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アレは忘れた頃にやって来る
しおりを挟むわたしは基本的に朝が弱い。でも、貧血で倒れたせいか、最近寝起きが益々悪くなってしまった。
そして魔王城に帰って来て三日目の今日は何故か今までで一番酷かった。
「まだ寝てるのか?」
「ん……ジーク、さま?」
ジーク様の声が聞こえて重い瞼をどうにか持ち上げると、そこには何故かすでに騎士服を着たジーク様の姿があった。
わぁ近くで見る騎士服姿のジーク様かっこいい。今日は早くから仕事なのかな?
「いって、らぁしゃ~い」
「あぁ…じゃなくて!コハクも起きろー」
眠たくて働かない頭をどうにか動かして、見送りの言葉を言ったのに、そうじゃないと肩をポンポンされる。
「ん、ごめ…まだ眠……」
そうだよね。見送りはちゃんと玄関まで行って笑顔で言わないとーーでも、ごめんお父さん今日は許してまだ眠いの。それにここはポカポカ暖かくて、出たくない。
「今日はいつもに増して……」
「ック、朝が弱いコハク可愛!」
お父さんから逃げるようにポカポカに身を擦り寄せると何故か目の前のポカポカが動いて、逃げた。
「だ、っめ!」
「こ、コハクっ!!」
逃さないようにギューと抱きしめて捕まえる。とその瞬間大きな声で名前を呼ばれた。
「へぁっ⁈は、はい!」
わたしはその声に驚いて慌てて意識を浮上させた。まさに気分は居眠り中に先生に当てられた時のそれだ。
すると目の前でクシェル様が何かを耐えるように手で顔を覆い、震えていた。
「あの、クシェル様?」
「だ、大丈夫だ!何でもない!」
そうは言うけど、未だに顔は手で覆っているし、耳は赤いし声も心なしか震えているように聞こえる。
「ほ、ほら二人とも顔を洗ってこい。もう朝食の時間だぞ」
「え?は、はい!」
ジーク様の声が聞こえて目線を上に向けると、そこにはすでに騎士服に着替えたジーク様が立っていた。どうやらわたし達がいつまでも起きないから先に起きて準備を済ませてしまっていたらしい。
慌てて時計を確認すると、ジーク様の言う通り、時計の針は朝食の時間を指していた。
わたしは急いで洗面所へ向かった。
洗面所から戻るとクシェル様も着替え終えていて、わたしが着替えるのを別の部屋で待っていてくれた。
「お待たせしました」
そして、クシェル様と手を繋ぎ、三人揃って食堂へ向かった。
そしてその日は朝だけでなく一日中眠くて堪らなかった。授業中も眠くて、何度かリアル居眠り中に先生に当てられた生徒状態だった。
倒れてからもう何日も経つのになんでこんなに眠たいんだろう?昨日はそんなでもなかったと思うけど……
「コハクどうした!」
その理由は午後の授業が終わってから分かった。
勢いよくドアが開けられ、クシェル様がわたしの元へ駆け寄って来る。
いきなりの事にイダル様は訳がわからず顔をひきつらせている。
「く、クシェル様どうして」
「どこか怪我をしたのか⁈」
「い、いえ?」
「本当か?しかし、コハクの、血の匂いが…」
「血?」
どうやらクシェル様はわたしの血の匂いがして、怪我をしたのではないかと、飛んで来てくれたようだ。しかしどこか怪我をした覚えなんてない。でもクシェル様はヴァンパイアで、血の匂いには人一倍敏感だろうし、こんな事で嘘をつくような人でもない。
何処からか血が出ているのは確かだと思う。でも体を確認してみてもやっぱり何処も怪我をして無いし、服の上からあちこち触ってみても痛みも無い。と、いう事は見えないし、触れないところからの出血?
何それ怖ーーーーあ、もしかして⁈
「だ、大丈夫です。多分アレが来ただけなので」
アレは忘れた頃にやってくる。
こっちに来て色々あって忘れてた。
抗えないほどの強烈な眠気と見えない所からの出血となるとアレしかない。
あぁそう自覚すると何故かお腹まで痛くなって来た。
この独特な下腹部の痛みはーー生理だ。間違いない
「アレ?」
クシェル様には伝わっていない。ルークさんもピンと来ていないようで、イダル先生ーーはクシェル様への恐怖心が残っているのか、床を見ている。
これははっきり言わないと伝わらない感じ?
でも男の人に「生理来ちゃいましたー」なんて恥ずかしくて言いたくない!
ーーどうしよう
わたしが言い悩んでいる間にも、クシェル様の表情は段々と険しくなっていく。
このままじゃ、イダル様がとばっちりを受けることになってしまう!覚悟を決めて言うしかない!
と思った時
「何かあったのか?」
ジーク様が帰ってきた。
「あーそれが、コハクから血の「ジーク様いい所に!」
ジーク様なら分かってくれるよね!ジーク様がいつも気を利かせてくれるのわたし知ってる!
「アレが来たみたいなんです」
わたしは下腹部を押さえ目で訴える。
「アレ?……血?……あーアレか」
ジーク様は少し考えた後見事に答えを導き出した。
「そう!ソレです!どうしましょう?」
わたしこっちの世界の生理事情とか知らない。
とりあえずわたしは元の部屋(王妃用の部屋)ーーではなく、何と!ジーク様の部屋のベッドへと運ばれた。
そう、運ばれた。ジーク様にお姫様抱っこで!
ジーク様の部屋は必要最低限のものしかないのでは無いかというくらい何も無かった。
ジーク様も今はクシェル様の部屋で寝てるからかな?
「すまない、気付いてやれなくて」
「いえ、わたしもすっかり忘れていたので」
「やはりメイドをつける必要があるな」
「そ、そんな、やり方さえ分かればあとは自分で出来ます!」
女の使用人に生理用品を貰い、やり方も教えてもらった。この世界には生理用パットという便利なものはなく、布を敷いて定期的に交換するらしい。
「しかし、女同士じゃないと伝わりにくいこともあるだろう、今回の事に限らず」
た、確かに。でも、誰かに世話して貰うのは気が引けてしまう。
わたしが返答に困っていると、それをどう取ったのかジーク様は「大丈夫だ、俺に心当たりがある」とわたしの頭を優しく撫でる。
何が大丈夫なのか、何の心当たりなのかわからないけどーー流石ジークお兄ちゃん!頼もし過ぎる!
夕食の時間になる頃には本格的に生理が始まり、生理痛で食欲も湧かず、わたしはそのままベッドに横になっていた。
「コハク大丈夫か?」
枕元に腰を下ろし、自分まで辛そうな顔で、頭を撫でてくれるジーク様。
ーーゔ~優しいよージークお兄ちゃん
今回の生理痛は今までにないくらい重い。
生理自体も予定より一,二週間遅れてるし、異世界転移とか色々あったし、ストレスかな?
「ゔー、お兄ちゃ~ん」
ジーク様は目を見開き固まってしまう。
ーーあ、声に出てた。しかも、何この甘えた声っ!ないないないない、こんなのいつものわたしじゃない!
自分が自分で恥ずかしくなってとっさに布団に潜る。
「す、すみません今のはなかった事に」
『キシっ』とジーク様がいる方とは反対側が小さく沈んだ。
ーー⁈
「…コハク」
かと思うと、耳元でジーク様の低く少しこもった声がして、これって、つまり左側はジーク様の太もも、右側はジーク様の腕があるって事でーーこの布団を挟んですぐのところにジーク様が⁉︎わたし今ジーク様に覆い被さられてる⁈
そう思うとますます布団から顔が出せない。
「……」
「俺じゃ、頼りないか?」
わたしが返事が出来ないでいると、ジーク様は弱々しくそう呟いた。
「ち、違います!」
慌てて布団から顔を出すと、思った通りジーク様の顔が目の前にあって、そしてジーク様の悲しみに陰た深緑の瞳がわたしを捉える。
「じ、ジーク様は頼りなくなんかないです!むしろ、わたしはお二人に守られてばかりで、ずっと甘えっぱなしで、これ以上迷惑を」
「迷惑なんてない」
「でも!」
「俺はもっとコハクに甘えて欲しい」
ーーもっと⁈今以上に?今でも手を繋いだり(あーん)してもらったり、撫でてもらったり添い寝してもらったり十二分に甘やかされてると思うんだけど!さらに今度は護衛まで付けてもらって…
「これ、以上はーー」
さすがにーー
「やっぱり俺じゃ、コハクのお兄ちゃんには、なれないか?」
さらに眉が下がり声も弱々しくなる。
「そ、そんな!ジーク様は優しくて頼れる理想のお兄ちゃんです!」
わたしは慌てて首を横に振る。
ジーク様には何も悪い所なんてない!もうホントわたしには勿体無いくらいの理想のお兄ちゃん!
「本当か?」
ジーク様は不安げに問う。それにわたしは強く首を縦に振る。
「じゃぁ、ジークお兄ちゃんって呼んでくれるか?」
「ーーっえ」
それとこれとは話が別というか、確かにジーク様は理想のお兄ちゃんで、「ジークお兄ちゃん」って呼んで頭を撫でられた時はすごく嬉しかったけどーーそんな自分を客観的に想像するととても恥ずかしい!もう18だよ!
それは頭の中で留めておきたい。
「ダメ、か?」
う~、ジーク様にそんな悲しい顔をさせたいわけじゃないんだ…むしろ本当は「ジークお兄ちゃ~ん」てその胸に飛び込みたいくらいだし!
「~っダメじゃ、ない」
恥ずかしくて、ジーク様から目を背けて声まで小さくなってしまう。
「コハク、呼んで」
わたしのおデコにジーク様の短い髪が触れる。
ーーちっ近い!
バクバクと心臓が痛いほど鳴る、顔が熱い。
ーー何でわたしこんなに緊張してるんだろう?分からない、でもジーク様の為に!恥を捨てろわたし!!
「じ、ジーク……お兄、ちゃん」
どうにか出せた声は震えていて、小さかった。だからだろうか、頰を撫でられたかと思うと両頬を固定されて今度は、強制的にジーク様と目を合わされ「もう一回」と優しい顔で告げられた。
鬼~いじわる~、て声が小さかったわたしが悪いんだけど…
涙目になりながらももう一度「ジークお兄ちゃん」と呼ぶ。今度は震えずに言えた。
「ちゃんと言えたな、コハクは良い子だな」
目を細め優しげに微笑み、頭を撫でられる。
その瞬間『ギュッ』と胸を押さえたくなる衝動に駆られる。その感覚が何なのか分からないけどーーそんなことよりジークお兄ちゃんヤバイ!色んな意味でヤバイ!好き!良い子って褒めてくれた!優しい!
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