孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

234.対決 宇宙のタヴ

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「はあぁぁあああ!!」

まるで見えない手に掴まれたように 地面に落ちた槍形態カンピオーネが無数に浮かび上がり空を舞う

「くだらん」

しかし、数度虚空に星の光芒が舞えば雨のように向かった槍達が叩き折られ その力を失う、まさに片手で足払うが如く その言葉の通りくだらないとその手を弾く

「まだまだぁっ!!」

しかし、それさえ囮だと言わんばかりに今度は地面に広がる武器の破片が竜巻を作り出し 棒立ちで無防備に構えるその体を囲む…しかし

「…フッ」

同じだ、また 腕の一薙でその竜巻が内側から破られる、無数に煌めく星の光が 竜巻を食い破り、ガラガラと浮かび上がらせたガラクタ達が屑となって宙を舞う

「…それで?、次は何をする 帝国、それともこれで終わりか?」

「まだだと…言っている!」

帝国対アルカナ、この一大戦争が行われている元テイルフリング領…、魔女の信奉者と魔女排斥派の未だ嘗てない戦いの決着をつける対決が今ここで行われていた

「ほう、なら何をする、お前の革命が 我が革命を上回るか、見せてみろ」

褐色の肌 金の髪と顔に走る鋭い傷跡を持つ男、彼こそが大いなるアルカナ最強と呼ばれる大幹部 名をNo.21 宇宙のタヴだ

帝国でもルードヴィヒ達将軍しか至っていない第三段階に至る力を持つその実力は、マレウス・マレフィカルムという広大な組織の中でも最上位と呼び声高い まさしく最強の魔女排斥の戦士だ

彼はただ一人で帝国の本陣に乗り込み、魔女排斥軍を囮にしつつ 単独で帝国の主力たる師団長達を殲滅したのだ、彼の足元には既に多く師団長や帝国兵 大型魔装の残骸が散乱している

そんな中、ただ一人で立ち タヴに相対する者がいる

「見せてやるさ!、アルカナぁっ!!」

空間制圧魔術 『ブレイキングロック』を用いてタヴへと飛びかかるのは第十師団の新たなる団長 ジルビアだ

タヴとの対決で負傷し戦線離脱したマグダレーナに代わり新たに師団長に任命された彼女は、親友の遺言に従い アルカナと決着をつけるためこの軍団の長でありアルカナ最強と名高きタヴに単身挑みかかっているのだ

「はあぁっ!!」

ブレイキングロック、それは拳大の物や手で持てる物体を複数同時に操り 空間を制圧する特記魔術の一つ、本来 対人戦においては部類の制圧力を持つはずの魔術の筈

しかし、彼女がいつものように膨大な量の石を浮かび上がらせ 嵐のように舞わせても

「それしか出来んのかお前は」

第三段階の特権 極・魔力覚醒を用いたタヴには通用しない、彼が軽く手を開けそれと同時に背後に侍らせる星空の如きオーラから幾重にも光条が伸び その石の嵐を一瞬にして迎撃する

タヴの力があまりに強すぎるのだ、放つ光は凡ゆる物を粉砕し、どんなものも寄せ付けず、全てを阻止する鉾にも盾にもなるのだ

故に、戦いが始まって十分、ジルビアはタヴに傷を作るどころか 彼の足を一歩も動かす事が出来ていないのだ

「くっ!!、このっ!!!」

自らが作り出した石の雨が一瞬にして打ち破られたのを見て、ジルビアは咄嗟に 足元で気絶するマルスの愛剣 謫仙二式を拾い上げ、斬りかかる

「はぁぁっ!!!」

謫仙二式はマルス専用の特異魔装だ、マルス以外に扱えない訳ではないが、マルス用に調整されているため、その力を十全に扱うことは出来ない、そんなことはジルビアだってわかってる…

「やあぁぁっっ!!」

「さっきの丸顔の方が良い剣を振るったぞ」

剣を振るう、ジルビアとて軍人 剣の一本くらい扱える、しかし タヴには通用しない、剣の達人であるマルスの剣さえ通じなかったのだ、剣を扱えるだけのジルビアでは掠らせることも出来ない

「くそっ!くそぉっ!」

涙ながらに振るうもタヴは足を動かさず、ただ体を傾けて 首を傾けて、それだけで避けてみせる、まるでジルビアの手が分かっているようだった

…違うんだ、実力も次元も それが如実に出ている

悔しい、悔しい悔しい、どんな敵も倒せるように訓練を積んで 最強世代なんて呼ばれて 師団長補佐にまで上り詰めたというのに、肝心な 絶対に倒さなくてはいけない相手にはこれか!

「『星衝のメテオリーテース』ッッ!!」

「ぐはぁっっ!?」

振るう剣の隙を突いて タヴの星光を纏った一閃がジルビアの胸を強く叩きつけ、ただそれだけでジルビアは吹き飛ばされ地面を転がる…、こちらの攻撃は全く当たらないのに 向こうの攻撃は何もかも通り過ぎて私を痛めつける

これを何度も繰り返した、他の師団長が倒れるような攻撃を何度も食らったこの体は既に限界を3周くらい回って超えている、今だって必死に口の中を噛んで意識を保っている、もうすぐ口の中の肉が噛み切れそうだ…

「…ぁあ、ぐっ…はぁ はぁ」

それでも立ち上がる、今ここで私が負ければ それは帝国の敗北を意味する、帝国が負けたら…リーシャちゃんの意志が潰えることになる

必死に守った何かが、潰える気がする!それは それだけは嫌だ!!

「ほう、立つか…以前の傷も癒えていないだろうに、よく立つ、余程 胸に秘めた物が熱いのだろうな」

「当たり前だ…、私は 親友を…失ったのだから、お前達のせいで」

「そうか、気の毒だが…それだけだな」

「何を…!」

怒りで意志が再燃する、こいつ 今リーシャちゃんの死をそれだけと言ったのか!こいつは!!

「どうした、私が憎いか…ならばしてみせろ、革命を…!」

「言われなくても!そのつもりだよッッ!!『ブレイキングロック』ッッ!!」
 
血を吐きながら魔力を解放し、持ち上げるのは謫仙二式…そして 周囲の瓦礫、そうだよ 私に出来るのはこれだけだ、だが これを取得するのに血反吐ぶちまける訓練を積んできたんだッッ!!

自らの努力を信じてジルビアは腕を振るう、それは指揮棒となり 瓦礫達は風切音を奏で始め

「『空間制圧術・痕乱打无』!!」

八方向に並ぶ瓦礫達がそれぞれ別々の速度でタヴに襲いかかる、無造作に不規則に飛び交う全方位攻撃は凡そ一人の人間に対応できる物じゃない、どんな人間も必ず見落とす隙がある、そして一つでも見落せそれは続くように乱撃を叩き込むのだ

ジルビアが持つ必殺の戦法とも言えるそれに縋りつき、タヴを囲い 攻勢に出る

「悲しいな、力不足というのは」

しかし、当然のようにタヴはそれを手だけで叩き落とす、光の如き速度で次々迫る瓦礫を一つづつ綺麗に丁寧に砕いて落とす、本当なら大火力で纏めて振り払えるのに それはしない

何故か、今 タヴはジルビアの心を折ることで真に帝国に勝利しようとしているからだ、これがジルビアの必殺であることを理解して それを証明から打ち破るため 面倒な手順を踏んでいる

まぁ、だからと言ってタヴにとっても無理な話ではない、この程度なら タヴは一週間だって受け切れる…

「っっはあぁぁぁぁっっ!!」

すると、その瓦礫の弾幕を塗って 浮かび上がらせた謫仙二式を掴み勢いのままジルビアが突っ込む、瓦礫に紛れ 巧みに姿を隠しながらタヴへと近づくのだ

(ほう…)

それを見たタヴは思う 上手いなと、これだけのものを的確に操りながら自分は全く別の行動をするなど、ヘエでも出来ぬ芸当 これは実質ジルビアを二人相手にしているようなものだと息を飲む

「ここだぁっ!!」

「さて、それはどうかな」

しかし、それさえも見抜くタヴは瓦礫に紛れ 斬りかかってきたジルビアの斬撃を受け止め…

「むっ…!」

初めてタヴの顔色が変わった、受け止められなかったのだ ジルビアの斬撃を、当然だ だってジルビアが振り抜いた剣は 存在していないのだから、思い切り振り抜くフリして ジルビアの手の中には何もない、さっきまで握られていたはずの剣が 無いのだ

「くっ!!」

後ろだった、タヴの背後で謫仙二式が煌めきながら飛んでくる、ブラフだったのだ 、剣を持って突っ込むのを敢えて見せて、直前でジルビアは剣を捨ててきた、手に持てるものならいくらでも操れるが故に 途中で剣を手放し別行動していたのだ

剣は人が持つもの という意識を逆手に取り、ジルビアに注意を向けさせ その隙に背後からの刺突で仕留めるつもりだった…

良い手だ

しかし

それもまた、悪足掻きでしかない

「なっ…」

今度はジルビアが驚愕する番だ、何せ 渾身の策がタヴの指によって容易く止められたからだ、指二本 それで謫仙二式の方を見ることなく、タヴは浮かび上がる謫仙二式を指二本受け止め それだけでへし折ってみせる

「お…お前…」

嘘だろ、こいつ どこまで…、ここまでやっても 及ばないのか、必殺の魔術も 必殺の策も、こいつには指先だけで止められる程なのか

「げばぁっ!?」

刹那、ジルビアの体は再び地面を転がる、タヴによって蹴られたか殴られたかも分からぬ速度で、叩きのめされた

再びこれだ、見えるのは地面 それだけだ、自分はまた下を見ている、タヴによって弾かれ うつ伏せで倒れている、力も 策も 何もかも通用せず、何もかもが無駄に終わり…また倒れている

「さて、次はどうする?」

タヴが次を聞いてくる、次なんてない、策も圧倒的力の前では無意味だと今さっき思い知らされた、もうこれ以上はない 

それ以上は、そう…感じれば感じるほど、思い浮かぶのはリーシャちゃんの姿、幼い頃からずっと一緒にいて 自らの半身とも言える間柄の彼女…、あの呑気な笑みが永遠に失われたというのに

私が出来るのは負けることだけ?…、トルデが倒れ フリードリヒが命をかけて戦っているのに、私は 負けるのか

「く…う…」

砂利を握りしめて、震える体で立ち上がる、負けられない…負けられないだろ私は

私は後を託されてるんだ、せめてそれくらいしないと、リーシャちゃんの未来を奪った癖に、その最後の頼みくらい聞けないで、何が親友だ 何が幼馴染だ!

砂利に跡を作りながら、ゆっくり ゆっくり、体の中に残った力を探し出し 寄り集めて立ち上がる…、例えどれだけ相手が強くても…勝たなきゃいけないんだ

「ふぅー…ふぅー…」

「ほう、まだ立つか、しかし 勝算無くして革命は無し、ただ立ち上がるだけで 世界が変わるなら、この世界は八千年も続いていない」

「そうかもね…、だけど こういう時、立ち上がれる奴が、いつだって何かを変えてるのよ」

「ほう…、言うじゃないか」

勝算がないわけじゃない、ないわけじゃないけど…これを勘定に入れていいか分からない、操れる自信がないから…

そう 静かにジルビアは胸元に隠したそれに手を伸ばす、ジルビアが 此の期に及んでも隠し続け 出さなかった秘蔵の奥の手、出せば終わる可能性がある…私が、でも このまま負けるよりはずっといい

「やってやる、…どうせなら お前を道連れに地獄に落ちてやる」

決死 その覚悟は言葉にすればみるみるうちに肥大化し確たる物になる、これを使えば私は死ぬかもしれない、だけど恐怖はない もし死んだら、あの世でリーシャちゃんに謝ろう

今度は、不貞腐れず きちんと…

そんな覚悟の中で取り出したるは、黄金の鳥 そのエンブレムが入った 懐中時計だ

「なんだそれは、それがお前の奥の手か?」

「ええ、奥の手…」

手にかけ黄金の時計を前に ジルビアは構えを取る

…そもそもだ、ジルビアは今 第十師団の師団長ではあるが、それは有事の中で急遽決まった事だ、だから 本来持つべき物をジルビアは持っていない

それが師団長に与えられる専用の『特異魔装』だ、本来師団長任命は多くの手続きと時間をかけてしっかりと行うもの、それをジルビアはすっ飛ばして 瀕死のマグダレーナからその座を受け取ったせいで彼女は専用魔装を持っていない

だから他人の謫仙二式を使ったり 他人の武器をアテにしてきた、ないからだ 魔装が…、だから これは

「起動、特異魔装 『ヴィゾーヴニルの尾羽』」

ジルビアの専用魔装ではなく、若き日のマグダレーナが使っていた 先代団長の専用魔装だ、その名も『ヴィゾーヴニルの尾羽』…

かつて無敵を誇ったマグダレーナが武器として使用したと言われる伝説の魔装、それがこの時計なのだ…

「時計か、…あまり好きではないな、時間に追われて生きるのは」

「大丈夫…、直ぐに好きになるわ」

帝国魔装が開発されてより数百年、今まで多くの魔装が開発されてきたし多くの特異魔装が生まれて来たが、その中で最も 完璧に近いと言われる傑作は五つしか存在しない

一つが『刻槍のグングニル』、別名持ち主を選ぶ槍とも言われ これは槍が選んだ人間にしか扱えず、今現在の持ち主は三代目継承者 アーデルトラウト

二つは『謫仙零式』、マルクスが扱う謫仙二式と破損し消滅した謫仙一式 そのケースモデルとなった試作品である、魔力機構を用いた場合どれだけの力を発揮出来るのかという実験の為作られており、使用者の無事は保証しない最悪の剣であると同時に世界最高威力の剣、今現在の所在は不明、オウマ・フライングダッチマンが持ち出したとも

三つは『星見八面鏡』、星の形を魔術に落とし込み 擬似的な平行世界の事象を汲み取る事ができる超常の魔装、ヴォルフガングが独力で生み出しているため理解が及ばないが 帝国的な意見としては多分なんかすごいんだろうな と言ったところ、今現在の所在は勿論ヴォルフガング

四つは『ブリージン・レーギャルン』、帝国最硬の異名を持つ鎧型魔装、身につけた物を凡ゆる外敵から守ると言われる着る城塞、五百年前 生命の魔女ガオケレナとの戦いに使われた際破損しバラバラになって尚も最高の防御力を持っていると言われる、今現在の所在は不明、オウマ・フライングダッチマンが持ち出したとも

そして五つ目がこの『ヴィゾーヴニルの尾羽』、かつての持ち主はマグダレーナ そして今現在の持ち主はジルビアだ、この魔装は 或いはこの四つさえ上回る傑作かもしれない

何せ、これを使用した人間は 一時的に無双の魔女と同じ力を扱うことが出来るのだから

「軌道を示せ 黄金時計よ、我が道を切り開き 敵を打ち倒せ!」

そのジルビアの言葉と共に黄金時計は一人でにグルリグルリと針を回し始める…、その様を見て タヴはやや沈黙し考える

(あの魔装は他の物とはレベルが違うように見える、だがなら何故それが今ここで出て来る、あの女もここまでボロボロになるまで何故出さなかった?マグダレーナも私に敗北しながら何故出さなかった…、ふむ)

ヴィゾーヴニルの尾羽のそれから感じるのはただならぬ気配だ、しかし それほどの武器があるなら何故今まで誰も使わなかったと目を細める

すると、その答えは殊の外早く 導き出された

「…5分か、短いな…」

ピタリと黄金時計の針が ピタリと真上を指し示す、すると次の瞬間…

「むっ!!」

タヴの顔色が変わった、ヴィゾーヴニルの尾羽の力を見たからだ、より強い黄金の輝きを放つ時計と、それと共に全身から凄まじいまでの魔力と光を放つジルビア…そして

「はああああああ!!!」

「ぐっ!?」

突っ込んできた、ジルビアが さっきまでと同じように真っ直ぐとタヴに向けて肉薄し、軍隊仕込みのマーシャルアーツにより正確無比な拳がタヴへと放たれる

先程までなら鼻で笑いながらタヴはその手で弾いていたが、今回は違う…何せ、ジルビアの速度が格段に上がっていたから

(いや違う、ただ速くなっただけじゃない)

「はぁあああああ!!!!」

息がかかるほどの距離で放たれるジルビアの連撃、きっと これを木にでも打ち込めば 木には綺麗な拳型の穴が開くだろう、それほどまでに強力な連撃がタヴに容赦なく振るわれる

それより何より速い、黄金の輝きを纏うジルビアの動きが尋常じゃないくらい速いのだ、だからタヴでさえ一つ一つを防ぐので精一杯に…

(おかしい、これはどう考えてもおかしい)

タヴは疑う、さっきまで雑魚だったジルビアが何故ここまでの力を!などと 分かりきったことを疑問には思わない、疑問に思うのはこの状況だ

光速で拳を振るうタヴと加速したジルビアが殴り合って 何故ジルビアが一手勝る、ジルビアは確かに速くなったが光以上に速くはなっていないのは明確、なのに 光を操り防御するタヴの拳を上回り 勝り 押し始める

「ぐっ!?」

刹那、ジルビアの拳がタヴの頬を掠め その拍子にタヴは一歩引いてしまう、今の今まで誰も後退させられなかったタヴを ジルビアは怒涛の猛攻で一歩押し戻したのだ

タヴの頬に冷や汗と血が流れる…

「喰らえ…!」

「っ…」

トドメと言わんばかりに放たれるジルビアの大振りな回し蹴り、これは防げる 如何に速くともこんな大振りなら とタヴは蹴りを受け止め、反撃の姿勢に出…

「なっ…!?」

するとどうだ、まるで何かが切り替わるように フッと蹴りの姿勢を取るジルビアがいつのまにか姿勢が変わり、今度は拳を放っており、その拳骨が視線を遮り…

「だぉりやぁっ!!」

「っ!?」

殴り抜く、タヴが初めて まともに一発敵から拳をもらい、更に二歩 三歩と後ろに引き下がる

頬に走る鈍痛、ヒリヒリと痛む頬、されどタヴはそんなこと気にしない、今 彼の頭は高速で回転していた

(なんだ今のは、蹴りの姿勢から即座に拳を放ったようには見えない、最初から拳を放っていた…そんな風に見えた、なら蹴りの姿勢は幻覚?いや違う こいつらはオライオン人じゃない、そんな芸当は出来ないはず…ならなんだ)

タヴは一瞬もジルビアから目を離していなかった、だが 見逃した…どうやって蹴りの姿勢から拳を放ったのか…、いや あの時計…そして無双の魔女の力…そうか、これは

「なるほど、時間か…」

ギロリと姿勢を整えながらタヴは己の推理を口にする、しかしジルビアは表情一つ変えず構えを取り…

バレたか…、と内心焦る

その通りだ、この高速猛攻の種は『ヴィゾーヴニルの尾羽』の効果、その名も『手順高速化』だ、つまりこれは 無双の魔女の時間を操る力をなんとか魔装に落とし込めないかという無謀な試み 数千数万の失敗の末に生まれた唯一の成功作がこれなのだ

ヴィゾーヴニルの尾羽を使った者はその行動の手順全てが高速半減する

そもそもの話だ、タヴのようにどれだけ速く動いても それはどう足掻いても『一行動』なのだ、その一行動を行える時間というものには決まりがある

対するジルビアは 魔装の効果により一つの行動の手順が半減している、つまりタヴと違い その一行動の中で数度別の動きが出来るのだ

攻撃をしそのあとまた別の箇所に攻撃を加える、そんな一連の動きを一行動として簡略化出来るのがヴィゾーヴニルだ、タヴがどれだけ速く動いても 近接戦では行動数で遅れを取る これは速さ云々の勝負ではなく時間との戦いなのだ

先程の乱打戦もそうだ、タヴが一つの防御を行う という時間にジルビアは同じだけの時間を消費し複数の行動を行える、タヴが均衡を保っていられたのはタヴの速度があったから それがなければタヴは防御もままならずジルビアにボコボコにされていただろう

さっきの蹴りも同じだ、蹴りをやめて拳に切り替える その間の行動が簡略化されたため タヴの目には一瞬でジルビアの行動が切り替わったように見えたのだ

近接戦では部類の力を発揮する魔装 それがヴィゾーヴニルの尾羽、これを解放したジルビアはタヴよりも遅くとも早く手を打てるのだ

「どうやら、これならお前も倒せそうね」

「確かに凄まじい魔装だな、…だが ならば早く使うべきだったな師団長よ、この場面まで使用を渋るなど デメリットや制限があるのが見え見えだ」

「あんたに使うのがもったいなかっただけよ」

とはいうが、内心冷や汗ダラダラだ、タヴはほんの少し打ち合っただけでヴィゾーヴニルの尾羽の力を見抜いた、その上 制限があることさえ見抜いている

そうだ 制限はある、それは最初に時計が提示した五分と言う数字、そして…

(骨が軋む、全身が痛い…これが 世界の修正力か)

全身に負荷がかかっているのだ、それも凄まじい量の負荷が それがジルビアが今まで使用を躊躇った訳だ

この魔装を使った人間には甚大な修正力が加わる、何せ時の法則を捻じ曲げ一人だけ行動を簡略化しているのだ、そんな過ちこの世界が見過ごさない…、間違った法則 捻れた存在には世界が本来の形に戻そうとする反動を加えると言う法則がある

それが『世界の修正力理論』、これがあるから魔力という凄まじい力がありながら世の中の法則は乱れず 均一な状態を保っているのだ、もしその法則から外れたものがあれば 世界は凄まじい負荷をかけて元の状態に戻そうと働くのだ

その修正力の強さは、火や雷 魔力などの凡ゆるエネルギーよりも強力で、ある種魔女さえ抗えない世界最強の力とも言われるそれが ジルビアの体を苛む

時間を捻じ曲げれば世界の修正力が加わる それを耐えられる者だけがこのヴィゾーヴニルの尾羽を使えるのだ、少なくと若き日のマグダレーナは平気な顔で耐えていたがそれはもう昔の話 今のマグダレーナでは耐えられないから 今は使ってないだけの話なのだ

剰え年老いたマグダレーナよりも遥かに弱いはずのジルビアには到底耐えられない、傷ついた体で使えばどうなるか?

時計が提示した五分と言う活動時間はあまりに短い、本来なら数時間単位で活動時間を表示するはずなのに、…つまり 五分後にはジルビアは修正力に押し負けて 死んでしまうことを意味している

(この魔装を五分間動かし続ければ死ぬことになる なんてのはずっと前からわかってた、けれど それでも、リーシャちゃんのために!こいつは道連れにしないといけないんだ!)

残された時間は長いようで短い、だが 確かにこれならタヴにも通用する、だから その間で攻め続ける!

「はあぁっっ!!!」

「…………驚きだ」

まるで間にあるべき行程が飛んだかのようにジルビアの拳が接近や加速などの段階を踏まず、いきなり最高速でタヴへと放たれた

しかし

「私にここまでさせるか、帝国よ」

「な…!」

消えた、先程までそこにいたタヴの姿が、瞬きの閃光を残して…違…

「ぐっ!?」

刹那 真横から飛んでくる幾多の光線を身を捩り回避すれば 着弾した光が地面を焼き焦がし爆裂する、その唐突な攻撃に背筋を冷たくしたもの束の間、慌てて光線の方を向き直るジルビアに

「お前を認めよう、革命の寵児よ、お前は私の敵だ」

「っ……」

背後から声がする、背筋が凍るように冷たくなる、タヴが本気を出してきた…それは即ち、さっきまでの攻撃はどれも 彼にとって手を抜いたものだったことを意味して

「チィッ!!」

体を捻るように回転させ背後にいるであろうタヴに向け蹴りを放つも、既にそこにタヴはいない 見えるのは影、月光を背に夜空を舞うタヴの姿…それが 本物の星々を侍らせ ジルビアを見下ろし

「『コズミック カルミネイション』」

そう 口にする、それはタヴが使う初めての魔術、魔力覚醒による魔力を操る技ではなく、彼が持つ魔術…

その名も 現代銀河魔術…コズミックカルミネイション

「っっっ!?」

銀河魔術…、魔女シリウスの最奥 星辰魔術の劣化亜種とも言われるそれは、星の光を操り それをそのまま武器とする大魔術である、星の光とは即ち途方も無い距離を超えて地上に降り注ぐ 神秘なる力、それには言葉では形容しようもない力が備わると言われており

事実、その星の光を元に扱うシリウスの星辰魔術は一度この星を割りかけた事もある、…それと同型種の力を扱うタヴが放つのは 雨のように無数に降り注ぐ大量の光弾、一発一発が星の魔力を秘めたそれは 破壊の力として大地に降り注ぐ

ジルビアの立つ大地へと

「ぐぅぅぅっっ!?」

防御する、だが意味はない 大地ごと吹き飛んでしまうのだ 広範囲を焼き尽くす炎はジルビアを弾き飛ばし空中へと投げ出し…

「『コズミック シューティング』!」

「ぐぶぅっ!!」

浮かび上がるジルビアへと突き刺さる流星、銀河魔術を纏ったタヴの蹴りがジルビアの腹を蹴り砕き 浮かび上がったその体を再び地面へと叩き落とす

「くっ!、この!」

されどジルビアとてこの程度で打ちのめされる程の覚悟を秘めていたわけではない、大地を砕くほどの勢いで着地し 反撃に出るため上を見る…だが

居ない

「『星衝のメテオリーテース』ッッ!!」

「がはっ!?」

正面から飛んでくる星速の正拳にジルビアの鳩尾がギリギリと軋む

「『星転のアンティキティラ』」

「くそっ…!」

反撃に出ようにも タヴは瞬く間に加速し、ジルビアが何かする前に行動に出る、一瞬にしてジルビアの視界に無数の光芒が走り それと共に膝が 脇腹が 胸が 肩が 頬が 脳天が、タヴの連撃により打ち据えられる、差し詰め今のジルビアは砂嵐の中の枯れ木だ、四方から打ち据えられ 容易に揺れる

「私は!負けられないんだ!」

「おっと」

そんな連撃の中 必死に拳を振るい タヴの動きを止める、事実タヴはその動きを警戒し ジルビアの前で足を止め…、今だ 今しかない、また近接戦に持ち込まなければ、そう血を吹きながらもジルビアは拳を構えタヴに

「か…はぁっ…」

されど、次の瞬間足がもつれる、その近接戦に 負けたのだ、ジルビアは確かに数度手を出した、さっきと同じパターンに持ち込んだ、だが その上で凌駕された、確かにジルビアの手数は多い 真っ向から殴り合えば タヴに対して圧倒的なアドバンテージを得たまま戦えた

だが、それ以上にタヴの近接戦能力が上だったのだ 桁外れといってもいいほどに、巧みにジルビアの手を払い 老獪にジルビアの悪手を誘い 小賢しくもフェンイトを使い 狡くも目眩しを使い、タヴ自身が持つ全てを使って ジルビアに怒涛の連打を叩き込んだのだ

そりゃあそうだ、さっき通用したのはタヴがジルビアの力の正体を探りかねていたから、だが今は違う、ジルビアの動きが自分を上回る速度で手を打つならば そういうつもりで動けば良いだけ 想定して動けば、対応出来ないものでもなかった

「ぐっ…、ガァァッ!!!」

「ふっ…」

振るう、拳を 全霊でジルビアは振るう、時を超える拳は それでも超えられなかった、圧倒的実力差は

容易く躱され態勢を崩したところにタヴの拳が突き刺さる

「ぜぇ ぜぇ…、負けられない 負けたくない、負けちゃ…いけないのに!」

「遅い」

振るう振るう、何度打ちのめされてもジルビアは諦める事なく拳を振り回す、しかしタヴには通じない 、邪魔なものを避けるように躱され ハエでも落とすように手で弾かれ、返しに飛んでくる掌底の一撃に吹き飛ばされ 地面を頭から転がる

「ぐぁっ…!、ぁ…がぁ…」

まだだ!と心で叫べどもう体がついてこない、ただでさえ負荷のかかる体と傷ついた体、気力だけで立っていたところに この絶望的な状況、手足をどれだけ地面に突き立てても この体を持ち上げることができない

「終わりか、お前の革命も…」

「ぅ…あ…」

頭の上にタヴの声が響く、倒すべき相手が目の前にいるのに ジルビアの目はそこを見ることすらできず、地面についたまま離れない…

終わりなのか、これで…結局 抗う事もできず、戦いにすらならず 私は…負けたのか

「く…くそ……」

強過ぎる、あまりに強過ぎる…これがアルカナ最強の男、こんなの 将軍様でも勝てるかどうか…

「どうやら、刻限のようだな…、では さらばだ、帝国よ お前達の世界は今日 覆る」

立ち去っていくタヴの足を追うことが出来ない、見れば 手元の懐中時計が指し示す時間が迫ってくる、ジルビアに与えられた五分が終わる…これが終われば、私は終わる

ああ、もう体にかかる負荷に耐えられそうもにない、懐中時計を止めようにも もう手が動かない、目が霞む…

ごめん…

リーシャちゃん

私…

やっぱり…弱い…まま…………


消え逝く意識の中、ただ 友への無念と己の不甲斐なさを抱え、ジルビアはゆっくりと目を閉じ、その時計が 指し示した時が迫り

針が…

止まった………………






「バカが…」



ふと、霞む意識の中 ジルビアの耳が聞いた声、…おかしい もう刻限を通り過ぎたのに、生きている?…、そう ジルビアが薄く 目を開くと、彼女の手元の時計に手を伸ばしその時計を停止させる手が伸びている

この手は この声は…

「お前は昔から無理し過ぎなんだよ、何もかも背負い込めるくらい強い人間なんかいねぇんだ、それを分かち合う為に居るんだろう…」

何よりも優しく 何よりも強い、ジルビアが トルデリーゼが リーシャが オウマが 何よりも信頼するその声の主へ向けられた目から 涙が溢れて落ちる

「友達がよ…」

「フリードリヒ…」

フリードリヒだ、彼が時計を止めて私を助けてくれたんだ、魔女ニビルを止めると 死ぬ気で特攻した彼が戻ってきてくれた、彼も信じられないくらいボロボロだが…来てくれたんだ、フリードリヒが

「遅いよ…フリードリヒ」

「ごめん、ちょっと手間取って…」


「ほう、まだ師団長が残っていたか…、だが遅かったな もうお前の仲間で戦える者はいない」

静かに時計をジルビアの手元に置いて立ち上がるフリードリヒの背を見て、足を止めたタヴが 遅かったなと笑う、その言葉に 何も返さずフリードリヒはゆっくりと振り返る

「三つ 聞きたいことがある」

「なんだ?」

彼は ゆっくりと、しかして力強い足取りでタヴに向かう

「お前は大いなるアルカナの最高幹部 宇宙のタヴだな」

「ああ」

それに答えるようにタヴもまたフリードリヒに歩み寄る

「お前は この軍団の指揮を取ってる、でいいんだよな」

「ああ」

そして、二人は肉薄する 互いの息がかかるほどに、ぶつかり合いほどに睨み合う、あの最強の男 タヴを前に…帝国最強の将軍と同じ力を使う相手を前に一人の師団長が立ち塞がる

その背中は、確かにこう語っていたと ジルビアは感じる

『後は任せろ』 そう、強く強く 宣言していた

「お前が、俺の仲間と ジルビアとトルデリーゼを…親友を ここまで傷つけたんだよな」

「……ああ」

「ッッ!!!」

刹那 膨れ上がる怒気、それは握り拳に集約し、目の前のタヴに向けて振るわれる、ジルビアのそれよりも遅い なんの変哲も無い拳、あの攻撃がタヴの前に防がれ弾かれ 打ち負ける様をジルビアは何度も見てきた

タヴもまた フリードリヒの行動を見て軽く笑い、いつものように防ごうと手を出し…

「ッッ!?」

その瞬間、拳を防ごうと出した手を避けて フリードリヒの腕がグニャリと曲がるように軌道を変え、守りを抜けてタヴの顔面へと伸び…

「ごはぁっ!!??」

吹き飛ばされた あのタヴが、今の今までロクなダメージも受けず、ジルビアの攻撃も無言で受けていたタヴが、フリードリヒの一撃をもらい 苦痛の声をあげ吹き飛ばされ、燃え盛る木を突き破り殴り飛ばされるのだ

『インフィニティ ポーカスフォーカス』、体を空間ごと捻じ曲げる特異な魔術を使ったのだ…、普段ネタにしか使わないアレを 本気で攻撃に転用した…?

いや、違う、もしかしてフリードリヒ

「よーし、なら ぶっ殺す、文句ねぇよなぁ オイ」

本気だ…、アイツ 今まで見たことないくらい本気だ…!

………………………………………………………………

「ハッ、どうやら お前がこの軍で最も強い男のようだな」

燃え盛る倒木を弾き飛ばし タヴが炎より現れる、その顔は ようやく強敵に出会えたという歯応えと、目の前の男を値踏みするような怪しい瞳を見せていた

「そっちこそ、聞いてるぜ トルデリーゼの体をあんなにしたのは、お前だってな」

対するフリードリヒの目には怒りだけだ、アルカナにはそもそもキレてたんだ、アイツらが余計なことして物事引っ掻き回したからリーシャの人生は狂わされ、その末に アルカナとの闘争の中で アイツは死んだ

こいつらが居なけりゃ、俺だって 嫌いな戦争になんか参加することはなかったのによ と青筋を浮かべながら腕を回す

「そうだな、その通りだ…、聞かせろ お前の名を」

「…フリードリヒ、第二師団 団長…フリードリヒ、この軍の総指揮を任されてる、よろしくするつもりはないから 挨拶はなしだ」

「そうか、私はタヴ、魔女に反旗を翻す革命の象徴…、そしてお前の敵だフリードリヒ」

「…そのつもりだよ」

だが二人は悟っていた、今ここに帝国軍の総大将と魔女排斥軍の総大将の二人が揃っていることに、何がどうあれ二人は決着をつけねばならない、その決着は即ちこの戦争の決着

最後に立っていた方が、この長い帝国とアルカナの戦いの結果を決めることが出来る

「だが、分かるか フリードリヒ…、私に勝てるか?」

そう言いながらタヴの魔力は周囲を覆い 地上を星空の世界へと塗り替える、それは即ち第三段階の力、そこに至っているのは帝国でも三人だけ

とても師団長に手に負える相手ではない、それは師団長であるフリードリヒも変わらない、ましてや年老いたとは言え 師団長最強であるマグダレーナさえも負けているこの状況、相当悪いと言える しかし

「勝てるかって、心配してくれんのか?」

「まぁな、自慢する言い方は好きではないが…お前達帝国の中で私と同じ領域に至れたのは 将軍達三人だけと聞く、将軍なしでは いささか難しかろう」

「かもな」

「それでも、友のために挑むと?」

「ああ」

そのフリードリヒの問答を受け、タヴの肩が揺れる、愉快そうに 楽しそうに、笑う

「そうかそうか、お前もまた革命者か、ならば良いだろう、ここで私も全力を出そう、革命には革命を与える」

「へっ、そうかいそうかい ならいいこと一つ教えてやるよ」

革命には革命をと、些かよくわからないことを宣うタヴを前にフリードリヒは指を五本立てて 意趣返しの意味を込めてか歯を見せニカリと笑う、その笑いに焦りはない、格上を相手にしているという焦りは何処にも

すると、まるで酒場で知り合いに笑いかけるように朗らかに微笑むと

「俺たちさ、特記組っていうんだけど知ってるか?、俺そこでも最強世代!なんて言われて褒められてんのよ」

「…?、あ ああ」

タヴも特記組は知っている、帝国のエリート達 師団長の中にも多く特記組はいたが、彼はそれも倒している、何よりフリードリヒの態度に違和感を覚える、こいつ 何かを隠している?と

確かにこいつは特記組でも優秀かもしれない 世代で見れば最強かもしれない、だがこいつよりも強い特記組出身者が歴史上何人もいた 事実将軍もまたこいつより強い、個人で見れば こいつは決して最強ではない

「そんでさ、特記組ってのは 訓練を終えて軍に入る時、最後に試験を行ってその人間のその時点の実力に点数つけんのさ、んで んー…平均的な点数が確か 60点だったか、70行けば師団長行きは確実ってな話よ」

タヴは思わず聞き入る、こいつ話上手いな…と思うと同時に、徐々に理解し始め フリードリヒの評価を改め始める

「ジルビア…85点 リーシャ88点 トルデリーズ90点」

最強世代と言われる者達はその点数が軒並み高い、故にこそ最強世代と呼ばれたのだ、しかし 上には上がいる

「アーデルトラウト 95点 ゴッドローブ 96点…ルードヴィヒ98点」

三将軍は全員がほぼ満点近い、だからこそ 最強の存在に…いや待て、将軍でさえ満点に『近い』だけ…ならば

「そんで俺、百点満点…」

刹那、フリードリヒの体から溢れる魔力が ドッと質量を変え 空間を制圧し始める、軍入隊時の実力は 将軍さえも上回る男の魔力が空気中に霧散し、タヴが支配した領域とぶつかり合い火花を散らす

これはまさしく とタヴは言葉を失う、この領域に至っているのは将軍だけのはず、これほどの実力を持った奴の名前を知らないわけがない、だとするとこいつは今の今までずっと隠してきたことになる

これを使えることを、これを…

「極・魔力覚醒…ッ!!」

第三段階に到達した者だけが使える真なる魔力覚醒、溢れ出た魂が空間に接続することにより 周辺の空間までもを自在に操り自身の力の一部として使うことができる絶対の力、それを今 フリードリヒが発動させる

「『ルティーヤ・アモナルフォーシス』」

それはまるで、タヴから見て空間が捻れているようだった、大地が水のように揺れ 空間が蜃気楼のように捻れ 全てが形を失いながらも存在している、極・魔力覚醒の効果が滲み出ている 間違いない…こいつは本当に

「ハッ、…面白い」

タヴは武者震いする己の体を見て笑う、こうでなくては 革命とはこうでなくては、艱難無くして革命無し 困難無くして革命無し、試練があるから革命は革命足り得る、故にこそ 今ここで己の人生最大の敵が現れたということは

我が革命の成就は目の前ということ!

「いいぞフリードリヒ!、来い!お前を打ち倒し!革命を成す!」

「言ってろよイかれ男!、変えることばかり考えて 変えた後のことを考えねぇテメェが作る世の中が 平和なわけあるかよ!!」

ぶつかり合う、二つの極・魔力覚醒…その余波が大地を揺らし 周辺を囲っていた木々の炎を消し去り、黒く焦げた燎原の只中が この戦争の最終決戦の舞台となった

「『星転のアンティキティラ』!!」

先に動いたのはタヴ、周囲の魔力を光に変え その光に同化し乗ることで擬似的に光速移動を可能にする、この速度に追いつける存在はいない 事実この技の前に何人もの師団長が倒れてきたし フリードリヒもまた背後を取られても反応出来る素振りすら見せない

もらった そう静かにタヴが魔力を構え フリードリヒに打ち込もうとした瞬間

「『捻転』…!」

静かに、フリードリヒが呟いた その言葉は詠唱ではない、命令であった

「ぬぉっ!?」

刹那 タヴの視界が捻じ曲がり 大地が捻転しひっくり返った、何が起こったのかまるでわからない、ただ 言葉にするならフリードリヒを中心に 地面が波打ち 津波のようにぐるりと円を描き タヴごと持ち上がりひっくり返ったのだ

言語化出来ない 理解出来ないてタヴは頭をパンクさせる、類似する現象を見たことがない 空間そのものがグニャグニャに捻じ曲がるなんて そんなこと有り得ない

「そこかよ!、ちょこまか逃げ回るんじゃねぇっ!!」

「チッ!」

咄嗟にタヴは退却を選択する、しかし気がつくとタヴの背後には壁が、いや違う いつのまにか私は下を向いて…ええい!?どうなってい…

「がぼぁっ!?」

混乱する脳に体が迷い、その隙をつき再びフリードリヒの拳がタヴを吹き飛ばす、今度は不意打ちではなく 真っ向からタヴが敗北し受けた拳、人生で初めての苦痛であった

「ぐぅ、なんだその魔術!なんなんだその力は!」

口元から垂れる血を拭い、地面に着地するタヴは見る、フリードリヒの周辺の空間が捻じ曲がっている、大地が形を失い 上下に波打ち 左右に揺れて 時にひっくり返って元に戻る、あそこだけ荒れ狂う海のようだ

「なんてこたぁねぇよ、これが俺の魔術の真の力ってだけさ」

「何を…」

タヴは知らない、フリードリヒの呼び名を知らない

圧倒的な身体能力と潜在能力を持ちながら 仕事をせず訓練をせず遊びと怠惰に生きる彼の二つ名は『絶界の伏龍』、誰も彼の本気を知らない 誰も彼が本気になる場面なんか見たことない

ある者は言う こんなに情けない奴が師団長だなんてと

ある者は言う 過去の栄光だけで生きているような男だと

ある者は言う 陛下からも見放された失敗作だと

されど彼の友は言う リーシャもトルデリーゼもジルビアもオウマでさえ、口を揃えてこう言うのだ

『人生で一度として、フリードリヒを超えるだけの力を持ったことはなく、そして一生涯彼を超える事は叶わないだろう』と

そしてそんな友の評価を見抜き、フリードリヒの昼行燈に騙されず その本質を見抜いた者がいた

皇帝カノープスだ、彼女はフリードリヒがひた隠しにしていた真の力と潜在能力を知っていた、だから カノープスはフリードリヒに史上最高傑作とも言える特記魔術を 自分が作った魔術の中で最も強力かつ己に近い魔術を与えた

それが、『インフィニティ ポーカスフォーカス』だった

それは己の体をグニャグニャに捻じ曲げるだけの魔術で有り、帝国兵からは宴会用の魔術と揶揄される役立たず魔術だ、タコのように手足を曲げるだけの魔術は攻撃には使えず 見てくれも不細工だ…、そのまま使えば だがな

皇帝は彼が本気で戦う場面を想定してこの魔術を与えたのだ、何せこのインフィニティポーカスフォーカスは、極・魔力覚醒を使わなければ本当にただの役立たずでしかないのだから

「本当は…、この魔術を ただの間抜けな魔術として、笑われ続けるだけで良かったんだ、本当の力なんか 使いたくなかったんだよ!俺は」

極・魔力覚醒はその周囲を己の魂と同調させる、つまり 彼の周辺の空間全域は彼の体の一部となる、ならばどうなる?体を捻じ曲げる魔術は一転

世界をどんな形にも捻じ曲げる究極の魔術へと早変わりする、これを使ったフリードリヒは 即ち無敵だ、恐らく その拳は将軍にさえ届くだろう…或い人類最強の座にさえ

「力を使うことを厭う人間など、呆れ果てた物だな…!、力は選ばれた者に与えられる特権!それを忌避する者に 変えられる者など何もない!!」

「力なんてのは無くてもいいんだよ!、誰も持たなくてもいいものなんだよ!、それが必要になるのは 力を使って周りを傷つける奴がいるからだろうが!」

再びぶつかり合う、タヴの星光満ちる世界とフリードリヒの捩れる世界が…!

「力を使わなければ変わらない世界が悪いのだ!」

タヴが駆け抜けながら腕を振るえば 背後の星空から無数の光線が走る、一撃で森を焼き 掃射にて軍を壊滅させた恐るべき光芒の雨 しかし

「『湾曲』ッ!」

その一言でフリードリヒの目の前の空間が捻じ曲がり 光さえも屈折し、その全てが虚空に消える、タヴの光線が 一瞬にして無力化されたのだ

「『捩れ吼砲』ッッ!!」

そのまま腕を突き出し フリードリヒがぐるりと手を捻る、するとその腕の先にある全てが螺旋状に捻じ曲がる、大地も木も空気も タヴの体さえ

「なぁっ!?」

グニャリと捻れる体と視界にタヴは恐怖する、こんなにも体が渦巻いていると言うのに、全く痛みを感じない、つまり フリードリヒの攻撃行動はこの先にある、それが分かっているのに体が動かない、一体どの方向に進んだ前なのか 後ろなのか、脳が理解出来ないのだ

そのまま一瞬の呼吸を置いて…フリードリヒ

「『鏖破 絶界』」

戻った、彼が捻った手を元に戻すと 世界もまた パッと正常に戻り…そして

「がはぁっ…!?」

砕けた、捩れていた世界が 大地 気 空気 そしてタヴも、全身が砕ける程の衝撃が加わる…、これは

修正力だ…!、捩れて拗れた空間を 世界が無理矢理元に戻したのだ、曲がった鉄の棒を掴み 強引に力で真っ直ぐに戻すように、世界が力尽くでフリードリヒの捩れさせた世界を 歪んだタヴを元に戻した

その時かかる負荷の重さは ジルビアにかかったそれの数百倍、世界最高の力がタヴに襲いかかったのだ

「ぐっ…修正力さえ 意のままに操れるか…!」

タヴは膝をつく、人生で初めて 戦いの場で膝をつく、フリードリヒの力は大体わかった 

空間を捻じ曲げあらゆる攻撃を自分から遠ざけ、それでいて奴の攻撃は空間にいる限り何処にでも届き防御も不可、しかも魔術でも操れないと言われる修正力を促し 敵にぶつける事さえ出来る…

強い これほどかフリードリヒと歯噛みする、こんな奴が今の今まで牙も野心も闘争本能も見せず、多くの師団長に紛れて隠れていたとは…、完全に誤算だ 、奴に出世欲が加わっていたなら 確実にルードヴィヒと相争うだけの大将軍になっていたのは間違いないだろう

「どうした、立てよ…まだジルビアが受けた分の途中だぜ?、これからお前はトルデの分やリーシャの分、蹴散らした俺の可愛い部下達全員分ぶちめされなきゃいけないんだ、これで終わると思うんじゃねぇよ」

「くっ…ふふふ、はははははは」

まさに関門、革命の最終段階に相応しい、相手が強いと言うのなら 覆し乗り越えるのが革命だ!

「私の革命はこれからだ!!」

「あの世に行きな革命家!、お呼びじゃねぇんだよ今の時代には!」

キアを上げていく二人、タヴはもはやフリードリヒを甘く見ない、こいつは下手をすればルードヴィヒにも迫る男であると評価する、だから 本気で行く

「フッッッ!!」

飛んだ、光を生み出し それに乗ると共に高速で虚空を駆け抜けフリードリヒへと飛んでいく、今度は後ろを取ろうなどとは思わない、フリードリヒ相手には遠距離からの攻撃など意味を成さない 、故に タヴが取れる最善策は

「『星衝のメテオリーテース』!!」

星拳による一撃がフリードリヒに放たれる、近接戦しかない それも捻じ曲げられるよりも早く 早く、空間を湾曲させるフリードリヒの反応を超える速度で

「ぐっぶふぉっ!」

鳩尾に放たれるタヴの拳が フリードリヒの体をギリギリと軋ませる、既にここに来るまでの間にフリードリヒはニビルとの戦闘や魔女排斥軍との戦闘を終わらせて来ているのだ、疲労とダメージの具合では ジルビアに数発殴られただけのタヴと比べ物にもならない

今こうして立ってるのも根性と根性とど根性だけで立ってるんだ、そこに加わるタヴの打撃 あーこれはきついわと心が叫ぶ

「『捩れ吼砲』!」

「フッ…!」

コークスクリューのように腕を捻りながら前へ突き出し、眼前のタヴを空間ごと搦め捕ろうとするが、そりゃあ何度も効かないよな タヴは一瞬にしてフリードリヒの前から消え去り歪みを回避する

速い…クソ速い それがフリードリヒの純粋な感想だった、タヴの速度は尋常じゃない、フリードリヒの目を持ってすら見抜けない、初速から全速力で加速魔術にありがちない『あんまり速く加速し過ぎると何も見えなくなる』と言う弱点も極・魔力覚醒に付随する魔力空間認識でカバーしてる

これが向こう側の最高戦力か、帝国も手こずるわけだよ 本当にさ!

「『捻り旋回陣』!!」

「むっ!?」

慌てて腰を捻り 空間を掴んでグルリと円形に捻る、すると背後から不意を突かれたような声がする、地面に着地した瞬間地面が蠢いたのだ 足場を崩されたタヴが刹那 その動きを止めた

「お前俺の後ろ大好きだな!」

振り向きざまに虚空を掴み、叩きつけるように大振りで背後のタヴへと振るうと同時に…手を離せば

「ぐぅっ!?」

伸ばした空間が元に戻る その修正力により発生する力場がタヴの体全体に響き渡る、しかし

「ふは…ふははははは!!」

止まらない タヴはその程度では止まらない、あまりの負荷に口から血を吹きながらもその場に屹立を続け…

「『星閃のサザンクロス』ッ!!」

その手に星の光を纏わせ するどき光刃に変えたタヴの手刀が舞う、当然速い 速さの上ならフリードリヒの数段上だ

「あぶねっ!」

されどフリードリヒも避ける、自らの空間を歪めグニャリと不規則に動くと共に手刀を避けると、お返しとばかりに拳を振り上げる すると、どういうわけかフリードリヒの腕がグルリグルリと竜巻のように回転を始め 風を纏い、まるで千枚通しの如く鋭く鋭く回転し

「『渦紋螺旋撃』!」

ドリルの如き回転を秘めた超絶のコークスクリュー、空間を巻き込み回転するそれを振るい タヴを搦め捕ろうと振るうが、やはり 近接戦では速い奴が有利だ タヴはその拳を見てから動き、余裕で回避する…、フリードリヒが空間を捻り取る事まで考慮して大袈裟に仰け反り回避するのだ

「遅いな フリードリヒ、どうやらこちらは私の方が得意なようだ」

「うるせぇよ」

としか言い返せないのだから 事実としか言いようがない、こうも速い奴がこんなにも近くにいるんじゃ 空間を捻じ曲げて攻撃する時間も確保出来ない、かといって振るわれる光拳を回避を続けていたんじゃジリ貧だ

こちとら、いつ魔力覚醒が切れてもおかしくない所にいるんだからよ

(足りない、こいつを倒すには一手足りない』

こいつにダメージを負わせる事なら出来る、だが倒し切るには一手足りない、俺が持っている物 出来ること全部掛け合わせても足りないんだ、故に援護が必要だが 周りを見ても動けそうな奴はいない、ジルビアももう動けないし 無理もさせられない

(俺がなんとか、するしかねぇか!!)

「ぅおりゃぁっ!?」

回転する拳を振るい タヴを牽制するが、どうやらこれは悪手だったようだと拳を振り終わってから気づく

「大振りになったな、フリードリヒ、まるで焦っているようだぞ」

一撃を避けたタヴの目が腕の向こうで光る、やっちまったと思った時には既に遅く

「『星撃のミーティア』ッッ!!」

極大の光を纏うタヴの蹴り上げがフリードリヒの顎を跳ねる、上がった顎 無防備な胴 見逃す筈のないタヴの連拳がフリードリヒの体を数度 数十度打ち据える、まるで流れ星の如き鮮やかな連撃にフリードリヒの体が蹌踉めく

「こはぁ…、っ…クソが…!『捻切り鋏』!!」

左右別方向に捻転する空間がタヴを挟もうとするが、それさえ予見していたようにタヴがそれを潜り抜け 肉薄する、やべぇ 近接戦に持ち込まれる、タヴはフリードリヒが動けないことも見抜いているようだった

ガタガタの足から出る機動力は とても期待できるもんじゃねぇ、対するタヴは光速の怒涛で攻めを見せる

…タヴと俺の力量はほぼ同格と見ていい、だが それでも俺が押していたのは俺がなりふり構わず攻めていたからだ、タヴがジョギング程度に流してるのに対して こっちはスタミナ度外視の全力疾走で追い縋っていたようなもの

最初はこっちが押していても、徐々にその差は覆り始める、最初に決め切れなかった時点で形勢が悪くなるのは目に見えていた、それが如実に出始めたのだ

押され始めている…、何か 一手がなければ

「『星衝のメテオリーテース」!!」

「くっ!」

こうしてタヴの攻撃を避けられるのも、あと何度か そのうちこれも避けられなくなる、くっそ…背中が重い、俺の背中にジルビア達の命と帝国の未来がかかってると思うと 重くて重くて仕方なくなる

これが嫌だから、俺はずっと逃げてきたんだ、これが嫌だから 戦いも嫌いなんだ、ずっとギャンブルで金スッて、みんなからバカだと笑われてりゃそれで良かったのに

ジルビアがいて トルデがいて オウマがいて リーシャがいる、そんな生活だけが続けばいいと思ってたのに、それも全部失ってしまった、オウマは俺達から逃げて帝国を裏切った、リーシャはアルカナ達の手によって殺され トルデリーゼは癒えない傷を与えられ ジルビアは死にかけた

それもこれもコイツらの所為だ、それを引っ張るコイツのせいだ、死んでも負けられねぇ…、負けられねぇんだが  

「はぁぁぁああ!!」

「チッ!」

弾幕もかくやという勢いで飛ぶタヴの拳を必死で避ける、体を捻じ曲げながら回避するが だんだん間に合わなくなってくる…

強い 俺が本気でやってもどうにもならなさそうなくらい強い、せめて万全だったらと思わないでもないが 我儘も言えない…

「そこだっ!!『星閃のサザンクロス』ッッ!!」

「ぐっ!!」

遂に回避が間に合わず斬撃が腕を掠め血が空に舞う、くそっ…やっぱダメなのか、俺じゃあ ダメなのか!

アイツらの兄貴分として、俺じゃあ不足か、俺じゃあ誰も守れないってのか…!!!

「終わりだ、フリードリヒ…!」

迫る刃 迫る敵意 迫る終わり、自らの敗北感を感じながらも 何かないかと足掻くように考える、まだ終われない まだ負けられない 何かあればそれでいいんだ 

頼むよ、いつどんな時に負けたっていいけど 今回ばっかりは勝ちたいんだよ!、リーシャが託してくれた後を せめて…せめて!!




「フリードリヒッッ!!」

「っ!?」

響く声に 目を見開く、背後から 声がする、それと共に飛来する何かをタヴの斬撃を鼻先一寸で回避しながら受け止め チラリと目を後ろに向ければ

そこには、体を起き上がらせ 失った片足を引きずりながら こちらを睨むトルデリーゼが…

「負けんじゃねぇ!フリードリヒ!、勝てよ!バカ!」

トルデリーゼが最後の力を振り絞って 何かを投げたのだ、それを握りしめフリードリヒは返す、拳を突き出し

「おう!任せとけ!」

その顔にもはや焦りはない、彼は見つけたのだ いや、受け取った…共に戦ってくれていた親友から 勝機を

「…なっ!?」

対するタヴはしまったと顔を青くする、今 トルデリーゼがいる場所を見て、彼女が今フリードリヒに投げ渡した物の想像がついたからだ

トルデリーゼは動けないほどのダメージを受けながらも少しづつ這いずり移動して、ジルビアの元まで向かっていたのだ、そして その傍に放置されていたそれを掴み フリードリヒを信じて投げ渡した…、それは

「『ヴィゾーヴニルの尾羽』…」

ジルビアが使っていた黄金時計、時を加速させる究極の魔装 それがフリードリヒの手に握られている、しまったと再度思う

油断していた、ジルビアの傍にある黄金時計を何故破壊しなかったのか、ジルビアを撃破し あの魔装に脅威はないと何故思い込んでしまった…!、何故それをフリードリヒが使わないと盲信的に思い込んでいた

あれは元々マグダレーナの物、それをジルビアが使った以上 フリードリヒに使えない道理はない!、警戒し タヴは距離を置く、さっきと同じように近接戦に持ち込ませないため

だが、フリードリヒと距離を取り タヴは心の中で首を傾げる

(ヴィゾーヴニルの尾羽の攻略法は分かっている、近接戦に持ち込まれないように立ち回ればいいだけ 行動させなければ脅威はない、だが…それをフリードリヒが使ったら…)

タヴはフリードリヒに遠距離戦では勝てない しかし、近距離戦ならば上回れる…、だが 今フリードリヒが手にしたヴィゾーヴニルはその近距離戦さえタヴから奪う

(一体、私はどうやって…どこで戦えば…)

「へへへ、俺ぁ魔装はあんまり好きじゃねぇんだけど、仕方ないよな 今回ばっかりは、特別だぜ」

カチリと黄金時計のスイッチを押せば、時計はクルリクルリと針を動かし、時間を測るように動き始める…ジルビアの時と同じだ 

(まぁいい、あの時計が指し示す行動限界、それまで持ちこたえれば私の勝ちだ…!)

そうだ、先ほどはその測定の結果 ジルビアの行動限界は五分と表示された、タヴは知らないことだが 全盛期のマグダレーナは凡そ十五時間程の行動時間を安定して確保していた

それに対してフリードリヒの行動限界は幾つだ、その時間持ち堪えれば…持ち…堪えれば…

(あれは…針が、止まらない!?)

永遠に動き続ける針は四週五周と止まることなく回り続ける、今もなお回り続ける、まるで測定できないと言わんばかりに、まるで その状態を無限に維持出来ると言わんばかりに

「まさか…!」

「行くぜ革命家!、お前の行進もここで終わりだよ!」

ジルビア同様黄金の輝きを纏うフリードリヒ、大きく腕を回し…


「がはぁっ!?」

刹那、大地が砕けた、なんの前ブレもなく なんの前動作も無く大地もタヴも砕けたのだ、この感覚には覚えがあるとタヴは血を吐きながら思い出す

これは、フリードリヒが空間を歪ませ 相手に世界の修正力をぶつけた時の衝撃だ…!

簡略化されたのだ、空間を捻り 元に戻す、その過程が簡略化され 攻撃結果だけが飛んできた

「そんなの…ありか…!」

タヴは笑う、これはどうすればいいのだと 、逆に清々しくて笑ってしまう、今の一撃でよくわかったよ 今のフリードリヒがどういう状況にあるかが

今フリードリヒの手には二つの力がある

空間を操る『インフィニティ ポーカスフォーカス』

そして、時間を操る『ヴィゾーヴニルの尾羽』

時間と空間を自由に操り戦う?、それじゃあまるっきり 無双の魔女カノープスじゃないか、これは関門とは言わない 艱難とは言わない、それらは乗り越えられる物だ、…これは違う

不可能だ、フリードリヒは今将軍さえ行き着けなかつた領域に限定的ながら踏み込んでいる、タヴさえも超えて

「こりゃすげぇ、俺もびっくりだ…よっと!」

「っっ!!」

完全に形成が逆転した、唯一タヴが勝っていた機動力をフリードリヒが得てしまった、奴が私の元まで駆けてくるという無駄な過程は簡略化され 一瞬でタヴの視界には拳を突き出すフリードリヒが…

「『右掛け渦紋螺旋』!!」

「くぶぅっ!?」

打ち下ろされるように放たれる回転する右フックにタヴは対応する事も出来ず地面へ打ち据えられ倒れる

「まだ 終わってねぇって言ってんだろうが!起きろや革命家!」

「何を…ぐっ!」

刹那のうちに行動を終えたフリードリヒの捩れがタヴを襲う、倒れるその体の下 捻れる地面が突如として弾けタヴを打ち上げる、いつもなら回避なり防御なりをするが、間に合わないんだ

『攻撃が来た』と理解すると同時に攻撃が飛んで来る、これは速いというより そういうものなのだ

(これは…どうしようもないな)

宙へ浮かび上がるタヴは見る、荒波のように捻れる地面 揺れる世界の中央に確たる存在として立つフリードリヒ、奴は乗り越えたのだ 危機を、私という強敵を前に苦戦し 敗北を前にしても諦めず足掻き、仲間との友情を信じてあの圧倒的だった戦況に革命を起こした

私なんかよりもずっと革命家だ、アイツは…

「『左カチ上げ渦紋螺旋撃』!!」

「ぐふぅっ!…かはぁ…」

フリードリヒの拳が突き刺さりタヴは倒れる、倒れながらも考える…、何故フリードリヒは革命を起こせたのかを、確かに奴は革命家だ だが革命を起こす権利は誰にでもある

革命は人の希望だ、如何なる苦しみ 如何なる抑圧 如何なる状況にありながら『これを変えられる』と思う心はどんな人間にさえ平等に与えられた権利なのだ

それを信じて私は魔女に対して革命を謳い続けた、そんな私がここで革命を捨ててどうする…!

「ぐっ…ふぅぅうう…」

「…立つよな、そりゃあ、お前だって背負う物があるもんな」

それでも立つ、フリードリヒが諦めず立ち続けたように タヴも立つ、それは彼等 二人ともが、個人で戦っているわけではないからだ

フリードリヒは帝国軍を背負う、その命全てを背負う だから倒れない、その背にある帝国の誇りに土をつけるわけにはいかないから、だから立った

タヴはアルカナを背負う、ここまで歩み続けた時と共に歩んだ同志達の意思が 決して無駄なものではなかったと、タヴが立ち続ける限り証明される、だから立ち続ける

フリードリヒは既に限界を迎えている、タヴに勝ち目はない

だが そんな理由一つで 倒れる事など出来ない、倒れる事をしないから 彼等は軍を 組織を背負うに足る男達なのだ

「私は…!、多くの同志に夢を説いた!、共に革命を起こすと誓い合った!、そうして多くの同志に戦いを強いた私が!ここで戦いをやめるわけにはいかない!、例え死するとしても!この死を道に変え 更なる同志の歩む道の礎にならぬ限り…倒れることは 出来ん!」

「上等な啖呵だよ、大した覚悟だよ、そうこなくちゃ死んでいった仲間達や傷ついていった仲間達が浮かばれねぇ」

フリードリヒは口の中に溜まった血を吐き、サングラスを外し 投げ捨てる…

「来いよ、妹分に泣きながら勝てって言われてんだ 亡き友に後を託されてんだ、そろそろ終わりにしようや」

「私の革命に…終止符を打つか、或いは 私が革命を成し遂げ この世界が覆るか、決める!ここで!」

そして、幾度目かの激突を 帝国軍とアルカナの 最後の戦いが、余りにも短過ぎる最後の死闘のゴングが鳴る

「っっーーー!!!」

星空を纏い跳躍するタヴ 時間と空間を操るフリードリヒ、二人が支配する空間が二人の接近と共にぶつかり合い…今交わった

…………………………………………………………

「………マジかよ」

トルデリーゼは今目の前で行われる戦いを見て、座り込みながらただ見守る、もうあたしに出来ることはない、体は動かないし 魔力も残ってない、ギリギリの感覚で意識を保っている状態だ

だが、さっきまでの焦燥はない、ジルビアがやられてしまったのは忸怩たる思いだが、一線を越える前に彼女は一命を取り留めた、ジルビアなら今あたしの隣で寝ている

それもこれも、フリードリヒが駆けつけてくれたから なんとかなった、魔女の相手をして軍を守った後すぐにこっちに駆けつけて アイツ自身エゲツないくらい消耗してるだろうに…、あたし達が束になっても敵わなかったタヴを相手に互角以上に戦っていたんだ

フリードリヒが強い事を、実はあたし達親友は知っていた、フリードリヒがマジになったら 将軍になれるくらいには強い事を、あのオウマでさえ フリードリヒのことを認めていたし恐れてもいた

なのにアイツは滅多に本気を出さない、アイツは自分が本気を出さず一生道化として笑われる世界こそが正解だと信じて居たから、だって 強い奴が強いとバレずに終わるってことは 即ち平和だってことだしな

けど、フリードリヒは本気を出した、出させてしまったんだ アルカナは、リーシャの命を奪い 軍を傷つけ、フリードリヒから何もかもを奪おうとしたから、アイツはブチギレてタヴに対して戦いを挑んだ

…呆れたね、強い強いとは思ってたけど フリードリヒの奴あそこまで強かったのかよ…、想像以上だった、けど 今目の前で見せられている光景は想像を超え理解を超越している


「がぁぁぁぁああああああああ!!!!」

「なめんじゃねぇぇええええ!!!!」

ぶつかり合う拳と拳、それは互いの防御を超えて互いの頬を射抜く、いや そもそも二人とも防御してない、殴られるのを許容しその上で一刻も早く敵を打ちのめそうとぶつかり合う

瞬く間に地上を焼く星の光を使うタヴと、大地を空を捻じ曲げ時を超えるフリードリヒ、超常的な力を持つ二人が その力を完全に解放した末に生まれたのは

完全に拮抗した拳での殴り合いだったのだ

「ぐっ!?ぅぅぉおおおおおお!!!」

「がはっ、…んにゃろぉぉぁぁあああ!!」

一撃一撃が凄まじい威力を秘めた拳、トルデリーゼが万全であってもあれを一撃もろに喰らえば膝が笑ってしまうだろう、そんな物を互いにノーガードでぶつけ合う

その脇でタヴの背後に渦巻く銀河が流星群の如く光条を乱射する、フリードリヒの背後で暴れ狂う螺旋がそれを捻じ曲げ各地にばら撒く、二人の魔力がぶつかり合い相殺されているのだ

完全に二人の魔力が激突し、相殺され 差し引きがゼロになっている、故に二人はその只中で魔力を使わない戦法で決着をつけようとしているのだ

「はぁぁっ!!」

「オラァッ!」

タヴの右を顔面に受けながらも止まらないフリードリヒは打ち返し顎を撥ね上げる、二人の魔力がぶつかり合い舞い上がる爆風が彼らの傷や口から流れる血が空を浮かび、血風として漂う

一歩も引かない アルカナ最強の男を前に、誰も敵わなかった男を前にフリードリヒは互角に戦い果せる

「もう誰も奪わせない、もう誰も逝かせない!、絶対に!」

「ごぼぁっ…!」

フリードリヒの頭突きを受けタヴの膝が崩れるように折れる、が 倒れない、ここで倒れれば負けが決まると理解しているから タヴは足ではなく心と責任で立ち続ける

「私が!始めたことだ!、多くの人間を巻き込んだ!、そんな私が倒れることは…許されん!!」

「げぶっ!?」

鋭い蹴りがフリードリヒの腹を蹴り抜く、人間どころか岩だって蹴り飛ばすような一撃を前にフリードリヒの体は吹き飛ばされそうになるも、地面につま先を突き刺すが如く耐え抜きその場に留まる、そこに留まり勝ちを得る覚悟を滲ませ 再びタヴと対峙する

…すげぇよ、フリードリヒ…

「最初から本気出せよな…バカ」

お前はすげぇ強いって あたしはずーっと信じてた、なのに お前と来たら誰に何言われてもヘラヘラ笑って、情けない奴とか雑魚とか弱いとか言われても笑って誤魔化して、戦いから逃げてさ…

あんたがバカにされる都度、あたしは我慢ならず全員に噛み付いて回ったのお前知ってるよなぁ

ほんと、ほんっとお前は…

「ぺっ…、フリードリヒ!考えたことはあるのか!!」

「ああ?、何をだよ!」

そんな激戦の最中 タヴは拳を振るいながら叫ぶ

「我々が生まれたその訳を!、魔女大国には確かに歪みが存在し!その信仰の末に未来を奪われた者達がいる事を!」

「…………」

「大いなるアルカナは魔女に奪われた者達の怨念であることを!、魔女が存在する限り我らが生まれ続ける事を!、お前は 魔女が作り出した歪みである我らから永遠に友を守り戦うつもりか!、戦乱の元になった魔女に背を向けて!手の中から溢れていく友の命を見て涙を流し続けるつもりか!」

タヴの怒りの拳がフリードリヒのガードを撃ち抜き、拮抗して居た戦いがタヴに傾く、今 タヴは己の魂を剥き出しにして戦っている、それは魔力的な意味合いではなく 自らを形成した過去と記憶をその手に乗せているからこそ、重いのだ

「何故!それだけ友を想う心と力がありながらお前は鈍感に生きる!、革命を起こすだけの力がありながら…!お前は!何故革命の為に戦わない!」

フリードリヒは答えない、ただ受け止めるようにタヴの拳を受け続け 一歩 一歩と後ろに下がり続ける、押されている…フリードリヒが、戦いでも気持ちでも…

というかフリードリヒの動きがおかしい、攻めきれる場面で攻めない、何考えてんだ!そんな何かを待つような悠長な事やってる場合か!

「革命革命って、お前そればっかりだな…」

「革命は私の全てだからだ!、ただただ力を使わず無意味に生きるお前とは違う!!」

よろめいたフリードリヒを前に タヴの動きが変わる、トルデリーゼはその歴戦の経験と勝負勘の強さから確信する、タヴが今ここで この勝負を決める為、大技を放とうとしていることに

その直感を裏付けるようにタヴの周囲を纏う星空はより大きく肥大化し、無数の星座を形作り始め…

ッッ来る…!

「『全天のアステリズム』…!」

アルカナ最強の男 宇宙のタヴ、帝国でさえも計り知れない程 絶大な力を持った男が最後の最後まで隠し持った大技、極・魔力覚醒を扱う男が行使する絶対の奥義

見たことがない、将軍でさえここまでの力の解放は行わない、第三段階到達者の本気の一撃など 歴史上数えられる程度しか使われたことがないだろう

あんなもの、ぶっ放されたら この森どころか、戦場全体が吹き飛ぶだろう、そう思えるほど タヴの背負う宇宙は強く輝き 光を放とうと発射準備に入る

ダメだ…、これを前にしてもフリードリヒは未だ動けない、タヴの一撃が効いている!止められない!

「終わりだ…!フリードリヒ!、我が人生最大の敵よ!」

そう強く踏み出し その一撃を地上に放つ

……この瞬間

「ッッ!!??」

タヴの足がもつれた、バランスが崩れ 刹那その攻撃が止まる、ダメージが脚にきたか?、違う 小石がタヴの足に引っかかって躓いたのだ

ここに来てタヴはドジを踏んだかといえば、そうじゃない、まるで小石が意思を持つように動き タヴの最大の大勝負を邪魔したのだ

これ、…これは!、そう確信し横を見る、そこで気絶している筈のジルビアを

「バカは…どっちだ、あからさま過ぎて、…見てられない…」

ブレイキングロック!ジルビアの特記魔術だ!、地面に倒れ伏しながらも 必死に保った意識で魔術を使い、ジルビアは息も絶え絶えになりながらタヴの足を止めている

まさか…フリードリヒはこれを待って居たのか?、そう勘違いできてしまうようなタイミングとフリードリヒの待って居たと言わんばかりの背中

…タヴを突破するには、フリードリヒも同じようにタヴに隙を作る必要がある、だがタヴは何をしても止まらない…、だから ジルビアが魔術を使うのを待って居たと?

ジルビアが気絶してたら、死んでたのに…

「信じてたぜ、ジルビア」

絶句する、こいつ あたし達の事どんだけ信頼してんだよ、アイツ あたし達が信じてる事を どれだけ信じてるんだよ、馬鹿野郎!

「勝て、フリー…ドリヒ…!」

「馬鹿野郎フリードリヒ!、ここまでやったんだ!決めろよバカ!」

応 そう答えるように彼は力強く拳を上げる、それは私達への返事でもあり 彼の最大の技への道筋であり…、勝鬨だ

「『捻しろ巻き螺旋』!」

かち上げた拳を中心に空間が捻れ渦巻きの如く周囲の全てを捻り取っていく、タヴの必殺の魔術も、空気中の魔力も、自分の魔力もこの場に存在する全ての魔力が フリードリヒの右腕に集約し

今、この空間から 魔力が消え失せる

「何…!」

消失した自らの魔力を見て タヴの動きは完全に止まる、ここに来てこんな大技を隠して居たとは と、そりゃあお互い様だとフリードリヒは笑い、魔力の乗った拳をタヴへと向け

解放する、全てを 一点に集中させて…

「『捻り龍天 一拳顕現』!」

……タヴはそれを前に足掻いたろう、足掻いた、足掻いたが、所詮それは足掻き以上の何かになることはなかった、展開した魔力はフリードリヒに捻り取られ 小石によって拘束された足は逃げる事を許さず、神は この戦いの勝者が誰かを 周りより少しだけ早くタヴに教えたのだ

「忘れるな…」

迫るそれは渦巻く巨大な光である、多くの魔力を内包し 世界の修正力を推進力に飛んでくる、防ぎようのない一撃 どうしようもないそれを前に、タヴは密かに呟く

それは悪態でも怨嗟でもなく

「忘れるな!世界よ!、我が革命の足掻きをッッ!!!」

それは、証明であった 、タヴが タヴという人間が、最後の最後 その瞬間まで革命者であった事の 証明を残し、彼は最後まで足掻くようにその光を前に手を突き出し受け止めるため、立ち向かう


そして




「………………そこまで行くなら、大したもんだよ」

吹く、一陣の風は戦いの終わりを告げた、この戦いの勝者が誰かを 

強く 強く立ち続ける背はフリードリヒのものだ、彼はアルカナ最強の男を前に勝利し、多くの誇りを守り抜いた

…対するタヴは

「……………………」

気を失って居た、全身を黒く焼きながら 煙を吐きながら 今にも死にそうな消え入る魔力と呼吸で気絶して、立って居た

気を失いながらも決して倒れず、背に背負った同志の誇りと心に 決して土はつけるまいと、そこだけは守り抜くため立ち続け、守り抜いた


そんなタヴのあり方を見て、フリードリヒは何処か悲しそうに息を吐く、分かるよ 長い付き合いだからとトルデリーゼは安堵しながらフリードリヒの胸中を慮る

あんな風に生きたかったんだろうフリードリヒ、何かを守り己を通す為に最後まで全力で足掻く、タヴに出来たんだ フリードリヒにそんな生き方ができない道理はない、けどしなかった

彼はただ、革命と言う戦いの中に生きるのではなく 今その時と言う友との日常を優先したから、それが正解か間違いかは分からないけれど、あたしは悪くないと思うよ

「っ…はぁ、終わったかな」

髪をぐしゃぐしゃと掻きながら フリードリヒはこちら見る、いつもみたいに呑気で馬鹿な柔らかな瞳でニッと微笑む、きっかり勝ちやがったな フリードリヒ

「いてて、おい トルデリーゼ、ジルビア、その…大丈夫そうか?」

「少なくとも今のお前よりは大丈夫だよ、なんであたしらよりキツくやられてんのに元気なんだよ」

「元気じゃねぇよ、元気じゃねぇけどさ、負けてらんねぇからよ…お前ら後ろに回してさ」

チラリとフリードリヒは立ったまま気絶するタヴを見やる、まるで戦いは 意地の張り合いは続いてると言わんばかりだ、アイツが立ち続けるなら 俺も倒れないと…、まるで子供だな

「それより…どうするフリードリヒ、タヴにやられて後方の主力部隊は完全に壊滅だ、師団長も殆どやられた、お前だって もういつ倒れてもおかしくない、何か…戦況を動かさないと、タヴを倒しても敵が全員止まるわけじゃない」

ジルビアが大地に這いつくばったまま宣うそれは、全て 全てが紛れも無い事実だ、タヴは倒した これでアルカナは頭を失った状態になる、これ以上奴らは暴れない

だが、これ以上は無くとも敵は持てる力を使い果たすまで戦いをやめないだろう、そうなれば泥沼…死兵となったアルカナの相手をすれば帝国は被害を被る

いや、最悪フリードリヒが倒れればここから巻き返される可能性だってあるんだ、そのくらい帝国はそもそも追い込まれている、タヴを倒しても その危機が去ったわけじゃ無い

「……んーー」

フリードリヒが後頭部を掻きながら右斜め上を見る、これはこいつの癖だ、マジでなんも思いつかん時に とりあえず考えてますって空気出しつつ、議論からフェードアウトする時によくするやつだ

まぁ実際、ここからフリードリヒが気合入れ直して軍の再編を行なっても その最中に緊張の糸が途切れて、倒れる可能性もある…正直これ以上フリードリヒに無茶はさせられない 、というのはトルデとジルビアの総意だった

「…おん?、そういやループレヒトは?」

ふと フリードリヒが不在のループレヒトに気がつき、どこに行ったと辺りを見回す…、アイツか、アイツなら…

「アイツなら敵前逃亡しやがったよ、誇りある師団長ともあろうものが 決死で戦うジルビアを置いて逃げやがったんだ、この体が動いて居たなら その背中を大砲で撃ち抜いてたぜ」

「逃げたのか…、俺ぁてっきりアルカナ側とループレヒトはが裏で組んでるものと思ってたが、襲われて逃げたんなら違ったのか?」

「いや、違う…フリードリヒ」

すると、苦しそうに体をひっくり返しながら仰向けになるジルビアは言う、違うと

「ループレヒトとタヴは互いに面識があるようだった、それどころかタヴはループレヒトに用があると 復讐をするとさえ言っていた、浅からぬ縁であることは伺える」

「ふーん…、どの道 アイツに色々聞いてみる必要がありそうだな」

チラリと見るのはタヴだ、結局 その真意を知っているのはアイツしかいないんだ、アルカナ倒しましたから全部チャラ はねぇよ、まだ分からんことが山ほどあるんだ、タヴには色々吐いてもらわねばならない

「さて、んじゃ 取り敢えずタヴの奴拘束するか、なんか魔封じの縄も引きちぎりそうだなアイツ、つか入れておける牢屋とかあんのか?」

そう その辺に散乱する物資の中から魔封じの縄を取り出しタヴを捕らえようとした瞬間…

「ん?…」

ふと、茂みが揺れた、ガサガサと音を立てて揺れている、何かが居るんだ

まさか もう戦線がここまで押し上げられたのか?、魔女排斥軍の勢いに負けて無防備な本陣まで敵の進撃を許したのか?、フリードリヒも トルデリーゼも ジルビアも動きを止めて茂みを見る

これが敵だったら終わりだな なんて浅く笑いながら凝視すると、それは茂みから顔を出して

「ぷはっ…!、フリードリヒさん!!」

「おま…フィリップか?、ってかお前今までどこ行ってたんだよ」

フィリップだ、右撃隊をゲーアハルト共に任せていた彼が何故か 素っ頓狂な場所から現れる、同じ右撃隊のゲーアハルトと一緒にいる様子はなかったし かと言って右撃隊と一緒にいる様子もなかった

そんな話をすると、フィリップはバツが悪そうに頬をかくと

「敵に捕まって…エリスさんに助けてもらってました、すみません 僕ならなんとかできると思って、ヴィーラントを殺しに単独行動をした結果です…、情けないです」

「え?、ああ マジか」

「…ゲーアハルト怒ってました?」

「お?ああ、今まで見たことないくらい怒ってたよ」

「やっぱり…、嗚呼」

まぁ怒ってたのはフィリップに対してじゃなくてニビルに対してなんだがな?とフリードリヒは小声で笑う、というかこいつ 今日はやけにしおらしいな、いつもならもっとノリとテンションで色々と誤魔化そうとするのに…

「どうかしたのか?」

「い…いえ、ああ!それとフリードリヒさん!報告とお願いしたいことがあって 僕!ここに来ました」

「お おう、なんだよ急に、デカイ声出しやがって」

「僕に挽回のチャンスをください!」

挽回?ってのはつまり、単独行動して敵に捕まった件か?、まぁそりゃあ挽回したくもなるような醜聞ではあるが、今日のフィリップは一味違う、なにか…こう、覚悟をしている とでも言おうか、気迫が違うのだ

すると、そんなフィリップの背後から何かがぞろぞろ現れて…って

「おま!それ!」

「はい、陛下が与えてくださった増援、帝国兵百万人です」

帝国兵だ、師団長級の実力者はいないものの全員魔装を握った正規の兵、恐らくあれはマルミドワズ以外の都市を防衛する責を与えられた地方防衛守護隊…、それが合計百万人も一気に寄越してくれたのだ

凄まじい量の援軍、フィリップは何がどう転んだか エリスさんに助けてもらった後彼らと合流してここまで案内してきたようだ、つまり

「挽回のチャンスをくれってのは、つまりこの軍勢の指揮をお前が取りたいと?」

「はい、お願いします フリードリヒさん」

頭を下げるフィリップを見て、やはり様子のおかしさを感じる、フリードリヒもまたフィリップの変な態度に顎を撫でる

なんで急にこんな恭しく真面目になってんだこいつ、ヴィーラントに何かされたか?それとも実はこいつ的の変装じゃあないか?、いやそりゃないか、まぁどちらにせよ 何にせよ…

「分かったよ、だがこっちも被害がデカイ、治癒術師や回復魔装があるなら怪我人の治療を頼む、後そこに居る男 アイツアルカナの幹部だから厳重に拘束頼む、それと前線の様子だが…」

「ぼ 僕が指揮しますよ!フリードリヒさんは休んでて!

自分が一番の怪我人の癖してあれこれと指示を出し始めるフリードリヒを見て、ホッ一安心だ、きっとこれでもう大丈夫だろうという漠然とした安堵が漂う、これで私達のアルカナとの戦いも終わりなんだろう

アルカナが帝国に潜伏してから十年以上、あれこれと裏で工作をして帝国とやり合った数少ない、いや 帝国相手にここまでやれたのは史上唯一かもしれないな

アルカナの所為で多くのものが失われた、あたし達も少なからず奪われた 、何よりリーシャを奪われた リーシャの命を

正直まだ信じらんねぇ、きっとその顔見るまで信じられないんだろうな、けどさ

「ジルビア まだ起きてるか?」

「もう、寝たいんだが…」

「リーシャ、見てたと思うか?」

「………………」

私達はやった、リーシャに託された後を完遂し、リーシャの守りたかった子供達の平穏を守った、アルカナを倒して守ったんだ、それを リーシャが見て居てくれたら、嬉しいのにな、そんな風に笑いかけると

「いつもみたいに、本片手にコーヒー飲みながら…こっちを見てたさ

「ははっ、本を読んでて肝心な場面を見逃してなけりゃいいがな」

「だな…」

結局、私達が出来ることはこれくらいなんだ、夢のない事を言えばリーシャはもうこちらを見ることはなく、本を読むこともコーヒーを飲むこともない、死んでしまった人間にはそれが許されず これは私達の都合のいい妄想だ

都合のいい妄想の中で、都合のいいようにリーシャを思い浮かべて、都合のいいように語る、生者の身勝手だ

けど、それでも 私達がそうやって想起する都度、リーシャは束の間の形を得る、死して動かぬ体ではなく あの頃のあの時の姿で、私達の前に現れ その瞬間確かに微笑むんだ

それは、間違いなく彼女がこの世に存在して居た証明、彼女が生きた その証を残せる手段なのだと、今は 都合よく思い込み、二人でリーシャの姿を想起する


勝ったよ、リーシャ…

………………………………………………………

「これでいいんですかね、いまいちわかりませんが」

パンパンと手を叩き 一仕事終えて一息つく、目の前には魔術縄でとにかく雁字搦めにしたヴィーラントの姿、結局エリスの最大の一撃を以ってしても消し去ることはできなかったが

まぁいいだろう、こいつは殺すより生かしたほうがいいだろうしな とエリスはパピルサグ城跡の瓦礫に腰を落ち着け、息を整える

この休憩を終えたらすぐに移動だ、エリスにはまだ決着をつけなきゃいけない相手がいる、タヴとシン この二人を倒さないと、エリスの戦いは真には終わらない、これはリーシャさんの弔い合戦…エリスの戦いとはまた別の譲れない戦いだ

「はぁ…はぁ」

しかし、思ったよりも消耗してしまった、ヴィーラントがここまでの強敵とは思いもしなかった…、いつもならここらで脱力してしまうところだが

今回はまだ戦いが残ってる、キッツいなぁ…、魔力は大幅に消耗したが、例の切り札と魔力覚醒は温存した、この二枚の切り札を手にどこまで戦えるか…、少なくとも今は体力を元に戻さないと

「…嗚呼、私はまた死ねなかったんだね」

「っ…!」

そう息を整えていると、雁字搦めにしたヴィーラントが目を覚まして嘆き始める、こいつ エリスの天満自在八雷招を受けておいて…、こんな短時間で目が醒めるとは、本当にどうしようもないなこれは

だがヴィーラントは暴れる気配がない、血に渇き狂気に塗れていたその姿はなく、苦しみを上回る何かが 彼を落ち着けているのだ

「……まだやりますか?」

「もう無理だ、私には戦う力は残っていない、…ただ 死んでいないだけだ」

やはり、エリスが睨んだ通り こいつはただ不死身なだけ、無尽蔵のスタミナを持ち合わせる訳でもなんでもないのだ、そのなけなしの体力は エリスの攻撃により尽き果て、最早ただ生きているだけの存在となった彼に 打てる手はないらしい

まぁ、信用しないが

「…くくくく、まぁいいや…どの道ここで終わるとは思ってなかったからね、好きに拘束するがいいさ」

「……?、どういう意味ですか?」

なにやら、含みのある笑いでエリスを見るヴィーラントに、思わず眉に力が篭る、こいつ 此の期に及んでまだ何かあるのか?、一発ぶん殴って全部吐かせるか

「そんな構えなくても全部教えてあげるよ、もう手遅れだからね」

「なにが言いたいんですか?、貴方は」

「君 まだ気がつかないのかい?、私が…レヴェル・ヘルツとテイルフリングを形だけでも復活させたのはここで死ぬため、その大詰めを曖昧なまま放っておくと思うかい?、確実に死ぬ算段があったから 行動に移したに決まってるだろ」

確かに、言われてみればその通りだ、レヴェル・ヘルツとテイルフリングが復活しても 別になにも変わらない、それで死ねるわけがない、エリスを激怒させて自らを襲わせたとて 死ねるわけがない

ここまでのことをしたからには、ヴィーラントにだってあるはずなんだ、絶対に死ねる方法が…、不死身に変えられた己を殺す 方法が

「くくく、ふふふふ…私は既に起動させてある、究極の破壊兵器 『ガオケレナの果実』を」

「は?、ガオケレナの果実?」

美味しくなさそうな名前の木の実だな、というか 聞いたこともないぞガオケレナなんて名前の果実をつける木は、…まさか何かの暗喩?って平気って言ってるからそうか

「なんですかそれ…」

「別名魔術破壊爆弾…、爆発すればその爆風で全ての魔術を吹き飛ばす兵器さ、その範囲は ザッとこの戦場全体 いやこの森林全域かな」

「魔術を吹き飛ばす…爆弾」

「ああ、爆発した瞬間に発動している魔術をこの世から消し去る兵器さ、爆風に飲まれた魔術は無力化され 無効になる…、そんな代物だ」

なんか、使い辛そうな爆弾だな、その瞬間発動していた魔術を無効化して何になるのか、だって 爆風なんて一瞬だし 無効化されてもまた使い直せば…、いや まさか…

「まさか…」

「ああ、その爆風を浴びれば 私の身を縛る不死の魔術も消え去る…」

つまり それがこの盛大な自殺計画の大詰めってわけか、放っておけばこの場はその爆風に飲まれ ヴィーラントは不死から解放されて死ぬと

なんと傍迷惑な話だ、それを使って死ねるなら とっとと一人で死んでいればよかったものを、そんな不死を殺せる爆弾があるなら…、あるなら なんで、こんな戦争を起こした

あれ、おかしいぞ ちょっと待て、そんな代物があるなら 何故ヴィーラントはこんな回りくどいことをした、いやいや…待てよ、ちょっと待ってくれよ 背筋がどんどん冷たくなる

これ…これって

「漸く気がついたかな、私はその爆弾を貸し与えられる際 一つの制約も同時に与えられた」

「…それって」

「ああ、爆弾を使うなら 魔女を殺せとね…!、だから回りくどい戦争まで起こして魔女を燻り出す必要があったのさ、そうでもなければ あの爆弾は制約によって使えなかったからね!!」

そうか…そうだ!、こいつ!自分諸共魔女も連れて行くつもりなんだ!!その魔術破壊爆弾があれば…消せてしまうんだ、魔女を生かす不老の法も!

「本当はニビルを使ってカノープスを炙り出すつもりだったけれど、それも上手くいかなかったようだ…、まぁ でも代わりに別の魔女をここに連れてこれたから私としてはそれでいい、この場に魔女がいるなら 制約を超えて爆弾を起動させられるかね」

カノープス様の代わりにここにきた魔女と言えば、一人しかいない

師匠だ…、師匠がここにいる!今 師匠はニビルと戦っている!、このままじゃ 師匠が…

死ぬ……


「ぐっ!、この!」

「あはははははは!!、こんなところで私に構っている暇はあるかな?、…速くいかないと、ガオケレナの果実が爆発してしまうよ?、そうなったら 死ぬのは私だけではないはずだ」

「こいつ…!、言いなさい!ガオケレナの果実は何処にあるんですか!何処に!」

「さぁ、何処かな…、分からないな 彼女が持って行ってしまったから」

「彼女?…」

ヴィーラントの胸ぐらを掴む手が震える、早くしないと ガオケレナの果実が爆発したら師匠が死ぬ、今エリスが出来ることは二つ

師匠をこの場から退避させる方法、だがこれはまだニビルとの戦闘が終わっていないだろうことから実現は不可能、なら

爆弾そのものをなんとかするしかない、というのに それさえも別の人間が持っていたというのだ

「誰ですか!何処のどいつが!」

エリスは叫ぶ、誰が何処に持っていたか、今すぐにでも見つけなければ、そして持っていた奴を倒して 爆弾を破壊して……

その直後 告げられる名は、まるで 運命のような巡り合わせであったと、今なら言えるだろう

「シンだ、審判のシン…彼女が私が君と戦闘を始める前に 爆弾を起動させる為 移動させた、その先までは知らないが…今 ガオケレナの果実は彼女が守っているのは確かだよ」

審判のシン、エリスが決着をつけようとしている相手の一人だった

まるで、世界が巡り 運命が絡み合い、ここで決着をつけろと言わんばかりに、舞台が今 整ったのだ
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