孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

269.魔女の弟子と地獄の猟犬

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「ここが安置所ですか」

「声出すな頭出すな」

(すみません…)

グイッとヘットに引っ張られ、エリスは戸棚の後ろに空いた穴の奥へと引っ張りこまれる、ヘットの案内にて辿り着いたのは監獄の地下内部に存在する巨大な荷物安置所、ここに収容される

エリス達の荷物や服もここに置かれていると思われるのだが、さっきチラリと見た感じ これが凄まじく広い、伊達に数万人単位で収容して居ない…、遥か上まで広がる屋根に届く勢いで伸びる巨大な棚が規則正しくドーンと闇の向こう側まで続いているのだ、しかもそれがお店の棚のようにいくつもいくつも並んでるんだから果てしないと言うより他ない

そんな安置所の壁の裏にて、エリスとメグさん そして協力者たるヘットは一息つく

「さて?、段取りは覚えてるか?」

「ええ、ヘットが囮になっている間にエリス達が荷物を見つけて、指定された場所に向かえばいいんですよね」

「ん、そこでボンボン坊やとガーランドが待ってる筈だ、そのままとっとと脱獄しな」

既に手筈は整えてある、あとは実行し 成功させるだけ、アマルトさん達も今頃監獄長室で鍵を確保している頃だろうし…、うん!急ごう!

「分かりました、…ありがとうございました ヘット」

「礼はいらねぇって、ただ…もうヘマすんなよ、テメェは俺に勝ったんだからな」

「そこも含めて、分かってますよ」

「ん…じゃあ行くか、丁度来た事だしな…」

チラリとヘットが安置所に目を向ける、…聞こえてくる足音 近づいてくる気配、恐らくこの安置所の警備を任されているという神聖軍のエリート 神将直下の死番衆だ、ここからでも伝わってくる程に濃厚な気配…こりゃ本当に只者じゃないぞ


「上手くやれよ」

それだけ言い残し ヘットは安置所の内部、死番衆の目の前に躍り出るように穴から飛び出していく、その様を エリスは見逃さぬようにしかとこの目に焼き付けた


………………………………………………………………………

「………………」

静まり返った安置所内を歩く二人組み、髑髏に突き立てられた剣を描いた外套を羽織り、通常の看守とは異なる装束に身を包む彼らの名は死番衆

囚人達 或いは教義に反する異端者の死を観測する事を目的として設立された特殊部隊、邪教執行官と異なり 捕縛する事を目的としている為自らの手で捕縛する事は少なく、悪人や犯罪者達からは邪教執行官程恐れられて居ない

がしかし、同じ神聖軍は知っている この世で最も敵に回してはいけない部隊が邪教執行官達では無く 彼らであることを

彼らの頭の中に『断念』の二文字は無い、例え何処に敵がいようとも追い縋る様はまるで影の如く、風を追い抜き駆け抜け喉元に食らいつく様はまるで猟犬、間に山があろうが谷があろうが吹雪の中だろうが全て踏破し敵に辿り着く執念は 何にも変えがたい程に恐ろしい

「……………………」

安置所内の見張りを任されている彼らもまた 死番衆である、未だかつてここに忍び込んだ囚人なんて 数千年の歴史で片手で数える程度しかないというのに、いつ敵が来てもいいように細心の注意を払って警備に当たる

その生真面目さは真なる信仰…、いや 狂信が成せる業であると言えるだろう

そんな彼らに、恐らく初めてと言える仕事が舞い込んできた

「よう、真面目に警備してて疲れないかい?」

「……お前は」

背後より、唐突に響く声、聴きなれぬ声 つまり敵であると断定し死番衆の二人は剣を抜きながら背後に目を向ける、するとそこには小綺麗な背広を着込み テンガロンハットを目深く手で押さえる伊達男が一人…

ヘットだ、二年前神将によってこの監獄に捕らえられ 一年半前から無界にて行方不明になった男がそこに立っていた

「……お前は無界にて命を落としたはず」

「『何事もその目で真実を見つめよ、さすれば道に迷うことは無し』…だったか?、テメェらの聖典で大層な神様も言ってるだろ?、死体を確認するまで油断するなってよ」

クククと笑いながら両手を広げるヘットの存在に些か面を食らう死番衆、ヘットは一年半前から生存が確認出来ていない男の一人だ、それが何故ここにいるのか 何故無界から抜け出しているのか、まるで理解は出来ないが…

それでも、死番衆のやることは変わらない

「まぁいい、生きていたのなら 捕らえて話を聞くまでだ、どうやって生き延びていたのかをな」

「そうかい、出来るといいな」

「………ッ!!!」

刹那、裂帛の踏み込みにて斬りかかる二人の死番衆、その動きを読んでいたかの如くヒラリと背後に飛び 鉄の刃からも死番衆の手からも逃げ果せるヘット、しかし

「『ウインドスラッシュ』ッ!」

「『アースブロークン』!」

動く 彼らの魔力が、この魔術の禁じられた監獄内で唯一魔術が許された彼らが放つのは鎌鼬の如く飛ぶ斬撃とガリガリと大地を削る一本の岩槍、これが数万人の囚人に対する監獄側の抑止力…

魔解石の腕輪だ

「おおっとと、危ねー へへへ」

されどヘットだって負けていない、伊達や酔狂で裏社会の第一線に身を置き続けていない、魔術の回避も小慣れており、まるでここは独壇場とでも言わんばかりにステップ一つで明確に二つの魔術の射程範囲から逃げ果せる、そうしている間に死番衆とヘットの間は大きく開いて…

「ううーん、これはヤバそうだ、逃げた方がいいかなぁ~…ってなわけであばよ!」

「む、逃げた?…なんで現れたんだ」

「愚かな…、死番衆を前に逃げに徹するなど、陸で水を掻くようなもの…!」

死番衆の本質は追跡にある、如何なる相手であろうとも追い縋り 食いつき離さない死の猟犬、死番衆を前に逃げることほど無駄なことはないというのにヘットは背中を見せて逃げ始めたのだ

当然追う、当然逃げる、当然笑う…ヘットは笑う、お前らの性質なんざ百も理解している、普通なら俺が生きていたと上司なり仲間なりに報告に行かねばならない所をお前、二人揃って追いかけてきてくれるんだからやりやすいことこの上ない

猟犬じゃダメなんだ、見張りを任せるなら 何時間でもそこで待って 任務を遂行できる忠犬じゃねぇと

「ククク……」

思わず吹き出しそうになるのを堪えながらヘットはタッタカ駆け抜けエリス達の元から去っていく、死番衆達を引き連れて…




「……行きましたか」

ヒョイと穴から安置所内に身を乗り出して確認する、うん 居ない、ヘットは上手くやったようだとエリスは安堵の息を漏らしながら安置所のへの侵入を果たす

「ヘット様は…?」

「行きました、死番衆を連れて行ったようです」

「そうでございますか、大丈夫でございましょうか」

「大丈夫ですよ、アイツが大丈夫って言ったんです、根拠もなくそんな事言うやつじゃありません」

どうせあの死番衆二人をなんとかする算段も整えている筈だ、でなきゃこんな事するわけがない、アイツはそこまで真面目じゃないからな だから悪人やってんだ

「さて、エリス達の荷物を探しましょうか」

「はい、ですがかなりの量でございますが…ここから見つけられますか?」

「既にヘットが大まかな場所に目安をつけてくれていますので、こっちです メグさん」

既にヘットが見せてくれた間取りとエリス達の荷物が置かれている場所が記載された地図は頭に入っている、エリス達が出てきた穴から数えて右に二十八個向こうの棚の 中腹四十八段目だ

その辺りを重点的に探せばエリス達の荷物もすぐに見つかる筈だ、そうメグさんに伝え 誰もいない安置所を走り抜ける、一応注意してね?この広大な安置所に見張りが二人とは考え難いから

「しかしエリス様、便利でございますね」

「え?、エリスがですか?」

「ええ、一度見たものは決して忘れない 味わった物も嗅いだ匂いも忘れない、帝国にいた頃から思っていましたが本当に便利でございます」

「そうでしょうか…」

エリスの良いところなんてこの記憶力くらいしかないし、エリスからしたら何でもできるメグさんの方こそ便利というに相応しい気がする

「もしかしたら私達の荷物の匂いも追えるかもしれませんね、いけますか?エリス様」

「犬じゃないんですから…」

「犬なら行けるのですね」

「そりゃ匂いは覚えてますから…っとと、ここですね」

やや埃っぽくカビ臭い道を抜け エリス達の荷物があるとも思われる棚の前まで来る、この四十八段目…っと

「ありました!って…高ぁ…」

「どうやら梯子か何かを使って取ることを想定されているようでございますね」

四十八段目なんだからそりゃ高いよ、ぐわーんと腰ごと沿ってようやく目に入るくらい高い位置にエリスのコートの端っこがちろっと見えている、高い…これは背伸びをしても届きそうにないですね

しかし今更梯子を取りに行く暇は…

「まぁ私には必要ございませんが、ちょっと取ってきますね」

「へ?…え!?」

振り向いた時 既にメグさんの姿はなかった、跳んでいたのだ 棚を駆け上がり、飛ぶような勢いで四十八段踏み越えると一瞬の間に荷物を回収し、そして

「お持ちましました、エリス様」

「早……」

ストンと着地すると同時に優雅にカテーシー、手に持つエリスの服やポーチを差し出すメグさその足元にポサリと落ちるのは先程までメグさんが着ていた囚人服だ、代わりにメグさんはいつの間にかいつものメイド服に着替えており よく見慣れた服装に戻っている

何もかもが常識外れのスピードだ、何もかもを空中で終わらせたというのか、エリスでもズボンを履くくらいが限界ですよ

「さぁエリス様、お着替えしましょうか、いつまでもそんな汗臭い囚人服着ていては病気になってしまいます」

「それもそうですね…、え?ここで着替えるんですか?」

「私もそうしましたよ」

「いや…、まぁ仕方ありませんね…一応こっち見ないでください?」

「女同士なのに?」

「だってメグさん揶揄って来そうなんですもん!」

エリス腹筋バキバキですし、あんまりこう…人に見せられるような身体してませんし、見られたくないんですよ! 向こう向いて!とメグさんを回れ右させると同時にポイポイ服を脱ぎ捨て メグさんが持って来たエリスのいつもの服に着替える

「……よし!」

使い古したズボンに足を通し、帝国で買った白いシャツのボタンを留め、師匠から貰ったコートに袖を通せば、シャキッと身が締まる…そうそうこれこれ、これだよ やっと戻って来た感じだ

漲る闘気 張り切る元気、やってやるって気持ちがフツフツと湧いてくる

「フゥー…、行きますか!メグさん!」

「ええ、アマルト様と合流しましょう」

ピッと皺を正し、注入された気合のまま目を釣り上げ 走り出す、安置所の出口もそこから出口に向かう道も、その間に配置されている看守の居場所も何から何まで把握している、その時考えた完璧なルートだって頭の中だ

「しかしヘット様は放置で良いのですか」

「いいんですよ、助けに行ったら意味ないですしね、というか随分ヘットを気にしますね」

「いえ、やはり大恩がありますし…」

まぁ、確かにそうだなと感じつつも安置所の扉を押し開け、二人で全力で駆け抜ける 

ヘットには恩が出来た、出来れば返したいが だからと言って今から助けに行くのは話が違う、案外もう死番衆を何とかしているかもしれないし だとしたら単純なタイムロスにしかならない

今頃アマルトさん達も鍵を手に入れているかもしれない、もしかしたら途中で見つかって追われている可能性もある、なら…今は先を急ごう

「む、エリス様…そこの曲がり角から二人歩いて来ます、看守です」

「ええ…」

エリスの進行方向に存在する曲がり角から二人ほど看守が歩いてくる音が聞こえる、記憶を探れば確かに近くに看守が配置され居たことが分かる、看守だって常に同じ場所にいるわけはないか…

「仕方ない、倒して進みましょう」

「それには及びません、お待ちを…」


刹那、曲がり角から看守が姿を現した その瞬間メグさんが強く大地を蹴って加速し、隠れることもなく されど目にも止まらぬ速度で廊下を飛び…

「ん…?」

吹いた一陣の風に看守が気がつく、が 既に遅い…、眼光の光芒を一筋残したメグさんは既に看守二人の背後に回っており…

「フッ…!」

「な!?かふっ!?」

一つ、手を伸ばし 看守の首に手をかけた瞬間、看守の頭がコキリと音を立てて九十度横に曲がり、目は白く染まり 泡を吹いて、その身体から力が抜け 糸の切れた人形の様に音を立てて崩れていく

「な!?おま…」

「遅い…!」

相方が倒れ 咄嗟に腰の剣に手を伸ばす看守、されど既にメグさんの行動は始まっている

両手の指を立て、影さえ残さぬ疾風の連撃が加わる、首筋 溝内 脇腹 …それぞれにメグさんの指の跡が深々と残る、それは人という人間の意志を刈り取る工程としては完璧と言わざるを得ないほどの手際

人体構造を熟知したメグさんの連打は看守に傷一つつけなかっただろう、だが その意識は

「…が…ぁ」

既に無い、あまりにも速すぎるその行動は 看守二人に悲鳴の一つさえあげることも許さず、無力化するに至る…これがメグさんの技 これがメグという女性の強さ、よく勝てたな エリス

「これぞ冥土奉仕術 番外…否殺術・お眠り殺法」

「殺さないのか殺すのか分からない技名ですね…」

魔術を封じられても彼女はあんまり弱体化しない、そりゃあ魔装が使えた方が強いだろうが 彼女からしてみれば自由に両手が使えるだけで十二分に戦えるのだ、頼りになる人です、本当に

「では参りましょうか」

「この人達、放置したままでいいんでしょうか」

「構いません、目を覚まそうが 他の看守が発見しようが、事が始まる頃には既に我々は外にいますので」

「それもそうですね、では先を」

「ええ」

看守を放って先を急ぐ、アマルトさん達の合流ポイントはすぐそこだ、メグさんを案内する様に走り駆け抜け 見張りを掻い潜り、一階にあるエントランスへと向かう、ヘット曰く今の時間帯ならエントラスは無人らしい 其処へ向かえば今頃アマルトさん達が






「……エリス様、合流ポイントは本当にここでございますか?」

「間違いありません、監獄の間取りは把握してますから…ここに違いない、筈なんですが」

辿り着いた…、漸く辿り着いたエントラスには 誰もいない、本当に無人だ、人っ子一人いない…アマルトさんもガーランドも

ここで合流する筈なのに、アマルトさん達の方が先に着いている予定なのに…、居ない?

「まさか、何かあったんでしょうか」

「で、ございましょうね」

論ずるべくもないとばかりにメグさんの表情が険しくなる、事の重大さを受け かなり切迫した表情だ、まぁ 同じ顔を今エリスもしてるわけですけど

まさかしくじった?、だが万全に備えていたというのに…、いや そんな事今考えても意味がない

今考えるべくはどうするべきか、二人がしくじっていたならば直ぐに監獄全体がアリの巣突いたみたいな大騒ぎになる事だろう、そうなれば脱獄どころの騒ぎでは無くなる

外にも出られない状況でそれは厳しい、一旦立て直すか?いやそれよりも前にアマルトさんは無事なのか?まずそこからだ

「おーい、エリス殿~ メグ殿~」

「え?あ、ガーランドさん」

ふと、考え込むエリスの思考に割り込んで 無遠慮な声が響く、ガーランドさんだ 廊下の奥から手を振りながらこちらに駆けてくるのだ、その手には燦然と輝く黄金の鍵

…なぁんだ、無事だったのか

「頼まれごとはきちんとこなしましたぞ?」

「なんだ、居ないから失敗したのかと思いましたよ…びっくりしたぁ」

「いやいやははは、儂もこの手の仕事は久し振りで…、やは昔のようには行きませぬなぁ」

あはははと笑うガーランドを見てホッとする、やはりヘットの見立ては正しかったようだ、看守も騒ぎに気がついていないし これなら直ぐに脱獄出来るだろう

「よかったですね、メグさん どうやら無事みたいですよ」

「…………」

「メグさん?」

ふと振り向いてメグさんの顔を見ると、…その表情の険しさに思わずたじろぐ、凄まじいくらい眉間に皺を寄せ ガーランドを睨んでいる、な 何か…あったのだろうか

「ど どうしたんですか?、メグさん」

「いえ、ところでガーランド様?一つお伺いしたいのですが?」

「はあ、なんですかな?」

「アマルト様はどちらに?」

「…………」

…居ない、アマルトさんが居ない ガーランドさんの後を追ってくる気配もない、居ないんだ アマルトさんが、その事に気がついて はたとガーランドの顔を見ると…

まるで、烈火の如き怒りの表情を見せるメグさんとは対照的に、氷のように冷たい無表情でなんでもないないかのように口を開き

「ええ、実は不測の事態が起こりましてな、彼を囮にすることでなんとか逃げ延びこの通り任務の遂行が出来たのです、彼には感謝せねば…」

「なっ!?」

お 囮にした?、つまり アマルトさんを餌に彼は逃げてここまで来たと?…つまり、つまり?何か?彼はエリス達を逃がすためではなく、ただただ言われた鍵の確保だけをしてきたと?…そういう、事なのか?

「はぁ、やはりですか…やはりなのですか、だから暗殺者やそれに類する人間は嫌いなのです、己の任務の達成のためなら同胞さえも簡単に切り捨てる情の無さ、後に残るのは敵と味方の死骸のみ…それを見ても何も思わないその感性、反吐が出ますよ…!」

「何を言っておられるのやら、こうして私が帰還し鍵を奪取する事が最適解のはず、全員共倒れになるよりは随分マシと思われますが?」

「それは結果論でしかないでしょう、結果上手くいっただけ その中身に目もくれずただただ達成だけを求めれば…先に待つのは自壊と自滅のみ、そんな単純な計算も出来ないから貴方達は…!」

「メグさん!待ってください!」

思わず襲い掛かりそうになるメグさんを止める、待て待て 取り敢えず待ってくれ、ガーランドは一応鍵は持ってきたんだ、だから

「エリス様!?何を…」

「まぁまぁ、ガーランドさん 取り敢えず鍵をこちらに」

「はい、貴方に鍵を渡せば アストロラーベ復活の為の手伝いをしていただけるとボスから聞き及んでいますからな、いやぁよかった」

「そうですか、ありがとうございます…でも」

だから…、取り敢えず鍵を受け取る、取り敢えず だ…こいつは絶対に必要だからな

鍵を受け取った手を握り拳を握り、固め 牙を剥く…それはそれとしてだ、それは…それと…してだ!!!この野郎…!!

「お前…、何エリスの友達餌にして飄々としてんだよ…!、この野郎ッッ!!」

「へ!?な…げぶぁっ!?!?」

エリスの拳がガーランドの頬を居抜き、衝撃が向こう側まで駆け抜け…その顔をぐちゃぐちゃに崩して吹き飛ばし、錐揉みながらクルクルと空中で五、六回転くらいしながら地面に叩き落されるガーランドを見下ろす

確かに 鍵を確保するという点では彼は役目を果たしたと言える、だが アマルトさんを見捨てたのは頂けない、助けようともせず ただ鍵だけを確保しここまで来たのは頂けない、彼が居なければ意味なんかないんだ

「やってくれましたね、ガーランド…」

「エリス様…、私が殴りたかったのに」

「こういうのはエリスの役目です、それより…メグさん」

鍵は今この手にある、外に出ようと思えば外に出られる、だが アマルトさんを置いてなんか行けない、彼は絶対に助けなきゃ行けない…

「助けに行きましょう、アマルトさんを」

「ええ、エリス様 ですがアマルト様の居場所は…」

「どうせ懲罰房です、ヘットの使っていた裏通路を使って向かいましょう!」

「畏まりました」

絶対に助けますからね、待っていてください アマルトさん

……………………………………………………………………

悪を封じ込める監獄の、更に地下に存在する懲罰房…表の世界の規律を犯し その上で閉じ込められたこの監獄の規律さえも破った者達に 正真正銘の地獄を見せるべく存在するこの苦痛の嚢は一切の容赦も情けも存在しない

テシュタルの従順な信徒達はその行いを神によって正当化されているが故に呵責もなく罪人を甚振る、時に人道に反するようなことはあれど教義に反しないなら何でもありだ

爪を剥ぐ 指を折る 腕を捻じ曲げ 肩を砕く、水に沈め 火で炙り 土に埋め 風に野晒しにする、辱め 痛めつけ 苦痛を与え 激痛を与え その行いがいかに罪深いかを教え、反省を促すここに一度でも入れられた者は二度と看守に逆らおうとはしない

常に悲鳴が木霊するこの懲罰房の一室にて…、鈍い音が響く

「ぐっ…」

「君も強情だね、ここまでされて口を割らないかい?」

普段は立ち入ることはしないこの監獄の代表 トリトンは己の革手袋を付け直し、目の前の大罪人に冷たい目を向ける、先程から痛めつけているというのに まるで口を開かないその男に、トリトンはほとほと呆れて果てていた

「口の中なら…割れてんだぜ?、見てみるかい…」

椅子に後ろ手を縛り付けられ ぐったりと項垂れるのはアマルトだ、彼は口の端から血を流しながらくだらないジョークを飛ばす…

事の発端は監獄長室に忍び込み 鍵を盗もうとしたところ、現れるはずのないトリトンが現れ 発見されたことに起因する、ガーランドもに見捨てられ退路を断たれたアマルトはそれから抵抗したものの

まぁ~無理だった、全然敵わねぇの、剣も呪術も抜きにこの大国最高戦力を相手にすんのは無理だよ、まぁトリトンも魔術を使いはしなかったが それでもだ、軽く捩じ伏せられこの通り懲罰房行きだ、悔しいが また囚われの身だよ、俺は

「ならもう一度聞こうか、君はどうやって無界から抜け出せた、君の仲間は?どうせ無界から脱出しているんだろう?、何処にいる 君が鍵を持って行こうとしたところから見るにまだ監獄内にいるんだろう」

「さぁて…どうか…ぐふっ!?」

惚けよう口を開いた瞬間、トリトンの鋭い拳がアマルトの右頬を打ち抜く、革手袋で硬くなった拳はアマルトの体に強く響き、思わず苦痛でぐらりと体が揺れる

「私の欲しい言葉じゃない、何度言えば分かる」

「ッッ…ペッ、人の事ピニャータみたいにボカボカ殴りやがって…」

「なんなら叩き割ってやろうか?、その頭…それが嫌なら自分からキャンディを出すんだね、ああ それとも天井からぶら下げだほうがいいかな?その首に…縄でも括ってね」

「似合ってねぇーよそのドスの効いた声、怖くもなんともないねぇ」

「……全く、君は本当に強情だ、それともアリスタルコス家の人間だから殺されないとでも思っているのかい?」

「まさか…、ただ 死んでも吐かないつもりさ、俺ぁ仲間は売らないのよ」

「君と同じようなことを言う人間は この監獄に山ほどいたよ、居た…だけだけどね」

「ああ、そー…」

しかし万事休すもいいところだ、こりゃマジで殺されるかも知れん…、多分だがエリス達は気がついて助けに来てくれるだろう、エリスは絶対にそうする そうさせてしまうことは申し訳ないが、今は頼らざるを得ないのが現状だ

けどよ、持つかな…これ、ここで俺が死んだらどうなる?…まず間違いなくエリスはブチギレる、オライオン相手にでもマジで喧嘩を売る、何せアイツは帝国にだって喧嘩売ったんだ  、見境なんかありゃしない

だが、今そんなことをしている暇はない…そんなことをさせるわけにはいかない、死ぬわけにはいかない

「…神敵アマルトよ」

「ぐっ!?」

突如 項垂れた俺の頭を 髪を掴んで引き上げるトリトンは、冷酷無慈悲な鋼鉄の視線を以ってして俺を睨みつける

「いかなる抵抗も無意味だ、どんな反抗も無意義だ、我々には神の加護があり 君達にはない、これがどれだけの差か…知らしめてあげようか」

「やってみろよ暴力眼鏡、あの手この手で俺を痛めつけてみろ、テメェがここで釘付けになっていればいるだけ、俺には都合がいいんだからよ」

「ほう、覚悟だけは立派と褒めてやる、だが残念だったな…君の思う通りにはならない、決してね」

掴んだ髪を投げ飛ばすかのように乱暴に振り放され アマルトの体は大きく揺れて椅子に再び叩きつけられる、その間にもトリトンはその手の皮手袋を外し、獄長としてのコートに着替えて初め…

「スカルモルド!スヴェイズ!ソグン!」

そう叫ぶのだ、誰も居ないはずのこの懲罰房の一室にて トリトンが叫んだそのワード、聞き覚えのないワードを前に アマルトはそれが何故か…名前のようにも聞こえた

ならば今のは何かを呼んだと言うことになる、ならば一体何を…そう戦慄した瞬間

「…ッ!?」

この部屋唯一の扉が弾かれるように開け放たれる、それと共に外から飛び込んできたのは疾風だ

アマルトとトリトンの髪をバサバサと揺らす突風は部屋の中を吹き暴れ、内部にある物を全て巻き込み押し倒して暴威を示す

「な なんだ!?」

「気合いを入れすぎだ、三人共」

「これは失礼…、久しいトリトン様直々の御命令ですので、少し力み過ぎました」

ピタリと止まる、部屋の中を駆け抜けていたつむじ風がトリトンの言葉により静止し、その姿を晒す…、実態を表す

髑髏に剣を突き立てた特徴的な外套を羽織った三人の死神、三人の戦乙女が 武器を掲げてアマルトを囲むようにいつのまにか立っていたのだ

…何だこいつら、いつの間に現れやがったとアマルトは静かに目だけを揺らし その三人を目に収める、全員が全員…恐ろしい程の威圧を放っているのが分かる、只者じゃないのが…分かる

「烈剣のスカルモルド、推参しました 我が主よ」

三人の中で最も身長の高い女は 長剣を軽々と片手で立てながら囁くように口を開く、雪のような灰の髪の輝く青い瞳に一切の甘えや媚びはない、まるで一本の剣のような猛々しい気配に思わず息を飲む

「激震のスヴェイズ推参!、敵かな?主よ!」

緋色の髪とオレンジの瞳 そして手に無骨な大槌を携えた背の低い女は、天衣無縫に そして狂気に満ちた笑みを浮かべる、武器が 己が血を欲しているとばかり疼くその身を落ち着きなく震わせ 二ヒヒと笑ってるのだ、おっかない

「黙殺のソグン、ここに…」

漆黒のヴェールで頭を覆い 露出した口元だけを動かす女は己の存在を口にする、手に持つのは巨大な大鎌、それを二本両手で持クロスさせるように立つその姿をそのまま彫刻にして、『死神の憂鬱』とでも名付ければ一端の作品になりそうな剣呑な佇まいは とてもじゃないが仲良くお茶出来そうな雰囲気ではない

「我等、死番三隊長 ここに揃いました事を…」

三人の猟犬が如き乙女達は名乗る、我等こそ死番衆の三隊長であると…、つまりこいつらはこの国の最高戦力であるトリトン直属の部隊において隊長を任されている者達、オライオンと言う国に於ける上澄みの戦士達と言うことになる

「ああ、よく来てくれた 我が猟犬達よ、…いきなりだがテシュタルを否定する神敵の存在は聞いているかい?」

「はい、こいつですか?」

顔をヴェールで覆った女 黙殺のソグンは首肯すると共に手を軽く振るい、アマルトの首元にギラリと鎌の刃が突きつけられ…って

「いぃっ!?、ちょっ!危ねぇっすよお姉さん!」

「…………」

「聞いちゃねぇ…」

首に鎌を押し当てながら微動だにすらしない、ここでトリトンが一言言えば真っ先にこの女は俺の首を搔き切るだろう、そこに思考は存在しない ただ殺すべき存在だから殺すとでも言おうか

やべぇな、これ本当にやべぇ、俺が想像していたより数段は危険だぞ…コイツら!

「ああそうだ、だがあと二人いる…しかもこの監獄内に」

「ほう、つまり我が主はご所望か?、神の敵の首を三つ程」

「流石だスカルモルド、話が早い その通りだ」

眼光が煌めく、剣を鞘にしまうスカルモルドと 槌を肩に背負うスヴェイズと 鎌をアマルトではなく地面に突き刺し笑うソグンが、全員が瞳を煌めかせ ご主人様のゴーサインを待つのだ

「さぁ、我が猟犬達よ…餌の時間だ」

「御意!」

狩りの時間が始まった、トリトンが口火を切れば三頭の猟犬は再び疾風を纏い荒れ狂いながら部屋の中から姿を消す、…探しに行ったのだ エリスとメグを

流石にマズい、トリトンとダンカン以外にあんなヤバい奴らまで監獄の守りに加わったら脱獄どころの騒ぎじゃない、ましてやあんなのと魔術も抜きに戦ったから…さしものエリス達も

「くっ…!」

「ふふ、残念だったね 私の猟犬は優秀なんだ、直ぐに神に逆らう穢れた血を見つけ出し、瞬く間にその喉笛を噛みちぎる事だろう」

「…………」

「そして、捜索には私も参加する…、看守の半数を動員して神敵を見つけ出す事を誓うよ」

そう言いながらトリトンは己の武器を腰に収め、監獄長の証たる帽子を被り、扉の外まで歩んでいく…、椅子に縛り付けられた俺を置いて

「やはり、君達に更生の余地なんて無かったんだ、ネレイド様には悪いけれど …死んでもらうよ、なるべく絶望してから…ね」

「おい!待てよ!俺は放置か!?、お前も出向いていいのかよ!、あーあと数発殴られたらなんか吐いちゃうかもー!うわー!どーしよー!」

「涙ぐましいね、だが 後任はきちんと用意してある、吐くならそちらに吐け、まぁ 今更何を吐いても…もう遅いけれどね」

それだけ言い残し、トリトンは扉を閉めて立ち去ってしまう、三隊長に加え監獄長のトリトンが看守を率いてエリスを探しに行ってしまった、何という不覚だ…!

一人捕まって エリス達の身を危険に晒すなんて、バカか俺は…!、もっと上手くやれただろ!、くそ…くそっ!


「くそっ…!くそぉっ!」

何とかしなきゃいけない、その衝動に駆られて腕を縛り付ける縄を引きちぎろうと暴れもがくも意味がない、意味がない

忸怩だ、今この感情を表す言葉があるならそれしかない、無力感と諦念が心を蝕み 希望が液化し瞳から溢れる

「何やってんだ…俺は」

折角、やり直そうと思ったんだ 俺を立ち直らせてくれたアイツらに恥じる事のない人間になろうと、だというのに また失うのか…

サルバニートの時のように、…いいや あの時より断然最悪だ、何せ 今度は俺の不手際と無力さのせいで失うんだ

あー、こりゃキツイわ…だからみんな強くなうとしてんのか…

「すまねぇ…エリス メグ…」

「何がですか?」

「え?」

声がした、誰の声ってエリスの声だよ、え?居たっけ?ここに、いや居ないよ 居るわけねぇ、ならどこからと顔を上げれば…

「あれ?アマルトさん泣いてるんですか?、まさか心細くて泣いちゃったとか」

垂れていた、天井からブラーンとエリスの体が垂れていて 目の前に逆さになったエリスの顔が…

「ッッッッッ~~~!?!?!?」

「叫んじゃダメですよ!」

な!?な!?、どうしてここに!っていうかなんで天井から!?いつの間に!?どうやって!なんで!、そんな疑問も全てエリスの手によって塞がれた口の中で留まる、な 何がどうなって…

「よっと、メグさん」

「はい、急ぎましょう トリトンの言っていた後任とやらが来る前に」

軽い音を立てて天井から降りてくるエリスと 俺の背後に着地するメグ…と 共に俺を縛り付ける縄もまた細切れになって地面へと落ちる、よく見りゃ二人とも 服装がいつものに戻ってる、そっちは上手くやれたみたいだな

「…悪い、しくった…」

「いえ ガーランドから大まかな話は聞いてます、アイツアマルトさんを置いて逃げたんでしょう?」

「いや、それ以前の問題だった…、鍵を手に入れられたのはアイツの功績である部分も大きいし」

「うーん、こりゃあかなり落ち込んでますね、しっかり慰めたいところですが今は時間がありません、急ぎましょう」

一応アマルトさんの服は用意してますが、着替えは外に出てからで というわけでマルンの短剣だけをポンとエリスに渡される、いや…これだけ持ってても俺戦えんのだが、呪術が使えないとマジでただの短剣だし…

まぁないよりマシか、頼むよ相棒 お前が居てくれるだけで今は心強いからな、と剣帯を取り付け マルンの短剣を腰に差す

「さぁて、鍵も手に入れました このままエリス達が使った裏道を使って脱獄してやりましょう!!動けますか?アマルトさん」  

「問題ねぇ、とっととこんなカビ臭いところ抜けちまおう」

どうやって俺の居場所を見つけたか なぜ天井裏から現れたか、聞きたいことは山ほどあるがそれを聞くのは今じゃない、今この監獄の中はトリトンを含め死番衆がうろついているんだ 、見つかりゃまたボコボコだ

その前に脱獄を完遂する…


そう、意を決した瞬間だった…

「『ストーンボウガン』ッッ!!」

「えっ!?」

突如 外から石の矢が放たれエリス達が通ってきた裏通路…、天井の穴が崩され塞がれ、退路が断たれてしまった…

矢は部屋の外から撃たれた、それはつまり トリトンが開けた扉に…誰か

「ムヒヒヒヒヒ、これはどういうことだぁ?、トリーが追っている神敵がここに三人も出揃っているとはぁ」

「っ…!?、チッ 遅かったか…」

ムヒヒと薄気味悪い笑みを浮かべ、扉を潜るようにして現れる巨漢、だるだるの贅肉と モサモサの髭面、そして ついさっきまで棚の中にしまわれていた副監獄長のコートを着込んだ男が…副監獄長ダンカンが 現れてしまった

こいつが、トリトンの言っていた俺の拷問を続行する後任…か、最悪だな

「ムヒヒヒヒ、丁度いーい、ここで全員叩きのめして、神罰を執行しようじゃないか」

「…………」

この狭い部屋で、逃げ場のない空間で、唯一の出入り口を塞ぐように立つダンカン…、最悪のタイミングで最悪の相手が最悪の状況を作り出した

最早打つ手がないこの状況下、折角脱獄のピースが揃ったのってのに…ここに来てこいつが…

絶望さえ漂うこの空気、されど 其奴は笑った、快活それでいて凶暴に

「フフフ、丁度いいですね…置き土産です、このデブをブン殴ってから外に出ましょうか、皆さん」

パキポキと拳を鳴らして 迎え撃つ体制を整えるエリスは言う、諦めない 止まらない 押し通ると…、こんな危機 慣れっこだと言わんばかりに

こいつは本当に…、頼りになるなぁ!畜生!
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