孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

224.孤独の魔女と果てなき約束

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大いなるアルカナとの決戦の舞台、それは帝国の南端に存在するテイルフリング地方 その最奥にある黒槍杉の奥にあるパピルサグ古城だ、アルカナ達はそこに隠れている

なので帝国軍はそこを四方から取り囲みアルカナ達魔女排斥連合にぶちかますつもり、エリスはその進軍に同行させていただくことになったのだ

進軍は三日後、その進軍の準備は帝国軍で整える その間エリスはエリスで個人で進軍同行の準備を整えてねって話で、軍議は終わった

終ぞ師匠とメグさんは顔を見せなかったから 帰りはエリス一人……ではなく

「いやぁ、急な話だよね エリスちゃん」

「いやいや急じゃねぇだろ、向こうから殴ってきたんだ 殴り返すのは早くないと」

「あの、リーシャさん フリードリヒさん、何故エリスについてくるんですか」

戦いの傷跡の残るマルミドワズ居住エリアを歩きながら エリスは後ろについてくる二人をチラリと見る、二人揃ってタバコ吹かしてニヘニヘ笑ってる、なんでついてくるの?あなた達の家こっちじゃないでしょ

「いやぁ、私はほら 今日はエリスちゃんといたい気分ですし」

「俺?俺は…特に用事はないけど、三日後一緒に進軍する仲だしさ、仲良くなっとこうかと思って」

まぁ、分からないでもない、三日後の進軍でエリスは第二師団 第八師団 第三十二師団と共に行く、つまりフリードリヒさんとフィリップさんとゲーアハルトさんと一緒に進軍することになるんだ

だから今のうちに親睦を深めようってのは分からない話でも…ないのか?分からん

「まぁまぁ、いいじゃないのよさ これから一大決戦、その前に呑気に飯を食える最後の時間かもしれないんだしさ」

「まぁ別についてくること自体はいいんですけど、フリードリヒさんはいいんですか?、進軍は三日後ですよ?、急ピッチで出撃の支度をしないと間に合わないんじゃないですか?」

「ああ大丈夫大丈夫、俺の部下優秀だから やっといてくれる」

全然大丈夫ではないと思うが、この人本当に師団長なのかな…

「あ、タバコ無くなっちゃった、フリードリヒ 一本頂戴」

「えー、俺も後残り少ないんだけど、しょうがねぇな」 

「吸い過ぎです!」

「そうでございます、帝国の最近の研究ではタバコは体に悪いとの発表もございました、フリードリヒ様 リーシャ様、ご自愛を」

「へっ、お偉い学者様ってのは他人の快楽を悪く言うのが仕事…ん?」

え?と、ふと エリス達三人以外の人間の声が聞こえる、それもエリスの隣から…、ふと 首を横に向けてみると

「如何されましたか?エリス様」

「メグさんっ!?」

ギョッとして思わず仰け反る、いや メグさん!?さっきまで居なかったのにいつのまにかやらエリスの隣に当たり前のように立っているではないか、いや…合流したなら言ってよ、びっくりするじゃん

「いつのまに合流してたんですか…」

「エリス様達が牛皮の柄の法則性についてお話を始めた辺りです」

「いつ?」

「っていうかずいぶん遅かったねリーシャさん、そんなに手間取った?」

「はい、思いの外数が多く 魔女排斥連合の移送に手間取ってしまいました、申し訳ありませんエリス様」

「いえ、別に大丈夫ですよ」

どうやらメグさんの力を持ってしても奴らの移送には時間がかかってしまったようだ、まぁ結構人数いたし 仕方ないと言えば仕方ないんだけどね、むしろこの短時間で終わるほうが凄いよ

「それで、どうなりましたか?…ヘエは」

一つ気になることを聞く、いや気になることは山ほどあるけど まずはヘエだ、アイツは今回の襲撃犯の中でも際立って危険な男、帝国が取り扱いを間違えるとは思えないが とりあえずどうなったのかだけ聞こう

「帝国で最も厳重な監獄へと移送しました、これから奴には聞かなくてはいけないことがたくさんあるので」

「…どうなるんですか?」

「それを聞く必要はありません」

「そうですか、…じゃあアルテナイは」

「アルテナイは死にました」

…は?、え?うん?今なんて言った?、いやいや 流石に聞き間違えだろう、だって…

だってそんな、呆気なく言うはずがない、それを伝えたメグさんの顔が眉一つ動かないはずがない、だって…だって 死んだんだぞ

「あの、もう一度聞いてもいいですか?」

「構いません、アルテナイは死にました、どうやら自害用の毒を口の奥に仕込んでいたようです、折角の八大同盟の構成員だったのに、惜しい真似をしてしました」

「………………」

くらりと眩暈がしてよろけてしまう、死んだ?死んだのか、アルテナイは…、別に敵だ 死んでもいいとは心の何処かでは思ってる、いや 思ってた

だけどこうも、呆気なく死なれるとどうにも…、だってアルテナイが自害したのはエリスが奴を倒して捕まえたからだ、もしエリスが奴を捕まえなければアルテナイは死ななかった

エリスがこの手で殺したようなもの…

「エリスちゃん!」

「リーシャさん…」

「メグちゃん!、ちょっと刺激が強いんじゃないかな!、エリスちゃんは軍人じゃなくてただの旅人、人の生き死にをそんな簡単に言うのは ちょっと無神経だよ!」

「あらすみません、ですがエリス様がそんなに人の生死に過敏だとは思いませんでした、だって敵ですよ?死んだのは、こっちの帝国兵だった山ほど死んでるのを エリス様は目にしてるはず、なのに」

「人ってのはね、死を物理的な距離じゃなくて精神的な距離で見るものなの、遠くで誰かが死んでも何も思わないけど 身近で死んだら傷つくものなの、ましてやアルテナイはエリスちゃんが打倒した相手、責任くらい感じるよ!」

「そうでしたか、申し訳ございません」

いやいいんだ エリスが無責任にも背負いこんだだけ、人が死ぬ場面なんかたくさん見てきた、この戦いで死者が出たこともこの目で見ている、だけど 今回の死はエリスの旅の中で最も身近だったから…ちょっと気持ち悪くなってしまっただけだ

「すみません、リーシャさん…ありがとうございます」

「いいのよエリスちゃん、でもね エリスちゃん?、人の死を自分のせいとか 自分がやったからとか、そんな風に捉えるのはやめたほうがいいよ、選択をしたのは その人本人なんだから」

「でも…」

「でもも何も無い、いい?人はいつか死ぬ それを背負うのはいいけれど、抱え込むのは違うよ、貴方の腕はまだ生きている人を守るためにある、死者のために使ってはダメだよ」

「…………」

死者は背負えど抱えず、その手はまだ生きているものの為に、破滅的な助言にも聞こえるけれど、現金にも思えるけど、エリスはただ その言葉に、些かながら救われたような気がする、その言葉は …上手く言えないけど、ただ 救われる

「さぁ、エリスちゃん 元気出して」

「はい…すみません、メグさん リーシャさん」

「いえ、私も無神経でした、エリス様 失礼しました」

「い いえそんな気を使わなくても…」

なんて話をしている間にエリス達が与えられた屋敷が見えてくる、どうやら屋敷は街から離れていることもあり、被害の方は皆無らしい、これで屋敷が全焼してたりしたらエリスやるせなくて不貞腐れちゃうところだった、良かった

「ではエリス様は休んでいてください、私はこれから軽く料理を作って参りますので」

「あ、エリスも手伝います!」

「ダメです、此度の戦いでエリス様は連戦に次ぐ連戦を凌いだと聞きます、その体力が底をつきかけているのを見抜けぬ私ではありません、リーシャ様達と待っていてください」

そう言うなり有無を言わさずそそくさと屋敷へと帰っていくメグさんの背中を見て、エリスはやや首を傾げる、気のせいか メグさんの様子がちょっと変な気がする、なんだろうか

「…んー?」

「まぁいいじゃんエリスちゃん、休めって言ってくれるなら休もうよ、ね?」

「そうそう、休んでいいって言ってくれるのはありがたいことだしさ」

「そうですかね…」

そうなのかも、まぁ実際今のエリスがメグさんと一緒にキッチンに立っても邪魔なだけだ、いつもみたいに機敏に動けないんだから、だったらメグさんの為にもエリスは少しでも疲れを癒す方に注力した方がいいだろう

うん、そうしようと思いを決め メグさんに言われた通り、屋敷のリビングへと向かう、ちょっとの間でいい、ソファで休みたいとリビングの扉を開けると…

リビングに置かれたフカフカの大型ソファ、その上には先客が横になっていた

「師匠?」

レグルス師匠だ、師匠がソファの上で目を瞑り寝転がっていた…、これまた珍しい、師匠が人に見えるところでここまで隙を見せるなんて

「師匠、ただ今戻りました」

「…ん…んん、エリスか、よく戻った」

「大丈夫ですか?」

「ああ、ただ久々に張り切って魔力を使ったせいか…少し疲れた、頭もガンガンするし、ちょっと横にさせてくれ」

そうだ、師匠はヘエからこのマルミドワズを守る為魔力を大量に使ったんだ、ほぼ法則を無視するほどの大魔力だ、さしもの師匠も疲れたのだろう、なら 師匠を優先するべきだ

「分かりました、ゆっくり休んでください 師匠」

「ああ…」

師匠がダウンするなんてよっぽどなんだな、ここまで弱ってる師匠を見たのはある意味始めてかもしれない、何もなければいいけれど

そう思いつつ、近場の安楽椅子に腰をかけグラグラ体を揺らしながら惚ける、あー 今はボーッとしてるのが一番気持ちいい

「んじゃ、私も…」

するとリーシャさんは壁の隅に置かれている小さなテーブルの上にコトコトと道具を置いて行く、あれは…羊毛紙とインク?って事は執筆か

「お?なんだ?、リーシャ先生の執筆作業が生で見れるってか?、貴重だねぇ」

「ははは、茶化すなよフリードリヒ、絞め殺すぞ」

「おっかねぇ」

リーシャさんにあっち行け!と追い返されるフリードリヒさんは暇を持て余し、その辺に飾られている調度品を指でつついて暇そうに待ちはじめる、流石にここではタバコは吸わないらしい…

「………………」

そして、誰もがそれぞれの位置に着き 沈黙がただ流れ始める、聞こえてくるのはリーシャさんのペン音だけ、カリカリと聞こえるそれは何を書いているか分かるようで分からない、ボヤボヤした頭では特に…ただ、することもなく ボケーっとリーシャさんが紙と向かい合っている様を見ている

「…………」

あれも、リーシャさんの本当の姿なんだろうな、敵と戦い 国を守る軍人リーシャも紙に物語を綴る小説家リーシャ、同じであり 別なんだろう、リーシャさんはもう十分戦った 後は小説家として生きるのもいいだろう

…と そこまで考えて、ふと思い出す

「あの、リーシャさん 今いいですか?」

「待って…今…いいとこ、うん、いいよ?何?」

ある程度書き終えたのか、ペンを置いてこちらに向き直るリーシャさんの姿は、エトワールで何度か見たそれと同じだ

「新作書いてるんですか?」

「うん、軍をやめたら暫くプー太郎だからね、早めに新作出してお金稼がないとやってけないよ、まぁ もう殆ど出来てるから、進軍が始まるまでには書き終えられるかな」

そして、アルカナを倒して その原稿用紙片手に田舎に帰って小説家をする、ってプランなんだろうが…

「それ、帝国で出すんですよね」

「そうだね」

「エトワールには、戻らないんですか?」

「…………」

敢えて聞く 戻るのかと、リーシャさんからすれば本当は『エトワールに行く』が正しいんだろうけど、エリスの知るリーシャさんはエトワールの小説家だ だからこそ『戻るのか』と聞くのだ

それはつまり、クリストキントに戻る気はあるのかって話だ、だって 帝国軍人をやめたならエトワールに戻ってもいいわけだし

「言ったよね、私は帝国で本を出したいの」

「そう…ですけど、ナリアさん達は」

「ナリアちゃん達はほら、私抜きでももうやっていけるしね、お別れの挨拶済ませたのに やっぱり戻ってきましたは格好がつかないでしょ?」

「格好の問題ですか?」

「そう、格好の話…、それに この国には私が本を読ませたい、一番のファンがいるから」

ジルビアさんか、本当に好かれているな 妬いちゃうよ、でも それが彼女のやりたいことならそれでいいのかもしれない、クリストキントはもう旅劇団じゃないし リーシャさんも軍人じゃなくなるから、そう簡単には会えないだろうけど…でも

「まぁ この本が、いつかエトワールに巡っていけば、必ずみんなのところに届くはずだよ、それでいいでしょ?」

そう、本は時を超える 場所を超える、どこにいても いつかは誰かに届く、作者の気持ちと名前が 遠く離れた誰かに届く、それが作者にとっての救いであり 最大の報酬なのだと 彼女は語る

なら、それでいいのかもな、なんならエリスがいつかリーシャさんの本を持ってエトワールまで飛んでいけばいいわけだし

「そうですね…、…リーシャさん 今度はどんなお話書いてるんですか?、騎士物語ですか?」

「んー?、旅人の話かな、まぁ エリスちゃんがモデルのやつ」

「うへぇ、一気に小っ恥ずかしくなってきましたよ」

「そう?、いやぁ 旅を書くってのも楽しいよ?、丁度いいからエリスちゃんの今までの旅の話聞かせてよ、アジメクから来たんでしょ?、だったら アジメクからこのアガスティヤまでの道のり、まさか忘れたなんて言わないよね」

「…覚えてますよ、一つ残らず…でも、面白いもんじゃありませんよ?」

「そこを面白く書くのが私の仕事だから、ほらほら 聞かせてよ」

「えぇー…、じゃあ」

リーシャさんにねだられて、エリスは昔を思い出しながら話し始める、師匠と一緒にアジメク皇都向かうあの日から 今日までにかけての話を、一つ一つ思い出しながら 噛み砕くようにリーシャさんに話して行く、彼女はまたそれメモに取り 『いいね』『大変だったね』と適当に返事をする

その話はメグさんが料理を持ってくるまで、ただただ延々と続いた

「…………ふっ」

リーシャさんとエリスの話、それをフリードリヒさんは少し離れたところから眺めながら、小さく笑うのであった

………………………………………………………………

その日の晩餐は少しだけ賑やかなものになった、エリスとメグさんに加え 少し寝て元気になったのか 本調子を取り戻した師匠と何故かついてきたリーシャさんとフリードリヒさんの五人で色々と話をしながらご飯を食べました

三日後の進軍時の段取りという真面目な話から始まり、だんだん関係ない方向へ脱線して行き、終いにはフリードリヒさんとリーシャさんの昔話を笑い飛ばすような そんな賑やかな食卓になり、その日の夕食を終えた

そしてエリスは

「あぁ~~、効くぅ~~」

寝室のベッドに横になり、メグさんからのマッサージを受けていた、もう一日のルーティンになりつつありますよ、メグさんの整体術は達人の領域にある これを受ければその日の疲れが全部吹き飛ぶんです

今日はポーションを塗り込むようにマッサージは行われる、お陰で今日受けたダメージを明日に持ち越さずに済みそうだ

「ふふ、疲れていますね、エリス様」

「そりゃ、疲れますよ …だってあんなにたくさんの敵と戦ったんですし、重力キツかったし…でもメグさんのおかげで明日もなんとかなりそうです」

「それは良かった」

もうメグさんのマッサージ無しでは生きていけない体にされちゃいました 師匠…、あ 師匠は今下でお酒飲んでるんでした

一時は大丈夫かと思いましたが、少し寝てご飯食べたら元気になりました、流石の回復力ですよね…

「毎度毎度、ありがとうございます メグさん」

「いえ、エリス様には、元気でいてもらいたいですから」

「…………」

最初、エリスは彼女の献身は皇帝陛下から命令されたから行われたものとばかり思っていましたけど、なんだか最違うような気がしてきたんですよね

いつぞやメグさんが言った『エリスはメグさんにとってのヒーロー』その言葉が思い起こされるくらいには、彼女はエリスに過剰に尽くしてくれる、味方の少ないこの帝国で 彼女だけは常にエリスの味方でいてくれる

それがありがたくもあり、なんだか申し訳なくもある…なんか彼女の好意を利用しているような気がするから

「エリス様」

「なんですか?」

「先程は無神経な事を言ってすみませんでした」

「別にいいですよ、ただ エリスもびっくりしすぎました、別に…この世で人が死ぬことなんて、珍しくもなんともないのに」

「…そんな悲しいことを言わないでくださいませ、エリス様、涙がちょちょぎれてしまいます」

「なんでメグさんが悲しむんですか…」

「エリス様にはのほほんとしていて欲しいからです」

「エリスはいつだって呑気極まりないですよ…」

ギュッ!ギュッ!とエリスの肩甲骨のあたりにメグさんが指を突きこむ都度 甘い痺れがエリスの筋肉を刺激し、疲れを取って行く…

やはり、メグさんの様子が変だ、いつも程の余裕を感じない、何か 不安定さを感じるのは気のせいではあるまい

心当たりがあるなら…、まぁ これは推理になるが

「メグさん」

「なんでございましょうか」

「前は惚けてましたけど、やっぱりマーガレットって人物を知ってますよね」

「…………」

メグさんの動きが止まる、当たりか…

じゃあエリスが立てた予想も、多分当たりかな

「ああ、メグさんが答えたくないなら別に答えなくていいですよ、ただメグさんの様子がおかしかったから 何が原因かなぁと気にしただけで」

「いえ、…大丈夫です、話しますよ、まず話しましょう マーガレットという人物は知っています」

「…じゃあ、それはどこの誰ですか?」

「私です、…私のかつての名はマーガレット、マーガレット・ハーシェルでございます」

んー……やっぱりか、フランシスコの口ぶりとメグさんの様子から察した話だが、エリスはそのマーガレットなる人物がメグさんである とどこかで理解していた

推理材料はいくつかある、まずフランシスコはマーガレットを探していた、そんな彼女がエリスと別れる際 何かに気がついた様子で何処かへ向かっていき、その後メグさんと接敵し敗れたという…

これじゃあまるでフランシスコがマーガレットの正体に気がつき メグさんに会いに行ったみたいだろう?

それに、戦闘スタイルも同じだ、相手の視線を掻い潜る歩法 一瞬で背後に回る速度、そして、相手の虚を突く手練手管、他にも鉄糸を用いた戦いなどもフランシスコとメグさんは一致する

そのマーガレットなる人物とメグさんが同一人物なら と考えるに足る材料は揃っていた、メグさんの様子がおかしいのも そのフランシスコが関わってると見るべきだろうな

「よく気がつきましたね」

「あはは、まぁ 記憶力はいいので、今まであった事柄を纏めれば 大体のことは察することが出来ます」

「恐ろしい話です…、ですが 丁度いい機会なのかもしれませんね、アルカナとの決戦を前に、貴方には 私の全てを知ってほしいから」

すると、メグさんはスルリとエリスの上から退いて ベッドの上に腰をかける、話してくれるというのだ メグさんの素性を

それは知っているからどうということはない、知らないから困ることもない、だがエリスは知りたい、彼女はもう他人じゃない 他人じゃないからこそ、彼女が背負う何かをエリスもまた抱えたいんだ

友達…だとエリスは思ってるから、だから エリスも起き上がり 彼女の隣にゆったりと座る

「じゃあ、聞かせてください、メグさんの正体がマーガレット・ハーシェルってどういうことですか?、ハーシェルって 魔女排斥の大組織のうちの一つですよね、それって…」

「ええ、勢力的に見ればマーガレットは魔女の敵です、しかし…ふぅ、なんだか困ってしまいますね、自らの事を誰かに話すのは初めてですので」

「無理しなくてもいいですよ?」

「いえ、いいんです…貴方にだけは、伝えておきたいので、私の正体を知っても きっと貴方なら受け止めてくれると、自分勝手に思っていますので」

でも嬉しい事ですよ、誰かに自分の過去をカミングアウトするのはとても勇気がいる事です、だってエリス それを誰にも出来てませんから、だから メグさんの勇気に敬意を見せる必要がある

しかし、メグさんがハーシェル家だってのは 察していながらも意外なものだ、だって 元魔女排斥組織の一員って事ですよね、それを裏切って魔女側についた経緯とは…

「エリス様は、ハーシェル家という組織がどういうものかご存知で?」

ハーシェル家か、エリスが得ている情報はフランシスコが話た内容とザスキアさんの報告しかないが、それを纏めると

「最強の殺し屋ジズ・ハーシェル率いる世界一の暗殺者集団ですよね、それで確か父の跡を継ぐ為に育てられたのがフランシスコ・ハーシェルって…ん?姓も同じだし 父とか言ってたな」

ってことはフランシスコはジズの娘?、ってことはメグさんもマーガレット・『ハーシェル』だから娘って事に、いやいや彼女にはトリンキュローという姉がいる しかしフランシスコは姉じゃないっぽいし、ああ!分からん!

「ふふ、混乱していますね、ではまずハーシェル一族の事からお話しますね…、ハーシェル一族とは 世界最強…いや 史上最強の殺し屋ジズ・ハーシェルが発端となって生まれた暗殺組織です」

するとメグさんは一つ一つ エリスの疑問を叩いて砕くように詳しく話してくれる

『暗殺一家ハーシェル家』その誕生は凡そ八十年前、当初はジズ・ハーシェルが自らの仕事を完遂させる為に人員を動かす所謂ギャングファミリー的なものであったという

ジズ・ハーシェルは殺しの天才だった、彼が生み出した独自の殺人術 『空魔殺式』を前に生存出来る人間は居らず、八十年前の裏表双方の社会を恐怖のどん底に叩き込む程 彼は凄まじい人間であった

依頼されれば相手が一国の王でさえ確実に殺す、絶対の依頼達成率を誇る彼の栄華は止まるところを知らなかった、が…しかし それも限界が来た

今から六十年前、ジズ・ハーシェルが殺し屋を初めて二十年という時が経ったある日だ、彼に舞い込んだ最も大きな仕事 それはマレウス・マレフィカルムからの依頼…

内容は『皇帝カノープスの暗殺』、恐ろしい話だったがジズはそれを引き受けた、彼には魔女でさえ殺せる自信と実績と腕があったから、故に彼は単独でマルミドワズに乗り込んだ

結果から言おう、失敗した、ジズ・ハーシェルは生まれて初めて依頼に失敗した、彼はカノープス様の眼前まで迫ったが 完膚無きまでに敗北し投獄されたのだ、その後脱獄したものの…そんなもの、彼には関係なかった

ジズは怒り狂った、怒りに怒り 狂いに狂った

殺せない人間が居てはいけない、私によって死なない人間が居てはいけない、魔女は私に睨まれた以上死ななくてはいけないと、彼は依頼を諦めていなかったのだ、諦めない限り依頼は失敗ではないから…

だがしかし、これから修練を積んでも彼の体は人間としての最盛期を過ぎ去っていた、もうこれ以上は望めなかった、世界最強の暗殺者の限界がそこだった

だから彼は自らの後継者を育て上げ、それに依頼を達成させようとした…そうして生まれたのが今のハーシェル家だ

各地で殺した対象の娘達を攫い 洗脳し、自らの技を受け継がせ殺し屋として育て上げ魔女を殺す刃に変え続けた、その研磨に彼は六十年という時を使った、年老いて年老いて 殺し屋としての八十年の歴史の四分の三を使って魔女を殺す一手を作り続けた

攫った子供達を自分の子供にして、自らを父と名乗り 彼女達を全員自分の家族にしたんだ、洗脳された子供達はジズを父と崇め 同じような境遇の子達を姉妹と呼んだという

そんな中 攫われてきた二人の姉妹、ハーシェルの子供達のような偽りの姉妹ではなく本物の姉妹だ、そのうちの妹…彼女にはジズ・ハーシェルでさえ舌を巻く才能があった、彼はその子にマーガレットと言う名前をつけて 他の姉妹達以上に厚遇し際立って厳しく育て上げられた

八十年 自らの後継者を作り続けて漸く手に入れた逸材 それこそがマーガレット・ハーシェル…今のメグさんだ

「私はジズから空魔殺式全てを教え込まれ、極限まで研ぎ澄ませた唯一の存在であり 正しくジズの後継者たり得た無二の暗殺者であったと我がことながら言うことができます」

「つまり、メグさんもフランシスコみたいな殺し屋だった…って事ですよね、…あるんですか?殺した事」

「ありません、ジズは私を対カノープス用にのみ育てていました、折角の逸材…変なところで負傷させるのが怖かったのでしょう、私は あの空の監獄に囚われ続け 永遠に殺しの技術を教わり続けた…、全てはジズの魔女への殺意を満たす為だけに」

人を殺せば衣食住全てが揃うハーシェル家 そこで唯一メグさんだけが人を殺さなくとも良質な生活が約束されていた、だが その日々はとても幸せとは呼べなかったとメグさんは語る

だって姉妹達は人を殺さなければ食べ物さえ貰えない極限の状態で生きていたというのに、メグさんだけ誰も殺してないのに綺麗な手のまま極上の生活をしてきたんだから、他の姉妹からは蔑まれたし見下され 爪弾きにされ、父からは永遠に魔女への怨嗟と殺しの技だけが無機質に与えられる

空虚な日々だった、あの家の何処にも居場所はなかった…、唯一安堵できるとしたら 実の姉トリンキュローと一緒にいる時だけだったという

トリンキュローもまた人を殺さなければならない立ち位置にいたが、決してマーガレットを羨む事なく、妹に会う為だけに何人も殺し その精神的ストレスに耐えながら血濡れの手で妹を抱き続けた、その優しさだけが マーガレットにとっての全てだった

だが、そんな日々にも終わりが来る、今から十二年前 ハーシェル家に一つの依頼が来る

それはアジメクの大貴族 オルクスからの『友愛の魔女スピカ 暗殺』の依頼、つまり 例の反乱の時のことだ、オルクスはどうやってからハーシェル家のへのパイプを手に入れジズに依頼をしてきた

この時、ジズの狂気はカノープスだけでなく魔女全てに向けられていた、そして数十年熟成された殺意とその手にある魔女を殺し得る才能を持った武器…、試したくて仕方なかったのだろう

ジズ・ハーシェルは満を持してマーガレットに暗殺依頼を割り振った、アジメクに向かわせスピカ様を暗殺させようとした…が、しかし そこに割って入ったのはトリンキュローだった

トリンキュローは何処かで理解していた、マーガレットがどれだけ優秀でも魔女には敵わないと、事実 スピカ様は不死身に近い耐久力を持っている、殺すのは不可能だ、どれだけ研鑽を積んでいても無経験のマーガレットが向かえば 殺される、そう理解したトリンキュローはマーガレットの代わりにスピカ様暗殺に向かった…

ハーシェル家の掟として 対象を殺すまで家には帰ってこれない、つまり 魔女が死なない限りトリンキュローはマーガレットの所には帰ってこれない、もしかしたら任務に失敗して死ぬかもしれない…、それでもトリンキュローはアジメクに向かった

全ては妹 マーガレットを守る為、ただ一縷の望み…億が一にスピカを殺せるという望みに賭けて、しかし その賭けは失敗に終わった…、偶然 アジメクに出現した魔女レグルスによって

「あ…その…えっと」

エリスは思わず居たたまれなくなり、メグさんから顔を背けてしまう、まさかそんな事情があったとは、それじゃあまるでエリスと師匠がトリンキュローさんとメグさんの二人を引き裂いてしまったようだ

しかし、そのトリンキュローなる人物がその場に居たとは聞いていない、もしかしたらエリスには秘匿されているのかもしれない、でも…そのぉ

「別にいいですよ、気にしていません」

「でも…」

「いいんです、今の私なら分かります、もし万が一にでも魔女スピカ様があの場で死んでいたら大変なことになっていました、それに…こう言ってはなんですが トリン姉さんに魔女は殺せませんよ、トリン姉さんより強い私にも無理なんですから」

「うう、でもなんだか申し訳ないですよ、折角のトリンキュローさんの決死の覚悟を潰した要因にエリスが関わっていたなんて」

「気にしないでください、それに…どの道ジズは私を逃がすつもりはありませんでしたから」

そういうと、彼女は話を続ける

ジズはスピカ様暗殺が失敗したことを聞き及んでいた、マーガレットの目の前ってやはり無理だったかと 冷たく言い放ち、より一層苛烈にマーガレットを鍛え上げた、姉のように失敗したくなくば強くなれと

最早味方をしてくれる姉はいない、真の孤独の中 マーガレットは姉の為に強くなり続けた、いつか自分が魔女を殺せるくらい強いなり ジズを超えて、きっと生きているであろう姉を迎えに行く為

そんな地獄の日々を二年乗り越えた頃だ、遂に その時が来た

ジズはマーガレットに対して命令を下した、帝国へ行き カノープスを殺せと…、どうやらアルカナ関連で再びマレフィカルムから依頼が来たようなのだ、既にマレフィカルムの八大同盟の一角を担っていたハーシェルは喜んでその依頼を受けて それをマーガレットに割り振った

カノープスを殺せと ジズは血走った目でマーガレットに命じた、もし カノープスを殺すことが出来れば解放することを約束して、故にマーガレットも死に物狂いでなんとかマルミドワズに忍び込んだ

全ては姉と再会する為、全てはハーシェルの悲願を叶える為、自らが生きてきた理由を証明する為、その努力を示す為、カノープスを殺す為…

それは満月の夜だった、月明かりが差し込む皇帝の私室に忍び込んだマーガレットは、ベッドの上で眠るカノープスを見つけ、…その上に乗り 喉元にナイフを突きつけた

その刃がゆっくりと押し込まれ、遂に ジズの マーガレットの ハーシェルの願いが叶おうとした瞬間…

『不思議な子だ』

そう、口を開いたのは いつの間にか目を開け、マーガレットのナイフを素手で掴んで止めるカノープスであった

なんてことはない、最初から皇帝カノープスはマーガレットの侵入に気がつきながら、敢えて自らの懐に入れたのだ、そして ナイフを掴まれその鋭い眼光に射抜かれたマーガレットは 自らの終わりを感じたという

終わった、カノープスに見られた、反撃される 反撃されれば終わる、相手はお父様より何百倍も強い最強の魔女、故に不意打ちで一撃で終わらせる必要があったのに、それも失敗した

殺しの技術を教え込まれる地獄の日々を走馬灯に見るマーガレットを前に、カノープス様が取ったは、意外なものであった

『不思議な子だ、人を殺すことに慣れた手つきであるというのに、その目とその手はあまりに可憐で美しい、お前は誰だ?』

マーガレットの手からナイフをヒョイと取り上げながら 上半身を起こし、その手を取って微笑んだのだ、無償で授けられる無意識の笑みにマーガレットは一瞬で目の前の彼女に引き込まれた

世界を引っ張る皇帝の持つ、史上最大規模のカリスマを目の前で直に浴びてしまったのだ、今までジズと偽りの姉妹とトリン姉さんとしか面識の記憶がなかったマーガレットには、それはあまりに刺激が強すぎた

『ま…マーガレット…』

まるで命令に従うようにマーガレットは名を名乗った、なぜかは分からないが言うことを聞かなけれないけないと 自らの内側にある何かが叫び突き動かしたのだ

『マーガレット…ふむ、野暮ったい名前だな、だが良い 、それよりお前は我を殺しにきたのか?』

『あ…ああ!』

『勇ましいな、だが悪い 我はまだ死ぬわけには行かぬのだ、お前が我を殺すなら 我はお前を殺さねばならない』

『っ…!』

手を取られ 武器を失ったマーガレットには、その言葉が絶望に聞こえた、されど 何処かでそれさえも良いかもしれないと、思わせる何かがカノープスにはあった

すると

『さて、ここで物は相談なのだが 我はここまで辿り着いたお前の手練手管に惚れた、どうだ?殺しなどやめて 我の所に来ないか?、来れば 可愛がってやる』

『ふ ふざけるな!私は…』

『私は…なんだ?お前はなんだ?、その行動に己の信念はあるか?お前の行動の先に何がある、ここで無為に死んでも良い理由が お前にはあるのか?』

『ぅ……』

答えられなかった、私は何かと聞かれれば 分からないと言うしかない、だって それはジズから教えてもらっていない

私の行動に信念があるかと聞かれれば首を横に振るしかない 、だって これはジズから与えられた仕事でしかないから

死んでも良い理由があるかと聞かれれば そうじゃないと答える、だって…私はまだ死にたくない、トリン姉さんに会いたい また生きて姉さんに会いたい、まだ死にたくはない…

皇帝の言葉はなによりも鋭い鍬だ、マーガレットの冷え切った心を耕し 見ないようにしてきた感情を掘り起こし直視させる、魔術ではない純粋な濃密なカリスマがマーガレットを惑わせる

そして、その言葉はマーガレットを穿つ

『故に我と来い マーガレット、我はお前に意味を与えよう 信念を与えよう、生きる事を許可しよう…我が忠臣としてある新たなるお前を お前に与えよう』

『ぁ…ぁぁ……』

『我がお前を愛して、お前を愛する味方になろう…マーガレット、そのナイフと名を捨てろ、これは命令である』

そう言いながらカノープスはマーガレットを抱きしめ ベッドの中に引きずり込んだ、毛布を上から被り 抱きしめながら頬にキスをし、私の過去を聞いて悲しみ 一層強く抱いて、温もりを与えながら一晩私に愛の言葉を囁き続けた

まるで子を愛する母のように、道具として扱い死ぬ事さえ厭わない悪魔のような父とは違う、純粋なる愛はマーガレットを温める

逃げ場のない空間で与えられ続ける無限の愛、それはジズが何年もかけて私の中に形成した洗脳を容易く溶かし 私の決死の覚悟を塗り潰し、その上から皇帝への忠誠心をひたすら植え付けていった

今まで姉の愛しか知らぬ私に、その愛さえ失い ただひたすらに孤独な幼年期を過ごした私に注ぎ込まれる皇帝の愛は、乾いた心を潤し 私を殺しの道具から人に戻していった

一晩眠る事なく私に愛を与え続けた皇帝と、ハーシェルの家で過ごし とっくに心を失ったものと思ったマーガレット、その二人に注ぎ込む月の光が 陽光に変わる頃 私はベッドから解放され

そして、気がつけば私はカノープス様の素足にキスをしていた、与えられた愛はマーガレットに目を背けていた真実に目を向けさせた、ジズはマーガレットをなんとも思っていない

もしカノープスを殺しても、解放なんかされない、姉のように使い捨てられるだけ、姉とも会わせてもらえない、愛しても貰えない、なら あんな家にいる必要はない

ジズなんぞに忠誠を誓うくらいなら、目の前のこの方…私を愛し私に愛を教えてくれた唯一にして無二なる絶対の皇帝陛下に忠誠を誓った方が余程いい

『良い、マーガレット…いや それはお前の暗き忌み名だな、マーガレットは今日この時より死んだものとする、今日よりお前はメグだ、メグ・ジャバウォック…我が忠臣だ、良いな?メグ』

『はい、陛下…貴方様の御心のままに』

そうして私は全てを捨てた、今までの殺しの技術もハーシェルとの関係も 依頼もジズも 名前も、全てを捨ててマーガレットはメグへと生まれ変わったのだ

「それから私は陛下の弟子となり この全てを陛下のお役に立てる為メイドとなり、今に至るわけでございます、今でも陛下は偶に私を抱きしめ一晩愛を囁いてくれるのでございます、キャッ」

…あれ?、これ惚気話だったの?なんか最終的にメグさんがカノープス様と定期的にいちゃついてる話に終わったぞ?あれ?

「それは…良かったですね」

「あ、おほん すみません、陛下のへの愛が吹き零れました」

「そうですか…」

「話を戻すと、フランシスコは元私の姉妹であり ジズが育てた暗殺者の一人です、任務は一つ 私を殺す事、ジズが手塩にかけて育てた最高傑作でありながら 陛下についた裏切り者の私に対する怒りの証左です」

ともあれメグさんはジズを裏切った、ジズの冷酷な偽りの家族関係よりも カノープス様の温かな愛を取ったのだ、ハーシェル家での地獄の日々は想像出来ない程過酷なものだったろう

親からも姉妹からも疎まれ ただ永遠と人を殺す術だけを教えられる、唯一の味方もいなくなり 孤独の中で耐えてきたメグさんにとってカノープスは救いだった、だから 何もかもを捨ててカノープス様についた

しかし、ジズはそれを許さず フランシスコを送り込んだってことか、だからフランシスコも躍起になってメグさんを…いや、マーガレットを探してたんだ 

なるほどぉ、大体合点がいった

「すみません、調子を崩していたのはその所為ですね…、久しい顔を見て 少し気分があの頃に戻ってしまったのかも、…いや どちらかというと、ジズの顔を思い出して 苛立っていた…といった方がいいのか」

「そうだったんですね」

「ええ、ジズは私から全てを奪った、両親も姉も私自身の時間も心も、絶対に許すことの出来ない相手です…、だからこそ 私は陛下との誓いを守り 絶対に人は殺しませんし、あの頃のマーガレットに戻るつもりもありません、なのでエリス様 私のことはメグ…と」

「わかってますよ、エリスの知ってるのはメグさんだけ、マーガレットなんて人物に会ったことはありませんから」

「ふふっ、エリス様は優しいですね…」

すると、メグさんは項垂れ 膝に手を着く…

「でも、完全に未練がないってわけでも 何もかも捨てられたってわけでも…なんです」

「お姉さんですか?」

「ええ、ハーシェルとの関係を絶ったが故に 姉との繋がりも完全に消えました、今…どこにいるのかも」

何もかもを捨てて陛下に仕える、その上で唯一彼女が後ろめたく思う点があるとするなら、やはり姉のトリンキュローだろう

ハーシェルの名を捨てれば完全に姉との繋がりも断つ事になる、まぁ だからといってハーシェルの家に残っていても姉と合わせてもらえるわけじゃないし、それを理由にカノープス様の誘いを断ることはないだろう

それだけ、彼女にとって ハーシェルの日々は地獄であったのだ

「一応、帝国の力をお借りして 姉の行方を捜していますが、…姉からすれば帝国は敵、簡単に尻尾はつかめませんね」

そりゃそうか、トリンキュローさんもハーシェルの一員、ハーシェルから見れば帝国は最大の仇敵、メグさんが帝国についたと知らないトリンキュローさんは帝国から逃げ回り その目につかないところにいるだろう

いくら生きていても、見つけることは困難だ…、んー なんとかしてあげたいな

だってメグさんはエリスの友達だ、そんな彼女がここまで再会を願ってるんだから、せめて居場所くらいどうにか見つけられないもんか…

難しいかなぁ、だって相手は暗殺者 …、大通りを歩いてるわけないしなぁ

なんて考えていると、ふと 寝室の扉が開かれ

「ん?、なんだお前たち 今日はマッサージはしないのか?」

「あ、師匠」

一人酒盛りを終えて 就寝に来た師匠が寝室の扉をあけて、珍しくマッサージをせず話し込むエリスたちを見て驚いている

ああ、もうそんな時間か…、トリンキュローさんのことはなんとかしてあげたいけど、ここで話していても埒が明かない

「ん…?」

ふと、師匠の顔を見ていて…思い出す、それは戦いの最中煌めく閃光の如きひらめき、一つ 思いついたことがある…

「ん?、どうしたエリス、私の顔をマジマジ見て」

「あの、師匠 一つ聞きたいことがあるんですけど…、アジメクで起きた廻癒祭のこと、覚えてますか?」

「スピカが主催で毎年やってるっていう祭りだろ?、まぁ 我らが参加した時はオルクスが連れてきた私兵によって阻まれ楽しむどころじゃなかったが、覚えているぞ」

「っっ…!エリス様!?」

メグさんがエリスの問い その本意に気がつき珍しく慌てて顔を上げる

そうか、覚えているか 師匠は、あの時のことを…なら、なら

「なら師匠、聞きたいことがあるんですけど…」

「待って!エリス様!いいです!私はいいです!もう諦めたので!大丈夫ですから!」

「メグさんは黙っててください!、師匠!聞きたいことがあるんですが!」

「…?、なら早く言え」

取り乱しパニックになるメグさんを抑えて師匠に迫る、メグさんは聞きたくないと騒ぎ立てる、トリンキュローさんの無事は信じているし確信している、だけどもし 聞いたことで取り返しのつかないことになったらと 彼女は怯えているんだ

未知は楽だろう、知らないからこそ妄信的に楽観的になれる、だが それでも知らなければ前には進めない、メグさんは一生このまま姉に会えなくてもいいのか!、いいわけがないことは彼女の態度が示している

故にエリスは聞く、師匠に トリンキュローさんのことを!、だって師匠はトリンキュローさんが参加したアジメク反乱事件の中心にいた、なら 何か知っているはずだ!

「師匠は、アジメク反乱事件に参加していた トリンキュローという人物を知っていますか?」

「ぁ~~」

聞く 聞いた、もう後戻りは出来ない、だから手で顔を抑えるのはやめろメグさん!

エリスの言葉を聞いた師匠は一瞬考えると

「知っているぞ、メイド服を着た殺し屋だろ?、前髪で目元を隠した陰気な奴」

「っっ!!??」

メイド服を着た殺し屋!なら…これは!、答え合せをするようにメグさんの顔を見ると、その手で覆われていた顔は既に師匠の方を見て露わになっており…

「知っている…のですか?、レグルス様…トリン姉さんを」

「あ?ああ…というか姉さん?」

ボロボロと涙を流し 師匠に伺うメグさん、その涙は十年間行方知らずになっていた姉、探し続けた姉、唯一の心残りだった姉にようやく繋がる情報、それを前に あれだけ聞きたくないと騒いでいた彼女は静かに涙を流す

レグルス師匠が言ったそれは、メグさんの姉 トリンキュローさんで間違い無いようだ、するとメグさんは師匠に縋り付き

「レグルス様!」

「おお!?な なんだ!?、なんで泣いてるんだ!」

「トリン姉さんは!トリンキュロー姉さんは生きてるんですか!?」
 
「トリンキュローか?生きているぞ スピカに敵わないと見るや否や逃げていった、その後マレウスの片田舎 ソレイユ村で再会したぞ?、今もそこで暮らしてるんじゃ無いか?」

えぇっー!?ソレイユ村にいたの!?ぜんっぜん気がつかなかった…!、知らなかった!、…いやあの時エリスはハーメアとステュクスのことで頭がいっぱいだったし、視界の端に捉えていても見てはいなかったかも…

くぅ、もう少しちゃんと見ていれば メグさんに早く報告出来たのに

「姉さんは…マレウスに?」

「ああ、最後に会ったのは何年も前だが 、何もなければ今もそこで暮らしているだろう、元気そうだったが?」

「そう…ですか、っ…そうですか」

へなへなとへたり込み、師匠の前で 座り込む、その肩は震え 地面にポタポタと涙を流しながら、彼女はただ 打ち震え噛みしめる、ようやく見つけた 姉の行方に、歓喜しながら

「メグさん…、良かったですね、お姉さん今も無事みたいですよ」

「エリス様…、っ!エリス様!ありがとう…!」

「え?エリス何も…ぶわっぷ!?」

今度は反転してエリスの方に飛びかかり抱きついてくる、いや、ありがとうって エリス何もしてないんですけど…

「エリス様が…前へ進めてくれなければ…私は一生、姉の所在も詳しい生死も聞くことは出来なかった、…前へ進むことを恐れて…姉さんにもしものことがあって それを知るのを恐れてきた私を、前へ進めてくれて…ありがとう」

「いや…、うん…メグさんの役に立てて良かったです」

エリスの胸の中で、涙を濡らす彼女の頭を撫でる、無理矢理にでも聞いて良かった、そりゃ 真実を知るのは誰だって怖いよ、姉が生きていることは ハーシェル家で聞いていただろう、姉が無事であることは信じていたし 姉のことを話すこと自体に恐れはない

だが、いざ 師匠を前にした時、その時トリンキュローに会っていた可能性のある人物を前にした時、彼女は竦んだんだ、本当に知ることが出来る 本当のことを知ることが出来る

その真実を前に、彼女は説明の出来ない恐怖にかられ 今日まで聞けずにいたんだろう、エリスの行動はそれこそ無神経だったかもしれないが、いい結果に繋がって本当に良かった

「そっか、姉さん今 マレウスにいるんだ…」

「みたいですね、会いに生きますか?」

「…帝国の転移魔力機構を使えば 一ヶ月足らずで会いに行けるでしょうね…、でも」

するとメグさんはフラリとエリスの所から去ると、寝室の窓辺に向かい、窓の外へと目を向ける、会いに行こうと思えば もう姉に会いに行ける、待ち望んだ再会をすることが出来る

それでもと彼女は言うのだ

「まだ、ジズ・ハーシェルが居ます、奴がいる以上私たち姉妹に平穏はありません…、姉さんに会うのは 奴をブッちめて 本当の意味で解放されてからです」

再会は仇敵を滅ぼしてから、後回しにした結果 トリンキュローさんに何かあって永遠に会えなくなる可能性もある、だが メグさんは信じているんだ、何が何でも再会しようとした自分のように 姉もまたメグさんとの再会を望んでいると

再会するまで、姉は絶対に死なないと…でなければ魔女を前に逃げたりしない、トリンキュローさんは何が何でもメグさんと再会するつもりなんだ、なら 今はそれを信じるんだ

「でも、いいんですか?」

「いいんです、私は今 殺し屋ではなく、帝国のメイドですので」

よくわかんないけど それでいいならとにかくよし、それが彼女の選択なら そこは尊重しようじゃないか、…そして信じるんだ、いつか 悪魔に引き裂かれた姉妹が、解放され 再会することを

エリスも、友として

「…姉さん、必ずジズを滅ぼします、それまで…待っててください」

拳を握り、偽りの空の向こうにある星を見る、同じ空の下にいる姉に、誓いを立てる、いつか必ず 両親の仇を取り 姉妹を縛る悪魔のしがらみを断ち切り、再会することを

あの決意が、彼女の原動力になるんだろうなと、エリスはメグさんのことを ほんの少しだが、深く知れたような気がして…、とても 暖かな気持ちになるのだ

良かった、メグさんの家族が無事で、彼女の希望が無事で…、今はただ それだけを思う

空に誓い立てるメグさん、そして友情を知るエリス、なんだか二人の距離が 縮まった気がして、この日はいつもよりも 気持ちよく寝ることが出来ました


「なぁ、私に説明はない感じか?、姉ってどう言うことだ?トリンキュローが今なんの関係が?なぁ?エリス?メグ?おーい」

一人、置いてけぼりになる師匠を他所に…だ、ごめんね師匠 でも今はこの空気に浸らせて?
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