人生負け組のスローライフ

春の足音はゆっくりじっくり 4

　あまりにも静かな綾人の家を正直舐めていた園田昂生は烏骨鶏の温もりに一人じゃない事を信じていた。後輩の陸斗だってこの静寂の中で綾人と過ごしたり留守番を何回もしていたのだ。だから俺だってできると思うも軽い気持ちではないがやってくればあまりの静かさに涙が出そうになった。
　ほんと山舐めていた。
　山を知らなかったはずじゃなかったのに一人の山を知らなかった。一人がこんなに心細い物だとは知らなかった。
　だから陸斗が来てくれた時それまで抱いていた烏骨鶏事陸斗を抱きしめて
「綾っちの家マジ怖かった！！！」
　叫んでしまった十八歳の春だった。いや、まだ十七だけどね。
「ええと、先輩？」
　烏骨鶏は二人の間で必死になって暴れて外にいる仲間の元へと走って逃げていくのを綾人はかわいそうに、でもしばらくしたら忘れるんだろうな。なんたってチキンだからな。三歩歩けば忘れるとり頭の能力に心配なんてしていない。
　ここまで陸斗を送ってきてくれた圭斗も園田の様子に呆れていたが
「どうだ？少しは落ち着いたか？」
　綾人が聞けば暫くして
「よくこんな静かな所で一人でいられますね」
　言わずにはいられなかった園田だったが
「慣れればここも賑やかなもんだぞ？」
　まだ生活音が溢れる場所だと言えば嘘だという目で陸斗を盾に綾人の言葉をしんじなかった。
「それはともあれ、陸斗もありがとうな」
　綾人も陸斗の頭を撫でてやれば
「で園田、お前春休み明けたら週末の度にこっちで勉強するとか言ってるけどそんなんでここでやっていけるのかよ。今回はたまたま綾人が家を空けないといけないから離れただけで、その度に烏骨鶏を抱くのか？」
　面白かったからいいけどよと圭斗が呆れるも
「大丈夫っす。その度に陸斗を連れ込むので」
「アホか」
　何ふざけたことをと圭斗は言うが
「圭ちゃん、俺も綾人さんの家に行くよ」
「さっすが陸斗！話がわかる！」
　いえーいと二人でハイタッチ。なんだか水野と植田コンビを思い出した。
「まあ、俺としては陸斗がいてくれると色々手伝ってもらえるから文句はないぞ」
「お前な」
　呆れっぱなしの圭斗だが
「どのみち一緒に陸斗にも勉強を教えてやれるしな」
「それを言われるとな」
「とりあえずこの春休みの間に園田を陸斗レベルまで引き上げるぞ」
　頑張ろう！おー！
　なんて綾人と陸斗は拳を突き上げる中圭斗と園田は小首を傾げる。
「二年の陸斗に三年の園田がレベルを上げるとは？」
　って言う意味でいいのか？となんかおかしくね？と問う視線に綾人は陸斗の肩に手をポンと置いて
「自慢の生徒の陸斗君ですが、この春休みまでに二年のお勉強を済ませたので三年のお勉強に取り掛かってます。ほんと毎晩頑張ったなぁ」
　ぐりぐりと頭を撫でればくすぐったそうに笑みをこぼす陸斗にお父さんの圭斗はあり得ねえと頭を抱える。もちろん園田も同様にだ。
「まあ園田は二年に勉強を振り返りながら春休みの間はみっちり復習をしような。それから三年の勉強を夏休み前までに終わらせて受験対策するぞ。
　陸斗は出してある宿題を進めようか」
「はい」
　言えばカバンから終わらせていた宿題を綾人に差し出すも
「最後の三つがわかりませんでした」
しょぼんと言う顔だが……と言うか既に勉強モードに切り替わった様子に圭斗もびっくりだ。
「じゃあ説明するから。園田は渡した課題の続きだ。わからなかったら説明するから言うように」
「え？あ、はっ、はい」
　何か俺重大な間違いをしたのではと言う顔をしながらも勉強を始めた陸斗の側で課題を始めるのだった。　
　そうなるともう圭斗は手持ちぶたさとなったために
「取り敢えず晩御飯でも用意するな？」
「悪いな」
　短い綾人の感謝に多分本当は何か言ってる程度にしか聞いちゃいないのだろうとため息がこぼれ落ちる。
　圭斗にとって高校三年間は碌に勉強ができなかった時代で学校生活が楽しい場でもなかった。
　それなのに陸斗は必死に綾人の勉強をこなし続けて俺も驚きの成長ぶりに感謝をせずにはいられないのだが
「どうしてもやりすぎだって言いたい意だけどな」
　あまりに楽しそうに勉強する陸斗の目の前で綾人にやりすぎだと言うこともできず
「まあ、本人が楽しんでいるならいいか」
　体は壊さないように気を配るぐらいしか俺のしてやれる事は無いなと失笑するのだった。