カーテンコール

碧桜 詞帆

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【シーン4】幽霊になること1

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 翌日。

おじいさん1「かわいいのう、かわいいのう」

おじいさん2「ほんにめんこいのう」

 レーズィの周りにじいさんたちが群がっていた。
 普段から暇を持て余してるじいさんたちは、新しいことを見つけるとすぐにこれだ。

レーズィ「~~~~」

 突然知らない大人たちに囲まれて、レーズィはすっかりちぢこまっている。
 でもまあ、じいさんたちのおかげで新入りも早いとこ墓地に馴染めるからな。
 俺も、最初はじいさんたちに色々教えてもらった。
 やっぱ年長者には特有の寛容さというか、貫禄がある。
 レーズィもじいさんたちに可愛がられながら、早くここに慣れてくれるといいが。

おじいさん3「わしもこんな可愛い孫ほしかったわー」

おじいさん4「お嬢ちゃん、うちの子にならんか?」

おじいさん1「なぬ、抜け駆けはいかんぞ」

おじいさん2「そうじゃ。わしも孫ほしいぞう」

 前言撤回。これじゃどこぞのナンパだ。

おじいさん3「わしもわしもー」

おじいさん4「じいさん孫いたじゃろ」

おじいさん3「ありゃ、そうだったかのう」

おじいさん1「まあまあ。みんなで可愛がればええんじゃ」

おじいさん2「町の子はみんな孫みたいなもんじゃけぇ」

おじいさん1「おお、ええこと言うのー」

レン「はいじゃあ、話まとまったところで解散な」

 じいさんたちの間に割って入り、レーズィをひょいっと抱え上げた。

おじいさん4「ああ、もう少し」

レン「何がもう少しだ。ほっといたら1、2時間は動かねぇだろ」

おじいさん3「うー、時間の流れはあっという間なんじゃ」

レン「そうだな。貴重な時間だ、有意義に使ってくれ」

おじいさん2「えーレン君ー」

レン「だ、め、だ。いい年して子ども困らせてんじゃねぇよ。嫌われんぞ」

おじいさん1「そんなあー」

おじいさん4「わしらはただ可愛がってただけじゃー」

 レーズィを取り上げられたことで手元が寂しくなったのか、両手をばたばた泳がせ訴えてくる。
 まったくどっちが子どもなんだか。

おじいさん1「ひょっとしてレン君、やきもちかのう」

おじいさん2「なんじゃ、やきもちなんか」

おじいさん3「そうならそうと言ってくれればええのに」

おじいさん4「大丈夫。レン君も可愛いけぇのー」

 懲りてねぇ。こいつら全然懲りてねぇぞ。
 どんな思考回路してんだ。
 あまつさえ今度は俺の頭を撫ではじめたし。

おじいさん1「よしよし」

おじいさん4「レン君もうちの子になるか?」

おじいさん2「あ、わしもレン君ほしいぞう」

おじいさん3「わしもわしもー」

レン「死んでんだから孫も何もないだろ。とにかくレーズィで遊ぶのはおあずけだ」

おじいさん4「しくしく。フられてしもた」

おじいさん1「ハンカチいるか?」

 やっとじいさんたちが離れていく。

おじいさん2「嬢ちゃん、ごめんなあ」

レーズィ「だいじょうぶ、です」

 じいさんたちはこぞって空に上がっていった。

 レーズィは騒がしいじいさんたちがいなくなって肩の力が抜けたようだ。
 上空で井戸端会議を始めたじいさんたちを、じーっと見つめている。

レーズィ「みんな、ゆーれいのままずっとここにいるの? どうして?」

レン「どうしてってほどの理由もないからここにいるんだろうよ」

レーズィ「?」

レン「ああ、えっと……。イクスが言うには、〝成仏するきっかけ〟が見つからないからいつまでも現世に留まってる、とかなんとか。わかるか?」

レーズィ「ん、なんとなく」

おじいさん3「鬼ごっこする人ぉー」

おじいさん4「じゃあわし鬼ぃー」

おじいさん1「そら逃げろー」

 じいさんたちが一斉に四方八方へ散らばる。

レン「おい、はしゃぎすぎて墓地を出たりすんじゃねぇぞ!」

おじいさん2「わかっとるわーい」

 まあ、じいさんたちが元気なのは、生前、老いた身体に合わせた静かな暮らしをしてきた反動なんだろうが。
 それにしても幽霊は肉体がないからな、疲れ知らずなじいさんたちのお守りはマジで手がかかる。
 天寿を全うした人間ってのは色んな面で回帰するんだろうな、と思ったりする。

レーズィ「〝成仏するきっかけ〟……、……」

レン「まあ、要は、踏ん切りがつかないんだ」

 一度目の死は、完全に自分の意思の外側で起こる。是が非もなく、偶然も必然もひっくるめて、皆一様の結果をもたらす。
 しかし、だからこそ、覚悟ってのができる。ああ、死ぬのか、って人生の閉幕を一瞬だが悟ることができる。
 それでキレイに逝かれればいい。だが、もし逝きそびれたら――。
 幽霊はことわりから外れた存在。今の俺たちは、あらゆる事象の外側にいる。
 二度目の死は何事にも脅かされることはない。
 それはつまり、今度は自分で決めないといけないってことだ。
 自分の意思で、成仏しないといけない。

レーズィ「お兄ちゃんも?」

 つぶらな瞳が真っ直ぐに、間近から、問いかけてくる。

レン「……ああ」

 俺も、そうだ。
 いつでも行けるのに、いつでも行けるから、いつまでも行けなくて。
 気付いたら1年近くここにいる。 

レン「…………」

 他意のない素朴な問いかけとはいえ、ずっと向き合えずにいた自分の問題を晒されると後ろめたさを感じてしまう。
 それを誤魔化すように、レーズィを地面におろした。
 でも、この後ろめたさを抱えているのはきっと俺だけじゃなくて。

レン「おまえもだろ?」

 聞けば、レーズィもこれといった願いはないのだという。
 死を拒むほどの願いはなく。ただ、とりとめもないわだかまりだけが残っている。

レーズィ「うん……」

 俺も、レーズィも、あのじいさんたちもみんな、どこかにこの気持ちを抱えている。
 けど、こうも思う。
 何も思い残すことがなかったら、あの時にちゃんと逝けたはずだ。
 逝けなかったのは、逝けない理由があるから。
 それが、自分では見つけられなくても。
 何か――。
 レーズィの頭に手を置く。
 ま、焦ることはないんだけどな。それこそ、俺たちの時間は止まっているから。

 崖の上に見える1番手前の屋敷の窓は、今日も閉じたままだ。

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