人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
202 / 976

バーサス 1

しおりを挟む
 映画の撮影、それは予想よりも大人数だと思った。
 下見をしてその後多紀さんが撮影した映像をもとに何故か全員引き返すと言う翻弄ぶりに映画撮影とはこういった物かと思って見送るのだが、暫くて多紀さんがまた波瑠さんと何人かの人を連れてやって来たのだ。
 その頃には宮下は西野さんと一緒に京都に帰り、皆さんも宮下のおばさん渾身の新蕎麦を土産に持って帰り、ついでに高校生達も仕事が無いからと帰らせた後、先生が一人しぶとく残っていた中での訪問だった。
「なんか嫌な予感がする。
 防衛が先生と二人と思うと分が悪いんだけど?」
「綾人君、別にとって食べようってわけじゃないのよ?」
 波瑠さんの笑顔が恐ろしいと言うのは知ってたけどここにきて本領発揮のようらしい。
「で、何の御用で」
 一応皆さんにお茶をお出しはするも失笑を零すその様子に多紀さんがずいっと距離を狭めて来て
「しばらくここに僕を住まわせてください」
 物凄く謙虚だな口調だが言ってる言葉は随分ひどい。
「ここ旅館でもなんでもない俺の住居なんですが」
「そこを何とか」
 座布団を下りた多紀さんは両手をついて
「土下座って……」
「多紀さんそれはやりすぎです!」
 呆れる俺とは別に波瑠さんと多紀さんが連れてきた人達は悲鳴のように声を荒げて慌ている。お前らは信者かと呆れるも
「多紀さん、顔を上げてください」
 こんな古い古民家に頭を下げて住みたいと言う気はただの好奇心だろうが、人が家に常駐する。しかも昨日今日知り合った人をだ。
 声を掛ければ周囲の人に促されてしぶしぶと顔を上げる多紀さんに俺は笑い、多紀さんはしまったと言う顔をする。全てここで決着がついたと思って言うだろう。
「多紀さん悪いね、その程度の執着でうちに泊めるわけにはいかないんだよ」
「酷い!僕をもてあそんだんだね!」
 うわぁぁぁぁぁ、と泣くおっさんを見ても可哀想とも欠片も思わない俺は普通に酷い奴かもしれないけど、真に酷い奴はいきなりやってきてその願いが当然のように叶えられると思っている奴らの避難する眼だ。多紀さんは神かなんかかと思うも、多紀さん達の業界では神扱いなのだからこの視線は当然かと思えばそれならそれで俄然抵抗する気が湧く。
 先生はやれやれと言う様に台所に向かい、戸棚から焼酎を取り出して勝手に漬物を取り出し、宿題のプリントを採点するべく広げる。勿論隙間風が酷い台所なので暖房代わりにではないがいつの間にか納屋から火鉢を持ち出して来てすぐ側で炭を燃やしながらエイの干物を焼きだし始めていた。
 その様子を羨ましそうに涎を垂らしながら見守る多紀さんの姿に何をしたいかはすぐに理解できた。こんな所で何やら構想を練れたら良いな、そんな空気をビシバシと受けるが生憎多紀さん程度の情熱なんて大した事ない。
 何せ竈を使いたくて家の外でも構いませんのでと毎週のようにやって来た飯田さんと言う前例があるのだ。熊に追いかけられてもまた来週来ますねと言う根性に負けたのは俺で、飯田さんはこの家の居住権(?)を得たのだ。
 なら先生は?先生がいちいち許可を取ると思うか?問答無用に居座った挙句に俺が根を上げるほどの生活能力のなさ。いつの間にか住み着いた野良猫のように週末になると現われて俺と宮下を悩ませるのだった。とは言え基本構わない。餌さえ用意して後はセルフで宜しくが通用する相手なので問題なかったが、今回の問題児は多紀さんだ。海外でも有名な映画監督で、金だって持っているだろう。
「多紀さんだって別荘だって一つや二つはある癖にわざわざ間借りする意味理解出来ないんだけど?」
 率直な意見に
「そりゃこの辺だと有名な別荘地にもあるけど。奥さんの趣味だからどれも洋館みたいなお家でね。こんな昔話に出てくるお家なんて映画のセットだけ何ては思ってないけど。実際こうやって住んでる人を見たらね、僕も体験したくて仕方がないんだよ」
「なるほど」
 俺は腕を組んでよくわかったと言う態度をとった後にスマホを取り出して
「この近くでも古民家の宿があるから。そっちを紹介するよ」
「そうじゃない!家主と共に生きる家に俺は住みたいんだ!」
 おもむろに立ち上がって吠える多紀さんはキレると僕から俺になるんだと何の感情の色も乗せずに見上げながらどうでもいい事に感心したり宿だって家主が住んでると言いたいが、多紀さんが言おうとする事は理解できる。だけど、それでもだ。
「あえて言わせてもらうけど何で昨日いきなり知り合った人を泊めなくちゃいけないんですか?」
 一番言われたくない事を言われてさっと視線を反らした。波瑠さんも
「ほーら言われちゃった」
 そら見ろと多紀さんに小言を言う始末。
「ただでさえなんかいきなり知らない人をぞろぞろ連れて来た挙句に当然のように一晩泊まった上に上げ膳据え膳の二食付。ありがとうもお邪魔しましたも言わないような非常識の方とお付き合いするつもりはありませんのでどうぞお帰り下さい」
 多紀さんはもちろん波瑠さんも言われて初めて気がついたようで、冷や汗ではないだろうが反論できない焦りに無言になれば俺は立ち上がり
「まだ色々後片付けもあるので、明るいうちにお帰りください」
 土間の扉をガララと開ければ外から烏骨鶏の奴らが好奇心によって入り込んで来た。
「ああ、もう。母屋には入るなって言ってるだろ」
 烏骨鶏を抱えながら俺は烏骨鶏ハウスの扉を開ける。少しばかり陽が沈むのが早くなった山の夜はそれより早い。陽の傾きに合わせて木槌を鳴らす。
 集まってきた烏骨鶏とそれについてくる烏骨鶏。意地汚い烏骨鶏がおやつはまだかと足元をちょろちょろとする。
 お菓子の缶に入れたミルワームをばら撒いていれば
「なれたものだな」
「条件反射を刷り込めれれば従順ですよ」
 納屋の土間の中に作った烏骨鶏ハウスは二重扉になっているし二重の壁もある。狐がいくら掘ってもたどり着けないようにコンクリも流してあるし、壁には鉄網も挟んである。寒さに強いとは言え烏骨鶏に優しくコンクリの上に土間仕様。もちろん藁とか籾殻も置いておけば勝手に巣も作る勤勉さ。先生にも見習わせたい。
「音と餌はなかなかにいいコンボだな」
「人がやってるのを見ながらの試行錯誤です」
「なるほど」
 頷く多紀さんは暫く烏骨鶏を見て
「明日また出直すよ」
「来ても泊めませんから」
 明日は出かける予定もあるし、週に一度のまとめ買いの日。当然俺の生活が優先なので
「明日は一日出かける予定なので居ませんよ」
「この子達はどうするんだい?」
「別に納屋に入れておいても問題ないですよ?」
 むしろ養鶏業者なら飼育小屋に入れっぱなしの方が普通じゃね?と考えていれば
「僕が手伝う余地がない!」
 烏骨鶏を小屋に入れたかったのかよと呆れるも
「多紀さん頑張って!」
 波瑠さんの小声の応援にこれはこれで厄介な問題だと頭を悩ますのだった。

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

ここは異世界一丁目

雪那 由多
ライト文芸
ある日ふと気づいてしまった虚しい日々に思い浮かぶは楽しかったあの青春。 思い出にもう一度触れたくて飛び込むも待っているのはいつもの日常。 なんてぼやく友人の想像つかない行動に頭を抱えるも気持ちは分からないでもない謎の行動力に仕方がないと付き合うのが親友としての役目。 悪魔に魂を売るのも当然な俺達のそんな友情にみんな巻き込まれてくれ! ※この作品は人生負け組のスローライフの811話・山の日常、これぞ日常あたりの頃の話になります。  人生負け組を読んでなくても問題ないように、そして読んでいただければより一層楽しめるようになってます。たぶん。   ************************************ 第8回ライト文芸大賞・読者賞をいただきました! 投票をしていただいた皆様、そして立ち止まっていただきました皆様ありがとうございました!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...