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『一緒に帰ろ』
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その日も変わらず授業終わりのチャイムがなった。
今日は、冷ややかな嘲笑が続いただけで、手を出されたりはしなかった。
だからこれ以上エスカレートしないためにもそそくさと鞄を持って帰ろうとした瞬間——
「ねね、一緒に帰ろ!!」
後ろから声をかけられると同時に肩を叩かれる。
その声は、今朝聞いた声だった。
僕は肩に置かれたその手を取って逃げるように廊下へと出た。
教室内の視線が集まり、君の悪い笑いに包まれる。
廊下に出た結華は本当に訳がわからないといったような表情を浮かべていた。無自覚なのか、この子は。
「え、ど、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、今朝のこと忘れたの?」
あれだけクラス中にバカにされたのにまだこれ以上僕と関わろうというのだろうか。
「今朝?ああ、もちろん覚えてるよ」
「絶対また一緒に帰ったら変な噂が立つって」
「噂ならもう立ってるよ。変な新聞までできてるんだし。別に今更一緒に帰っても何も変わらないでしょ」
「楽観的だね君は」
「ポジティブと言ってくれないかな」
彼女との会話は、それはもう漫才のように続いていた。廊下を行き交う人たちの視線が若干刺さるのが気になるが、まあいいか。
「……とにかく、今日は僕と帰るのはやめとこうよ」
「そんなに優晴くんは私と帰りたくないの?」
ニヤリと歯を見せて、小悪魔的に笑う結華。完全に弄ばれている。が、残念ながらその余裕の笑みを崩す術を僕は持っていなかった。
「帰りたくない訳じゃないけど……」
「じゃあ決まりね!優晴くんは今日私と一緒に帰ります!」
彼女は高らかに宣言した。もうここまできたら流石にこれ以上食い下がろうとは思わなかった。
若干冷ややかな視線を浴びながら僕たちは帰路を辿っていた。この視線の妙な冷たさにはいつまで経っても慣れないが、隣を歩く結華は全く気にしていないという様子だった。
なんて強靭な精神力なんだと、僕は心の中で嘆息した。
「やっと1週間終わったねぇ~」
僕の右から、腑抜けた声が聞こえる。
「……そうだね」
そんな発展性のない会話を振られたら僕は無感情な相槌を気まずさ混じりに繰り出す他ない。
「……優晴くんなんか元気なくない?」
「いや元気がない訳じゃないけど……明らかに気まずいじゃん、この雰囲気」
僕が結構包み隠さず言ったのにも関わらず、結華は表情を崩さない。
「そうかな。じゃあ私がもっと盛り上げればいいってことね!」
「そういうことじゃないんだけどな…」
「まぁまぁ遠慮しなさんな!」
そういって結華は僕の肩をぽんぽんと叩いた。
僕と結華にそれほど身長差がないからか、この状況では完全に僕が弟ポジションとなっている。
……それでも、心地悪さは微塵も感じなかったけども。
「まあ特に私が意識しなくとも君との会話は勝手に弾んでいくんだけどね」
「僕そんなに上手い返しなんてしてないはずなんだけど…」
「多分優晴くんのお人柄のおかげだよ」
「その言葉そっくりそのままお返しするよ」
「はは、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
そんなこんなで結華と何ともない雑談を繰り広げているだけで、僕の心は少しずつ晴れやかになっていった。少し前までの僕には、想像もつかなかった。家族以外の人と、しかも異性と、こんなに楽しい会話をして、こんなに笑顔になれるなんて。
時間は、あっという間に過ぎ去り、結華と別れる道に差し掛かった。脳が、心が、彼女との別れを惜しんでいる。
僕にとって、本当に久しぶりの友達と呼べる存在なので、当然のことだった。
「ここら辺は本当に人通りが少ないね」
独り言のように彼女が呟いた。
「この地域特有だよね、ずっと大通りで都会っぽかったのにちょっと脇道に入ったら閑静な住宅街になるんだから」
「そうだよね~。私はこの町好きだな」
「確かに住みやすい所だけど、この道はちょっと危ないよね。道結構細いのに割と車通るから」
「確かにね。気をつけないと」
そこで数秒の沈黙が訪れた。しかしそれは気まずいものではなく、会話の転換のためのもの。彼女は完全に足を止めて、閑静な背景とは不釣り合いな明るさで話し始める——
今日は、冷ややかな嘲笑が続いただけで、手を出されたりはしなかった。
だからこれ以上エスカレートしないためにもそそくさと鞄を持って帰ろうとした瞬間——
「ねね、一緒に帰ろ!!」
後ろから声をかけられると同時に肩を叩かれる。
その声は、今朝聞いた声だった。
僕は肩に置かれたその手を取って逃げるように廊下へと出た。
教室内の視線が集まり、君の悪い笑いに包まれる。
廊下に出た結華は本当に訳がわからないといったような表情を浮かべていた。無自覚なのか、この子は。
「え、ど、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、今朝のこと忘れたの?」
あれだけクラス中にバカにされたのにまだこれ以上僕と関わろうというのだろうか。
「今朝?ああ、もちろん覚えてるよ」
「絶対また一緒に帰ったら変な噂が立つって」
「噂ならもう立ってるよ。変な新聞までできてるんだし。別に今更一緒に帰っても何も変わらないでしょ」
「楽観的だね君は」
「ポジティブと言ってくれないかな」
彼女との会話は、それはもう漫才のように続いていた。廊下を行き交う人たちの視線が若干刺さるのが気になるが、まあいいか。
「……とにかく、今日は僕と帰るのはやめとこうよ」
「そんなに優晴くんは私と帰りたくないの?」
ニヤリと歯を見せて、小悪魔的に笑う結華。完全に弄ばれている。が、残念ながらその余裕の笑みを崩す術を僕は持っていなかった。
「帰りたくない訳じゃないけど……」
「じゃあ決まりね!優晴くんは今日私と一緒に帰ります!」
彼女は高らかに宣言した。もうここまできたら流石にこれ以上食い下がろうとは思わなかった。
若干冷ややかな視線を浴びながら僕たちは帰路を辿っていた。この視線の妙な冷たさにはいつまで経っても慣れないが、隣を歩く結華は全く気にしていないという様子だった。
なんて強靭な精神力なんだと、僕は心の中で嘆息した。
「やっと1週間終わったねぇ~」
僕の右から、腑抜けた声が聞こえる。
「……そうだね」
そんな発展性のない会話を振られたら僕は無感情な相槌を気まずさ混じりに繰り出す他ない。
「……優晴くんなんか元気なくない?」
「いや元気がない訳じゃないけど……明らかに気まずいじゃん、この雰囲気」
僕が結構包み隠さず言ったのにも関わらず、結華は表情を崩さない。
「そうかな。じゃあ私がもっと盛り上げればいいってことね!」
「そういうことじゃないんだけどな…」
「まぁまぁ遠慮しなさんな!」
そういって結華は僕の肩をぽんぽんと叩いた。
僕と結華にそれほど身長差がないからか、この状況では完全に僕が弟ポジションとなっている。
……それでも、心地悪さは微塵も感じなかったけども。
「まあ特に私が意識しなくとも君との会話は勝手に弾んでいくんだけどね」
「僕そんなに上手い返しなんてしてないはずなんだけど…」
「多分優晴くんのお人柄のおかげだよ」
「その言葉そっくりそのままお返しするよ」
「はは、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
そんなこんなで結華と何ともない雑談を繰り広げているだけで、僕の心は少しずつ晴れやかになっていった。少し前までの僕には、想像もつかなかった。家族以外の人と、しかも異性と、こんなに楽しい会話をして、こんなに笑顔になれるなんて。
時間は、あっという間に過ぎ去り、結華と別れる道に差し掛かった。脳が、心が、彼女との別れを惜しんでいる。
僕にとって、本当に久しぶりの友達と呼べる存在なので、当然のことだった。
「ここら辺は本当に人通りが少ないね」
独り言のように彼女が呟いた。
「この地域特有だよね、ずっと大通りで都会っぽかったのにちょっと脇道に入ったら閑静な住宅街になるんだから」
「そうだよね~。私はこの町好きだな」
「確かに住みやすい所だけど、この道はちょっと危ないよね。道結構細いのに割と車通るから」
「確かにね。気をつけないと」
そこで数秒の沈黙が訪れた。しかしそれは気まずいものではなく、会話の転換のためのもの。彼女は完全に足を止めて、閑静な背景とは不釣り合いな明るさで話し始める——
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