孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

257.其れは最初に生まれた魔女の弟子、或いは最後に出会う魔女の弟子

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「うぉっ!、この宿すげぇな!、貸し部屋にキッチンがついてるぜ!、こんなの軽い家みたいなもんだな!」

「うわっ!、見てください!本棚に聖典があんなに…」

「む、しかしこの寝室…ベッドが四つしかないぞ…」

雪の降る国 オライオン、その雪原を超えてたどり着いたユピテルナの街にて子供達の案内にてようやく一つ宿を取ることが出来たエリス達は一行は、部屋に入るなり皆緊張の糸が切れたのかフラフラとあちこちに散っていく

アマルトさんはキッチンを真っ先に観に行き ナリアさんは本棚を、メルクさんは寝室を見に行き…、この宿はかなりいい宿だ エリスが保証する、値段の割に複数の部屋を一気に貸してくれたお陰で六人が一度に泊まっても何ら問題は起こりそうにない

しかし

「皆さん、なんだかんだ 重圧を感じていたんですかね…」

エリスは宿の机について あちこちに散らばる仲間たちをみて苦笑いを浮かべている

こうして宿を取り周りの目がない空間に入り込んだ瞬間、みんな一斉に緊張の糸が切れて好き勝手に行動し始めたんだ、その行動には半ば興奮さえ見られる、これがナリアさんだけなら別にいいが アマルトさんやメルクさんまで動き始めたのだから 余程この環境にストレスを感じていたんだろう

厳しい寒さと、怪しまれれば即刻終わりの可能性があるオライオンでの旅…、いくらみんなでも やはり精神的負担は大きいようだ

「これは、みんなの精神的な負担を考えると、あんまり無理して進めないかもな…」

するとエリスの隣に座るラグナはどっしりと構えながら腕を組み、あちこちで動き回るみんなを眺めている、その表情は外に居た時と変わらない

緊張の糸を緩めていないのか、そもそも緊張していないのか、どちらにしても やはり彼は大物だな

「エリス様 ラグナ様、コーヒーを入れて参りました」

「あ、メグさん」

ふと、机に着くエリスとラグナの前にコーヒーが差し出される、まだ宿に入って数分しか経ってないのに メグさんは相変わらずだな、彼女もまた外に居た時と表情が変わらない、こちらは普通に緊張を途切れさせていないのだ 流石は帝国のメイド長、いついかなる時でも気は抜かないか

「ありがとう、メグ…随分準備がいいな?、カップからコーヒーまでいつのまに用意したんだ?」

「いえ、こちら私の屋敷に置いてあった物を使っただけです、オライオンに来る前に 一息つくようにコーヒー事前に作っておいたのです」

なるほど、見てみればこのカップ 帝国の屋敷に置いてあった物と同じだ、恐らく宿に入るなり時界門を使い一旦帰宅し そのままコーヒー片手に戻ってきたんだろう

何というか本当に便利な魔術だなぁ、いつでもどこでも帰りたい放題で 何でも取り寄せる事が出来るんだから、なんてしみじみと飲むコーヒーの温かいこと、この寒さだと身にしみますね

「…そうか……」

「おや?、どうされました?ラグナ様」

「…いや、なんでもない 頂くよ」

しかし、ラグナの暗い声がやや響き その神妙な面持ちがコーヒーの黒に映る、不満ではなく不安が色濃く残るその一言にメグさんは首を傾げながらも深くは問い詰めない、本人から話す気が伺えないからだろう

事実、ラグナは話さないと決めたら意地でも話さないが、必要ならきちんと共有してくれる男だ、その辺は問題ないけれど…

「さて、そろそろ進行の為のルートを決めておきたいが、メグさん 地図はあるかい?」

「勿論でございます、こちらに…、アマルト様 メルクリウス様 ナリア様もこちらへ」

「あ 悪い悪い」

遊んでいるみんなにも声をかけて、スパーン!とテーブルに広げる広大な地図は 間違いなくオライオンの地理地形が書き込まれている…

オライオン、東西に長く横に伸びるような地形はアルクカースにも似ており、中央都市 聖都エノシガリオスを中心に円を描くように街々が配置されている

南北両方の海に面しているが、そのどちらも一年を通して凍結しており 船は近寄る事ができない、唯一の港はアジメクへ通じる不凍港のみである、全てが終わったら ここからアジメクへ帰るのだろう

それは良いとして、問題はこのユピテルナから聖都エノシガリオスへの道だ…

「これは…、どう行くのが正解なんだ?エリス」

「そうですね、…エリスが思うにルートは三つありますね、これは」

ジッとユピテルナ近郊を見てルートを模索する、ユピテルナとエノシガリオスの間にあるものといえば…

まずここと聖都を結ぶ直線上に存在する壁のような物がある、ポルデューク二大山脈の一つとして知られる『ネブタ大山』だ、そこから伸びるように出ている森林地帯と平原、これを大きく迂回し避けるように建てられた街や街道がある

ここから導き出されるのは安全なもの比較的安全なもの 危険なものの合計三つのルートが存在する

それは

「まず一つ、『街道を行くルートです』」

これはある意味正規ルートと言えるルートだ、ネブタ大山と森林地帯を大きく南下するように迂回するルートがある、このルートの利点は街を経由していく為物資補給が安易であり 人が住んでいるということは比較的自然の危険度が低いことにある

ただ、時間がかかる…し、他にも問題がある

「二つ目が森林地帯と平原を突っ切っていくルートです」

ネブタ大山の麓にある森を突っ切ってその先にある平原も踏破するルート、街道ルート程じゃないが道中ある程度街もある、利点はやはり時間か… ある程度直線に行く為到達時間が短いことにある

ただ、森林には魔獣や猛獣が跋扈しており 平原には吹雪が吹く上あの銀世界だ、最悪方向を見失う可能性もある

「三つ目が、ネブタ大山を踏み越えていくルートです」

直線を遮るネブタ大山を直接突っ切って進むルート、何もかもを無視して進むからまぁ時間がかからない、おまけに道中一切の街もない 何もない、ネブタ大山を超えて雪原を突っ切ればもうエノシガリオスだ

問題があるとするなら、ただひたすらに危険ということくらいか、ただでさえ寒い上更に山に登り、一切の補給無しに山へと挑めば 何人か死ぬかもしれない

「以上の三つになります、皆さんどれがいいですか?」

「………………」

みんな考える、目的と制限時間、そして安全性と所要時間を天秤にかけて 何がベストかを…、するとおずおずと手を挙げるのはナリアさんだ

「あの…、僕 この広大な平原を突っ切るルートは絶対にやめたほうがいいと思います」

「そう言えばオライオンに環境的に一番近いのはエトワールだったな、意見を聞かせてくれるか?」

とラグナがほほうと息を吐く、確かにナリアさんはこの中で最も環境的にオライオンに近い国にて幼い頃から旅をしている、ともすればこの絶対零度の国での歩き方はエリス以上に熟知しているかもしれない

「まず雪原って本当に何もないんです、さっきも見たかもしれませんけど 目印になるものが何にもないんです、前に進めているのか 本当に進んでるのか分からない恐怖は旅人を蝕みます、何より遮るものがないからブリザードが起こった時逃げ場がないんです、エトワールでも雪原を歩くのはご法度とされてます」

「なるほどな、山や森より雪原の方が怖いのか…」

「はい、まぁ森も山も怖いですが僕達エトワール人からすれば雪原の方が怖いですね、吹雪に巻かれれば人は死にますから」

確かにエトワールでも雪原を歩くのはダメと言われていた、故に馬橇は街道と街道を繋ぐルートしか進めないことになっていたのだ、オライオンにそういう決まりはないが エトワールより環境的に厳しいここも同じ事が言えるだろう

「だから街を進む方が…」

「いや、街も街で考えものだぞ?、ここを見ろ」

続けざまにメルクさんが口を開き、地図の一点を指差す…それはネブタ大山を迂回する街々からさらに南へ下った地点にある大きな円形、そこに書かれた名を読み上げるなら

『プルトンディース大監獄』の名が刻まれている

「プルトンディースがここにある、お前達も知っているだろう…オライオンには世界一の大監獄が存在することを」
 
そうだ、オライオンには世界一の大監獄が在るのだ、その名もプルトンディース大監獄、この国のあらゆる悪人を収容し絶対に逃さないことでも有名な大監獄であり かつてここから脱獄出来たのは山魔モース・ベヒーリアただ一人のみと言われている

「プルトンディースは軍の管轄下にある、つまりこれも立派に軍事施設なのだ、もし街で下手をこけばあっという間にここから神聖軍が殺到し 我々は雪原に追いやられるだろうな」

最悪ここに閉じ込められる可能性もある とメルクさんが言えばナリアさんがゾッと顔を蒼ざめさせ、メグさんもそれは困りますねと深刻に表情に影を作る

ポルデューク人なら誰もが知っているプルトンディースの恐ろしさ、エリスも何度かここの恐ろしさは聞いている、なんでも…この監獄には『刑期』が無いらしい、つまり一度入ればもう二度と出られない

ただ唯一外へと出ることができるのはテシュタルの教えにある『悪人にも更生の機会を』という言葉から、監獄内部でテシュタル教徒になれば外に出られるとのこと

なんだわりと簡単に出られるじゃんと思うかもしれないが、…一度 世紀の凶悪犯罪者として知られた男がこの監獄に入り 次に外に出されたその時、既にその男は心の底までテシュタルの教えに染まっていたらしい

出てくる人間全員がテシュタルの教えに洗脳されて出てくるのだ、…故に入れば獄中で死ぬか 頭の芯までテシュタル教徒になるかのどちらかしか無いのだ…

恐ろしい話だ、絶対に入りたく無い、というかエリスはもう檻の中は懲り懲りなんだ この旅で何回檻に入れられたと思ってるんだ

「でもよ、街もダメ雪原もダメじゃこのネブタ大山しかないぜ?、言っとくが俺は嫌だぞ?、窓のそこから見てみろあの山、コルスコルピにあんなでっかい山ないぞ」

「ああ、…規模で言えばカロケリ山にも匹敵するかもな」

窓の外に目を向けるアマルトさんとラグナは それだけで辟易する、ここからでも見えるんだ 遥か彼方にあるにも関わらず 視界を覆うような巨大な山が…、あれを踏破するのは無理だろうな、熟練の探検家が数年単位で準備をして 漸く踏破の可能性が生まれるほどだ

エリス達にそれは無理だ、いや或いはエリスだけなら行けるか?…高さはアニクス山と同じくらいだし…、まぁエリスだけが踏破しても意味はないが

「うぅーん…、難しいなこれ…どれも危険だ」

そうだ、ラグナの言う通り どれが一番いいと言うことはない、どれもがどれも一律で危険だ、何を取り 何を捨てるかだ、

すると

「ところで馬橇はあるんですか?」

そう ナリアさんがキョトンとしながら手をあげる、ああそうか 移動するなら馬橇がいるのか、まぁ それもメグさんなら…

「いえ、ございません、帝国には雪が降らないので」

「えぇっ!?無いの!?」

「はい、ございません 馬車ならありますが」

無いのか…、確かに帝国はカノープス様が暑いのも寒いのも嫌いということでその影響により比較的温暖な気候でまとまっているためポルデュークでありながら雪は降らない

しかも、帝国には転移魔力機構という全ての移動具を過去のものにする画期的な物がある反面、他の移動ツールは無いに等しいのだ

「帝国で新たな馬橇を作ったりエトワールからの輸入も考えましたが、サイズがサイズであり馬の用意もしなければならないので、こちらで確保する方が良いかと思いまして」

「まぁ確かに、この国境の街なら馬橇も買えるだろうけど…、メグの倉庫にも無い物ってあるんだな」

「はい、この世の全てを屯集しているつもりですが、如何にもこうにも、次からは最上級の馬橇をご用意しておきます」

まぁ、ここで確保して乗り捨てるくらいのつもりで居た方が早いというのは分かるが、メグさんの倉庫にも無い物がある というのは驚きだ、まぁ大体のものは揃っているが使う機会が一切考えられないものは置いてない ということもあるわけか、覚えておこう

「なら会議も煮詰まったことだし、馬橇の確保に向かうか」

するとアマルトさんが徐に立ち上がり ラックにかけてあるジャンバーを羽織る、会議に煮詰まったから空気を変える…か、いいと思う、こういう時は外に出て歩き回った方がいい案が浮かぶだろう

「じゃあエリス メグ、一緒に行こうぜ」

「え?俺たちは?」

「お前は目立つから留守番、序でに食材でも買ってきてやるよ、メグが食材を用意してるって言っても やっぱ折角オライオンに来たんなら オライオンの食材ってのがどんなものか、見ておきたいしか」

アマルトさんが連れて行くのはエリスとメグさん、ナリアさんラグナメルクさんはお留守番…と、まぁ一々六人全員でゾロゾロ移動して回るのもアレだしね、ここは料理に精通した三人が一緒に行動 っての方がいいかもしれない

「分かったよ、ならこっちはこっちでどのルートで行くか決めておく、代わりにアマルトさんと達は馬橇の確保とメチャクチャ美味い肉を手に入れてきてくれ」

「別に肉だけ買いに行くわけじゃねぇよ…」

「エリス達に任せてくださいラグナ、晩御飯 期待していてくださいね」

「お金は帝国が負担するのでご安心を」

外に出るため揃ってジャンバーを着込み、エリス達は再び空風吹き荒ぶ外の世界へと扉を開けて出かけていく、停滞していた会議に動の空気が齎され 再びエリス達は動き始めるのだ

「………………」

バタン と部屋の扉が閉まり、その場にはラグナとメルクリウスとサトゥルナリアの三名が取り残される、料理に覚えのない三人はエリス達について行く意味がないからだ

「……フゥ」

些か静かになった空気の中、ラグナは物思いに耽るように息を一つ吐いて、コーヒーを飲む 些か苦い…

「どうした?ラグナ、さっきから難しい顔をしているが、ルートを決めかねている…というわけではないんだろう?」

「ん?…あ、ああ」

ふとメルクさんの呼びかけにラグナはやや答え辛そうにしながらも首肯する、実際のところ ラグナはこの三つのルートの中からどれにするか 半ば決まっていると思っている、そこについてはあまり悩みはない

ただ、今頭を悩ませていることがあるとすると

「…メグの魔術と倉庫…か」

チラリとラグナが見るのはマグカップだ、これは屋敷に置いてあったもの それを瞬く間に取り寄せコーヒーを用意するメグさんの腕と魔術を見て 一つ思ったことがあり、その内容が今 彼を悩ませている

「メグさんの魔術ってすごいですよね、どんなものでも直ぐに持ってこれるなんて 便利な魔術です」

「だな、まるで夢の魔術だ あれがあるなら職場と自宅を即座に行ったり来たり出来る、正直私も羨ましいと思っているよ」

ナリアさんとメルクさんはメグさんの魔術を見て その凄まじさに呆気を取られているようだった

ラグナもまた 凄いと思っている、なんたって俺たちはさっきまで帝国の宮殿に居てそこで宴会してたんだぜ?、なのに 一瞬でオライオンに移動して 直ぐに冒険を始めることが出来た

未だに感覚がよく分からないことになっている、本当にオライオンにいるのか?と未だに俺の感覚が混乱しているのを感じる、あの魔術があるならこの国での冒険は比較的簡単なものになるだろう

そう…思っていたんだがな、少なくとも帝国にいるまでは

……………………………………………………………………

「馬橇って借りられるんだ、へぇ 便利だな」

「ええ、馬橇は全てテシュタル教会が管理していますので、目的地に着いたら教会に引き渡してくれれば良いですよ」

エリス達はユピテルナの街の端にあると言う馬小屋に、馬橇を買い付ける目的で赴いたのだが着いてびっくりその馬小屋とはただの馬小屋ではなく 『動物達にテシュタル教の教えを広める動物専門の宣教堂』だったのだ

神々しい白と黒の豪華な建物に、犬や猫と言った動物達が集まり その子達に神父が施しを与えている、いや神父達だけじゃない 街の人たちが次々と訪れ動物達を可愛がりながら餌などを与えて面倒を見ているんだ

国民全員がテシュタルの教えに従う教徒だからこそ、実現する光景、みんなテシュタルの教えに従いか弱い動物を守るため 街単位で動けているんだ…、すごいなぁ

「しかし、なんつーか …ここの馬ってデケェんだな」

チラリと馬の借用の書類を書き終わったアマルトさんが見つめるのは、馬舎から顔を覗かせている数頭の馬だ、頭だけしか見えていないが その圧倒的なガタイの良さは直ぐにわかる

このポルデューク大陸の雪を超える橇馬はデカい、それはエトワールで見て学んだことだが なにやらこのオライオンの馬は更にその一回りはデカいような気がするんだ

「ふふふ、皆様は旅人ですね?」

「えっ!?な なんで分かったんだ?」

「いえ、珍しいことではありません、このオライオンの馬は特別ですからね」

するとここの動物達の管理をしている神父が可笑しそうにくつくつと笑うと…

「あれはオライオンの固有種 『砕氷馬ブレイクエクウス』という種類の剛力馬と申しまして、このオライオンの厳しい環境に適応するようにテシュタル様から祝福を受けた存在なのです」

「砕氷馬…ってことは」

「ええ、雪だろうが氷だろうが踏み砕いて進める力を持っております、馬橇を引かせればもう瞬く間に雪原さえ踏破出来る優れた馬でしてね、このオライオンで生きていくには必需の存在と言えるでしょう」

その力は雄牛に勝り、その速さは雪の中なら駛馬に勝る、雪を掻き分け氷を砕き 瞬く間に雪原を踏破するように進化したオライオンの固有種か、確かに凄まじい筋肉と大きさだ あれならそれも実現出来るだろう

「へぇ、いい馬だな」

「ええ、ここには居ませんが神聖軍が保有する軍馬や神将のみに与えられる神馬なんかはもっと凄いですよ、あっという間に街から街へ移動出来るのですから」

「…なるほど」

当然 軍が保有する馬はここにいるような馬と違い 調教され訓練された選りすぐりの馬ばかりか、これは 雪原でチェイスになったら 勝ち目はなさそうだな

「ただ、気をつけて頂きたい点が一つありまして」

「ん?、なんだ?」

「ブレイクエクウスはとても臆病な性格をしておりまして、大きな音にとても弱いのです、その上パニックになるとそのパワーで暴れ回るのでとても危険で、もしそうなった場祈るのではなく逃げることをお勧めします、テシュタル様の『その場に立ち尽くし祈る者に降りかかる災い、足を動かす者に及ぶこと無し』という教えの通りでございます」

「あの図体でビビリなのかよ、すげぇな…わかったよ」

「ええ、それを承知して頂けたのなら、今から外の馬舎に向かいお好きな馬をお選びください、私は 今から他の子達に餌を与えてくるので」

「あいよー」

軽くブレイクエクウスについて説明をもらい、アマルトさんとエリス達は教会の扉を開き馬舎へと足を移す、しかし凄い馬がいたもんだ やはり世界は広い

「さてと、どの馬にするよ エリス」

教会の奥へと消えていく神父さんを後ろに見て、エリス達は宣教堂に併設されている馬舎へと雪を踏みしめ足を運び それらを見る、居るのは三頭 だがどれも良い毛並みをしている、きちんと手入れされている良い馬だ

「どれでもいいですよ、どの子も良い色艶をしているので」

「でしたらエリス様、真ん中の子にしませんか?顔が可愛いので」

「馬の顔に可愛いとか可愛くないとかあるんですかね…」

なんて他愛ない話をしながらブルルンと嘶く馬の目の前までやってくる、こうして目の前で見ると圧巻だ、エリス達の頭の上に鼻が来るくらい大きい、普通の馬の一回りふた回りくらい大きいな、これはよく食べそうだ

「しかしこんな図体しておきながらビビリとはなあ、呪術に使う用に毛の数本でも貰っておこうかと思ったが、こりゃ下手にいじると危なそうだ」

「ですね、こんな大きくて力強い馬 もし暴れたらラグナくらいじゃないと止められそうにありませんよ」

「あ、こうして近づくとあんまり顔可愛くない…、でも右隣の子はよく見るとお目目がクリクリでとても可愛く…、エリス様 やっぱりこっちにしましょう」

ポンポン とブレイクエクウスのお鼻を触って触り心地を確かめるメグさん…

と、その瞬間…

「うわぁっ!?」

「っ!?」

刹那、教会の方から悲鳴が聞こえるのだ、何かと思い三人で即座に振り返ると お盆に大量に皿を乗せた神父が教会に住まう猫のイタズラですっ転んで皿をぶちまけていたのだ

なんだ、ただのドジか…、びっくりしましたよ いきなり大きな声が聞こえてなにかと…、大きな…声

「っ!、アマルトさん!メグさん!」

「あ?なに…って!?」

「これは…!」

気がつく、エリス達の不注意で半開きになっていた教会の扉から 神父が先程あげた大きな声と 皿をぶちまける大きな音がこちらに届いていたことに、唐突に そして大きな音を聞いて驚くエリス達の他に もう一つ、ビックリしたであろう存在がここに…

「ヒヒィィィーー!!」

「やっっべ!こいつらビビって暴れてるぞ!?」

先ほどの音に驚き 馬舎の中で目を血走らせ暴れ狂うブレイクエクウスの嘶きに慌てて振り向くももう遅い、彼らはその臆病な性質ゆえ先程の音に敏感に反応し 驚いてパニックを起こしているのだ

その場で足踏みをするだけで馬舎に張り付いた氷柱が落ち、嘶くだけで空気が震える、もはやこれは魔獣レベルだ

「ど どうする!」

「どうするったって…」

鎮めるしかない、これが魔獣ならぶちのめして終わりだが彼らはエリス達の旅に随伴する存在であり この教会の所有物だ、殺すわけには傷つけるわけにもいかない、けどこれは…あ!

「おや、柵を…」

ブレイクエクウスのうちの一頭が狂って振り上げた足が柵に当たり、まるでスナック菓子のように粉々に吹き飛んでしまう、これで 彼らを外界から遮断するものがなくなり エリス達を守る物もなくなったということであり、それは…

「っっ!やば…!」

もう逃げよう!そう言うまでもなくブレイクエクウスのうちの一頭が暴れるように外に飛び出し 振り上げるように上体を起こしたのだ…、必然 それは目の前にいたエリスを大きな影で覆い、見たこともないくらい大きな蹄は エリスの頭の上に配置される

…あれが頭の上に落ちてきたら死ぬ、当たらなくとも分かる威力を前にエリスは動けない、ダメなんだ 何もかもが間に合わない…

「おい!逃げ…!」

アマルトさんが叫ぶ、メグさんが咄嗟にエリスを庇おうとする しかし、深く降り積もった雪が二人の動きを一瞬止める、その一瞬は致命である…エリスにとって

濃厚な死の気配を前に、エリスは…何もできず、迫る蹄を前に瞬きすら出来ずにただただ見上げ見ていた


その瞬間を


「フンッ!!」

刹那、飛んできた エリスの頭上を通り越し、迫る蹄の持ち主たるブレイクエクウスの頭目掛けて 巨大な腕が

「え?…」

その瞬間理解する、何者かによってブレイクエクウスの動きが止められたことを

しかし、同時に理解出来ない、伸びた腕はブレイクエクウスの頭を掴んでいるように見える、あんな高いところにある頭を掴める人間がいるか?ましてや数千キロはあるであろうブレイクエクウスの体を 腕一本で支えて止めるような事が出来る人間がいるか?、あるいはラグナなら止められるだろうが…ラグナの背丈じゃあんな高いところにある頭は止められない

何事、一体何が起きて…

「大丈夫…?」

「うわっ!?」

ヌッと見上げるエリスの視界の中に 頭が割り込んでくる、ブレイクエクウスと同じくらい高いところから 視界に割り込む頭、いや、顔はあまりに大きく 同じ人間とは思えない

「え?え?」

「ちょっと待ってて…」

するとその大きな頭の持ち主は再びブレイクエクウスに目を向ける

「ブルルン!ブルルン!ヒヒィィィーーン!」

「…落ち着いて」

「フガッッ!?」

ドスン と落ちるような低い声音が響く、太陽が落ちるような暗く恐ろしい声は激烈な視線とともに荒れ狂うブレイクエクウスを貫き、諌めた…

覆い尽くしたのだ、我を忘れるほどに暴れるブレイクエクウスのパニックを、純然たる強者が放つ純粋な殺意 その恐怖によって

「…ブルルン…」

「いい子いい子」

ブレイクエクウスの体を受け止め頭を撫でるその人物によって、ブレイクエクウス達のパニックは収められ 再び馬は落ち着きを取り戻し馬舎の中へと戻っていき…、これは 助かった…のか?

「…これで大丈夫、怪我…無い?」

再び 頭の上から声が響く、心配するような声が…それは間違いなくエリスに向けられ…ああ!、お礼を言わないと!

「す すみません!助けてくれてありがとうございマッッ!?!?」

慌てて振り向いて助けてくれた人物にお礼を言うためその姿を見て…、エリスは再び驚愕のどん底へと叩き落される…、見てしまったのだ エリスを助けてくれた人物、その姿を

「…………?」

「え…ええ、ええ…?デッカぁ…」

デカイのだ、振り向き見つめたその人物の背丈が、首を垂直に上に向けてようやく顔が拝めるような高さの背丈、エリスが今まで見てきた中で最も巨大な背丈…、いや 魔術を使ったり変身したりで大きくなる存在は見たことがあるが

この人は違う、素で大きいんだ…、なんて身長だ デティを二人並べてもまだ足りないくらい大きいよ、この人…

「どうか…した?」

目の前で首を傾げている巨人は、…全体像を見てようやく分かる、この人は女しかもシスターだ、清流の如き淡い水色の髪を胸元まで垂らし それを傾け、銀色の瞳はおずおずとこちらを伺う こんなにも大きいというのに人型としてあまりに美しく完成された造形をしていると同性のエリスでさえ思ってしまう

おまけに野暮ったいシスター服の上からでも分かる隆々の筋肉、手足は丸太のように太く 肉と筋肉が絶妙なバランスで形を作っているんだ

機能的にも、視覚的にも、あまりに完璧、完璧な人間…まさしく神に愛されし躯体を持つ存在 と言えるだろう

「い いえ、ただ…その」

「大っきくて…びっくりした?、ごめんね…」

しゅん そんな音が聞こえる勢いで眉を垂らし、助けてくれたというのに頭を下げて謝罪するのだ、こんなにも大きく強い力を持っているのに 心優しいというか引っ込み思案というか…

「い いえ、そんな…こちらこそ危ないところを助けて頂きありがとうございます、お陰に助かりました」

「…そう?、助かったなら よかった、テシュタル様の教えを守れた…、満足」

エリスの礼を受け取るなりむふーと満足気に鼻息を鳴らす彼女を見て、なんとなく思ってしまう

いい人だ、人を助けたというのに偉ぶらず 寧ろ自分の体の大きさで怖がらせてやい無いかと心配し、そして動物達に対しても怪我ひとつ負わせていない…、これがこの国のシスターか 天晴れですね

「この子達は怖がりだから…少しの音でも驚いてしまう…、テシュタル教的にはよく無いけど…、耳や視界を覆う道具か何かを使ったほうがいいと思う…、テシュタル教的にはダメだけど」

余程ダメなんだろうな、けど 確かにこのレベルの臆病な性格にはそう言う道具に頼らざるを得ないだろう…けど

「いいんですか?、テシュタル教的にダメなら この国ではご法度なんじゃ…」

「教義は法律じゃ無い…飽くまで努力目標…、それに テシュタル教じゃ無い人にまで 教義を押し付けるのも良くない…、私は宣教師じゃ…無いから」

「そうなんですね、助言して頂きありがとうございます」

「お礼…、嬉しい」

あんまり表情には出ない上に間延びした口調で伝わりづらいが、喜んでくれているらしい、お礼を言っただけで喜んでくれるなら百回でも二百回でもお礼を言いますよ

「それじゃあ、私は…これで…あ…う」

ふと、目の前の彼女が大きな体を揺らしておずおずと背後を気にし始めるのが見える、あの動物教会に用があるようだが…、なにやらお困りの様子 そんな匂いを感じるのだ

まるで、教会に行こうか 行くまいか、迷っているような、そんな気配を

この人はエリスの恩人だ、名も知らず 今会ったばかりだが恩人だ、恩人には恩にて報いたい、エリスに出来ることは少ないが、何か出来るならしてあげたいな

故に、聞いてしまう、引き止めるようにエリスは彼女に…

「あ、はい えっと、貴方は何をしに?…やはり他の人たちみたいに、動物達に施しを?」

「え?それもある…けど、今日は違う…最近ちょっと…忙しかったから、…だから 癒されに来た…」

癒されに?…ああ、動物と触れ合いにきたのか、良く見れば彼女は先程からウズウズと背後の教会にいる猫達を気にしているように見える、これは邪魔してしまったかな

「でも…やっぱり迷惑かな…」

「へ?、な なんでですか?」

「…私、体大っきいから…猫ちゃんやワンちゃんに怖がられちゃうかもしれないと思って…、その…教会に入れなくて…ごめん、貴方に…言うべきことではなかった…」

なるほど、どうやらエリスの予感は正しかったようだ、この人は教会に癒されに来た、何かは分からないが最近忙しかったから その疲れを癒しに来たんだ

しかし、そんな彼女を躊躇させるものがある、それはその圧倒的に巨駆、高い身長は個性にもなるが 彼女の身長はそれを逸脱するほどに大きい、ただなにもせず目の前に立ってるだけでも凄い威圧感だ

彼女は、それを理解している、自分はただいるだけで相手を威圧してしまうんだと、だから威圧させるくらいなら やっぱりやめようかな…なんて、自分よりも他人を優先しようとしてるのだ

「そうですねぇ、確かに 大っきいですね、貴方」

「うん、いつも…天井に頭ぶつけちゃう…痛い」

「そしてそれを気にされていると?」

「うん、私も…みんなみたいにちっちゃく生まれたかったな…」

む、それは違うんじゃないのか?、別に小さければ他人から怖がられないなんてことはないし、そもそもの話 彼女が大きいのは別に彼女の非ではないじゃないか

「あの、通りすがりの言葉でよければ聞いてくれますか?」

「……なに?」

「体が大きいのは 悪いことじゃないと思いますよ?」

エリスは思う、身長は高すぎるにせよ低すぎるにせよ 行き過ぎればどちらも不都合が生じるものだ、エリスの友達にはとても小さな子がいるけど あの子もあの子で苦労してる

けど同時に思うのだ、それは悲観すべきことではないと

「だって、体が大きければ それだけ沢山の人を抱きしめられます、頭が高ければ それだけ多くのものを見れます、他人に出来ないことを 貴方は出来るんです、それはとても素晴らしいことではないですか?」

「それは…そうだけど…」

「それにね?、体が大きくて怖がられるのは最初だけですよ、だって貴方優しいですから、恐れず話しかければ直ぐに打ち解けることが出来ますよ、猫だろうが犬だろうが 人だろうがね?」

結局は人柄よ、これで彼女が踏ん反り返って暴言を吐きまくっていれば それは身長関係なく恐れられる、けど彼女はそんなことはしない だって心優しいから、それをエリスは知っている

恐れられるという事を恐れず、見ず知らずのエリスを助け 剰え馬達を傷つけずこの場を収めた、それは彼女の力と人柄があったからこそ、彼女が彼女だからこそ 成し得た偉業なのだ、それを エリスはもっと誇ってもいいと思いますよ?

「だから大丈夫です、まずは貴方が恐れず近寄るんです、そして抱きしめて 撫でてあげれば直ぐに仲良くなれますって、ね?」

「……貴方、優しいね」

「え!? そ そうですか?」

知った風な口を聞いただけな気がするが、それでも彼女は大きな瞳をキラキラ輝かせてズイと顔を寄せてくる、うう 凄い圧迫感…けど、怖くはない 彼女はただ大きいだけの優しい子なんだから

「みんな私の体を神のご加護だって褒めてはくれる…けど、それは恐れていないだけで畏れてはいる、…貴方みたいにそんな風に言ってくれたのは…初めて」

「そう…ですか?、まぁ個人的に思った事を言っただけですが」

「分かるよ…そんな風に思えるってことは、貴方も…とっても優しいって」

相変わらず彼女の表情は乏しく 変わることはないが、それでも分かる 今彼女は微笑んでいる、満面の笑みで そんな気がするんだ、そっか エリスも優しいのか…、優しくあれているなら それでいいです

「じゃあ、私…恐れず猫ちゃんに抱きついてみる…頑張るね」

「はい、頑張ってください」

「うん…勇気をありがとう、名も知らぬ君よ…」

すると彼女は軽く手を挙げのしのしと音を立てて雪を踏みしめ、教会の方へと消えていく、…いい人だったなぁ

「いい人に助けられちゃいましたね」

「……エリス様、今すぐこの場を離れましょう」

「へ?」

ふと、横にいるメグさんを見れば なにやら青い顔をして冷や汗を流しているのが見えた、まるで 死神でも見たかのような そんな顔だ、一体どうしたと言うのだ

「あの、どうしたんですか?そんなに青い顔して、ブレイクエクウスがそんなに怖かったとか?」

「そうじゃありません…!、…まさか気がついていなかったんですか…!?」

「何にですか?」

するとメグさんは慌てたようにエリスの手を掴み その場から離れるように 逃げるようにエリスとアマルトさんを引っ張り街の方へと向かっていく

なんだなんだ、一体何に気がつけなかったと言うのだ…

「エリス様、思い出してください…凄まじい背丈 圧倒的怪力を持つこの国の人間、それに思い当たる節はありませんか?」

「背丈…怪力?」

確かにあの人は凄まじい背丈を持っていた、巨軀で知られるアルクトゥルス様よりも尚大きい、巨人といっても差し障りない巨体…、それに氷さえ砕くブレイクエクウスの体を片手で難なく受け止める超人的怪力…

それを持つ、この国の人間…といえば

思い当たる、一人 該当する人間がいる…、まさか


「なんと言う偶然でしょうか、或いはなんと言う不運、まさかこの国に入り真っ先に出会うとは、この街に彼女がいるとは…!」

「も もしかして、今の人…」

「ええ、間違いありません、彼女は…」

チラリと遠ざかる教会を見て、目を細めるメグさん、そうだ 今のは…今のは間違いなく

「教国オライオンに於ける最高戦力 四神将が筆頭、闘神将ネレイド・イストミア…、夢見の魔女の弟子である彼女といきなり邂逅してしまうなんて…!」

この国に潜入し行動するエリス達が最も気をつけ 用心しなくてはいけない相手、それこそが四神将…、その筆頭にして頂点であるのが闘神将ネレイド・イストミア

今の彼女が、夢見の魔女の弟子…?、嘘だろ そんな偶然があるのか、それともエリス達の侵入を察知して現れたのか?、まさかこの国における最悪の敵と顔を合わせて話をしてしまうなんて…!

バレてたらあの場で戦闘だった、バレていたら何もかもが終わっていた…!、あ 危なかったぁぁ~~

「どうして彼女がここに、エリス達を見つけにきたんですか?」

「いいや違うだろ、だったらあの教会で猫と触れ合いになんかきてねぇさ、多分ガチで偶然なんだろう、まぁ だとしても最悪の偶然だけどな」

間が悪いにも程があるぜ と首を横に振るアマルトさんはエリスをチラリと見つめ

「まぁ、それもこれもエリスが居る所為だろうけどな」

「な なんでエリスなんですか!」

「お前は魔女の弟子とあまりに縁がありすぎる、その縁が 今回は裏目に働いたってことさ」

う…、た 確かにエリスは行く先々で魔女の弟子達と運命的な出会いを果たし続けてきた、今回もその一端だとでも言うのか?、エリスの縁がネレイドさんを引き寄せたと?…、そんなバカなぁ

「ともあれ直ぐにこの街を出る必要があります、ネレイドがこの街にいる以上他の四神将もいる可能性が高いです、そんな状態で怪しまれ 最悪正体が露見でもしたら何もかもが台無しでございます…、レグルス様を助けるどころの騒ぎじゃなくなってしまいます」

「そうですね、…ああ ヘマやらかしました、まさか神将に顔を見られるなんて」

「落ち込むなよ、むしろアイツが俺たちの顔を知らない、もしくは俺たちの存在を知らない事が確定したんだ、気楽にいこうや」

なんてアマルトさんは言ってくれますが状況は間違いなく悪い方へ進みました、何にしたっても同じ街に神将が居ると言う事実は何にも代え難い程にヤバい、するべき買い物も何もせず 急いでラグナ達のいる宿に戻る為帰路につくエリス達


そして

………………………………………………………………


「ただ今戻りました!ラグナ!」

「お?ああ、おかえり…ってどうした、血相変えて」

宿に戻れば暇そうに地図を眺めているラグナ達が目に入る、よかった 最悪この宿に神聖軍が殺到してる悪い幻視を見てましたよエリスは

「あれ?、食材買ってくるんじゃ…」

「買ってきましたが状況が変わりました、最悪の事態です 先程そこで闘神将ネレイドと思わしき人物と邂逅しました、こちらの存在はバレていないようでしたが 危険です、直ぐに街を出ましょう」

「何…?」

闘神将ネレイドの名を聞いた瞬間メルクさんやラグナは目を見開き、深刻にことを受け止める、嘘だとは誰も疑わない メグさんがこんなタチの悪い冗談を言わないと何処かで理解してくれているからだろう

「分かった、ネレイドがなんでこの街にいるかは分かるか?」

「それは一切不明です、ただ本人は最近忙しかったから猫に癒されにきたと」

「可愛いやつだな!?」

「…待ってください、『最近』忙しかった…?、まさか」

ふと、慌てて外へ出る為ジャンバーを着込むラグナ達を前に、何かに気がついたメグさんがふと 顎に手を当てる

「どうしたんですか?メグさん」

「…失念しておりました、ネレイドがこの街を訪ねる理由…私 覚えがあります、実は帝国の方にもとある情報が流れてきていたのです、…ただ その決着はもう少し先になると言う見立てがあったのですが、まさかこんなに早く…これもネレイドの力…?」

「一人で納得してないで教えてくださいよー!」

せかせかと慌てるナリアさんの叫び、徐に何かに気がつくメグさん…、そんな状況にエリス達が手を止めた瞬間だ

『わぁぁぁぁーーーー!!!!』

そんな大歓声が 窓の外、この宿の外から響いたのだ…

「ぅおっ!?びっくりした、なんだなんだ?」

「……どうやら 始まってしまったようですね、凱旋が」

「凱旋?なんの?」

「窓の外を見た方が早いでしょう」

そんなメグさんの言葉を聞くなりエリス達は一瞬見つめ合うと同時にそれぞれが動き出す、向かうは歓声が聞こえた窓の方…つまり、大通りに面する方だ

「ってぇっ!なんだこりゃ!、さっきまでこんなに人いなかったよな!?」

アマルとさんの叫びの通り、先程エリス達が通った時にはいなかった大勢の街人達が 歓迎するように十字を掲げ 何かに向かって手を振っているのだ

大通りのど真ん中に道を開け 街人達は脇へと退く、そんな光景が窓から見える…、これじゃあまるっきり 凱旋そのものだ、何かの戦いを終えて帰還した英雄達への賛辞そのものだ

「これは一体?」

「実は、二ヶ月ほど前からオライオン神聖軍が魔女排斥組織 邪教アストロラーベとの全面抗争を開始した、との情報が入っていたのです」

「邪教アストロラーベ…?」

「アストロラーベとはかつてリゲル様が信仰していた宗教の名であると陛下から聞いたことがあります、そのアストロラーベ星教を解体し 新たに作り上げた宗教こそがテシュタル教…つまり」

「アストロラーベはテシュタルの原型ってことか、んじゃあ兄弟か親子みたいなもんじゃねぇの、なーんで喧嘩してんだよ 内輪揉めか?」

「いいえ違いますよアマルト様、アストロラーベは数千年前に解体されもう存在していないのです、邪教アストロラーベはそのかつて存在したアストロラーベの名を騙り魔女批判の象徴しているだけ、言ってしまえば同じ名前の別物でございます」

ほうほう、つまりアストロラーベ星教と邪教アストロラーベは別物、かつて存在したアストロラーベ星教の名前を勝手に使って魔女の批判してんだからリゲル様も激おこか

「ただ、邪教アストロラーベの力は恐るべきものでもありました、大いなるアルカナと同じく魔女大国に拠点を置きながら数十年に渡りオライオンを荒らしていたのですから…、規模ではアルカナに劣りますが 残忍性と狡猾さはそれを凌駕するでしょう」

或いは八大同盟にさえ割り込む事ができる可能性があったとされる大いなるアルカナ、それと同じことをしていた邪教アストロラーベか、恐ろしい話だが…

でも、今この場で行われるのが凱旋ってことは…、とメグさんの瞳を見つめると 彼女は静かに首肯する、その予想は正しいですよ と

「はい、邪教アストロラーベはおそらく滅ぼされたのでしょう、闘神将ネレイドの快進撃により次々と邪教会を破壊され 遂に神殿までも発見され…全面抗争に至った、彼らはこの戦いを聖戦と呼び 邪教を滅する大抗争へと望んだのです、けど 帝国の情報局の見立てでは 決着には半年かかる予想だったのですが…」

「魔女大国相手に半年って…そんなに強いんですね、邪教アストロラーベって」

「アルカナも支援してましたからね、こちらに幹部を二人送り アストロラーベとアルカナで、オライオンとアガスティアの両面作戦を展開する予定だったのでしょう」

げっ、アイツらオライオンにも手を伸ばしてたのか!、まぁ考えてみればそうか、エリスが立ち寄った全ての国に幹部が居たんだ この国にだっているだろう、けど そんなアルカナ幹部さえ ネレイドさんは倒してしまった…と、しかもたったの二ヶ月で

「…これは由々しき事態です、本来なら喜ぶべき話ではありますが、これはオライオンの軍事力が帝国の予想を遥かに上回っているということなのです、今からオライオン相手に事を構えようとしている我らにとって…最悪の誤算と言えるでしょうね」

帝国が予想した半年という時間を大幅に縮め 三分の一程度の時間で邪教アストロラーベを殲滅してしまったオライオンの軍事力は、帝国の目を持ってしても計り知れないという事、これが普段なら 『魔女大国は安泰だぁ』と喜べるが…

もしかしたらその軍事力が、こちらに向けられる可能性がある事を考えると…とても喜べないよ

「オライオンとアストロラーベの抗争が終わった、つまり 最悪な事に今日この日この時…、本来は聖都を離れないはずの神聖軍本隊が各地の街を回り勝利を宣言して回る『神聖凱旋』が行われるということ!」

「えっ!?じゃあ…」

「はい、これからこの街を通過するのはオライオンの郊外にあった邪教アストロラーベの神殿を破壊し尽くした神聖軍本隊、彼らはこれから各地の街をなぞるように移動して聖都に向かうのです」

「…最悪のタイミングだなそりゃ」

本当ならば聖都から出て来ないはずの神聖軍の本隊が邪教アストロラーベの撃滅を終え 今日このユピテルナに帰還し 外から内へと帰っていく凱旋、それが聖都を目指すエリス達とほぼ同日スタートを決めるというのだ

本当に最悪だ、最悪のタイミングで最悪のものを引いてしまった…



「あ!向こうから何か来ますよ!」

窓に張り付き 街の入り口の方を指差すナリアさんの目の先には、何かが見える 確かに何かが見えるのだ、それは雪の陽炎を揺らし 雪を切り裂きながら行軍を進める一塊の闘志の如き威容

街人達とは明確に違う一団が、一切の乱れもなく大通りを行進してくる、あれはまさしく凱旋だ…、聖戦を制した英雄達の…

『あれが我らが神なる祖国を守りし英雄!、テシュタル様の加護を一身に受けし守護者達の御姿!』

『なんと、なんと神々しいのでしょう…、まるで神がこの世に使わせた天来の軍勢、邪教を討ち滅ぼした 聖なる剣!』

『カッコいい…!、僕!将来神聖軍に入るよ!』


「おいおいおい、こりゃあ…」

「むぅ、これは…想像以上だ」

「うひゃあ、…全然違う」

民衆はその姿を見て 讃える、英雄であると 神の使いであると、その勇ましき姿は我らが祖国の誇りであり 神の意志であると、長きに渡り混沌を齎した邪教を打ち砕き この国に平和を打ち立てた英雄達の行軍を目の前にして 皆が皆感謝するように祈りの姿勢をとる

対するエリス達は、とてもじゃないが讃える気にはなれない、アマルトさんはその姿を見て顔を引きつらせ、メルクさんの頬には冷や汗が流れ、ナリアさんは その威容に両手で口を覆う…そして

「あれは、…随分真面目に鍛えてあるな、筋肉のつき方に一切の無駄が無い上に、精神性もまるで鋼のようだ、悔しいがあそこにいるのは戦士の中の戦士達ばかりだ…」

戦士の王 ラグナは絶賛する、窓の前を通り過ぎていく軍勢を見て、嬉しそうに そして悔しそうに、大王ラグナでさえ嫉妬させる軍勢それは今 エリス達の目の前を通り過ぎている

「あれが、オライオンの神聖軍…」

その兵士一人一人の姿を一言で形容するなら…、『熊』だ

グシャグシャの髪 ぼうぼうの髭、彫りの深い目鼻立ちは恐怖を思い起こさせ、そのガタイは明らかに街人の一回りはデカく 服の上からでもわかる筋肉で満ち満ちている

白銀と獣の毛皮を合わせたデザインの鎧は まさしく熊、人型の熊の軍勢が大振りの剣を腰にずっしずっしとまるで兵隊みたいに一糸乱れぬ動きで行進しているんだ

いやでも圧倒される、これがオライオンの軍事力?、誰だよ 痩せぎすの教徒ばかりの軟弱国家なんて言ったの、バリバリの戦闘国家じゃないか!

『嗚呼!、彼処にいらっしゃるのは…!まさか!』

『おお…、まさしくあの威容は神の寵愛そのもの…!、なんと猛々しい!なんと頼もしい!、神に生まれる事を許可された天の御使とはあの方々のことよ!』

そんな筋骨隆々の戦士達の中で、一際大きく声援を受ける者達がいる、行軍のど真ん中を征き巨岩のようなブレイクエクウスの上に立ち これ見よがしに目立つ者達…その数 計四人

「…あれか」

英雄達を下に見る英雄の中の英雄、神の御使を従えるは神将…、この逞しい軍勢を率いる四人の姿はどれも 事前に貰っていたものと同一であり、初めて見るというのに 全員が誰か理解することが出来た

まさか、本当にこの街に四人揃っていたとは、メグさんの言う通り 最悪の偶然と言わざるを得ないだろう

『皆!四神将のお通りだ!、あの至上の戦士達に テシュタルの加護があらん事を!』

街人の一人が興奮気味に指を指して叫ぶ、そう 彼処に居る四人こそが…エリス達が最も警戒すべきこの国の最大戦力 教国四神将達だ…!

『クックックッ…アッハッハッハッ!、そうだ!讃えろ!、その祈りに応え!我ら神聖軍が!薄汚ねぇ邪教徒供を全員纏めてぶっ潰して来てやったんだからねぇっ!!』

アハハハハ!と声高に叫び両手に持った二本の処刑剣を掲げながら叫ぶ女がいる

顔中に刻まれた傷跡…特徴的なスカーフェイスと口には大きな葉巻が咥えられ、もう見てるだけで分かるくらい苛烈な印象を受ける

その者は如何なる邪教異教の存在を許さず、教国に迫る悪を テシュタルの敵を切り裂く刃として ただただその恐ろしき風貌を晒す

恐らく彼女は…

『おお!、罰神将ベンテシキュメ様だ!』

『いつ見ても恐ろしい顔だ…、だが 同時になんと心強いのだ、彼女が居ればテシュタルの輝きは色褪せることはないだろう!』

『アッハッハッハッ!、アーハッハッハッハッ!!!、おうよ…このベンテシキュメ様がいる限り テシュタル様の教えは誰にも否定させねぇ!テシュタル様こそ絶対であり!神の名の元に我が刃は正当化される!アッハッハッハッ!』

彼女こそ 邪教執行長官の名を拝命せし異教を殺す断罪刃、スカーフェイスよりも尚鋭い目つきとカールの赤茶けた髪を揺らすのは罰神将ベンテシキュメ・ネメアー…!

ああして狂うように剣を振り回し 大口を叩いていながらも一切隙が見当たらない、今ここで飛びかかっても彼女は問題なく対応するだろう、そんな彼女が放つ威圧は間違いなく絶対強者のそれであり 周りの兵士が可愛く見えるほどだ

「なぁあ、…あの女 剣の持ち方変じゃないか?」

ふと、ラグナが首を傾げながらベンテシキュメの両手に持つ二振りの剣を見て首を傾げるのだ 『持ち方が変だ』と…とは言うが

…なにも変なところはないように思えるが、エリスだっていろんな剣士と戦ってきたから剣の持ち方の云々は分かるつもりだ、けれど そのエリスが見てもベンテシキュメの剣の持ち方に別段変なところは見られない

「変ですか?エリスには分かりませんが」

「いや、実を言うと俺にも具体的なことは分からないんだけどさ、なーんか違和感を感じるんだよなぁ、…なぁ剣士のアマルト お前は分かるか?」

「いや全然」

この場にラグナと同じ違和感を感じている人間はいないようだ、とはいえラグナは戦士の王 彼が違和感があると言うのならベンテシキュメの持つ剣には何か秘密があると見ていいだろう

すると

『ふぅ、随分ハイになっているね、ベンテシキュメ… これは神聖な凱旋だ、静かに 恙無く行こうじゃないか』

そんなベンテシュキメを見て呆れるにため息を吐く男が一人、キラリと銀縁の眼鏡を指で触り 肩から腰にまで伸びる天使の如き純白の羽飾りを伸ばし その輝かんばかりの美貌を晒している

あれがベンテシキュメならきっとこっちは

『嗚呼…トリトン様、今日もお美しい あの方の前では如何なる芸術さえ霞んでしまう、今日こうして目にすることが出来た その事実に、テシュタル様に感謝しなければ』

『フッ、皆の健やかな顔が観れただけでも良いではありませんか』

テシュタルを伝道し 道を説く宣教師達の頂点に立ちし男、羽飾りと同じ白髪を綺麗に流した眼鏡の青瓢箪こそ守神将トリトン・ピューティアがキラリと白い歯を輝かせ 脇のシスター達の信仰を集める

宣教師でありながらその実力の凄まじさは帝国にも轟く程、オライオンとテシュタルの教えを守りし絶対の守護神こそが 彼なのだ

「嫌な顔のイケメンですね」

「なんですかメグさん…」

そんなトリトンの顔を見てニュッと顔を顰めるのはメグさんだ、嫌な顔のイケメンって何ですか…、まぁ 顔はいいと思いますが、それでもエリスの中で堂々の美男子ランキング一位たるニコラスさんには遠く及ばない、あの人のあれはもはや神の芸術だ

とはいえ顔はいい、デルセクト同盟の一角 蒼国サフィールのレナードさんくらいはイケメンだ、つまり異性を侍らせる事ができるくらいにはイケメンだ

「イケメンにいいも悪いもないのでは?」

「いいえあります、あいつ絶対裏で女殴ってますよ」

「ド偏見じゃないですか」

聞いて損した、あの人が裏でなにしてようがエリス達関係なくないですか?、とメグさんを見ると何故かプリプリ怒ってる、分からないなぁこの人は

そう言っている間にも行軍は進んでいく、凱旋は先へ進む

『ふふふ、皆さん元気ですね、皆さんの元気な姿を見てると私も元気になってきますよ』

ニコニコ~と 擬音が浮かんで来そうな程の満面の笑みで話を聞いてるんだか聞いてないんだか分からないノリを繰り広げる一人の女性がいる

華憐 嫋やか、凡そ軍には似つかわしくない花のような風格を持つ彼女の有様を表すならば聖女、彼女の言葉は神の代弁であるかのように感じるほどに厳かにも聞こえる

ただ 異質であるのは、その背に背負わされた巨大な鉄十字、あれは鉄のように見えるとか 鉄でコーティングされてるとかじゃない、本物の純度百パーセントの鋼で作られた十字架なのだ

それをなんでもない顔で鎖で体に括り付ける有様は彼女の姿とは正反対の存在が矛盾せずそこに在るのだ

『あれは!ローデ総隊長~!、今度の聖歌!私も参加しますのでよろしくお願いしま~す!』

『うふふ、はぁい よろしくでーす』

張り付いた笑みを崩さず 桃色の髪を揺らし真っ赤なリップの塗られた口で返事をする彼女こそ 歌神将ローデ・オリュンピア、聖歌隊の総隊長でありながら腕っ節で軍の頂点に立った歴史上唯一の人物

嫋やかな物腰は強者の証、華憐な微笑みの裏に隠されたのは激烈なる闘志、歌う聖歌は勝鬨となり 神の威光を万民に指し示す神将なのだ

「凄いですよねぇ、あんなに大っきな鉄の十字架背負ってるなんて、その上それを涼しい顔で…「

「ん?、ナリアよ違うぞ、奴が背負ってるのは鉄ではなく銀の十字架だ、研磨された鉄にも似ているが …、錬金術師たる私の目は誤魔化せん、あれは銀だ」

すると目を光らせるのはメルクさんだ、そういえばこの人錬金術師だったな、錬金術師の基本は物質の理解だ つまり彼女は見ただけであのどデカイ十字架が鉄ではなく銀であることに気がつけたのか…

しかし、銀だったのか エリスはてっきり鉄の十字架かと思いましたよ、でも…銀?、あれ?それって…

「…エリス、気がついたか」

「ええ、確か銀って…鉄よりも重くないですか?」

口にしてゾッとする、今 ローデが背負っているのが純度100%の銀だとするのなら それは鉄の十字架よりも更に重いという事、ただでさえ重い鉄よりも重い銀を固めて十字架にして背負うなんて いよいよ怪物だな…

そしてアマルトさん 『売ったら高そう』とかいう顔はやめましょうね?

「しかし何故銀なのだ…?、鉄でも見栄えは変わらんだろうし、重りにするなら金や鉛の方が重いだろうに、何故銀なのか…」

「金にしようかと思ったけどお金足らんかったんじゃね?、それで銀にしたとか」

「そんなアホな話があるか…」

やれやれとアマルトさんの言い分に呆れながらも考える、何故わざわざ銀なのか、ローデの背負う物の不自然さにメルクさんは何かを感じているようだ

「しかしさ…すげぇなあいつら、桁外れだ」

「はい、一人一人の放つ魔力が明らかに他の神聖軍の兵士達とは隔絶しています」

するとラグナと共に窓越しに目を細める 目の前を通り過ぎる神将達の魔力はここにも伝わってくるが…、そこから測るその実力の高さに舌を巻く

あいつら、…本当に帝国の師団長クラスを超えている、たった一人で数百の組織を相手できると言われる世界最強クラスの戦闘集団帝国三十二師団の師団長達を超えているんだ…、あんな戦力で攻め込んだなら アストロラーベも一溜まりもあるまい

だって、彼らだけでアリエ以外のアルカナ幹部達を倒せてしまえそうなんだもん…

「あれは相手しないほうがよさそうだなぁ~」

「だな、彼ら一人を相手にするだけでもかなり苦戦しそうだ…ん?、おい あれはなんだ?」

ふと メルクさんが目を移す、流れる川のように移り行く行軍の丁度中間地点か?、そこに位置するように 飛び出ているそれを見て 目を見開くのだ

神将達は皆 大型のブレイクエクウスに乗り 民衆に見えるように立っていたが、それは違う…

同じく大型のブレイクエクウスを四頭並べ鞍の代わりに鉄板を敷いてその上に胡座をかくように座り 凱旋を行う者がいる、異様なのは座っているにもかかわらず 他の神将よりも頭が高い位置にあるということ

「ッッ!?!?なんだあの巨人は!?」

「うっわ、でっけぇ!」

皆口を揃えて驚愕する、その人物の巨大さに…、そうだ デカイのだ彼女は、恐るべく そして畏れさせる圧倒的な巨体を持ち、ただそれだけで周囲を威圧する、まるであれだけ別の生命体のようだ

『あれは…嗚呼、なんと言う御姿だ…』

『あれこそまさに神の祝福の権化、彼女の存在が我等が神の実在を証明している…』

皆 その巨神を前に畏れるように手を合わせ目を伏せる、まるで神そのものを見たかのような反応だ、そんな民衆の反応を見てか 巨神は徐に立ち上がる、立てば尚もデカい 下手したら二階建ての屋根に手が届くんじゃないかってくらいデカい

そんな 圧倒的な姿を見て 民衆は口々に彼女を讃える

『おお!、ネレイド様!闘神将ネレイド様!、我等が英雄!』

『救国の聖人に幸があらんことを神に祈ります、或いは…彼女こそが テシュタル様の権化なのか…』

『我等が教皇様から直々に教えを賜った方だ、迫力も威圧も段違いだ…』


「ネレイド…あれが、なんつーか すげぇな」

思わずラグナが口を開く、そうだ あれこそがネレイドさんだ、やはり彼女がネレイドさんなんだ、エリスが教会で出会った巨人が今 ネレイド・イストミアの名で讃えられている

神将は規格外の力を持っている、他の神聖軍とは次元が違う強さといっていい、だが そんな神将の中でも更に頭一つ飛び抜けた力を持つのが 彼女

闘神将ネレイド・イストミア…夢見の魔女の弟子ネレイドさんなのだ

その身体能力はラグナに匹敵し、その身に滾らせる魔力はエリスに匹敵する、現世代で最も早く魔女様に弟子入りしていただけあり その実力は同じ弟子の中でもトップクラスと言えるだろう

「デカい上に凄まじい魔力だ…」

「うわぁ、あの人も僕達と同じ魔女の弟子…なんですよね」

「ああ、……それも最初のな」

強い その情報だけがヒシヒシと伝わってくる、民衆からの信頼もまた別格であることから彼女がこれまでに積み上げてきた実績は同じ神将達の中でも格別の物なのだろう

そんなエリス達の戦慄を無視して、ネレイドさんは拳を高く掲げると

『邪教アストロラーベは…この手で滅した!、悪徳の教義はこの手で燃やした!教祖も捕縛し大監獄に送った!、最早この国を苛む悪は存在しない!神の威光の勝利であるッッ!!』

『おぉぉおおおおおおお!!!!!』

さっき教会であった時とはまるで違う 覇気に満ちた大号令に民衆は沸き立つ、神聖軍の遠征は無事終了した、我々の勝利 神の勝利だと…

この国を数十年蝕んだ邪教は 闘神将の手によって完全粉砕された、最早この国に危機はない、彼女はまさしく救国の英雄だ

あれが、ネレイドさんですか…、エリス達と同じ魔女の弟子の この国での姿…、彼女はエリスが旅をしている間ずっとこの国で戦い続け 絶対的な地位を築いていたんだ

心優しく 力強い彼女はまさしく英雄の器と言っても差し障りはないだろう、これがもし 普通に師匠とこの国を訪れていたのなら 或いはここで彼女と親交を深め、もしかしたら一緒に戦っていたこともあったかもしれない

だけど、今は敵なんだ、あの人はリゲル様の命令で動いている、そしてリゲル様は今シリウスの命令で動いている、諸悪の根源たるシリウスがこの世にいる限り 彼女とは敵対し続けることになるだろう

…出来れば戦いたくないな、彼女の強さもそうだけど、彼女の優しさを知ってしまった今 エリスはネレイドさんを本格的に敵として見れないでいる、…まぁ 立ち塞がるなら ぶっ飛ばすけど

『…………ん?』

ふと、ネレイドさんの視線がキョロリの動いたかと思えば…

「げっ!?こっち見たぞ!?」

「ひぃーっ!、身長が大きいからこっちまで見えるんだぁー!」

アマルトさんが蒼褪め ナリアさんが悲鳴をあげ、それ以外もまた 戦闘態勢をとる、何せネレイドさんがこちらを見たのだ、最も敵対したくない相手が、確実に敵対するであろう相手が エリス達を視線に入れたのだから 無理はない

しかし、ネレイドさんの視線からは敵意は溢れて来ず…むしろ

『……ぶい』

「…なんかアイツ、こっちにピースサインしてねぇか…?」

指を二本立てて なんだか誇らしげに、え?これエリスに向けてやってるの?、民衆の中から知り合い見つけたくらいのノリで…、エリスの名前も知らないのに?

「これは、気に入られてしまったようですね エリス様」

「おいエリス、どういう事だ なぜ敵の大将に顔を覚えられている上にこちらにピースサインまで送ってきているんだ」

「す すみません、やらかしました…」

迂闊だった、あの時エリスがかけた言葉はネレイドさんの中で確かに残るものだったんだ、故に当然エリスのことも残る…と、普通なら嬉しいが今この時は…なぁ

「…いい奴そうだな、ネレイドって」

ふと、ラグナが笑う ネレイドはいい奴そうだと、それはそうだ 彼女は優しい、とても心優しいんだ…だが

「何を言っているんだラグナ、ネレイドは敵だぞ お前までそんな…」

「今は…敵だ、アイツにも立場があるんだ 俺たちと同じようにな?、ネレイドは国防将軍として国と魔女を守る義務がある、そこに善悪はない 故に敵だと認めることはすれど敵視はしねぇ、この一件が終わったら 後腐れなくやれるようにしとこうぜ」

そうだ、今は敵なだけ この一件が終わればもしかしたら友達になれるかもしれないんだ、アマルトさんやメグさんのように…

「まぁ、負ける気もねぇけどな…、このパレードみたいな凱旋が終わり次第俺達も街を出ようぜ」

「街を出るって、ルートを決まってたんですか?」

「ああ、つったっても今から多数決取る形にはなるけどさ…、なぁみんな ルートはここにしないか?」

そう言ってラグナが突き刺すように指を当てるのは地図のある一点…、そこは

「森と平原を抜けるルートですか?」
 
「ん、メリットとデメリットの釣り合いが一番取れてるのは 結局ここだしな…、それに どうせあの凱旋は街を通って聖都に向かうだろうし…街側はもう選べないだろ?」

「まぁ、そうですね」

ネレイドさんたちと一緒に旅するわけにもいかない、彼らはこれから山を大きく迂回し街々を巡り その先々で邪教アストロラーベを打ち倒したことを報告して回るだろう、神聖軍と同じ街のルートを選べば エリス達は常に隣にいつ敵対してもおかしくない存在を抱えて旅をすることになる

それは避けたい、何が何でも…

「と 言うわけで、多数決を取りたいたんが、どうだろうか」

「いやまぁそれしかねぇだろ、山は嫌だし敵に囲まれて移動するのも嫌だ、三つある地獄の中から比較的まともなのを選ぶなら 寒冷地獄の他にねぇなぁ」

「ブリザードは怖いですが…、あの四神将が揃って僕達を殺しに来ると思うと…うう」

「私も賛成だ、というかもうそれしかない」

「でございますね、このメグ 尽くせる力全てを尽くして皆様を吹雪からお守りします」

「ということは決まりですね、エリスもラグナを支持します」

「そっか、よし!みんな!ありがと!、んじゃあ凱旋が終わり次第とっとと出発しちまおう、夜になってからじゃ外には出られねぇしな」

取り敢えずだがルートは決まった、雪原と森を超えるルート、危険だが神聖軍や山の猛威ほどじゃない、それに今はメグさんもいる 彼女の力があれば吹雪くらいなんてことはないだろう

「…………」

そうと決まれば と慌てて出立の準備を整えるラグナ達、それを尻目にエリスは再び窓の外へと目を向ける

そこには民衆に見送られて去っていくネレイドさんの姿がある、その背は力強く弱さのかけらも見受けられない、いや 見せていないだけか

(彼女もこの国で色々背負ってるんですね…)

少なくとも彼女はあの教会に癒しを求めていた、それだけ消耗していたんだ 精神的に、分かるよ 魔女排斥組織との戦いは疲れる 特に精神的に

それでもこの国を守るために戦った彼女とエリスはこれから対峙する、出来れば戦いたくはないが…いつか ぶつかり合う気がするのだ

だって、きっとあの場で出会えた偶然が、この偶然が一度で終わるはずがないのだから
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