隣の古道具屋さん

雪那 由多

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雨の惨劇 5

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 朝、朔夜からたくさんの元気をもらった。
 オレンジのジャムをたっぷりと塗ったトーストにオレンジのジャムを落としたコーヒー。
 そしてここ数日笑えなかった俺に笑顔も与えてくれた。
 距離を開けていた大学時代の顔を合わせてなかった時期の話も出来た。
 さらにはこんな事件に全くの無関係な七緒を巻き込んでしまったのにこうやって迎え入れてくれて……

「じゃあ、依頼人さんの家に行ってくる」

 コーヒーの匂いをまとった俺はしっかりと首にかけたお守りを確認してから親父に言えば
「危険を感じたらすぐ帰ってきなさい」
 台所で新聞に目を通しながらお茶をすすった後の言葉。
 すごくどうでもよさそうに聞こえるのは俺だけだろうか。
 少し寂しい気分にもなるが
「あと行く前に九条様にお守りをお願いしておきなさい。
 今回はこんなにも危険な仕事になるのだから、お金の出し惜しみで危険にさらされるわけにはいかない。
 それにこれは最終的に依頼人への追加料金になる。
 気にしないで事件に蹴りが付くまで毎日依頼する形をとりなさい」
「いや、毎日って、さすがに依頼人も出せないでしょう?!」
 あまりにも高額な事になる事に冷や汗を流すも
「あちらはそれなりにお金を出すかただ。
 すでに自分たちがしたことを後悔していて、あちらも命が助かるならと言ってくれている。
 それにだな、お前も本当にこの仕事を継ぐつもりがあるのか身をもって覚悟を決めるにはいい機会だ。
 古道具の修復ならうちだけではないし、別に店を出して独立するのもありだと思っている」
「……」
 そんなことまで考えていたなんて、俺は……
「俺はこの店を継ぐ決意をしている。
 親父みたいな修復はできないかもしれないが、それでも爺さん達もずっとやってきた事を俺がやりたいのにやめるつもりはない! 俺のこの体質であきらめたくないんだ!」
 そう、これはとっくに決めた覚悟。
 俺がもっと強くあの廃墟探検に行ってはダメだと言えていたら朔夜も俺の為に何度も頭を下げたりしなくて済んだのに、七緒だってこんなことに巻き込まれる事もなかったのに……
「親父とお袋がどれだけ心配して俺をこの店から離そうとしても俺はここで古道具を直し続けるから」
 その決意は揺るがないと言って車のキーをもって家を出る。
 空を見上げて今日も雨かと傘を取り、憂うつな空の下を歩きながら車に乗り込めば

 ふわり……

 なんといえばいいのだろうか。
 水の匂いが濃い、と言うか何とも言えない水の匂いと言うか、どこか生臭い……

 慌てて体を見れば細い黒い糸が体に巻き付いていた。
 
 ついに……
 言葉をなくしてしまう中車の中から振り向いて家を見れば絵を封じている部屋の辺りが黒ずんでいるのが分かった。
 思わず息を飲み込んで、だけどゆっくりと深呼吸を繰り返す。
 それでも心臓はドキドキして、脂汗が流れ落ちる。
 すぐにスマホを取り出し親父へと連絡を取れば

「親父、あの部屋がもう真っ黒だ。近づかないように」
『そうか、封印が破られ時間の問題か』
 さっき新聞を読みながらお茶をすすっていた時と同じ声で返されて、いかに俺が動揺していたかを気付いた。
 そうだ。
 俺がここを継ぐというのならこれぐらいで動揺してはいけないのだとゆっくりと目を瞑り、そっと開ければ体にまとわりつく細い黒の糸を見ながら
「俺の体に黒い糸が巻き付いている。部屋からこぼれ出た奴に捕まったらしい」
 一瞬親父の呼吸が止まったような気がしたが俺は冷静に伝える。
「急に水の濃い匂いがしたと思ったら川の水のような、魚の生臭さを感じた。
 体にまとわりついてはいるが、九条のお守りのおかげかわからんが縛りつくような感覚はない」
『そうか……』
 心配を含む声は何処か泣きそうな湿り気があった。
 ああ、俺はまた親父に心配をかけてしまった……
 廃墟探検の後変わりに変わった体質に家の事情で運ばれてくるわけあり古道具に何度も原因不明の体調の悪さに悩まされてはこの家に産んでしまって申し訳ないと謝れた時を思い出す。
 もっと普通の家で、こんな怪異とは関係のない家で、普通の子供として育てる事が出来なくて済まないと高熱にうなされながらも聞こえた声は確かに親父の声で……
 だからこそ危険と分かっていても俺のやりたいように応援をしてくれているのだろう。
 そして今親父にこの家を継ぎたいと言ったばかり。
「一刻も早く番を見つけてくる」
 もうこれしか方法はないという様に、俺は車を走らせるのだった。



 昨日もだが今日も俺が車を走らせると不思議と事故が起きた。 
 街路樹に突っ込む車、カーブが曲がり切れなくって中央分離帯に突っ込む車。
 九条に連絡を取りながらその事故を見て顔を引きつらせてしまうけどもう理解するしかない。
 確実に俺は守られている。
 だけど周囲は守られずにこんなことになっている。
 雨は相変わらず降り続ける中俺は慎重に車を走らせて
「確かここか……」
 見上げる白い建物は天気なんて関わらず救急車が滑り込む
「依頼人の息子が入院している病院だな」
 メモを見て、面会時間ではないけど慣れたように親父が聞き出した病室へと足を運ぶ。
 意外な事に面会時間でなくてももぐりこむことが出来て、ありがたいことに個室だったから事前に連絡を入れて会う約束をした。
 ノックをすればすぐに扉は開いて
「佐倉古道具店の佐倉香月と申します。
 父の代わりにお話を聞かせていただきます」
「平田と申します。
 あれは息子の敦です」
 ベットに横たわり包帯で体中あちこち巻かれ、点滴につながり、機械音が静かに響く暗い部屋だった。
 大けがをしているけど意識はあるようで、見た目の通り痛いのだろう。何か言いたげにうめき声をあげている中俺は彼のそばに立って
「依頼主の平田様、そして息子さんの敦様。
 現状報告をさせていただきます」
 言えば二人とも迪林道で起きた事件は知らないのだろう。正直他人の家まで気を回せる状態ではないが、それでも二人には、特に元凶の敦には聞いてもらいたい。
「少し前に敦様が迪林道に持ち込んで仕立て直しを依頼された二匹の鯉の絵が原因なのはすでに理解していると思います」
 聞けば依頼主の平田様は頷いた。
「昨日ですが、迪林道のご主人の葬儀がありました」
 ぎょっとしてた視線に依頼主は息子へと目を向ける。
 包帯だらけで体中が痛いのだろうが違う、俺は関係ないという様に呻く声と共に恐怖から涙をこぼし始めた。
「そして襖絵を仕立て直すように依頼された敦様。
 さらには当店と懇意にさせていただいている隣の店舗の娘さんが店で預かっている鯉に呪われて、今私もその対象になっています」
 ぎょっとするように目を見開いた平田様。
「あ、ああう……」
 顎が砕けているせいかまともに声を発することが出来なく、だけど恐怖から溢れ出る声と身を守ろうとするように丸まろうする敦に俺は包帯塗れの彼の顔の両横に手をつき

「店で預かってない方の絵は敦様、あなたがお持ちですよね!」

 確信を込めた声と視線で問う。
 いや、もう問うとかいうレベルではない。
 この部屋に入って理解したのだ。
 すぐそばにあの生臭い匂いの正体があると!
 ボロボロと流し始めた涙と共に崩れ落ちたのは依頼主の平田様。
「なんてことを!、申し訳ございません!!!」
 両手をついて頭を床に付き、小さく丸まった依頼主もそのまま震えながら泣き出してしまった。



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