人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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一日一歩、欲張ったら躓くだけなので慌てる事は致しません 4

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 足りない物とは常に多々とあり、そして次々必要となる。
 例えば服。
 山間部の高地にあるこの家では暦の上では秋とは言えすっかり冬だ。
 そうなのだ。
 要は寒い。
 寒くて暖が欲しいのだ。
 山生活あるある突如やってくるストーブの恋しい季節、多分一年中設置されていただろうロケットストーブの煤を綺麗に落し、再び設置。
 浩志に教えながら手伝わせれば顔を煤で汚しながらも器用なのかすんなりと俺が言う事をこなしていた。グッジョブ。
 薪割も畑仕事もたどたどしいけど言われたとおりに斧や鍬を振る事が出来たし、筋が良いのか薪を割らせてもちゃんと木目を狙って斧を振り下ろす事が出来た。
 世間一般的には全く役に立たないスキルだがこれはこれで都合のいい人ざ…… 役に立つ人材が来てくれた物だと少しだけ浩志を見直す。
 そして烏骨鶏達に最初こそ追い掛け回されてひいひい言いながら逃げていた物の、単にその手に持つ餌を狙ってのストーカー行為だけの話し。
 一週間もあれば陸斗並みとは言わないがきっちりと鳥小屋の清掃ができるまでになる優秀な清掃員も手に入った。
 朝食は夜勤勤務だったための体調リズムからかまだ早くは起きれないので俺が作るが昼と夜を作らせてみればそれなりに美味い物を作ってくれた。
 少々質素なのが涙ぐましいが、俺が好きな食材を使っていいからと言えば真っ先に肉を焼いてかぶりついて頬張っていた辺りが微笑ましい。
 イノシシのサムギョップルは良かった。うん。タレが良かった。うちにはないから自分で合わせたのか?と聞けば小さく頷いた。
 天才じゃん?
 いや、それを言ったらお犬様に怒らしてしまうので黙っておくが。
 とりあえず質素すぎる薄味料理と言うこと以外は一切問題がないので程よい料理番も手に入れた。
 まさかの有能ぶり。
 家の中も綺麗だし竈はまだ触らせないけど五右衛門風呂も真面目に沸かしてくれる。離れもウコハウスの二階も綺麗に掃除してくれる挙句に洗濯まで……

「いい嫁さん捕まえたじゃん?」
「嫁ではありません。従弟です」
 すっかり家の事を任せっぱなしの俺はチェンソー、草刈り機、ブロワーの使い方も教えて道路の草刈りをさせて三時間ほど。既にこなれた様に振り回していた。
 宮下もこの家に来て初めてお茶が出たなどと失礼な事を言ってくれたが
「所であいつ、どうだ?」
 圭斗が主語のない話を振って来たので当たり障りのない事を伝える。
 今一番直面している問題点。それは……
「学力がガチ小学生レベルしかありませんでした」
「は?ま、あ…… 中卒って……」
 混乱する圭斗に
「義務教育は学校行かなくても卒業させてくれます。なので中卒……」
 頭を抱える俺はそれでも小学生の間に通った塾だのなんだのの下地はちゃんとできていたからそこまでは問題ないけどと心の中で溜息を零ししながら
「中一レベルの最初から教えて行かなきゃいけない大問題。特に英語はアルファベットも書けない始末」
「確か来年には高認取らせるって綾人言ってたけど大丈夫?」
「無理。丸一日かけて教え続ければ行けるだろうけど」
「そうなると綾人も丸一日何もできなくなって身動き取れなくなってる間に雑草に飲みこまれるね」
「泣きそう……」
 しくしくと泣きながら頭を机の上に横たえて
「まぁ、綾人のあのペースで一日中勉強させてたらノイローゼにもなる。一年から二年に延ばしても驚異的な速さだと思うぞ?」
 圭斗も言ってくれるが 
「こっちにも早く一人前させたい事情があるんだよ」
 むすっと口をとがらせていう。
「いやなら最終的には家で雇うぞ」
「うん。車の免許とか取らせたら少し考えさせて」
 何て素直に週末ぐらいは外貨(俺以外の収入)を稼がせようと公式な収入源という履歴を残したい。
 そう言う俺を見て二人は意外そうな顔をした。
「何だよ……」
「いや、案外上手く行ってるなと思って」
 言われて俺は顔を顰める。
「長沢さん達もみんな心配してるんだよ」
 年々若返って行く長老の皆様にどれだけ心配かけさせてるんだかと思うが
「それが長寿の秘訣。まだまだお手数おかけしますと伝えておいてくれ」
「いや、そう言うのは直接言ってくれ」
 圭斗に真顔で言われてしまった。
 縁側でのんびりと暫くの間草刈り機の音に耳を傾けながら
「実際上手くいってる。怖い位に」
 ポツリと吐き出した俺の評価に二人はそれじゃ何が駄目なんだと言うような無言の視線。 
「俺はまだあいつの存在に緊張していればいいだけだけど、あいつも俺同様に緊張しながら捨てられないように必死になってる。ここに来てやらせる事はみんな初めてのはずなのに直ぐに上達できるように努力しまくって。まあ、結局の所あいつにまかせっきりにしてるから頑張るしかないんだけど上達速度が処理範囲を考えると当然なくらいあいつらとは比べ物にならないくらいの仕事をしてるんだよ。
 強制的に休ませているけど、それでも苦じゃないってぐらい仕事をしようとするんだよ」
 その異常性を言えば宮下は凄いねと言うが苦労してきた圭斗は顔を顰める。
「前の職場に雇われる前まではバイトを掛け持ちしていたらしい。友達居ないから家に居ても何もする事ないからってだったらバイトしてる方が光熱費が浮くって言うし、先日寒いからストーブ点けたら『やっぱりストーブって温かくっていいね』なんて言うから普段はどうしてたんだって聞けばシャワー浴びて布団に入って寝れば寒くないって言うんだ」
 唖然とする宮下と経験のある圭斗は怖い顔になって地面を睨みつけていた。
「正直俺はどうすればいいか判らない。一年できっちり仕上げて町から追い出すのが良いのか時間をかけてしっかり学ぶべきことを学ばせる方がいいのか。
 早く育て上げた方があいつも前の工場の社長さんに早く会いに行ける。遅くなれば社長さんに会えなくなる可能性もある」
 隣に座る宮下のひゅっ吐息を飲む音に俺は無言になるけどだ。そこに口を差し込んだのは圭斗。
「綾人は何も全部背負いすぎなんだよ。
 浩志だったか?あいつだって大人なんだ。その選択ぐらい本人にさせてやれ」
 そこまで俺が責任を持つなと言ってくれた。
 こういう時圭斗の優しさに救われてばかりだから本当に友達で良かったと思う。
 だけど浩志にはそう言ってくれる人が今のところあの社長家族ぐらいしか居なくて……
 俺がまだまだ浩志との向き合い方に葛藤している中草刈り機の音が静かになった。
 沢山の機械を担いで戻ってきた浩志は軒下にそれらを置いて
「埃流してからすぐにお昼用意します」
 そう言い残して五右衛門風呂の残り湯でざっと汗を流し、清潔な服に着替えてすぐに宮下と圭斗の分も含めたお昼ご飯を作り始めるのを見て
「俺、手伝ってくる」
 宮下が慌てて手伝いに行く様子を見送れば
「早く車の免許取らせてうちに働かせに来い」
「うん。判ってるんだけどとりあえず中卒程度の国語を駆け足で学ばせているからもうちょっと待って」
 車高の教習させるにあたっての一番の問題となる漢字問題に圭斗は空に浮かぶ筆で刷いたような雲を見上げ
「宮下とどっちが苦戦しそうだ?」
「宮下一択。そこは助かってるからもう少し待って」
 小学校卒業レベルの学力がこんなにもおぼつかないとはと身震いする俺と圭斗にやがて聞こえてくる宮下と浩志の楽しそうな会話に宮下がいてくれてよかったと本気で感謝する二人だった。


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