孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

239.孤独の魔女とマレウス・マレフィカルム

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「はぁ…はぁ、勝てたー…危なかったぁ」

エリスは顔を大きくあげてひぃひぃ情けなく息をしながら肩を上下させる、勝ったのだ、エリアは今 大いなるアルカナの大幹部 審判のシンとの激戦を終えて、勝者として立っている

とはいえ、危なかった、あそこで判断を間違えていたら…そんな場面の連続だった、何かが罷り間違っていたらエリスは負けていただろう、そういう意味では 一番の強敵でしたよ、シン…

「はぁ はぁ…ひぃひぃ、ともかく メグさんに合流しないと…はぁはぁ」

フラフラヨタヨタと揺れる体、もうダメだ 歩けない、けど向かわないと、メグさんにはガオケレナの果実を任せてあるんだ、エリスにも何か手伝えることがあるかもしれない…だから行くんだエリス、シャッキリしろ!エリス!

そう両頬を引っ叩き気合いを入れ直す、さぁ!行くぞ!

「待っていてください、メグさん…」

そう 前へ踏み出した瞬間

「待て…エリス」

「なっ!!??」

エリスの足が引っ張られた、地面に這い蹲るシンの手によって、見ればシンは微かながらも意識を保っている、強靭な覚悟で本来なら気絶しているところを無理矢理引き止めているのだ

だが

「もう決着は着きました!、これ以上やっても無駄です!、貴方にはもう戦う力はないでしょう!」

かく言うエリスもシンの足を振り払う力さえない、足を引いたり払ったりしても、彼女の手が離れる様子はない、まだ…まだやるのか!もうお互い動けないでしょう!

「あ…ああ、お前の…勝ちだ、認める…そこは、だが…だが!」

するとシンの体が、傷ついた体が再び魔力覚醒を起こし バチバチと煌めき始める、まさか そんなの嘘だよ、魔力覚醒できるわけがない、そんな体力どこにも残ってるはずがない

なのになぜ、いや…違う これは…魔力覚醒じゃない

「貴方…まさか」

「私は 私で己の終わりを選ぶ、誰によって与えられるでもなく!、私は己の足で終焉へ進むことを選ぶ!、この選択は私だけのものだ!!」

更にシンの手がエリスの足に絡みつく、そうだ 何がしたいかって シンは今…自爆するつもりなのだろう、この輝きは魂から魔力が溢れている輝きじゃない、魂を魔力へ変換している輝きだ

エリスがかつてやった事のあるもの、ダメだ それはダメだ…

「シン!ここで死んでどうするんですか!」

「どうにもならんさ、私の居場所はもうどこにも無いんだろう?、なら生きているだけ苦しいだけだ、だったら 憎い仇敵たるお前をあの世に連れて行く、それが私の 最後の選択だ…!」

まずい 本気だ、追い詰められたシンがこのような手段に出るとはとても考えられなかった、もうエリスに出来ることはない…シンの体がエリスに抱きつき熱を持ち始める、何よりも熱き 魂の輝きを放ちながら

「く…くくく、結局…こんなものだ…世の中、結局…」

「シン!ちょっ!離れてください!この…!」
 
「くく あはははは、死んでも離れん!あの世で続きをやろう!エリス!!」

冷や汗が吹き出る、本気でやばい もう完全に打つ手なし、シンを止める手立てがない、今からどれだけ全霊で暴れてもシンの爆発に間に合わない

だって、ほら…もう シンの体が淡く煌めき初めている、それは彼女の最期の魔術の結実を意味して

「……タヴ様、申し訳ありません」

そう 安からに目を閉じた彼女は、エリス諸共全てを吹き飛ばす雷へと変じ その自爆を持ってして憎き仇敵 エリスの撃破を、命を持って成し遂げ



た、に思われた…その瞬間、そう シンが自爆する寸前、グイとシンの手がエリスから離れる、離される 突如として現れた腕によって シンの体は突き飛ばされる

「なぁっ!?」

消える 消えて行く、何者かによって引き離され 爆発寸前となったシンを置き去りにして、エリスが消える、突如 背後に開いた大穴から身を乗り出したメイドによって、助け出されながら…、あいつは 無双の魔女の弟子 ここに居たのか!?

「ぐっっっっ!!!くそっ!クソォォォ!!エリスぅぅぅううう!!!!」

力の限り叫ぶ、怒りのままに叫ぶ、その怒号はやがて雷鳴へと変わり…、今日 この日 最も巨大な雷鳴が大陸の果てまで轟くのであった

…………………………………………………………………………

木霊する爆発音、揺れる木々 飛んでくる細々とし瓦礫がパラパラと飛んでくる

エリスは今、大地に倒れている 倒されている、気がついたらいきなりシンから引き離され、ここまで引きずりこまれたんだ、なぜこんなことになったか 考えるまでもない

その犯人は今、エリスを庇うように 仰向けで倒れるエリスの上に乗って爆風から守ってくれているのだから

…メグさんだ、メグさんが寸での所でエリスを逃がしてくれたんだ…、お陰で助かりました

「メグさん…」

そうエリスが礼を言おうと口を開くと彼女は、何やら申し訳なさそうに目を伏せ睫毛を濡らす

「申し訳ございません、エリス様…エリス様とシンの決着、その最後の最後に手を出すような真似をしてしまって…、如何なる罰でも 受けるつもりです、ですが私は…貴方にまで死んでほしくなくて」

「え?…ああ、決着はもう着いていたからいいんですよ、そこはシンも認めていました、あれは決着がついても尚諦められないシンの悪足掻きですから」

「そう言っていただけると、ありがたいです…立てますか?エリス様」

「なんとか」

なんて言いながらメグさんによって引き起こされる頃には大地の揺れも収まっている、見ればここからかなり離れた位置にある壁面の側…、エリスが先程まで居たであろう地点には、凄まじい爆発跡が残っており、そこから夜空に続く煙が上がり続けている…

「シンは…」

「自爆したようでございますね、第二段階最上位者の命をかけた自爆…まさかあれほどの威力とは、恐ろしいですね」

命をかけた…か、つまりシンはエリスを巻き添えにするつもりで 最後の賭けに出た、だがその賭けは裏目に出て エリスはメグさんにより救出された…結果、彼処で爆発に呑まれたのはシンだけとなった

…シンは一人で消えた、命をかけた選択さえも無駄になった、それを悲しく思う権利はエリスにはあるのだろうか、やけに彼女を同一視できるのは エリスが勝ったからだろうか

シン…、審判のシン 彼女とここで決着をつけた事で、奴らの最後の計画は潰れました、まだ宇宙のタヴや世界のマルクト辺りが残ってるが…、もはやアルカナは瓦解したと言ってもいい

この戦いはアルカナ最後の輝きだった、それを阻止したことによりエリスは…遂にアルカナと決着をつけたことになるのだ、はぁー 長かった…

って、いやいや まだだったな

「メグさん、例の果実は…」

シンの自爆の後から目を背けるようにエリスはメグさんの顔を伺えば、うーん あんまり明るい顔じゃないな、少なくとも成功しましたよ?当然です って顔じゃない

「申し訳ありません、エリス様が命をかけて戦っていたというのに…私には」

なるほど、ダメだったか、だからこんなにしおらしいんだな、彼女は滅多なことでは失敗しないが故に、自分の思い通りにならないと異様にションボリするんだ…、それに今回は事態が事態、そのショックは大きかろう

「分かりました、エリスに出来ることがあるかもしれません、エリスをガオケレナの果実の所まで連れて行ってください、メグさん」

だが今 そのフォローをしている暇はない、こうして話している次の瞬間には爆発するかもしれないのだから、急がないと …シンを倒したのに師匠が死にましたじゃあなんと意味もない

「かしこまりました…、ではこちらに …」

すると既に準備出来ていたのか、軽く指を鳴らすと再び生まれる時界門、この先にガオケレナの果実があるか…

メグさんがエリスを先導する中、エリスは立ち止まり…、振り返る

見るのはシンが消えた爆心地、エリスを道連れにする その一心に命をかけた女、そして誰よりもアルカナを愛し アルカナと共にこの世から消えた彼女を見ていると、またあの煙の中から現れて来そうな気がしてならない

だが、いつまで経ってもシンがあの爆心地から現れる気配はない、という事は そういう事なんだろう、魂を火薬に自爆したんだ…無理もないか

「シン…」

シンはエリスのもう一つの末路だ、選択を間違え 進むことをやめたエリスの姿だ、もし その道を選んだらきっとエリスもまた、何もかもを失い ああやって散ることになる

シンには悪いけどさ、やっぱりそういう末路は嫌なんだ だからさ

せめて と彼女の事を記憶に留める、或いは反面教師としてあったシンを、或いは良き艱難として立ち塞がり続けたアルカナを、そして エリスと相容れぬ思想ではあったが 最後までそれを貫き通した者に 最後にほんの一つまみの敬意を込めて

軽く 頭を下げる、エリスは あなた達に勝った、その責任を取って これからも進んでいきますよ

そうしてエリスは踵を返す、アルカナとの因縁を 奴らの置き土産を消し去るために、この戦争を本当の意味で終わらせるために、ガオケレナの果実をなんとかするために

……………………………………………………

「こちらです、エリス様」

「はへぇ、間近で見るとでっかいですね」

時界門を潜ると エリスは即座に例の巨大果実 ガオケレナの果実の目の前へと到着する、シンと相対した時チラリと見たが、こうして改めて見るとまたデカい、というか これ…果実みたいな爆弾というより、マジで果実だ…

黄金に脈動する果肉を守るように黒々とした木の根が檻のように絡みついている、異様なフォルムをした果実…、これをもし畑で育てるなら そりゃあもう巨大な畑が必要だなあ、なんて考えながら歩み寄ると

「ん?」

靴の裏からジャリと変な感触が伝わり思わず視線が下を向く、なんかいっぱい落ちてると思ったら、これ 何かの破片…いや魔装の破片だ、粉々に砕けた魔装があちこちに転がってる、何これ

「あのこれは…」

「木の根を切り裂き 奥の果肉に干渉しようと試みたのですが、如何なる手段を持ってしてもあの木の根を破壊するには至らず、逆に魔装を破壊されてしまい…、この果実 凄まじい硬度です、破壊はまず不可能でしょう」

そんなに硬いのか、一筋縄じゃ行かなさそうだ、もしエリスが万全で ここで魔力覚醒を行なって全力破壊をしたとしても、完全にぶっ壊せたかは危ういな

…ふむ、木の根を触るとザラザラしていて、これが本物の樹木である事を知らせてくれる、というか、これ…

「ヴィーラントと同じ材質だ…」

触っていると気がつくが、ガオケレナの果実を守る木の根と大樹となったヴィーラントの材質はどちらも同じ漆黒の樹皮、とするとこれはヴィーラントが作ったのか?、いや それが出来るんならこれでとっとと自殺してるだろあいつ

とすると、これは…うーん?、分かんないぞ?ヴィーラントの不死性と関係あるんだろうが、よく分からん

「エリス様…?」

「ああいや、すみません…一人でブツブツと」

今はいいじゃないか別に、これがヴィーラントと関係あろうがなかろうが、今はどうにかこうにかこれを止める事だけを考えろ…

ったっても、どうやって止めるよ…これ、力での破壊が無理となると うーん

ダメだ、何にも思いつかん…

「にしてもこれは、一体なんなのでしょうね」

「ん?、何 というと?」

メグさんが何やら不思議そうに果実を見上げる、今は雑談してる時間はないが こういう他愛ない話にいつだってヒントがあるんだから、耳を貸そうよ

「いえ、思えば 『魔術を吹き飛ばし無効化する爆弾』なんて…そんな技術聞いたこともありません」

「魔術を無効化…?」

「はい、魔術とは確立した現象です、それだけを狙って無力化するなんて 一体どのような方法で…、得体が知れなさすぎて怖いです」

魔術無力化のプロセスか、考えたこともなかったが…そうやって考えると エリスには一つ思い当たる節がある、ある 魔力だけを無効化し 或いは魔女さえ殺し得る力に

もしかしたら、この果実…中に内包するのは 『識確魔術』か?

識は 知識や意識の延長線上にあるものを操る力がある、増幅させることも 或いは消し去ることも、魔術は知識によって生まれ 知識によって育てられた 知識の権化だ、識確魔術はある意味凡ゆる魔術の天敵だ これを使えばどんな魔術も消し去れる

それを内包し、爆裂と共に放つことが出来れば その瞬間発動している魔術を消しとばす事ができる、もし その時消しとばされてしまった魔術は誰も使用出来なくなるだろう…何せその魔術を使う為の知識が消えてしまうんだから、うん そう考えると合点が行くな

でも、それ…逆に利用出来ないか?

「うん、メグさん 念の為離れていて?」

「エリス様?何を…」

メグさんを後ろに下げる、念の為に距離を取ってもらうと 何をするつもりですか?なんて顔で聞いてくるんだ、何 することは決まってる

「実はいい手段を思いついたんです、上手くいけば こいつをこの世から完全に消し去ることも出来ますよ、だから エリスに任せてください」

考えれば考えるほど、これしか手段がないように思える、識確魔術は知識によって作られた物ならなんでも消し去ることが出来る、それを作るために必要な知識が根元から消えれば 対象は『そもそも存在しないもの』として扱われ この世の全ての人間が これに関する知識を失う…、それは即ち 完全なる消滅と言ってもいい

つまり、識確魔術をエリスが使えば こいつをこの世から消す事もできる、今後同じようなものが作られる事もなくなる、一石二鳥だ

だから、チャレンジするだけの理由はあるだろう

「ただどうなるか分からないので、メグさんは離れていて欲しいんです」

「…分かりました、ですが」

すると、メグさんはエリスの手を掴む、その手は今までこの果実の破壊の為魔装を振るい奮戦していたであろう証拠として、傷が深く深く刻まれている、血だらけだ…、こんなになるまで頑張ってくれたのだな

「エリス様、私は貴方を守ることを陛下より言いつけられています、…そして それ以上に私は、貴方を何よりも大切な理解者として想っております、だから…帰ってきてくださいね?、お願いだから 死なないで」

エリスがこれから無茶をやろうとしているのを察したのか、目に涙を浮かべながらエリスの手に縋り付きながら頼み込む、死なないでくれて 命を無駄にしないでくれと…、それは エリスがリーシャさんに縋った時と同じ顔だろう…

ええ、死にませんよ、もう誰も あんな顔 させませんから

「はい、死にません お任せを」

「では…」

するとメグさんは やや後ろの方へと下がっていく、…いや もう少し離れて欲しいんだけど、これ以上は離れませんって顔してるし、まぁいいか…

「さてと」

やるか とエリスはガオケレナの果実に手を当てながら、心の中で謝る 師匠に

ごめんなさい、師匠 エリスいきなり約束破ります

「……『超極限集中』…天眼」

深く 深く集中し、最早発動し慣れた極限集中状態を経由して 擬似魔力覚醒 『超極限集中状態』へと入る、こいつの利点は発動だけなら 魔力を殆ど使用しない点にある、ただ

本日2回目、使用制限を無視した2回目の連続発動、体への負荷が凄まじいよ…、明らかにエリスの許容する範疇を超えた負荷が全身を襲う、言語化不可能なレベルの激痛が全身を焼き尽くす

「ぅっ!!…ぐっ!がぁっ…!!」

余りの苦痛に思わずガオケレナの果実に寄りかかってしまう、ああ こりゃ戦闘中使わなくて正解だったな、なんて呑気に考えるくらいには今の状態を達観しないと 狂ってしまいそうなくらい苦しい

「エリス様!!」

咄嗟に駆け寄ろうとしてくるメグさんを手で制する、ごめんね 来るなっていう言葉さえ出せないんだ、それに今 メグさんに構ってる暇がない

二度目の超極限集中状態はエリスにとって毒でしかない、分かるんだよ 鋭く研ぎ澄まされた感覚が教えてくれる、今 エリスの中にある何か大切なもの…、エリスをエリス足らしめる何かがヤスリで削られるように徐々に摩滅している

時間をかけすぎると、エリスがエリスで無くなる可能性がある…、そうなった時 師匠の言ったようにエリスは魔術全てを失う可能性もあるし、なんなら エリス自身が消滅する可能性もある

だから、早く終わらせたい

「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」

流れ落ちる滝のような脂汗を拭い、ガオケレナの果実を掴み 静かに閉眼する

…識確魔術、これを使うのだ…、意識的に使ったことはない、だけど 今なら使える、そんな自信がふつふつと湧いてくる

エリスには二つの魔力覚醒がある、一つはゼナ・デュナミス…そしてもう一つがマレウスで師匠を相手に使った暴走状態 それを希釈したのが『超極限集中』なんだ、つまり 師匠を相手に識確魔術を使ったように 今の状態でなら使えるはずなんだ

さぁ教えろ、エリスに…お前は全部知ってるんだろ 識よ、知識の権化たるお前なら エリスに全てを教えてくれるだろう、さぁ!教えろ!与えろ!エリスに力を!

「……これか」

ぽつり ぽつりと、水滴が垂れるように、頭の中に言葉が浮かぶ、詠唱で有ることは エリスの魔術師としての部分が理解する、されど このような詠唱 エリスは知らない、今 ここで…編み出したと言っても過言ではないほどに、唐突に 知識の泉より現れる

それを、躊躇うことなく 口にする

「受想行識、世は色を得て絶えず変化し、人は肉を得て 根 境 識により苦楽不苦楽を受け入れ、心は形象を描き認識し、意識は動き心のままに有る、区別し認識し知り得て知り分け全を作り一へと確立する」

世界とは 地水火風の四属性にて形成される、古の哲学者は更にここに二つの元素を加えた、それが 空と識

存在しない空白もまた世を作る一部で有ると認識した彼は、その虚空に『識』とを名をつけ確立した

そして、人もまた 世を作る一部で有ると言い切った彼は、人が作り出した全てを『識』と名をつけ確立した

識とは、即ち人によって作られた全てを指す、人が栄えれば栄えるほどに 識は力を増す、今 人が世を征するこの時代において、識は何よりも強い、火も水も土も風も識の中に内包されている

「我が手の中にありし五星五蘊は世を創り 解脱し乖離し、知識よ 今…」

今 エリスがやろうとしているのは、そんな世界の理に手を突っ込む無法

この果実もまた何者かによって作られたというのなら これもまた知識の一部、知識で有るなら識確魔術で剪定することが出来る

これを作ろうと思い至った意識 これを作る製法という名の知識 『ガオケレナの果実』を『ガオケレナの果実』足らしめる認識、全てを消し去る、するとどうなる

このガオケレナの果実という物体は消えて無くなる、何せ製法も無かった事になり、これの開発者もまたこれを忘れ、これを世に繋ぎとめておく認識もまた消え去る、認識出来ないから 存在しなくなる

同じようなものを作ることは出来るだろう、だがその場合もう一度一から製法を確立しなければならないし それによって生まれた物は『ガオケレナの果実』ではない

究極の抹消法、それが識確魔術…人から作られた物ならどんなものでも消し去れる、魔女さえ恐れ 世界すら慄かせる最悪の力

それを、今 使う…!

「第八識『神識之領域』」

目を開く、力を解放し 知識を解放し、目を開く

それは光として現れ 目の前のガオケレナの果実を包んで行く、如何なる力を持ってしても傷一つつかなかった果実が、パラパラと崩れていく チリとなって虚空へと消えていく

今 ガオケレナの果実は消えているのだ、跡には何も残らない、完全に消え去る…この世のどこにも残らない、これが識確魔術…

或いは人類文明を滅ぼし得る悪魔の力…、もしくは 神の力…

「………………」

エリスは見守る、最早形は無くなり 光の中へと消えた兵器を、もうこの兵器を作れる人間はいない この兵器はこの世から余すことなく消え去った…、ガオケレナの果実はもう 何処にもない


「え エリス様…?、何をしたのですか?、その魔術はなんですか?」

メグさんの声が背後から聞こえる、震えた声だ 目の前で起きた事象を理解出来ないと言わんばかりの、そりゃそうだ これは人の力にあって人の範疇にはない、謂わば人類という存在の下敷きにあるもの、誰も触れず 見ることも出来ない力

故に 見ても理解出来ない、理解出来ない物を人は恐る…、だから

「メグ…さ…ん」

だから、これを使ったのは内緒にしてね?なんて 意味のない約束をするように、エリスはしーっと唇に指を当て…そして

「……っ…」

意識を手放した、限界を超えた上で 更にその上さえ超えて余り有る力の行使にエリスは絶えられず、鼻血をドバドバ吹きながら倒れる…、後は メグさんに…お任せ…



「エリス様!!」

倒れエリス様の体を受け止め、メグは急いで脈を確認する…、息も脈もある 生きている、よかった…、そう安堵しながらも 恐怖する

今しがたエリス様が行った力の行使はなんだ、何をした まるで分からない、分からないが…一つ思い出す

「まさか、これが陛下の言っていた 世界を破壊し救い得る力…」

メグの敬愛する陛下 皇帝カノープスは言っていた、『エリスは命は世界を割る鍵となる、危険ではあるが 故にこそ、世界を救う事も出来る…、メグよ これからお前はエリスに付き従い、そして………』

そこまで思い出したメグははっと気がつく、いつの間にか己の手にナイフが握られている事に

今私は何をしようとした、このナイフでエリス様の首を掻き切ろうとしたのか?…、だって この力は、或いは単独で帝国を無に帰する事も出来る

危険だ、陛下の言った通りエリス様は危険だ、この力が悪用されれば 人類では太刀打ちできない、魔女でさえ 太刀打ちできない、どんな武器も 先程のガオケレナの果実のように、消えて無くなってしまう

…ここで命を絶つのも、もしかしたら 良いのかもしれない…

「エリス様、失礼します」

なんて、…そんなことできるわけがない 、ナイフを捨ててメグはエリスの体を背負い出す、彼女は今 救ったのだ、帝国と魔女の命を、だから…

「直ぐに手当ていたします、本陣に連れて帰って 怪我を治して、それで…帰りましょう、私とあなたの家に」

殺さない方を選びますよ 陛下、私は…エリス様を殺さない道を、いいですよね…

エリス様を背中に背負い、時界門で 本陣へと向かう…もう 戦争は終わりだ

…………………………………………………………

帝国軍と魔女排斥軍の大戦争は、夜が明けると共に終わりを迎えようとしていた

魔女排斥軍は戦力差を物ともせず奮戦してきた、だが それは『無垢の魔女ニビル』と『ヴィーラント』『アリエの二人』という主戦力がいたからこそ 諦めずに戦えたのだ

だが、それもまた全員敗れ 捕らえられた、それが伝えられた瞬間魔女排斥軍は戦意喪失、投降する者 逃げる者 自刃する者、須らく帝国に囚われ この戦争は終わった

そして

「こいつが、ヴィーラントか…」

「どうやらエリスさんがやってくれたみたいようだ」

魔女排斥軍を捉え、この戦争の事後処理を指揮するフリードリヒとジルビアは 目の前にいる男を眺め、顔を顰める

消滅したパピルサグ城のど真ん中で 縄でぐるぐる巻きにされているところを帝国兵に捕まり、ここまで引き立てられて来た男…、今回の首謀者の一人にしてリーシャ・セイレーンの仇 ヴィーラント・ファーブニルだ

「ふふ…あははは、私を捕らえるかい?、無駄だよ 無駄、全部ね」

聞いてた話じゃ若く才気に溢れたカリスマだと伺ったのだが、こうして前にしてそれが偽りであったことを二人は直ぐに悟った、ヴィーラントはさっきから 世迷言のような言葉を口走るばかり

こんなのに帝国はめちゃくちゃにされ、剰え親友の命を奪われたと思うて遣る瀬無い気持ちになり ジルビアはため息を吐く…

「無駄だと?、何が言いたい…まさか、救援の当てでもあるのか?」

「ん?、あはは 無いさ、私を助けに来る人なんてこの世のどこにもいない」

「なら何故…」

「くくく…あははは」

ヴィーラントは笑う、ジルビアの問いかけを受けても笑っている 嗤っている、その笑いがジルビアの怒りを再燃させる、こいつは何を笑っている、リーシャちゃんの命を奪って何を笑っている…

そう怒りを込めて歯を食いしばっていると…、ヴィーラントは高らかに叫ぶ

「もうすぐ私は死ぬからだよ!、魔女と共に究極の兵器!魔女をも殺す破壊兵器!ガオケレナの果実によってね!」

「何…?」

ガオケレナの果実?、なんだそれは…、いやそういえばこいつら 魔女殺しの兵器を持つとも言っていたな、まさかそれ…本当なのか?、いやしかし

『ガオケレナ』だと?、何故その名が今出てくる、それは五百年前 陛下によって滅ぼされた生命の魔女の名前だ、なんでこいつがそれを…

「ガオケレナの果実はもう炸裂する!、そう!今!この瞬間に!もう解除は間に合わない!あははははは!私を捕らえても無駄だよ!私はもうすぐ天へと昇るのだから!!」

「こいつ…!、おい ジルビア やばいぞ、その兵器がどんなもんかはわからないが、もしそれが発動するってんなら 今すぐこいつ連れて逃げねぇと」

「もう間に合わんさ!、ははははははははははは!!!」

焦るフリードリヒ 笑うヴィーラント、もう間に合わない ガオケレナの果実はもう発動した、私はここで死ぬ!と、高らかに叫ぶヴィーラントを前に…ジルビアは……

「何も起こらないが?」

「…あれ?あれ?あれ!?」

ほらやっぱりとため息を吐く、どうせ 嘘をついて私達のパニックを誘い、その隙に逃げる算段だったのだろう、そのくらい 私は見抜けるんだよ

「偽りですフリードリヒ団長、信じることはない」

「なぁんだ、嘘か…ビビらせやがって、こいつ」

「う 嘘じゃない!本当だ!、おかしい 何故だ!もう発動時間は過ぎているはずなのに!なんで爆発しない!なんで…なんで私は死なない!おかしいおかしいおかしいおかしい!!」

急に狂い出すヴィーラント…、これが演技だとは思えない、…まさかさっきの本当だったのか?、だとすると誰かがガオケレナの果実をなんとかしたのか?…ああ、だとするときっと彼女だ、彼女が なんとかしたのだろう

「まさか…エリスか…」

ヴィーラントがぽつりと正解を呟く、そうだ きっとエリスさんがなんとかしてくれたんだろう、ここにいないのはきっとそのガオケレナの果実をなんとかする為に解決に向かってるんだ、全く 恐れ入るよ…本当になんなんだあの子は

なんて、ジルビアはほっと安堵するのとは対照的に、ヴィーラントは狂ったように って、もう狂ってるか

「エリス…あいつまさか、本当にガオケレナの果実をなんとかしたのか…そんなバカな、あれを止める手立てなんか存在しないはずなのに…なんで、あいつが あいつが……、エリス エリスエリスエリスエリスぅぅぅうぅぁぁぁあああああ!!!ぅがぁあぁあああああ!!!あの女ぁぁぁぁあああああ!私の計画をよくも!よくもよくもよくもぉぉおぉおおお!!!」

「お おい!取り押さえろ!」

急に暴れ出したヴィーラントは涙を流しながら怒り狂う、エリスの名を叫びながら荒れ狂う、このままでは拘束さえ解き放つ勢いだったので 更に兵士達にヴィーラントを拘束するよう命じる

「離せ!離せぇぇぇええ!!!、あの女…!よくも!絶対に許さんッッ!!殺してやるぅぁあああああああ!!!!」

「ふんっ、哀れだな…」

荒れ狂うヴィーラントを見ていると、幾分スッキリする、そうだ お前はそういう顔をしていろ、その後悔に満ちた顔が お前には相応しい…、そうヴィーラントを見つめていると、目が合う…

「……そうだ、君 僕が憎くないかい?」

そう 急に落ち着き払って言うのだ…、憎くないか だと?、そんなもの決まってる…憎いに決まってる、こいつは リーシャちゃんを殺した、張本人なんだから…

言葉には出さず、ただ無言でいると ヴィーラントは私の心を読んだかのように笑うと

「あはぁ…、憎いよね?憎いよね!、ここまでのことをしたんだ!、帝国をめちゃくちゃにして 戦争をふっかけて!、そうだ リーシャとか言う女も殺したなぁ!、君知り合いかい?彼女のこと知ってるかい?ねぇ!」

「こいつ……!!」

「知り合いみたいだね!あはははははは!、僕だよ…僕がリーシャを殺したんだ、嘘じゃない 剣を見てごらん?、もしかしたらまだ彼女の血が残ってるかもねぇ?あはははははは!!!」

「きさまぁっっ!!」

「おい!ジルビア!」

その挑発に怒りを抑えきれず、私はヴィーラントに馬乗りになり 腰の剣に手をかける、こいつ よりにもよって、リーシャちゃんの名前で私を挑発するか!!

フリードリヒもまた私を止めるようなことを言うが、止めに入る様子はない、彼もまた怒っているからだ…、こいつに!!

されど、ヴィーラントは私の殺意を前にしても笑う

「そうだ、いいことを教えよう…僕を処刑しておくれ?、君達の魔装技術なら、魔女の力なら 僕を殺せるかもしれない、さぁ 殺してくれ…処刑しておくれよ、早く ねぇ!」

「……ッッ!!」

「リーシャの仇を取るんだろ?なぁ?、おい!殺せよ!ほら!」

あまりの怒りにどうにかなりそうだ、けど…こいつ まさか殺してもらうのが目的なのか?、自殺することが目的なのか?、そんな狂気的な理由で私は親友を奪われたのか?…、くそっ …くそぅ…!畜生…!

「ぅ…うう…リーシャちゃん…」

「ジルビア…、お前に任せるよ、こいつの処遇は」

フリードリヒは任せてくれる、こいつを殺すかどうかを 私に、彼だってリーシャちゃんを思っていただろうに、それでも任せてくれると言うのだ…

殺すか、こいつを…、例えこいつの思い通りになったとしても、こいつの罪に与える罰は 死を持ってしか実現しない、なら こいつを…

「…………」

腰に携えた剣を掴む手が、緩む… 殺すかと言う問答に対する答えが、脳裏に浮かぶ

それは、今なお 浮かぶ、在りし日の記憶…我が親友の言葉、リーシャちゃんがかつて私に言った…

『殺さない、その選択はその悪党の最たる否定になる』

かつて、私がリーシャちゃんの小説を読んだ時、ふとした疑問に対して語った彼女の哲学、悪人だからこそ殺さない、外道だからこそ殺さない…

どういうことだと問うと彼女はこう言った

『人を平気で殺し、己の利とする人間を否定する方法は殺すことではなく、殺さず生かし 正当なる罰を与えることに他ならない、私はお前のような外道ではない…そう伝える一番の方法だと思ったから、私は殺さなかった』

と、その時は理解できなかったが 今は理解できる、こいつに与えられる最大の罰 それは、死ではなく、否定だ

「殺さない」

「は?…何言っての、僕 リーシャを殺したんだよ?」

「殺さないったら殺さない!!、お前には今後法廷で正式な罰を与える!だから 私達はお前を殺さない!、絶対にな!」

それが私に出来る最大の選択だ、腹わたが煮えくり返るほど憎いよ、そりゃあ憎いよ!こいつを殺したいよ!、けど…けどリーシャちゃんならこうすると思ったから!私はこうするんだ!

絶対に殺さないんだ!、そう私が叫ぶと みるみるうちにヴィーラントの顔は歪んで行き

「や やめてくれ、これ以上私を生かさないでくれ、頼む 殺してくれ、殺してくれよぉっ!、お願いだ!お願いだ!もう生きていたくないんだよぉっ!」

「殺さない、絶対に」

「体が乾いて乾いて仕方ないんだよ!これ以上苦しみたくないんだよ!、嗚呼…嗚呼!、僕はリーシャを殺したんだぞ!そんな僕が生きていていいのか!ああ!?どうなんだよ!おい! なんとか言えよこの…げふぁっ!?」

「黙ってろ」

殴り飛ばす、殺さないつってんだろうが、お前が得るのは暗い牢屋で一生を過ごすという罰だろうよ、リーシャを ちゃんを殺した事を永遠に後悔するんだな!

「嗚呼…嗚呼、ああああああああああ…」

殴り飛ばされ、この世の終わりかのように口を痙攣させるヴィーラントを尻目に、想う

これでいいのかな、リーシャちゃん…、私 貴方の想う主人公に なれたかな、ねぇ また今度、聞かせてね…

「そいつを厳重に捕縛しておけ、絶対に逃すなよ」

「はっ!」

部下たちに命じて 最も厳重な方法でヴィーラントを拘束するつもりだ、まぁ あいつにはもう抜け出す力は残ってないだろうが、それでもだ 

もう二度と小指の一本も動かせない地獄に奴を捕らえておく、それが奴には似合いの罰だ

私がそう命じ 踵を返すと、フリードリヒがやや肩を竦めて

「よかったのか?」

そう聞いてくる、よかったか …か

「分かんない、リーシャちゃんに聞いて」

「そうかい、分かったよ、なら これで俺たちの復讐は終わり でいいよな、ジルビア」

「うん…うん…」

復讐は終わっても、リーシャちゃんはどの道帰ってこない、ただそれを感じ 涙を堪えると、彼は優しく私の背中を叩いてくれる、俺はどこにもいかねぇよと…

この気遣いが今はただ嬉しい

「ありがとう フリードリヒ…」

「おう、んじゃ 仕事に取り掛かるかい」

「うん…」

そうだ、私達にはするべきことが残ってる、生き残った者の責任を果たさなくちゃいけない、ともかく今はこの一件を一刻も早く片付けて…

「漸くだな!ステラ!」

「ん?…」

ふと、響く声 、見ればそこにはヴィーラントと同じく厳重に拘束され 護送される途中の男 タヴがいる、フリードリヒとの激戦を終えて敗北した彼はいち早く帝国に捕らえられた、彼は帝国にとって重要な情報源だ、絶対に逃してはいけないと 拘束して一番に監獄に送ろうとしていたのだが

無数の兵士に拘束されるタヴを前に立ち塞がり、護送を邪魔する男がいる

ループレヒトだ、あいつ 私とトルデリーゼを見捨てて逃げて、どこかに消えたと思ったら…

「…私はタヴだ、ステラではない」

「いいやお前はステラだ、漸く 漸く捕らえる事が出来たぞ、手を煩わせてからに…」


「何やってんだ?ループレヒトの奴」

「分かりません、ですが 今回の一件のループレヒト団長の行いは不可解としか…」

今回のループレヒトは異様だった、異様にタヴに執着して 彼をステラと呼び、不可解な行動ばかり繰り返している、今だって 狂気的な目で拘束されたタヴに詰め寄り笑っている

やはり、リーシャが残した情報は正しそうだな…

「オーリンチアカはどこへ行った、さては逃げたか?」

「彼女は逃げない、あの子は強い子だ、お前と違ってな」

「ふっ、なら死んだか?…手間が省けていいじゃないか」

「………………」

「安心しろ、直ぐにお前もあの世に送ってやる…」

そういうとループレヒトは近くに転がってるカンピオーネを拾い、刃を作り出して 大きく振りかぶり…って、あいつ何勝手に処刑しようとしてるんだ!、タヴからはまだなんの情報も引き出せていないんだぞ!

「おい!、ループレヒト!何やってんだ!殺すな!、そいつには聞かなきゃならん事が山ほどあんだよ!」

フリードリヒが叫ぶ、やめろと 今この軍団の総指揮官たる彼の言葉は絶対だ、殺すなと言われれば殺してはいけない、だがループレヒトは振り返ることもせず

「いいえ彼は殺すべきです、彼はこんなにも大規模な紛争を引き起こした、法廷へ連れて行ってもどうせ死刑です、ならここで殺してもいいでしょう」

「だから!だとしても手順を踏まずにお前が殺していい理由にはなんねぇだろうが!」

「チッ、黙っていろ小僧が!」

「お前…」

フリードリヒは思わず黙る、ループレヒトに気圧されたからじゃない ループレヒトの目を見て確信したからだ、ループレヒトはおかしい 何かおかしい、その衝撃に思わず動きが止まってしまったのだ

その隙を見逃さず、ループレヒトは刃をタヴに向けて振り下ろし…

「ループレヒト、最後に聞かせろ…お前、あの実験をどう思っている」

そう、刃が振り下ろされる中 タヴが呟く、実験と…その言葉にループレヒトは…

「さて?、実験?なんとことか さっぱりだな」

「……お前ッ…!」

とぼけた顔をし、問答は終わりとその刃をタヴに向けて…、私達の制止も振り切り ループレヒトは刃を振るう、タヴの 心底無念そうな怒りの顔を私達の目に焼きつけ ループレヒトはタヴの首を…………




「『煌王火雷掌』ッッ!!!」

刹那、光拳が飛んでくる それは正確に、それこそ誰も反応できない速度で横からループレヒトの頬を射抜き 爆裂する

「ぷげぉぇっ!?」

「は?…」

「な…!」

フリードリヒもジルビアも驚愕したろう、何せ いきなりループレヒトが爆発に殴られて足元まで転がってきたのだから、まさかまだ敵が残っていたかと反射的に構えるが、…そこに立つ犯人を見て より一層警戒する

「エリス様!無理しちゃいけませんよ!、魔術まで使って…」

「ふぅー…ふぅー…、問題ありませんこのくらい、彼を見たら 一発キメてやろうって、心に決めてたので」

エリスさんだ、信じられないくらいズタボロになった彼女がメグに介抱されながらタヴの立っている、いつのまに なんて言わない、メグがいれば何処へでも いつでも現れる事ができる

しかし、問題はエリスさんが殴った相手 守った相手だ、今 エリスさんはループレヒトを殴り、そして

「…お前が、エリス…と?」

「ええ、宇宙のタヴ…もう帝国に捕らえられていたのですね」

タヴを守った、大いなるアルカナの大幹部を、大いなるアルカナを誰よりも敵視する彼女が なりふり構わず守ったのだ、まさか裏で繋がってた?なんて思いもしたが、当のタヴ自身何故助けられたか 理解出来ないようだった、それは隣で立つメグもだ 目を白黒させながらエリスのいきなりの凶行奇行に混乱している

誰も理解出来ない、ただエリスだけが この状況で信念を貫いているようにも見えた

「何故、私を助けた…慈悲か、魔女の弟子」

「そんなんじゃありません、正直あなたがどこで死のうがエリスには関係ありません、ただ…ループレヒトだけはダメです、ループレヒトにだけは 貴方の命を奪う権利はない、既に彼は貴方の人生を大きく狂わせているのですから」

「ッッ!?、な 何故それを…」

「エリス様?何を言ってるのですか?何を知ってるのですか?、私にも説明を…、というか流石にまずいですよ師団長を殴り飛ばすなんて、しかも魔術まで使って…あわわ」

なんてメグの言葉を手で制し あとで説明するとばかりに宥めると、エリスさんは足を引きずりながらタヴと向かい合う、その目を見て タヴも何かを理解し…表情が和らぎ

「シンから…聞いたのか?」

「まぁ、似たようなものです」

「そのシンは…?」

「……エリスと戦い、その果てに 命をかけてエリスを葬る為に魂に点火し、自爆を…」

「…………そうか、シン 強い子だ、強過ぎるよ お前は…」

タヴは柔らかな表情のままポロポロと涙を流す、どうやら 審判のシンはエリスさんと交戦し 敗北の末、己の命を己で断ったようだ、残されたタヴはただ シンを思い涙を流す

別に敵にかける慈悲はない、だが タヴの流す涙の色は 私がリーシャちゃんの死に対して流す涙と同じ色をしていた、そうか 彼らも人間なのだ、私達と同じ人間、何を信じどれだけ強くとも…私たちは同じ人間、友を思う人間だったのだ

「貴方とシンの過去を…エリスは知ってしまった以上、シンがここにいない以上、エリスが代わりに彼女の無念だけでも晴らさないといけません、それがどれだけ憎い相手でも、それが勝った人間の 生き残った人間の役目だからです」

「……そうか…、そうか」

タヴは最早何もする気は無いとばかりにぐったりと脱力する、エリスさんは相手の過去を知った シンがやり残したことを引き継いでしまった、そい思う過程がどうなったのかは分からない、だが エリスさんは選んだ

シンがやり残した無念を晴らす、それが敵でも関係ない、彼女が選んだのだから 

すると

「ま 魔女の弟子!貴様!、何をする!!アルカナを庇うだと!?帝国の敵を守るだと!、剰え師団長の私を殴り飛ばして…」

ループレヒトは立ち上がる、これでも師団長だ あの程度では伸びたりしない、怒り心頭 怒髪天衝で怒鳴り声をあげ、立ち上がりながらエリスさんを睨む、敵を守り私を殴り飛ばすなどと!そう言いながら鼻息荒く立ち上がるのだ、いつも彼らしくない

余程、タヴを殺したかったと見える、それを寸前で邪魔され 彼もまた怒り狂う…

「どういうつもりだ!、いやどういうつもりもないな!、これは明確な敵対行為!帝国に背く行い!、弁明の余地はない!、お前もステラ同様ここで処刑せねばなるまい!」

「何が帝国に背くですか…、くだらない…貴方の言い分はあまりにくだらない!!」

「何を…何を知って…、まさか オーランチアカから…何か聞いたのか」

「オーランチアカではなくシンです!!」

すると、エリスさんはそのズタボロの体を引きずり ループレヒトと向かい合う、睨み合う 、最早力さえロクに入らないであろうエリスさんから溢れる鬼のような気配にループレヒトさえも竦む…

「…ループレヒト、貴方 帝国に内緒で人体実験をしていたでしょう、かつて 魔女になった人間とかいう与太話を信じて、その研究施設を使って 孤児を攫って秘密裏に実験をして 大勢殺していたでしょう!」

「な な 何を言ってるのか!、さっぱりだ!」

「そしてその実験と末生まれた被験体が逃げ出したのが シンとタヴ…彼らは貴方の敵意から身を守るため、そして奪われた自由を守るため、大いなるアルカナを結成したんです、貴方はそれを知りながら帝国軍部に報告せず ありもしない罪で彼らを追い詰めた!そうでしょう!」

「ち 違う、偽りだ!私がそんなことするわけないだろう!」

「いいえ貴方はやりました、貴方のせいで罪のない子どもの命が多く失われた!、大いなるアルカナが生まれたのは 貴方のせいなんですよ!ループレヒトッ!」

するとエリスさんはループレヒトの胸ぐらを掴み 牙を剥きながら目を見開く!その目は…明確な敵意に満ちていて

「エリスが絶対に許せないものは三つ、魔女を傷つける者 友を傷つける者、そして!罪なき子供を傷つける奴です!!、何が処刑ですか貴方の勝手で二人の子供の人生を弄んでおいて、これ以上惚けて好き勝手やるなら エリスが貴方を殺しますよ!!!」

「何を…言っている!」

ループレヒトは怒りのままにエリスさんを踏み解く、如何に威勢のいいことを言っても エリスさんは満身創痍、対するループレヒトは逃げ回っていたから消耗なし、力の差は歴然だ、エリスさんの体はふらりと後ろに押しのけられ メグによってキャッチされる

「エリス様!」

「アルカナを庇いだて 私に謂れ無き罪をなすりつけようなど…、アルカナの敵対者というから都合がいいと勘違いした己がバカだった!、こいつを捕らえ牢に入れろ!こいつもまた魔女排斥の一派だ!さぁ!、ひっ捕らえろ!」

そう部下たちに命令しようと手を上げた瞬間…

「待てよ」

「あ?、お前…フリードリヒ、何のつもりだ…!」

その手をフリードリヒが受け止めて、待て と制止すれば誰も動けなくなる、本気で怒る彼の言葉は将軍に匹敵する威圧を持つ、その前で一兵卒が動くなど不可能だ

そう、怒ってるんだ…フリードリヒも、私もな、何せ リーシャの残した情報がようやく理解できたから、ループレヒトを疑え か…こういうことだったんだな

「何のつもり?、そりゃこっちのセリフだよ、アンタ今の話…マジじゃねぇよな、マジならヤバイぜ?、帝国に報告もなしに禁じられた人体実験?被害者を大勢出した?剰え大いなるアルカナを作り この騒ぎの遠因となっておきながら未だ罪から逃れようとするって?、…アンタ 皇帝陛下にどんなツラ下げて仕えてたんだよ…何年も 何十年も」

「お前!この小娘の言葉を信じるのか!?、こんな与太話を!、師団長の私よりも外から来た旅人の証言を信じると!?」

「まぁな、少なくとも 今のお前よりは エリスさんの方が余程信頼出来る」

「は…はぁ!?」

この作戦中、不可解な動きをし 命令違反を犯し、彼の信頼度は今地面を抉る程に低い、それに引き換えエリスさんは帝国のために奮戦し この戦いの戦況さえ覆した、どちらが信頼出来るかは明白だ

「なぁおい、タヴ 今回の一件について、後で詳しく聞いてもいいか?、話してくれるよな?」

「…フッ、ああ 包み隠さず話そう、そいつの行った外道の所業をな」

「き 貴様!、違う!私は何も!何もしていない!、皇帝陛下に背くような真似は!何も!」

「そうかい、長くなりそうだから続きは牢屋で聞くよループレヒト、おい こいつも一緒に護送しろ、こいつはもう師団長じゃねぇ」

「なぁっ…!?」

フリードリヒの言葉に従い、ループレヒトを取り囲む帝国兵 その手には拘束用の魔装が握られている、もしこの事が本当だったなら 彼は師団長の座から降ろされるばかりか、法廷で裁きを受ける可能性もある、大いなるアルカナ誕生の一因を担った罪は重い…

「やめろ!寄るな!私は…私は…、ただ 母を…帝国の英雄を超える人間になりたかっただけ…、マグダレーナの息子として 相応しい功績が…欲しかっただけなのに…こんな!」

「だったらお袋さんに報告出来ないような真似、すべきじゃなかったな」

「くそ…くそぉぉぉおおおおお!!!」

帝国兵に拘束され、魔女排斥軍と共に監獄へと送られていく、師団長の彼には耐えられる屈辱ではない、耐えられても困るがな、こんな大事件を引き起こしておいて 責任逃れは許さないよ

ループレヒトが連れていかれ、後には私とエリスさんとメグ フリードリヒと捕らえられたタヴが残る

「これで良し…かな?」

「…ふふ、これでシンの無念も如何程かに晴れようか」

「と言ってもお前のやった罪が減るわけじゃねぇ、それはそれ これはこれだぞ?」

「分かっている、私の行動 私の選択は全て私の物、他の誰にも渡すつもりはない、夢破れた革命者の末路くらい 覚悟しているさ」

それだけを言い残し、タヴもまた ループレヒトの後を追う、たとえループレヒトによって引き起こされた事件だったとしても、タヴがやったことは変わらない、トルデリーゼ達を傷つけた罪は変わらないんだ

「タヴ…待ちなさい」

「ん?、エリス まだ何かあるのか?」

ふと、エリスさんがタヴを引き止める…、まだ 言いたいことがあるとばかりに、ギリギリで保っている意識の中、それでも聞きたいと

「聞かせてください、貴方は何故 マルクトの誘いを断ったのですか?、…魔女排斥を成し 革命を成そうと思うなら、乗らない手は 無かったはず」

「どこまで知っているのやら…、そうだな、断った理由は一つ…シンがアルカナにいたからだ、愛する女の隣が 私の居場所だったから、無理に足掻いて留まった それだけだ」

「そうですか…」

なんの話かは分からないが得心が入ったとエリスさんは頷く、何故そこまで知ってるのかはわからないが、分かることは一つ、タヴは 愛する女を失い 居場所もまた失ったということ…それだけだった

「おめでとう孤独の魔女の弟子、これでアルカナは終わりだ 負けたよ、私は君に」

「終わりって、まだボスのマルクトが残ってるでしょう?」

「ボスはもう来ない、アルカナも見捨てたろう、アルカナの為に戦力を確保する と言って消えてから音沙汰がない、もう 彼女はアルカナではないさ」

「なら、マルクトはどこにいるんですか?」

「恐らくマレフィカルムの本部…、バカなことだ、あそこに行けばマルクトは…、まぁ もうどうでもいいことだがな」

それだけ言い残し タヴは連れていかれる、タヴの捕縛を持ってして アルカナは完全に消滅した、ボスも逃げ出し 幹部も全員失い、構成員も全員捕まった、これで…エリスさんの長い戦いは終わったのだろう

「そう…です…か…ぁ」

「エリス様!?エリス様!、もう!気絶からいきなり起き上がったと思ったら!!、もー!」

勝利に安堵し気絶するエリス、それを見て無理をして!と怒るメグ、なんだか 長閑な光景だ、本当にアルカナとの戦いが終わったと 実感できる、まぁ私達の仕事は終わらないが

「さてと!、んじゃあ張り切って事後処理やりますか!」  
 
「ええ、…ん?」

すると、ふと ジルビアは気がつく、戦場の方から歩いてくる人影に、レグルス様だ、魔女ニビルを撃破し今回の勝利に貢献した功労者の一人がトボトボ歩いてくるのだ、彼女も無事だったか

「ん?、おお!レグルス様じゃん!、さっきは本当 ありがとうございました!、いやぁ 危うく殺されるとこでしたよ、俺!」

そう命を助けられたフリードリヒがレグルス様に駆け寄り、極めてフレンドリーにお礼を言いだす、いやいやお前 それは些か気安過ぎるだろ、失礼だぞそれはと私が諌めようとすると

「問題ない、疲れたから休ませてくれ…頭が痛むんだ」

「ありゃ?…」

レグルス様は立ち止まることなく歩いていく、なんだか様子がおかしい…、余程疲れているのか?さっきから辛そうに頭を抱えているし…、止めない歩み されども、気絶したエリスさんを目の前にしたレグルス様は

「…エリスは?」

そう、メグに聞くのだ 無事か?と…

「え?ええ…無事です、シンを倒し 全てを終わらせました」

「そうか…そうか」

すると、レグルス様は跪き メグに抱かれるエリスさんを、気絶したエリスさんを抱きしめ その頬に顔を当てると

「頑張ったな 強くなったな、誇らしいよエリス…、お前は私の弟子だ、なによりも愛すべき 私の弟子だよ、エリス」

そう 髪を撫でながら意識を失ったエリスさんを労うように耳元で優しく、なによりも優しく語りかける、瞼を閉じて眠る娘を愛する母のように、優しくその頬に キスをすると、レグルス様は一人 帝国へ向けて帰っていく…

「…どうしたんだ、ありゃ」

「さぁ…」

その様は私達から見ても、なんだか異様に映った、ただ その言葉はエリスさんの長い戦いの終わりを象徴しているようにも思えて、なんだか少しだけ寂しくなる

これで 終わった、エリスの長い長いアルカナとの戦いは、終わり告げた

そしてそれはまだ誰も知らない、この戦いの終わりは エリスの新たなる戦いの幕開けになることを、以前よりも険しい戦いの幕開けになることを

それを知らぬエリスは未だ、呑気に寝息を立てているのであった

「それを…早く、言ってくれれば…タヴ様…」

寝息と共に溢れたその言葉は、エリスのものか 或いはエリスの中に知識と共に流れ込んだここにはいない彼女の残滓か、それを耳に留めた者がいない以上 判別は出来なかった

誰にも、エリスにも

………………………………………………………………

闇とは 悪である、そう言った価値観が生まれたのは何故か?、闇は別に人を傷つけない 害さない、されども悪であると謂れ無く断じられるのは何故か、それは 往々にして闇の中には悪意が犇いているからだ

特に、闇の奥底 視線さえ通らない漆黒の中には、特段巨大な悪意が 身を潜めているものだ


座標 不明、地名 不詳、何処かも知れぬ 知る者も少ないその空間に名をつけるならば

『魔女狩り城 マレフィカルム』、即ち この世界の裏側を支配する魔女排斥機関 マレウス・マレフィカルムの本部である

其処彼処の石壁から隆起した光魔晶が煌々と白緑の光を照らす中 、広大な空間に置かれた円卓に 座る人間は八名、全員が全員 睨み合うように八人が八つの玉座に座るのだ

その空間を占める威圧の濃さは、恐らく 魔女大国の謁見の間さえ上回る物

それもそのはず、何せここに集いたる八人は 認識することさえ叶わない程巨大な機関 マレフィカルムにおいて、最強と謳われる八つの組織…『八大同盟』のトップ達なのだから

「皆々様、今宵は お忙しい中お集まりくださり感謝いたします、マレフィカルム総帥に代わり、このユースティティア・クレスケンスルーナが感謝の言葉を申し上げます、ありがたく頂戴しなさい」

そんな円卓から やや離れた地点でしゃなりと頭を下げる女、その洋服 そのスカートのあちこちに生花を巻きつけた異様なスタイルの藍髪の女は丁重なんだか無礼なんだか分からない謝辞を述べる

この八人を前にこう語ることが出来る人間は少ないだろう、だが彼女は許される 何せ彼女はマレウス・マレフィカルムのトップ 総帥が形成した組織の構成員、つまり総帥の側近の一人にして『栄光のホド』の名を拝命する人間なのだから

「ふふ、心にもない事を」

「嘘つくなよ、総帥が俺達に感謝の言葉掛けるかよ、阿呆らしい 制圧するぞ、ここ」

「君は世辞が下手だな星読師、呆れた物だ 慣れない役回りはしないに限る」

そんなユースティティアの言葉を受け八人全員が戯言をと笑う、事実彼女はよくこう言うすぐに分かる嘘をつく、戯れで 故に信用できない、こいつの言うことは全部冗談ぐらいに捉えないと身を滅ぼす事になる

「失礼な、まぁ良いでしょう、では早速ですが 八大同盟を形成する皆様に集まって頂いた理由は一つ、今日この日より…」

「お待ちを…!」

「……なんですか?ルビカンテ殿?」

ユースティティアの言葉を遮り待ったをかけるのは痩せこけた狂気的な顔の女、彼女はやつれた表情で手元のスケッチにスラスラと何かを書き込んでいく…いや、絵を描いている

「皆さんが一堂に会するなんて珍しいので この場面を一つ絵に納めておきたいのです、次…会う頃には二、三人死んでるかもなので…うひひひひ」

自らの手にペンを突き刺しその血で歪な世界を描きあげる狂気の画家、彼女こそ芸術家にして殺人鬼 創作家にして破壊者、一説によれば芸術の為に街一つ消しとばしたと言う逸話を持ち、血濡れの衣を纏う彼女を人は恐れと畏れを込めてこう呼ぶ

『狂気譫妄の画家』ルビカンテ・スカーレットと…、混沌と破壊を好む最悪の魔女排斥組織 八大同盟が一角 『至上の喜劇』マーレボルジェの頭目である

「ああ、美しい赤…煌びやかな紅色、私の血って美しすぎるのでは…」

「阿呆らしい、こいつに付き合ってたら世が明けるぞ、とっとと進めろや」

ガツンと机の上に足を乗せダルそうに屈伸する男がいる、血のような赤い目 燻んだ灰の髪を持つ一人の傭兵、彼が率いる組織の名は『逢魔ヶ時旅団』、八大同盟屈指の危険度を誇ると言われるその組織を束ねる旅団長こそ彼

元帝国兵 特記組最強世代の一人、たった一人で帝国軍の主要要塞を制圧して周り逃げ果せた経歴を持ち 裏では伝説の傭兵の名を持つ、彼こそ『歩み潰す禍害』オウマ・フライングダッチマン

それは頭の後ろで手を組み大欠伸をかます

「こらこらオウマさん、そう邪険な態度なよくありませんって、仲良くしましょうよ、私いいお酒持ってきてるんですよ、飲みます?」

「他人から出された飲み物には口をつけない主義なんだよ、それ以前にお前の飲みかけは要らん」
 
「もう、マヤさんも怒っちゃいますよ」

もうったらもう!とプリプリ怒りながら手酌にてガポガポとお酒を飲む大柄な女性がいる、緋色の髪 呑気な態度、紅蓮の瞳 間抜けな語調、この空間に似つかわしくない柔らかな態度とは裏腹に 彼女がどれだけ恐ろしい人間なのかをここにいる誰もが知っている

その強さは無敵、その脅威は無極、凡ゆる外敵の存在を許さず ただ敵を撃滅し続けていだだけで八大同盟の一角にまでなし上がったと言われる彼女の名を…

『警笛を鳴らす終焉』のマヤ・エスカトロジー、世界の消滅を心の底から望む最悪の危険思想集団 ヴァニタス・ヴァニタートゥムの代表を務める彼女もまた、この世界の毒にしかならぬ女だ

「帰ってもいいかな、もし会議があるなら 私の意見は全部賛成って事でいいからさ」

すると、そんな呑気なやり取りを見て呆れたように黒い長髪をたなびかせる男は立ち上がる、身に纏う漆黒の法衣は まるで魔術導皇の白法衣と対を成すかのような不気味さを醸し出しており、彼自身から漂う魔力もまた…悪意と狂気に満ちたものだ

「お待ちをイシュキミリ様、今回の本題は貴方も存じているはず、ご同席は義務です 逆らうならマレムィカルムからの除名も覚悟の上で…」

「チッ、なら早くしてくれ、あまり家を空けたくない」

ユースティティアの言葉に舌打ちで返し、再び着席する…、八大同盟の一角 魔術導から魔女から 魔術という奇跡の技を解放する事を目的とする狂気の魔術師集団『魔術解放団体』メサイア・アルカンシエルの創始者にしてその局長を務める大魔術師

彼の名を、『魔術道王』イシュキミリ、裏社会の魔術を牛耳る立場に立ち、表社会の魔術導皇と対を成す男

「お坊ちゃんは大変だなイシュキミリ、パパに怒られるのが怖いか?」

「不都合なだけだ、あまり軽口が過ぎるなら君も殺しますよ、オウマ…一番の新参者の癖に」

「はははっ、マレフィカルムにも先輩後輩の序列があったのかよ、知らなかったぜ、俺ぁ先輩方全員制圧してここにいるもんだからよ、なんならお前も俺の足元にひれ伏させてやろうか?ああ?」

「……愚かな」

刹那、オウマとイシュキミリの放つ殺気がぶつかり合う、腕力や魔力ではない、形を持たない筈の殺気一つぶつかっただけで 空気が鳴動する…

そんな一触即発の空気の中

「はいやめ、そこまでにしときな、ガキの喧嘩は表でやれ」

机を叩く手の音に、二人の動きが止まる、ギラリと煌めく牙 鋭い刃物の如き目と両角のように屹立する髪、筋骨隆々肉体を押さえつけるかのようなスーツを着込んだ大男…、まるで龍が人の形を取ったかのような獰猛な男は その凶悪な見た目とは裏腹に理性的に二人を諌める

「忙しいのは俺も同じだ、とっとと終わらせないとこっちも大損こいちまう、これ以上喧嘩をするなら お前らんの所との取引は今後一切しないが…それでもやるか?ええ?」

「チッ、俺お前嫌い」

「私もだ」


やる気を失い座り込む、仕方がない 彼が口を出した以上二人は逆らえない、それはその男が恐ろしいからではない、彼は裏社会の王だ 裏社会に生きる人間は彼には逆らえない

男の名は『蔓延る火種』セラヴィ・セステルティウス…、所謂武器商人と呼ばれる類の人間である、問題は彼が武器を売る相手…、彼の顧客は全世界だ 個人でも組織でも国でも、何に対しても武器を売る どんな凶悪な武器も売る、国を相手に武器を売り 戦争をさせまた儲ける、彼の私腹を肥す為だけに 無意味な戦争をさせられ 滅びた国の数は計り知れない

彼が率いる組織 八大同盟の一角『世の見る悪夢』パラベラムは裏の殆どの武器商業を牛耳っている、つまり彼の怒りを買えば 裏社会で戦うことは出来ない

それま、オウマもイシュキミリも変わらないのだ


「よしよし、ガキどもは静かじゃねぇとな、で?ジズのお爺はいつまで黙って遊んでるつもりだよ」

目を向ける、セラヴィ オウマ イシュキミリの三人がギロリと睨むのは 世界最高の暗殺者と名高きジズ・ハーシェルだ、陸海空を統べる裏社会の頭領たちに与えられる称号 『三魔人』の一人でありながら魔女排斥組織 『ハーシェル家』も統べる八大同盟の一角も担うと言う業突く張りさを見せる

何よりこの男、ゴルゴネイオンに次ぐ古株でもあるため…セラヴィにとっても オウマにとっても イシュキミリにとっても目の上のたんこぶでしかないのだ

「………………」

しかしジズは答えない、俯いたまま 三人の視線を受け入れない、その様に舌打ちかますのはイシュキミリだ

「ジズ老師、聞けば貴方の所の娘が一人 寝返ったばかりか魔女の弟子にまでなったとか…」

「オマケに帝国に送り込んだ刺客は返り討ちの上死亡ときた、これがかつて世界最強と呼ばれた暗殺者の仕事かねぇ」

イシュキミリとセラヴィの嫌味な言葉は全て事実、ジズは今回の帝国の一件に娘と一人であるフランシスコを派遣している それは明確な関与だ、八大同盟が関与しながら大した戦果も挙げられないとは とイシュキミリとセラヴィは笑う、オウマは耳を塞ぐ

「で?、その件の言い訳を聞きに来たわけだが…ジズの爺や さっきから何やってんだ」

「ん?、ああ すまない、話は聞いていたから安心してくれ」

ははは と快活に笑いながら彼は顔を上げる、かつて いや今も世界最強の殺し屋の名を欲しいがままとするジズ・ハーシェルがそう笑うのだ

ジズ・ハーシェルと言えば 、オウマやイシュキミリが生まれる前から、セラヴィがママのミルク飲んでる頃からこの業界で最強を名乗っている殺し屋にして世界最高の殺し屋一家『ハーシェル家』の頭目、齢はもう九十の後半に差し掛かる超老齢

だというのに、彼の笑い声には嫌という程に生命力が滾っているではないか

「…バケモノ爺め」

「ん?、何かな?オウマ君」

ふわりと揺れる白髪は太く 滾る生命力のままに跳ね、にこりと笑うその顔にシワはなく、その黒いスーツもビシッと決まる、その姿をそのまま表すなら 若き伯爵…、そう 若いのだ、とても九十年生きたとは思えないほどに彼の姿は若々しい

一体どういうタネかは判然としないが、古くから彼を知る者は語る、『ジズ・ハーシェルは歳をとらない、まるで魔女のように』と…

年老いて衰えた?、とんでもない 彼は今もなお若き体を保ち、永遠に最強の殺し屋の座に突き続けているのだ

そんな彼は手元の懐中時計を眺めてニマニマと笑う、どうやらさっき俯いていたのはこれを見ていたからのようで…

「ははは、いや実はここに来る前にいい時計屋を見つけてね、『キャットアイ』って言う老舗時計屋なんだけれど知ってるかな、老齢の店主が手作りで作り上げる懐中時計が…、はぁ ため息が出る程に美しいんだ」

「テメェ遊びに来てんのか」

「まさか、でも私 こう言う精密な絡繰に弱くてね、見てくれ 一つ一つの部品が精密に動きながらも自分の仕事を遂行し 私に時間を教えてくれている、素晴らしい出来だと思わないかい?」

はぁ と、ため息をつきながら手元の懐中時計をプラプラ揺らして遊ぶジズを見てオウマはため息を漏らす、ボケジジイがと

「やはり、人も機械も…目的を達成する為には、一つ一つの部品が己の本分からブレないことだと、思わないかい?」

「絶賛一人で思い切りブレまくってるイかれた部品がよく言うぜ」

「酷いなオウマ君、あまり老人を虐めないでくれ、最近涙脆くなってるんだ」

お前のどこが老人だと この場にいる誰もが思ったろう、これで目の前にいるジズが実は襲名制で 『ジズ・ハーシェル二世』とか名乗ってんならまだ分かるが、残念ながら目の前で嘘泣きをする男は本物だ、本物のジズ・ハーシェル…世界最強の殺し屋にしてハーシェル家を創設した人物なのだ

そんな嘘泣きをするジズを見て、唯一吹き出す男いる

「ククク ハハハハ、お前は相変わらず奇天烈よなジズ、見ていて飽きる事がない」

「おやおや、笑われてしまったようだ」

笑う 男は笑う、玉座に肘をつき ジズを見てくつくつと笑う、紫の髪を後ろへ流し ややシワの刻まれた顔には衰えはなく、その瞳には強い精力に満ちている、肉体は怒張し威厳に満ちた姿は王を想起させる

全てが完璧だ、その男は何もかもが完璧なのだ 満ち満ちた活力は尽きることはなく、人として考えられる全ての力を有しているようにも見える

事実だ、彼は事実 この場にいる八人の中でも上位に…いいや?、マレウス・マレフィカルムという巨大な機関において、五本の指に入る実力者なのだ

「童のように泣き 笑い はしゃいで見せたかと思えば、時として覗かせる冷淡な瞳は死神そのもの、お前のように面白い人間を余知らぬ」

「イノケンティウス様に褒められたのなら、私の道化ぶりも救われるというものですよ」

「嘯くな、薄いメッキが剥がれるぞ」

その王の如き威容を持つ彼の名は、誰もが知っている マレウス・マレフィカルムに限らず魔女排斥を掲げる人間は誰もが知っている

その者の名は『神人』イノケンティウス・ダムナティオ・メモルアエ…、八大同盟の中でもさらに際立った勢力を持つと言われるマレフィカルム最強の三大組織の一つ 『魔女末梢組織』ゴルゴネイオンの首魁


現存する中で最も古き魔女狩り組織の異名を持つゴルゴネイオン、及びその首魁イノケンティウスの存在はマレフィカルムでも別格にして別次元、その強さも影響力も桁外れなのだ、もしここで彼の不興を買えば 他の同盟長も冷や汗を流さざるを得ないだろう

「ジズよ お前のことだ、何かしら考えているのだろう、魔女の弟子となった娘の処分法は」

「…ええ、まぁ 今回は挨拶代わりですよ、宣戦布告という名のね」

「ならば良い、この件については不問としよう」

別に イノケンティウスは強大ではあるが、彼には何の決定権もないはずだ、なのに は語る 、不問としようと、まるで 問題にすれば直ぐ様行動に移せると言わんばかりに…、そしてそれを指摘する者はいない


「……呆れる、お前には決定権が無かろうよ」

「む?」

いや居る、イノケンティウスに唯一対等に物を申す事ができる者が八大同盟にはいる、それはゴルゴネイオンと同じ 同盟の中で抜きん出た力を持つ三代組織の一角、形無き王国 クロノスタシス王国を統べし者…、それは

「ふっ、そうだったな この場においては余も主らの同胞であった、指摘痛み入るぞクレプシドラ」

「妾は妾以上の不遜を許せないだけだ、特に…ジジイのな」

「ハッ、その無礼 実にお前らしいな」

もし イノケンティウスを王とするなら、彼女は女王であろうか それも正真正銘の

ブロンドの髪と煌びやかなドレスを身に纏い 頭に王冠を乗せ、口元をセンスで隠すその姿は、何も伊達や酔狂で取っている物ではない、彼女は本物の女王なのだ

別名『怪物王妃』の名を受けるのはクレプシドラ・クロノスタシス、形の無い王国であるクロノスタシス王国の正統なる後継者、三大組織の一つに足る組織力を持つ彼女自身の力もまた際立っており、或いは 世界最強の女王とも呼ばれる

「はぁ、だから妾は来たくなかったのだ、お前の顔など見たくも無いからな」

「そうか、余は会いたかったぞ、クレプシドラ」

三大組織のうち二つのボスが、バチバチと火花を散らす光景に思わず周りはため息をつく、やるなら我々の関係ないところでやってくれと、この二人がもし 本気でぶつかり合えば、それは天災などよりも遥かに甚大な被害を撒き散らすだろう、その被害を 被るのは馬鹿らしいからだ

しかし…しかしだ、イノケンティウスも強い クレプシドラも強い、三大組織の一つを統べる人間だ、強いに決まってる、だが最強ではない

なら誰が最も強いのか、この八大同盟で…その中でも際立つ三大組織で、魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムで一体誰が最強なのか

それは誰もが分かっている、ルビカンテもオウマもイシュキミリもマヤもセラヴィも、イノケンティウスもクレプシドラも…分かっている、その者こそが この魔女狩りの機関で最強の存在であると

マレフィカルム最強であると


「……………………」

「む?」

「おっと、どうやら彼女が立腹のようだな」

それは、喧々囂々とした円卓を睨みながら玉座の上で静かに全てを見つめている、ただ一言も発さず その身から威圧を放てば イノケンティウスもクレプシドラも口を閉じる、あれを怒らせてはいけないと心ではなく人間としての本能がそうさせたのだろうか

マレウス・マレフィカルムを統べるセフィロトの大樹に次ぐとも並ぶとも言われる組織…
『暫定最強の魔女排斥組織』五凶獣…、そのリーダーが静かに立ち上がり

口を開く

「お前ら!いい加減にするでちゅ!」

チュパチュパとおしゃぶりを鳴らしながら玉座の上に立ち上がるのは…赤ちゃんだ

「………………」

「………………」

赤ちゃんだ

威圧はある、されども威厳はない、だって赤ちゃんだから

本能は恐る、されども心は恐れない、だって赤ちゃんだから

なんと…言っていいか分からず、全員が口を閉ざし それを見る、皆が黙ったのは これの扱いが誰も分からないからだ

「喧嘩しちゃダメってお母ちゃんに教えてもらってないでちゅか!、ティーちゃんが教えてやろうでちゅか!」

暫定最強と呼ばれる組織のボスが、これだ

構成員たったの五名、その人数でゴルゴネイオンもクロノスタシスも抑えて頂点に立つ組織のボスがこれだ、だが 同時にその全てを抑えて最強と呼ばれるのがこれだ、個人で見れば確実にマレウス・マレフィカルム最強が 彼女なのだ、唯一総帥に匹敵する力を持つのがこの子

通称『世界最強のスーパー赤ちゃん』のティーちゃん、緑の髪とちっちゃい御手手、そして少しお高めのおべべに身を包み 仰々しい錫杖を持つ赤ちゃんこそが この機関最強の存在にして世界最強の赤ちゃんのティーちゃんだ

「ま…まぁ、あれがこう言っていることだし…」

「お前はどういう存在なのだティーちゃんよ、見た所まだ言葉も喋れぬ年齢であろうに なぜ喋れる、余は一つとしてお前を理解出来ん」

「ティーちゃんはティーちゃんでちゅ!、お前らとは違う特別な存在なのでちゅ!、もうしてると思うでちゅが崇めるでちゅ!」

全員目を背ける、あれと関わっていると なんだか人間としの格が落ちる気がするから、だからみんな彼女に逆らわないのではない、みんな本気で相手しないのだ、だって赤ちゃん相手に本気で怒鳴るとか…、流石に悪の組織の頭領の自覚がある自分達も そこまでのことは…

「まぁいいでちゅ!、ティーちゃんはもうすぐミルクの時間とお昼寝の時間が近いでちゅ!、早く本題に入るでちゅ!、ゆーちゅちちあ!」

「ユースティティアです、では本題に入りましょうか…の?ま え に?」

「ん?、どうした」

何か勿体ぶった言い方をするユースティティアにイシュキミリがまた噛み付こうとするが、その前にユースティティアは軽く微笑み

「皆さんにお配りする予定だった兵器あるじゃないですか、魔女を殺す為の兵器」

「ああ、ガオケレナの果実か…どうした?、また生産が遅れているとかいう話か?、だったら全員と言わず俺だけに配りな、少なくとも八つありゃ事足りるからよ」  

そう裏社会の王たるセラヴィが不遜に語れば、イシュキミリとオウマがギラリと睨む…がしかし

「いえ、あれ全部消滅しちゃいました」

「はぁ?、何言ってんだ?誤爆でもしたか?」

「いいえ、いきなり さっき、まるで虚空に消えるようにパッと消えちゃいました、ある分全部」

ユースティティアは嘘つきだ、だがこんな嘘をつく意味がない、そのくらい見抜けなくては 八大同盟としてここに現れることも出来ない、と すると

「ならまた作り直しか、また時間がかかるな」

そう オウマが頬杖をつきながら呟くと

「いえ、製法から何から全部消滅しました、もう二度と作れません」

ガタン と音を立ててオウマが頭を机に打ち付ける、製法が消えた?何を訳のわからないことをと全員が目を丸くする中 オウマは立ち上がる

「何訳のわかんねぇ事言ってやがる!、製法が消えた?ふざけんじゃねぇよ!」

「ふざけてません、書き留めておいた設計図から生産ラインの動きまで 全部リセットされてしまいました、オマケに我々もあれをどうやって作っていたのか、まるで思い出せないのです」

「そんな間抜けな話があるかよ…、キチンと説明しないと納得出来ないぜ俺は」 

「いや、あり得る話だ…、恐らく 何者かが識確魔術を用いて、ガオケレナの果実に関する知識を全て消したのだろう」

「は?識確?」

ふと、合点が入ったように頷くのはイノケンティウスだ、彼はなるほどと一人得心を得ている、識確か と

「なんだそりゃ」

「識確魔術ですよ、伝説の第六元素を操り 対象に関する知識を全て消失させ、そのものを人間社会から完全に消し去ってしまう 謂わば存在と記憶の破壊、世の中にはそんな魔術もある って話ですよ、バトルバカの貴方は知らないでしょうが」

「ウルセェよ、イシュキミリ…でも、そんな魔術 誰も彼もが簡単に使えるわけがねぇ、魔女だって…」

「ええそうです、識確魔術はこの八千年間一人も使い手がいなかった魔術、私も実在したことに今驚いているんです」

そうイシュキミリは語る、識確魔術は この八千年間誰も使えなかった至上の魔術だ、彼とて会得を目指したが 、理解出来ないのだ その発動工程がどうやっても

『まず最初に全ての本質を見抜きます』なんてのが使用の第一分にあるのだから、使用なんか出来っこない、これは理論上可能とするだけの魔術だと断じていたのだが…、まさか使い手が今の時代にいるとは

「素晴らしい…素晴らしい、識確魔術は明確に人類の上に存在する魔術、それが我が手にあれば 魔術の解放は達成したも同然…、誰ですか!の使い手は!なんとしてでも 確保しなければ!」

「孤独の魔女の弟子 エリスです、彼女はかつてよりその才能の片鱗を覗かせていましたが、この度 完全にその才覚を覚醒させたようです」

「エリス…エリスか、くく 分かった、この後すぐに確保に向かおう」

イシュキミリは笑う、彼の本願たる魔術の人類からの解放、それはきっと識確魔術があれば実現する、識確魔術さえあれば魔女なんかどうでもいい ガオケレナの果実なんてどうだっていい、今すぐエリスを捕らえに行こうと浅く笑うと…

「エリスちゃんはダメでちゅ!、横取りは行儀が悪いでちゅよ!」

「は?」

止めるのだ、ティーちゃんが エリスはダメだと

「何故止める」

「エリスはティーちゃんの部下の物でちゅ、あの人がティーちゃんの組織に正式に加入する条件がエリスの殺害だから、ティーちゃんはボスとして部下の願いは守らなくてはならなんでちゅ!」

「なんでまた…チッ」

イシュキミリは何度も舌打ちを鳴らす、ティーちゃん自身は怖くも何ともない、だがたった五人でマレフィカルム最強と言われる組織のうちの一人が エリスを狙っている、となればイシュキミリも彼の組織メサイア・アルカンシエルも手出しが出来ない

罷り間違って五凶獣と戦争になんてなったら……

そう、イシュキミリが悔やみ机を叩く様を全員が楽しんで見ていると

それは突如として天井より現れる

「それにどの道貴方じゃあエリスちゃんを好きには出来ませんよ!」

そんな言葉と共に天井より飛来し、八人の囲む円卓の中央に着地し ふわりと灰色の髪を揺らす、その女の姿に 全員が見覚えがあった、その女の姿には…全員が心を揺らす

「お前、ウルキか…珍しいな、この場に現れるなど」

「イノケンティウスさんお久しぶり、また老けましたね」

ウルキだ、かつて魔女と争い敗れた原初にしてマレフィカルムを形成したセフィロトの大樹の前身となった魔女排斥組織 『羅睺十悪星』の中核メンバーたる彼女が、現れたのだ

「ウルキ叔母さん!」

皆がウルキの登場に戦慄する中、ティーちゃんだけが目を輝かせ机の上によじ登り始め…

「うふふ、私は貴方の叔母さんではないですよ?、おっとハイハイでこっちにするのはやめましょうね、体をよじ登らないでください?おっぱいの時間じゃありませんし私もそもそも母乳出ないんですけど」

「ウルキ叔母さん!」

「ああ、もう」

グイグイと体をよじ登るティーちゃんを引き剥がし取り敢えず抱っこする、何故叔母さんなのか、血縁的な由来は全くないはずなんですがねぇー

「どういう意味だ、ウルキ」

そんな光景を無視してイシュキミリはウルキを睨む、自分ではどうにもならないとはどういう意味だと歯をむき出しにし激怒する、するとウルキはそんな怒りさえ軽く受け流して

「そのままの意味ですよ、どう捉えてもらっても 結果は変わりませんし、私の可愛い妹弟子をなんとかしたきゃ その長い反抗期を終わらせてから言ってくださいよ、お坊ちゃん」

「お前…!!!」

「いやーん、血気盛んですねぇ、親の教育がなってない証拠ですね」

事実、ここでイシュキミリがウルキに刃向かったとて、ウルキは歯牙にも掛けず彼を殺すだろう、ウルキは魔女に匹敵する存在、真っ向から挑んでも勝ち目がないことはわかっている、ムカつくが そんな事も分からない程にイシュキミリはバカじゃない

「それより、ウルキよ お前がここに現れた理由を話せ、ただ顔を見せに来た と言うほど、付き合いがいい女だったか?お前」

「ふふふ、まぁ そうですね、私はただここにアレを連れてきただけですよ」

「アレ?」

腕の中で親指をしゃぶって眠り出したティーちゃんを抱いたまま、ウルキは扉の方を見る、この空間唯一の出入り口である扉を、その向こうに連れてきたという人物が…

全員の視線が注がれた瞬間、その扉が勢いよく開き…

「はぁ…はぁ…」

その向こうにいたのは、女だ…肩で息をしながら、焦った顔でこちらを見ている…それは

「マルクト?」

イノケンティウスが目を丸くする、マルクトだ、セフィロトの幹部で大いなるアルカナのボス、世界のマルクトがそこに立っていた

「…あれか?、連れてきたというのは」

チラリとウルキの顔を見ると、彼女はニコニコ笑うばかりで何も言わない

その間にマルクトは円卓に駆け寄り

「皆集まっているとは好都合だ!、頼む!力を貸してもらえないか!、人員でもいい兵器でもいい!、何でもいいから貸してくれ!」

そう、縋り付くように マルクトは円卓に駆け寄り八人に頼み込むように頭を下げるのだ、それを全員が冷めた目で迎え

「断る」

と イノケンティウスが代表するように答えを出す、お前に力は貸さないと、その言葉を受け マルクトは目を剥き

「何故だイノケンティウス!、私は今帝国と戦争をしているんだ!、上手くいけば魔女を殺せるかもしれない!、その為には戦力がいるんだよ!分かるだろ!」

「その戦力をお前は持っていたはずだ、太陽のレーシュ 審判のシン 宇宙のタヴ、この三人はかなりの大戦力であったと記憶するが?、これがあれば十分だろう」

「アイツらはダメだ!、私の言うことなんか聞きゃしない…」

「なら尚のことだ、自らの力も御する事が出来ないお前に、誰が大切な配下を貸し与えるか」

「それは…!」

イノケンティウス達は見抜いていた、こいつは組織を道具としてしか見ていない、自らの地位を確立するための道具としか、そんな奴に部下を貸し与えても使い捨ての駒にしかならないことを

「お前は小者だ、せせこましく立ち回り セフィロトの末席を確保しただけのな、運良くタヴ達という人材を手に入れても、それ活かせない時点で お前の程度は知れていたのだ」

「私に非がある言いたいのか!、私の部下だ!私の言う通りに動いて当然だろう!、いいから戦力を貸せ!、私は…私はここで終わるような人間じゃない!」

「いいえ終わりですよマルクト、先程アルカナ全滅の報が届きました」

すると、口を開くのはジスだ 闇から現れたメイドが持ってきた書簡に目を通しながら口にする、アルカナ全滅の報を

「何?アルカナ全滅とな?」

「惜しいことをしたな、タヴやシンは余でさえ欲する程の人材…それをみすみす使い潰すなど、これは責任を問われるのは自明の理であるな、マルクトよ」

クレプシドラとイノケンティウスは責めるようにマルクトを見る、マルクトは小者だが その部下であるタヴとシンは違った、実力 精神力 共にマレフィカルム随一の物、上手くマルクトの下から引き抜けないかと思案していたのだが、二人はアルカナに固執していた

故にその意思を尊重したが、裏目に出たかとイノケンティウスは自らの額をトントンと指で叩く、苛立ちを露わにしながら

「そ そんな、私は悪くない!私の言うことを聞かない奴らが悪いんだ!、い 今に見ていろ、アルカナよりも優秀で従順な代わりをすぐに用意してやるからな!」

されどもマルクトは諦めない、既に見切りをつけていたアルカナ一つ潰れてもこいつは諦めないだろう、時間の無駄だなとイノケンティウスは断じると

「それで?、ウルキ こいつのくだらない与太話を聞かせるために、我らは集められたと言うのか?」

「いいえ、違いますよ…」

「与太話だと!…くそ、くそ!私は諦めないからな!」

マルクトは無駄と分かると後退りしながら負け犬の後文句を残す、一歩 一歩後ろに下がる

「私だってセフィロトなんだ、私だって偉いんだ、戦力さえあれば…戦力さえあれば誰も私を疑わない…!、力さえあれば!」

一歩下がる、その後ろに 誰が立っているかも、知らずに

「私は『世界』のマルクトだ!この地位は私のものだ!、渡さない!誰にも渡さないからな!」

地位に固執し 部下さえ裏切り、自らも信用出来なかった女は叫ぶ、背後に立つ人物にも気がつかず、遅れて入ってきた『本題』にも…気がつかない

そして…、それは訪れる

「私は 私は!…げはぁっ!?」

突如、マルクトの腹から手が生えてきた、血濡れの腕が …いや違う、背後から貫かれたのだ、後ろに立つ その男によって

「な…んだ…これ、…だ れだ…お…前」

「死ね」

くちゃくちゃと口の中の物を咀嚼しながらその男は呪詛を一言口にすると共にそのままマルクトを投げ飛ばし、殺したのだ たった今、セフィロトの幹部の一人を、呆気なく 一撃で

「ほう、これか 本題とは」

「なるほど、噂には聞いておったが、いやに素晴らしいな、流石は最高傑作と呼ばれるだけはある」

誰もマルクトの死に目もくれず、現れたその男に目を向ける

豪奢な威容は王者のそれ、身に纏う気配は魔王のそれ、真っ白の髪と紅の瞳をするそれは、まるで何かの間違いで人に生まれてしまっただけの怪物だ

それは見ただけで人を恐怖させる、血濡れの腕と並び煌めく牙 魔女さえ殺す呪いの具現たる彼を指して、ウルキは祝うように声高に口頭を述べる

「では 今宵のメインイベント、今日この日より彼をセフィロトの大樹の幹部へ迎えることとなりました、ちょうど今 ゆくゆくは総帥に代わり皆様の王となられる 魔女狩り王ですよ」

だろうな となんとなく察していたイノケンティウス達は、その男を迎えるように立ち上がり 手を叩く、彼が総帥に代わるならば文句はない、この世で最も魔女を殺す可能性の高い男に 我らの全てを託すなら文句はないと

ただ男はそれさえも興味なさげに受け流し、ドカリと円卓に座る、まるでここは俺の物だと言うように…

「ちょうど今 『世界』の座が空いたのでそこに彼を入れようと思います、世界…改め『王国のマルクト』、その名を受け継ぎし彼の名を皆さんせーので讃えましょう、そう 彼の名を 魔王…いいえ」

ウルキは指し示す、魔女排斥の未来を背負い 魔女世界を終わらせる魔王の名を、世界のマルクトを殺し 代わりに『王国のマルクト』の名を襲名せし彼こそが

「蠱毒の魔王 バシレウス・ネビュラマキュラの名を!」

バシレウス…、その名は表の世界でも響いている、マレウスの国王に就任した 若き王、そして ネビュラマキュラ家の千年を超える執念の末生まれた 史上最強の魔王、それが今 マレウス・マレフィカルムへと踏み込み セフィロトの大樹の幹部へと召し抱えられたのだ

祝うように手を叩かれるバシレウスは怠そうにウルキを見ると

「お祝いする為に俺を呼んだわけじゃねぇよなぁ、クソ女…」

「ええもちろん違いますよ、貴方には会っていただきたい人間がいるのです、ねぇ?ちゃんと連れてきましたよ、…総帥様」

今度はくるりと反転し、ウルキは部屋の奥 何もない壁の方を向いて恭しく、態とらしく礼をする、総帥?そんな彼女の言葉を受けると…

淡く…淡く光り始める、壁が いや…壁と思われていた其処が、まるで壁の代わりのように横断していた樹木のカーテンがガサガサと音を立てて意思でも存在するかのように動き始める

「…あいつは?、木みたいな人か?それとも人みたいな木か?」

バシレウスも立ち上がりそちらを見る、樹木のカーテンに区切られた向こうにはさらに空間が広がっていた

青く吹き出る奇妙な泉の中心に生えた巨大な漆黒の樹木は、その根や枝を部屋中に這わせそ 覆っているのだ、何より特筆すべきは中央の樹木

見ればその木の中頃から…生えてくる、女が

「いいえ、あれは人でも木でもありません、彼女こそがこのマレウス・マレフィカルムを創設した始まりの組織 セフィロトの大樹を統べし存在、みんなは彼女のことを総帥と呼びますが、私と貴方だけはこう呼ぶとしましょう」

ぬるりと現れた女は、黒い髪地面に垂らし 黒いローブを泉に濡らし、およそ人間とは思えぬ出で立ちで…見る、エメラルドのような瞳で バシレウスを

「今は別の名前を名乗ってるみたいですが、私たちはこう呼びましょう…、『生命の魔女』 ガオケレナ・フィロソフィアと、彼女が貴方の師匠になるお方ですよ、バシレウス」

「………………」

「お久しぶりですね、レナちゃん、元気そうですね」

「………………」

ガオケレナは答えない、顔を下に向けたまま、何も言わない まるで木が喋るわけないと言わんばかりに

「おい、あいつ口が聞けないんじゃないのか?」

「あー、いえ、今気分が悪いみたいですね、自分の分け身であるニビルと都合のいい駒のヴィーラント、そして自らの果実も失って大損こいてるんで…、まぁ 大丈夫ですよ、色々物事はいい方向に進んでるので」

「…そうかよ、どーでもいい」

「はいはい…、さて」

生命の魔女 そう呼ばれた存在を前にしてもバシレウスは表情を変えず、射抜くようにガオケレナを睨む

この出会いが、この世を終わらせる…この二人が合わされば 確実に魔女の世を終わらせられる

…さぁてエリスちゃん、そっちは順調ですか?、こっちは詰めの手に取り掛かってますよ?、このまま私の好きにさせたら私…勝っちゃいますよ

マレウス・マレフィカルムと八大同盟 そしてバシレウスとガオケレナ、シリウス様復活の手札は順調に揃ってますが

その前に一発しかけるので悪しからず、そして 最初の一撃が様子見だと甘く見ないほうがいいですよエリスちゃん、案外 初手から本命かましてくる事も、あるかもしれませんしねぇ

心の中で妹弟子を思いながらウルキは笑う、この世の崩壊と シリウス様復活の兆しを感じて、エリスを試すように 世界は…急速に動き始める

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