人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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春の足音はゆっくりじっくり 3

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 春になると山に下りる理由が幾つかできる。
 まずは春の彼岸にお墓の掃除に行き手を合わせる事から始まって、例の如く冬の間に消耗してしまった物の買いだめに走る。宮下で手に入る物なら良いのだが、まだまだ山道に雪が残り宅急便が来てはくれないので自力で買いに行かなくてはならない物が多々ある。
 例えば電動農具の燃料とか。
 暖を取る為の薪ならいくらでも手に入るが科学燃料は裏の山や畑で見繕う事はさすがに出来ない。最低限の日用雑貨は手に入るが草刈り機の替え刃とかそう言った物もホームセンターにまとめ買いに行かなくてはならない。
 後俺の燃料も必要。
 俺の燃料ってなんだって?そんな物アルコールに決まってる。……アル中じゃないぞ。たぶん人並み程度だぞと一応断っておく。毎週のように缶ビールを運んできてくれていた先生が今はもう運んで来てはくれないのだ。ちょうどよいペースだったんだなとビールや焼酎、日本酒、ウィスキー、炭酸水と箱買いをする。紙パックの焼酎やペットボトルのウィスキーって軽くていいなとカートラックに乗せられて置いてあったままの焼酎を箱買いしたり、ウィスキーも四リットルのペットボトルって便利だよなとかーとに入れたり、何でホームセンターってこんなにもアルコールが充実してるんだよと大型カートに山盛りのアルコール類に店員の視線はこいつ大丈夫か?と物語っているように見える。気にしないしね!ぐすん。
 他にも食料の買いだめに走る。車で走行するに困難なほど積る事はもうないだろうが五月位まで雪は降るのだ。温かい料理はまだまだ食べたいしと思うも季節を先取りをするスーパーは既に商品のラインナップは春夏仕様になっていたのだ。
 二月の終わりには鍋つゆ関連のアイテムの品が素麺つゆに変るって早すぎるだろうと呻きたい物の学習した俺は二月中にチゲ鍋のポーションとか濃厚味噌鍋のポーションとかしっかりと棚上に置かれていた箱単位で確保したのだった。うん。俺勝ち組。勿論うどんのシリーズも買っておく。麻辣うどんなんて茹でてお湯を切っただけのうどんにぶっかけるだけで体温まりそうじゃね?
 なんてニマニマしながらも籠の中にポンポン入れて行く。
 そして再びレジの人の冷たい視線。うん、俺負けないよ?
 すぐに応援の人がやって来てくれて二人体制で食品をどんどん流して行く様はさすがプロと俺が一人で買い物にやってきて以来ずっとここのレジの番人をしている宮下の元バイト先の人達にはきっと顔を覚えられてるんだろうなと売り上げに貢献してるから許してくれと思うのは、その冷たい視線を快感に変換できない俺の性癖が理由だろう。ノーマルで良かったとサクサクとダンボールをいくつか貰って駐車場で詰め替えていれば
「綾人君!」
 呼ばれて顔を上げれば
「あ、水野さん」
 というのは水野のじいさんで猟友会の仲間だった。
「いつもの事だがまた山と買い込むなぁ」
「まだ山の上は雪深いので」
 言いながら雪山を見上げて今年もたくさん降ったなぁとボヤキながら
「所で相談だが……」
 言われて何かあったかとおもえば
「あの竹藪のタケノコ、掘らしてもらっても構わないか?」
 そういや水野達に小遣い稼ぎに竹の管理をさせた時に監督してもらったなと思い出しながらも
「別に自宅で食べる分ぐらいはかまいませんよ」
「そうか!悪いな!」
「ただし、よそ様にあげたり農協に降ろすような真似はしないでくださいね」
「お、おぅ。それは当然だが、そんな事する奴いるのか?」
 思わずと言うように聞く水野のじいさんだが
「昔の話しだけど、ジイちゃんが篠田の家にやられたと言っててな……」
「あー……そういやなんかあったな、そんな事」
「なので、あの家が誤解するような事にならないように早朝の時間にお願いします」
 言えばもうあの家が朝寝坊な農家なのを誰もが知ってるので思わずと言う様に声を上げて笑ってしまう。
「ああ、それなら大丈夫だ。筍は朝のうちに取らないとどんどん大きくなってしまうからな」
「あと、手間ついでに圭斗の家に置いて行ってください」
「それぐらいお安い御用。猟友会の分は?」
「内緒ですよ?」
 よそ様にあげないでくださいと言った側から内緒で渡すとはどうかと思うが、猟友会の人は内輪なのでよそ様には当たらず。
「だったら綾人君のは宮下に預けとけばいいな?」
「お手間おかけしまーす」
「なーに、筍は掘ってから時間の勝負だ」
「掘ったそばから茹でられればアク抜きも必要ないのにね。俺は掘ってすぐの筍を焚き火の中に放り込んで蒸し焼きにするのが好きなんだけど」
 昔ゴールデンウィークに来た時にジイちゃんが食べさせてくれてびっくりした覚えがあったぐらいの初めての筍の味だった。
「一郎さんはまた贅沢な味を教えたなあ」
「旬の味で究極の筍の手抜きの食べ方ですね。あと破竹の先っぽに塩を振って刺身で食べたりとか」
「破竹は気をつけろよ。熊も好きだからばったり出会うと食われるぞ?」
「ジイちゃんにもバアちゃんにもいわれてますよ。まあ、二人には悪いけどクマと競ってまで食べたいとは思わないからいいけど」
「まあ、何はともあれだ。まだたけのこが出るのは当分先だからな」
「気が早いと言うかなんというか」
 二人して失笑。
「彰宏がいた時は気楽にあいつに伝言頼めば良かったが、猟友会以外でわざわざ連絡するのも腰が引けてな」
「普通に連絡してください」
 今度は苦笑。
「相手が吉野だ。顎で使うわけにはいかないさ」
「そう言うものですかねえ」
「山に入る人間にとっては吉野とは足を向けて寝るような真似ができる相手じゃないって事だ。まあ、だんだん吉野の恩恵を忘れているが」 
「それが時代の流れです。仕方がないと言うより当然ですよ」
 悔しそうな顔にも俺は笑って寧ろ今もジイちゃんとバアちゃんに恩を感じて面倒をみてもらっている方が奇跡だと思っている。
「それより水野とは連絡取れてますか?」
「ああ、なんか色々細かい事の連絡が来て利用だが綾人君の所には?」
「来てますよ。都会は明るいって訳のわからん感想がきてますよ」
 ここみたいな街路灯すらろくにない地域と一緒にするな田舎者と返したが家族には伝わって来ない孫の様子に爺ちゃんは笑みを満開にしていた。
 寂しいのはお互い様なようでしんみりしたところで
「じゃあ俺帰りますね」
「おう、悪かったな足止めさせて」
 そんなまた明日にでもまた会うような気楽な別れの挨拶をして山の家へと帰ってきた。
 
 こーっこっこっ……

 地面が見え始めた場所で大地を突く様子に車から降りた俺は台所の入り口の近くまで行けるところまで車を寄せて
「ただいまー。留守番悪かったな」
「綾っちおかえりー。とりあえず何も問題なかったよ」
 春休みに入ってからうちで一人大学の受験勉強にきた園田の声が響いて返ってきた。
 園田の元気な声に初めての一人のお留守番を心配してたが大丈夫だったかと思ってほっとしながら食料を家の中に運び込めば思わず顔を引き攣らせてしまう。
「園田よ。ぼっちの留守番は寂しいのはわかるがそれはないだろう……」
「いや、あったかかったのもあったのでつい……」
 なんとか誤魔化そうとする園田だが、あぐらをかいて囲炉裏の部屋で勉強する膝の上には烏骨鶏が鎮座していて、うとうととしていた。
「圭斗に頼んで陸斗を派遣してもらうわ」
「すんません。ここで一人はきつかったっす」
 なんだか涙目の園田を眺めながら圭斗に
『悪いけど園田のメンタルがやばいから陸斗を春休みの間こっち来させてくれる?』
とメッセージを送ればすぐに陸斗から
『すぐに準備します』
 なんて『りょ、陸斗を行かせる』なんて圭斗から返事が来る前に届いてどれだけノリノリなんだと思うも陸斗の狙いは烏骨鶏。なので烏骨鶏を膝の上で寝させている園田の写真を撮ってしまうのは烏骨鶏仲間が増えたぞと喜ばせるためというかただ単に面白いからとすぐに拡散されるのを期待して陸斗に送信するのだった。
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