隣の古道具屋さん

雪那 由多

文字の大きさ
13 / 44

鯉と猫と俺様と 1

しおりを挟む
 ボロボロと涙を落とし依頼人は床に頭を押し付けながら
「一度は売ったものですが怪異を見てその手の詳しい方に相談させていただいた時知り合いの蒐集家に高値で買い取っていただける話を聞き、敦が売り払った先の迪林道で買い戻し……」
 はいつくばった姿勢のまま病室のロッカーを開ければ水たまりが出来たロッカーに置かれた鞄があった。取り出したのは水をたっぷりと吸った桐で誂えた箱。掛け軸を収めるにふさわしい大きさだった。
「昨日、ちょうど商談がまとまった蒐集家の人に渡しに行くために車を走らせてこのような事が……
 二つに切り分けたもう一つの絵が佐倉さんのお店でも認定されたというのが蒐集家の皆様には一種の認定として……
 ですが、このような事件が起きたのでさすがに断られました」

 欲が出たのだろう。

 俺は何とも言えない痛々しいその息子の姿と純粋に後悔と心配に涙を流すただの父親の姿の依頼人を罵る言葉も出すことが出来なかった。
 
 それはかつての俺と親父の姿だったから……

 だけど軽く頭を振って今はこの絵の事に集中する。
「絵はそろいました。平田様には後ほど店まで御足労をお願いすることになります。
 敦様の怪我は病院にお願いしてご自身をご自愛ください」
 
 そんな挨拶と共に頭を下げて早々に病室を後にした。
 
 そう。
 家にある掛け軸の鯉の気配を感じたのか受け取った鯉の気配が強くなった。
 番の気配を確認するように、そして恋しいという様に黒い糸が俺に巻き付いていく。
番は何処だという様に。

「すぐ家に戻って番に会わせてやるからな」

 そんなことを語り掛けながら病院内を走って怒られるのだった。

 

 ハンズフリーの車は便利だ。
 運転しながら電話を掛けられる。
 そして……
「目的の物は手に入れたようだな。
 ああ、電話越しでも嫌な気配がこっちまで漂ってくる!
 頼まれていたものは用意したから店で合流だ」
 九条の察しの良さと言うか電話越しでさえ俺の状態が手に取る様に分かっているようだ。
「悪いがうちの結界が壊されそうで……」
「そんなの結界を張った俺が一番分かってる!」
 まさかの九条の作。
 あの事件からほんとうちに関わりが深いんだなと今頃になっていろいろ知って申し訳なさが溢れるが
「今からお前の所に式神を飛ばす。変わった気配が付きまとうが心配するな」
「もう鯉の気配でマヒしてるからわかるかな……
 それに付きまとわれても俺じゃあどうしようもないし」
 払う力なんてない。ただ感じる程度の能力。そして周囲のマイナスな力を増幅させる呪われた俺。未だに人として生きていられるのはシャツの下で揺れる九条が作ってくれたお守りのおかげだ。
 そんな俺がこの主張するような鯉の気配に九条のいうような気配が分かるかと思えばホルダーに置いていたスマホの画面からいわゆる人型の白い何かが飛び出してきて……
「すげー。俺でも形が分かる」
 あまりに非現実過ぎて声に感情を込めることが出来なかった。
 普段はまるとかふんわりとした輪郭なのに、映画とかで見る形そのままだと感動してしまえばその人型はダッシュボードにちょこんとつかまり立ちををして車の進行方向を見ていた。
 うん。
 これはさすがに想定外だなと何とも言えない緩さに口元がほころびかけるも車のスピーカーからは絶叫が聞こえてきたりする。
 どうやら向こうは向こうで忙しいらしい。
 というかこの悲鳴は九条か?
 いつもクールぶってる九条の悲鳴ってものすごくレアだなと思うもいったい何が起きているのか知りたいけど怖くて聞けないという様に沈黙を保っていれば
「あとで行くからその時ついでに依頼と紹介したいのがいるから、気を付けて帰れよ」
 それだけ言って電話は切れた。
 依頼? 紹介? 何それ。
 それより九条は大丈夫か?
 一応心配はするけど今真っ先に心配するのは自分自身。
 相変わらず一生分の交通事故を見たというのに今も俺の車の周辺では謎の自損事故が多発している。
 どれだけ俺を殺したいんだろうと思うも俺は負けじと冷静に交通ルールを守って運転をして、そして楽しそうにドライブを楽しむ式神の後ろ姿に癒されながらなんとか家にたどり着いた。

「親父!帰った!」
「無事ならそのまま部屋に行け!」

 その時はすでに体の半分が真っ黒になるくらいに連れ帰った鯉から延ばされた黒い糸にからめとられていたけど玄関で待っていた親父に庭から連れられてそのまま真っ直ぐ封印の間へと向かった。
 謎なくらい水があふれ出るのでペットシーツを敷いた上に置かれた預かった掛け軸は本体自体は濡れていないという怪現象と言うか不思議を見せていた。
 とはいえすでに番の気配を感じ取ったのか嬉しそうに水しぶきを飛ばしながらはしゃぐ姿、絵の中から飛び出してその実体さえ姿をさらしていた。
 そんなにも嬉しいんだと頑張った意味があったとそっと嬉しさに拳を作って喜んでしまう。
 さっそくという様にその隣に俺は番の掛け軸を取り出して広げ……
 二匹はお互いを確認したいという様に紙の縁を何度も行ったり来たり、確かめるという様に泳いでいるも寄り添いあう様に泳ぐ、なんて姿は見れずに逆に苛立たし気に縁を何度も行ったり来たりしている様子に
「なんで……」
 あれほど恋しがって会いたがった二匹だというのにと思えば

「なんでとか、そんなもの判ってるだろ。
 迪林道の店主が仕立て直す時のトリミングで二匹の間の空間も切りとったのだろう。
 絵の世界がすべてのそれに二匹の間を切りとられたら交わる事が出来るわけがないだろう」

 声がした方を向けばそこには九条がいて……
 
「人の恋路を邪魔するとじゃないがこの淀みには納得だな」
 
 清廉な空気をまとって黒い糸で埋め尽くされた闇の中で希望の光と言わんばかりに立っていた九条だが相変わらず口は悪かった。



しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

緑風荘へようこそ

雪那 由多
ライト文芸
相続で譲り受けた緑風荘。 風呂なし共同トイレの古いアパート。 そこで暮らす、訳あり大学生達と新米大家、瀬名修司の共同生活が始まる。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

雨上がりの虹と

瀬崎由美
ライト文芸
大学受験が終わってすぐ、父が再婚したいと言い出した。 相手の連れ子は小学生の女の子。新しくできた妹は、おとなしくて人見知り。 まだ家族としてイマイチ打ち解けられないでいるのに、父に転勤の話が出てくる。 新しい母はついていくつもりで自分も移動願いを出し、まだ幼い妹を含めた三人で引っ越すつもりでいたが……。 2年間限定で始まった、血の繋がらない妹との二人暮らし。 気を使い過ぎて何でも我慢してしまう妹と、まだ十代なのに面倒見の良すぎる姉。 一人っ子同士でぎこちないながらも、少しずつ縮まっていく姉妹の距離。   ★第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...