まで闇に包まれていたマレウス・マレフィカルムの本部やその構成メンバーの調査の為 大いなるアルカナに潜り込んでいたそうなのだ

No.18 月のコフ、それがザスキアさんの偽りの名… おどおどと弱々しい人間を演じ、無害を装い アルカナ中枢に潜み 十年近く彼女はマレウス・マレフィカルムについて嗅ぎ回っていたそうだ

徹底した秘密主義であるマレウス・マレフィカルムの動向に 帝国が何処よりも敏感だったのはその為だ、何せ アルカナはマレフィカルムの中でもかなり力を持っており 影響力も多大だ、潜り込むにはうってつけだった

…それじゃあ今までアルカナがやってきた悪行についてはスルーしてたのかと問う、だってアルカナ中枢にいるなら その辺は工面できた筈だ、そう言うと

『その通り 黙認した、私の任務は内側からアルカナの動きを抑制することではなく、マレウス・マレフィカルムの調査だからだ』

と返された、迷いも躊躇いもない 任務だからやるし任務以外の事はしない、それは彼女の信条であり、そしてそんな事をしている余裕が無かったとも…、何せ少しでも怪しい動きをすれば十年の潜伏が全部パァだ、一応 それに対するカウンターのようなものは派遣していたらしいが…

アルカナの活動を潰して回ったエリスからすれば あれは放置に近いよ…、いや、もしかしたらエリスの知らないところで助けてもらってたのかもしれないけどさ

「つまり…ザスキアさんは今までマレフィカルム調査の任務に就いていた…って事ですよね」

「その通り、月のカフ…その偽りの名を用いて彼等に取り入って幹部として今まで内情を探っていた、その任務も もうこれで終わりだが」

凄まじい話だ、十年といえば人間の生涯の何分の一か、それを潜入に費やすなんて 並大抵の感性じゃ出来ないな、少なくとも 十年も素性を偽って敵のど真ん中に居座る度胸はエリスには無い

って言うか何歳だこの人…

「して?、ザスキア…お前が戻ってきたと言う事は、何かしらの成果があった と言うことか?」

「…………」

十年と言う時間を使い 凄腕のスパイがアルカナに潜り込んで調べたマレフィカルムの本部の所在地、これが分かれば奴等を一網打尽に出来る、魔女排斥の意思を徹底的に破壊することができる

そして、その任務をこうして放り出して 正体を現したと言う事は…、つまりどう言う事か 言うまでもない

皆が固唾を飲んでザスキアさんの顔を見る、分かったのか?マレフィカルムの本部の場所は…と、すると


「マレフィカルムの本拠地は 我々の当初の見立て通り、最大の非魔女国家であるマレウスに存在する、最初はフェイクかと思ったが どうやらマレウス・マレフィカルムは本当に『マレウス』にあるらしい」

「…そうか」

非魔女国家マレウス、そこにはエリスも行った事があるし なんなら思い出深い土地でもある

ハーメアが逃げた国であり エリスの弟のステュクスがいる国であり、バシレウスの国であり ウルキさんと出会った国であり、そして 大いなるアルカナの本部があった国

色々あった、何せ二年間も彼処で修行してたわけですしね…でも

「一体…何処に?」

首を傾げ思わず声に出す、エリスは二年間マレウス国内をウロウロと旅して回った、けれどそんな怪しい場何処にもなかったけどなぁ

マレウスは魔女大国並みに広大だ、そりゃ全部を見て回ったわけじゃないけれど…気になる、一体何処にマレフィカルムの本部があったのか を、するとザスキアさんは小さく首を振り

「詳しい場所までは分からなかった、ただ 定期的にアルカナのボスはマレウスにあるマレフィカルム本部に赴いている と言う話だった、頻繁に行き来する割には その足跡が全く掴めない事から 特殊な地にあると思われる」

特殊な地、空の上か あるいは海の中か、そりゃエリスみたいな旅人がウロウロした程度で見つかるんなら、秘密組織なんか名乗っちゃないだろう

ザスキアという人間が 十年潜伏しても詳しい場所がわからないとは…

「だがマレフィカルム内部の情勢は大まかに分かった、八大同盟の内容や著名な人物の素性なども全て調べ上げて…」

「待て、ザスキア」

懐から何やら重要そうな書類を取り出し 情報は取ってきたと言うザスキアさんの動きを声で制止するのはラインハルトさんだ、彼は何やら訝しげに眉を顰めて…

「どういうことだ、お前の任務はマレフィカルムの本部の所在地の割り出しだったはず、それを未達成であるにも関わらず帰還するなんて…、お前らしくもない」

冷たい話ではあるが、ラインハルトさんの言葉には一理ある、だってザスキアさんは十年潜伏したんだ、だったらこの程度で帰還せず もっと奥深くへ潜り込む事も 長く潜伏する事も出来た、なのに それをせず何故戻ってきた

そんな疑問をぶつけられると、ザスキアさんは 何やら複雑そうな顔をして 懐に資料を入れ直し…

「…アルカナに、潜伏している時 とある人物と出会った、その人物にこの顔を見られた 故に戻ってきた」

「とある人物?…何者だ、まさかマレフィカルムの総帥か?」

「いや違う、場合によってはもっと最悪の人間、この存在を皇帝陛下に一刻も早く伝えたい」

一瞬 ザスキアさんがエリスの顔を、横目で見た気がした…、時間にすれば一秒にも満たない沈黙の中行われた行動が 何故か鮮明に記憶に焼き付いたのを感じる…、そして ザスキアさんは口を開き その者の名を語る

「アルカナに八大同盟からの援軍を寄越した者の名は ウルキ、ウルキ・ヤルダバオト…羅睺十悪星の一人が、奴等に関わっている」

「えぇっ!?」

ウルキ その名を聞いて、エリスも他の人間も 驚愕する

いや、だって ウルキって…ウルキさんだよね、羅睺十悪星のウルキなんて他にいるはずが無い、彼女がアルカナに関わっている…?、今回の一件に関わっている?

…それは、なんというか…こう、ヤバいんじゃないか?

……………………………………………………………………

暗く ただ暗い闇の中に 魔力機構が放つ紫の光だけが 視界を確保する、そんな地下世界…居住エリアの地下空間にて、魔女レグルスは向かい合う

向こうは二人、大いなるアルカナの切り札 アリエのツートップ…No.20 審判のシンとNo.21 宇宙のタヴ、エリスが今まで戦ってきたアルカナという組織における頂点の二人が、私の背後にある魔力機構を破壊しに現れたのだ

それは困ると立ち塞がっているのが私というわけだ、何せ 今これを破壊されると居住エリアは地面に墜落しかねない、そんなことさせてたまるか

せっかく弟子が守った勝利の平穏を、後から現れたこいつに台無しにされてたまるか、もうこいつらは負けたんだ 負けたやつらは大人しく退散するべき、それが出来ないというなら この手でさせるまでだ

「タヴ様はお下がりください…」

そう言いながら 一人で私に向かって歩み出るのは白い肌白い髪の女 審判のシンだ

「ほう、私を前に 一人で戦うつもりか?、私は二人同時でも構わんぞ?、寧ろ その方が楽でいい」

「吐かせ魔女!、…お前の相手は私だ、魔力覚醒…!」

ふむ、恐らくシンが時間稼ぎをしている間に 後ろの魔力機構をタヴに破壊させようって魂胆だな、こいつらにとっての勝利条件はそれだ 、まぁ 荒唐無稽ではあるがな

っとと、魔力覚醒か 初っ端から飛ばしてくるな…

「雷轟!『アヴェンジャー・ボアネルゲ』!」

一瞬にしつつシンの魔力と魂が同調し 彼女自身が魔力の塊へと変化する、彼女の体から放たれる光 音、それを一言で言うなれば雷だ

手も足も、体も頭も 髪までも、彼女の体は一つの雷へと変わる、まるで人型の電流…地上に顕現した雷神の如き威容、見るに雷の属性同一化型か シンプルながらに厄介な魔力覚醒だ

「ふむ…」

迸る魔力と電流、私の肌をビシビシ刺激するそれはかなりの物であることが分かる、こいつは既に魂と肉体の殻を破る寸前、つまり 第三段階を目前にしているのだ

第二段階到達者の中でも最上位の存在と言ってもいい、これは手に余る…エリスや師団長達では及ばん、これ程の奴が居たのか 大いなるアルカナには

「しかし、私の相手をするには些か出力が足りないんじゃないか?、高々第二段階程度で…、相手が務まると思われているのなら、心外だ」

そう 私が口を開いた瞬間、シンの姿が消える、まさしく稲光の如く 一瞬で…

いや、違う…これは

「いつまで自分達が絶対者だと思っている…」

光と共に、雷と共に跳躍したのだ、現に今 私の目の前には奴の靴底が見える、ほう 雷速の蹴りか、油断していた私にはとてもじゃないが反応し切れるレベルではないそれが、全霊で貫ぬくように放たれる

その一撃は落雷にも勝る一撃、それをたった一人の人間に向けて シンは蹴りとして放ったのだ

「ぐあぁっっ!?」

吹き飛ぶ、地面を転がり 痛みに悶えゴロゴロと、…当然 私がではない、蹴りを放った張本人たるシンが、次の瞬間には私の目の前で転がり倒れているのだ

いや、確かに雷速は凄いし 威力も半端じゃなかったが、雷と同程度の威力で私がどうこうなるわけないだろう、私の防御も抜くことが出来ず 勝手に弾き返されたのだ

「いつまで絶対者のつもり?、悪いな いつまでもだ」

「この…ふざけるな…!魔女め!『スネークエレクトロシティ』!!」

見下ろす私の顔を見てみるみる顔を赤くし激怒するシンは、そのまま地面に手をつき バチバチと部屋全体に電流を走らせる、って まるで若雷招のような技を使うのだな…だが

「ふんっ!」

踏み込む、武術に於ける震脚と呼ばれるそれにて一つ 地面を叩くと、部屋を包んでいた電流が全て、掻き消える

若雷招に似ているが、所詮現代魔術…荒い作りだ、軽く魔力を乱入させて掻き乱せば、編み物を解くように形を崩せる、私には現代魔術は効かないんだよ

「わ 私の魔術が…」

「次は何をする、それともたったその程度で終わりか?」

「な…めるな!、魔女がぁぁぁぁ!!!!」

まるで獲物を前にした獅子のように 四つ足で構え、飛ぶ 

その速度は電撃の如く、軌道は落雷の如く不規則に、その攻めは俊雷 その意気は剛雷、木を破る稲光のような一瞬の攻めを、刹那の目で見切る…流視眼だ

あらゆる流れを読み切り、相手の次の行動を予測する高度演算能力を用いてシンの動きを見る

奴が今行おうとしているのは 恐らく奴が今この場で最も信頼している攻め方、つまり 電撃と一体化し その速度と勢いで攻め切るスタイルだ

「ふっ…」

顔を僅かに横に逸らせばシンの電撃が頬を掠め、その一瞬後に彼女の拳が空を切る

「しぃぃぃぃい!!!」

乱れ飛ぶシンの乱撃、拳と蹴り それが闇雲に放たれる、素人の動きに等しいそれが必殺たり得るのはその速度と、一撃一撃が雷速で飛んでくるが故、生半可な人間では避けるどころか反応することさえままなるまい

だが

「ごぶぅっ!?」

シンの頭を掴み 地面へと叩きつけ、僅かにバウンドしたその体に蹴りを入れ弾き飛ばす、何度やっても無駄である、そんな解答を返すようにシンを撃退する

確かに強い、シンは強い だが…私相手では少々足りんよ

「くそ…がぁっ!」

「待てシン」

「タヴ様!止めないでください!、魔女が!魔女が目の前にいるのに!」

それでも尚 私に向かおうとするシンを止めるタヴに怒鳴りつける、そのシンの目に 戦略性とか作戦とか、そういうものは見えない、ただ 私が気に食わないから殺したい、誰かの邪魔を得ずに その手一つで…

そんな覚悟が伝わってくる、いや 気に食わないのは私ではなく『魔女』という漠然とした存在か?

「分からんな、お前達は組織のトップに立つような人間だろう、それが 私憤に走り勝手に行動するなど、私が余程に憎いか」

「憎いッッ!、お前達さえいなければ!それを何度思ったことか!!」

「それは悪かった、だが 居るものは居る、それに対して怒られても如何にしようもない」

「貴様…!」

「何故そうも怒る、お前達の魔女への憎みは一体何処から来る、私はお前達に何をした」

「ッッッ!!!」

何かを言おうとしたシンの口を押さえるのはタヴだ、彼は優しく首を横に振り 何も言うなとシンを冷静にさせる…、そして

「何もだ魔女よ、お前達は我々に何もしていない…、だが お前達は何かをせずとも、人の人生を狂わせる程に、巨大なのだ」

「そうか」

「この憎しみは、逆恨みかもしれない…だが、恨まずにはいられないんだよ、我々は魔女を 帝国を…」

すると今度はタヴが構えを取る、いや タヴだけではなくシンもだ、今度は二人で私にかかってくるか…、アルカナ最強の二人が

しかし、確かアルカナは上のナンバーになればなるほど強いのだったな?、とすると シンが第二段階の最高段階までいる、ということは シンよりも強いとされるタヴは恐らく…

「行くぞ、魔女よ…これが我等の革命だ」

タヴが魔力を解放する、ただそれだけで大地が揺れる…、タヴの周囲が歪み まるで彼という存在が空気中に溶け出たかのように、空間が変容していく、これは魔力覚醒…いや、違う

これは…

「極・魔力覚醒」

魔力覚醒を極めた者 即ち、第三段階に至った人間にのみ許された形態変化、魔力覚醒を超えた魔力覚醒、それを タヴは発動させているのだ

「星轟『アポテレスマティカ』…」

刹那 極・魔力覚醒を発動させたタヴの魔力が数倍に膨れ上がる、ただでさえ膨大だったそれが 大幅に増大したのだ

魔力覚醒を行なった者は身体に変化が現れる、だが 極・魔力覚醒はそれに加え、その者の周辺環境さえ塗り替える

タヴはそうだな、簡単に言い表すなら光だ、目から口から まるで彼の内側に恒星でも生まれたかのように光を放ち、その皮膚は内から溢れる力によってヒビ割れ光を漏らす、何より異様なのはその身に纏う光景だ

彼の背後に、星空が…宇宙が広がっている、荒唐無稽な話だが 彼の周辺の光が捻じ曲げられ生まれた闇の中に、タヴの魔力が弾けて煌めき星空のように胎動しているのだ、なるほど 宇宙のタヴか

「まさか、第三段階に入った人間もいるとはな」

間違いない、タヴは第三段階到達者だ、魔力覚醒を完全に極め抜き さらにその上の段階に存在を押し上げる事に成功した人間が行き着く場所

第二段階『逆流覚醒』の上…第三段階『霧散掌握』だ

霧散掌握とは即ち自らの魔力を霧散さす 周辺を完全に掌握する術を知った人間のことだ、魔力があるならどんなことでも出来る、それを本当の意味で理解できた奴だけが入れる極地

そんな第三段階到達者の魔力覚醒は 極・魔力覚醒と呼ばれ区分される

エリスによく言っているが、魔力覚醒のタネとは魔力をポンプのように魂に送り込み、魔力の根源たる魂を膨らませる事により 肉体と同程度の質量にする事で肉体と魂の境目を可能な限り無くすのが魔力覚醒、これを行えば肉体が一個の魔力の塊になるんだ…だから肉体が魔術事象のように変質する

だが極・魔力覚醒はその上、膨らんだ魂が肉体から完全に溢れてしまい 世界との境目を無くしてしまう状態のことを言う、これにより彼の魔力は周辺の環境を自在に操作出来るようになるんだ

手を動かすように温度を変え 足を動かすように空間を硬質化させ、息をするように魔力で攻撃出来る、極・魔力覚醒なんて名前が付いている本来はこの形態のことを魔力覚醒と呼び エリスやシンが行う魔力覚醒を 半端な魔力覚醒と呼ぶのだが…

それが逆転してしまったのは、この極・魔力覚醒に至る人間の少なさから来る…、まぁ色々言ったが 纏めるとこいつは シャレにならんくらい強いという事だ

「シン 援護に回れ、俺がやる」

「…分かりました、タヴ様」

エリスは今こいつらと戦おうとしていたのか?、それはちょっと師匠として止めなければならない、エリスはシンにも敵わないのに タヴとやっても勝負にならん…

いや、下手したら 師団長の中にもタヴに勝てる奴はいないかもしれん、こいつを倒すには将軍か 魔女でなければ…

「油断が過ぎるぞ!魔女!『星煌のセプテントリオ』ッ!」

「むっ…!」

刹那、飛んでくるのは タヴの背後に広がる星空、そこから流星のような光条が煌めき、光線のように幾重も飛んで来るのだ、慌てて反応してそれを手で弾くが…

「チッ、これ 魔術ではないな」

弾いた手に痛みが走る、見れば手がやや焦げており黒い煙を上げているではないか、魔女以外に傷をつけられたのなんか久しぶりだ

本来これが魔術なら 私は無効化できる、だが タヴが今放ったのは魔術ではない、極・魔力覚醒で掌握した魔力を魔力事象に変換して放ったのだ、本質は魔術の変わらないが その魔力の主導権はタヴにある、故に私では解いて無力化出来んのだ

第三段階到達者は魔女を傷つけることが出来る、…つま奴はともすれば魔女さえ殺し得る存在なのだ

「やはり、これは魔女にも効くようだ…」

「こんな火傷程度で殺せると思っているのなら お前は存外楽観的なようだ」

「楽観視しているのはどっちだ、精々 油断しろ、その隙に我らは革命を成す!」

煌めく、タヴの姿がより一層 一等星の輝きを放ち…、その一瞬の間に 我が眼前に迫る

速い、これほどの速度か…!

「『星衝のメテオリーテース』ッ!」

「ぐっっ!」

咄嗟に手をクロスさせ タヴの星光を纏った直線の蹴りを防ぐ、この私が背後に引きずりれる程の威力、それは軽い城壁くらいなら一撃で空の彼方まで飛ばせる威力を持つことを意味する

エリスの必殺の一撃である雷響一脚でも微動だにしなかったこの体がだ

「相手は一人ではないぞ!魔女ッ!」

「チッ!」

見れば背後にシンが回っており その体から電流を迸らせ、私の体を焼き切ろうと迫る…、これは防げる 魔力を解けば防ぐことが出来る、だが

私が舌打ちしたのは シンに一瞬意識が持っていかれ、そっちへの防御に一瞬と言う時を使ってしまったことへの迂闊さに対してだ

「『星壊のオルビス・ラクテウス』ッ!」

案の定その一瞬の隙にタヴは光を増幅させ、極大の星光を用いて破壊の一撃をこちらに放つ、これはいつもの魔力防御では防げない、かといって魔術を発動させてもそれが成立する前に私に着弾する

ええい、仕方ない 受けてやる!

「くっ…むんっっ!!」

受け止める、素手で その光を受け止め握り、握り潰す、魔力を握力だけで握り潰すのだ

当然 手の皮は焼けるが、無様に食うよかうん倍マシだ…

「っちち!、痛いな…」

「これも受け止めるか…ッ!ならば!」

「まだまだァッ!!」

前門のタヴが光を纏う、後門のシンが雷鳴轟かせる、丁度 挟み撃ちにされる形になっているな…

「『星閃のサザンクロス』!」

前方のタヴが振るうのは手刀だ、その手に纏わせた高密度の魔力は光の刃となり彼の両手を包み込む、それを一度振るえば私の体を守る魔力防御がすっぱり切れるのだ、お陰で久方ぶりに魔女以外の存在に対して回避を行なった程だ

「『ライトニングスプリット』!!」

対する後方のシンは兎に角やたらめったらに電撃を乱射し、再び私の意識を逸らそうと尽力する、彼女もタヴに比べれば見劣りするだけで弱くはないのだ

そんな彼女が捨て身覚悟で打つ魔術が弱いわけがない、なんとか背面の魔力を操り電撃を散らす

「っっ…厄介な」

前方の神速の斬撃を手で弾き続け、後方の電撃を魔力を操り無効化する、前後で全く別の作業をしながら別の人間と戦うなんて、そんな器用な真似を私にさせるなよ

「ふ 二人掛かりでも微動だにさせられないとは…!」

「うむぅ、存外強い…だが、だからこそ革命のやり甲斐もあるというものだ!」

タヴの手刀を受け止めれば大地が一つ揺れる、第三段階特有の馬鹿出力 空間を掌握しているが故に空間ごと切り裂きに来るのだ、私も更に上の段階に合わせなければ難しいか…?

「はぁぁぁっっっ!!」

「ふんっっ!!!」

タヴとレグルスの手と手が虚空にてぶつかり合う、空中で迸り爆ぜ散る電撃が花火のように舞い 二人の組手をより一層強く演出する、この世の絶対者たるレグルスは言わずもがな、最強のアルカナたるタヴはレグルスを相手に一歩も引かない攻勢見せる

「ぐっ…」

いや、違う 両者互角に見えるのは勢いだけだ、レグルスの顔は相変わらず 涼しげだというのに タヴの顔色は悪くなる一方だ、歯を食いしばり 冷や汗を流し、まるで綱渡りでもしているかのような

いや、事実タヴは今綱渡りをしているに等しい、こうして乱打戦に持ち込んでしまった事を後悔している、抜けない…レグルスの守りを、どうやっても それを悟るのだ

レグルスは今 第二段階・魔力覚醒に等しい状態で戦っている、極・魔力覚醒を行うタヴの方が性能的には有利だ、しかし 圧倒的な基本性能と歴戦の経験がタヴの極・魔力覚醒を圧倒しているのだ

「チッッ!!」

タヴは引いた、堪らず引いた、ここで引いても何にもならないのはわかってる、なんなら折角接近したアドバンテージを捨てることになる、シンと挟み撃ちにしている有利を捨てることになる、何にもならない

けれどさっきからずっと、レグルスと打ち合っている最中タヴの脳裏を過ぎり続けるのだ

奴の貫手がこの頭を柘榴のように叩き割る幻影が、その過度なストレスに負けたタヴは空中に飛び退き 体勢を立て直す

「逃すかっ!!、ーーー『旋風圏跳』ッ!」

「くっ!『星転のアンティキティラ』!」

加速するレグルスと流れ星のような速度を得て速度を得るタヴ、極・魔力覚醒を使ったタヴはまさしく万能だ、魔術という枠に収まらずなんでも出来る、特にこの加速を得たタヴの速度は…、そう まさしく流星の煌めきの如き速さだ

戦車のヘットが右腕の加速魔術の達人メルカバでさえ、今のタヴの後塵を拝することさえ許されない、そんな絶大な加速の中 レグルスは

「逃がさんと言っている!」

「ぐはぁっ!?」

追いつき 膝蹴りを加えタヴを吹き飛ばしたのだ、デタラメだ 何かタネがあるとか、レグルスに何かをされたから追いつかれたとか、そういう必然ならまだ納得も行った

だが、レグルスは単純に風で加速して 光となったタヴに追いついたんだ、シンにもタヴにも…理解が及ばない

「に 逃げんさ、私は!」

かと言ってやられてばかりのタヴではない、光をより一層強くし より一層加速し、今度はレグルスに向けて襲いかかる

「上等だ…!」

タヴが挑み、レグルスが答えた、戦う理由はそれだけで十分だ、二つの煌きは虚空へと消え る

「ッッーーーー…!!」

爆裂、虚空でぶつかり合う二つの衝撃は火花を輝かせ何度も虚空で煌めく

互角、そんな言葉が湧いて出たのも最初の数合のみ、一手 また一手と交わる都度に、タヴ側の反応が遅れる、いや 巧みにレグルスがタヴの反応を欺いているのだ、タヴが欺かれたと気付いて直ぐに方向修正する、その都度誤差が生まれる

その誤差が看過できない程に大きくなり、そして…

「ここ!『颶神大風刻槍』ッッ!!」

「ぐぅっっ!?」

撃ち込まれる、タヴの腹に突き刺さるような風の槍が深く深く衝撃波となって刻まれ 、タヴの体は錐揉み飛んでいき、地面に激突し数度跳ね その動きを止める

今度は、起き上がらない…起き上がれない

「もう終わりか?、私にも使わせてくれんのか? 魔力覚醒を」

「ぐっ…」

タヴは今、この魔女という存在を前に 痛感していた、絶対とは即ち揺るがないから絶対なのだと

タヴだって伊達に魔女排斥組織を束ね魔女大国と戦い続けていない、魔女の恐ろしさは知り得ているつもりだったが…、なんてことはない 魔女は大国など率いずとも強いのだ

タヴが極・魔力覚醒を用いて戦っても倒せないばかりか、本気すら使わせることができないとは…

これはマズいな…

「ぅ…ぅあああああああ!!!」

刹那、レグルスの背後で純白の電光が煌めく、雄叫びをあげて突っ込んでくるのはシンだその身に纏う白銀の電撃は一瞬にして場を包む、その光にタヴは見覚えがあった

この光は…これは、恐らくこの世に現存する雷属性現代魔術の最高峰に数えられるうちの一つにして、シンの持つ魔術の中でも最強の威力を持つ 奥義…『スプリーム・ケラウノス』、その絶大な威力は他の追随を許さず 世界最強の雷とも名高いそれは、その威力と引き換えに使用者さえも痺れさせてしまうデメリットを補って余りある必殺魔術

それを躊躇いなく放ったのだ

しかし

「喧しい」

レグルスが軽く腕を後ろに振るう、ただそれだけでシンの捨て身の魔術は宙を舞う埃のように消え去ってしまう、無駄なのだ 何もかもが…、どれだけ強力でもレグルスに現代魔術は通用しない

剣も効かず 矢も通らず 槍も折れ 魔術も届かない、タヴのようにやっとの思いで傷を作ることができてもそれまで…、敵わない

孤独の魔女には敵わない、現代の如何なる存在でも敵わないのだ…

「これでも…ダメなのか…」

自らの放った雷の反動で倒れ込むシン、最早彼女に動く力はない…そして、タヴもまた 甚大なダメージを受け突いた膝が地面から離れない、これは見誤ったな… そうタヴは浅く笑う

「もう少し、やれる予定だったんだが…」

「完全に見誤ったな…アルカナ、その程度で魔女を殺せると思うなど、勘違いも甚だしい…」

アルカナ最強の二人が レグルスを前に倒れる、つけた傷と言えば手先に火傷を少々、シンとタヴが二人がかりで挑んでも この程度の傷しか与えられなかった その事実は何よりも二人に深く突き刺さっていた

「言っておくがお前達が倒そうとしているカノープスは私以上に強く、そして容赦が無いぞ?、アイツは我らが認める最強の魔女…それをこの程度の力で挑もうとするなど、笑止千万だな」

「らしいな…、どうやら 我らの力では、お前達を打破するのは難しいらしい」

「そうだ、諦めろ そして認めろ、今の世界を…この世の在り方を、受け入れるのだ」

レグルスが迫る、動けないタヴに 、この世を認めろと 魔女世界を認めろと

…タヴとて、理解している…、魔女のお陰で多くの人間が救われた事実を、帝国の繁栄とは即ち人類の繁栄、それによって多くの人間が飢餓や疫病から救われた、彼女達がいなければ助からなかった命もあったし 生まれなかった命もあった

だが…、それでもタヴとシンが、二人で手を取り合って戦うのは、やはり 魔女という存在は間違いに満ちているからだと確信しているから

その行いがでは無い、八千年前の人間がいつまでも残り続ける…それはこの世に言い知れぬ歪みを生むのだ、それを正さなくてはならない

例え、命も誇りも なにもかも失ったとしても…

「すまん、シン…どうやら我等の力では魔女は倒せんようだ」

「タヴ…様、まさか…」

「ああ、…そういうことだ」

諦めるように フッと力を抜くタヴ、諦めた この手で魔女を倒すのは…、だが 魔女を倒すこと自体は、諦めていない、彼はただ決意しただけだ

「ッッ!!!魔女!」

「ん?おおっ!?」

刹那、タヴは全魔力を解放し 爆裂させる、凡そ自爆に近い攻撃、されど極・、魔力覚醒を用いた存在の魔力解放だ、その威力と範囲は爆弾と同じくらーいなんて馬鹿な表現じゃ追いつかない

まるで、今この場に噴火口が出現し 数百年に一度の大噴火を起こしたが如き衝撃が轟く、それはレグルスに向かって飛び…

「ふんっ、闇雲に攻撃をして私に効くとでも……あ」

やべっ とレグルスは慌てて振り返る、この自爆はレグルスには効かない、だがレグルスの後ろにある魔力機構には効く、バリバリに効く、こんなもん食らったら魔力機構が壊れる それこそ修理不可能なほどに

それは即ちレグルスの敗北とマルミドワズの崩壊を意味して…

「チィッ!ーーーっっ『絶界八宝狩籠』!」

大慌てで振り向いて魔力機構を中心に結界魔術を用いる、これで魔力機構は奴の魔力から守られる…しかし

「…やはりか」

タヴの魔力爆発が収まり、静かになった空間の中レグルスは振り向く、さっきまでタヴが居た空間だ、そう 『居た』だ…つまり今は居ない

逃げられた、さっきの魔力爆発を囮にシンと離脱したようだ…、上手く逃げられたな 或いは最初から退路を用意していたか

何にせよ、魔力機構を守ることは出来たらしい

「しかし、…タヴとシンか…」

厄介な奴らを逃してしまった、私を前に圧倒されていた二人だが、奴らの相手をしたのが私でなければこうはいかなかった、少なくともここに立っていたのが私ではなくエリスだったら…間違いなく殺されていた

…エリスはアルカナと決着をつけたがっているようだが…、正直 師匠としては難しいからやめておいたほうがいいと言いたい

シンもタヴも今のエリスには余る相手、今のペースで修行を続けて 二、三年後に漸く互角に戦えるかどうかというレベルだ…、少なくとも今じゃ絶対に勝てない

…バカが、師が弟子を信じずしてどうするか、勝てないというのなら勝てるようにするのが私の仕事だろう、私にできるのは エリスがあの二人と対峙した時、勝ちを収めることができるようにすること…

しかし、しかしなぁ…どうやら、もうあんまり時間がなさそうなんだよなぁ

だって、多分もう 帝国はアルカナの殲滅に移るだろうから


………………………………………………………………

帝国のスパイ筆頭 ザスキア・ドッペルゲンガーによってもたらされた報告、それはアルカナの内情やマレフィカルム内での勢力の動き そして、今回の一件に関わっている存在の情報

多くの情報を持ち帰った彼女は一旦 その情報を師団長達と整理して陛下に報告に向かうらしい、詳しくまとめられた情報がエリスの所に来るのはまた後日…という話だが

「…はぁ」

エリスは今、マルミドワズの大帝宮殿のロビー、人のいないロビーの柱に凭れ掛かり 座ってボケーっとしている

さっき慌ただしく走っていた帝国兵の話を盗み聞きしたところ、マルミドワズ内に紛れ込んだ魔城排斥連合 その全ての撃滅と捕縛に成功し、この騒動の鎮圧に成功したことが分かった

まぁ、作戦の要たるヘエや主力が軒並み倒されたんだ、後に残った雑魚はまさしく孤軍奮闘、何人かは逃げたようだが…そんなもの 帝国という巨人の一握り、その指の隙間から溢れた砂程度でしかない

アルカナと連合は、再起不能の傷を負った…こっちも無傷ってわけじゃない、民間人に犠牲は出なかった 帝国兵の方には死傷者も出たし街もかなり壊れた

…でも、帝国はそれを傷としてカウントしない、街は直せる 人は代わりを用意できる、残酷だが そういうものだ


でも、今エリスの頭を悩ませているのはもう先程の襲撃事件に無い、…今 エリスの頭にあるのは、アルカナ達の潜伏地に姿を見せたというウルキさん、そのことで頭は持ちきりだ

ウルキさんはアルカナと…いや、マレウス・マレフィカルムと関係があるのか?、ある と考えた方が正直自然だ、どっちも魔女と敵対する存在 手を組まない理由がない

いやぁ、ひょっとすると ウルキさんがマレフィカルムを作り支配している可能性もあるなぁ、…だとすると ウルキさんは魔女大国に匹敵する戦力を手中に隠していることになるが…

分からないのは、この局面で姿を現した事、ザスキアさん曰く 戦力を寄越すだけ寄越してウルキさんは消えたらしいが、不自然だ

だってウルキさんですよ?、八千年も魔女に見つからないように動いていた女が、態々戦力を連れてくるだけ で終わるか?、何か意図があったに違いない

…いやもっと考えるなら、ウルキさんならザスキアさんがスパイであることに気がついていてもおかしくない、ザスキアさんに存在がバレればカノープス様の耳にも届くと分かりながら、顔を出して剰えザスキアさんに手を出さなかった?…

あー…それが狙いか、多分 彼女は全部織り込み済みなんだ、自らの存在が露見することも…ともすれば、エリスにこの話が行くのも…

つまり、これはウルキさんが顔を出し手を貸す肝いりの案件だぞ?と…案に伝えているんだ、エリスやカノープス様に

今はそう思っておこう、そしてこれ以上考えないようにしよう、真意が分からない物を考えても意味がない、エリスはどう巡っても分からないことを思考するのは嫌いだ

「はぁ~、って言っても気になるよなあ、手を貸したならウルキさんが出張ってこない理由がわからないんだよなぁ、もしマルミドワズ崩落を成功させたいなら あの人が出てきた方が余程手っ取り早い早いのに…」

「んん?、今 俺が解決したマルミドワズ崩落事件の名前が聞こえたけどもぉ~?」

「ん?」

ふと、思考を遮る声が聞こえる、見れば何やらソワソワした様子のフリードリヒさんがサングラスをクイクイ動かしながらズッカズッカとこっちに歩いてくる、自慢げだ…すごい自慢げだ

まぁ、実際彼の尽力のおかげでマルミドワズは救われたに等しいんだけど

「よっ、エリスさん お疲れ」

「フリードリヒさんも、お疲れ様です」

すると彼はエリスの隣で胡座をかいて話し込む姿勢を取る

今回のマルミドワズ崩落作戦が阻止された要因は三つある、一つはエリスがヘエを倒したこと もう一つは師匠が魔力機構を支えたこと、そしてもう一つはフリードリヒさんが他の魔力機構を守ったことだ

聞けば、フリードリヒさんは娯楽エリアを防衛した後 月のカフ…つまり ザスキアさんと出会い、アルカナが崩落作戦を企んでいることを聞かされて動いたようだ

一人で娯楽エリアを防衛した後 あちこちに点在する居住エリアの魔力機構を全部守ったのははっきり言って凄まじい成果だと思う、実力もそうだが キチンと魔力機構の場所を全部把握して、効率よく回らないと出来ないこと…

それを咄嗟の判断で出来るんだ、流石は第二師団の団長様だ

「聞きましたよ、凄いですね 魔女排斥連合から魔力機構を守ったんですよね」

「偶然だよ、いやマジで…彼処でザスキアさんに会ってなけりゃ俺、そのままカジノで遊んでたし」

それはそれでどうなんだ…

「にしても連中…馬鹿な真似しやがるよ、エリスさん 多分だが今 ザスキアさんが陛下に行ってる報告、これが終わったら 多分そのままアルカナの隠れ家へ突撃することになるぜ」

「ああ…、ザスキアさんがアルカナに潜り込んでいたからそういうのもわかるんですね、ルードヴィヒさんが言ってたアルカナに忍び込ませている密偵ってザスキアさんのことなんですかね」

「いや、それはそれで別の奴だ」

まぁ確かに言ってたもんね、自分はアルカナの密偵じゃないからそういうのを報告する義務はないって、だから別の人間を招き入れたらしいけど…

「でも、そのアルカナ用の密偵のノーラの正体がバレて始末されかかったらしい、んで そいつが始末されて要らない情報まで吐きそうになったから、代わりにザスキアさんがノーラを拷問したって体でマルミドワズへの直行転移機構を教えたらしいぜ」

「えぇっ!?じゃあ今回の一件って…」

ザスキアさんがマルミドワズへの道を教えたせいで起こったのか?…、お陰で街は酷い被害を被ったんだぞ、それはちょっと…どうなんだ

「言うなよ、まぁ ザスキアとしても今回のこれでアルカナとの戦いを終いにするつもりだったらしいぜ?、本当は事前に俺達に襲撃の件を通達して待ち伏せさせる予定だったみたいだが…」

「それが上手く行かなかったってことですか、待ち伏せも ここで決着をつけるのも」

「ああ、だから 相当責任感じてるぜ…、責任取って自刃するとまで言い出してやがる、まぁ 止めるが」

止めてくれ、流石にそれで自刃はちょっとアレだ、しかし そうか…

このマルミドワズへの侵攻を跳ね除けてなお帝国には殴り返すだけの余力があるのか、まぁ 顔に泥塗られたんだ、黙ってる理由もないか

「アルカナ側ももう手札が無い、せっかく集めた連合も半数を失い、頼みの綱のアリエも残すところ後二人…、木っ端な幹部も残ってるが もう敵じゃねぇ」

「ですね…」

そう言われて、エリスはなんとなく思ってしまう

『ああ、終わるのか』と…

アルカナとの戦いはエリスがアルカナを認知する前から始まっていた、アジメクの反乱だってアルカナの所為だその後訪れる全ての国でアルカナの影はあった、その全てと戦って戦って戦い尽くして

そうしてエリスは今、アルカナの息の根を止めようとしている…長かったが、それももう終わりかと思うと、なんだか呆気ないな

「エリスさんはアルカナ討滅戦に参加するんだよな?」

「はい、そのつもりで今日まで頑張ってきましたから」

「そりゃ頼りになるぜ、アリエを二人も倒してるんだ、残りもお願いしますって感じさ」

「あはは…」

残り、と言うとNo.20 審判のシンとNo.21 宇宙のタヴ、アルカナ最強と謳われる二人だ、どれだけ強いかは分からないがまず間違いなくエリスが今まで戦ってきた奴らの中で一番強いのは確定している

あのレーシュさえも上回る二人か…、行けるのかな…いや 行く!勝つぞー!

「ん?、あれま 二人ともこんなところで何やってんの?」

「フリードリヒ!テメ!こんなところで油売りやがって!」

「おおぅ…また随分賑やかなのが…、折角エリスさんと二人きりで話してたってのによぅ」

そちらの曲がり角から揃って現れこちらの姿を確認するなり顔色を変えて寄ってくるのはリーシャさん トルデリーズさん ジルビアさんの三人娘、さっきまで市街地で連携を見せていた三人だ

「フリードリヒ団長、先程ラインハルト団長が話があると言ってましたよ」

「へ?、俺に?なんだよぉ マルミドワズ守ったってんで勲章かな?、俺は勲章よりも昇給が欲しいなぁ」

「いえ、減給と始末書です」

「え…」

ジルビアさんが怜悧に述べる、なんでもラインハルトさん曰く 結局大事な会議に顔を見せなかったから、後カジノの酒代を全部軍にツケたのがマズかったらしい、これ以上看過すると流石に周りに示しがつかないので 取り敢えず始末書と減給とのことだ

「な なんで!、俺マルミドワズ守るために頑張ったのに!」

「ラインハルト団長曰く…それはそれ」

「えぇ」

「これはこれ…だそうです、まぁ ただ遊び歩いていたわけではないですし、結果としてファインプレーに繋がった点も鑑みて 三ヶ月の減給で済ませてくれるみたいですし良かったじゃないですか、これがハインリヒさんなら降格でしたよ」

「んんぅ…、ラインハルトめ まぁいいか、金なんかあってもなくても変わらんし、んじゃ ちょっとラインハルトんところ行って謝ってくるわ」

仕方ねぇか と割り切ってポケットに手を突っ込みながら軍議室へと向かっていくフリードリヒさん、自由な人だな… だけどあんまりラインハルトさんを困らせないほうがいい、彼は多分 生真面目過ぎて損するタイプだから

「それはそれとして、エリスちゃん お疲れ」

「リーシャさん達もお疲れ様です」

「んははは、まぁ 私が疲れたのは半ばトルデの所為だけども…」

「どう言う意味だよ!おい!」

「それはいいとしてメグちゃんは?、いつも一緒なのに」

ふと、リーシャさんがトルデさんを無視しつつ 周りを見回す、メグさんの姿がない…と気になるようだ

メグさんはいない、さっきエリスをここに連れてくなるなり そそくさとどっかに行ったのだ、帝国軍がこんなにごった返してるなら彼女も忙しいんだろう、お飾り少尉のエリスとは違うのだ

「なんでも捕らえた魔女排斥派達の護送を手伝う…とかなんとか言ってましたよ」

「そうでしたか、いえ 私もメグ殿に聞きたいことがあったのですが」

ジルビアさんが困ったように首を傾げて言う 聞きたいことがあった…と、そう言うならエリスもジルビアさんに聞きたいことがあるんだけどなぁ

というのも、アレだ…エリスの前に現れた殺し屋メイド フランシスコ・ハーシェルの件だ、彼女がエリスの前に現れた時 彼女はジルビアさんに変装していた

リーシャさんでもメグさんでも無い、ジルビアさんだ エリスとあまり関係のないジルビアさんに化けていた、そのチョイスが微妙に引っかかる、別にエリスを騙して近づくだけならもっと信頼されそうな人物に化けないか?

一瞬エリスはジルビアさんが殺され フランシスコに成り代わられたと勘違いしたが、現に彼女はこうして健在、なら尚のことフランシスコのチョイスは分からない

「聞きたいことってなんですか?」

「いえ、エリス殿と別れた後…この宮殿内部にてメイド服姿の殺し屋に襲われたのです「

「それって、…フランシスコですか?」

「え?ええ そう名乗っていましたね、まぁ 私の背後を取りナイフを突きつけてきたので敵と見做してボコボコにして追い返しましたが」

強…、っていうか会ってた上に名乗ったのか フランシスコ、そしてボコられ追い返されたと…、殺し屋失格じゃないかアイツ

「その時彼女はマーガレットなる人物を探していると言っていました、そのマーガレットやフラシンスコが何者か、メグさんに聞けば分かるかと思ったんですが」

「え?なんでメグさんなんですか?」

「だってメイド服着てますし」

どういう理論だよ

「マーガレットについては分かりませんが、フランシスコについてなら分かりますよ、エリスも会ったので」

「エリス殿も?、それで…フランシスコは…」

「はい、フランシスコは己をハーシェルの一員と名乗っていました、新たなる空魔として育てられた ハーシェルの影と」

「ハーシェルの影…!?、いや…そうか」

ハーシェル その言葉を聞いた瞬間、ジルビアさんは黙り込んで 何かを考えるように視線を外す、見ればトルデリーゼさんもリーシャさんも何やら苦い顔をしているではないか…

彼女達がここまでの顔をするなんて相当だ…何か、あるのか?

「あ、トルデリーゼ団長 ジルビア団長補佐、こんなところにいたんですね?」

「お?、どした」

すると会話に割り込んで向こうから走ってくるのは…知らない人だ、格好的に帝国兵だというのは分かるが…、エリスもまだこの帝国にいる兵士の顔全てを把握したわけじゃないからなぁ

「いえ、ルードヴィヒ将軍がお呼びです、ザスキア団長による陛下への報告が終わったので、これより 対アルカナ掃討作戦の作戦会議を行う…と」

「へぇ…」

緩んだ空気が紐でキュッと締められたような緊張感が走り、全員の顔つきが変わる、どうやら来たようだ…その時が

対アルカナ掃討作戦、この内容の如何によって エリスは奴等と最後の戦いに臨むことになる

「あの…エリスは」

「ああ、エリス殿の出席も認められています、どうぞ こちらです」

「ありがとうございます!、よし!…」

「よかったね、エリスちゃん」

「はい!、リーシャさん!」

これでエリスも戦える、ここまで戦い尽くしたんだ、最後まで戦いたい…始めた事を途中で投げ出して誰かに任せたくはない、奴等が傷つけた人や物を多く見た者として…最後まで

「では、こちらに」

「はい!…あれ?、師匠は…?」

「レグルス様ならカノープス様のところに向かいましたよ?、なんでも陛下が話したいと呼び寄せたようで」

ああ…向こうは向こうで何か大切な話があるのだろう、メグさんもレグルス師匠もいないけれど、仕方ない ここはエリス一人で軍議に参加しよう

そう考えながら先導する兵士に案内されるように、エリス達四人は軍議へと向かっていく、アルカナとの最後の戦い その軍議に…

………………………………………………………………

コツコツと、静寂の中 規則正しい足音が響く、月明かりだけが窓から差し込むこの岩の楼閣はアガスティヤ帝国の辺境に存在する 帝国のアロン大監獄、帝国の犯罪者達を収監しておく為の大施設である

件のマルミドワズ襲撃に関与した魔女排斥組織の人間達もまた、もれなくここへと送られることとなった、捕まり次第 瞬間転移魔力機構を用いてそのまま牢の中に送られたのだ

こうして歩きながら脇見をすれば、手錠を掛けられ横たわる魔女排斥組織の人間達が絶望した表情をしている

そんな彼らを見て 彼女は…メグは

「哀れな…」

そう呟く、囚人の監獄への移送を手伝っていた彼女は 帝国兵が引き上げた後も この監獄に残っていた、いや 移送を手伝ったのはあくまで本来の目的のついで、怪しまれないようにする為のカバーストーリー

メグがこうして監獄にやってきたのは…、彼女に会う為だ

「失礼します」

「……マーガレット…!」

監獄の最奥にある部屋にて、鎖で鉄の椅子に雁字搦めにされている女 フランシスコ・ハーシェルへ面会する為、そう こいつに会う為メグは監獄にやってきたんだ

…これは、陛下の指示ではない メグ自身が個人で思考して、必須であると考えた行動だ

「何をしに来た、やはり私を始末に来たか」

「いえ、ただ話を聞きに来ただけですよ、他の帝国兵の皆さんと同じでね」

「けっ…」

そう語るフランシスは嫌そうに表情を歪める、この女は既に帝国兵に尋問されている、拷問が開始されるのは明日だ…、まぁ拷問されても何も吐かないだろう、その辺は腐ってもハーシェルの影 もし傲慢で口を割ろうもんなら 拷問が生易しく思えるほどの地獄へと落とされる事をこいつはよく知っているからな

「ジズ・ハーシェルは元気ですか?」

「裏切った相手の体調を気にするのかよ…」

「いえ、彼ももうすぐ九十歳に差し迫るご高齢、そろそろくたばったかなぁと」

「死なない、父は死なない 絶対に」

だろうな、彼奴は人を殺すくせに自分が死ぬ事を何よりも恐れる、老衰では簡単にはくたばらないだろうという 何処か確信に似た感情がある

「そうですか、チタニア姉様やデズデモーナ姉様は…」

「だから!裏切った相手のことをなんで気にするんだ!、お前はもうハーシェルの人間じゃないんだろ!」

「ええまぁ、…そうですね、じゃあ遠回りな聞き方はやめましょう、本題があります」

「ああ?」

「トリン姉さんは…トリンキュロー姉様は 無事ですか」

「トリンキュロー…?、ああ…ひひひ」

その名を口に出した瞬間 フランシスコはなんとも愉快そうに笑う

ハーシェルの影は世界各地からジズ・ハーシェルによって親を殺され 攫われた女の子達で構成される殺し屋集団、建前上養子ということになるので…当然 攫われた子達は皆姉妹ということになる

かつては私もフランシスコの事をお姉様と呼んだりもした、デズデモーナやチタニアも姉様と呼ぶが、ジズ同様血の繋がりはない…ただ一人を除いて

トリンキュロー・ハーシェル 彼女だけは私と血の繋がりがある実の姉なんだ、ただ トリン姉さんは私が帝国に来るよりも前…今から十二年ほど前にアジメクにとある仕事をしに行ったっきり帰ってこなくなった

なんでも オルクスとか言う大貴族に雇われ 魔女スピカを暗殺に行ったんだとか、はっきり言って無茶な仕事だ 殺せるわけない相手を殺せと言われて姉は迷いなく仕事に赴いた…、私を守るために

そうだ、トリン姉さんは私を守る為に無茶な仕事に身を投げたんだ…、それから安否が分かってない姉の行方をフランシスコに聞く それが私の本題なのだが…

私がようやく見せた弱みにフランシスコはにたぁーと笑いながら

「さぁな、誰がお前なんかに教えてやるもんかぁ…バーカ」

舌を出しながら笑うのだ、教えるか…と、ふむ なるほど

「そうですか 無事ですか、死んだり負傷していたりすれば 貴方は嬉々として私に伝えるでしょうし、それがないってことは 五体満足で生きてるってことですね」
 
「なっ!?おま…」

無事みたいで何よりだ、ただ 仕事を終えないとハーシェルの影は帰還できない、スピカ様が生きている限り姉様は仕事から解放されることは無い、…まぁ ある意味じゃそれが救いなのかもしれないが

不安要素があるとすれば、ジズがトリン姉さんの居場所を把握していないわけがなという事、いざとなれば姉さんにも危害が及ぶかもしれないこと、ただそれが今は不安だ…

…出来るならもう一度、姉さんとは会って話しておきたいしね…今の私を見て、頑張って生きているところを、姉さんに見て欲しい

「さて、聞くこと聞けたしそれで良しとしましょうか」

「それだけ聞きに来たのか…?、ふんっ だがお前は父の反感を買っている、いつまでも行燈と暮らしていられると思うなよ」

「望むところです…」

そう語りながら私は踵を返し部屋の外に出る…のではなく、代わりに向かうのはこの独房の窓、鉄格子で区切られた窓に向かい、その鉄格子を力づくで外す

「よいしょっと!」

「な 何してんだお前」

「シッ!、静かにしてください フランシスコ姉様」

「へ?」

彼女に静かにするように促すと、そのまま彼女を拘束する鎖を断ち切り 彼女の体を解放する…

「な!?…、お前 私を助けてくれるのか?」

「ええ、ほら 見張りの看守が来る前に早く逃げてください」

「なんで…」

「…例え、袂を別ったとしても かつては共に生きた姉妹ですから、帝国に拷問された末に死んでいくのを見るのは忍びないのです…、貴方の行方については私が上手く誤魔化しておきますから」

「お前……」

「そして、帰還し 父にこう連絡してください…、『私の仕事はまだ終わっていない、必ずや 父の命に従い…、皇帝カノープスの首を その御前に捧げる』と」

ナイフを取り出し 決意を見せて、フランシスコに伝える、私の仕事はまだ終わってないんだと

私の仕事…私の育てられた意味、それは 父であるジズが…世界一と呼ばれた殺し屋が唯一殺せなかった相手 魔女カノープスの暗殺を私に託す為、なら その意味を全うすることこそが、私のハーシェルの影としての生きる理由なのだと

「お前…裏切ってなかったのか」

「ええ、カノープスに取り入り 帝国内部に潜入し、奴の技を盗み その技で…奴を暗殺することこそ、我が狙いです…少し時間がかかっていますが、必ず 私はカノープスを殺し この魔女世界に終わりをもたらしてみせます」

「マーガレット…」

例えどれだけ時間がかかってもね と軽く微笑みを見せると、この部屋の向こうの廊下から 足音が聞こえてくる、巡回の看守だ 見つかれば大変なことになる

「さぁ、見張りが来ました フランシスコ姉様急いで…!」

「わかった、お前の決意と覚悟 必ずや父に伝えよう、疑って悪かったな 妹よ」

「何を言いますか、我らは姉妹 我らは影、闇夜に行き 殺劇に生きる暗殺者、我々に殺す以外の生き方なんて出来ませんよ」

「そうだったな、それじゃあ」

そう言いながら自由になったフランシスコは私の開けた窓から外へと逃げて行く…、月夜に忍び 月光を纏って空を飛びながら……





「裏切ってなかったのか、殺す良い機会と逸りすぎたか?」

メグに解放されたフランシスコは風のように飛びながら 監獄から抜け出し遠ざかって行く、ハーシェルの影にかかれば監獄から誰にも見られず逃げることなどわけないのだ

ともあれ メグは裏切っていなかった、未だハーシェルの影として役目に徹していた その事実を父に伝えるとしよう

「くくく、しかしメグも上手くやったものだ、魔女に取り入り 技を盗んで確実に殺すとは…、時間はかかるが これならば…」

弟子になれば魔女から技を授かることができるし、何より魔女の油断を誘うこともできる、十年かかろうが二十年かかろうが メグは確実にカノープスを殺すだろう

カノープスも愚かな女だ、自らを殺そうとする人間の意思すら見抜けず弟子にするとは、世界最強の魔女殺しを その手で育てるとは、全く 愚かな限りだ

「はははははは!、父に良い報告が出来る!カノープスは確実に死ぬ!これならば父も母も安堵するだろう!あははははは!」

空高く 一層飛び上がり、月を背にしながら大いに笑うフランシスコ、これから父のいるところに帰還するのだ…、いや そう言えば父は今マレフィカルムの本部にいるんだったな

確か要件は新たなる………ん?

「なんだ?」

ふと、体に不調を覚えて自らの体を見る、捕まった時に何かされたか? 、なんだかお腹のあたりが痛い気が…………いや、違う 帝国じゃ無い、これは

これは!、まさか!まさかっっっ!!!???

「そういうことか…そういうことかマーガレットッッ!!!貴様謀ったなぁぁぁっっっっ!!!!」

その事実に気がつき、慌てて反転しようとしたが…、時既に遅く

次の瞬間には、フランシスコの体は巨大な爆炎に飲まれ、その意識も諸共 爆音と共に月夜に消えて……





「やはり体内に爆弾が仕掛けてありましたか」

月夜に轟く爆音と、黒煙立ち上る爆発を見て メグはため息をつく、今しがた外へと逃したフランシスコが大爆発を起こしたのだ

理由は単純、父が私を殺すために 或いは帝国に打撃を与えるために、フランシスコの体内に大量の爆弾を仕掛けてあったのだ、当然 フランシスコ本人には内緒で…

詰まる所、あいつは最初からフランシスコが私を殺せると信じていなかったんだ、奴が負けて 捕まった後私を道連れに出来ればそれで良し、そうでなくとも帝国に打撃を与えられればそれでも良し、どちらも叶わなくとも別に良し…あいつはそういう奴なんだ

それを見抜いていたからこそ、態々嘘までついて迅速に外へと逃したんだ…、奴の体の中の爆弾が爆発し 監獄に被害が出ないようにするために

「私が陛下を欺いている?、フランシスコ…そんなわけないでしょう、私に二心あらば陛下は直ぐに見抜き対処する…私なんかにあの人を欺くなんて出来ませんし しませんよ、それに私はもうマーガレットではないんです、私はメグ…あの日 陛下より寵愛と共に賜ったメグ・ジャバウォックが私の名前なんです、マーガレット・ハーシェルは何処にもいない」

遅れて届いた爆風に髪を揺らしながら憐れむ、そう…哀れだ、フランシスコも元を正せばジズの被害者、それをあんな風に仕立て上げたのはジズなんだ

悪魔のような男の悪魔の所業、そこから抜け出せず 真実を見ず、私への敵愾心に囚われ死んだ彼女は、哀れと称するより他ない

「まぁ、だとしても 今更姉妹達をどう慮ることはありませんがね…、私は陛下のメイド、陛下の為なら 例え誰であろうとも排除しますとも、勿論…殺さずにね」

髪を撫で 翻しながら踵を返す、さて 仕事は終わった、そろそろ業務に戻らねば……

…………でも、と チラリと背後の月を見る

「陛下に出会わなければ…、私もああなっていたのかもしれませんね…」

ただ、メグになれなかった影を見て ポツリと呟く、あの日の夜 捨てたマーガレットと言う名の己に ほんの少し、想いを馳せながら
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