孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

282.魔女の弟子と四神将軍

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「なげー階段、いつまで続くんだこれ」

長い長い階段、オライオンの中央都市 エノシガリオスの最奥に存在するのはテシュタル教の最大の聖地…テシュタル神聖堂

そんな大神殿の地下に隠されていた地下階段を縦並びになりながら降りて行くエリス達一行、いつしか入り口は閉ざされ 真っ暗な闇だけが支配する階段を エリスの光魔晶の明かりを頼りに進む

しかし、本当に長い階段だ、どこまでも続いている…、感覚の話にはなるが 下方向にはもうかなり進んでいる、階段も前にしか続いていないし…、ひょっとしたら真上はもうエノシガリオスから出ているかもしれない、そう感じるほどにひたすら長い階段を降り続ける

気が狂いそうになる闇の中、ラグナが声を上げる

「お、階段が終わるぞ!」

「マジか!?、急げ急げ!」

「押さないでくださいよアマルトさん!」

ようやく見えてきた底にやいのやいのと言いながら階段を下り切る、一体どれだけ下に潜ったのか分からないが 多分、ここが魔女の懺悔室なんだろうな

「ここは…、なんですか これ…」

階段の奥に設置された石門、恐らくエリス達よりも先にここに来ていた者達によって開けられた石門の奥に広がるのは…、幻想的な青の世界であった

広い…あまりに広い、地下に存在するもう一つの世界とでも言えるほどに広大な世界がエリス達の目の前に広がっている、恐らくここは空白平野の真下なんだろう、天井には分厚い氷が張っており その至るところから乱反射した光が降り注ぎ この場を青く染めている

特筆すべきはその光の下、青い光に照らされた世界には街がある、いや 氷を削って作られた建造物達が乱立しているんだ、当然人の気配も人が住んでいた気配もない…、これが こほ氷の街が魔女の懺悔室と?、懺悔室と言うには広すぎる気がするが

「魔女ってのは…、懺悔一つするのにも派手だなぁ」

「氷の彫刻で街一つ作ってるんだぁ…!凄い!」

「ここが、魔女が数千年もの間ひた隠しにしてきた最大秘匿領域か、世界最古の遺跡の一つと言えるだろうな…」

足を踏み入れれば恐らく湖底と思われる地面がザリザリと音を立て エリス達は謎の氷街の中へとゆっくりと突入する

「…シリウスは多分あそこか」

「アレは神殿か、城か…」

町の中央には氷で作られた巨大な城が見える、テシュタル神聖堂にそっくりだ…いや、違うな

「あれ、大帝宮殿にそっくりでございます」

そうだ、カノープス様が住んでいる帝国の首都にある大帝宮殿、それになんだか似ている気がする…、なんでオライオンに帝国の建造物に似た建物があるんだ、それも数千年前の…

…いや、待て まさか

「この建造物…」

周囲の家々を見る、いや この街全体を見る、ラグナ達では気がつけないか 或いは恐らくエリスだけが気がつけるか、この街の異様さ

この謎の氷街、そっくりなんだ…何にそっくりって?、アジメクだ 或いはアルクカース、もしくはデルセクトかコルスコルピ、エトワールや帝国…オライオンにも似ている気がする

つまり、全ての魔女大国の特徴を全て兼ね備えているんだ、まる全ての魔女大国の源流とでも言わんばかりの出で立ち、そして大帝宮殿に良く似た城を持つ街…もしかしてここは 『双宮国ディオスクロア』なんじゃないか?、いや正確に言えば双宮国ディオスクロアのレプリカとでも言おうか

何せ魔女様達は全員双宮国ディオスクロアの出身だ、街を作ろうと思えばそれに似るのは必然、そして カノープス様にとってあの城は実家とも言える存在だろう…何せカノープス様は元ディオスクロア王族の出身なんだから

この不可解な街に対して、そのような解答を出せば なんとなく説明がつく

まぁ、だとしてもなんでここが魔女の懺悔室と呼ばれているのかとか なんでオライオンの地下にあるのかとか、そういう細かいところは分からないけども…

「なんでもいいや、みんな シリウスは多分あの城だろう、だったらとっとと行こうぜ?、そこできっと ネレイド達も待っているだろうからさ」  

「ですね、…いよい決戦ですか、緊張しますね」
 
氷の向こうから響く吹雪の轟音を聞きながら、エリス達はこの永遠の氷室を行く、静まり返った氷の街の大通りを生き、シリウスが待つであろう蒼氷の大城へ、ネレイド達の元へ…、歩み 歩み 歩み続ける

最後の支度を整えるように、皆 呼吸を整え武具の手入れをしているうちに、エリス達六人の足取りは重なり、横一列に並ぶように共に歩んでいた…

そして


「……来たか」

見えてくる、氷の城の城門の目の前で 待ち構えるように立つ四つの影…

ネレイド・イストミア

ベンテシキュメ・ネメアー

ローデ・オリュンピア

トリトン・ピューティア

このオライオンを守護せし最強の四人、神を守りし最たる剣にして盾…四神将が揃い踏む

エリス達はようやく、この戦いの場に辿り着くことが出来たようだ



……………………………………………………

外に吹雪く吹雪が響かせる轟音は開戦の銅鑼のように鳴り響き神殿の内部に響き渡る

「……来たか」

ヌッと巨体を持ち上げ扉を背に立つ峻厳なる守護神ネレイドは拳を鳴らして正面を見据える、やはり来たかと、ここまで来させてしまったかと、あれだけの事をして あれだけの事をされて 彼らの歩みはまるで止まることはなく、遂に 我らは彼等の旅路を止める事が出来ず大神の座まで到達させてしまった

「良いではないですかネレイド様、向こうから顔を出してくれるなら寧ろ好都合という物…、神に牙を剥く悪逆の徒をここで改心させてやりましょう」

トリトンは眼鏡を白く輝かせながらネレイドと共に正面を見据える、改心させましょうと天使の微笑みを浮かべながらも内心は復讐の炎に燃えるトリトン

(…狙うは一人 奴だけはなんとしてでも この手で殺さなくては、あの日の借りを返さなければ死んでも死に切れない!、なんとしてでも!アイツだけは!)

「なんとも悲しい、我らはどうあってもぶつかる定めにあるのですね…、千の軍を退け 万の艱難を潜り抜けた彼等の道を阻むのは些か気が引けますが…、やるしかないのでしょう」

ドスン と背中の輝く十字を降ろし決戦の構えを取るローデは、玉の転がるような美しい声色で覚悟を決める、いや遠の昔に決めている、彼等がこの国に来てからなんとなくそんな予感はしていた

私達はぶつかる定めにあると、例え彼等が何者であったとしても…

「…あいつら、前会った時よりも覇気も闘気もやる気もある、向こうも決戦覚悟か…こりゃあようやく面白くなりそうだ!」

ゲヒヒと舌を見せ笑い 両手に持った二振の処刑剣を互いに擦り合わせ火花を作り出すベンテシキュメが見据える先には六人の影がある、全員が全員 覚悟を決め覇気と闘気に満ち満ちている、もう逃げ隠れはするつもりはないらしい 

ここで決着というのなら丁度いい、全員神の名において断罪する…!

「…我らは、この神の国を守護せし四神将、…如何なる者であれ 如何なる存在であれ、我らが神の言葉に逆らうのなら…踏み潰す」

ネレイドの声が神殿内部に響き渡る、牽制するような 警告の言葉、聞く者全てを恐怖させる暴威の言葉を受けてなお 六つの足音は止まることなく、ゆっくりとこちらに向かってくる

「それでも、お前達は止まらないのか…神敵、いや…エリス」

「……はい、ネレイド…!」

ネレイド達を前に立ち止まる六人の影、否 エリス達外来の魔女の弟子達 …星神王テシュタル様の権化に逆らいし 不心得者は皆が皆口を一文字に結びこちらを見据える

まるで、そこを退けと言わんばかりだ

「ネレイド…、退いてください」

「断る、この先で今 テシュタル様が復活の儀式を行なっている、星神王テシュタルがこの地上に真なる意味で降臨する…、その邪魔はさせん」

「シリウスはテシュタルなんかじゃありません!あいつは神なんかではありません!、この世界の…全ての人類の敵なんです!」

何をバカな…四人の神将達は聞く耳も持たず嘲り憤る

教皇リゲル様が仰られたのだ、彼女こそがテシュタルであると、ならばそれに従い我らはテシュタル様復活の為戦わねばならないというのに

それを邪魔する、ということはテシュタル教全てを敵に回すということ、この信仰心のままに奴らを殺さねばならないということだ

「邪魔するなら 押し通りますよ」

「通るならば、殺すまでだ」

神をも恐れぬ無礼者達に対し ネレイドは吠え立て、足を地面に突き刺すように踏み込み 睨む、今迫る 敵の存在を

「死んでも行かせん!、我が師 リゲル様の元へは!絶対に!」

「いいえ行きますよ!何が立ち塞がろうが!エリスはエリスの師匠の元に!!!」

ぶつかり合う六人の魔女の弟子と四神将、互いの全戦力をぶつけ合う総力戦の幕が今 切って落とされた


「エリス!先に行け!」

ラグナが叫ぶのはこの場にいる十人が同時に駆け出すのと同時であった、ぶつかり合うように動き出す両陣営…この場の目的はエリスを先に行かせること、神将達が守る氷の城の奥へと向かわせること それだけだ

故にエリスも走る、神将達はラグナ達に任せて…!

「行かせません!この先には絶対に!」

弾かれるように先陣を切るのは歌神将ローデだ、背中に背負った巨大な銀十字を引き抜き 取り付けられた鎖を掴み大きく振り回しエリスの道を阻むように投げ飛ばす

「させん!」

「ッ…!?貴方は!」

「エリス!奴は私に任せろ!、直ぐに助けに向かうからな!」

響く銃声によってローデの十字架が虚空にて動きを変えエリスから狙いが逸れ エリスを守るようにローデに向かうのは 栄光の魔女の弟子 メルクリウス・ヒュドラルギュルム…

「邪魔をしないでくださいますか!?」

「それはこっちのセリフさ!、道を開けろ!」

振り回される銀十字とそれを迎撃する銃弾、ローデという一人の神将を抑える為 メルクさんという一人の魔女の弟子が足止めに当たる、ローデの相手はメルクさんが務めるのだ

「チッ、ローデが止められたか…だが!」

次いで動くのは守神将トリトン、オライオンベースボールの無敵のエースにしてあのプルトンディースを統べる絶対者、奴の強さはエリス達も身に染みて分かっている

彼が握りこむ拳大の鉄球は魔術もかくやという速度と威力で飛んでくる上、回避はほぼ不可能という悪夢みたいな代物だ、それを今度は 以前見せたものよりも強く握り エリスの眉間目掛け…

「『アイアン…ストライク』!」

撃ち放つ、大気の壁さえ貫通し 腕を振るっただけで爆発音が鳴り響くほどの豪速球、黒く鈍色に光る閃光がエリスを狙う、受け止めることも避けることも出来ないそれを前にしても…

止まらない、エリスは立ち止まりません!だって…きっと!

「展開『時界門』シールド!」

「……!」

エリスの前でフワリと優雅に着地してみせるのはメグさんだ、虚空にて穴を開け 中から岩の壁を表出させると共に凡ゆる存在を撃ち抜く絶球を完全に受け止めてみせる

そうだ、きっと 仲間がエリスのことを助けてくれるから!エリスは立ち止まらない!

「フッ…やはり出てきたなメイド、だがな 私の狙いは最初からお前なんだよ!、地獄に落としてやるぞ!メイドぉっ!」

「なぜ私 そんなに恨まれてるんでしょうねぇ、まぁいいです 貴方には借りもありますから、ここで返して差し上げましょう…!」

即座に方向転換し 狙いをエリスからメグさんに切り替えるトリトンは、懐から無数の鉄球を取り出しメグさん向けて攻撃を仕掛ける、それを読んでいたのか 或いは場を見て判断したのか

メグさんもトリトンを引き付ける為 氷の街を駆け抜けて何処かへと消えていく

これでローデとトリトンが引き剥がされた、後に残ったのは…

「ローデもトリトンも上手いように引き寄せられやがって…、虫かテメェら!、仕方ねぇ!御大将!行くぜ!」

「うん…いいよ、やろうか」

氷の門の前に立ち塞がるのは罰神将ベンテシキュメと闘神将ネレイドの二人…、神将の中でも随一の武闘派たる二人が残る、この二人の強さはエリスもよく知っている…、だからこそ相手をしている暇はない!

「退いてください!ネレイドさん!、貴方だって分かってるんじゃないですか!、その奥にいるの神でもなんでもないことに!」

「ッ……」

「うっせぇよ!今更ゴタゴタ言うんじゃねぇ!、ンの首叩き落とされてェかァッ!」

駆け抜けるエリス目掛け飛びかかる影、二本の処刑剣を携えた邪教執行の長 ベンテシキュメ、その速度はまさしく神速 その迷いの無さは俊速、ワンテンポも置かずエリスの首を一撃で狙いに来るベンテシキュメは大きく横薙ぎに剣を振るい

「ッと!、さっきまで流れ…見てなかったのかよ!」

「テメェ…!」

散る火花、ぶつかり合う処刑剣と黒剣、睨み合うベンテシキュメとアマルトさん、互いに手に持つ剣に力を込め 相手を弾き飛ばそうと鍔迫り合うも、その力量は互角 ベンテシキュメは今、アマルトさんによってその場に釘付けにされたのだ

「退けや!テメェは後だよ!ダボが!」

「退かないね!、俺ぁ指図されんのが一番嫌いなんだよ!、それが例え神だろうがなんだろうがな!」

嵐の如く振るわれるベンテシキュメの連剣を捌くアマルトさんの黒剣は幾重にも重なる金属音を打ち響かせ遠ざかっていく、アマルトさんの猛攻にベンテシキュメがエリスから引き剥がされていくんだ

これで残るはただ一人…

「奴は敵ですネレイドさん!、奴はテシュタルなどでは無い!奴の本当の名前は…」

「聞きたくない!、師が…魔女様がここを守れと言ったのだ!、それを叶えるのが!弟子の務めだ!!!」

咆哮を轟かせるネレイドは 依然として変わらずエリスの前に立ち続ける、両手を広げ 構えを取って迎え撃つ

ネレイドの叫びは最もだ、エリスも師匠が言うならなんでも叶えてあげるだろう、師匠の為なら無限に戦える…けど、だとしたら何故てすかネレイド

何故、今のあなたはそんなにも泣きそうな声で吠えるのですか!

「消えて!もう消えて!、この国から!母の前から!私の前からぁっ!!」

ズシンと揺れる大地、ネレイドと言う名の巨人が 動き始めたのだ、その踏み込みはエリスのそれとは比べものにもならないほど重く 鋭く 素早い、ガメデイラの村で出会った時と同じ猛烈な接近…!

あっという間にその巨大な手がエリスに迫る、まずい また潰される…!、また…負け…

「ッッ!!」

「ぐっっっ!!」

刹那、エリスの目の前で爆裂する…空気が、ぶつかり合った力と力が空気を弾き破裂させたのだ

ぶつかり合うのはネレイドの巨大な腕と…

「テメェの相手は俺だよ、闘神将…!」

ラグナの拳だ、ラグナの拳骨が ネレイドの巨腕を受け止め 互角に鬩ぎ合っている、一歩も譲らぬ 一歩も譲られぬ力と力のぶつかり合いを前に、ラグナは笑い ネレイドは目を据わらせる

「赤髪の…神敵」

「俺はラグナってんだ、覚えておいてくれ…お前に勝つ男の名前だからな」

「よく言う…、数ヶ月前 私から逃げるしかなかった男が、私に勝てるとでも…?」

「ああ、あの時からずっと…リベンジしたかったんだ、お前を倒すのは俺だ 誰にも邪魔させねぇ、…ナリア!エリスを助けてやってくれ!」

「はい!『衝波陣』!、エリスさん!捕まって!」

「っ…!しまった…!」

ラグナがネレイドの腕を掴む、ただそれだけでネレイドはその場から動くことを禁じられ、その刹那の隙を縫って加速するのはナリアさんだ

いつのまにか用意していた小型のボードで地面を滑走し、エリスを引き連れ氷室の城の中へと誘って行く、その素早さは 今のネレイドでは到底追えるものではなく…、エリスとナリアさんの二人を 先に進ませてしまう

「チッ、私としたことが…、待て!」

「まぁ待てって!」

「くっ!?」

追わねば、敵を教皇の前に向かわせるわけにはいかないと死に物狂いで飛び去るエリス達を追おうと駆け出すネレイド、しかし それを止めるのがラグナの仕事だ

初速で最高速度に到達するネレイドの一歩の踏み込みを足を掴むことでブレーキをかける、鉄の縄だろうが引き千切って進めるネレイドがラグナの腕一本により止められ 忌々しそうにその目を向ける

「お前…!」

「そう怖い顔するなよ、ただ 目の前にいる敵を無視して本命に向かおうとするなんて、この国の将軍は随分せっかちなんだな、先に進みたいなら 雑魚の一人くらい蹴散らしてみせろよ…神将」

「後悔するなよ、今の私は手加減なんか出来ないからな…!」

「上等、そう来なくちゃ…!」

燃え上がる闘志を身に纏い立ち上がるネレイドは もう余所見はしない、ギラリと開く双眸をラグナに向けて 、両腕を広げるような構えを取る、一刻も早くエリスを追わねばならないこの状況下では いつものような手加減なんか出来ないと

対するラグナは愉快そうに笑う、作戦がうまく行ってエリスが先に向かえた事は確かに喜ばしい、だが それ以上に笑わずにいられないのは

(やっぱすげぇ威圧だ、こんな強い奴と今からドツき合えるなんて…楽しみだ、お前の拳はどんだけ硬いんだ?)

ゾクゾクと震える体、闘争本能が湧き立ち 血が煮え繰り返る、アルクカース人の血が…!


「さぁ!やろうぜ!、夢見の魔女の弟子と争乱の魔女の弟子!どっちが強いか決めようや!」

「言われるまでもない…!、私こそ…夢見の魔女こそ!最強の魔女だァッ!!!!」

振るわれる巨拳、隕石のように迫る拳を前にラグナは────────


………………………………………………………………

「皆さん…無事でしょうか」

「大丈夫ですよ、みんな強いですから、エリスさんも含めて みんな」

凍えるような氷の城を駆け抜けるのはナリアさんの持ち出した小型のボード、それで氷の床を滑り エリス達は二人で最奥を目指す、シリウスの居る最奥を…

ラグナ達は外に残って神将の相手だ、メルクさんはローデの メグさんはトリトンの アマルトさんはベンテシキュメ…、そして ラグナはネレイドと

神将を相手に一対一の戦いを繰り広げる事で エリスの元に戦力がやってくることを阻止してくれている、謂わば足止めだ

はっきり言えば不安だよ、神将はみんな強い…でも、でもそうだ ナリアさんの言う通り信じるって決めたんだから信じよう!

「にしてもナリアさん、なんですか?このボード…さっきの雪橇といい、随分準備がいいですね」

「うん、僕もね…このオライオンの旅で色々学んだんだ、戦うってことがどう言う事なのか 力を得るってどう言う事なのか、勿論 エリスさん達ほどに理解出来たわけじゃないけどさ…、僕だって足を引っ張らないよう頑張る為に!色々準備したんだ!」

もう守られるだけの弱虫じゃないよ、僕もみんなと一緒に戦うんだからと笑うナリアさんの背中は、…なんだかとっても大きく成長したように見えた、そっか 彼もこのオライオンの過酷な旅を乗り越えて精神的にも成長出来たんだ

どうやら彼はもうエリスの庇護の対象ではないらしい

「それよりエリスさん、シリウスがどっちの方にいるかって分かりますか」

「あいつは律儀な派手好きです、こういう時変に逃げ隠れはしません、どうせ一番奥の部屋でボス然として待っている事でしょう」

氷で出来た床を滑るように進む、柱も壁も何もかも氷で出来ているこの氷の城の最奥を目指す、きっとシリウスが居るはずだから…そこに師匠がいるはずだからと、信じて進み続ける

後の事を託してくれたラグナ達の為にも、絶対に勝たないと!

「っ!、エリスさん!、降りてください!」

「え…?どうしたんですか?、ナリアさん」

「どうやらここまで見たいです、僕がお供できるのは」
 
「へ…、っ!」

ふと、前を見れば 氷で出来た巨大な扉が目の前に現れる、エリスの知識から予測するに 恐らくこの扉は国王が座る玉座がある部屋、そこを隔てる扉に近しいものを感じる

きっとこの扉の先にシリウスが…、そう予感するよりも前に エリスは減速し止まるボードの上から見る、扉の前で立ち塞がる存在の姿を

まだ戦力がいたのか…!?

「ふむ、やはり 当代の神将はアテにならん、この儂を戦線に出してしまうとは…なんたる不手際、この戦いが終わり次第奴ら全員 クビにせねばならぬな」

「え、誰…」

扉の前に立っていたのは、今にも老衰で死にそうな小柄なおじいちゃんだった、それが白い髭を撫でながらやれやれと首を振って呆れてるんだ…、いやほんと誰

神将達の顔は知っていたし あの人達の存在も知っていたから驚きはなかったが、ここに来て誰だか分からない人が立ち塞がるって、しかも神将より後ろに?誰?

「誰だと?、魔女の弟子の癖をして儂を知らぬか!たわけ!」

「ひぃっ!このお爺ちゃん怖い!」

「仕方がない 名乗ってやろう、儂の名はゲオルグ…ゲオルグ・ワルプルギス!、テシュタルの枢機卿である と名乗るより、七魔賢が一人 神槍のゲオルグと名乗った方が早いか?」

「七魔賢!?!?」

七魔賢…それは世界最高峰の知識を持つと言われる魔術師達の代表とも言える七人の知恵者達の総称、魔術導皇に次ぐ権威を持つも言われる七魔賢のメンバーはデティから聞き得ている

デルセクト最強のグロリアーナさんや、コルスコルピの魔術科の統括教授リリアーナさん、世界最高の魔術師と名高い帝国のヴォルフガングさん、そして出会ったことはないが 世界的な大魔術師として名を馳せるマレウスのトラヴィス…

錚々たる顔ぶれだ、魔術界を牽引し その頂点に立つ者達はその知識もさることながら実力も凄まじい…、リリアーナさん曰く 七魔賢の半数以上が魔力覚醒を取得し、うち二人はさらにその上の段階にすら居るとさえ言っていた

目の前にいるこの小老人が その一員?、…確かに聞いたことはある、オライオンを代表する老練の魔術師 ゲオルグの名は…、だとするとまずい もしかしたらこの人 神将にさえ勝るオライオンの大戦力かもしれない!

「ここは儂が守りを承っているのだ、貴様らのような小童に 道を譲る儂と思うでないぞ…!」

「エリスさん、あの強いんですか?」

「はい かなり…、どれほどかは分かりませんが 下手をしたらエリス達より強いかもしれません」

何せ七人のうち四人が魔力覚醒しているという、なら この人がそのうちの一人でない確証はどこにもないわけだ…、下手をしたら第三段階かもしれないその脅威は エリス達には高すぎる壁というより他ない

「…なら、あのお爺さんの相手は僕がします」

「え?、ちょっ!ナリアさん!?」

「僕がなんとかあの人を扉の前から退けますので…どうか、シリウスのところへ行ってください」

ボードから降りて、ゆっくりと歩み寄り 懐からペンを取り出し…ゲオルグを相手に相対するナリアさんは語る、奴の相手は僕がすると…

大丈夫なのか、相手は七魔賢だぞ…!エリスも一緒に戦った方が…

(いや違う、みんな任せてくれているんだ…、エリスに…)

みんなで戦えばいいなら エリスはこの城の前で神将達を相手にしている、なのにここにいるのは何故か?、シリウスの復活が近く エリス達はそれを阻止する為にここまでやってきたからだ

エリスが背負っているのはみんなの旅路だ、ここまで続いた長く苦しい時間…それらを乗り越えてきたのは全てこの時のためだろう!、旅路の重さエリスが一番よく知ってるんじゃないのか!

だったら無駄にしていいはずがないだろ!、信じろ!仲間を!

「分かりました…、死なないでくださいよ…!」

「勿論!」

「なんだ、小童の中でもより一層の末端が儂の相手と?、ナメられたものよ…、一瞬で殺してやろうではないか!!!」

老いて窶れた細枝のようなゲオルグの体から溢れる魔力はまるで波濤の如く押し寄せ部屋を満たす、ここでこうして見ているだけでも分かるほどにゲオルグの力量は高い…!、神将にだって劣らないぞ!これ!

「まずは一人!血祭りに上げてくれる!『カリエンテエストリア』ッッ!!!」

その手から吹き出すのは現代炎熱魔術の頂点候補の一つとも言われる爆炎魔術、火口から吹き出す溶岩柱のような豪炎が迫るのは凛々しく構えるナリアさんだ

これを受けたら骨も残らない、そんなのナリアさんだって分かってるだろうに 、彼は微動だにしない、避けることも 逃げることもせず、ただ 流麗にペンを走らせ…

「『鏡面反魔陣』!!!」

「んなっ!?」

書き出された魔術陣、虚空に輝く魔術陣は エリスも見たことがある…、プロキオン様が演じる怪盗ルナアールがエリスに向けて使った事がある古式魔術陣だ

それはエリスの記憶にある通り、迫る豪炎をやんわりと受け止めると共に まるで鏡のように輝き…炎を反射する

そうだ、これは魔術を跳ね返す魔術!一撃必殺にさえなり得る最強の一刺し!

「儂の魔術が!?、ぐっ!『デリュージバースト!』」

ゲオルグのの顔が青褪める、自らが放った魔術が逆に自分に牙を剥いたからだ、故に咄嗟に目の前に水を生み出し 迫る炎を相殺する、そうするより 他なかった、それほどまでにカリエンテエストリアは凄まじい威力だ

故に…故に、世界が 蒸発した水によって白く染められる、ゲルオグの視界が 真っ白に染まる

「今です!エリスさん!」

「はい!、任せました!」

飛び立つ、旋風圏跳で風を切り裂き 水蒸気を超え ゲオルグの頭の上を飛び越し、氷で出来た巨大な扉に向けて体当たりをかまして 前に進む、ナリアさんが作ってくれた隙を無駄にしない為にも…!


「ぐっ!儂さえ超えられたと!?、まずい!この奥には…!」

「お前の相手は…!僕だぁぁぁ!!!」

水蒸気を纏い ペンを突き立て、ゲオルグに飛びかかるナリアさんの姿を見る、エリスによって開く門は、ただエリス一人を内へと通し…仲間を、ナリアさんを置き去りにして 静かに閉まる

「くっ…!」

再び閉まった門を振り返り見つめる、この向こうには仲間達がいる…、仲間達がエリスをここに届ける為に戦ってくれている、自らの危険を顧みず、エリスに託して、ここまで連れてきてくれたんだ

そのおかげでエリスはようやく来ることが出来た、銀世界を超え 地獄を乗り越え 神聖軍の追撃も神将の防衛も…何もかもを乗り越えて、皇帝さえ不可能と言った所ま到達してみせた

なら、後することは…一つだけだ

「…………」

もはや振り返ることはない、エリスが見るのは前だけだ…、つま先を入れ替え 正面へと顔を向ける

エリスの読み通り、ここは玉座の間だったようだ

荘厳な柱があちこちに立ち、キラキラと青色の煌めきを放つ美しき広間、この旅で何度も見てきた玉座の間…、その奥の玉座に座る人間には色々いた…

小さいながらに使命を全うする強き王、国を守る為に頭を下げる心優しき王、民の為愛する家族とさえ戦う勇ましき王、自らが守るべきものの為に武器を取る王、祖国の為 嘘吐きの称号さえ恐れず偽った美しき王、友の為 世界の為 悲壮な覚悟を決めた皇帝

様々な人間が座っているのをエリスは見てきた

そして、この旅で立ち寄る最後の国の最後の玉座、その上に座るのは……

「やはりここまで来たか、それでこそ…じゃな?エリス」

サファイアの如き煌めきを秘めた氷の玉座の上で、頬杖をつき こちらを見下ろす王…或いは神、原初の魔女 シリウスが…師匠の体を使ってエリスを見下ろす、黒い髪 赤い目…どちらも見慣れた物なのに 今は全く別物に見えるくらい、下卑た笑みを浮かべて

シリウスだ、シリウスが居る…師匠の体を乗っ取り 復活を画策した、史上最悪の存在が 再びエリスの前に!

「シリウス!!」

「くかか、叫ぶでないわ…、久しい再会じゃ 語り合おうではないか」

のう? と不遜にも語る姿は、師匠の姿も相まって様になっているように見える、シリウスが纏う全能の威圧が エリスを竦ませる、そんじょそこらの嘔吐は比べものにもならない威圧だ…

この重圧をもってして、エリスは漸く悟ることが出来た、エリスは漸く シリウスの前に立つことが出来たんだ…、みんなのおかげもう一度、こいつを探し当てることが出来た!

「語り合うことなんてありません!、師匠の体を返してください!」

「嫌じゃ?これはもうワシのもの…いや、レグルスが生まれたその時より こうなる可能性はずっとあった、それがただ結実しただけ…潔く諦めよ」

「何を…!」

「しかし、よもや本当にワシの目の前に現れるとは…ようやるもんよ、この国の軍隊を差し向けたつもりじゃったが、それ程までにワシに…、いや 私に会いたかったか?エリス」

「ッ…!!」

シリウスが見せる理知的な顔 そして耳に馴染む声色に思わず体が震える、師匠の声だ…師匠の目だ、レグルス師匠だ…師匠が、大好きな師匠がそこに…

「ぐっ!」

両頬を叩いて目を覚ます、やめろやめろ!惑わされるな!あれはシリウスだ!、目の前にいるのは敵なんだ!

「くだらない芝居はやめてください!」

「お前本当にレグルスのこと好きじゃのう…、ならばこそ お前に一つ、話がある」

「話?…」

「ああ、ワシはレグルスと同化し レグルスはワシとなった、じゃが逆に言い換えればワシはレグルスになったとも言える、肉体の比率を見るならワシは100%レグルスじゃ、ならば お前とワシの関係性は相変わらず師弟のままじゃろう」

「そんなわけないでしょう!何ふざけたこと言ってんですか!」

「そうか?、なら…エリスよ 改めてワシの…私の弟子にはならないか」

「へ……?」

玉座から腰を上げ、こちらに手を差し伸べるシリウスが言う、弟子になれと…、あまりにも意外な言葉に 誘いエリスは目を白黒させて口を止めてしまう、その間もシリウスは語り続ける

「ワシはな、お前を心底評価している…識の才覚もそうじゃが、レグルスの脳に残っているお前の記憶を見れば見るほど、お前はワシ好みの女じゃ」

「な 何を言って…」

「分かるぞエリス、お前は旅が好き…いいや、目の前の景色を見るのが好きなんじゃろ?、この道の先には何があるのか この峠の先には何が広がっているのか、この山の向こうには…どんな景色が待っているのか、それをその足で探りに行くのが好きなのだろう」

シリウスある意味断言するような言葉に思わずドキリと反応してしまう、その通りだったからだ

あまり人に共感される感覚ではないけれど、エリスが旅を好む理由は結局はそこだ、この先その先を あの先を…とにかく目指し、それを経験として得ることが好きなのだ、それをまるで理解したかのようにシリウスを語ると共に

「フフフ、実はな ワシもそうなんじゃ!この先を その先 あの先を…目指して目指して経験として得ることが好きなのじゃ、故にお前が旅の最中レグルスに見せた笑顔の理由がワシには分かる、ワクワクするよなぁ 未知の土地は、楽しいよなぁ 新たな国に来た時は…」

共感する シリウスはエリスに、エリスと全く同じ感性を持同じものを好き、それを理解出来ると笑う、始めての感覚だ…ここまでエリスと感覚が合う人間と会い 話すのは、これも…シリウスの策略なのか?、いや…でも シリウスの目や態度からは 打算は感じられない

むしろ感じるのは…深い悲しみ?

「じゃが…ワシは不運な事に生まれた時から全てを持っていた、物心がついた時より 山の向こうまで見据える目を持っていた、自由に動けるようになった頃にはもこの世界に見通せない物はなかった、ワシはお前のように 未知の旅というものをしたことがないのじゃ…、惜しいことよ」

すごく嫌だ、すごく嫌なのにシリウスの悲しみが理解出来てしまう、もしエリスが今のシリウスと同じくらいの力を手に入れたならどうなる?、その場に行かなくても何もかもが見えてしまう、何もかもが知れてしまう

その圧倒的な力は何もかもを可能にするだろう、だが 代わりにシリウスは生まれた時から未知を奪われていた、流石の彼女も既知を未知には出来ないんだ…

悲しいだろうなぁ、最初から全部のネタバレを食らった状態でどこに行っても何も感じないだろう、何処を目指す気力もなくなるだろう、だって 全部知っているんだから…
 
「この苦しみ お前なら分かるじゃろう、じゃがなエリス これは他人事ではないのだぞ」

「え?」

「お前はもう七つの魔女大国を見終えた 旅を終えた、この世界の大部分を見たに等しい…、この世界に後どれだけお前をワクワクさせられる物が残っている?、お前を楽しませられる物が残っている…、それら全てを見終えた時 お前はワシと同じ苦しみを得る事になるぞ」

「それは…」
 
言い返せない、確かにもうエリスは七つの大国を回り終えた、この後向かうのはアジメク…エリスのよく知る大国だ、そこにいつものようなワクワクはない 勝手知ったる土地に戻るだけの旅に、エリスはもうワクワクは見出せない…、シリウスと同じ状態に 着々と近づいているんだ

「きっと 世界の各地を放浪し、食い残した未知を貪るような生活を送ることじゃろう…、ワシはな折角見つけた趣味の合う人間がそんな惨めな真似するのが耐えられん、故に ワシの弟子になれエリス」

「なんでそうなるんですか…!」

「ワシならお前を直ぐに魔女と同格の段階にまで鍛えてやれる、そしてワシと同じ不滅の異法を授けてやれる、ワシと同じ力を得て ワシと同じ不滅の存在になって、二人で空へと飛び出そう!」

「空…?」

「そう!あの煌めく星々に旅立つのじゃ!、この空はな 宇宙にはな 果てがないそうだ、輝く星々一つ一つが一つの世界であるそうだ!、そこには数え切れないくらいの未知が待っている!進んでも進み切れないだけの冒険が ワシらの頭の上にはあるんじゃよ!」

「星が…」

あの数え切れないくらいのある瞬く星々一つ一つが 一つの世界?、だとすると それはもう永遠に冒険が出来てしまう、既知の恐怖に怯えることもなく 永遠に冒険が出来てしまう…

「ワシといろんな星を巡ろうエリス、色んな星を渡り歩き 色んな物を見よう、時に幻想的な景色を見て 時に死にそうな目にあって その後二人で笑って思い出を巡ろう、苦も楽も 未知であるなら経験になる、それを楽しもうじゃないかエリス」  

「……星を…」

「お前ならきっとワシと共に歩める、一緒に終わらない冒険をしようエリス…!、だからワシの手を取れエリス、この提案の魅力 お前なら分かるはずだ…、ワシと同じ 進む事と挑む事を笑えるお前ならばな!」

故にどうじゃと更にエリスに迫るシリウスは笑う、分かる…こいつは今本気でエリスを誘っている

本気でエリスを仲間に引き入れようとしている、己の唯一の理解者として引き込み 一緒に無限の冒険をしようと誘っている

魅力的だ、終わることのない冒険を続けられるならそれはそれでいい、シリウスはエリスの楽しい事を本当の意味で理解しているからそんな提案が出来るんだろう

「何が狙いなんですか…」

「言わんかったか?、ワシはただ知りたいだけ その随伴者を欲しているだけじゃ」

「それがエリスと?、殺そうとしたじゃないですか」

「ああ、識の力単体で見ればもう殺しても構わん、じゃがレグルスと一体化し お前という個人で見る目を得た今ならば…言える、エリス お前はワシと歩める人間じゃ、他の魔女達でも理解出来なかったワシという人間の苦悩を分かち合える 恐らく唯一の人間」

皮肉にも師匠の肉体を得たシリウスは、エリスへの理解も同時に手に入れたようだ、この数ヶ月でそれが如実になったのか…

確かにシリウスの誘いは魅力的だ、そうなったらならそうなったでエリスはきっと楽しめる、あるいはシリウスと宇宙果てまで永遠に旅を続けることもできるだろう

…その誘い自体は嬉しいと正直に言っておく、だけど、それでも エリスはシリウスの手を取れない、取れないんだ だって

「でも貴方はこの世界を滅ぼすつもりなんですよね」

「………………ああ」

シリウスの顔から笑顔が消える、そうだ こいつは確かにエリスの理解者になり得る、だが それでもエリスはこいつを理解出来ない、だって…こいつは世界を滅ぼそうとしているから、そこはどうしたって変わらないんだから

「エリスがやめてって言ったら、やめますか?」

「出来んな、ワシは未知への挑戦に飢えている そしてこれはその未知への挑戦に他ならないからだ、ワシの人生の命題じゃからな…空の彼方への旅はこの命題を片付けた後になる」

「じゃあ、無理ですよ…、だってエリス この世界のこと大好きですから、この世界が滅びるなら エリスは貴方の手を取れません」

エリスは旅が好きだ、未知の景色が好きだ、未知が既知に塗り潰されるのはある意味では恐ろしいだろう

だけどね…

「エリスは旅が好きです、貴方のいうように未知を目指しての旅は魅力的です、ですけど 旅ってただ前に進む事を言うんじゃありません、今まで自分が歩んできた道も含めて旅なんです、辛かった事苦しかった事を振り返るのも旅なんです…、始まり無くして続き無し…そんな始まりの地を消し去ろうとする貴方のことを、エリスは認めるわけにはいかないんです」

「ふむ、到達点だけでなく出発点とそれまでの道のりもまた好き…か、未だ旅に出れていないワシには理解し切る事は出来ない感覚じゃが…一定の理解は向けよう」

残念だがな とシリウスは潔く手を引っ込め、代わりに天を仰ぐ…

「ワシはな、ただ知りたいだけなのじゃ…、この空には何があこの台地には何が眠っていて、宇宙の果て その中心には何があるのかを…、八俣の世界と向かい合う星々…それを観測するとは如何なることか、それを理解したいのだ…」

「…………、世界を滅ぼすしかないんですか」

「いいや、別にそう言うわけではないが…、そうじゃのう お前が真なる意味でワシの前に立つことが出来たら教えてやらんことも無い、じゃが 残念じゃのう ワシはもう目的達成を間近に控えておる、今更別の方法を模索するつもりもない…、世界は滅ぼす この決定を覆したば、抗うがいい エリス」

手を引っ込めたシリウスはそのまま再び玉座に腰を下ろす、最早エリスを誘うつもりはないらしい、 何を考えているのかさっぱり分からないが、結局 この敵対関係はどうしようもない物らしい

「さぁて、改めてワシらは敵対したわけじゃが、どうするんじゃ?エリス…またワシと戦うか?、無駄じゃと思うが」

「…………」

シリウスの纏う魔力が明確に刺々しいものに変わる、ああして座っているだけだと言うのに まるで勝てる気がしない…、このままじゃ勝てない…でも

(でも、魔女様達が助けに来てくれれば…)

そうだ、魔女様達の助けがあるはずなんだ、ここに旅立つ時 魔女様達は最終局面で助けに来てくれると言っていた、で…ここが最終局面の筈なんだが

(…いつまで経っても来ないぞ、どうなってんだ…!)

来ない、魔女様達の速度ならものの数秒でここまで辿り着ける筈だろうが、カノープス様の力があるなら ここにすぐに来れる筈なのに、来ない…来ない!?

「んん?、どうした?…、何か 計算違いでもあったか?エリス」

「ぐっ…!」

おまけにバレてる、謎の作戦の遅延、何故魔女が誰も来ないんだ…!?帝国で何が起こってるんだ!?、というか…それ以前に

ヤバくないか、エリス一人でシリウスの相手なんか絶対出来ないぞ…!、それは帝国で思い知った…シリウスの実力はエリス一人でどうこうなる段階のものでは…

「ハッ、たわけが…若過ぎる事が分からぬか、まぁよい ならばここでワシが直々に相手を…と思ったが、どうやらお前はまだワシの番人を全員倒しておらんようじゃ、これではワシの前に立ったとは言えんなあ」

「はぁ?、神聖軍も神将も七魔賢も全員乗り越えてここにいるじゃないですか!、あと何処に貴方の番人が…」

「いるじゃろうが、お前の背後に…」

「え……?」

ゾワリと鳥肌が立つ、背後から漂う 重たい空気に糸を引かれるように、エリスの目がぎこちなく後ろを向く…

さっきまで誰もいなかったその空間、さっきまで氷の扉しかなかったその空間に、今は一人の女が…シスターが立っている

いや、シスターじゃない この人はシスターじゃない、この国の テシュタル教の頂点

「マジっすか…」

「お久しぶりですね、レグルスの弟子…」

夢見の魔女リゲル様…、八人の魔女の一人が エリスの背後に 聳え立つように立ち、その虚ろな目で見下ろしていた

「お前の相手はリゲルじゃ、其奴に勝てたら相手をしてやる…頑張れよ、エリス」

「其奴って…そりゃあ無いですよ」

エリスの相手は八人の魔女の一人ですって?、そんなの勝てるわけないじゃ無いですか…


……………………………………………………………………

「さて、ラグナ…ここからどうする」

氷の王城の門の前、マリンブルーに染まる世界の只中で睨み合う四と四

ラグナを中心とした魔女の弟子達とネレイドを筆頭とする四神将はこの魔女の懺悔室にて決戦の時を迎えていた

エリスを先に向かわせる、その目的は果たした…我々の役目は時間稼ぎだ、ならばこのまま奴等を引き付けたまま逃げ回ってもいいが…

「倒すさ、みんなここまで彼奴らには散々やられたんだろ?、その借りをここで返そうや」

コキコキと指を鳴らすラグナは言ってのける、奴等を倒すと…、そりゃあ私達だって奴等には借りがある、この二ヶ月強もの苦行を強いて来た四神将に思うところがないわけではない

だが

「私達を倒すと?、それはこちらのセリフだ…貴様らを瞬く間に撃滅し、我等は神敵エリスを追わねばならない」

目の前に屹立するネレイド荘厳にも口を開く、彼女の横に並ぶ神将達全員が放つ威圧、そのどれもが燃え立つように世界を覆い こうして目の前にしているだけで皮膚に突き刺さるようだ

言うまでもなく全員強い、単騎の力なら帝国の師団長を上回るとさえ称されるポルデューク最強の一角だ、我等が相手をするには余りに大きな相手…故に今日まで倒すことが出来ず逃げ回って来たんだ

それを前にしてもこうも自信過剰で居られるのは…、彼が大物だからだろうか

「こりゃ…強敵だよなぁ、学園の長期休暇ももう終わってるってのに、俺ぁこんなとこで何やってんだ?」

「アマルト様、現実を見るのは後でございます、ここで我等が負ければ 学園も卒業出来ませんよ」

「そりゃそうだけどよ…、ちょっと打ち合っただけで分かるぜ…、彼奴ら 今までの追跡の時とは本気の度合いが違う、多分 俺達を追いかけながらもまだ手を残していたんだと思う、初見の手が飛び出てくるかもしれねぇぞ 気をつけろよ…」

アマルトの言う通りだ、奴等は我等の後を追いながらもまだまだ余力を残していた、そして その残した余力の使いどころはまさにここ…、油断は出来ない

「だとしてもさ、どんだけ強くても…彼奴らは俺達のゴールじゃない、ここは俺達の目的地じゃない、所詮通過点に過ぎねぇんだから 立ち止まってられるかよ」

「…だな、とっとと片付けて エリスを助けに向かうとしよう」

我等の目的はシリウスの撃破 ならば彼らは差し詰め前座だ、その前座相手に 負けることはおろか立ち止まることも許されまい、敵は強いが…そんな強い敵を倒すための術は既に教えられている

ならばあとはやるだけだ

「ふぅ…、愚かな 勇気と蛮勇の違いを知っているか?」

するとネレイドは大きく両手を広げ 腰を下げ 突撃の姿勢をとる、それに呼応し トリトンも鉄球を両手で握り ベンテシキュメは処刑剣を擦り合わせ…ローデはその十字架を頭の上でブンブンと振り回す

「勝った者が持つのが勇気、負けた者が誇るのが…蛮勇だ、お前達のそれは どちらに入るのだろうな」

「ンなもん決まってんだろ、テメェら全員張り倒して その上に勝旗掲げて教えてやるよッ!、来いや!神将!」

「フッ…!!!」

大地を抉り突っ込んでくるネレイドと 軽く飛び上がり拳を振るうラグナの二人の超絶した怪力がぶつかり、暗然とした氷室に轟音が鳴り響く…、それはまるで 決戦を知らせる号砲のように、睨み合いを終わらせる

「退けやダボ共ッ!、皆殺しにするぞッ!!」

「やってみろよ傷女!平野での借りを返してやる!」


「メイドォッ!、我が友の無念!ここで晴らす!」  

「はてさて、無念とはなんのことやら…」

激突するアマルトの黒剣とベンテシキュメの処刑双剣、雨のように降り注ぐトリトンの鉄球を掻い潜るメグ

そして

「では、決着をつけましょうか…フォルトナ村での一幕に!」

我が前にはローデ、鎖で雁字搦めにした銀十字を振り下ろし、大地を砕き 我が体を叩き潰そうと迫る、私の相手はローデか…!

「上等だ、今までの我等と思うなよ!」

降り注ぐ十字架を寸前で跳躍すると共に回避し、銃口を向ける…神将とのケリ、ここでつける!
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