人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
963 / 976

人生負け組のスローライフは楽しい事で詰め込まれている事は誰にもわかるわけがない 6

しおりを挟む
「竈炊きのごはんっておいしいねー!」

 香奈の歓喜の悲鳴に俺は頷きながらご飯をお替りする。
 冷蔵庫にある野菜と猪の肉の鍋と言う我が家の定番中の定番料理に囲炉裏でじっくりと焼いた虹鱒と言うこれもまた定番メニュー。
 俺は二階の温まってない部屋での作業に凍え切ってしまった為にじっくりとお風呂で温まってただいまアツアツのお鍋とぬる燗と言うほかほか気分でお鍋を食べていた。
「動画で見ていたけどほんと綾人さんの家で囲炉裏囲んでご飯食べてたのね」
「動画用に撮影したわけじゃないしな。大体囲炉裏がないとほんと寒すぎる家だし」
「そう思うと障子って偉大ね。さっきまであれだけ寒かったのにもうこんなにも暖かいもの」
「部屋の外に一歩出るとさっきよりもっと寒いぞ」
「綾人香奈ちゃんを脅かさないの。
 ストーブ代わりに竈の火も落としてないし、土間のストーブもついてるからそこまで寒くないよ」
「翔ちゃんありがとう!」
 にこにこと鍋は一口も口にせずご飯ばかり食べる様子がどうやら香奈の悪阻のパターンらしい。
「こういうのもありなのか?」
 こそりと圭斗に聞けば
「昔からご飯をおなか一杯食べるのが香奈の夢だったから……」
 ご飯をおなか一杯って白米の事かと引かずにはいられないのが篠田家の食事事情。
「冷蔵庫に上島の家のお米があるから精米して持って帰れ。
 玄米のまま保存してあるから精米したら27キロになるけど圭斗と分ければ何とかなるか?」
「それでも多い。燈火の所にも持っていく」
「じゃあ、先生の所にもよろしく」
 先生がご飯炊くわけではないので面倒見てくれと遠回しに言えば美味しいうちに消費できるので良しとしようと言うように口角が上がる圭斗も白米大好き人間。バアちゃんのおかげで好物がおにぎりなのは知らないふりをしておく。
 不思議な事にあれだけふんわりと結んだおにぎりなのに食べていてばらける事のないおにぎりにコツはと聞けば
『そんなもの数むすめば上手に結べるようになるよ』
 なんてさらりと言われてしまうおにぎりは塩がきつめのバアちゃんがつけた梅干しのおにぎりが一番好きだった。
 飯田さんが結んでくれるおにぎりも良いしいのだがやっぱりどこか塩が甘目なのでものたりない。味蕾の多い飯田さんの限界なのだろうけど、それでも食べる人を思って味を調えてくれるそんな所もほんとプロの意地を見せてもらう気分だよ。
 美味しくご飯ばかりを香奈が食べる事もあり、残ったご飯をおにぎりにして夜食を用意した所で
「じゃあ、残りの障子張ってくるから」
「まだやるのか」
 圭斗が明日にすればと言うものの
「明日はまた違う仕事が入ってるし、飯田さんも来るからそれまでに仕上げておきたいし」
 風邪ひいたら大変だしねと言えばご実家に戻って一から学びなおしていると言う様子はそれなりに新しい人間関係に気を使って疲れている様子は見てわかるほど。
「せっかく来てもらって風邪をひかせて帰る事になったら飯田さんのお父さんに申し訳立たないからね」
 宮下が俺の言いたい事を言ってくれた。
 歪ながらも今までは俺一人でやって来たことだけどお金を払って宮下に手伝ってもらえることで引け目を感じなくって堂々とお願いもできる事になった。
 一人では二日、三日とかかっていた仕事が二人掛なら一日で終わるとなれば頑張るのは当然と言うもの。
 残りももう少し出し頑張ろうかとほとんど貼り終わって後はかすかな段差を目安に合わせて切り取るだけ。囲炉裏で室内に媚びつくす巣のせいで黒くなる障子が真白になる景色は美しく
「だったら私も手伝うよ」
「姿勢がきついだろうから香奈は洗い物を頼むわ。給湯器の使い方聞いただろ?」
「うん。レトロすぎてさすがに使い方わからなかったよ」
 子供には一切お金をかけなかった篠田家だが新しいもの好きで生活には湯水のごとく使いまくっていた為に給湯器なんて使ったことがないと目新しさに笑う始末。
「陸斗だって使いこなしたから香奈も負けるなよ」
「お姉ちゃんだから負けてられないな」
 そう言って袖をまくってみんなで土間上がりまで食器を写せばそこからは香奈が運んで洗ってくれた。
 食器の重なる音を聞きながら俺達はうっかり囲炉裏の火を貰わないように注意しながら障子紙の余分な部分を切り取り、まだ少し張り終えてなかった障子も張っていく。
 三人がかりの作業はあっという間に終わり、最後の一枚を完成した時の達成感はひどく満足感を覚えて誰ともなく笑みを浮かべるのだった。 





しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ここは異世界一丁目

雪那 由多
ライト文芸
ある日ふと気づいてしまった虚しい日々に思い浮かぶは楽しかったあの青春。 思い出にもう一度触れたくて飛び込むも待っているのはいつもの日常。 なんてぼやく友人の想像つかない行動に頭を抱えるも気持ちは分からないでもない謎の行動力に仕方がないと付き合うのが親友としての役目。 悪魔に魂を売るのも当然な俺達のそんな友情にみんな巻き込まれてくれ! ※この作品は人生負け組のスローライフの811話・山の日常、これぞ日常あたりの頃の話になります。  人生負け組を読んでなくても問題ないように、そして読んでいただければより一層楽しめるようになってます。たぶん。   ************************************ 第8回ライト文芸大賞・読者賞をいただきました! 投票をしていただいた皆様、そして立ち止まっていただきました皆様ありがとうございました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...