人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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人生負け組のスローライフは楽しい事がたくさん詰め込まれている事を俺はちゃんと知っている

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 烏骨鶏を庭に放つ頃一台の車が麓から上がってきた。
 見覚えしかない車がライトをつけて庭の門を開けて入り、定位置に止めるこなれたしぐさはもちろんこの人。
「飯田さんおはようございます」
「綾人さんおはようございます。今日は見事ガスってますね」
「晴れ渡ってる方が珍しいですからね」
 うんうんと頷いていればガチャリと車のドアの開く音が聞こえた。

「綾人、圭斗と宮下はどうした」

 まさかの先生登場?!
 思わず飯田さんの顔を見る。
 
「飯田さん、先生を車に乗せたのですか?!」

 飯田さんがうちに来るようになり、先生と遭遇して以来初の珍事。
 圭斗と宮下よりそっちこそどういたと言う光景?!に先生は飯田さんの隣に並んで

「昨日の夜あいつ凄い顔してお前の所に行っただろ」

 言われて思い出す。
 そういえばおっかない顔してきたな、と……
 なるほど。すべて先生の行動が理解できたと頷く俺の正面では先生の横でやっぱりそんな事でしたかと言う顔の飯田さんがいた。
 普通なら察しが悪いわけじゃないのになと圭斗と宮下の事になると普通ではいられないようだ。
 まあ、それだけあの二人が問題児だったって事だと自分を棚上げして過去を思い出す。

 つまらない高校生活だったが最後の一年はそれなりに充実した一年だったなと言うのはそれなりにハードだったこともあった理由だろう。
 なんせ学年順位の最下位争いをしている二人を卒業させろと言う担任の横暴な命令の代わりに用意されたご褒美は担任が牛耳る理科準備室を備品を触らない事を条件に入り浸っていいと言う一言に仕方がないなと腐れ縁になる起点になったのだから何が理由で人との付き合いが生まれるかなんてわかったものじゃない。
 先生にとってもこんな問題児に頭を痛めたがよく考えたら宮下も圭斗も可愛いもんだったと俺を見て言う理由なんて聞く意味なんて分からない。

 そういえば今あの時と同じ視線だなという妙ななつかしさにほっこりとしながらもウザいのでネタ晴らし。
「ウコ達が張り終えた障子を荒らして全部貼り直しって事になって、このままじゃ明日泊まりに来る飯田さんに申し訳がなく家に帰れないって泊ってくるっていう所を説明もせずに
『今日は綾人の所で泊まるから』
の一言で済ませたから圭斗の奴が香奈を引き連れて乗り込んできただけだよ」
 なんとなくそんな事じゃないだろうかと言う顔をした飯田さんはそのまま畑へと向かえばすでに圭斗と香奈によって畑のお世話をしている中に混ざりこんでいた。
 ちなみに宮下はウコハウスのお掃除を頑張ってくれている。
 前からウコハウスの止まり木を変えたいと言っていたのでせっかくなので寸法も図ると言って出てこなくなった。
 先生は昨日の圭斗の剣幕を見ていて、そのまま帰ってこないから心配したと言う様子はほっと溜息を落としたぐらい安心したのだろう。
 寧ろ今までこれぐらいの事は放っておいたくせにと何があったと言うそうな目で見上げれば
「やっぱりな、香奈が妊娠してから圭斗がピリピリしててな」
「心配性のお兄ちゃんだからね」
「社会人になって落ち着いて帰って来たから大丈夫だと思ったけど、高校時代のように喧嘩っぱやくなったんじゃないかって思ってな」
「あー、今回に限っては宮下が悪い。説明すればすぐに理解出来る事を端折ったあいつが悪い」
「あいつも圭斗と香奈相手だと綾人に会う前のぼんやりになるから先生は心配なんだよ」
「二人とも立派な大人だ。取り返しがつかない懸案以外は失敗させて学ばせろ」
「お前も高校時代からかわらんな」
「誉め言葉として受け取っておこう」
 決して誉め言葉ではないが……
「圭斗も香奈の悪阻か?それが落ち着けばおとなしくなるだろう。
 俺も昨日見たけどあいつご飯が美味しいってご飯ばっかり食べてその後盛大に吐きまくってたからな。圭斗が心配しるのは判らんでもないが……」
「あれな。男前すぎてお前の二日酔いといい勝負だと思うぞ」
 恥ずかしくて視線をそっとそらせてしまえば

「綾人さん、ご飯作りますね。先生も良ければ食べて言って下さい」
「ああ、悪いな」

 先生が感謝した。
 いや、感謝っするけど飯田さんに素直に感謝するなんて

「これから天気崩れるか?」
 ガスって空模様が見えなくても西の空を見上げながら上空の様子を窺えばゴチンと頭に鈍い痛みが走る。
「お前は余計な事ばかり考えるな」
 どうやら照れている模様。
 渋い顔をする飯田さんのもとに野菜を手にした圭斗と香奈、そしてネコを押しながらやって来た宮下が
「飯田さんおはようございます。ご飯はそろそろ炊けるので……」
「あ、火を弱めてこないと」
 俺はぼちぼちそんなタイミングだと家に足を向ければ
「これ片づけたら手伝いに行きます」
 宮下の声に
「私も手伝います!」
 香奈も野菜を持って家の中へと向かえば当然圭斗もやってくる。
「じゃあ、先生はひとっ風呂で汗を流してくるか」
「先生は学校があるから長風呂するなよ」
「大丈夫よ。時計持って入るから。圭斗、悪いが後で家まで送ってくれ」
「っす」

 こんな大騒動に発展した事に責任を感じてか珍しく素直に先生の言葉にうなづく圭斗に俺と宮下がこっそりと目を合わせて笑う。

 そんな賑やかな、でも穏やかな日常。
 


 バアちゃんを頼りにこの家にやってきて、時の無常に一人取り残され。一人、一人、若者は村からも旅立っていく深山の生活。
 繰り返される日常はひどく穏やかで、静寂に飲み込まれるものの

「ねえ綾人、俺思いついたんだけど今回のオープニング、ふろ場のドアを開けたら先生がいたってスタートどうかな?」
「宮下君そんなつまらない絵面でアカウント停止されても知りませんよ?」
「飯田さんほんと先生には厳しいね。
 そして宮下よ、この綺麗な山にそんな汚物はいらねえ」
「ちょっと綾人!聞こえてるんだけど?!先生の事汚物ってひどく無い?!」
「やだ綾人さん、そんなことで笑わせないで!」
「どうでもいいけど先生、教師が遅刻とかシャレにならないから早く風呂に入って早く風呂から出てこい」
「まだ時間に余裕あるしー!」
「判ったから早く出てこないと飯田さんの朝食喰い損ねるぞ!」
「それは大ごとだ」

 なんて言っても一向に出てこないダメ教師に呆れながらも広さだけはある使い勝手の悪い土間の台所でみんなで朝食を作る。
 振り向けば村から追い出してもちゃんと戻ってくる親友に恵まれて何もなくても充実している事を実感すれば

「ジイちゃん、バアちゃん。俺、吉野の子供で良かったよ。ありがとう」

 恨みもしたここ何もない山奥の家を残してくれたジイちゃん、バアちゃんに誰にも聞こえないような照れた声で感謝をするのだった。





end




次回からは限定作品、番外編になります。



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