人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
191 / 976

まずは一歩 7

しおりを挟む
 山歩きの装備をして水と軽食を入れた籠を背負い、鉈を装備して裏山から普段は決して足を運ばない方向へと進む。家を囲む柵を抜けて西へ西へと山を足を進めて一時間位した頃、崖と言うような急な斜面を見下ろすのだった。
「一度ここで休憩しようか」
「うん、さすがにもう無理」
 体がなまったと言う宮下はへたり込んで籠の中のお茶を喉を鳴らして飲み始める。さすが標高千メートル以上は酸素が薄いと汗をぬぐっても止まらぬ汗を放置していた。飯田さんに頼んで朝ごはんの残りで作ってもらったおにぎりは完全に食事と言うよりエネルギー補給の為の物に変ってしまっているものの、二つばかり食べた所で
「松茸が生えている所に連れてってくれるって言ったけど、こんなに離れた場所なんだ」
「まぁ、栽培が出来ないからね。生えている所に足を向けるしかないけど群生地を知ってるだけでもラッキーだよ」
「今までおすそ分け貰うばっかりだったけどこんな苦労があったなんてな」
「先生は見当違いの方向を探索してるけどね」
 言いながら俺もお茶を飲んだ所で
「さて、行こうか」
 と言って立ち上がった宮下に頷いて俺は崖の下を見下ろす。
「ん?」
 歩こうとせずに崖を見下ろす俺に宮下も崖を見下ろして
「ひょっとして?」
 青い顔のまま笑う宮下に俺もここからが本日のメインイベントだとニヤリと笑う。
「次はここを下りて行くぞ。
 下りる途中に松茸生えているから取りながら下りるぞ。
 松の落ち葉のせいで片道通行だから取り損ねたらそれまでが今回の収穫だ!宮下の技術にお昼が豪華になるかどうか決まるんだぞ!」
「うそでしょ?!こんな所をどうやって降りるのさ?!」
「当然滑り落ちながら(笑)
 小学生の時ジイちゃんに連れて来られて落ちて行けばいいって言われた時可愛い初孫に正気かと思ったしな。
 因みに命綱なんてないから。あっても滑って登れないから途中の木にぶつかる様にして止まってその近くの手の届く範囲の松茸を探す。説明だけならとっても簡単楽しいアトラクションクライミングだ」
「紐なしバンジーに匹敵してるよ?!」
「だから吉野はここを誰にも教えないのです。落ちても誰も助けに来ないし、知らない所で仏さんが出来ているのだけは勘弁してほしいしね」
「絶対教えないで!こんな恐怖体験俺で十分だから!」
 涙目の宮下を残して俺は一番最初に足を掛けやすい木に向かって滑り落ちる様に降りる。ザザザっ、葉っぱを滑り落ちる音が静かに響く中こうやるんだぞと宮下にレクチャー。運動神経は良い奴だから問題はないと思って手を伸ばせば恐る恐ると言う様に降りてきた」
「わ、わわ、あーっ!!!」
 本当に落下するような下山の宮下をしっかりと木に抱き着かせ俺は別の木へと移動する。足場がないから仕方がないんだよとそこでしゃがみこんで落ち葉をかき分け
「松茸は粘菌で増殖するから一つ見付ければその周りにも群生している」
 こうやって生えていると見せれば宮下も怖さを無視して生えている様子を見て近くをきょろきょろと探す。こう言う切り替えが早くていいよなと感心している間に宮下は見つけた!と嬉しそうな悲鳴を上げた。
「全部松茸を取ると来年生えなくなるからいくつかは必ず残せ。そして傘が開き切った奴は香りが飛んでるから取る必要はない。
 店でもよく見かけるような形を選んでおけば問題なし!」
「綾人からもらったよな奴だね?」
 あれだけ毎年貰うんだから買うわけないじゃんと言う宮下の冷静なツッコミに俺も長い事買った事ないなと同意。値段を見て買うもんじゃないと思うしねと言いながらまた別の木に移って松茸の収穫。宮下も止まらぬ悲鳴と共に、それでもやはり山の子。上手に木に飛び移りながら松茸を見つけては狩っていく。ゆっくりと横に移る様にしてでも気が付けば群生地帯は通過して開けた場所に降りるのだった。とは言え雑草畑。綾人は宮下の手を引いて近くの道路へと案内すれば、見覚えのある景色に宮下は道路の柵に手をついて
「あれだけ歩かされてまさかここに出るとか」
「当然だろ。一体家の山はどれだけ広いんだと勘違いしてる」
「十分広いよ。この村一番の山持ちめ」
「それでも二束三文。世知枯れぇ……」
 それに夢を見て殺されかかった過去はどうやっても覆せない。
 車も通らない道路に寝転がって息を整えながらおにぎりの残りを食べる。
「それにしても疲れた……」
 食べ終わればまた寝転びひと眠りしたいと言う所だろうが
「それよりも早く帰るぞ。飯田さんが炊き込みご飯作るの待ってくれてるんだから」
「そうだった。取って満足しちゃったよ」
 飯田さんのご飯が待ってると言う所でよいしょと立ち上がる。
 二人で籠半分ほどの大収穫は年に一度の大イベント。一人で収穫してた時はもう一周すると言う気合を入れるが、今回は宮下が一緒なのでこれで勘弁してやろうと山の恵みに感謝する。
 あとはひたすら道路を歩くと言う安全な道。枯葉に足を取られる事もないし、根っこに躓く事もないし、獣にも出会う事は……どうだろうか。少し遠くに鹿を見つけてしまったなと思った物のすぐに逃げて行ってくれた事に感謝して、鉈が活躍しなくて済んだ事をホッとするのだった。











しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...