人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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旅立つ君に 9

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「あーやとー、いーるかー」
「降りるから待っててー」

 縁側をがらりと開けて立っていれば珍しい事に二階からの応答。
 急な階段をトントンと降りてくる足音はそれでも台所側に階段から。それに合わせて縁側を閉じて土間から上がれば
「あれ?学校……って、春休みか」
「そうよー。さっき終わった所」
「先生もついに移動か」
「そうなのー。寂しくなるわ―」
 言いながら大黒柱にしがみついてすりすりと頬ずり。やめてくれ。
「それに明日から園田が始業式までぼっち合宿?」
「陸斗も応援に来てくれますよ」
「下田と葉山ももれなく付いて来る予感。まあいい。あいつも何でいきなり動物のお医者さんになりたいだなんて言いだしたか」
「ほんといきなりだしな」
 二人して苦笑はするも理由は大体知っている。

 冬前に綾人が拾った野犬が切っ掛けだろう。

 園田はもともと動物は好きで家でも犬を飼っていたと言う。
 だけど親は動物の世話がそこまで好きではないのでその犬の死後動物を飼う事はなかった。
 そこに来て宮下家の二匹のワンコ。母親のあずきの優秀さに一瞬にしてメロメロになった園田は
「この犬どうしたのですか?」
「ん?罠にはまってたから捕まえて宮下の家に貰ってもらった」
 忙しい宮下家に代わって予防接種に町の動物のお医者さんの所に行った時にトイレ散歩をしていた所でばったりとで園田に出会ったのだ。
「親犬があずきで子犬がもなか。子犬って言う大きさでもなくなってきたな」
 あっという間にやんちゃなお兄ちゃんと言うようなサイズに変った紀州犬と何かのミックスはあずきよりももふっとしていて首の周りをわしゃわやとなでてやれば遊べと言う様に甘噛みをしてくるのだ。
「綾っち、今度犬捕まえたら俺に連絡ください」
「無収入の人間が好きなだけで動物を飼うのはただの虐待だ」
 まずは親と相談だろうと言うも渋った顔が
「うちの親は動物好きじゃないから」
「そう言う割にはうちの烏骨鶏には冷たいよな?」
「コミュニケーション取れる奴らが好きです」
「うちのもとれるぞ?」
「餌だけの関係でしょう?こう、寂しい時に側に居てくれるとかしなくても戯れついてくれるって言う餌だけじゃない付き合いが好きなんです」
「ウコだって餌以外にも……」
「綾っち、もういいから」
 綾人の全面的敗北は全て烏骨鶏にはないあずきの賢さが原因だろう。
 あずきの賢さにとり頭が勝てるわけないよなって勝てる見込みのない勝負に堂々負けて脳内では烏骨鶏を抱きしめながらお前達が悪いんじゃないから、勝てなかった俺が悪いんだと飼い主ばかが発動しているも現実ではだから何なんだと言うような表情の愛想のない顔で先を促す視線に園田はあずきの首も撫でながら
「最初はドッグトレーナーに憧れました。だけどそれじゃ食べていけないのは少し調べればわかります。かと言ってブリーダーになるつもりはありません」
「現実的だなあ」
「尊敬する人がそんな人なので」
「ふーん」
 ニヤニヤと笑みを浮かべる綾人に園田は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。尊敬してる人に向かっての告白はまだ高校生にはハードルが高かったようだ。
 高校生可愛いなあと綾人はニヤニヤと笑みを深めればもうやめてくれと言うように強引に話を進めるのだった。
「なので単純に動物と関わることができる仕事は、って考えたら」
「獣医だよねー。動物園の飼育係なんて言われたらどうしようかと思ったけど」
「それもすごく魅力的でしたけど、ただやりたいだけじゃ就職させてもらえないだろうから……」
「獣医師の資格。
 よくそこにたどり着いたと言うところだな。
 けど国家資格だぞ?」
 う…… 息を飲み込んだ園田だったが
「陸斗を見ていてまだ間に合うと確信しました」
「ほー?」
 腹を出して撫でれと言うように仰向けになるもなかの腹を撫でながら
「俺の尊敬する先生は有言実行の人なので。
 俺を獣医師にすると決めたら絶対なれるように鍛えてくれる人だと信じてるからね」
 何その卑怯な全面的信頼は?
 全力で馬鹿かと言いたかったが
「大学に上がるまでなら面倒みてやる。
 その後の実技とかはさすがに知らないからそこまでは面倒見きれんぞ」
 退屈して寝転んでいたあずきのリードを引っ張って立ち上がらせれば腹を出していたもなかも揃って立ち上がる。
「親を説得できたら修了式の次の日から始めるぞ」
「綾っちありがとう!」
 わーいなんて抱きついてきたけど
「その代わり一度獣医師を目指す奴らの塾を体験してこい。そこでどんな勉強するのか周りがどんなレベルか自分の目で見てこい」
「綾っちが居るのにそれ必要ですか?」
 あるに決まってるだろうと頭を小突く。
「ゲームと一緒で受験には成功の為の攻略法がある。
 今から夏までかけて徹底的に基本を底上げするが、そこからは学ぶべき事に絞って勉強する。ライバルは同学年の連中だけじゃない。この一年受験合格の為に勉強漬けになってきた奴らも居る。
 塾の情報力で傾向と教材を集めてこい。今は取り敢えず赤本で対策を始めるぞ」
「お、お手柔らかに……」
 もうそこまでプランができたのかと早速後悔したと言う顔をしているが
「親は大学行くのなら浪人してもいいって言ってくれたし、お爺ちゃんが受かったら畑を売って学費にしてやるって張り切ってまして……」
 何やら期待されている様子を恥ずかしげに語る姿に俺は初めて出会った時の勉強なんて畑を受け継ぐのに何になると言うような夢も希望もない当時の姿からの変わりようを眩しく見守るのだった。

「じゃあ明日からまた賑やかになるな」
「やっと雪も溶け出して車で登って来れるようになったからね」
 先生とぼやきながらまた雪が降り出しそうな空を見上げ
「賑やかな冬だったな」
「俺にしたら夏から大騒動だったよ」
 親友が帰ってきて、親友の弟を預かり、離れを直して、映画の撮影に巻き込まれ、親友が巣立ち、ぼっちじゃない冬を過ごしたのだ。昨年の何もなかった事を思い出せばなんて

「楽しかったな」
「ああ、一人じゃ味わえない楽しさだっただろ」

 そこから先生もいなくなる事に急激な寂しさに気づいてしまった。

「あ……」

 気づかないようにしていた事に気づいてしまえばもう心は押さえつけることなんてできなくて

「先生……」
「ああ、楽しかったからこその寂しさだ。
 こう言った出会い別れの繰り返しの職業だけど慣れることなんてやっぱり出来ないな。
 それでも卒業式の時泣かなかった奴がやっと泣いてくれて先生は嬉しいぞ」
 不細工に歪んで行く顔が妙に子供っぽく、どこか頼りげなく立ち尽くすその頭を胸元に引き寄せる。
 こう言う時こそ俺を頼れと言うように!
「あ、……りがとう。ありがとう!
 先生が居なかったら俺、誰にも、俺の事、理解できないって!誰にもっ!本当にっ、俺!!!」
 頭はいいのに我慢をして良い子を演じ続けた代償は感情表現の未発達。と言うわけではないが、ひどく不器用に育った綾人は言葉で上手く表現が出来ずにもどかしさに何度も言葉を探すもうまく見つけられなくて……
 結局俺は綾人を甘やかしてしまう。
「ああ、わかってる。
 それだけの付き合いをしてきたんだ。
 お前は人よりちょっとだけ賢くて人よりちょっとだけ不器用な他となんら変わりのない俺の自慢の生徒だよ」

 シャツを握りしめて子供のように泣き叫ぶ綾人の背中に手を回して宥めるようにさする姿を見る人によっては……



 親子のようだと言っただろう。 
 

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