人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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山を歩くも柵はどこだ 6

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「先生また週末来るようになったのですね」
「もうね、眼の下真っ黒にしてどんな嫌がらせにあってるんだよって思ったぐらい病んでてさ、来るなって言えなかったんだよ」
「でも、それはそれで良かったのではないですか?なんだかんだ言いながら山の整備を手伝ってくれますし」
「そう考えれば全く問題ないんだけどさ、飯田さんと張り合って仕事終わりにこっちに直接くるってどうなんだって思うんだよ。いい歳して」
「そ、それは……」
 距離の違いはあれど同じく仕事上がりに直接来る飯田は綾人に気付かれないように視線を反らせた。楽しみで待ち遠しくてかわいい我が子(竈)と遊ぶ為に足を運んでいる事はばれているとは言え、先生が対象になっただけで何でこうも情けないふうに聞こえるのはどういう事か。
「でもまあ、あの情けない姿を見るとちゃんとしないとなと思うし悪くはないんだよね」
 反面教師。高山の持ち味でもあった。
「それよりもここに上がって来る途中外からですが見させていただきました。
 何やら工事楽しそうですね」
 無理やりと言う様に話しを反らせた飯田に綾人も明るい顔で頷く。
「ふっふっふ、広島旅行でいい旅館に泊まってきてそこのアイディアを頂いた秘密部屋みたいないい感じの落ち着く家ができる予定なんだ。後から追加で納戸の予定の部屋を潰して檜木風呂を作ることにしました」
「つまり風呂が二つと?」
 そうだと頷き
「湯船から外の庭を眺めるように作ってもらったんです。街からは見えないように衝立も作ってもらって、フィンランドじゃないけど温まったら雪の中にダイブでクールダウンできますよ」
「宮下君に締め出されないようにしてくださいよ?」
「あー、いまだに恨み持ってるからなあ」
 宮下命をかけた年始の一発芸。
 マッパで雪山に飛び込んだ瞬間俺が玄関の鍵を閉めて暫しの放置。
 台所の土間に回ったりひどい悲鳴に玄関を開けたら髪は凍って、もちろん下のも凍っててまっすぐ家風呂に飛び込む大惨事。風呂場で「綾人のバカー!!!」との大泣きを宥め、その次の年には一緒に雪の中に飛び込んであげた。ただしパンイチで。
「あれは面白かったですね」
 男しかいなく、他に人の目もないという環境なので酔っ払った勢いでそんなバカな事ができた年末年始の一大行事。
 ちなみに飯田さんはやらない。
 俺達もやらせない。
 理由は風邪をひいてもらったら困ると言うのと男の沽券に関わる問題。決して股間が重要視されるわけではないと主張はしておく。
 それはさておき
「総檜風呂を自宅でって贅沢だよねー」
「綾人さん風呂好きですからねー」
「眺めは五右衛門風呂ほどじゃないけど湯船は大きく寝転がれるくらい足を伸ばせれて、うちでは出来ない贅沢仕様!」
「湯の花をもってこれば温泉気分が味わえますね!」
 楽しみですと言いながら食後の一杯を嗜みながらもはやウトウトとおねむさんになっている。
 仕方がないなあと眠くなったら駄々をこねてまだ寝ないもんと言うお子様モードの飯田さんの目の前にお布団を用意する。
「この後裏山を回ってきます。お昼までには戻りますので」
「まだ雪は残ってるので気をつけてください」
 布団をみて欠伸をこぼす飯田さんは観念したかのように布団に吸い込まれて行く。ここまでが長いんだとこれでもう大丈夫だと囲炉裏の火は落として土間のストーブだけは薪を足して置く。その頃には静かな寝息が聞こえるどれだけ我慢しているのかと苦笑しながら準備を始める。
 泥まみれになる事前提で皮のブーツは足首をしっかりとガードをして気温零度の世界にも耐えれるようにしっかりと着込む。帽子とゴーグルで頭全体を守り、凍傷にならないようにグローブをしっかりとはめる。

「さて行くか」

 リュックには水筒とおにぎり、そしてチョコレートのおやつ。
 慣れた道のりの裏山を回るだけだけど今年初めて足を踏み入れる山はもう去年の山とは大違いだ。
 鉈と鋸を腰にぶら下げてストックを手にして崩れる足元を支えるように踏み締めながら足を進める。
 遠くまで行くつもりはない。
 ただ裏山の一番近いところの柵まで行って様子を見て戻るだけ。
 通常なら十分もあれば辿り着くルートを倍以上かけて目的地に辿り着く。
 久しぶりの山登りはきつい。ただ、先生が作ってくれた足元が安心させてくれる。裏山にはバアちゃんの山菜園を守るように柵が広がり、それから下のバアちゃんの花畑に向かって伸びる。
 反対は川まで伸びて、そこから先は足を運ばないために途切れている。川の流れは早いが獣が入りたい放題なのはそれが理由だ。何度も川沿いにも柵を設けたらと言ったが、ここが境界線だからと訳のわからない事を言ってジイちゃんバアちゃん、後他の皆さんも頑なにここに柵は必要ないと言う。昔の信じ深い人の言う事に何かがあったのだろうと思う。
 ただ、川沿いに柵があれば川に落とされることもなかったし、最悪柵のせいで川から這い上がれなかったと思えばどちらが正しいなんかわからない。
 まあ、ジイちゃんバアちゃんの言いつけを守って長谷川さんに聞かれても言いつけを守る方向で進める事にするが……

「柵がない」

 裏山から柵沿いを伝って三十分かけてたどり着いたバアちゃんの花畑を守る柵が何処にもなくなって、ついでに古い杉の木も何本か倒れていたのを発見するのだった。
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