人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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山にお帰り 8

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 撮影が終わり飯田さんのマンションに帰ってきてすぐに飯田さんも帰って来た。
「今日は蓮司君のマンションに泊まるのでは?」
 少し驚いていた瞳に
「蓮司の所に居たけど撮影するスタジオに拉致られて見学させてもらって顔合わせさせられてさ、ちょうど終わった所だからあんな縁起の悪い家から逃げて来た所」
 疲れたと言う様にソファでごろりとなってしまえば
「でしたらもう寝ちゃった方がいいですよ?」
「シャワーだけでも浴びたい。何か機材臭くて無理」
 そうですかと飯田さんは鼻を近づけて臭いを嗅いでみても
「そこまで気にする臭いでもないですよ?」
 ずば抜けた味覚を持つ飯田さんの嗅覚を信じて良い物かと思うも
「多分俺の鼻の中が機材の臭いが沁みついてるんだよな」
「でしたら先にお風呂をどうぞ」
「うん。直ぐ出てすぐ寝る」
 そう言って着替えを持って重い足取りで熱いシャワーを浴びて直ぐに出てこれば
「なんかいい匂い」
「寝酒にヴァンショーはいかがです?
 シナモンとオレンジたっぷりの奴です」
「ぜひ頂きます!」
 なんて小さなミルクパンで作ってくれたのは一人分。
 俺の為に用意してくれたのだと嬉しくってうきうきしながら口をつけている間にミルクパンを洗って片づけてシャワーを浴びに行ってしまった。
 今回のヴァンショーにはそこにラズベリーも隠れていて
「うまー、あまー、すっぱー」
 謎の初対面の挨拶があった為にどっと疲れたと言うか多紀さんが絡むと碌な事がない事を認識しながらクッションを抱え込みながらも無時の帰宅と御礼だけはしておく。
 きっと一生縁のない場所へと案内してくれたのだ。
 一生知らないままでよかったのに……
 市販品のカメラを片手に四苦八苦しながら動画を取っている俺達には羨ましいほどの機材と用意周到なまでに準備万端のスタッフ。うらやましくないもんね。
 うちの山では草取り要因にしかならないし……コホン。 
 下の畑で見たロケの様子もだけどほんと一つの物を全員で作っていると言うのは見ていて気持ちが良い。
 ああいうのを作れたらいいな……
 ん?
 何で俺が?
 ……。
 …………。
 何か一瞬多紀さんの罠にはめられそうになってなかったか俺?
 あの人ああ見えて人衆の心を鷲掴む事に長けた映画監督。
 映画予告を見せてるつもりで連れて来てみんなと顔合わせして何をさせたいのか何て幾つも想像できるけど最悪を考えれば頭を抱えるしかない。
 だけどもっと最悪な事に俺と宮下二人ではできない事を頭の中でどんどん想像して段取り付けている俺がいて……
「やばい。絶対コレ危険なヤツ」
 そう辿り着けば俺は立ち上がり荷物を手にしてスマホからアドレスも見ずに数字入力してコール。
 7回目の呼び出し音を繰り返した所でやっと通じた相手に
「何なの……」
 早朝のまだ寝ている時間に呼び出されたのか声はかっすかすにかすれた不機嫌そうな声。
「悪い、今から行くからとりあえず泊まらせて。寝たら出て行くからとにかく泊めて」
「ああ?って、住所知らないんじゃ……」
「今調べたからここからなら十五分で行けるな」
「はあ?!ちょっと待て!調べたってどうやって?!十五分って何?!」
「とりあえず柊も一緒だろ?起こさなくていいから鍵開けといてもらえば勝手にお邪魔するから。ソファに寝かせてもらえればいいから」
 俺はいそいそと靴を履けばその物音に飯田さんが慌ててシャワーから出てきた。
「綾人さん、まだ電車動いてない時間……」
「ごめん飯田さん!多紀さんが何か変な事考えてるから俺逃げるから!!
 前に山に来た二人の叶野のマンション。柊もいるから大丈夫だから!」
「ええ、逃げた方がいいのでしょうが、三分時間下さい。着替えるので送ってきます」
「走れば十五分ほど、ごめんなさい。十五分も走れません」
 なんて言ってる間に飯田さんはジーンズとシャツだけを着てキーケースと財布と携帯だけを持って頭は濡れっぱなしのままきっちり三分後には準備をして俺の前に立ち
「多紀さんが絡んだ時点で多分めんどくさい事でしょう。
 うちはばれてますのでまだ知られてない叶野君のマンションの方が安心です」
 本当にめんどくさいと言うように顔を歪める飯田さんにそう言えば飯田さんも苦労させられてるねと蓮司をうちにつれて来る時に巻き込まれた件を思い出させば飯田さんも多紀さんは鬼門なのだろう。
「どのみちこうなると叶野君のご自宅も知っておいた方がいいですし」
 何て冷静に駐車場に止めてある車まで案内されるも俺も初めて行きますなんては言わずにスマホのGPS機能が役に立ってる事は黙って飯田さんを案内して目的のマンションの一室の前に立てば本当にきやがったと言わんばかりに目を見開く叶野と柊に

「久しぶり。イギリス以来だな」
 
 迷惑をかけている事を自覚している俺は出来るだけ朝に相応しい爽やかな笑顔で再会の挨拶をしてみるのだった。
 そして案の定目の前でドアを閉ざされてしまった……



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