人生負け組のスローライフ

歩き方を覚える前に立ち方を覚えよう 3

　ケリー達は勘違いをしていた事を理解した。
　綾人が強く言った言葉に納得も出来た。
　ましてやジェムなんか顔を真っ青にして次々にやってくるお客様達の顔ぶれに震えていた。
　
「新聞で見るフランスの政治家達が揃ってるぜー」
「その家族もいるし護衛もいるなー」
「それにしてもアヤトすごくこなれた様に親しくハグしてるんだけど、顔見知りとか？」
「今ここで襲撃があったらこの国ひとたまりもないな」
「しかも門の外には報道も居るし」
「報道って言ってもゴシップ紙だけどな」
　都心部から小一時間離れた所まで来るなんて何て暇なのだろうと思うもここ数日でこの城が外部から覗かれるような作りではない事は理解していた。綾人曰く入手した頃は手を伸ばせば枝伝いに侵入できたと言っていたが、それも植木の手入れで不可能となり、高い塀がぐるりと囲む城は要塞ともいえよう。
「塀が高いのは昔この庭で馬を放していた城主さんが脱走しないようにしたり飛び越えて行かないようにしたり、外の出来事で驚いたりしない程度の高さにしたみたいだよ」
　寧ろその壁のおかげで重厚さが備わっているものの壁の補修代高かったとぼやく綾人にそれなりの手入れは大変だなと思いつつもみんなは知らない。綾人はただお金を支払っただけだと言う事を。それも大変だがひびが入って割れていたり、穴が開いたり崩れていた所を直したバーナード達が一番の功労者だと思っている。
　今も内装の工事に来てくれているが、早急性はないので水回り、火回り、湿気の多い部屋の対策、暖炉の点検などやる事は今も目白押しになっている。
　ちょうどバーナードの会社から独立してフランスに戻って来た人がいたのでその人を中心に内装工事を続けてもらっている。かなりカビが生えていたりひびが入っていたりと大変らしいが
「もうこの城の専属メンテナンスとして雇えば？」
　そんなオリヴィエの言葉に納得しそうになりかけたが
「折角独立して胸に希望を抱いているのにこの城の世話だけで終える人生なんてさみしいじゃないか！」
　もっともな言葉だけど独立した人は
「別に専属になっても良いですよ」
　なんて訴えていたのを綾人は全力で聞こえないふりをしていた。
　理由は独立するに当たり結婚をする予定だった彼女に振られ、元々人づきあいが得意じゃない。バーナードから仕事を貰いながらコツコツやって行こうと思ってた人だとバーナードから聞いていた。なんかどこかで聞いたようなフレーズが聞こえたが
「独立できる腕があるのにいきなり依存するような人間はうちで雇うつもりはない」
　そんな綾人の主張に通称独立君は周囲の家から仕事を貰いつつ城のメンテナンスをすると言う気の長い話になっていた。近頃はご近所さんの家を巡り、冬の間に傷んだ屋根を直して回っているらしいのでここ最近遭遇してないが、コツコツやって行きたいと言う様に月に一度しか城に来れない綾人でも判るくらい仕事は進んでいるし、丁寧な仕事に満足しているのでもしどうしようもなくなれば雇うかとそれなりに信頼は置いている。そしてやっぱりフランス男。彼女と別れたと言っていたのにもうすでに新しい彼女が出来たようで、是非とも彼女の作り方を教えてほしいとマイヤーが言っていたのは聞かないふりをして置いた。

　だんだんと整えて行った城は時折こう言った社交の場となっていた。
　金額はあくまでも通常料理の金額。このレベルの空間と料理とサービスが受けれるとなれば格安と言っても良いだろう。勿論料理の追加も別料金で受けている。オリオールが作れる料理と言うのが条件だが、元々オリオールのファンの人だ。思い出の味の再現はお手の物だ。
　彼らが居る間はこの城の滞在中の人間と言う事で胸に緑のリボンを付いたバッチをつけている。モチーフはこの城だ。とは言え最初にセキュリティの人と面通しは済ませておく。何かあっても困るからと言う理由は双方にとってもデリケートな問題となる。
　そんなお偉いさんが本日のランチを貸し切っている。
　贅沢に聞こえるが人数分のランチ料金と追加料理しか収入はない。あとプラスになるのはお飲み物代とお土産代。
　奥様にも好評価でお子様も遠慮なく走り回る安全な公園だと思えばどうぞと言う物だろう。ちなみに皆様サッカーがブームなようで、庭の一角でボールを追いかけてる姿と一応ついているセキュリティの人達とのボール遊びは何所までも微笑ましい。いや、仕事しろよと言う所かもしれないがおかげでめくれあがった芝生の庭のメンテナンスが手を抜けない。マイヤーがんばってとお願いするしかないだろう。ちなみに奥様方は裏のハーブ園を見つけてしまい、そこでハーブを摘んだりして荒し……　遊んでいる。オラスとリヴェットが涙目なので頑張って憧れのロードの荘園のようなバラ園を作ろうと奮闘するも先はまだまだ長い。なんてったって留学したら始めようと思っていたのでやっとスタート地点。城作りの時に協力してもらった造園の人達とスケジュールを重ねる段階。
　オラス、リヴェットもう少し待っててくれ。
　東屋も作ってもらうつもりだし、裏庭への進入禁止の作も作ってもらうつもりだから、馬小屋にも侵入されそうになったと俺に文句言うのは筋違いだと、ドアノブを鍵付きのものと交換してもらい、とりあえずプライベートのドアプレートを買って当面これで凌いでもらう事にした。