63 / 123
自分勝手な願い
しおりを挟むわたしが部屋に引き篭もって五日。
今日も二人が声をかけに来る。
「コハク一緒に昼食を取ろう」
「すみません。今は食欲がないので」
しかしわたしは、その扉を開けることなく素っ気なくジークお兄ちゃんの誘いを断り、追い返す。
「じゃあ話をするだけでも良いから」
「すみません。まだ誰とも話す気になれないんです」
「じゃあ顔を」
「すみません。今人に見せられるような顔ではないので」
「……分かった。また後で来る」
「…………」
そして、数時間後。
「こ、コハク少しでも良いんだ、顔を見せてくれないか?」
今度はクシェル様がやって来た。
「すみません。誰にも会いたくないんです」
「だ、誰もコハクを責めたり、蔑んだりしないよ?そういう奴はみんな俺が排除するから!もうコハクを誰にも傷付けさせないから!だから」
「そんな事は望んでない!です」
「じゃあどうしたらここから出てきてくれるんだ?どうしたら顔を見せてくれる?どうしたらまた俺に笑いかけて……」
「わたしに関わらないでください!放っておいて!」
「………………すまない、邪魔をした」
そして次の日もまた次の日も、変わらず数時間おきにどちらかが部屋を訪ねて来る。
「コハク」
「いい加減にして!!わたしは一人で居たいって言ってるの!」
わたしはもう誰とも関わりを持ちたくない。初めから関わらなければ、誰も傷つける事はないはずだからーー
「どうして分かってくれないの?どうして放って置いてくれないの!」
「こ、コハク……すまない」
「何で、諦めてくれないの」
「す、すまない……迷惑だよな」
クシェル様の声が震えている。わたしが悲しませたんだ……でもーー
「何で怒らないの?何で優しくするの……何で、何で」
この部屋の鍵は閉まっていないし、仮に閉まっていたとしても、クシェル様になら簡単に開けられる筈だ。なのに、誰も無理に入ってこようとはしない。引き摺り出して叱ろうとしない。誰もこんな自分勝手なわたしを責めない、叱らない、見放さない。
「嫌いになってくれないの……」
「なるわけないだろ!!」
泣いて、叫んで、力尽きて、ボソリと溢れた弱々しい声。でも、クシェル様はそれを聞き逃さず、その言葉だけは許さないとでもいうようにーー怒鳴った。
「っ!お、怒っ……ご、ごめ」
自分でも怒られて当然のことをしていると自覚しているくせに、ここまでして怒らなれないことに、諦めてくれないことに不満を吐いていたくせにいざ大声で怒鳴られると、途端にパニックを起こす。
「ち、違う!怒ってない!怒っているわけじゃないんだ!大丈夫だから」
「く、クシェル様に怒られっ、こ、こんなんじゃ呆れ、られて……また、嫌われ」
「嫌わない!大丈夫コハクを嫌うわけないだろ?大丈夫だから、ね?」
「で、でも皆んなが……皆んなわたしから」
そう言って最後は皆んなわたしから離れて行った。初めは皆んな優しかったのにーー
「俺は違う!その皆んな?のことは知らないが……俺はコハクを嫌わないし、怒ってもいない。大丈夫。だから、ここを開けて?大丈夫何も怖い事はないから、ね?コハクの顔を見たいだけなんだ」
「……ほ、本当?怒ってない?嫌わない?」
「大丈夫、絶対に大丈夫だから。だ、だからっ、今すぐコハクを抱きしめさせて」
恐る恐る扉を開くとそこにはわたしと同じ、かそれ以上に涙で顔中を濡らしたクシェル様が立っていた。
「あ、ごめんなさっ!」
「ありがとう!俺を信じてくれて!ここを開けてくれて!」
クシェル様を悲しませてしまったことへの謝罪を述べ終える前に、強く抱きしめられてしまった。これじゃ謝れない。
「く、クシェル、様……わたし」
「謝らなくていい、大丈夫。大丈夫だから、もう少しこうさせてくれ」
クシェル様は数分間わたしを抱きしめ続け、その後わたしを抱き上げるとお姫様抱っこでベッドまで運んだ。
「コハク、少しお話をしようか」
クシェル様はそう言いながら、涙で濡れたわたしの顔を袖で拭いてくれる。
「お、お話?」
「あぁ。まずは……あの日の話をする前に、コハクの話を聞かせてくれないか?」
「わたしの?」
「話したくないなら、無理にとは言わないが……知りたいんだ。コハクのことをちゃんと、分かりたい」
「あ、あれは……」
『どうして分かってくれないの?』ついさっきわたしがクシェル様に投げつけた言葉だ。
相手のことなんて何も考えず、感情のままに吐き出した自分勝手な言葉。自分勝手な願い。それをクシェル様に強いるつもりはなかった。クシェル様を責めるつもりはなかったのだ。
「違うんです!そんなつもりじゃ」
「俺が知りたいんだ」
そう言ってクシェル様はわたしの手を握り、目を真っ直ぐに見据える。
「コハクが何故一人になりたがるのか、何故俺達を遠ざけようとするのか、俺には……分からない。だから知りたいんだ。コハクが何に悩み、傷つき、苦しんでいるのか、どうしたらまたコハクが笑ってくれるのか」
「クシェル、様」
わたしが自分の事をちゃんと話さないから、またクシェル様に心配をかけて、悩ませた。今まで仲の良い関係を築いていたのに、急に遠ざけ、関係を断とうとしたから、困惑させ、悲しませた。傷つけた。
「……やはり迷惑、だろうか。何を今更と思うだろうか、しつこいと呆れるだろうか、それとも、コハクはもう、俺のことなんか」
「そ、そんなことないです!嬉しいです!」
わたしが返事も返さずに自分のしでかしたことを後悔していると、そのせいでまた、クシェル様を余計に不安にさせてしまった。
「わ、わたしなんかのことを知ろうと、分かりたいと思ってくれて、それだけで、とても」
涙が出るほど嬉しい。そんな人今まで居なかったからーー
「わたしはただ……いえ、聞いてくれますか?わたしの、犯してきた罪を」
『人を傷つけたくないから遠ざけた』そんな答えをクシェル様は求めているわけじゃない。クシェル様はわたしのことを知りたいと分かりたいと言ってくれた。だから、わたしもその気持ちに応えたい。クシェル様のその気持ちを信じたい。
そして出来ることなら、こんなどうしようもない自分を、受け止めてほしい。
10
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる