孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

261.魔女の弟子と聖女降臨

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『聖女様!聖女様ですよね!、やったー!やっとわたし達の村にも聖女様が来てくれたんだー!』

ズュギアの森の中で半ば遭難気味に旅を続けるラグナとメルクとナリアの三人が 夜も暮れ始めた暗闇の森の中であったのは一人の少女であった

彼女が森の中で大熊型の魔獣に襲われているところを助けたナリア達を前にして少女が口にしたのがそれだ、ナリアを見るなり聖女様聖女様で間違い無いとぴょんぴょんと跳ねながらその手を取って喜び回るのだ…

『聖女様!私達の所に来てくれてありがとう!、直ぐに案内するね!』

そんな言葉を投げかけるなり少女はナリアの手を引っ張り、俺達もその後を半ば呆気を取られる形で追従していく…、何が起こってるんだ?何が起ころうとしているんだ?、それを推察するにはなによりも情報が足り無さすぎる

なんてメルクさんと共に推察していると 直ぐに暗い森を抜け 俺達は少女の案内により 木々の開けた空間へと導かれ……

「ようこそ!、私達の村 ムシュモネ村へ!」

「…マジで村に着いちゃったよ…」

少女の案内する先に本当に村があった、いや 一応推察して方角は確認していたし少女がいるってことは近くに村があるとは分かっていたが…、何もない状態から森を歩き 縋るように村を探し そして本当に夜になるまでに村を探し出せたことに驚く

いや 最後の一押しはこの少女とナリアのおかげか、見たところ村はかなり小規模だ、もしかしたら見落として通り過ぎていた可能性もあった…、それを考えるとゾッとする
 
「どうぞ聖女様!こっちに来て!」

「え?ええ?、せ 聖女…?」

グイッと少女は強引にナリアの手を引っ張聖女聖女と連呼して村の中へと引きずり込んでいく

まぁ村は見つけられたが、これからどうするか…なんか見た感じ俺達の情報がこの村に届いているようには見えない、だが同時に俺達の正体を聖女なる人物と勘違いしているようにも見える

当然ながら俺達は聖女なんて知らないし、ナリアも聖女ではない なんなら女ですらない、まぁ パッと見た感じは女そのものではあるがな…

勘違いしてるなら都合がいいのか?、下手に正体明かして実はこの子は顔は知らないが俺達の名前だけ知ってました…とかだと取り返しがつかねぇ

助けを求めるナリアの視線に、俺は首を横に振りとりあえず正体は伏せるようにお願いする、『そんなぁ…』って目をされても 今は仕方ないさ

「なぁ…」

「ん?」

ふと、メルクさんが俺の名を呼ばずにトンと 腕で俺の肩を叩き注意を引く、その目は真剣かつ深刻、周囲を見回し彼女は…

「この村、随分寂れているぞ?」

「え?、まぁ こんな絶倒の森の中で生きてりゃそうじゃないか?」

「にしてはここの人間はみんな痩せすぎだ、それに妙に疲れているようにも見える」

メルクさんに言われ周囲を確認すると 確かに外出している人間はみんな農具を片手にやけに疲れた顔をしている、こう…げっそりしていると言うか 身体的な疲労より精神的なストレスの方が大きいって顔だ

それに、この国の人間はみんなスポーツをしているから 比較的に体はがっしりしている事が多いが、ここの人達はまるで枯れ枝だ、おまけに見たところスポーツをやってる雰囲気もないし…

「なぁ お前のところ…食料はどうだ」

「ダメだ…、今までなんとか食い繋いで来たけど、もうやっていけない」

「こっちもだ…ああ、神よ…」


聞こえてくる会話はどれも悲惨そのもの、皆が皆絶望の只中で下を向いている…、酷い有様 と言えば酷い有様だ、それはこの森の特殊な環境が齎す物というより…もっと別の何かがこの村に蔓延しているように見える

どうなってんだ?この村は……

「なんだか…、みんな大変そうですね」

「うん、色々あったみたいだから…、でもそれも今日まで、だって聖女様が来てくれたんだもん、これからはもう安心だよね!」

「い いや、僕は……」

こんな状況だけど聖女様が来てくれたから安心 と純粋な笑みを向けられナリアはモゴモゴと口を捻る、やり辛いのは分かるが我慢してくれ…

「おじいちゃんから聞いてるよ、聖女様は強い守人二人をお供に連れて 各地で聖歌を歌い、神の加護を与えて民を導いてるって」

「聖歌を?」

「うん、聖女様は神に選ばれた高貴なる血筋の人だけがなれる特別な聖歌隊の人達、その歌声には神が宿る…でしょ?」

「あえ?、あ…う」

そうだよね?と言われてもそりゃ初耳だ、しかし聖女…ってのは聖歌隊 つまりあの四神将ローデ・オリュンピアの統括する神に対する礼賛を歌う部隊、その中で選ばれた高貴なる血筋…多分他の国で言う所の貴族様だけがなれる特別な歌い手の事なんだろう

本当に歌声に神が宿るかは分からないが、それでもその歌で国民の希望となってるのなら 立派な話ではあると思う

強いお供を二人連れて各地を行脚し救いを求める所に現れる聖都の使い、確かに今この村は助けを必要とし その上現れた俺たちは地味にその特徴に一致する構成だ、故に俺達を聖女と勘違いしたんだろうな、都合がいいんだか悪いんだか

「あ!、おじいちゃんだ!、おーい!おじいちゃーん!」

「セレナ…、何処へ行っていたんだい 心配してたんだよ…」

セレナと呼ばれた少女はナリアから手を離し 風が吹いたら折れてしまいそうな痩せ細った老人の元へと駆け寄っていく、聞く感じ 祖父と孫って感じだな

「みんなの為に何か食べる物がないかって森に…」

「なっ!?ダメじゃないか!、森には危険な獣がウヨウヨいる上 今は大熊が出るとあれほど…!」

「で でも!、森で聖女様にあったんだよ!、来てくれたんだよ!やっぱり聖都はわたし達を見捨ててなかったんだよ!おじいちゃん!」

「聖女様が…?」

セレナの言葉に導かれ 老人の目がチラリと動く、この人達が聖女ですと指差す方向にいるのは俺達だけ…、つまり 

「この方々が、聖女様とその守人様?」

「うん!、気高く優しい聖女様と熊を吹き飛ばしちゃうような強い守人様が二人…、この人達がそうだよね!」

「え?あ…いや そのぉ…」

「おお…おおお!、遂に 遂に聖都に我等の声が届き給うたか…、なんと喜ばしい!、皆!みんな!聖女様が聖都より参られたぞ!聖女様だ!」

「何?聖女様が?」

「本当に聖女様が来てくれたの?」

「おお!聖女様だ!遂に!」

「村を挙げて歓迎しなくては!」

「え?え?あ…あうあう」

先程まで絶望で下を向こちらに気づきもしなかった村人達が次々と顔を上げ聖女の姿を拝み喜びに満ちた顔を見せる中、ナリアだけが口をパクパク開け閉めしている

自分は聖女じゃない、けどそれを言うわけにもいかない、本当のことも言えないし かといって嘘も言いたくない、二つの心の軋轢に葛藤しながら掴む手は空を切り 何かを回すようにウロウロする

「聖女様!守人様!、どうぞこちらへ!どうぞどうぞ!」

なんてことをしている間に俺達は村人に流されるように村で一番の大きな石造りの家へと押し出されていく

「お…おい、これは…まずくないか?」

村人に押し流されながら 喧騒にかき消されそうな小さな声でメルクさんが危機感を露わにする

当初の予定では旅人を偽り 物資と金銭を交換し旅に出る予定だった、幸い手メルクさんの手持ちはたんまりあるからな…けど、この状況は良くない

目立ち過ぎた、この状況を利用して俺達は聖女の一行だから食い物と馬橇を寄越せ なんて言うことも出来るが…

(正直この村の有様を見て それは無理だよなぁ)

流石にそこまでの外道は出来ない、例えそれをやって生き長らえて エリス達に合流したとして、俺達は正面切ってエリス達の顔を見れるか?…俺は見れない、合わせる顔がないから

だが…今更聖女じゃないですは通じない、じゃあお前らは誰だと言われて詮索されるか 最悪憲兵に突き出されるまである、どうする…どうやって切り抜ける

「どうぞ聖女様 守人様、こちらへお座りください」

「これは…随分いい椅子だな」

「ええ、私の…村長の椅子ですのでこの村で一番良い椅子です、まぁこんな寂れた村なので一番と言ってもたかが知れていますが」

なんてセレナの祖父が申し訳なさそうに言いながら、俺達が座らされた椅子はそこそこ高級なアンティークな椅子だ、特にナリアのは年代物であることが伺える、ちょろっと現れた俺達をここまで歓待してくれるのは 俺達が聖女一行…だと思ってるからだろう

「少々お待ちを?、おい 聖女様達にご馳走を!」

「え!?そんな!いいですよ!ご馳走を分けて頂くなんて…」

と慌てて村長を止めるため立ち上がった瞬間 ナリアの腹がグーと一際大きな音を立て…

「いえいいのです、聖女様達も長旅で疲れているでしょう、聖都からこの街までかなり距離がありますから」

「い いえ、ですが…」

「はいはいただいまぁ、いきなりのことだったけど 急いで用意しましたんでねぇ」

俺達の制止も虚しく、キッチンと見られる所からあっという間に料理が運ばれてくる、異様な速さ…それもそのはこの国じゃ食材をろくすっぽ調理しないからな、なるべく加工せず食べるという教義のおかげか 或いは既に夕食時だったおかげか

俺たちの座るテーブルの前に次々と料理が並べられていく

「こ…れは…」

並べられたそれを見て 絶句する、用意された料理はご馳走と呼ぶにはあまりに貧相だったからだ

乾いたジャガイモの浮いたスープ、パサパサの果実と干し肉をお湯で戻したもの、ただそれが大量に用意される、量で貧相さを誤魔化すように次々と並べられる…、一体この料理の数々この貧相な村の何日分の食材なんだ…

さっき もうやっていけないって、口にしていた村人がいたじゃないか…

「これ…、皆さんの」

「良いです、聖女様が来てくれたことそのものが喜ばしい事ですし、何より 聖女様の加護があれば この村も直ぐに元どおりになりますから」

「…………」

聖女が来て 加護を与えて、それで村人達に活力が戻れば 或いは本当にこの村も元に戻るのかもしれない、だが俺達は聖女じゃない…この村を元の姿とやらには戻せない、なのに これを食えば……

「…村長よ、一つ聞いていいか?」

「はい、如何されましたか守人様」

「この村はずいぶん荒れているようだが、聖女に助けを求める前に 近くの町や村と連携をとった方が良いのではないか?」

目を伏せメルクさんが語るのは現実的な解決法だ、俺達にはなんとも出来ないが せめて何か手立てを生み出せないかと考えての提案だろう、しかし

「いえ…、実は 最近ここに大熊の魔獣が巣を作りましてね、それも群れで…、おかげで村の者は木を採りに行く事も狩りにも行けていない有様でして」

「それに大熊が暴れたせいで街と森を繋ぐ唯一の街道が塞がれてしまって…、その所為で街との交易も途絶えてしまったのです…、他の村だって余裕があるわけじゃ無いし」

「それは…なら、神聖軍を頼れば…」

「神聖軍様は邪教との戦いがあるじゃないですか、こんな辺境の村の問題を解決するのに …迷惑はかけられません、ですが聖女様ならと 聖都に申請を出していたのです…けど」

「待てども暮らせども聖都から返事が返ってくる事も、聖女様が来ることもなく一年が過ぎ 我らはもしや聖都に 神に見放されたのでは、なんて 考えてしまっていまして、お恥ずかしい」

…そうか、一応聖都には助けを求めていたのか、しかし神聖軍は邪教アストロラーベとの戦いでそれどころではなく、しかも聖女もこの森に近寄ることなく一年という時が過ぎていたのか

聖女とその守人がどれほどの物か分からないが、ここは国内屈指の危険地帯…態々近寄るには危険すぎる、何より 国内には助けを求める街がいくつもある

故に、こういう辺境の村ってのは後回しにされるんだ、危険で人も少なくて目立たない だから後回しにされる、後回しにされて後回しにされて 常に列の最後尾に回され続けてきたのがこの村で、その結果がこれなんだ

一言で言い換えるなら 見放された…とも言えるな

「……そんな」

「ですが!それも今日まで!聖女様が来てくれた以上神のご加護がこの村を守りくださる!筈!、そうなれば直ぐにこの村も元に戻るのです!」

明るく語る村長とは別に ナリアの顔は暗い、この村の惨状を知り 聖女に縋る心を知り、それでも真実を語れない己の姿に 目を伏せる

今ここで自分達が聖女じゃないと告げたらどんな顔をするだろうか、怒るか 悲しむか 或いはやはりと受け止め諦めるか、…それが一番辛いだろう 奇しくも俺達はここの人達の生きる希望を奪う立場に立ってしまったのだから

「…………」

目の前で湯気を立てるジャガイモのスープを見る、これは聖女に捧げられた供物だ、村の未来を願って苦しい中絞り出したこの村の食料だ、生きていくために必要な食料なんだ

見ればナリアだけでなく村人の何人もがお腹を鳴らしている、俺達よりずっと痩せこけた腹を摩り空腹を誤魔化している、そうまでして 聖女に供物を捧げんとするそれは希望に満ちている…

これは聖女が村を救う見返りとしていただくもの、俺達には受け取る資格はない、これを飲めるのは聖女だけなんだ

「…聖女様?……」

ふと、セレナちゃんが俯き黙るナリアへと歩み寄り、その手を握る…、震える手で ナリアの手を握る

「セレナちゃん…?」

「聖女様、もしかして私たちのこと 助けてくれないの?」

「ッ……!」

溢れたのは涙だ、小さな少女の大きな瞳からポロポロと涙が溢れてテーブルを濡らす、助けてくれないのか と…、希望の証であり もう一年も待ち続けた救いが目の前に現れたのに一向に村を救ってくれる気配すら見せない

恐怖だろう、恐ろしいだろう、村人達の表情に再び影が宿る、セレナの顔がくしゃくしゃに歪む

「お願いします…助けてください…、わたし…いい子にしてました、村のみんなのお仕事手伝って…、お腹が空いても我慢して、毎日神様にお祈りしてました…、いい子にしてました、だから…お願いします」

「セレナちゃん…、僕は…僕はね…」

縋り付く少女を前にナリアはまるで苦痛に喘ぐように表情を歪める、聖女じゃない…聖女じゃないんだよナリアは、救うことも神の加護を与えることもできなければこの村の施しを受ける謂れもない ただの旅人

ただ勘違いされただけ、勘違いされただけで ナリアは聖女ではない…、俺達に この村は、助けられない

「僕は…僕は……」

「…助けて、助けて 聖女様…お願い」

「ッッ……!」

縋り付き 指が白くなるまで握られた少女の手、か細く ただ純真に救いを求める声に ナリアは

手を、動かす ゆっくりと…前へ

「ッ…僕は!」

伸びた先にあるのはジャガイモのスープが入った木の皿だ、それを勢いよく 力強く握るナリアは…って!まさか!

「お おい!」

「ッッッ~~~~」

俺の制止ももはや遅く、ナリアは木の皿を持ち上げ グビグビと飲み始めてしまった、聖女に捧げられた供物を 聖女だけが食べることを許されたそれを ナリアは…

「あっつぅぁっ!!」

「せ 聖女様、それ作りたてだからすごく熱くて…」

「いいんです!、はふっはふっ!んぐんぐ ブフッ!あつっあつっ!んん…ズルズルっ!」

一心不乱 その言葉しか浮かばぬほどの形相で皿を傾け、先程まで煮えたぎる鍋路の中にあったスープをみるみるうちに飲み干し、その皿をテーブルに叩きつけるように置くと

「ご馳走様でした!美味しかったです!、聖女に捧げられた供物より 貴方方の信心はとてもよく伝わりました!、この聖女ナリアールに!」

「な ナリア!?」

「おお…聖女…ナリアール様!では…!」

「ええ、僕…いえ 私に出来る事ならば何でもいたしましょう、どれだけでも歌いましょう、それが聖女の務めとあらば…!」

サトゥルナリアは今聖女の供物を飲み干した、飲み干してしまった、つまり 俺達には今村人達の期待に応える責任が生まれてしまった、そして ナリアはその責任に応えるつもりなんだ

例え偽りの聖女でも皆の希望として立つその立ち姿は先程までのそれとは違う、決意と決心に満ちた背中はいつもの数十倍も大きく見える…、雰囲気が 気配が…ガラッと変わりやがった

これが、『何かを演じる事』に徹した役者の本気…!

「嗚呼、遂にこの村にも聖女様のご加護が」

「こうしちゃいられない!寝ている奴等も起こしに行こう!」

「ああ!、ウチのばあちゃんも連れてくる!」

「なら私達は聖女様の歌う舞台を!」

「急げ急げ!この村に聖歌を響かせるんだ!」

ナリアの言葉に村人達は弾かれたように動き出し 聖歌を響かせる支度をする為次々と部屋の外に出て行き…、あっという間に部屋には俺たちの湯気を立てる料理だけが残される…

「あー…なぁ、ナリア」

「ナリアールです、今から私は聖女ナリアールですから」

「…本当にやるのか?」

今からナリアがやろうとしていることはわかる、この村の人間の望みを叶え ナリアは本物の聖女として振る舞おうとしている、心意気は立派だ だがそこには沢山の障害が立ち塞がる

「…バレれば事だぞ」

「バレませんよ、僕を誰だと思ってるんですか?やりきってみせますよ…、この村の人達が救いを求め聖女と言う偶像に縋るなら…、僕がそれになればいいだけの話です」

本物の聖女がいないなら本物の聖女になればいい、ただそれだけで村人達の救いにはなる、だがそれが嘘偽りとバレればひっくり返って絶望だ、この村は立ち直れないかもしれない

ナリアの演技の如何にこの村の人間全員の命がかかっていると言える、それを背負うことを選んだことを…選ばせてしまったことを、俺達は悔やむ

「ごめんなさい メルクさんラグナさん、勝手に決めて…」

「いやいい、この勘違いが都合がいいと思って初っ端に真実を口にしなかった時点でこれしか道が残ってなかったしな、或いはこれこそがベストなのかもしれない…、それに 考え方を変えてみねぇか?」

「考え方ですか?…」

「ああ、俺達はこの先を目指すために物資が必要だ、補給をする為に村に立ち寄った、けどこの村は今問題の最中にあり とてもじゃないが余所者である俺たちに何かを分け与える余裕はない、だろ?」

「はい、この村は干上る寸前です、頼みの綱の聖都の助けが望めない以上 先はない…そんな事この村の人達が一番分かってると思います、だからこそ 一縷の望みに賭けてこんな豪勢なご馳走を差し出してくれたんです」

「その通りだ、そんな中 半ば騙す形で物資だけ取っていく…、これってどうよ」

「…あり得んな、それでは本物の賊だ」

「だろ?、だからさ 俺達でこの村の問題とか絶望とか全部取っ払っちまおう、その代価として 些かながらの物を分けて頂く、こっちの方が気分的にはいいだろう?」

方便だ、今俺は方便を語っている、『エリス達と合流する為エノシガリオスへ急ぎたい』という気持ちと『この村の惨状をこのままには出来ない』という心境の境目で生まれた方便だこれは

気分がどうのと言ってる余裕は俺たちにはない、物資的にも時間的にも、形振り構わなきゃ今すぐこの村にあるモン全部掻っ払ってトンズラこくのが最適解だ、どの道追われる身だしな

だけどそれをしたら大切な物を失う、俺達はエリス達に顔向け出来なくなる…そして、いずれ手を結ぶことになるこの国と悔恨を残すのは良くない、なら いいじゃないか…先を急ぎながら困ってる人間助けても

その行動の為の選択は今 ナリアがした、最高の選択だぜナリア…、上手くいけば人助けも出来て物も貰えて正体も隠して確実かつ安全に進める、行う工程は結果的に増えるが 足元も不安定なまま進むよりは結果的に移動スピードも速くなる、良い事尽くめ そう考えよう

「だからさ、乗ろうぜ ナリアの大芝居に、この村の人間全員に希望を齎し 絶望の種を根こそぎぶっ散らして、進む為にさ」

乗ろこの選択に、そう俺はスープの入った木皿を掴む、これを食えば もう後戻りは出来ない、供物を受け取った以上責任を被る事になる 言い逃れも言い訳も出来なくなる

だからこそ俺はこの供物たる料理を食らう、ナリアの大芝居に賭けて 

「…そうだな、乗るか…、ナリア!君に全てを託そう」

「へへへ、んじゃあ頼むぜ?ナリア、俺達も全力でサポートするから!」

盃を交わすようにメルクさんと共に木皿を打ち、そのままジャガイモのスープグビグビと飲み干せば 些か温くなったそれが喉を通って体を温める

いやんめぇなこれ!流石はオライオンの食材を使った料理だ!、味付けはやや薄いが それを補って余りあるジャガイモの甘みが鼻を抜けていく、うめぇ…これ アマルトが作ったらさぞ美味いんだろうなぁ

「よーし!ここにある料理全部食うぞ!、そんで全員分の希望!背負っちまおうぜ!」

「メルクさん…ラグナさん、よし!任せてください!僕に!、三人でみんなを笑顔にする劇を見せましょう!」

すると料理を口にしながらナリアは紙とペンを何処からか取り出し一心不乱に何かを書き込み始めていく、凄まじい速度だ…けど、魔術陣ってわけでもなさそうだし

「んっんっ、なに書いてんだ?ナリア」

「設定です!、僕とラグナさんとメルクさんの!、僕達これから聖女とその一行に完璧になり切るんです!そこに一切の疑問も違和感もあってはいけない だから今作り上げているんです、完全なるバックボーン…存在しない三人分の人生を!」

カリカリとペンを走らせるナリアの姿は燃えているようにも見える、役者としての魂に火がついたか、或いは救いを求める人達が自分の演技を欲していると知り サトゥルナリアと言う名の人間に火がついたのか

分からないが、この手の分野ではナリアは専門と言える

何せこいつはあの芸術の国エトワールで、トップクラスの役者の一人なのだ 演じさせたら右に出るやつはそうそう居ない

「出来ました!、これを暗記してください!」

「ん、これは…略歴か?」

「どれどれ…、ってめちゃくちゃ細かく書いてあるじゃないか!」

渡された紙を覗き込んで驚愕するのはその細かさ、名前や年齢 立場や来歴、どうして守人になったのかなどなど詳しく書いてあるのだ

例えば俺は『名前はラグーニャ、元神聖軍で怪力が武器の守り人、二年ほど前に聖女ナリアールと出会い…』と まぁ細かい、挙句その来歴はこの村に訪れるその瞬間まで詳しく決められており 正直ここまでいるかと躊躇うほどだ

「ラグナさんは今日からラグーニャです、元神聖軍で勇敢な戦士にしてナリアールの忠実な守人、あとナリアールに惚れてます」

「その設定いるか…?、と言うかそもそもそんなに細かく決めなくても…」

「必要です、人々を納得させる説得力は重厚なバッグボーンから生まれます、何より細かく決めておいた方が後々ボロが出ないでしょう?」

「そりゃそうだが…」

「メルクさんは今日から守人『メルセデス』と言う事にしてください、一応名前も偽名にしましたが本来の名前に近いものにしました、言い間違えて他フォローは効きますが出来れば間違えないで、特に私の名前 聖女ナリアールは高貴な立場のようなので罷り間違ってもナリアと呼ばないでください」

「ん、わかった」

えーっと、俺が『ラグーニャ』メルクさんが『メルセデス』ナリアが『聖女ナリアール』か、早速間違えそうだ…

けど、ボロが出てバレたら状況は一気に悪くなる、村を助けるとか言ってる場合でもなくなるし、村を助けられなければ物資も得られない、逃げるように森に走り去りまた振り出しだ

名前を変えておけば正体の秘匿にも繋がるし、ここは徹底した方が良さそうだな

なんて黙りながらナリアの書いた設定を見て、一つ 気になる点が思い浮かぶ

「でもさ、ナリア」

「ナリアールです」

「ナリアール」

「様をつけてください、一応雇い主なので」

「…ナリアール様よ」

「なんですか?ラグーニャ」

「これからナリアール様は聖歌を歌うわけだろう?、…歌えるのか?、そもそもここでしくじったらどれだけ足元を固めても…」

すると ナリアは動く俺の口にソッと指を当て閉ざすと共に、フッと笑う、余裕?違うな この笑みは…

「私は聖女です、聖女は聖歌が歌えるんです、そこに疑う余地はありません」

入っているんだ 既に、聖女ナリアールの世界に…、その吸い込まれるような美しい笑みに本当に惚れそうになる、こりゃ 心配するだけ無駄だな、こいつはやる 

「では、行ってきます…私達でこの村を救い そして旅の一助としましょう」

「ああ、行ってこい」

「ええ…」

椅子から立ち上がりしゃなり しゃなりと足を交互に動かし進む聖女の歩みは外へ外へ向かっていく、耳を澄ませば既に家の外からは喧騒が漂うに聞こえてくる、既に聖女の舞台は整っているようだ

後は聖女の登場を待つばかり、そんな期待感の高まりを俺達は肌で感じながら聖女ナリアールに追従し、彼女の道行きを邪魔する扉を跳ね開ける、さぁ歌ってこい お前の演技を見せてこいと送り出せば

「聖女様だ!」

「おお!、もう準備が出来たのか!?」

「急いで急いで!もう聖歌が披露されるわ!」

開かれた扉の先には 村の人間全員が揃うように並び集っていた、既に聖女の舞台は用意されており 貧相な村で手に入るもので出来る限りの物を揃えて、可能な限り神聖な空気を醸すように整えられていた

伝わってくるのは 喜び 希望 灯り火のような顔、下を向く人間はいない 全員が前を向く、全員が聖女を見る、全員が聖女の存在を肌で感じ その一切を逃すまいと全神経を集中させている

小さな村とはいえ住民は数十人強は居る、そんな人間の注意が一身に降り注ぐ重圧は凄まじいものだろう、されど聖女は表情一つ崩さない…まるでこんなもの毎日見ているかのように慣れた足取りで村人達の前に 舞台の上に立つと

「皆様、今日 この日まで良くぞ耐えました、良くぞ生きました、良くぞ祈りました、その姿勢は神の目にも届いていましょう 故に私はここに導かれたのです、皆様が一人として諦めなかったからこそ 私はここにたどり着くことが出来たのです、…お礼を言わせてください そんな気高き民たる貴方達の前で聖歌を披露する事が出来る栄誉を与えてくださった事を」

慈愛 それが可視化されたかのように聖女の姿は眩く見える、そんな聖女の姿に村人は早くも涙を流す、今日まで諦めなくてよかった 生きていて良かったと、皆の懸命な努力を讃える聖女の言葉に より一層の感謝を込めて、皆祈る

…しかしすげぇな、あれ台本もないアドリブでやってんだろ?、今さっき聖女をやろうと決意したのに まるでずっと前からセリフを暗記していたかのように違和感がない、これは俺には出来ない ナリアにしか出来ない絶技だ

「では、耳を澄ませ 目を伏せ、祈りと共に聞いてください…我が聖歌を、皆の希望の灯りとなる加護を…」

胸に手を当てスゥと息を吸う聖女を前に全員がゴクリと固唾を呑む中…

「さて、演出がいるかな?」

そうメルクさんは口にするなり足元の雪を一掴み掬うと…

「『Alchemic・gold』」

詠唱と共に雪を天高く放り投げれば、メルクさんの力により舞上げられたパウダースノーは全て金粉に変わり 松明の光を受けてキラキラと輝き聖女の周囲を漂い始め 、その幻想さを際立たせる

黄金に輝く星空の如き空間の中 聖女ナリアールは、吸った息を全て…、加護へと変換する

『神よ、神よ、我等地上の従僕 星神の下僕、この祈り この意思 この声の全て、貴方への忠誠へと捧げ奉る』

歌声は笛の如く、聖歌は天光の如く、神への祈りは民に届き 或いは神の祈りとして耳に触れる、彼女の口には神が宿っているかあるいは彼女の口こそが神なのか、それを論ずる術はないがそれを感じる術は誰しも持ち合わせている

故に誰もが神を見る、ナリアールの歌声に神を見る

『神よ、神よ、我等遍く信徒 星神を信ずる者、その威光 その奇跡 その御姿の全て、我等の救いとなり 道を示す』

空へと響く声を 夜空に歌い、人々の瞳に輝きを取り戻させる、辛く苦しい日々と暗然とした世界によって摩滅した心は、神の言葉により癒されていく

『神よ、神よ、星海の彼方にて在る純白の天楼よ、全てを見透かす教えの瞳は何を信じ 何を信じさせるか、その道は星を渡り 人を救わん』

涙ぐむ老婦人、声を震わせる老父、手を合わせる男、口元を抑える女、感動だ 感動が場を支配している、美麗な歌声からなる怜悧なる加護を前にして心動かされぬ者は居ない

『神よ、神よ、『思考』と『真理』の鬩ぎ合う双光の狭間にて迷える者を救い出し、光溢れる楽園へと導き、永遠なる教導を持ち顕現せん』

その声はまるで天に届くように 神に対して請い願うように、木霊し胸に突き刺さる

圧巻だな…、ナリアが聖歌を歌えたことも驚きだそれ以上にここまで完璧に歌い上げるとは、俺は聖歌を聞いたことはないからよく分からないが これはそもそも音楽として最上位に位置するものだろう

なにより、村人達の反応を見れば分かる、全員が咽び泣きながら礼を言い続ける、聖女様に そして聖女を使わせてくれた神に対して、遂に終わった絶望の日々を前に村全体がナリアールを拝みあげるのだ

「…この声はきっと、神に届いたでしょう…後は 皆の信仰次第です、神の加護に驕らずより一層の祈りと働きを期待します」

「ありがとうございます聖女ナリアール様!!!、なんと美しい歌声…我らはこれほどまでに素晴らしい聖歌を聞いたことがありません!」

「流石は聖女様!お陰で私達の元にも奇跡が舞い降ります!」

「嗚呼、明日が楽しみなんていつ以来か!」

すっかり村人の様子も変わったと目で見ただけで分かる、表情が違う姿勢が違う声音が違う なにより活力に溢れている、歌一つ聞かせただけでここまで元気になるなんて…とも思いもするが、それがオライオンなんだ

心の底から神の加護と救いを信じるからこそ、神の救いの権化たる聖女の歌を聞いただけで救われた気分になれるのだ

しかしなぁ…、なんて思っていると 拝み倒す村人の中からぴょんと飛び跳ね現れるのは

「すごーい!、聖女様すごーい!、本当にすごーい!」

セレナちゃんだ、彼女が目を輝かせながらナリアールに近寄り凄い凄いと連呼し興奮気味に鼻を鳴らすのだ、どうやらナリアの仕事は完璧だったようだな

「わたし!大きくなったら絶対に聖歌隊に入る!」

「ええ、歌は良い物ですよ、誰にでも歌え 誰にでも届けることが出来るんですからね、さて…夜も更けて参りました、誠に不躾ではありますが 夜風を凌げる場所をお一つおかし頂けませんでしょうか」

「そ それでしたらウチへどうぞ!、聖女様に寒い思いはさせません!」

手を挙げ名乗り出る男、何か聖女様の役に立ちたいと興奮気味の姿はやや必死過ぎる気もするが、雪風を防げる場所を提供していただけるなら これに越したことはない、ありがたく受けようと静かに頷くと

「ありがとうございます、では 今日はもう休みましょうラグーニャ メルセデス」

「はい、夜風でお身体を壊しては事です、さぁどうぞ 我が外套の中へ」

「ありがとうございますメルセデス」

「お役目、ご立派でござまいした」

「メルセデスが守ってくれたお陰です」

何やらメルクさんもノリノリになってきたのか歯をキラーンと輝かせながらナリアを外套の中へと隠し 守るように男の案内に従い貸してくれる家とやらへ向かっていく…、その様をこう 見ていると、なんだか本当に高貴な身分な気がしてくる

メルクさんは元々軍人だ要人警護の心得があるんだろうな、なんか説得力のある守り方だ

「…………」

そんな中 俺はその場に留まり村を見回す、既に村人達も清々しい面持ちをしており 明日からの仕事にも精を出せると勇んでいる、別になんの問題も解決したわけじゃないのに これからなんとかなるという漠然とした楽観に包まれているようにも見える、まぁ 悲観するよりよほど良いから良いんだけどさ…

さっきも言ったが、村人達は救われた気分になっただけ、本当に救われたわけじゃない、問題は山積みだ

…まぁそれはこっちも同じだ、今日は一旦この村で休むとして…出来れば明日中にはこの村を発ちたい、いつこの村に追っ手が来るとも限らないしな…

やることは多いが、俺に出来ることは少ない、俺はどこまで行ってもパワーバカだ…、だからせめて焦って足を引っ張らないように 冷静でいないとな

「ふあぁ、ともあれ今日は疲れた…、折角だし ベッドでぐっすり休んで 明日に備えよう」

まだ、キツい旅は始まったばかりなんだから

………………………………………………………………………………

それから俺達はこのムシュモネ村の人達の厚意により一軒家にて、ありがたいことにぐっすり休むことが出来たのだ、人間ってのは硬い床で寝るよ布の上で寝たほうが体力の戻り方も違うしな

それに本当なら倉庫の一つでも貸してもらおうと思っていたところ、ナリアが昨日聖女としての仕事を全うしたお陰で俺たちはフカフカのベッドで休むことが出来た、村の人たちは既に俺達のことを本物の聖女一行と疑っていないようで 朝起きるなりまた豪勢な朝食を用意しようとしていたので 今回ばかりは断らせて貰った、あくまで俺たちは偽者なわけだしね

まぁともあれ一日ベッドで休んだ俺たちの体力は全快したと言える、これでまた旅に出られる状態にはなった、だがそれじゃあこれから旅に出ます というわけにもいかない

俺達は今聖女様一行だ、例え本当はそうじゃなくても今はそうなんだ、聖女とは衆生に救いを与える存在…、今この村に蔓延する問題を放置して出てはそれは嘘になってしまう

嘘をついて騙して物資を貰って出るわけにはいかない、少なくともこの嘘を本当にしてからじゃないと

急ぐ旅ではあるが、時間がないわけでもない そのくらいの余裕はあるさ

「ほらよ、これでこの道も使えるだろうよ」

「おお、流石は聖女様の守人様…凄まじい怪力だぁ」

というわけで俺は朝早くから街と村を繋ぐ街道に横たわる倒木を退かしに来たんだ…

『街と村の間に倒木が……』そう聞いた時はまぁ大木の一本二本くらい屁でもないと思ったんだが、実物を見て感想を改めた

これは倒木じゃなくて 俺なら崖崩れと呼ぶ、どうやら街との間にある道とは起伏の激しい丘の間に出来た天然の道のことを言うらしい、まぁそうか 森の中は殆ど代わり映えしない景色だ、こういう分かりやすい道じゃないと商人や村人も遭難しちまうからだろう

そして、その丘で暴れまわったのは村の頭を悩ませる種、昨日倒した熊型の魔獣『デュークキングベアー』、危険度Cに部類される ポルデューク固有の魔獣だ、一体一体が大柄で怪力を持つ上 繁殖能力がエゲツなく瞬く間に王国を形成するが如く増えてしまうのが難点の化け物

そいつが近くにコロニー状の巣を形成したせいでここら一体はデュークキングベアーの縄張りになっちまった、それを街の人間が追い返そうと半端に刺激したせいで間にある街道が崩落、おかげで使えなくなっちまったって寸法だ

それを俺はスコップ片手に土砂を退け 倒れた大木を手刀で切り分け 補強する木材として地面に打ち込み街道の整備を終える、一応アルクカース人なんでね 陣地の形成くらいはお手の物よ

「一人で瞬く間に…、流石は聖女様の守人様」

「そらどうも」

流石は聖女様の守人様ってワードでしか褒められないからやや辟易しつつも仕事は終えた、時間はさしたる程使ってないし…うん、行けるな

一応今 メルクさんは単独でデュークキングベアーのコロニーに向かいぶっ潰しに向かってる、本当なら俺が行きたかったけど 倒木の撤去は力仕事だから俺は適任の方に回り、あちらはメルクさんに任せた

まぁあの人ならデュークキングベアーを殲滅した上でコロニーを使い物にならないように加工することもできる、あっちはあっちで適任と言えるだろう

「いやあ、聖女様が村に来てくれたおかげで何もかもが良い方向へ回りつつあります、ありがとうございます」

「いやいや、当然のことをしたまでよ」

「特に先日の聖歌…見事でしたぁ」

うっとりとするのは俺をここまで案内してくれた村人だ、彼は俺を村へ案内すると共に先日の聖女ナリアールの歌う姿を想起しため息を漏らす、まぁ昨日のナリアールの聖歌は凄まじいものだったから 同意はするが

昨日聞いた話だと、そもそもナリアは歌劇が得意であるため歌には自信があり、レッスンの過程で聖歌の練習も積んだ事があるそうだ、エトワールとオライオン 帝国を挟んでいるとはいえ同じ大陸内だし文明的には近いのが幸いしたおかげで、ナリアは問題なく聖歌を披露できるそうなのだ

「お陰で、我々はあの事件を乗り越えられそうです…」

「ん?、あの事件?熊とか崖崩れ意外にも何か?」

「……ええ」

そう語る村人の顔つきはやや硬い、そういや まだ因果関係が全て明瞭ではないことに気がつく

崖崩れが起きたのは熊の所為、熊が現れるようになったのは近くに巣が出来た所為、じゃあ なんで熊は近くに巣を作った?

ってのも魔獣は普通人里の近くに巣を作らない、だってそうだろ?誰が天敵の巣の近くに自分の巣を作るよ、魔獣にとって人間は敵だ だから本能的に近くに巣を作ったりはしない…筈なんだ、けど そう言う自体が全く無いわけじゃない

そう言う場合は、往々にして何かしらの理由があったりするんだ

「その…数年前に このズュギアの森で活動していた例の神敵がいたのです」
 
「例の神敵…、あ…ああ あいつね」

例のって言われても分からんが 一応俺はこの国の人間ってことになってるので誤魔化すが…、俺らと同じ教会の敵判定食らった奴が 数年前にここにいたのか…

「で?、奴とこの村に何の関係が…」

「奴は戒められた煙草や酒などの嗜好品を手練手管で売り捌教徒を堕落させる傍で、この森の奥の…ネブタ山に自らの拠点を作っていたのです、蟻の巣のように張り巡らされた地下拠点を…」

「拠点?、聞かない話だな」

「そうですか?軍の方では有名と聞いたのですが…、国内を荒らす悪逆の存在として知られた奴を野放しに出来ないと四神将が総出でその拠点を叩き 神敵は捕縛されたものの、その影響で山奥の魔獣達があちこちに散ってしまって」

なるほど、四神将と神敵の戦いは壮絶を極めた結果、その余波で山の魔獣達が森の方へと逃げ出したってわけか、だから 本当はこの辺りにいないはずのデュークキングベアーがこんな森の外周に…

しかし、随分なことをしでかした奴もいたものだ、戒められているはずの品々をその手練手管だけで売り この国の人間を骨抜きにするとは、もしかしたら其奴も邪教アストロラーベの関係者かもしれないな

まぁ、その邪教と同列に扱われてるのが 今の俺らなんだけどさ…

「おーい、戻ったぞー!」

ふと、意識を視界に戻せ既に村が目に見えてくる、スコップ片手に戻ってきた俺を見て 漸く街との行き来も出来るようになったと安堵する者達が嬉しそうに手を振っている

まぁ、何はともあれ 街との行き来が出来るようになったら村も干上ることはないだろう

「こ こんなに早く!流石は聖女様の守人様!」

「ははは、どうも…」


「倒木を片付ける仕事だと聞いていたが、君にしては随分時間がかかったな、ラグーニャ」

「ん?、ああメルク…デスさん、現場を見てみたら 結構な惨状でさ、補強もしてたら遅れたよ」

村に戻ってくるなり 出迎えてくれる村人達と共に 優雅に手を挙げこちらに微笑みを向けているのはメルクさん…改めてメルセデスだ、どうやら彼女の方は早々に終わったらしい、なんなら 足元には大量の肉が…

「って、なんだその肉」

「次いでだからイノシシを数頭捕らえてきた、干せば私達が昨日食べた分の補填にはなろうさ」

相変わらずしっかりした人だな、手には血がべっとり付いているあた血抜きも手伝ったんだろうが …村人も思うまい、この逞しい女傑が 世界一の大富豪にして世界的な商業組合のトップとは…

「さて、村のみんな これは聖女様からの施しだ、飢えた分のこれを使って必要な物を揃えるといい」

そう言いながらメルクさんは懐から数枚の金貨を取り出し 村人に手渡す、当然 それをみた村人達の顔は空よりも青くなり…

「い 頂けませんこんな!、聖女様達から施しなど…」

「遠慮は要らん、君達の生活の一助となれば幸いなのだ」

「ですが…やはり…」

「…ならこうしよう、我々はこの後すぐ別の村に向かう予定なのだが、この村には馬橇はあるかな?、旅の物資も金品の引き換えに頂きたい、施しではなく 購入なら問題ないだろう」

「うう…それなら、聖女様の御助けになれるのでしたら…」

チラリと村人の一人が目配せをし直ぐに旅に必要なあれこれを揃えてくれるようだ、しかしメルクさん いくらあんた金持ってるからって いきなり金貨渡したらそれ普通ビビるぜ…

まぁいい、ともあれ旅の支度は整えてくれるようだ、これなら 直ぐに次の村へと旅立つことが出来る、なら とっとと先へ進もう、いつ神聖軍が現れるかも分からんしな

「うう、寒々…」

「大丈夫かラグーニャ、お前さっきから頻りに震えているが」

「いやぁ、やっぱ雪にまみれて仕事すると寒くて……、それより聖女様は?」

「ん?、あそこだ」

そろそろナリアと合流して そう思い彼の姿を探すと、ナリアは村の中心で子供達と戯れていた、俺達が仕事してんのに何遊んでんだなんてとても言えない、彼は朝起きる瞬間からずっと今まで一度として役を解いていないんだ

「聖女様聖女様!、聖歌教えてくれてありがとうー!」

「いえいえ、信心を忘れることがないよう 毎日精進に励みなさい」    

「はーい!」

「ふふ、良い返事ですね、きっと天空の星神様にも届いていることでしょう」

俺たちはある程度素のままでも通用するが、ナリアはそうもいかない、聖女に求められるあり方手探りで探しながら一度も間違えずに永遠に演じ続ける必要がある、彼がああして完璧に聖女を演じ続ける限り 俺達は疑われることがなくこの村に溶け込める

今この行動の要はナリアにある、その重圧を少しも出さずに演技を続ける…、その緊張は計り知れない

「聖女様!!、聖都のお話聞かせて?」

「ええ…、彼処は良いところですよ、清廉で 鮮烈で、美しく 厳かな街、神の加護の下に生まれし街は 永遠なる栄華を極めています、叶うなら 皆とも行きたいですね」

「そうなんだー!」

行ったこともない 見たこともない街をああもしゃあしゃあと語れるんだからすごいよな…、聖歌を歌え 優しく清らか…あれじゃあ本物の聖女だ

「守人様!、こちらでどうでしょうか」

「ん?、おお 立派な馬橇だな、貰ってもいいのか?」

そう村人に呼ばれてみれば、何やら立派…とは少し言い難い馬橇が用意されていた、俺達が最初に借りた物よりも 当然軍用の馬橇よりも小さく壁面もボロい、だがキチンと馬橇だし 何よりブレイクエクウスも付いている

文句なしだこれは

「ええ、構いません構いません、持て余していた所なので」

「そうか、では旅が終わり次第返しに来るよ」

「いえそんな…ですが、行ってしまわれるのですねもう1日くらいゆっくりして頂いても…」

「いえ、そうは行きません」

「っ!?聖女様!?」

馬橇を入手したものの村人達はもう少しだけでもゆっくりしていって欲しそうな顔だ、それは好意故か或いは心細いからかは分からないが、そうはいかないと声を上げるのは子供達を引き連れた聖女ナリアールだ

「これが、馬橇ですね ラグーニャ メルセデス」

「ええ、丁度我等の馬橇も魔獣に壊されてしまっていた所なので ありがたく使わせていただこうかと」

「それは良かった…、皆様と離れるのはとても心細いですが、それでも私の歌を待っている者がこの国にはまだまだいるのです、一刻も早く村を巡って 皆に神の加護を届けなければなりません」

「そ そんな聖女様、貴方は昨日この村に着いたばかり…そんな急いで旅をしては体を壊して…」

「私は…どうなっても良い、私はもう嫌なのです…ただ衆生の安寧を神に祈り続けるだけの日々は、私に出来ることがあるなら…私はこの手でこの足で、民を救いに行きたい その為の力を神より賜ったのですから、ですから 私は参ります」

「聖女様……」

迫真の演技だ、えっと…確かナリアールのバッグストーリーは『心優しき病弱な令嬢で、毎日のように国のため祈りを捧げてきた過去があり、奇跡的に病を克服し そのまま聖歌隊に入隊し聖女になりました』とかなんとか…、その辺は徹底しているようだ

因みに俺は『素行の良くない街の荒くれ者』らしい、抗議したが『ラグナさんの演技力のぎこちなさに説得力を持たせるにそういう立場になれてない人間ってことにするのが手っ取り早いので』といわれてぐうの音も出なかった…

「さぁ、ラグーニャ メルセデス、行きましょう次なる村へ」

「はい、聖女様 貴方の聖歌をこの大地に遍く伝える為、このメルセデス どこまでもお供しましょう」

「お 俺もー」

「うぅ、なんて信心深いお方なのだ…、でしたら我等も止めますまい、どうかご無事で…」

ニコリとナリアが微笑み村人達に手を振っている間に俺達は馬車の中を改める、しばらく使ってないのか内部は結構ボロボロだがメルクさん曰く錬金術で補強出来るらしいのでとりあえず良し、事前に村人が詰めてくれた荷物を確認すれば三日分くらいの食料もある

…後は、お!地図とコンパスがある!ありがてぇ 必需品じゃないか…!

「どれどれ…」

地図を広げて現在地を確認する、このムシュモネ村はズギュアの森の外周も外周の浅瀬にある村だ、まぁ外への道がある時点で分かってはいたがな、そして 確認するの他の村のある場所…

うん ポツポツとだがある、これを線で結ぶように進めば森の向こう側 エノシガリオスへ辿り着けそうだ、けど…

(分かってはいたが、村と村の間隔が広い…ここから次の村まで三日ほどの距離がある、全部通って エノシガリオス側に出るには二ヶ月半くらいかかるな、制限時間ギリギリだ…)

エリス達のこともあるし あんまりギリギリでエノシガリオスに着くのはなぁ…、だが どんなに慌てても馬橇の進む速度が変わるわけでもなし、今は可能な限り躓く回数を減らすことだけを考えよう

「聖女様、いつでも出られます」

「ありがとうメルセデス、では…」

そう ナリアがメルクさんの声に応え、馬橇に乗り込もうとした瞬間…

「聖女様!!」

「ん、セレナちゃん?」

呼び止めるのはセレナちゃんだ、この聖女云々の話の発端のなった彼女が 目に涙を溜めながら聖女ナリアールに駆け寄ると…

「ありがとう…ありがとうございます!、お陰で村は救われました!、それもこれも…聖女ナリアール様がきてくれたから…」

「セレナちゃん…、いいえ 違いますよ、全ては貴方の心があったからです」

「え?」

すると、ナリアは再度振り返り セレナちゃんの頭に手を置き、優しく撫でると…、神々しい微笑みをもって 

「貴方が村のために勇気を出して森へ出たから、私はこの村にたどり着けたのです、誰かの為に足を前へ動かす勇気こそが神の救いを呼び込むんです…、だから私は貴方の勇気を讃えたい セレナ、頑張りましたね」

「聖女様…っ!」

「ふふふ、ですが もう危ないことはしちゃいけませんよ、では…皆さん、もし寂しくなったり心細くなったら、私が教えた聖歌を口ずさんでください、それだけで 私達は側に在る事が出来ますから」

子供達をまとめて抱きしめるような一言を残し、ナリアは今度こそ馬橇に乗り込む、外から聞こえるのは感謝の声と感激の声、この村に来てくれてありがとうと雨のように降り注ぐ礼を受け、俺は手綱を取る

…騙しているわけだ つまりさ、俺たちは今騙してるんだ

彼らは俺たちの事を聖女だと思い込んでいる、それに対して俺たちは嘘で乗っかった

それは良くない事だ、正直にいう方が美徳だろう

…だけど

「ありがとー!聖女様ー!、私!絶対聖歌隊に入るねー!」

もう誰も下を向いてないならいいじゃねぇか、この村を支配するどんよりとした空気はもうどこにもない、魔獣も災害も全部取り払った この村はもう通常通り回っていく、ならそれでいい 嘘でもいい

嘘でも 誰かを救えたならな

「よっし、行くか!」

手綱を振るい 村人達から貰った馬橇を動かし俺達は進む、嘘を嘘にしない為に 俺達は聖女の一行としてムシュモネ村を後にする

ありがとう ありがとうと言う言葉が遠ざかるのを感じ、ようやく前へ進めた事に一先ず安堵する

「…おつかれさん、ナリア」

コンパスを頼りに馬橇を動か森の中に入ればもう観客はいない、もう見る者はいない、演技はやめてもいいんだぜ?とチラリと肩腰に橇の中に座り込むナリアを見れば

「…はぁー、疲れたー 緊張したー」

ドッと汗をかきながら足を開いて息を吐くナリア、そこに聖女の面影はない、ようやく演技をやめられたと一息入れる

さして動いても居ないのにあの汗だ、きっと全神経を常に研ぎ澄ませ 常に凡ゆる事態を想定して見た事も聞いた事もない人間を演じていたのだろう、戦士で例えるなら常に絶え間なく訪れる敵を前に警戒を解かずに戦うようなもの

溜まる疲労だってエゲツないだろうに…よくやってくれているよ

「大丈夫か?ナリア」

「いえ、…ただすみません、僕の勢いで聖女だなんて言っちゃって…」

「いいんじゃないか?、お陰で馬橇が手に入ったわけだし 正体も隠せたし あの村に希望を与える事が出来た、何か文句を挟む余地があるか?ラグナ」

「ねぇな、俺達が竦む中動いてくれたおかげさ、頼りになるよ ナリア」

全て事実だ、ナリアが言い出したおかげで今俺たちは馬橇を手に入れて安定した旅に出る事が出来た、何よりあの村に希望を与える事が出来たんだ

あの村の問題を解決するだけなら聖女と名乗らなくても解決は出来た、だが 下を向いている村人の顔を上げることは出来なかった、『自分達は聖都に見捨てられたのかもしれない』と思い続けていたら 全ての問題が解決したとしてもあの村は長くなかった

神聖軍と敵対してるがこの国は敵じゃないんだ、あの村の人達は敵ではないんだ、だから 救うのは当たり前のこと

そのきっかけを作ってくれたナリアには感謝してる、俺もメルクさんもあの村の人達もさ

「そうですかね…、なら!頑張りますよ!この森は僕の舞台です!、聖女としてこの森に住まう村の方々に希望を分け与えて行きましょう!」

「まぁ目的はそれじゃねぇけどな、でも 多分他の村も荒れてると思うぞ?」

「む?、何故だ?ラグナ?」

「んー…」

多分他の村も荒れている、というのも あの村で起こっていた問題の原因はあの村だけで収まるものではないからだ、原因の大元を辿ればこの国全体を巻き込むような悪事を働いていた神敵と神将の戦いなんだからな

…ああ、でもこの話有名なんだっけな、じゃあ共有しておいたほうがいいか

「んー、いやな?数年前にすげぇ悪どい事をしてる奴がこの森の奥にあるネブタ山に拠点を作ってたそうなんだよ」

「悪どい事を、まぁ 隠れるにはうってつけだろうな、あの山は」

チラリと視線を横にすれば見えるのは天を貫く巨大な山脈、ネブタ山だ 深い森に囲まれており周囲の人里も離れているから目もつかない、隠れるならあそこに隠れるべきだろうけど

思うのは其奴の度胸だ、ネブタ山に目をつけるまでは誰もが目をつけるが、実際にそこに拠点を構える行動に出るその胆力は並外れた物だ、神将が駆り出されるのも分かる気がする

「何してたんですか?悪どい事って…、強盗とか?」

「いや、なんでも酒とか禁止されている食材とか売りまくってこの信仰の国を骨抜きにしてたらしいぜ?、おまけに聖典を冒涜したとか…だから神将が駆り出されて あの山でぶつかり合ったらしい、そのせいで魔獣が…メルクさん?」

「………………」

すると、何やらメルクさんが神妙な顔をしていることに気がつく、難しい顔だ…凄く凄く難しい顔だ、何か変なところでもあったか?

「どうした?」

「……うむ、民を骨抜きにする品を売って金を集め その金を元手に拠点を作り魔女大国に牙を剥く…、似ている…」

「誰にだ?」

「私の知るとある男にだ、だが奴がここにいるわけが…うん、ただ似ているだけ…だろうな」

「なんだそりゃ」

「いい、気にするな」

なんか知ってる人間に似ている気がするとのことだが、少なくとも友人でないのは確かだろう、小声で『奴がこの国にいたら一大事だしな』とか言ってるし…ロクでもない奴に心当たりがあるらしい、まぁどの道捕まってるからいいんだけどさ

「ってわけだ、他の村も同じ感じだろうからナリア、気合い入れてくれ?」

「任せてください!僕の演技で皆に希望を与えますよ!」
 
頼りになる役者だ、俺ももっと頑張らないとな…、ナリアが頑張ってるんだか俺も出来る限りの事をして旅に貢献しないと…

先は長いんだしな、まだまださ
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