この醜悪な世界に咲いた、一筋の光を。

緘黙

「あの、すみません」
　後ろから、そう声をかけられた。
　ドッと冷や汗が流れる。
　後ろにいた20代前半の女性は、僕の目を見て言葉を続ける。
「駅はこっちの方向であってますか？スマホの充電が切れてしまったもので」
　おそらく就職して、ここに引っ越してきたばかりなのだろう。
　まだ慣れていないスーツに身を包んでいる。
　それ以降も彼女は僕にいろいろ話しかけてきたが、その声は耳には届いても、頭で理解できなかった。
　まるで異国の言葉を、羅列されているような感覚だった。
　何を言っても「あ…」とか「え…」とかしか言わない僕に腹を立てたのか、最初こそ優しかった彼女もだんだんと機嫌が悪くなっていって——
「—もういいです！自分で行きます！！」
　立ち尽くす僕にピシャリとそう告げ、早足で歩いて行ってしまった。
　もう、何度目だろう。
　“これ”のせいで人を不快にさせてしまったのは。
　そんなのことを考えていると、いつの間にか、汗が止まらなくなっていることに気づく。　
　が、もう遅かった。
　体の震えが止まらなくなり、眩暈がしてくる。
　息も、うまく吸えない。
　膝をついて何とか落ち着こうとしたが、異常なまでに上がった心拍数は、そう簡単には元に戻ってはくれなかった。

　僕には昔から病があった。
　『緘黙かんもく』という、精神疾患。
　これのせいで僕はほとんどの人とまともに話すことすらできない。
　コミュ障とかそんな次元の話ではないのだ。
　僕が何か言おうと口を開いても、声が出てこないのだ。
　僕の場合、初対面の相手にはほぼ確実にうまく話せなかった。
　そのせいで僕の初対面の印象は最悪であり、何にもの人が僕から離れていき、終いにはいじめに発展する。
　これが、僕の進級の春に起こるお決まりの流れだった。
　そしてこのように、たまにパニックに陥ることもあって—