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西の塔
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その日の午後、昼食を済ませてからあたしはカリナ様の部屋を散策に行くことにした。
ヴィンセント皇子は近くに住むどこかの伯爵家が挨拶に来るらしいので、一緒には行けず、その場でいつも側で控えているグレイ騎士にあたしの警護を言いつけた。
グレイ騎士は気が進まなそうだった。
皇子の警護から外れるのが嫌みたいだ。
別にグレイ騎士だけじゃなく、他にも国軍より第一師団なる集団が皇子の警護に来ているのに。
西の塔はえらく遠く、近くまでは城内の馬車で連れてってもらい、後は階段を上って行くだけ。なんだけど、これまた長くて遠いわ。
それでえっちらおっちら、長いドレスを引き摺りつつ、あたしは石の階段を上って行った。
「ぜ、前王妃様ってどのような方だったの?」
とあたしは前を行くグレイ騎士に聞いた。
「……」
「ねえ! ちょっと!」
「お優しくて、とてもお美しい方でした」
振り返りもせずにグレイ騎士が答えた。
ふーむ、それは知ってる。果梨奈先輩はとっても綺麗な人だった。
「国民にも慕われておりました」
「え、嘘」
「嘘でございません」
「だって平民の出だからわりと嫌われてるって皇子が……」
「違います! それは皆がカリナ様の事を知らぬから! カリナ様は素晴らしい方です!」
「あ、うん、そーだね」
はっと我に返ったグレイ騎士は気まずそうにコホンと咳払いをした。
「申し訳ありません……前にもお話しました我が妹が、カリナ様に助けていただいた事があります」
「妹さんって悪しき影が見えるタイプの人だっけ?」
「はい、妹は特にその力が強く、我が家では十五になれば修道院へ入り、守護の教えを頂く事ができますが、その時妹はまだ三歳、あまりに幼すぎて日に日に強くなるその力に泣いて怯えて、家族もどうしようなく。そのとき私は十で国王軍の見習いでヴィンセント様の付き人としてお城に上がっていました。哀れな妹の事を打ち明けた所、カリナ様にその力を押さえるという護りの符を頂きました。それを身につけてる内に妹は落ち着き、悪しき影にも怯えないようになりました」
「そう、今は修道院に入ってらっしゃるの?」
「はい、カリナ様がいらっしゃらなければ妹は狂い死にしていたかもしれません。ですから本当にカリナ様には感謝しております」
そんな話をしている内にようやく西の塔の五階部分へと辿り着いた。
「あーしんど」
階段を上がりきった五階の部分は暗くて、湿った空気がよどんでいた。
「そちらのドアがカリナ様のお部屋でございます」
グレイ騎士がアーチ型の古い木のドアを開けるとギギギィと音がした。
「ちょ、まんまゾンビゲームのドアじゃん」
グレイ騎士が先に入り、木で蓋をしてある方々の窓を開けた。
途端に入る、初夏の日差しと新鮮な空気。
「まあ、ここがカリナ様のお部屋」
く、くせえ。
「え、ちょっと何か腐ってない?」
「ああ、これのせいでしょうか」
とグレイがひょいと何かを持ち上げてあたしの方へ差し出した。
「ぎゃーーーーーーーーーーー」
ひからびたネズミの死体を見せられて、あたしはびょんっと二メートルは飛び上がった。「ふざけんな!」
グレイ騎士はぷっと笑ってからそのネズミを窓からぽいっと放り投げた。
「もう十五年は閉めきっておりましたから」
「掃除!」
「は?」
「あんたねえ、カリナ様には感謝してもしたりないみたいな事言ってて、部屋の掃除もしてあげてないってどういう了見よ! 部屋がこんな状態って、カリナ様は悲しんでるわよ! この恩知らず!! 雑巾! バケツ!! 水くんでこい!」
グレイ騎士の顔色が変わった。
「申し訳ありません! 確かに仰る通りでございます」
グレイ騎士は慌てて部屋の外に駆けだした。
カッカッカッと階段を下って行く足音が聞こえる。
せっかく上ってきたのに、また下るのか、気の毒。
ふう。
ヴィンセント皇子は近くに住むどこかの伯爵家が挨拶に来るらしいので、一緒には行けず、その場でいつも側で控えているグレイ騎士にあたしの警護を言いつけた。
グレイ騎士は気が進まなそうだった。
皇子の警護から外れるのが嫌みたいだ。
別にグレイ騎士だけじゃなく、他にも国軍より第一師団なる集団が皇子の警護に来ているのに。
西の塔はえらく遠く、近くまでは城内の馬車で連れてってもらい、後は階段を上って行くだけ。なんだけど、これまた長くて遠いわ。
それでえっちらおっちら、長いドレスを引き摺りつつ、あたしは石の階段を上って行った。
「ぜ、前王妃様ってどのような方だったの?」
とあたしは前を行くグレイ騎士に聞いた。
「……」
「ねえ! ちょっと!」
「お優しくて、とてもお美しい方でした」
振り返りもせずにグレイ騎士が答えた。
ふーむ、それは知ってる。果梨奈先輩はとっても綺麗な人だった。
「国民にも慕われておりました」
「え、嘘」
「嘘でございません」
「だって平民の出だからわりと嫌われてるって皇子が……」
「違います! それは皆がカリナ様の事を知らぬから! カリナ様は素晴らしい方です!」
「あ、うん、そーだね」
はっと我に返ったグレイ騎士は気まずそうにコホンと咳払いをした。
「申し訳ありません……前にもお話しました我が妹が、カリナ様に助けていただいた事があります」
「妹さんって悪しき影が見えるタイプの人だっけ?」
「はい、妹は特にその力が強く、我が家では十五になれば修道院へ入り、守護の教えを頂く事ができますが、その時妹はまだ三歳、あまりに幼すぎて日に日に強くなるその力に泣いて怯えて、家族もどうしようなく。そのとき私は十で国王軍の見習いでヴィンセント様の付き人としてお城に上がっていました。哀れな妹の事を打ち明けた所、カリナ様にその力を押さえるという護りの符を頂きました。それを身につけてる内に妹は落ち着き、悪しき影にも怯えないようになりました」
「そう、今は修道院に入ってらっしゃるの?」
「はい、カリナ様がいらっしゃらなければ妹は狂い死にしていたかもしれません。ですから本当にカリナ様には感謝しております」
そんな話をしている内にようやく西の塔の五階部分へと辿り着いた。
「あーしんど」
階段を上がりきった五階の部分は暗くて、湿った空気がよどんでいた。
「そちらのドアがカリナ様のお部屋でございます」
グレイ騎士がアーチ型の古い木のドアを開けるとギギギィと音がした。
「ちょ、まんまゾンビゲームのドアじゃん」
グレイ騎士が先に入り、木で蓋をしてある方々の窓を開けた。
途端に入る、初夏の日差しと新鮮な空気。
「まあ、ここがカリナ様のお部屋」
く、くせえ。
「え、ちょっと何か腐ってない?」
「ああ、これのせいでしょうか」
とグレイがひょいと何かを持ち上げてあたしの方へ差し出した。
「ぎゃーーーーーーーーーーー」
ひからびたネズミの死体を見せられて、あたしはびょんっと二メートルは飛び上がった。「ふざけんな!」
グレイ騎士はぷっと笑ってからそのネズミを窓からぽいっと放り投げた。
「もう十五年は閉めきっておりましたから」
「掃除!」
「は?」
「あんたねえ、カリナ様には感謝してもしたりないみたいな事言ってて、部屋の掃除もしてあげてないってどういう了見よ! 部屋がこんな状態って、カリナ様は悲しんでるわよ! この恩知らず!! 雑巾! バケツ!! 水くんでこい!」
グレイ騎士の顔色が変わった。
「申し訳ありません! 確かに仰る通りでございます」
グレイ騎士は慌てて部屋の外に駆けだした。
カッカッカッと階段を下って行く足音が聞こえる。
せっかく上ってきたのに、また下るのか、気の毒。
ふう。
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