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23:入場料
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特設戦闘科への転科届に記名した次の日、ミオは早速、校舎へと案内されていた。
「これで校舎か。中々趣があるな」
「そんな優雅なものですかね」
案内役として寄こされた護衛男――ニコラス・ノ・ホートランド――の高い声には、気後れの成分が多量に含まれていた。
ニコラスの身体は、百六十を少々上回る程度と低い。線は細いが引き締まっており、体幹を鍛えた者特有の落ち着いた姿勢を保っていた。
耳元までの白に近い銀髪の下には、垂れ気味の眼と小さな鼻と口が縦に並んでいる。まだ十代後半と言ったところの幼さの残る顔は、うっすらと青ざめており、校舎を前にしたニコラスの感情を伝えていた。
ニコラスの隣で校舎を眺めるミオは、恐れの感情に納得を示した。
「こう、不気味ではなあ」
薄汚れた黒い五階建ての特設戦闘科の校舎を見上げたまま、ミオは腕を組んだ。
特設戦闘科の建物は、倉庫はもちろん、校舎も武骨で簡素、飾り気は全くなかった。色も黒、それもところどころ剥げていたり、汚く色あせていたりしていた。
どこも、ミオの背に匹敵するほど高い雑草でいっぱいになっており、道らしい道はない。汚らしく湿った黒土に、雑草が生えていなければ道、といった程度の踏み固められた細い道があるだけだ。
周辺にはカラスや腐肉を食らう猛禽類の鳴き声が木霊し、風が不吉に騒めいている。歴史的な事件が起こる前触れのような情景が、当たり前のように存在していた。
他学科の敷地内には、優美な建物が林立している。生徒たちの校舎や宿舎、訓練場はもちろん、倉庫にさえ装飾が施され、白と金色に輝いていた。
道路の石畳みは、隙間なく整然と敷き詰められており、良くできたパズルのようだった。
各所に花壇が設けられ、装飾は控えめでも材質は良さそうなベンチの周囲には、青々とした木々が植えられていた。
木や街灯は、白や灰色の羽をもつ鳥の休息しとして使われており、優美で安心感のある情景を作り出していた。
特設戦闘科とは、なにもかも対照的だった。
敷地に踏み込む寸前となって、ニコラスが頷く。
「全く同意だね。こんなところに校舎を建てなくてもいいのに」
塀に囲まれた特設戦闘科の黒い校舎は、魔法学校の北西部、その外れにあった。
魔法学校の敷地は、上辺が長い台形状をしている。特設戦闘科の校舎は、中央にある本校舎から、最も遠い北西部に建っていた。
北西部の狭く、あまりにも外側の孤立した場所にあるので、ミオは隔離施設を想起した。
北は灰色の山がそびえたち、良く重の群れが舞う空には、禍々しい黒雲が満ちていた。
西には、魔法学校の敷地を遥かに超える広大さを誇る森が存在し、昼ですら薄暗く鬱蒼としていた。風が吹くと、木々と黒い土が放つ濃厚な自然の香りと、腐った肉と葉の臭いが敷地内に流れ込んできていた。
南には、魔法学校を警備する騎士団の防衛拠点兼訓練施設である砦があり、堀が穿たれている。高い壁には、飛行する妖魔対策と思われる大きな石弓が並び、兵士たちが東西南北全方向に目を光らせていた。
東には、南北五キロ東西二キロに及ぶ湖があり、中央には館の立つ小島がある。他の学部学科との距離を、いっそう長大にしていた。
特設戦闘科の校舎を囲う塀は、敷地内のいかなる建物よりも高い。要所に設けられた櫓は、外側よりも内側を見据える配置となっているところが、ミオは気になった。
学び舎というよりも、隔離地域、或いは――
「刑務所だな」
ミオは素直な感想を口にした。
「それにも同意だね。じつは、刑務所のほうが相応しい人たちも、少なくないんだ」
ニコラス声と瞳には、はっきりと怯えの色が浮かんでいた。
特設戦闘科の生徒たちは、よほどガラが悪いらしい。と、いうより、ニコラスの言い草から考えると、ほぼ犯罪者と考えたほうがいいのかもしれない。
それにしても、ニコラスの怖がりようは、前世では男であったミオからすると、情けなく思えてならなかった。
男が無様に怖がるなど言語道断だ。
第一、危険な場所ほど、感情を表に出さないようにするものだ。さもなければ、かえって危険を呼び寄せる羽目になりかねない。超然と構えて見せるべきなのだ。
顔を青くしたままのニコラスを見かねて、ミオはつい説教をしてしまう。
「なにを怖がっている。昨日は、俺相手に武器を構えて見せたではないか」
「もしかしてボク、強そうに見えた?」
ニコラスの目は、控えめだが期待の色があった。
頭を撫でられるのを期待する、犬のようだ。
褒めてやりたいところだが、こと強さについて、ミオは嘘をつけない。
「まあまあだな」
「辛いなあ」
ニコラスは空を見上げて、悲しんで見せた。
表情の動かない顔に、悲壮感はない。強さ弱さには、関心が薄いのだろうか。あるいは、強くなることをあきらめてしまった手合いなのだろうか。
ミオは、ニコラスを横目に見つつ、無理もないかと、内心で納得した。
ニコラスの技量は、昨日校長室で起こった一件で、ミオはおおむね把握できていた。
身長は百六十センチ程度と、この世界では小柄な上に細身のため、迫力には欠けた。
右手で自然に持った刺突剣、後ろ足(左足)のカカトを浮かし、ややガニ股にした立ち方から、前進後退の素早が推察された。
西洋剣術における刺突剣の典型的な構えのようで、実は違う。通常、刺突剣の使い手は、後ろ足のカカトを浮かさない。素早く動けても、致命傷を与えにくいからだ。
洋の東西を問わず、古流剣術などの実戦派は、攻撃に際しては骨を断ち内臓をえぐり、転ばない身体捜査を重視する。どっしりとした構えになりがちだ。
恐らくニコラスは、刺突剣を用いた競技の世界で、ポイントを得て判定で勝利するタイプの競技者だ。
ミオのニコラスに対する評価は、素早いだろうが、攻撃衝力は弱い。生き死にの世界に住む戦士というより、技量ばかりを重視する競技者に過ぎないと評価していた。
初戦は競技者、ミオにとって脅威にはならないだろう。
スポーツに類する武道に対して、実戦派の武術家は必ずしも好意的ではない。空手や柔道などを、ルールで守られているがために、実戦性を喪失した不格好な踊りと見る者すらいた。
頷ける部分もあった。
柔道家は、ルールにないからと、打撃、特に顔面に対する防御を一切学ばない。寝技で攻め込まれれば、亀の姿勢という非実戦性の極致のごとき姿勢で、審判の助けを待つばかりだ。
空手家は、タックルや寝技を想定しない練習しかしていなかった。
試合となれば、ライトコンタクトの伝統派空手はポイント得るために素早さのみを重視した動きに終始していた。
直接打撃制を採用しているが、顔面を殴らないフルコンタクト空手は、額を寄せ合って腹を叩き合うというような、奇妙なシュチュエーションで戦っていた。
さらに、柔道も空手も、対戦相手が武器を使う可能性や、噛みつきや目つぶしなどの危険な技を排除した環境で練習していた。
およそ、実戦は想定していない技術体系だ。
それでもミオは、武道をある程度は評価していた。
制約のある練習は、競技者の安全を確保し、技術を育てる。それに、しないよりはよほどマシだ。
スポーツマンでも多少は使えるだろうと、ミオは上から目線で認めてやっていた。
ガッカリとしているニコラスに、ミオは鷹揚に声をかけてやる。
「そう項垂れるな。悪くはなかったぞ」
「オスロン嬢のような少女に褒められて、ボクは喜んでいいのだろうか?」
声に出して自問自答するニコラスに呆れつつも、ミオは勝手に弟、あるいは舎弟を得たような気分になった。
なにかあったら、助けてやるとするか。
そう、例えば今のような状況の時に。
ミオは、腹から大声を出す。
「出迎えご苦労!」
途端、雑草と校舎の影から、多数の者が動揺する空気が流れた。
「へえ、気配消したつもりだったんだけどね。やるジャンよ。メスガキ」
ちぢれた金髪を赤いカチューシャでまとめた目つきの悪い女が、同じような目つきの男女数名と共に現れた。
着崩した制服姿の若い男女たちは、皆、武装していた。
「とりあえず、金目のモン全部出せや。入場料だ」
赤いカチューシャの女が、剣呑な外見に見合う内容の言葉を吐いた。
「これで校舎か。中々趣があるな」
「そんな優雅なものですかね」
案内役として寄こされた護衛男――ニコラス・ノ・ホートランド――の高い声には、気後れの成分が多量に含まれていた。
ニコラスの身体は、百六十を少々上回る程度と低い。線は細いが引き締まっており、体幹を鍛えた者特有の落ち着いた姿勢を保っていた。
耳元までの白に近い銀髪の下には、垂れ気味の眼と小さな鼻と口が縦に並んでいる。まだ十代後半と言ったところの幼さの残る顔は、うっすらと青ざめており、校舎を前にしたニコラスの感情を伝えていた。
ニコラスの隣で校舎を眺めるミオは、恐れの感情に納得を示した。
「こう、不気味ではなあ」
薄汚れた黒い五階建ての特設戦闘科の校舎を見上げたまま、ミオは腕を組んだ。
特設戦闘科の建物は、倉庫はもちろん、校舎も武骨で簡素、飾り気は全くなかった。色も黒、それもところどころ剥げていたり、汚く色あせていたりしていた。
どこも、ミオの背に匹敵するほど高い雑草でいっぱいになっており、道らしい道はない。汚らしく湿った黒土に、雑草が生えていなければ道、といった程度の踏み固められた細い道があるだけだ。
周辺にはカラスや腐肉を食らう猛禽類の鳴き声が木霊し、風が不吉に騒めいている。歴史的な事件が起こる前触れのような情景が、当たり前のように存在していた。
他学科の敷地内には、優美な建物が林立している。生徒たちの校舎や宿舎、訓練場はもちろん、倉庫にさえ装飾が施され、白と金色に輝いていた。
道路の石畳みは、隙間なく整然と敷き詰められており、良くできたパズルのようだった。
各所に花壇が設けられ、装飾は控えめでも材質は良さそうなベンチの周囲には、青々とした木々が植えられていた。
木や街灯は、白や灰色の羽をもつ鳥の休息しとして使われており、優美で安心感のある情景を作り出していた。
特設戦闘科とは、なにもかも対照的だった。
敷地に踏み込む寸前となって、ニコラスが頷く。
「全く同意だね。こんなところに校舎を建てなくてもいいのに」
塀に囲まれた特設戦闘科の黒い校舎は、魔法学校の北西部、その外れにあった。
魔法学校の敷地は、上辺が長い台形状をしている。特設戦闘科の校舎は、中央にある本校舎から、最も遠い北西部に建っていた。
北西部の狭く、あまりにも外側の孤立した場所にあるので、ミオは隔離施設を想起した。
北は灰色の山がそびえたち、良く重の群れが舞う空には、禍々しい黒雲が満ちていた。
西には、魔法学校の敷地を遥かに超える広大さを誇る森が存在し、昼ですら薄暗く鬱蒼としていた。風が吹くと、木々と黒い土が放つ濃厚な自然の香りと、腐った肉と葉の臭いが敷地内に流れ込んできていた。
南には、魔法学校を警備する騎士団の防衛拠点兼訓練施設である砦があり、堀が穿たれている。高い壁には、飛行する妖魔対策と思われる大きな石弓が並び、兵士たちが東西南北全方向に目を光らせていた。
東には、南北五キロ東西二キロに及ぶ湖があり、中央には館の立つ小島がある。他の学部学科との距離を、いっそう長大にしていた。
特設戦闘科の校舎を囲う塀は、敷地内のいかなる建物よりも高い。要所に設けられた櫓は、外側よりも内側を見据える配置となっているところが、ミオは気になった。
学び舎というよりも、隔離地域、或いは――
「刑務所だな」
ミオは素直な感想を口にした。
「それにも同意だね。じつは、刑務所のほうが相応しい人たちも、少なくないんだ」
ニコラス声と瞳には、はっきりと怯えの色が浮かんでいた。
特設戦闘科の生徒たちは、よほどガラが悪いらしい。と、いうより、ニコラスの言い草から考えると、ほぼ犯罪者と考えたほうがいいのかもしれない。
それにしても、ニコラスの怖がりようは、前世では男であったミオからすると、情けなく思えてならなかった。
男が無様に怖がるなど言語道断だ。
第一、危険な場所ほど、感情を表に出さないようにするものだ。さもなければ、かえって危険を呼び寄せる羽目になりかねない。超然と構えて見せるべきなのだ。
顔を青くしたままのニコラスを見かねて、ミオはつい説教をしてしまう。
「なにを怖がっている。昨日は、俺相手に武器を構えて見せたではないか」
「もしかしてボク、強そうに見えた?」
ニコラスの目は、控えめだが期待の色があった。
頭を撫でられるのを期待する、犬のようだ。
褒めてやりたいところだが、こと強さについて、ミオは嘘をつけない。
「まあまあだな」
「辛いなあ」
ニコラスは空を見上げて、悲しんで見せた。
表情の動かない顔に、悲壮感はない。強さ弱さには、関心が薄いのだろうか。あるいは、強くなることをあきらめてしまった手合いなのだろうか。
ミオは、ニコラスを横目に見つつ、無理もないかと、内心で納得した。
ニコラスの技量は、昨日校長室で起こった一件で、ミオはおおむね把握できていた。
身長は百六十センチ程度と、この世界では小柄な上に細身のため、迫力には欠けた。
右手で自然に持った刺突剣、後ろ足(左足)のカカトを浮かし、ややガニ股にした立ち方から、前進後退の素早が推察された。
西洋剣術における刺突剣の典型的な構えのようで、実は違う。通常、刺突剣の使い手は、後ろ足のカカトを浮かさない。素早く動けても、致命傷を与えにくいからだ。
洋の東西を問わず、古流剣術などの実戦派は、攻撃に際しては骨を断ち内臓をえぐり、転ばない身体捜査を重視する。どっしりとした構えになりがちだ。
恐らくニコラスは、刺突剣を用いた競技の世界で、ポイントを得て判定で勝利するタイプの競技者だ。
ミオのニコラスに対する評価は、素早いだろうが、攻撃衝力は弱い。生き死にの世界に住む戦士というより、技量ばかりを重視する競技者に過ぎないと評価していた。
初戦は競技者、ミオにとって脅威にはならないだろう。
スポーツに類する武道に対して、実戦派の武術家は必ずしも好意的ではない。空手や柔道などを、ルールで守られているがために、実戦性を喪失した不格好な踊りと見る者すらいた。
頷ける部分もあった。
柔道家は、ルールにないからと、打撃、特に顔面に対する防御を一切学ばない。寝技で攻め込まれれば、亀の姿勢という非実戦性の極致のごとき姿勢で、審判の助けを待つばかりだ。
空手家は、タックルや寝技を想定しない練習しかしていなかった。
試合となれば、ライトコンタクトの伝統派空手はポイント得るために素早さのみを重視した動きに終始していた。
直接打撃制を採用しているが、顔面を殴らないフルコンタクト空手は、額を寄せ合って腹を叩き合うというような、奇妙なシュチュエーションで戦っていた。
さらに、柔道も空手も、対戦相手が武器を使う可能性や、噛みつきや目つぶしなどの危険な技を排除した環境で練習していた。
およそ、実戦は想定していない技術体系だ。
それでもミオは、武道をある程度は評価していた。
制約のある練習は、競技者の安全を確保し、技術を育てる。それに、しないよりはよほどマシだ。
スポーツマンでも多少は使えるだろうと、ミオは上から目線で認めてやっていた。
ガッカリとしているニコラスに、ミオは鷹揚に声をかけてやる。
「そう項垂れるな。悪くはなかったぞ」
「オスロン嬢のような少女に褒められて、ボクは喜んでいいのだろうか?」
声に出して自問自答するニコラスに呆れつつも、ミオは勝手に弟、あるいは舎弟を得たような気分になった。
なにかあったら、助けてやるとするか。
そう、例えば今のような状況の時に。
ミオは、腹から大声を出す。
「出迎えご苦労!」
途端、雑草と校舎の影から、多数の者が動揺する空気が流れた。
「へえ、気配消したつもりだったんだけどね。やるジャンよ。メスガキ」
ちぢれた金髪を赤いカチューシャでまとめた目つきの悪い女が、同じような目つきの男女数名と共に現れた。
着崩した制服姿の若い男女たちは、皆、武装していた。
「とりあえず、金目のモン全部出せや。入場料だ」
赤いカチューシャの女が、剣呑な外見に見合う内容の言葉を吐いた。
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