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12.とある神父の計画➁
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「して、レオナルド様のお望みとは何でございましょうか?」
「親父殿へは手紙を出す。ここで言う必要はないだろう」
「私めは旦那様の名代にございます。レオナルド様にお手間をかけさせるつもりはございません。一言一句お伝えいたしますので、今、申し付けください」
よほど切羽詰まっているのか、早くしろと言わんばかりに鼻の穴をふくらませる老執事が、滑稽だった。
「俺の望みは処女――この修道院の修道女を抱くことだ。そうすれば、親父殿の言うとおりにしよう」
「な、な、な……」
――あの男の反応が楽しみだな。
混乱する老執事を前に、レオナルドは、にっこりと笑った。
それから半年経っても、レオナルドの父親――ユンカー男爵から返答はなかった。
領地にあるとはいっても、修道院の運営は、王族が国教と定める中央教会が担っている。下手に手出しをすれば、異端者だと告発され、爵位と領地を剥奪されかねない。危ない橋を渡ってまで、レオナルドを後継者にする必要はないのだろう。
――作戦は成功したんだな。
穏やかな日々にレオナルドは、いつしかそんな話があったことすら、忘れつつあったのだが――。
その日もレオナルドは小聖堂の地下に籠もり、村人のために薬を調合していた。
聖女候補者を選ぶ儀式が翌日に迫り、修道院内は静かな熱気に包まれている。年に一度の儀式に若い修道士、修道女たちは浮き足立っていた。
しかし、レオナルドは儀式に興味がない。回廊を走り回る兄弟たちを尻目に、小聖堂の地下へと向かう。
神父たちが寝起きする本棟にも作業場はあるのだが、レオナルドは、より静かな場所を求めていた。そんな折に、何度か立ち寄っていた小聖堂で、地下室を発見したのである。
埃を被っていた家具を清め、道具をそろえた。そうして出来上がった秘密の隠れ家に、レオナルドは満足する。過ごしやすく整えた部屋は、快適でますます修道院から離れられなくなった。
調合作業が一段落し、ひと息ついた瞬間、視界の端を金色の靄が掠める。
――何だ?
レオナルドは目頭を揉みほぐし、目を凝らした。輝く砂煙はレオナルドの周囲を漂い続けている。
――確か、修道女たちが扱う、結界の類だったか?
一度、目にしたことのある奇蹟にレオナルドは、しかし、なぜ修道院内でも寂れたこの場所に、結界を張る必要があるのかと、首を傾げた。
大事な儀式が明日に控えているので、暇を持て余している者はいないはずた。
何にせよ、このまま閉じ込められてはたまらない。レオナルドは凝り固まった腰に鞭打ち、足早に階段を登った。
石床を模した、跳ね上げ扉から顔を出すと、泣きそうな顔をしたシスター・アンジェラと目が合った。
小柄な身体を長椅子の上で、不安そうに丸めている。彼女の背後、小聖堂の入り口は、金色の光に包まれていた。
困り果てた様子から察するに、彼女が術者ではないようだ。
彼女も聖女になりたがっている、と修道士たちから聞いた覚えがある。手垢のついた聖典を大事に抱えているのだ。アンジェラが勉強熱心な娘なのは間違いない。
そんな彼女でも解けないほど、結界は難解な代物なのだろうか。
――だとしても、この女に賭けるしかない。
レオナルドはおびえる野生動物を逃がさない要領で、アンジェラに近づいた。粘り強く説得しなければならないかと思いきや、アンジェラはひたとレオナルドを見据え、言った。
「処女を失わなければ、この結界は解けないのです」
――なるほど、そうきたか。
レオナルドは納得すると同時に、父親の差し金に吐き気を催す。父親は普通の領主ではなかったようだ。そして、修道院長も協力している可能性が高いことに、レオナルドは思い至った。
地下室の存在を誰にも明かしたくなかったが、修道院長には告げていた。のちのちバレた際に、痛くない腹を探られるのが面倒だったからだ。
それがこんなところで仇になるとは。
――厄介事を一気に片付けようとしているのか?
シスター・アンジェラは、修道院の問題児だ。
己にも他人にも厳しい彼女を慕う者がいる一方で、融通の利かない性格に手を焼いている神父や修道女は多い。アンジェラは良くも悪くも修道院の平穏を乱す。テリトリーでの騒動を毛嫌いする、年老いた修道院長が、ユンカー男爵の提案に乗るのは、分からなくもない。
それ以前に、頭巾に包まれたストロベリーピンクの髪と、遮光眼鏡の奥に隠されローズピンク瞳が、人々を遠ざける一因になっている。
悪魔をも惑わす色を持つ彼女は、その姿に反して、誰よりも神の教えを遵守している。その瞳に本性を見破られる気がして、レオナルドは極力彼女に近づかないようにしていた。
そもそも他人と衝突しやすい彼女のそばにいれば、トラブルに巻き込まれかねない。アンジェラはいつ火が付いてもおかしくない、火種そのものだった。
それに、アンジェラは彼が修道女たちと談笑しているそばを通りかかっても、軽い会釈をするだけで見向きもしない。彼女のほうでもレオナルドを避けている。
お互いに存在を認識しているが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
――まさか、彼女を差し出されるとはね。
レオナルドには、嫌がる相手を組み敷く趣味はない。 アンジェラは必死に聖典と、にらめっこをし、脱出法を探している。レオナルドが近づくと、アンジェラは、彼をキッとにらみつけ、飛ぶように離れていった。
――俺はお前に興味ないぞ。
心の中で毒づくも、小柄な身体では支えきれないような豊満な胸元に、レオナルドはいたずら心を覚える。
寒くなったからと細い身体を背後から抱きしめると、アンジェラは面白いように固まった。
腕の中にすっぽりと収まる体躯は柔らかく、修道服からは凜とした香りが漂う。修道院で焚かれている香の匂いとアンジェラ自身の匂いが混じり合っているようだ。
レオナルドはその首筋に鼻を押しつけ、嗅いだことのない芳香に、不覚にも酔いそうになる。
――悪魔をも惑わす身体を味わってみるのも、一興だな。
レオナルドは昂ぶる雄をアンジェラの尻に当て、彼女が戸惑うさまを楽しんだ。
そこからは信じられない勢いで、アンジェラの身体に溺れてしまった。からかい半分に串ざしにしたのが、間違いだったのだ。処女とは思えない膣襞の締め付け具合に、意識を持っていかれそうになる。結界を解くためという建前はすぐさま、レオナルドのなかから消え去っていく。
何度胎内で果てようと、彼女の裸体を見れば、たちまち肉竿は元気を取り戻した。
頭巾に隠されていたストロベリーピンクの髪はゆるくウェーブがかかっており、ベッドに広がった様は蠱惑的だ。遮光眼鏡をとった同じ色合いの瞳は、レオナルドの理性を溶かさずにはいられない輝きを宿している。
レオナルドの背中に必死に爪をたてる姿に愛おしさは募り、最後には気を失ってしまったアンジェラを腕に抱き込むと、覚えたことのない充足感に満たされた。
アンジェラの抱き心地を思い出しながらベッドに近づくと、彼女はいまだ眠り続けている。目元は赤く腫れ痛々しいが、レオナルドはその姿にも欲情しそうになった。
「聖女になったところで、君は幸せになれないだろうよ」
アンジェラが処女を喪った証拠を、嬉々として持ち去ったシスター・ジュリアは、知らないのだろう。
聖女に選ばれるということは、王都の修道院幹部たちの慰み者になるということを。
修道院は、見目麗しい容姿や物珍しい能力を持つの若者を集め、王都へ斡旋する施設になっていることに。
アンジェラもその口で、言葉巧みに連れてこられたのだろう。
ならばレオナルドが貰っても問題はないはずだ。
「領主になれば、君を俺のものにできる。……悪くないな」
――せいぜい親父殿を利用させてもらおう。
浅い寝息を立てる頬を、レオナルドは指先で優しくなぞり、口元を歪めた。
End
「親父殿へは手紙を出す。ここで言う必要はないだろう」
「私めは旦那様の名代にございます。レオナルド様にお手間をかけさせるつもりはございません。一言一句お伝えいたしますので、今、申し付けください」
よほど切羽詰まっているのか、早くしろと言わんばかりに鼻の穴をふくらませる老執事が、滑稽だった。
「俺の望みは処女――この修道院の修道女を抱くことだ。そうすれば、親父殿の言うとおりにしよう」
「な、な、な……」
――あの男の反応が楽しみだな。
混乱する老執事を前に、レオナルドは、にっこりと笑った。
それから半年経っても、レオナルドの父親――ユンカー男爵から返答はなかった。
領地にあるとはいっても、修道院の運営は、王族が国教と定める中央教会が担っている。下手に手出しをすれば、異端者だと告発され、爵位と領地を剥奪されかねない。危ない橋を渡ってまで、レオナルドを後継者にする必要はないのだろう。
――作戦は成功したんだな。
穏やかな日々にレオナルドは、いつしかそんな話があったことすら、忘れつつあったのだが――。
その日もレオナルドは小聖堂の地下に籠もり、村人のために薬を調合していた。
聖女候補者を選ぶ儀式が翌日に迫り、修道院内は静かな熱気に包まれている。年に一度の儀式に若い修道士、修道女たちは浮き足立っていた。
しかし、レオナルドは儀式に興味がない。回廊を走り回る兄弟たちを尻目に、小聖堂の地下へと向かう。
神父たちが寝起きする本棟にも作業場はあるのだが、レオナルドは、より静かな場所を求めていた。そんな折に、何度か立ち寄っていた小聖堂で、地下室を発見したのである。
埃を被っていた家具を清め、道具をそろえた。そうして出来上がった秘密の隠れ家に、レオナルドは満足する。過ごしやすく整えた部屋は、快適でますます修道院から離れられなくなった。
調合作業が一段落し、ひと息ついた瞬間、視界の端を金色の靄が掠める。
――何だ?
レオナルドは目頭を揉みほぐし、目を凝らした。輝く砂煙はレオナルドの周囲を漂い続けている。
――確か、修道女たちが扱う、結界の類だったか?
一度、目にしたことのある奇蹟にレオナルドは、しかし、なぜ修道院内でも寂れたこの場所に、結界を張る必要があるのかと、首を傾げた。
大事な儀式が明日に控えているので、暇を持て余している者はいないはずた。
何にせよ、このまま閉じ込められてはたまらない。レオナルドは凝り固まった腰に鞭打ち、足早に階段を登った。
石床を模した、跳ね上げ扉から顔を出すと、泣きそうな顔をしたシスター・アンジェラと目が合った。
小柄な身体を長椅子の上で、不安そうに丸めている。彼女の背後、小聖堂の入り口は、金色の光に包まれていた。
困り果てた様子から察するに、彼女が術者ではないようだ。
彼女も聖女になりたがっている、と修道士たちから聞いた覚えがある。手垢のついた聖典を大事に抱えているのだ。アンジェラが勉強熱心な娘なのは間違いない。
そんな彼女でも解けないほど、結界は難解な代物なのだろうか。
――だとしても、この女に賭けるしかない。
レオナルドはおびえる野生動物を逃がさない要領で、アンジェラに近づいた。粘り強く説得しなければならないかと思いきや、アンジェラはひたとレオナルドを見据え、言った。
「処女を失わなければ、この結界は解けないのです」
――なるほど、そうきたか。
レオナルドは納得すると同時に、父親の差し金に吐き気を催す。父親は普通の領主ではなかったようだ。そして、修道院長も協力している可能性が高いことに、レオナルドは思い至った。
地下室の存在を誰にも明かしたくなかったが、修道院長には告げていた。のちのちバレた際に、痛くない腹を探られるのが面倒だったからだ。
それがこんなところで仇になるとは。
――厄介事を一気に片付けようとしているのか?
シスター・アンジェラは、修道院の問題児だ。
己にも他人にも厳しい彼女を慕う者がいる一方で、融通の利かない性格に手を焼いている神父や修道女は多い。アンジェラは良くも悪くも修道院の平穏を乱す。テリトリーでの騒動を毛嫌いする、年老いた修道院長が、ユンカー男爵の提案に乗るのは、分からなくもない。
それ以前に、頭巾に包まれたストロベリーピンクの髪と、遮光眼鏡の奥に隠されローズピンク瞳が、人々を遠ざける一因になっている。
悪魔をも惑わす色を持つ彼女は、その姿に反して、誰よりも神の教えを遵守している。その瞳に本性を見破られる気がして、レオナルドは極力彼女に近づかないようにしていた。
そもそも他人と衝突しやすい彼女のそばにいれば、トラブルに巻き込まれかねない。アンジェラはいつ火が付いてもおかしくない、火種そのものだった。
それに、アンジェラは彼が修道女たちと談笑しているそばを通りかかっても、軽い会釈をするだけで見向きもしない。彼女のほうでもレオナルドを避けている。
お互いに存在を認識しているが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
――まさか、彼女を差し出されるとはね。
レオナルドには、嫌がる相手を組み敷く趣味はない。 アンジェラは必死に聖典と、にらめっこをし、脱出法を探している。レオナルドが近づくと、アンジェラは、彼をキッとにらみつけ、飛ぶように離れていった。
――俺はお前に興味ないぞ。
心の中で毒づくも、小柄な身体では支えきれないような豊満な胸元に、レオナルドはいたずら心を覚える。
寒くなったからと細い身体を背後から抱きしめると、アンジェラは面白いように固まった。
腕の中にすっぽりと収まる体躯は柔らかく、修道服からは凜とした香りが漂う。修道院で焚かれている香の匂いとアンジェラ自身の匂いが混じり合っているようだ。
レオナルドはその首筋に鼻を押しつけ、嗅いだことのない芳香に、不覚にも酔いそうになる。
――悪魔をも惑わす身体を味わってみるのも、一興だな。
レオナルドは昂ぶる雄をアンジェラの尻に当て、彼女が戸惑うさまを楽しんだ。
そこからは信じられない勢いで、アンジェラの身体に溺れてしまった。からかい半分に串ざしにしたのが、間違いだったのだ。処女とは思えない膣襞の締め付け具合に、意識を持っていかれそうになる。結界を解くためという建前はすぐさま、レオナルドのなかから消え去っていく。
何度胎内で果てようと、彼女の裸体を見れば、たちまち肉竿は元気を取り戻した。
頭巾に隠されていたストロベリーピンクの髪はゆるくウェーブがかかっており、ベッドに広がった様は蠱惑的だ。遮光眼鏡をとった同じ色合いの瞳は、レオナルドの理性を溶かさずにはいられない輝きを宿している。
レオナルドの背中に必死に爪をたてる姿に愛おしさは募り、最後には気を失ってしまったアンジェラを腕に抱き込むと、覚えたことのない充足感に満たされた。
アンジェラの抱き心地を思い出しながらベッドに近づくと、彼女はいまだ眠り続けている。目元は赤く腫れ痛々しいが、レオナルドはその姿にも欲情しそうになった。
「聖女になったところで、君は幸せになれないだろうよ」
アンジェラが処女を喪った証拠を、嬉々として持ち去ったシスター・ジュリアは、知らないのだろう。
聖女に選ばれるということは、王都の修道院幹部たちの慰み者になるということを。
修道院は、見目麗しい容姿や物珍しい能力を持つの若者を集め、王都へ斡旋する施設になっていることに。
アンジェラもその口で、言葉巧みに連れてこられたのだろう。
ならばレオナルドが貰っても問題はないはずだ。
「領主になれば、君を俺のものにできる。……悪くないな」
――せいぜい親父殿を利用させてもらおう。
浅い寝息を立てる頬を、レオナルドは指先で優しくなぞり、口元を歪めた。
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